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論文要旨・審査の要旨

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論文要旨・審査の要旨
学位論文の内容の要旨
論文提出者氏名
論文審査担当者
論
文
題
目
清川
主
査
杉原
泉
副
査
寺田
純雄、角田
樹里
篤信
Origin, course and distribution of the nerves to the posterosuperior
wall of the external acoustic meatus
(論文内容の要旨)
<要旨>
ラムゼイハント症候群は、外耳道・耳介の皮疹と末梢性顔面神経麻痺を特徴とする疾患である
が、顔面神経だけではなく舌咽神経の障害や迷走神経の障害を含めた下位脳神経障害など、多彩
な神経障害を示すことが知られている。本研究では、外耳道の皮膚に分布する神経を全長にわた
って剖出し、またその周囲の神経との関係性を明らかにすることで、この疾患の病態を考察した。
解剖実習体 11 体 18 側を用いて、外耳道に分布する神経、特に外耳道の後上壁に分布する枝につ
いて観察を行った。この神経は、迷走神経上神経節から分岐しており、その経過で顔面神経、舌
咽神経、三叉神経などと吻合していた。外耳道に分布する神経は、互いにさまざまな交通を持っ
ていることが分かり、このことにより、ラムゼイハント症候群の多彩な症状が説明できると考え
られた。
<序論>
Ramsay Hunt は 1907 年に耳介・外耳道の皮疹に顔面神経麻痺を伴う症例を報告した。この疾
患は、現在ではラムゼイハント症候群と呼ばれ、今日でも広く知られている。その時代にはすで
に、zoster の病原が神経節に潜伏しており、その分布領域に特有の水疱疹を出すことは知られて
いた(体幹の帯状疱疹)
。その特有の水疱疹が共通しており、またこの症候群が顔面神経麻痺を伴
うことから、Hunt はその病態を zoster の病原による膝神経節炎と考えた。すなわち、この皮疹
が出現している領域を顔面神経の知覚領域と考えたことが、始まりである。しかし、それまで顔
面神経には直接皮膚に分布する体性知覚枝は存在しないと考えられていた。皮疹が見られる部位
には、迷走神経耳介枝が分布していることはすでに知られていたため、Hunt は、顔面神経の感
覚線維が迷走神経耳介枝に乗って外耳道・耳介に分布していると考えた。
迷走神経耳介枝は、迷走神経唯一の体性知覚性神経であり、難治性てんかんの治療として、経
皮的迷走神経刺激術に応用されるなど最近注目されている。その存在自体は古くから知られてい
るが、この神経はとても細く、また大部分が錐体骨内を走行しているため剖出が難しい。そのた
め、迷走神経耳介枝の全経過を追う詳細な解剖の報告はこれまでない。
今回、我々は耳介・外耳道の皮膚に分布する神経について、特に外耳道後上壁に分布する神経
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について解剖を行い、その全経過と、周囲の神経との関係性を詳細に観察した。この結果をもと
に、ラムゼイハント症候群の病態について考察し、報告する。
<対象と方法>
本研究には東京医科歯科大学解剖実習体 11 体 18 側(男性 7 名,女性 4 名,平均年齢 79.6 歳)
を使用した.実習体を8%ホルマリンで固定したのち、頭部を切離し、正中線で半切した。実体
顕微鏡を用いて耳介後部より解剖をはじめ、耳介・外耳道の皮膚に分布する知覚神経を同定した。
その後、Plank-Rychlo 溶解液にて脱灰を行い錐体骨を後方より削除して、外耳道後上方に分布す
る知覚神経について剖出を行い、その経過、周囲の神経との関係について調査を行った。
<結果>
外耳道の上前壁には耳介側頭神経の枝が、下壁には大耳介神経が主として分布していた。上後
壁に分布している枝は主に 2 種類見られ、ひとつは、鼓室乳突裂から出て外耳道に分布する枝
(Postero-superior branch of acoustic meatus ; Pbam とする)
、もうひとつは錐体骨底部に沿っ
て上行し、外耳道に分布する枝があった。Pbam は、 18 例のうち 17 例において観察された。耳
介側頭神経とこの枝の分布領域についての境界は明瞭ではなく、外耳道の上部領域で両神経の分
布がオーバーラップしていた。続いて、Pbam の錐体骨の外側から内側に向けて、走行を観察し
た。Pbam は外耳道から、鼓室乳突裂に入り、錐体骨の中を走行していた。錐体骨内では、すべ
ての例で顔面神経管に入り、顔面神経の後ろ側を通過していた。Pbam の顔面神経管における近
位開口部と遠位開口部の上下関係を 10 例について調査を行った結果、遠位開口部が近位開口部
より高いものは見られなかった。遠位開口部は近位開口部に比べて 0~4.2mm の下にあり、平均
は 1.6mm(±1.5mmSD)であった。また、Pbam と顔面神経とが交差するとき、両神経の間の
交通枝が全例において見られた。交通枝はすべて、顔面神経の近位側に見られた。Pbam から上
方に向かうものを上枝(ascending twig)とし、下方に向かうものを下枝(descending twig)と
すると、上枝は 17 例中 16 例、下枝は 17 例中 9 例に見られた。両方みられたものは 17 例中 8
例であった。次に、Pbam と鼓索神経の分岐部の関係について調べた。Pbam の遠位開口部と、
鼓索神経の下端部の高さを比べた結果、全例で Pbam の遠位開口部の方が近位に見られた。その
差の距離の平均は 2.4mm(±1.5mmSD)であった。顔面神経と交差した後は、Pbam は再び錐
体骨内の小管を通り、頚静脈孔の方向に横走した。頚静脈窩から出た Pbam は、内頚静脈の前方
を周り、すべての例で迷走神経の上神経節に合流した。途中、舌咽神経からの小枝が迷走神経本
幹の前側を外側に向けて走行し、Pbam と合流するものがあった。これは観察した 11 例の中の 3
例に見られた。また、顔面神経本幹を末梢に向かって剖出を行ったところ、7 例において茎乳突
孔を越えて錐体骨を出たところで、本幹から分岐する枝があった。この枝は、錐体骨の底面を走
行し、外耳道後壁に分布していた。
<考察>
迷走神経耳介枝について
今回、外耳道後上壁に主に分布していた枝を中枢へ追ったところ、主な起始は迷走神経の上神
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経節であった。このことから、外耳道後上壁に分布する神経(Postero-superior branch of acoustic
meatus; Pbam)と呼んでいた枝は、迷走神経耳介枝であることがわかった。本研究では、迷走
神経耳介枝は 94%(18 例中 17 例)で観察された。その経過をまとめると、迷走神経耳介枝は迷
走神経上神経節より分岐し、乳突小管を走行し、必ず顔面神経管を通過した。その後は錐体骨の
小管にふたたび入り、鼓室乳突裂で骨外に出て外耳道、耳介に分布していた。その経過において
顔面神経ならびに舌咽神経、耳介側頭神経とも交通していた。これらの神経は互いに交通してい
る部分もあり、このような多彩な経過を示すのは、発生の段階で耳の生じる部位周辺に多くの鰓
弓神経が存在することによると推察された。
迷走神経耳介枝と顔面神経との関係について
本研究では、顔面神経と迷走神経耳介枝との関係について詳細な調査を行った。耳介枝は全例
顔面神経の背側を通っていることが明らかになった。迷走神経耳介枝は、顔面神経と交差する際
には、必ず顔面神経にむけて交通枝をだしていた。迷走神経耳介枝から上行して顔面神経に入る
枝と、下行して入る枝が見られた。形態から考えると、顔面神経から迷走神経耳介枝の末梢に向
かうような方向に走行する吻合枝は見られなかった。Hunt は、顔面神経の感覚線維がこの交通
枝を通じて迷走神経耳介枝に乗って耳介・外耳道に分布していると考えたが、今回そのような形
態の吻合枝は見られなかった。しかし、これまで報告がほとんど見られていない、顔面神経から
直接外耳道の皮膚に向かう枝が見られた(7/18)。この枝は茎乳突孔を出た直後の顔面神経から分
岐して、錐体骨の底面を走り外耳道に分布していた。この結果から、耳介・外耳道後部は、迷走
神経と顔面神経との二重支配を受けている例があることがわかった。
迷走神経耳介枝の起始部について
迷走神経の耳介枝は、全例迷走神経の上神経節から分岐していた。その中で、舌咽神経からの
枝を受ける例がみられた。今回の症例では、すべての標本において迷走神経を主な起始とする耳
介枝であった。11 例中 8 例が迷走神経耳介枝単独であり、11 例中 3 例が舌咽神経からの枝を受
けていた。Kawai ら(1995)は舌咽神経について詳細に解剖しており、5 例中 4 例で迷走神経耳
介枝が舌咽神経からの枝を受けていたが、1 例で迷走神経耳介枝がなく舌咽神経から耳介枝が分
岐していた。今回の研究でも、迷走神経耳介枝が存在しなかった例が 1 例あったが、これには舌
咽神経耳介枝も存在せず、代わりに耳介側頭神経や大耳介神経が迷走神経耳介枝の領域を補って
いた。このように、迷走神経耳介枝を欠く場合も、様々なパターンで周囲の神経が補填すること
がわかった。
<結論>
今回の解剖で、迷走神経耳介枝を中心に、外耳道・耳介に分布する知覚神経の解剖を行った。
今回の結果から、耳介周囲からの感覚神経枝はさまざまなパターンで吻合して中枢に向かってい
ることが分かった。耳介後部の知覚が、ラムゼイハント症候群に典型的な耳介・外耳道後部の皮
疹を認める際、その炎症の首座が膝神経節の場合と迷走神経上神経節の場合が考えられる。皮疹
と顔面神経麻痺を伴う典型的なラムゼイハント症候群の場合は、膝神経節に炎症の首座があり、
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その炎症が顔面神経から直接耳介に分布する枝を通じて皮疹を出現させ、顔面神経本幹を介して
顔面神経麻痺を出現させると考えられる。他に、耳介の皮疹、顔面神経麻痺の後に下位脳神経障
害が起こるケースがあり、この場合には上述の経路の他に、顔面神経と迷走神経耳介枝の吻合を
介して炎症が波及し、下位脳神経障害が出現する可能性が考えられた。また、耳介の皮疹と迷走
神経障害のみ出現したケースもあり、その場合には純粋に迷走神経上神経節の炎症である可能性
が考えられる。これらの神経の吻合パターンも個体同士で違いがあり、報告からは人種差も示唆
される。ラムゼイハント症候群における多彩な症状の組み合わせは、このような神経の複雑なパ
ターンによるものと考えられた。
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論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号 甲 第
論文審査担当者
4 6 6 7 号
清川
主
査
杉原
泉
副
査
寺田
純雄、角田
樹里
篤信
(論文審査の要旨)
Ramsay Hunt 症候群は、耳介・外耳道の帯状疱疹、顔面神経麻痺、難聴等第Ⅷ脳神経障害を
三主徴とする疾患であるが、咽頭の発疹や声帯麻痺等、舌咽・迷走神経の障害を来すことも
ある。その多彩な脳神経症状の基盤となりうる、外耳道・錐体骨周辺の脳神経相互間の連絡・
吻合関係を解明するため、申請者は日本人成人検体 11 体 18 側の耳・錐体骨標本を用い、脱
灰処理後、外耳道後上壁に分布する皮膚神経(Postero-superior branch of acoustic meatus,
Pbam と命名)に関して末梢から中枢側へ向かって詳細な鏡視下解剖を行った。
Pbam は 17/18 例で認められ、すべて迷走神経上神経節由来の迷走神経耳介枝であった。Pbam
の認められなかった 1 例では、迷走神経耳介枝がやや異なる経路から外耳に到達していた。以上
は、古くからの迷走神経が外耳後下壁を支配するという知見と一致していた。Pbam は、顔面神経
の後方から鼓室乳突裂を走行する経過において、顔面神経の後ろ側で顔面神経鞘の内部を貫通
し、その際、全例で顔面神経への交通枝を送る様子が観察された。これは、迷走神経の外耳道
枝と顔面神経本幹との間の交通枝ならび解剖学的位置関係の最初の報告である。その他、Pbam
が舌咽神経、耳介側頭神経との交通が観察される例も少数存在した。Pbam 以外に顔面神経の枝が
直接外耳道皮膚を支配する例も認められた(7/18 例)。
申請者は、以上の観察結果と Ramsay Hunt 症候群の症状の多様性を関連付けた議論を展開して
いる。迷走神経耳介枝と顔面神経間の交通枝を介して、顔面神経膝神経節から舌咽神経・迷走
神経にウイルス感染が広がることが Ramsay Hunt 症候群における咽頭・喉頭症状の原因となり
うること、耳介の帯状疱疹に関しては、顔面神経の直接の耳介枝による可能性が高いことが議論
された。
本研究は、緻密な解剖によって精度の高い所見を得ており、例数は限られるものの、一定の意
義を有する成果と評価できる。従来疑問とされていた顔面神経、迷走神経間の関係を明らかに
した意味で、解剖学的のみならず臨床的にも意義深い。迷走神経耳介枝と顔面神経間の交通枝
は、Ramsay Hunt 症候群の症状の多様性の解釈のみならず、錐体骨手術における感覚障害や、悪
性腫瘍の進展などにも関係する。従って、本研究は、基礎・臨床両面で興味深く、今後の学
問的発展の余地も高いと考えられる。
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