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COSOフレームワークにおける内部統制の有効性の検証

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COSOフレームワークにおける内部統制の有効性の検証
平成23年3月修了
修士(学術)学位論文
COSOフレームワークにおける内部統制の有効性の検証
~財務報告による分析~
Effectiveness of internal control on COSO framework
~Study of financial reporting~
平成23年2月19日
高知工科大学大学院
工学研究科 基盤工学専攻
学籍番号1137007
山本
剛
Tsuyoshi Yamamoto
要旨
本研究は内部統制の有効性を検証することを目的としている。米国では2001年のエンロ
ン事件等をきっかけに上場企業に対して具体的な「財務報告に係る内部統制」の導入が義
務付けられた。日本においても西武鉄道事件等をきっかけに2008年4月1日以降開始する事
業年度から上場企業に「財務報告に係る内部統制」が導入されている。
米国も日本も経営者に対する株主の監視が弱く、経営者の暴走に対して「財務報告に係
る内部統制」は一定の効果があることが期待されている。
米国でも、日本でも一般に公正妥当と認められる内部統制の枠組み及び評価の基準は
「COSOフレームワーク」であるが、「従業員の細かいミスやエラーをどの程度抑えるか、
といった問題にはかなり対応できていたが、経営者や上級管理職による重大な会計不正を
未然に防止、若しくは早期に発見することには、ほとんど無力ではないか。」と企業関係
者から指摘されいている。これに対し金融庁関係者は「監査役と外部監査人の連携でカバ
ーすべきである。」と回答している。そこで本研究は「監査役と監査人の連携によって内
部統制は粉飾を防止もしくは早期発見できるのであろうか。」という研究課題を設け、証
券取引等監視委員会の開示している「最近の粉飾事案」の11件の事例を研究対象とし、
「監
査役と監査人の連携による内部統制は粉飾を防止もしくは早期発見できない。」という仮
説を立てた。11件の事例を比較研究することによって、どうすれば粉飾を防げたのかとい
う視点で、特に監査役の属性を中心に調査した。
結果として監査役は、会計監査論を熟知していること、業務内容を熟知していること、
高齢ではないことが属性として必要であるということが分かった。つまりそういった属性
を持っている人物を監査役として迎えればいいのである。しかし監査役の任免は株主総会
が行うものであり、本研究の背景にある経営者に対する株主の監視の弱さという問題に舞
い戻ってしまう。
そこで監査人の利害から本研究をアプローチすると、「厳格監査」や「監査難民」とい
うキーワードが存在し、監査人の保守性が、上場企業において、会計監査論を熟知してい
るという属性を持つ監査役の就任にとっては、プラスの影響を与えることが明らかになっ
た。これが本研究での本当の結論、成果となっている。
1
Abstract
The purpose of the present study is to test the effectiveness of internal control.
The introduction of concrete Internal Control over Financial Reporting was obligated
to the listed company in the United States taking advantage of the Enron case in 2001
etc. It has been introduced into the listed company in Japan since the business year
that begins taking advantage of the Seibu Railway event etc. after April 1, 2008.
The stockholder's watch to the manager is weak, and a constant effect is being expected
to be of the manager's reckless driving by the United States and Japan as for it.
The frame of the internal control admitted fair appropriate in general and the
standard of the evaluation is COSO framework also in the United States and Japan.
It is from the person related to a company, saying that “Is it powerless the illegal
accounting by the manager discovery at prevention? ". The person related to the
Financial Services Agency is answering this, "It is necessary to cover by the
cooperation of the auditor and the external auditor". Then, the present study
installed the research topic "Is the internal control good at prevention of
window-dressing by cooperated by the auditor and the inspector?", 11 recent
window-dressing cases that The Securities and Exchange Surveilance Commission was
indicating were researched, The hypothesis "The internal control by the cooperation
of the auditor and the inspector cannot prevent window-dressing" was set up and
Auditor's attribute was mainly especially investigated by the aspect whether
window-dressing was able to be prevented if it did by comparing researching 11 cases
very. The auditor has understood it is necessary that it is neither well informed
of the audit theory is neither well informed of the work contents not aged as the
attribute as a result. However, the auditor's appointment and dismissal is what the
shareholders' meeting does, and it returns to the problem of the present study of
weakness of the watch of the stockholder to the manager. Then, the key word "Severe
audit" and "Audit refugee" existed when the present study was approached from
inspector's interests. In the listed company, it was clarified to give the influence
of the plus to the assumption of the auditor who had the attribute that the
maintainability of the inspector was well informed of the audit theory. This becomes
a true conclusion and a result in the present study.
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COSOフレームワークにおける内部統制の有効性の検証
~財務報告による分析~
第1章 研究の背景と目的:上場企業の粉飾と「財務報告に係る内部統制」について
企業の粉飾事件が跡を絶たない。日本において証券取引等監視委員会が有価証券報告書
等の虚偽記載として検察庁に告発した案件は当該委員会が設立された1992年から2009年ま
での18年間で30件に上る。検察庁が独自に立件した案件や、悪質性がないと判断され告発
されなかった案件、課徴金の納付で済んだ案件、露呈していない案件を含めれば粉飾の件
数はこの何倍にも上ろう。粉飾は基本的に決算における資産や売上、利益を水増しするこ
とを指している。数字が操作される要因はいくつかあるが、代表的な要因の1つに業績が上
がらなければ市場における当該企業の株価も上がらず、その結果、ストックオプションに
よる含み益が出せなくなったり、増資ができなくなったりすることが挙げられる。また当
該企業が買収される可能性も高くなるだろう。株価が一定の価格以下になると上場廃止に
なる可能性もある。
Berle and Means (1932)は企業の「所有と経営の分離」において株式が分散され、株主
の経営者に対する監視が弱まり、経営者が暴走してしまう傾向について提示している。粉
飾も経営者の暴走に該当するだろう。
しかし「所有と経営の分離」が前提のコーポレートガバナンスが変質しているという指
摘もある。米国では図1のように理念上また制度上は株主総会が取締役を選び取締役達が
CEO(最高経営責任者、Chief Executive Officer)等の執行役を選ぶことになっている。だ
が実際はCEOが株主達によって任免される傾向が強く、さらにCEOによって取締役達が事実
上、任免された後に形式的に株主達によって任免される。その後、形式的に取締役たちに
よってCEO等が任免されるのである。取締役会長がCEOを兼任していることが多いため理念
上の任免のフローと実際の任免のフローにこのような乖離が見られるのかもしれないが、
さらに推察すると、
その要因は株主達が当該企業の長期的な成長や取締役のCEOらに対する
監督よりもCEOらが当該企業においてどれほどの業績を上げ、
手持ちの株式をどれだけ高値
で売り抜けられるか、配当はどれほどか、ということに大きな関心があるからだと考えら
れる。そういった株主の多くは機関投資家といわれている。
一方CEOら自身も業績に連動した高額な報酬とストックオプションの為にどれだけ株価
を上げられるのかに興味がある。一般論ではあるが米国のMBA(経営学修士、Master of
Business Administration)保持者の多くはビジネススクールを卒業後、金融機関で数年間、
腕を磨き、その後、上場企業に執行役として迎えられ、そこで10年程、猛烈に働いて残り
の人生を優雅に過ごすための生活費を稼ぎ、40代には引退し、後は悠々自適の生活を送る
ことが理想であるようだ。彼らにしてみれば自分の所属している企業が早期退職するまで
の残り数年間、存在していればそれでよい。乱暴な言い方だが、錬金術のような金融スキ
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ームで見せかけの業績を向上させ、その反動が自分の引退後に当該企業に押し寄せても知
ったことではない。つまり機関投資家とCEOら執行役の利害は一致しているのである。米国
では1990年前後に機関投資家の株式保有比率は個人投資家の株式保有比率を上回っており、
Useem(1996)は機関投資家とCEOら執行役の利害の一致を「機関投資家資本主義(Investor
Capitalism)」と呼んでいる。
エンロン社等の粉飾事件ではCEOやCFO(最高財務責任者、Chief Financial Officer)
が債務を簿外へと「飛ばし」ており、それが報道機関に嗅ぎつけられて広く公開され信用
を失いキャッシュがショートし倒産してしまった。株主とCEOらの利害は一致していたが、
株主はCEOらまた一部の上級幹部達が粉飾に手を染めていることを知らなかった、
もしくは
手を染めていることを予測していても、どこの会社でも同じようなスキームを採っており
問題にはならないだろうと高を括っていたようである。機関投資家と執行役等の複合体と
もいえる「機関投資家資本主義」の特徴は、株主による支配を復活させたが、機関投資家
は短期的な利益を望む傾向が強く、同じく短期的な利益を望むCEOやCFOは機関投資家の圧
力を後ろ盾に取締役会を黙らせ粉飾に手を染めてしまうことがある、ということになるだ
ろう。米国つまりアングロサクソン型のコーポレートガバナンスは未だに経営者の暴走傾
向に対して根本的な解決策を見いだせていないのである。
図1 米国のコーポレートガバナンス 出所:筆者作成
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図2 日本のコーポレートガバナンス 出所:筆者作成
一方ライン型のコーポレートガバナンスを採っているといわれる日本では図2にあるよ
うに理念上また制度上は株主総会が取締役を任免し取締役会が代表取締役を任免する。委
員会設置会社では取締役会によって執行役が任免されるが基本的にこのフローは変わらな
い。しかし実際のコーポレートガバナンスではメインバンク、取引先や関係会社等、安定
株主が白紙の委任状を代表取締役に提出することが多く事実上は会社法でいうところの
「使用人」から出世した又はメインバンクからの転籍者である代表取締役が株主の代理人
として取締役を任免し形式的に株主総会で任免されるようになっている。この状態を「株
式持合い」といい日本のコーポレートガバナンスの特徴と見なされてきた。一般論ではあ
るが銀行や商社を中心としたこの企業グループは現状維持を望んでおり不都合な事象が生
じたときには隠蔽し問題の開示や解決を先送りする傾向がある。「株式持合い」は経営者
による粉飾の隠蔽や問題の先送りの温床となる傾向があるため一時期、解消する動きがあ
ったが、外国人投資家(機関投資家)の存在感が株式市場で増すと日本の企業はアレルギ
ー反応に近い恐怖感を持ち再び「株式持合い」によるコーポレートガバナンスが評価され
るようになった。
全国証券取引所による「株式分布状況調査」 には1994年度から2009年度までの16年間
の株式保有率の推移が掲載されている。1994年度から2009年度までの推移を端的に述べる
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と国内金融機関は42.8パーセントから32パーセントへと減尐、国内事業法人は27.7パーセ
ントから21.3パーセントへと減尐、国内個人投資家は19.9パーセントから20.1パーセント
へと微増、外国人は8.1パーセントから26パーセントへと激増している。しかし2004年度か
ら2009年度までの6年間の推移を見ると数パーセントの微増、微減の波があるだけであり
「株式持合い」が50パーセント前後、機関投資家が25パーセント前後、国内個人投資家が
20パーセント前後、残りの5パーセント前後が政府、地方公共団体、証券会社というパター
ンが見られる。「株式持合い」と「機関投資家資本主義」の合計が全体の75パーセントで
あり個人投資家が20パーセントという比率がこれからも続くとすれば株主による経営者の
監視の脆弱さは当然予想され、やはり経営者の暴走傾向に対する根本的な解決策が必要で
あるといえる。
これまで経営者の暴走(もしくは怠慢)は事後的に制裁を受けてきた。米国では1996年
に株主代表訴訟である「Caremark事件」において取締役の善管注意義務には違法行為を予
防、早期発見するためのリスクマネジメントとして情報収集、報告のための内部統制体制
を確立する義務が含まれていることがデラウェア衡平法裁判所において定義された。
Caremark International, Inc.はヘルスケアサービスの会社であるが、そのサービスを
患者に推奨した医師に紹介料を払うという違法行為を行っていた。政府に対して罰金等は
既に支払われていたが、この紹介料支払という違法行為の情報を取締役が知らなかったの
は善管注意義務違反かどうかが争われた。判決は「刑事罰は認められるが違法に関する情
報を収集するシステムは存在していた。」として原告の訴えを棄却している。しかしこの
事件は経営者の負う善管注意義務に内部統制の構築と運用が含まれていることを実質的に
定義したという意味においては重要な事件である。1仮にCaremark International, Inc.
に内部統制が存在していなかったならば、おそらく取締役は罰金に相当する金額を当該企
業に支払わなければならなかったであろう。
米国の会社法は州法であるが、取締役会に与えられる裁量が大きいために米国の上場企
業の内60パーセント近くがデラウェア州の会社法によって設立されている。本社がデラウ
ェア州になくてもデラウェア州で設立および再設立された会社であればInternal Affairs
Doctrine (会社を形成するにあたり事業活動を行う者は、その会社を設立する州を選択す
ることにより、その組織に適用されるルールを選ぶことができ裁判所は特定の会社に係る
基本的な権利義務の内容を判断する際には当該会社が設立された州のルールを参照すると
いう原則)によりデラウェア州の会社法および判例法が適用される。善管注意義務はデラ
ウェア州の会社法では明記されていないがコモンロー(Common Law)においてその概念が
発達してきた。模範事業会社法(MBCA : Model Business Corporation Act)§8.30(b)は
善管注意義務を「取締役会の構成員または取締役会の委員会が、取締役会において経営判
断および監視すべき必要な事項に関して情報を得た場合は、同様の地位にある者が同様の
状況で適切である合理的に信じるであろう注意」を払う義務と定義している。なお執行役
も取締役と同一の善管注意義務を負うことが判例上、認められている。2
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日本においては2000年に大阪地方裁判所で下された「大和銀行株主代表訴訟事件」の一
審判決は役員の善管注意義務にはリスクマネジメントが含まれていることを定義づけた。
この事件の具体的な争点は「同行員の米国債の簿外取引及びその損失の隠蔽を現物確認で
発見する仕組み、つまり照合というプロセスがなかったことは誰の責任か」ということで
あった。判決は要約すると「取締役は、取締役会の構成員として、また、代表取締役又は
業務担当取締役としてリスク管理体制を構築すべき義務を負い、さらに代表取締役及び業
務担当取締役がリスク管理体制を構築すべき義務を履行しているか否かを監視する義務を
負うのであり、これもまた取締役としての善管注意義務及び忠実義務の内容をなすものと
いうべきである。」というものだった。判決後、和解が成立したため最高裁判例にはなって
いないが、この事件がリスクマネジメントを善管注意義務の具体的な内容の一部であると
定義づけ、この判決で述べられている「リスク管理体制」とは内部統制体制をさしている
という解釈が一般的に認められている。詳細は後述するが照合は内部統制における主要な
統制活動だからである。日本において善管注意義務は会社法第330条において「株式会社と
役員及び会計監査人との関係は委任に関する規定に従う。」と定められており、委任に関
する規定は民法第664条で「受任者は、委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもって委任
事務を処理する義務を負う。」と定められている。判決で善管注意義務と同列で言及され
ている忠実義務は会社法第355条において
「取締役は法令及び定款並びに株主総会の決議を
遵守し株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。」と定められている。
また2002年の「神戸製鋼所株主代表訴訟事件」は取締役が株主総会対策として総会屋に
対して利益を供与したこと及び裏金捻出に対する責任の所在が争点となっていたが和解に
あたり神戸地方裁判所は所見として「今後の証拠調べの結果によっては利益供与及び裏金
捻出には直接には関与しなかった取締役であったとしても違法行為を防止する実効性ある
内部統制システムの構築及びそれを通じての社内監査等を十分に尽くしていなかったとし
て関与取締役や関与従業員に対する監視義務違反が認められる可能性もあり得るものであ
る」と述べており内部統制体制の構築、運用の監視が取締役に求められていることを具体
的に示した。この判決でいう監視義務は条文には明記されていないが役員の義務であると
解釈されており役員が監視義務を怠った場合に会社法第429条で
「役員等がその職務を行う
について悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じ
た損害を賠償する責任を負う。」と定められている。
社会に大きなインパクトは与えなかったが、2006年に施行された会社法では第362条第4
項第6号において大会社(資本金5億円以上または負債総額200億円以上の株式会社)の取締
役会は「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他
株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」
を決定することが義務付けられている。
また同法第416条第1項第1号ホにおいては委員会設
置会社の取締役会は「監査委員会の職務の執行のため必要なものとして法務省令で定める
事項及び執行役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他
7
株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」
を決定することが義務付けられている。これらはリスク管理体制つまり内部統制体制のこ
とを指しているという解釈が一般的に認められている。
大会社に対して内部統制が義務付けられた理由はその活動が社会に与える影響が大き
く適正なガバナンスの確保が重要であるためだといわれている。委員会設置会社の場合は
各委員会において社外取締役が過半数を占めており、また執行役に大幅な権限が与えられ
ているという性質上、取締役会において内部統制に関する事項をあらかじめ決定しておく
必要があるためだといわれている。同法施行規則第118条第2号においては上述の決定事項
は事業報告に記載しなければならないとされており会社法第436条第1項及び第2項第2号に
より事業報告は監査役、監査役会あるいは監査委員会が監査しなければならず、同法施行
規則129条第1項第5号、130条第2項第2号、131条第1項第2号において、その事業報告の内容
が相当でない場合その旨とその理由を監査報告に記載することが求められている。またそ
の監査報告と同監査を経た事業報告は株主に対して開示しなければならない。但し極論と
しては「内部統制体制について何もしない」という決定も可能であり、また会社法が求め
ている内部統制は具体的な内容の実行についての義務ではない。事業報告の作成を放棄ま
たは虚偽の内容を記載した場合は代表取締役に対する100万円以下の過料というペナルテ
ィがあるが、仮に取締役会において内部統制体制構築を決定したと事業報告で宣言しても
具体的な内部統制上の活動等については不明であり形骸化している可能性が高い。そのた
め会社法が求めている内部統制は上述の民事裁判である株主代表訴訟事件における裁判所
の判例を事後的に組み込んだものと受け止めるのが妥当であろう。内部統制体制を構築し
たということを開示しながら実質的には何もしておらず不祥事が発生した場合、上述のよ
うに民事裁判になるのが一般的なケースであろう。
2001年のエンロン事件等をきっかけに米国では企業の内部統制の重要性が認識される
ようになり2002年に「証券諸法に従って行われる企業情報開示およびその他の目的で行わ
れる企業情報開示の正確性および信頼を向上させることにより投資家を保護するための法
律」(以下「サーベンス・オクスレー法」という)が制定され2004年以降、規模に応じて
順次、第一対象事業年度が設けられ上場企業の経営者に、具体的な「財務報告に係る内部
統制」の有効性の評価結果を記載した内部統制報告書の提出が義務づけられている。また
公認会計士による内部統制監査も受けることとなった。「サーベンス・オクスレー法」の
違反者に対する罰則は自然人の場合は500万ドル以下の罰金、もしくは20年以下の禁固刑、
またはその両方が科せられる。法人の場合2500万ドル以下の罰金となっている。米国にお
いて内部統制報告書を提出しなければならない経営者とはCEOとCFOである。
日本でも2007年より施行されている「金融商品取引法」で具体的な「財務報告に係る内
部統制」の構築が2008年4月1日以降始まる事業年度から上場企業の経営者に対して義務付
けられており経営者は内部統制報告書を開示しなければならなくなった。内部統制報告書
は当該企業の会計監査人(以下「監査人」という)によって監査され、内部統制監査報告
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書が作成、開示される。また内部統制報告書の内容を偽った場合、自然人は5年以下の懲役
もしくは500万円以下の罰金またはその両方が科せられる。
法人が違反行為を行った場合は
5億円以下の罰金が科せられる。
日本において内部統制報告書を提出しなければならない経
営者とは代表取締役もしくは代表執行役である。
両国のこれらの「内部統制報告制度」は、経営者の暴走傾向に対する根本的な解決策と
まではいかないものの、具体的な内部統制とその内部統制に対する監査法人や公認会計士
といった監査人による監査が義務付けられており今までの事後的な制裁からは一歩踏み込
んだ制度といえよう。
この「財務報告に係る内部統制」を批判する声もある。米国で先行していた「財務報告
に係る内部統制」の初期費用は大企業の場合、数億円レベルだったが、それに対する効果
が分かりづらく経営者からは不満の声が上がった。
日本においても大手シンクタンクは
「内
部統制の初期費用は1社あたり平均1億6千万円」という調査結果を報告しており、「内部統
制文書の変更管理業務や内部統制監査対応に必要な担当者の人件費として今後も年間3300
万円が発生する」と試算している。3多くの上場企業は「財務報告に係る内部統制」に対応
するためにプロジェクトを立ち上げ自社の業務フロー図、業務記述書、リスク・コントロ
ール・マトリクスといった大量のドキュメントを作成した。また内部監査部門の増員、コ
ンサルティングファームとのコンサルティング契約やそれに付随したERP(Enterprise
Resource Planning)パッケージの導入等に、かなりのリソースをつぎ込んだようである。
そのため、業務を見直す良い機会だったという経営者も中にはいるが、費用対効果の面で
不満を持つ経営者は多かったようである。
経営者らの不満が多く聞かれる中で日本の経営学者も問題を指摘している。加護野らは
経営者らと同じく第一に膨大なコストに対して効果は限定的であること、第二にソフトな
統制がうまく機能している日本では無用の長物になる可能性があること、第三に官僚主義
的な組織運営を助長すること、最後に提案制度によってルールを継続的に改善している日
本企業の強みを弱体化させるという問題点を指摘している。4
ソフトな統制とは忠誠心や倫理観による統制であり、提案制度によるルールの継続的改
善は「Kaizen」として世界的に知られるようになったボトムアップによる改善活動のこと
を指している。しかしこの指摘に対しての反論は可能である。
第一の膨大なコストはこれまで経営者が内部統制に取り組んでこなかったことに対す
る付けであり、経営者たちは、上述の「大和銀行株主代表訴訟事件」の大阪地方裁判所の
判決等に見られる司直の善管注意義務等に対する解釈に真摯に耳を傾けていなかったから
だといえる。
詳細は後述するが企業会計審議会内部統制部会長であり会計学者の八田は
「日
本の経営者は何をやってきたのか」と反論を述べている。
第二のソフトな統制であるが、忠誠心や倫理観は定性的な概念ではあるが日本において
徐々に低下しており、それは終身雇用が当たり前ではなくなった社会においては当然の事
象といえる。そのため忠誠心や倫理観の低下という問題の本質は別に議論しなければなら
9
ないが、ハードな統制つまり定められたルールを守りその結果に応じて賞罰を与えるとい
う統制は導入せざるを得ないといえる。
第三の官僚主義と最後の改善制度の弱体化であるが内部統制はシステムというよりは
プロセスでありPlan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善)のサイクルの概
念が採られている。ボトムアップによる提案が、詳細は後述するが広義の内部統制の目的
である「業務の有効化、効率化」、「財務報告の信頼性の担保」、「法令遵守」等を実現
するという見込みがあるならば当然、経営者はその案の実行について真剣に検討するだろ
う。それはボトムアップの提案を重視する日本の企業であれば、なおさらそういえるので
ある。改善制度が機能するならば官僚主義という罠に陥ることもないだろう。
この議論において制度の提供側である八田は「財務報告に係る内部統制」についてのオ
ンラインメディアのインタビューに応じている。題名は上述の「日本の経営者は何をやっ
てきたのか」5である。長くなるが会計学者としての主張でもあるので引用する。
「日本版SOX法の適用対象は、日本を代表するリーディングカンパニーである上場企業
だ。『内部統制が何もない』とか『考えたこともない』というのはあり得ないはずだ。(筆
者省略)高度成長時代に日本的経営が賛美されたにもかかわらず、バブルが崩壊した後、
長年、日本企業は立ち直れなかった。それは経営のリーダーは経営っぽいことをしていた
だけで、実は本当の意味での経営管理をしてこなかったからではないのか。日本企業が頑
張ってこられたのは、団塊の世代に象徴される個々の従業員が自分の持ち場で阿吽の呼吸
で忠誠心を発揮してきたからにほかならない。
ところが、経済がダメになると、皆が頑張っても確立した経営管理手法が共有されてい
なかったため歯車が合わなくなってしまった。だから突然、内部統制のような議論が出て
くると、経営者はおろおろする。日本の経営者には、この際、真剣になって経営すること
の意味を考えてもらいたい。」
上述のように八田も日本の企業がこれまで事業を継続してこられたのは「従業員の忠誠
心」であり、その没落は「経営者が本当の意味で経営管理をしてこなかったからではない
か」と述べている。「内部統制報告制度」の提供側の学者と批判する側の学者が日本企業
の従業員の忠誠心についてだけは共通して評価している。しかし現状では、また将来的に
も従業員の忠誠心は期待できないと思われ八田の意見に沿うならばボトムアップによる改
善を経営管理手法として共有つまり形式知化することが今後の内部統制の要点といえるだ
ろう。加護野らはハードな統制も社内の環境によっては必要であることを認めておりハー
ドな統制でありながらボトムアップによる新陳代謝のあるプロセスという手法が加護野ら
の意見に沿った場合の表現になるだろう。
本研究の背景つまり問題は「株主による経営者の監視が弱く経営者の暴走を許してしま
う、特に粉飾を犯してしまいやすい」ということである。
本研究の目的は「内部統制を基調にどうすれば経営者の暴走、特に粉飾を防ぐことがで
きるかを探る」ということになる。
10
機関投資家や、銀行や関係会社という安定株主にしてみれば、近視眼的には粉飾をいか
に隠蔽、先送りできるか、また粉飾をしてでも業績と株価をいかに上げられるかに興味が
あるだろう。しかし彼らも粉飾事件の多発は望んでいないはずだ。粉飾事件の多発は機関
投資家や銀行にとって主要なリスクである市場リスクや信用リスクを的確にマネジメント
できなくならせるからである。
第2章 先行研究のレビュー
第2章1節 「COSOフレームワーク」と「意見書」
米国で1980年代に貯蓄貸付組合(S&L : Savings and Loan Association 貯蓄と住宅ロ
ーンに特化した金融機関)が相次いで破綻した。そこでこの状況に危機感を抱いた民間の
組織であるアメリカ公認会計士協会、アメリカ会計学会、内部監査人協会、管理会計士協
会、財務担当経営者協会が設立したトレッドウェイ委員会の下部組織であるトレッドウェ
イ委員会組織委員会によって内部統制についての研究がなされ、
その研究報告書として
「内
部統制の統合的枠組み」が1992年に公開された。6また「内部統制の統合的枠組み」の付録
では「ウォーターゲート事件の調査(1973年~1976年)によってアメリカを代表する数多
くの企業が、国内での違法な政治献金と、賄賂を含む疑わしい支出または違法な支出を外
国の政府高官に対して行っていたこと」7が当該研究の遠因になっていると述べている。
このフレームワークはトレッドウェイ委員会組織委員会(The Committee of Sponsoring
Organization of The Treadway Commission )を省略した「COSO」のフレームワークとい
うことで「COSOフレームワーク」と呼称されることが多い。(本研究でも以下「COSOフレ
ームワーク」という。)
2002年に「サーベンス・オクスレー法」が制定された際に米国の証券取引委員会(SEC :
U.S. Securities and Exchange Commission)は「一般に公正妥当と認められる内部統制の
評価の基準」の一つとして「COSOフレームワーク」を挙げた。他の内部統制のフレームワ
ークも海外には存在したが米国の団体が作成したこともあり内部統制のフレームワークは
「COSOフレームワーク」がデファクトスタンダードになった。
「COSOフレームワーク」による内部統制の定義は「以下の範疇に分けられる目的の達成
に関して合理的な保障を提供することを意図した、事業体の取締役会、経営者およびその
他の構成員によって遂行されるプロセスである。
『業務の有効性』、
『財務報告の信頼性』、
『関連法規の遵守』」8と記載されている。
日本版の「COSOフレームワーク」である企業会計審議会において作成された「財務報告
に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関
する実施基準の設定について(意見書)」(以下「意見書」という)においては内部統制
の定義を次のように記載している。
「内部統制とは、基本的に、業務の有効性及び効率性、
財務報告の信頼性、
事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全の4つの目的が達成さ
11
れているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内のすべての者によっ
て遂行されるプロセスをいい、統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、
モニタリング(監視活動)及びIT(情報技術)への対応の6つの基本的要素から構成される。」
9
「意見書」は「国際的な内部統制議論がCOSO報告書をベースとしていることにかんがみ、
COSO報告書の枠組みを基本的に踏襲しつつも、我が国の実情を反映し、COSO報告書の3つの
目的と5つの構成要素にそれぞれ1つずつ加え、4つの目的と6つの基本的要素としている。」
10
と述べているように「COSOフレームワーク(文中では「COSO報告書」となっている)」
を基本にして独自に目的として「資産の保全」を追加し、構成要素として「ITへの対応」
を追加している。この日本版COSOフレームワークを表したのが図3である。
図3 日本版COSOフレームワークのキューブ 出所:「意見書」より筆者作成
「意見書」は先行する米国の内部統制における企業や監査人の負担状況を踏まえて独自
にトップダウン型のリスク・アプローチ(リスクの存在の可能性が高い領域を重点的に統
制、監査する方法)を採用しており、例えば売上高等の金額の高い拠点から合算し、全体
の概ね3分の2程度に達するまでの事業拠点を重要な拠点として選定し「適用範囲」とする
こととしている。11
そこで本研究は「適用範囲」を絞るという概念を敢えて議論しないこととした。「COSO
フレームワーク」における内部統制の有効性を純粋に検証するためである。その点を踏ま
12
えて、図3の日本版COSOフレームワークのキューブの側面には、本研究での独自表現として
「評価レベル」を記載している。通常、COSOフレームワークのキューブのこの側面には「適
用範囲」が記載されていることが多い。しかし「評価レベル」は「全社的な内部統制の評
価」から「業務プロセスに係る内部統制の評価」へと深化していくトップダウン型のリス
ク・アプローチを「適用範囲」とは別の視点から表現しているにすぎない。また本研究が
「適用範囲」を絞り込むという概念を議論しないからといって、それが机上の空論になる
わけではない。
単一事業のみを営んでいるような企業では業務フローがシンプルであり
「適
用範囲」を絞り込む必要が無いケースも十分に想定され得るのである。
第2章2節 全社的な内部統制
「意見書」では内部統制を構築する手順として、まず取締役会が方針と計画を決定し次
に内部統制の現状を把握し不備があれば対応していくという手順を薦めている。把握の順
番は上述のとおり、まずは「全社的な内部統制」であり「既存の内部統制に関する規程、
慣行及びその遵守状況を踏まえ、全社的な内部統制の整備状況を把握し、記録・保存(*
暗黙裡に実施されている社内の決まり事等がある場合には、それを明文化)」12する。
具体的に「全社的な内部統制」はどのように把握・整備されるのかというと、「意見書」
に記載されている「財務報告に係る全社的な内部統制に関する評価項目の例」13をそのま
ま使用するケースが多かったと思われる。「意見書」のスタンスは「全社的な内部統制に
係る評価項目の例を示したものであり、全社的な内部統制の形態は、企業の置かれた環境
や特性等によって異なると考えられることから、必ずしもこの例によらない場合があるこ
と及びこの例による場合でも、適宜、加除修正がありうることに留意する。」14というも
のであり、各社の創意工夫の余地を残しているが、特段の理由が無い限り(例えば業種が
特殊であり、評価項目が明らかに不足している場合など)、そのまま使うことが監査人と
の暗黙の了解になっているようである。
「COSOフレームワーク」の「全社的な内部統制」の評価項目は「構成要素」ごとにまと
められており82項目ある。「意見書」の「財務報告に係る全社的な内部統制に関する評価
項目の例」も「構成要素」ごとにまとめられており、ごく当たり前のことを問う42問の質
問形式をとっている。各評価項目レベルの議論は本研究の趣旨(内部統制を基調にどうす
れば経営者の暴走、特に粉飾を防ぐことができるかを探る。)に反するので取り上げない
が「意見書」を「構成要素」ごとに議論し、先行研究としての「COSOフレームワーク」を
レビューしたい。
統制環境
「統制環境とは、組織の気風を決定し、組織内のすべての者の統制に対する意識に影響を
与えるとともに、他の基本的要素の基礎をなし、リスクの評価と対応、統制活動、情報と
伝達、モニタリング及びITへの対応に影響を及ぼす基盤をいう。」15
13
統制環境は「社風」と言い換えることができる。「意見書」が「重要な事業拠点におけ
る3つの勘定科目(売上、売掛金及び棚卸資産)に至る業務プロセスは、原則として評価対
象となる。」16と述べているように、「財務報告に係る内部統制」がターゲットにしてい
るのは粉飾である。「財務報告に係る内部統制」における「社風」とは「粉飾してはなら
ない。」というものであり、それを形成するのは企業のトップである経営者の役目だろう。
粉飾は経営者や上級幹部の一部が犯すことがほとんどだが「意見書」は「経営者が不当な
目的のために内部統制を無視ないし無効ならしめることがある。しかし、経営者が、組織
内に適切な全社的又は業務プロセスレベルに係る内部統制を構築していれば、複数の者が
当該事実に関与することから、経営者によるこうした行為の実行は相当程度、困難なもの
になり、結果として、経営者自らの行動にも相応の抑止的な効果をもたらすことが期待で
きる。」17と述べている。これは、いわゆる「内部統制の限界」であり内部統制が絶対的
な保証ではなく合理的な保証を与える所以である。上述のように「財務報告に係る内部統
制」は経営者による粉飾を防ぎ投資家を保護することが目的であるが経営者は粉飾する場
合それが違法であることを認識していることがほとんどであり、その場合、自社の内部統
制を意図的に無視ないし無効ならしめることは当然といえる。粉飾に対する厳罰化は法制
度化されているが、そもそも粉飾は先送りすることにより当分の間、おそらく、その経営
者の引退後、数十年に渡って露呈されないことが前提で犯されており、それもあまり効果
的とはいえないのである。
しかし経営者の自己評価結果を監査する監査人について「意見書」には「経営者による
財務報告に係る内部統制の有効性の評価は、
その評価結果が適正であるかどうかについて、
当該企業等の財務諸表の監査を行っている公認会計士等(以下『監査人』という。)が監
査することによって担保される。内部統制監査と財務諸表監査が一体となって行われるこ
とにより、同一の監査証拠を双方で利用するなど効果的でかつ効率的な監査が実施される
よう、内部統制監査は、当該企業の財務諸表監査に係る監査人と同一の監査人(監査事務所
のみならず、業務執行社員も同一であることを求めている。) が実施することとした。」18
と記載されており財務諸表監査と内部統制監査の統合監査が意図されている。また「内部
統制監査において監査人が意見を表明するに当たって、監査人は自ら、十分かつ適切な監
査証拠を入手し、それに基づいて意見表明することとされており、その限りにおいて、監
査人は、企業等から、直接、監査証拠を入手していくこととなる。」19とも記載されてお
り、財務諸表監査における監査証拠、監査証跡等が、内部統制監査においても重きをなす
ことが想定されている。現実的に図4のような1枚程度の内部統制報告書を経営者から提出
されてもそれだけでは監査意見を表明することは難しいということだろう。
しかし財務諸表監査は、ある事業年度の財務諸表つまりアウトプットが適正であること
を合理的に保証するための制度であり監査人は自ら帳票等を照合して心証を得ることは多
いが、当該企業の内部統制体制そのものが有効に運用されていること、つまり対象事業年
14
度の1年間のプロセスの有効性を確認する手段及びリソースは尐ない。「意見書」は「ダイ
レクト・レポーティング(直接報告業務)は採用しないこととした。」20と述べており、
監査コストの低減を謳っているが、実は性質の違う2つの監査を一人の監査人(実際は監査
チームが組織される)に求めているため発生するリソースコストは相当なものになると考
えられる。米国における「内部統制報告制度」では財務諸表監査を担当しない公認会計士
によって経営者の作成した内部統制報告書の監査(イン・ダイレクト・レポーティング)
と、当該企業の内部統制体制の直接監査(ダイレクト・レポーティング)を実施していた。
しかし2007年からは監査基準が改正され、内部統制報告書に対する監査(イン・ダイレク
ト・レポーティング)は、効果が薄いという理由から廃止された。財務諸表監査を担当す
る監査人と内部統制監査を担当する監査人は同一ではないので両者の間での牽制が働き、
両監査とも適切に執り行われることが期待されている。
米国においても、日本においても、財務諸表監査のみでは、粉飾の予防、早期の発見が
できなかったので、「内部統制報告制度」が設けられたわけであるが、米国においては、
財務諸表監査と内部統制監査の監査人は同一であってはならず、日本においては財務諸表
監査と内部統制監査の監査人は同一でなければならない。米国と日本の「内部統制報告制
度」は同じ趣旨で設けられたわけであるが、米国では監査人同士の牽制による監査精度の
向上を目指しており、日本では統合監査による監査の効率化を目指している。どちらの制
度がより粉飾を防げるのかを定量的に調査することは望ましいが、
日本においては2008年4
月1日以降から始まる事業年度が「内部統制報告制度」の初年度であり、本研究時点におい
ては3期目の企業が最前である。米国では2004年以降、企業規模等により順次、開始されて
おり、約6年経過しているが、内部統制体制の直接監査(ダイレクト・レポーティング)の
みとなったのが2007年からであり、本研究時点では最前の企業は3年目もしくは4年目であ
る。元々、粉飾事件自体が両国とも年に数件程度であるため、もう尐しの時間が必要であ
り今後の課題となるであろう。
ただ本研究時点でも確実にいえることは、詳細は後述する経営者による統計上の正規分
布に依拠した自己評価は、善管注意義務における内部統制として相応しく、株主代表訴訟
に対する経営者の対抗手段としては有効である(こういった自主的な取り組みが、粉飾を
防ぐ社風になるのであろうが、経営者がその自己評価結果を偽る可能性もまた否定できな
いのである)が、上述のように米国においても日本においても、監査人は当該企業の内部
統制に関する監査証拠を自ら入手しているので、経営者に対して自己評価を法律によって
義務付けることには必要性が見いだせないということである。
15
図4 内部統制報告書の例(表紙は省略) 出所:筆者作成
1【財務報告に係る内部統制の基本的枠組みに関する事項】
代表取締役社長○○は、当社の財務報告に係る内部統制の整備及び運用に責任を有しており、企業会計
審議会の公表した「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価
及び監査に関する実施基準の設定について(意見書)」に示されている内部統制の基本的枠組みに準拠し
て財務報告に係る内部統制を整備及び運用しております。なお、内部統制は、内部統制の各基本的要素が
有機的に結びつき、一体となって機能することで、その目的を合理的な範囲で達成しようとするものです。
このため、財務報告に係る内部統制により財務報告の虚偽の記載を完全には防止又は発見することができ
ない可能性があります。
2【評価の範囲、基準日及び評価手続に関する事項】
財務報告に係る内部統制の評価は、当事業年度の末日である平成○年○月○日を基準日として行われて
おり、評価に当たっては、一般に公正妥当と認められる財務報告に係る内部統制の評価の基準に準拠いた
しました。本評価においては、連結ベースでの財務報告全体に重要な影響を及ぼす内部統制(全社的な内
部統制)の評価を行ったうえで、その結果を踏まえて、評価対象とする業務プロセスを選定しております。
当該業務プロセスの評価においては、選定された業務プロセスを分析したうえで、財務報告の信頼性に重
要な影響を及ぼす統制上の要点を識別し、当該統制上の要点について整備及び運用状況を評価することに
よって、内部統制の有効性に関する評価を行いました。財務報告に係る内部統制の評価の範囲は、当社並
びに連結子会社及び持分法適用関連会社について、財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性の観点から必
要な範囲を決定いたしました。財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性は、金額的及び質的影響の重要性
を考慮して決定しており、当社及び連結子会社 2 社を対象として行った全社的な内部統制の評価結果を踏
まえ、業務プロセスに係る内部統制の評価範囲を合理的に決定いたしました。なお、連結子会社○社及び
持分法適用関連会社○社については、金額的及び質的重要性の観点から僅尐であると判断し、全社的な内
部統制の評価範囲に含めておりません。業務プロセスに係る内部統制の評価範囲については、各事業拠点
の前連結会計年度の売上高(連結会社間取引消去後)の金額が高い拠点から合算していき、前連結会計年
度の連結売上高の概ね 2/3 に達している○事業拠点を「重要な事業拠点」といたしました。選定した重要
な事業拠点においては、企業の事業目的に大きく関わる勘定科目として売上高、売掛金及び棚卸資産に至
る業務プロセスを評価の対象といたしました。さらに、選定した重要な事業拠点にかかわらず、それ以外
の事業拠点をも含めた範囲について、重要な虚偽記載の発生可能性が高く、見積りや予測を伴う重要な勘
定科目に係る業務プロセスやリスクが大きい取引を行っている事業又は業務に係る業務プロセスを財務報
告への影響を勘案して重要性の大きい業務プロセスとして評価対象に追加しております。
3【評価結果に関する事項】
上記の評価の結果、当事業年度末日時点において、当社の財務報告に係る内部統制は有効であると判断
いたしました。
4【付記事項】 付記すべき事項はありません。
5【特記事項】 特記すべき事項はありません。
16
リスクの評価と対応
「リスクの評価とは、組織目標の達成に影響を与える事象について、組織目標の達成を
阻害する要因をリスクとして識別、分析及び評価するプロセスをいう。
リスクへの対応とは、リスクの評価を受けて、当該リスクへの適切な対応を選択するプ
ロセスをいう。リスクへの対応に当たっては、評価されたリスクについて、その回避、低
減、移転又は受容等、適切な対応を選択する。」21
リスクの評価と対応は具体論であり、内部統制の中心的な概念である。
リスクの評価は、まずリスクを識別(洗い出し)することから始まる。「全社的な内部
統制」においては上述のように「意見書」の評価項目によって識別することができるだろ
う。「ITに係る全般統制」(以下「IT全般統制」という)や「業務プロセスに係る内部統
制」(以下「業務処理統制」という)のレベルでのリスクの評価基準は後述するが、識別
されたリスクは、過去に経験したリスクと、未知のリスクに分類される(「意見書」は「全
社的な内部統制」におけるリスクなのか「業務処理統制」におけるリスクなのかも分類す
るように指示しているが、各評価基準自体が既にあり、最初は「全社的な内部統制」にお
けるリスクの識別から実施するので本研究では不要とする)
。
続いて分析と評価に移るが、
ここでリスクの発生可能性と影響度が見積もられる。この時にリスクが定量的に評価され
るわけであるが、統計等を使うのか、実務家の経験と勘に頼るのかは、企業にゆだねられ
ている。その後、対応すべきリスクと対応する必要のないリスクに分けられる。その基準
は上述のようにリスクへの対応(統制活動)とリスクの受容の、どちらのコストが低いか
ということになる。
次にリスクへの対応を決定する。便宜的にリスクへの対応は回避、移転、低減、受容又
はその組み合わせに分類される(ここでいう受容は他の手段との組み合わせた場合だけで
ある。例えば「リスクヘッジ」とは資産を分散させることを指すが、それは大きなリスク
を「回避」し、小さなリスクを「受容」するということになる)。
統制活動
「統制活動とは、経営者の命令及び指示が適切に実行されることを確保するために定め
る方針及び手続をいう。統制活動には、権限及び職責の付与、職務の分掌等の広範な方針
及び手続が含まれる。このような方針及び手続は、業務のプロセスに組み込まれるべきも
のであり、組織内のすべての者において遂行されることにより機能するものである。」22
統制活動はリスクへの対応での決定事項の実現である。「意見書」においても、「統制
活動とリスクの評価・対応との統合化」23が望まれると指摘されている。その多くは低減
という統制活動になるが、回避や移転、受容もあるだろう。しかし、回避であれば、その
事業からは当該企業は撤退することになり、移転であれば保険会社との契約や、業務の外
17
部への委託、受容であれば自家保険の算定となり、あまり現実的とはいえない。おそらく
低減という手段が講じられることがほとんどだろう。実質的には低減とは照合や承認であ
る。
これらは、
事後的に不正や誤謬を発見するプロセスであるので発見的統制といわれる。
また業務処理が情報システムに依存している場合は各アカウントをアカウントの使用者の
職務権限に基づいてアクセス権限を与えるという予防的統制もある。これについては「IT
全般統制」や「業務処理統制」で具体的に検討されるが「全社的な内部統制」においては、
まずその職務権限の適正性等が評価され、そのために職務分掌や業務手順書等が整備され
なければならない。
情報と伝達
「情報と伝達とは、必要な情報が識別、把握及び処理され、組織内外及び関係者相互に
正しく伝えられることを確保することをいう。組織内のすべての者が各々の職務の遂行に
必要とする情報は、適時かつ適切に、識別、把握、処理及び伝達されなければならない。
また、必要な情報が伝達されるだけでなく、それが受け手に正しく理解され、その情報を
必要とする組織内のすべての者に共有されることが重要である。」24
統制環境の把握、改善がなされ、リスクの評価と対応、統制活動の合意形成までが済ん
でも、情報が円滑に流れなければ意味がない。ここでいう情報とは合意形成された内部統
制そのものの情報もあるし、財務報告に係る情報もある。情報が重視されているのは、粉
飾が一種の情報操作だからであるという見方もできる。企業活動の実態は実在庫と預金残
高、債務、債権、売掛金、買掛金、動産、不動産、知的財産、有価証券等になるが、その
実態の情報を意図的に操作(水増し)して開示するのが粉飾である。そのため適切な情報
統制が必要になる。この場合の情報統制とは正確な情報を適切な部門、また担当者や経営
者に適時に伝えるという意味である。特にIT(情報システム)を使用していない、もしく
は使用していても統制手段としては依存しない場合は、直接「業務処理統制」において統
制上の要件(実在性、網羅性、権利と義務の帰属、評価の妥当性、期間配分の適切性、表
示の妥当性)を直接、評価することになる。
モニタリング
「モニタリングとは、内部統制が有効に機能していることを継続的に評価するプロセス
をいう。モニタリングにより、内部統制は常に監視、評価及び是正されることになる。モ
ニタリングには、業務に組み込まれて行われる日常的モニタリング及び業務から独立した
視点から実施される独立的評価がある。両者は個別に又は組み合わせて行われる場合があ
る。」25
18
モニタリングを端的に説明すると、それは経営者による自己評価に過ぎない。しかしそ
の自己評価を内部統制報告書に記載しなければならず、上述のように重要な事項において
虚偽の記載は罰則の対象となるために、
その自己評価は、
ある程度の心理的圧力のもとで、
なされることが期待されている。
しかし経営者は自己評価、つまり内部監査を直接実施することは現実的には難しく、内
部監査部門が実施した内部監査の結果を援用するのが現実的であると考えられる。そのた
め内部監査部門の人員は経営者のエージェントとしての能力や特性を備えていることが求
められる。また「内部統制報告制度」においては業務処理統制の統制上の要点(キー・コ
ントロールと呼称されることが多い)においてサンプルを採るという一定の業務(試査)
が発生する。「意見書」において「日常反復継続する取引について、統計上の正規分布を
前提とすると、90%の信頼度を得るには、評価対象となる統制上の要点ごとに尐なくとも25
件のサンプルが必要になる。」26と述べられているように日常反復継続する業務における
統制上の要点については事業年度ごとに、最低でも25件のサンプルを採り、全てのサンプ
ルが、求められている統制(リスクを低減すること)のレベルを満たしていることを確認
しなければならない。統制上の要点はより尐ないリソースで、より多くのリスクを低減し
ているものがふさわしいとされているが、もし統制上の要点におけるサンプルの取得によ
る試査において問題があると判断した場合、当該内部統制には「重要な欠陥」があると判
断しなければならない可能性がある。但し、事業年度の末日までに、その問題を是正でき
ていれば、最終的には「有効」と判断できる。しかし、実務上、どの統制が要点となるの
かという点については、「本当に、有効という結果が得られるのか?末日までに改善できる
のか?」、「本当に統制活動を被監査部門がやってくれるのか?」、「サンプルを取得して
試査ができるようなタイプの統制活動なのか?」という、半ば恐怖に近い疑問が内部監査部
門にはあり、その結果、統制上の要点を増やして、歯止めをかけようとする傾向がある。
現実問題として内部監査部門は経営者のエージェントとして「重要な欠陥」をなるべくな
らば内部統制報告書には記載したくないだろう。具体的には「重要な欠陥」に関する情報
は図4 内部統制報告書の例の3【評価結果に関する事項】以降において、記載しなければ
ならない。
また特段の事情が無い限り、「重要な欠陥」が記載されれば内部監査部門に対する経営
者の評価は当然、低くなる。しかも内部統制報告書の虚偽記載は露呈した場合、自社と経
営者に対する刑事罰が科せられる可能性がある。上場企業の内部の事情であるがゆえに、
統制上の要点の平均的な数を調査することはできないが、大手企業になると何千という単
位で存在しているようである。仮に統制上の要点が1000個あるとすればサンプルの取得と
試査は25000回になる。1回の試査に10分の時間を要するとすれば約520人日の工数となる。
内部監査部門の人員が2人いれば、ちょうど1年(営業日260日)で試査が完了するという計
算になる。しかし、統制の要点ごとのサンプルの数を25件から1件に減らすことが可能な手
法がある。それは統制上の要点をIT(情報システム)に依存したものにすることである。
19
ITはプログラムの変更が無ければ、毎回、同じ処理結果になるのでサンプル数は1件で済む
のである。単純な計算になるが、仮に1000個の統制上の要点が全てITに依存したものであ
るとするなら、約21人日で試査を終えることが可能なのである。
モニタリングには他にも取締役会、監査役、監査委員会によるものも含まれる。これら
は上述の役員に負託されている善管注意義務等が根拠となっている。そのため、「財務報
告に係る内部統制」においてはそういった義務は重視されていないように思われるが、内
部統制の本質的な根拠であり取締役や監査役の民事的な責任は重いといえる。
ITへの対応
「ITへの対応とは、組織目標を達成するために予め適切な方針及び手続を定め、それを
踏まえて、業務の実施において組織の内外のITに対し適切に対応することをいう。ITへの
対応は、内部統制の他の基本的要素と必ずしも独立に存在するものではないが、組織の業
務内容がITに大きく依存している場合や組織の情報システムがITを高度に取り入れている
場合等には、内部統制の目的を達成するために不可欠の要素として、内部統制の有効性に
係る判断の規準となる。ITへの対応は、IT環境への対応とITの利用及び統制からなる。
IT環境とは、組織が活動する上で必然的に関わる内外のITの利用状況のことであり、社
会及び市場におけるITの浸透度、組織が行う取引等におけるITの利用状況、及び組織が選
択的に依拠している一連の情報システムの状況等をいう。
ITの利用及び統制とは、組織内において、内部統制の他の基本的要素の有効性を確保す
るためにITを有効かつ効率的に利用すること、並びに組織内において業務に体系的に組み
込まれてさまざまな形で利用されているITに対して、組織目標を達成するために、予め適
切な方針及び手続を定め、内部統制の他の基本的要素をより有効に機能させることをい
う。」27
ITへの対応は上述のように日本版で独自に追加された「構成要素」である。仮に業務プ
ロセスにITが使用されていなければ「全社的な内部統制」においての評価は必要ない。し
かし、現在の企業でITを使用していないケースは現実的には存在しないと考えられ、また
仮に存在していても、直近で導入する可能性は非常に高いため、この構成要素は必要では
ないかと推察される。ITに依存した業務処理統制(以下「IT業務処理統制」という)は上
述のようにサンプル数が日常反復継続する業務での統制上の要点であれば試査は25分の1
に圧縮することが可能であり、内部統制のコスト削減の見地からも積極的に取り組むべき
であると考えられる。ただし「IT業務処理統制」によってサンプル数を減らすためには「IT
全般統制」が有効でなければならない。また、「IT全般統制」の信頼性を担保するために
は「全社的な内部統制」において「ITへの対応」が評価されなければならないのである。
20
第2章3節 IT全般統制
「IT全般統制」は図3の「評価レベル」において、「全社的な内部統制」と「業務処理
統制」との間に挟まれた部分に該当する。「意見書」においては「システムの開発、保守
(変更)に係る管理」、「システムの運用管理」、「アクセス管理」、「外部委託契約管
理」の4つの業務においてリスクへの対応が求められている。28また統制目標が設けられて
おり、「財務報告の信頼性」を担保するためには「信頼性」を担保していればよいとされ
ている。「信頼性」は「正当性」、「完全性」、「正確性」に細分化されている。29本研
究ではリスク・アプローチであり統制コストも監査コストも他のフレームワークより尐な
いと考えられる日本公認会計士協会の
「IT委員会研究報告第35号 ITに係る内部統制の枠組
み ~自動化された業務処理統制等と全般統制~」を例として議論する。なお「外部委託契
約管理」は同様の統制活動が委託先で実施されているか評価することによってリスクを低
減できるとされているので省略されている。「意見書」における4つの業務ごとのリスク及
び対応する統制活動は以下のようになる。
開発、変更管理
リスク:ITに関わる開発、変更管理手続が十分に整備、運用されず、経営者の意図した、
自動化された業務処理統制等が適切に整備されない。
1、システム開発部署とシステム運用部署が分離している。
2、システム開発規程が制定されている。
3、システム開発規程が遵守され、遵守証跡が作成される。
4、システムの新規開発について取締役会等の承認を要する。
5、開発プログラムは、開発過程の適切なフェイズごとに開発プログラムから独立の立場に
ある者のレビューを受ける。
6、購入システム、開発システムについてテストが実施され、機能が確かめられる。
7、本番登録以前に利用部門の承認を受ける。
コンピュータの運用管理
リスク:ITに関わる運用管理手続が十分に整備、運用されず、自動化された業務処理統制等
が適切に稼動しない。
8、システム変更担当部署とシステム運用部署が分離している。
9、システム運用規程が制定されている。
10、システム運用規程が遵守され、遵守証跡が作成される。
11、システムは責任者が承認したジョブスケジュールに基づき自動運用がなされる。
12、スケジュールに基づかない臨時ジョブには責任者の個別承認を要する。
21
13、システム運用についてオペレータ監視がある。
14、ライブラリ、データのバージョン管理がなされる。
15、バッチジョブ、データインターフェイスについては、コントロールトータルを組み込
み運用される。
16、
業務プログラムにはエラー処理、
リカバリー処理を組み込むことが定型化されている。
17、必要なバックアップデータが保管される。
プログラムとデータの情報セキュリティ管理(「意見書」のアクセス管理に該当する。)
リスク:ITに関わる情報セキュリティ管理手続が十分に整備、運用されず、業務処理におけ
る自動化された内部統制が無視されたり、バイパスされたりするような方法で、
内部統制が無効化される。
18、情報セキュリティポリシー、規程が制定されている。
19、開発変更環境、運用環境のユーザ権限の登録が適切に実施されている。
20、本番稼動しているプログラム及びデータへのOSレベルのアクセスが制限されている。
21、本番稼動しているプログラム及びデータへのデータベースレベルのアクセスが制
限されている。
多くの上場企業は「IT全般統制」に対応するために、既存のITガバナンス用のフレーム
ワークを導入したといわれている。
代表的なものとして
「COBIT」
(米国ITガバナンス協会)
、
「システム管理基準」(経済産業省)が上げられるが、ITガバナンス用のフレームワーク
は「財務報告の信頼性」を阻害するリスクのみを意識して作成されたものではなく、過剰
感がある。例えば「COBIT」を内部統制用に編集した「COBIT for SOX」は「IT全般統制」
における評価項目が60個あり、「COBIT」を導入してこなかった企業の情報システム部門の
負担はかなり大きいと思われる(「IT全般統制」は一般的に情報システム部門が構築する
ものとされている。職務分掌としても該当する統制活動がほとんどである)。
例えば第1項目は「組織は、システム開発ライフサイクル方法論(SDLC)を有しており、
その方法論には、セキュリティと処理の完全性(インテグリティ)に関する組織の要件を
含んでいる」という難解なものである。
「COBIT」等の既存のフレームワークは基本的にベースライン・アプローチ(一律に基準
を設け、その基準にそってすべての個所を統制、監査すること)であり、網羅性は高い。
しかし、内部統制を構築する被監査部門の負担は上述のように膨大なものにならざるを得
ない。
確かに、「COBIT」等のような網羅性の高いフレームワークを導入することは「ベストプ
ラクティス」といえるかもしれない。しかし費用対効果という面では、上述の「IT委員会
研究報告第35号 ITに係る内部統制の枠組み ~自動化された業務処理統制等と全般統制
22
~」でも十分に「COSOフレームワーク」の「財務報告の信頼性」という目的を果たすこと
ができるということを鑑みると、「IT全般統制」はリスク・アプローチが効果的だという
ことが推察される。但し、多国籍企業であれば、「COBIT」等のデファクトスタンダードな
フレームワークは原本が英語であるため、スケールメリットが発揮できる可能性は高い。
だが、それは英語という共通言語が介在しているという点で効果的なのであってリスクマ
ネジメントの本質としては、やはりリスク・アプローチが重視されてしかるべきではない
かと推察される。
第2章4節 業務処理統制
次に「業務処理統制」を中心に「COSOフレームワーク」、「意見書」がどのように企業
に定着されていくのかを議論する。「財務報告に係る内部統制」は「業務処理統制」に重
きを置いており、企業がリソースの大半を割いたのも「業務処理統制」である。
「業務処理統制」とは業務プロセスに組み込まれ一体となって遂行される内部統制であ
るという定義が「意見書」においてなされている。30その業務プロセスを把握するために
実務として、取引の開始、承認、記録、処理、報告、集計、記帳という情報の転換点を考
慮に入れながら業務フロー図を記載することが多い。ここで取引情報の転換点を重点とし
て、どのようなリスクが発生する可能性があるのかを追記していく必要がある。なぜなら
情報の転換点で人による不正、誤謬が発生するからである。この不正と誤謬が「財務報告
の信頼性」を業務プロセスのレベルで阻害するリスクなのである。また適切な財務情報を
作成するための要件として実在性、網羅性、権利と義務の帰属、評価の妥当性、期間配分
の適切性、表示の妥当性を意識し、これらの要件を阻害するという観点からリスクを識別
しなければならない。実務でのノウハウになるが上記の要件を踏まえてリスクはパターン
化されている。諸説あるので絶対ではないが「架空計上」、「多重計上」、「先行計上」、
「単価誤り計上」、「数量誤り計上」、「計上漏れ」、「計上遅れ」、「資産・負債の期
末評価誤り」、「収益・費用の期間配分の誤り」、「分類誤り計上・表示」がリスクにな
る。このように「業務処理統制」はリスク・アプローチである。
次に識別されたリスクへの対応として既述の回避、移転、低減、受容のどれを当てはめ
るのかを検討しなければならない。
「意見書」は外部に委託した業務も自社で評価をしなければならないと指摘している。
31
但し日本公認会計士協会の「監査基準委員会報告書第18号 委託業務に係る内部統制の
有効性の評価」というガイドラインがあり、いわゆる「18号監査報告書」を委託先が提出
することによって、委託した業務のリスクを評価することは可能ではある。
業務処理統制で識別されたリスクはほとんどの場合、低減することが選択されるが、低
減することが決定されたリスクに対して紐付けられる既存の統制活動、もしくは新しく整
備された統制活動は、人によるものであれば、図5にあるように、ほとんどの場合、照合と
承認になる。照合は業務処理を行った人とは利害関係にない担当者による処理前の取引情
23
報と処理後の取引情報に整合性があるかという確認作業であり、承認は多くの場合、業務
処理を行った人の上長が処理後の取引情報が妥当なものかを確認する作業である。
「IT業務処理統制」では照合を自動的に行い、エラーがあればアラートを表示するという
機能や、上長の承認がなければ次の処理に進めない機能が該当する。他には職務分掌に基
づいた各アカウントのアクセスコントロールも含まれる。専門用語として「フォーマット
チェック」や「必須項目チェック」、「リミットチェック」等があるが、本研究の対象で
はないため詳細は省く。しかし「業務処理統制」の構築、整備の担当者は被監査部門や内
部監査部門の負担を減らすために、なるべく「IT業務処理統制」を利用すべきである。た
だし内部監査部門がITに対しての理解がない場合や、中小企業に見られるように「IT全般
統制」を整備するよりも、人による「業務処理統制」を整備したほうが明らかに費用が尐
ない場合は例外として人による「業務処理統制」をメインに整備していくのが妥当といえ
る。「IT業務処理統制」を統制上の要点としない場合は、「IT全般統制」は整備も評価も
必要なくなるからである。
では「適用範囲」を絞り込まないのであれば「IT全般統制」と同じく「全社的な内部統
制」の整備や評価も必要ないのではないかという疑問が生じる。「意見書」は「適用範囲」
を絞り込まないことを想定していないため、基本的には本研究で独自に議論しなければな
らないが「意見書」において下記の記述がある。
「全社的な内部統制の評価結果が有効でない場合には、当該内部統制の影響を受ける業
務プロセスに係る内部統制の評価について、評価範囲の拡大や評価手続を追加するなどの
措置が必要となる」32
この記述を見る限りでは「全社的な内部統制」は不要であるといえるかもしれない。し
かし下記のような記述もある。
「全社的な内部統制に不備がある場合でも、業務プロセスに係る内部統制が単独で有効
に機能することもあり得る。ただし、全社的な内部統制に不備があるという状況は、基本
的な内部統制の整備に不備があることを意味しており、全体としての内部統制が有効に機
能する可能性は限定されると考えられる。」33
「財務報告に係る内部統制」で実際に「全社的な内部統制」に問題があった場合は、当
該事業年度内に解決し、内部統制報告書の記載内容を監査人と協議することが理想的であ
る。しかし「全社的な内部統制に不備があるという状況は基本的な内部統制の整備に不備
があることを意味して」いるという指摘は、人間の集団である企業の特性をよく理解した
示唆に富む指摘である。内部統制の土台となる「全社的な内部統制」に問題があれば、内
部監査部門によるサンプルの評価自体が、その「社風」の影響を受け、不正な内部統制報
告書を作成してしまう危険性があるからである。
それは「金融商品取引法」で上場企業に「財務報告に係る内部統制」を義務付けた理由
を知ることによってより理解できる。
24
日本における「内部統制報告制度」の導入の背景について企業会計審議会内部統制部会
専門委員の町田は、企業会計審議会第18回内部統制部会議(2010年6月10日)において提出
した資料「レビュー制度の前提とEUにおける内部統制報告問題への対応について」の中で
「2004年に鉄道会社の不実記載事例に端を発し,
その後の自主点検の中で,
上場企業の15%
に及ぶ企業が有価証券報告書の訂正報告を行った状況,すなわち,適正な財務報告が確保
されていない状況」があると述べている。
2005年8月に証券取引等監視委員会が公開した「証券取引等監視委員会の活動状況
2005年8月」においては「2004年10月の西武鉄道㈱をはじめとする一連の虚偽の有価証券報
告書提出問題が公になり、ディスクロージャーのあり方が証券市場における重大な問題と
してクローズアップされました。監視委員会は、西武鉄道㈱に係る虚偽の有価証券報告書
提出とインサイダー取引(内部者取引)が証券取引法に違反するとして、2005年3月22日に
同社等を東京地方検察庁検察官に告発するに至りましたが、この事件を契機として有価証
券報告書に関連した不適切な事例の発覚が相次いだことを受け、ディスクロージャー制度
に対する信頼性の確保に向けた様々な方策が金融庁において講じられました。」と記述さ
れ「内部統制報告制度」の発端が西武鉄道株式会社の有価証券報告書の虚偽記載であるこ
とが推定されるのである。
しかし、この西武鉄道株式会社の虚偽の有価証券報告書提出事件において個人として起
訴されたのは西武鉄道グループの総帥であった堤義明氏(西武鉄道株式会社代表取締役社
長、会長、株式会社コクド代表取締役社長、会長等を歴任)のみであり、法人としては西
武鉄道株式会社(当該事件の報道で有名になった株式会社コクドはインサイダー取引のみ
で起訴)だけである。
もっとも、株式会社コクド総務部次長で株式の管理担当者だった人物は2004年11月に水
死体で発見されている。証券取引等監視委員会から事情聴取を受けていた。また2005年2
月には有価証券報告書の大株主保有比率に虚偽があることを認識していたと思われる西武
鉄道株式会社の代表取締役社長だった人物は自殺している。彼も東京地検特捜部から事情
聴取を受けていた。
この一連の事件は堤義明氏の父であり、西武鉄道グループを一代で築き上げた堤康次郎
氏の違法なスキームに端を発している。堤康次郎氏は西武鉄道株式会社を1957年に東京証
券取引所に上場させたが、買収対策として、発行した株式を他人名義の所有としておきな
がら、株式会社コクドにおいて一括管理していた。一般的に「借名株」といわれているス
キームである。株式の所有者として登録されていても、その事実を知らなかった人も多か
った。東京証券取引所の上場基準として「尐数特定者持株数比率80%以下」という基準に抵
触していることが西武鉄道株式会社の関係者から指摘され、2004年に堤義明氏はその事実
を公表した。西武鉄道株式会社は上場廃止となり、東京地方裁判所は2005年10月に堤義明
氏を証券取引法違反で有罪(インサーダー取引を含む)とし懲役2年6月、罰金500万円、執
25
図5 業務フロー図 出所:「意見書」92ページ
行猶予4年の判決を下し、検察側、弁護側ともに控訴せず、有罪が確定になった。法人とし
て西武鉄道株式会社もインサイダー取引を含めて有罪を宣告され罰金2億円を科された。
この事件において主に意思決定をしてきたのは、堤康次郎氏、堤義明氏であり、実務とし
て関わったのは株式会社コクド総務部次長、知っていながら問題を開示することをためら
ったのは西武鉄道株式会社の数人の取締役のみであろう。つまり「内部統制報告制度」の
26
導入の発端となった事件で犯罪となる行動を採ったのは尐数の経営者や幹部であり、内部
統制でいうところの「全社的な統制」、特に統制環境に問題があったことが原因である。
そのため「全社的な内部統制に不備があるという状況は、基本的な内部統制の整備に不備
があることを意味しており、全体としての内部統制が有効に機能する可能性は限定される
と考えられる。」 という「意見書」の考え方は粉飾の特徴を良く捉えているのである。
第2章5節 先行研究レビューのまとめ
本章では「COSOフレームワーク」そして日本版の「COSOフレームワーク」である「意見
書」を先行研究としてレビューしてきた。
まず「全社的な内部統制」において構成要素ごとに議論を進めてきたが、実はごく当た
り前のリスクマネジメントの手法であることが推察される。統制環境を把握し、その上で
リスクを洗い出し、リスクに対応する統制活動を紐づけ、どの統制活動とも紐づけられな
いリスクに対応するために新しい統制活動を整備し、内部統制が円滑に機能するために情
報の伝達ルールを策定し、次に内部統制が意図した通りに運用されているかを評価すると
いうPDCAサイクルの概念であった。「ITへの対応」は「IT全般統制」や「IT業務処理統制」
のための布石として日本で独自に追加されたものであり、PDCAサイクルの概念から、はみ
出していたが、他の構成要素に含めても文脈に変化はないだろう。
内部統制を含めたリスクマネジメントは現実的な手法として歴史の試練に耐え、収斂し
ているといえる。つまり論点は「COSOフレームワーク」そのものではなく、その用い方で
ある「内部統制報告制度」にある。本章でも「意見書」における内部統制の用い方を重点
的に議論してきたが、最終的に「業務処理統制」を実現するために「全社的な内部統制」
と「IT全般統制」が整備されていた。つまり「内部統制報告制度」で重視されているのは
「業務処理統制」であった。これは財務諸表監査においても監査人が「業務処理統制」つ
まり照合と承認の確認で心証を形成することが重視されていることから当然といえる。た
だし経営者による内部統制の無効化の可能性があるので法的に義務付けられた「財務報告
に係る内部統制」の経営者による実施には意味がないことも確かである。
しかし前節以前では言及していないが経理部門が単独で関与する「決算・財務報告のプ
ロセス」という、経営者の指導の下での粉飾が最も起こりやすいプロセスを重点的に整備
することが「意見書」において強調されている。34この点を踏まえると「意見書」を策定
した企業会計審議会内部統制部会は、経営者による内部統制の無効化という「内部統制の
限界」をわきまえながらも、「経営者が不当な目的のために内部統制を無視ないし無効な
らしめることがある。しかし、経営者が、組織内に適切な全社的又は業務プロセスレベル
に係る内部統制を構築していれば、複数の者が当該事実に関与することから、経営者によ
るこうした行為の実行は相当程度、困難なものになり、結果として、経営者自らの行動に
も相応の抑止的な効果をもたらすことが期待できる。」35というこの一節(「COSOフレー
27
ムワーク」にも同様の文言はある36)を根拠に可能な限りの内部統制の有効な用い方を社
会に提示したと思われる。
このように「COSOフレームワーク」及び「意見書」は役員が株主の代理人として職務を
忠実に遂行することを前提とするならば非常に優れたフレームワークなのである。しかし
詳細は後述するが粉飾の多くは役員が主犯として関与しており、
前章で議論したように
「内
部統制報告制度」
は
「経営者の暴走傾向に対する根本的な解決策とまではいかないものの、
今までの事後的な制裁からは一歩踏み込んだ制度」という評価になってしまうのである。
さらに役員が株主に対して忠実な代理人であっても株主自体が機関投資家や銀行、関連会
社であれば職務の遂行は粉飾となってしまう可能性はある。
では、さらにもう一歩踏み込んで経営者の暴走に対する強力な統制は存在するのだろう
か、という議論を次章以降で進める。
第3章 研究の枠組み
課題
2009年11月5日に「内部統制報告制度ラウンドテーブル」が日本内部統制研究学会と日本
公認会計士協会の共催により開催された。協賛として日本監査役協会と日本内部監査協会
が名を連ねている。議長は企業会計審議会内部統制部会長、日本内部統制研究学会常務理
事で会計学者の八田である。オブザーバーとして金融庁、経済産業省の担当者が参加して
いる。
このラウンドテーブルにおいて企業関係者からの報告として、株式会社大和総研の引頭
は「会社ぐるみの不正への対応はどうなのか」という指摘をしている。また弁護士の山口
は「従業員の細かいミスやエラーをどの程度抑えるか、といった問題にはかなり対応でき
ていたが、経営者や上級管理職による重大な会計不正を未然に防止、若しくは早期に発見
することには、ほとんど無力ではないか。」という指摘をしている。37このように「本来
であれば経営者不正への対応を重視すべきなのに、業務プロセスに圧倒的に時間とコスト
がかかっている。」との主張が企業関係者全体に見られたようである。38
こういった指摘に対して名前は公表されていないが監査法人関係者からは「ガバナンス
と内部統制がうまく連携し、経営者不正ができないような体制に持っていくのが制度趣旨
と理解している。当制度の導入がどの程度経営者不正に対して効果を発揮しているかはこ
れからはっきりしてくる(効果はあると考えている)。但し、内部統制には限界があるこ
とは確かである。」との回答があった。金融庁関係者は「監査役と外部監査人の連携でカ
バーすべきである。経営者自らが内部統制を整備することでそれに縛られる(不正に対す
る抑止力となる)。但し、経営者不正は内部統制の限界の一つである。」と回答している。
39
金融庁関係者の「監査役と外部監査人の連携でカバーすべきである。」との回答は一
つの示唆を与えている。
28
例えば「意見書」には以下の記載がある。「監査役又は監査委員会は取締役等の職務の
執行を監査する(会社法第381条第1項、第404条第2項第1号)。また、監査役又は監査委員
会は、会計監査を含む、業務監査を行う。監査役又は監査委員会は、業務監査の一環とし
て、財務報告の信頼性を確保するための体制を含め、内部統制が適切に整備及び運用され
ているかを監視する。また、会社法上、監査役又は監査委員会は、会計監査人が計算書類
について実施した会計監査の方法と結果の相当性を評価することとされている。
一方、本基準で示す内部統制監査において、会計監査人は、監査役が行った業務監査の
中身自体を検討するものではないが、財務報告に係る全社的な内部統制の評価の妥当性を
検討するに当たり、監査役又は監査委員会の活動を含めた経営レベルにおける内部統制の
整備及び運用状況を、統制環境、モニタリング等の一部として考慮する。」40すなわち、
監査役、監査委員会は「COSOフレームワーク」の外側にいるものの経営者や上級幹部、組
織による粉飾を予防、発見する上での大きな役割を担っていると考えることができる。
ちなみに「意見書」が指摘している会社法第381条第1項には「監査役は、取締役(会計
参与設置会社にあっては、取締役及び会計参与)の職務の執行を監査する。この場合にお
いて、監査役は、法務省令で定めるところにより、監査報告を作成しなければならない。」
という条文が記載されている。また第404条第2項第1号には「監査委員会は、次に掲げる職
務を行う。執行役等(執行役及び取締役をいい、会計参与設置会社にあっては、執行役、
取締役及び会計参与をいう。)の職務の執行の監査及び監査報告の作成」という条文が記
載されている。
会計監査と監査役監査の関係は会社計算規則の第155条に「監査役は会計監査人の会計
監査報告を受領し、会計監査人の監査方法又は結果を相当でないと認めたときは、その旨
及び理由を内容とする監査報告を作成しなければならない。」と明記されいている。
しかし公認会計士等の会計監査の専門家が提出した会計監査報告について、「相当でな
い」としてその理由を構成することは、監査役が会計に通じていてもかなり難しい。その
ため特段の理由が無い場合は、監査人の会計監査結果報告の内容を信じて監査報告を作成
することが多いと思われる。
監査役の監査は諸説あるものの、事前監査機能を帯びており事業年度を通して、日常的
に職務として監査することから、予防的監査ともいわれている。監査人の監査は年度末(最
近は四半期決算も義務付けられているが)における財務諸表の金額等に誤りがないかを事
後的に監査することから発見的監査といえよう。内部統制にもよく似た概念があり、上述
のように「照合」や「承認」は発見的統制といわれており、職務分掌等において権限が分
散されていることは予防的統制といわれており、どちらも重要であるとされている。発見
的統制は予防的統制から漏れたリスクを統制し、予防的統制は発見的統制の負担を減らす
ことによって両者は内部統制の質を高めあうのである。監査役の予防的監査と監査人の発
見的統制も、お互いに連携、補完し、また牽制しあうという点で「監査役と外部監査人の
連携でカバーすべきである。」という指摘は理にかなっているのである。さらに監査法人
29
関係者の「ガバナンスと内部統制がうまく連携し、経営者不正ができないような体制に持
っていくのが制度趣旨と理解している。」という解答においてガバナンスが「所有と経営
の分離」における弊害つまり経営者の暴走を解決する仕組みを指しているのであれば、そ
の指摘も的を射ているといえるだろう。
サーベンス・オクスレー法は独立取締役のみによる監査委員会の設置を義務付けており、
ニューヨーク証券取引所では、取締役会の過半数を独立取締役としなければならないとい
う上場基準がある。独立取締役とは、取締役や監査委員会の委員としての報酬以外の金品
を当該企業から授与されていないこと、当該企業またはその子会社の利害関係者でないこ
とが求められている。日本の社外監査役に近い概念である。
では図6のように、
監査役と監査人の連携によって内部統制は粉飾を防止もしくは早期発見
できるのであろうか。これが本研究における課題ということになる。
図6 監査人と監査役の連携 出所:筆者作成
30
研究対象
本研究では証券取引等監視委員会の開示している粉飾事件を研究対象とする。証券取引
等監視委員会は「金融商品取引法」によって有価証券報告書虚偽記載(粉飾)に対する強
制調査権が与えられており、
その開示資料は網羅性や正確性が高いと考えることができる。
しかし諸事情により詳細が開示されていないこともあり、随時、他の文献等も引用、参考
にする。
研究仮説
粉飾は株式の上場が始まったころから起きているであろう事件であり、根深い問題であ
る。また研究対象は粉飾事件である。そのため本研究での仮設は消極的な視点に立たざる
をえないだろう。つまり仮説は「監査役と監査人の連携による内部統制は粉飾を防止もし
くは早期発見できない。」ということになる。ただし消極的な仮説を立てるのであれば、
「ではどうすれば粉飾を防げるのか」という疑問に答えなければならない。その議論はあ
る意味で今後の「内部統制報告制度」に対する貢献となるかもしれない。
初年度以降の関係者の意見等を踏まえて2010年6月18日には内閣において、「内部統制
報告制度」について中堅・中小企業の実態に応じたものとなるような見直しを実施するこ
とが、閣議決定されている。412010年11月24日には第2回内部統制報告制度ラウンドテーブ
ルが開かれており、「制度の見直し」がテーマとして議論されている。また2010年11月25
日には企業会計審議会第20回内部統制部会が開かれており「内部統制報告制度の見直しの
主な内容(案)」という資料が公開されている。42しかし、その中に第1回内部統制報告制度
ラウンドテーブルにおいての「本来であれば経営者不正への対応を重視すべきなのに、業
務プロセスに圧倒的に時間とコストがかかっている。」という企業関係者からの指摘に対
する回答はない。むしろ「経営者が創意工夫した内部統制の評価方法・手続等について、
監査人の理解・尊重」という項目があり、経営者の創意工夫した粉飾に対して監査人が理
解・尊重した過去の経緯を慮ると、今後の制度の見直しは形骸化を招くのではないかと考
えられるのである。
検証方法
上述の粉飾事件において、どうすれば粉飾を防げたのかということを比較研究として議
論することとする。仮説が「監査役と監査人の連携による内部統制は粉飾を防止もしくは
早期発見できない。」という消極的なものであり、その検証方法が粉飾の事例調査という
ことになれば、その仮説は予想では立証されることになる。そもそも粉飾事件が発生した
企業は上場企業として取締役会、監査役や監査役会、監査委員会、監査人の設置、またそ
れらによる監督、監査によって最低限もしくは広義の内部統制は存在していたであろうこ
とが想定されるのである。
31
研究枠組み
以上のことから、本研究の枠組みを図式化すると、図7のようになる。
図7 研究の枠組み 出所:筆者作成
研究の背景:
「機関投資家資本主義・株式持合い」
研究の目的:
問題:
「経営者の暴走(粉飾)」
「内部統制を基調にどうすれば経営者の暴走、
特に粉飾を防ぐことができるかを探る」
先行研究:
「COSO フレームワーク」
研究課題:
「監査役と監査人の連携によって内部統制は
粉飾を防止もしくは早期発見できるのか。」
研究対象:「粉飾事例」
研究仮説:
「監査役と監査人の連携によって内部統制は
粉飾を防止もしくは早期発見できない。」
検証方法:
「どのような内部統制であれば粉飾は防げたのか
特に監査役の属性を中心に検証する。」
32
第4章 本論
証券取引等監視委員会の開示している粉飾事例集「最近の粉飾事案」43から事例を取り
上げ、どのような内部統制であれば粉飾を防げたのか、特に監査役の属性を中心に比較研
究する。
なお引用先が記載されていない場合は当該企業の有価証券報告書を引用している。
事例144
45
告発日 2010年3月2日、19日
ニイウスコー株式会社は、大手の金融機関の情報システムの開発等を請け負う優良な企
業と見なされていた。
しかし医療機関向けのオンラインサービスの採算の目途が立たず303
億円の損失を2007年6月期に計上した。その後、経営陣の刷新が行われ、新経営陣のもとで
事業内容の精査が行われ、過去に粉飾が行われていたことが明らかになった。
証券取引等監視委員会の報告によると、当時の代表取締役会長と代表取締役副会長は、
2005年6月期の売上高、
経常利益を偽った有価証券報告書を提出した。
実際の売上高は約644
億円、経常損失は約15億円であったが、売上高を約789億円、経常利益を約59億円と偽って
いた。
その後、2006年3月6日に発行する株券の募集においても虚偽の有価証券報告書を参照す
べき旨を記載した有価証券届出書を提出している。公募増資は60億円であった。
また2006年6月期の売上高、計上利益を偽った有価証券報告書を、提出した。実際の売
上高は約643億円、経常損失約5億円であったが、売上高を約771億円、経常利益を約57億円
と偽っていた。
その後、2007年8月29日に発行する株券の募集においても虚偽の有価証券報告書を参照
すべき旨を記載した有価証券届出書を提出している。
第三者割当増資は約200億円であった。
粉飾額の合計は売上高で約274億円、経常利益で約135億円と極めて巨額であった。
なお同社の調査委員会は、時効を迎えている粉飾は他にもあると報告している。有価証
券報告書は提出から5年間はインターネット上で公開することが金融庁で決められている。
本研究時点においては2005年6月期の公開は終了している。
2006年6月期の有価証券報告書における監査役の状況は以下のとおりであった。
常勤監査役Aは当時50代半ばであり経歴は下記のとおりである。
1973年4月 某株式会社入社
1988年11月 系列のシンクタンク(システムインテグレーター)開発管理部次長
2000年4月 当社理事先進システムSE担当
2001年4月 当社執行役員理事、証券システムアーキテクト兼OSEシステム技術担当
2001年9月 当社取締役
2003年9月 当社取締役兼執行役
2004年9月 当社常勤監査役(現任)
33
社外・非常勤監査役Bは当時50歳前後であり経歴は下記のとおりである。
1986年4月 弁護士登録
大手コンピュータ会社社内弁護士
1996年4月 大手コンピュータ会社退社
弁護士事務所開業
2000年4月 当社顧問弁護士
2001年9月 当社監査役
2002年9月 当社監査役辞任
2004年9月 当社監査役(現任)
社外・非常勤監査役Cは当時30代半ばであり経歴は下記のとおりである。
1999年4月 弁護士登録
1999年4月 某法律事務所入所(現在)
2006年7月 当社仮監査役選任
2006年9月 当社監査役(現任)
監査役Cの前任者は2004年9月に就任しており、弁護士であった。2006年7月に亡くなって
いる。
監査役の報酬は3人合計で3,600万円であった非常勤監査役と常勤監査役では報酬に差が
あると思われるが、単純に計算すると1人当たり1,200万円となる。役員報酬としては妥当
な金額かと思われる。
同社が虚偽の有価証券報告を提出したのは、2005年6月期と2006年6月期であったが、常
勤監査役Aと社外・非常勤監査役Bは2004年9月には既に同社の監査役であった。
2007年6月期の役員の状況を見ると、監査役に変更はなかった。監査役の報酬は常勤監
査役1人が約1,700万円であり、社外・非常勤監査役2人で1,400万円、1人当たり、700万円
である。
もっとも、上述のように2007年6月期に同社は巨額の損失を計上しており、おそらくその
責任をとるというかたちで、2007年11月には監査役も含め、役員全員が辞任している。2008
年6月期(上半期)の有価証券報告書を見ると、後任の監査役はUS CPA(米国の公認会計士
資格)保持者、元バンカー、公認会計士によって構成されている。監査役の報酬は記載さ
れていない。この役員の刷新後、同社の調査委員会によって粉飾が明らかになり、2010年3
月2日証券取引等監視委員会から告発された。
同社の調査委員会の専門委員には公認会計士
の監査役、オブザーバーにはUS CPAの監査役が就任している。
34
常勤監査役Dは当時60代前半であった。経歴は以下のとおりである。
1968年3月 某株式会社入社
1996年5月 US CPA登録
1997年4月 某株式会社社外監査役
1999年4月 某株式会社社外監査役
2001年4月 某株式会社社外監査役
2001年7月 某株式会社経理部長
2003年10月 某株式会社社外監査役
2006年3月 某株式会社代表取締役社長
2007年7月 当社顧問
2007年11月 当社監査役(現任)
非常勤監査役Eは当時40代半ばであった。経歴は以下のとおりである。
1984年4月 某銀行入行
1991年12月 某外資系金融機関入社
1998年3月 某外資系金融機関入社
2003年10月 投資会社設立 同社代表取締役(現任)
2006年7月 某株式会社設立同社代表取締役(現任)
2006年9月 某株式会社取締役会長
2007年3月 同社取締役(現任)
2007年11月 当社監査役(現任)
非常勤監査役Fは当時30代後半であった。経歴は以下のとおりである。
1995年10月 某監査法人入所
2000年5月 公認会計士登録
2004年4月 某特許事務所入所(現任)
2004年6月 某投資会社監査役(現任)
2006年6月 某株式会社監査役(現任)
2007年11月 当社監査役(現任)
監査役会は、2005年6月期は3回、2006年6月期は4回、2007年6月期には2回しか開かれて
いない。46監査役監査には大幅な裁量権が与えられているものの、通常は前年度の監査結
果を踏まえて本年度の監査方針を決定し、監査計画を立案し、監査を行い、監査結果を監
査役会で報告し、フォローアップを実施するものである。常勤監査役が1人しかいないこと
を考慮に入れても尐なすぎるといえる。約274億円の売上高の粉飾から推測すると、おそら
く実質的には監査役の会計監査は機能していなかったと推測される。とくに非常勤監査役
35
の2人は弁護士であり、企業法務(会社を守る側)には通じていたが粉飾には疎かったので
はないかと思われる。また常勤監査役も技術畑(開発管理)出身であることから、力不足
のところがあったのではないかと考えられるのである。
2006年6月期の有価証券報告書には「常勤監査役は常時執務しており、社内の重要な会
議・委員会に常時出席する他、重要な書類・契約書の閲覧を行ない、内部監査室、外部監
査人である監査法人との連携により取締役の職務執行を十分監視できる体制をとっており
ます。」との記載がある。常勤監査役は積極的に同社の業務に監査の視点から関与してい
たようだが、2年ほど前に監査役になったばかりであり、50代と分別盛りではあったが、会
計監査論を会得するには、もう尐し経験を積まなければならなかったといえるだろう。た
だし監査役は会計監査のみを実施するわけではなく、例えば「意見書」での内部統制の目
的である「業務の効率性、有効性」、「法令遵守」、についても目を光らせておかなけれ
ばならず、そういった意味では当該企業において長年、活躍してきたであろう、この人物
は、監査役には適任であったであろう。
とはいえ監査法人も大手でありながら、大規模な循環取引に気付かなかったことを考慮
すると、2人の取締役はかなり高度な循環取引のスキームを採っており、弁護士と元エンジ
ニアだった監査役の「善管注意義務」だけでは見抜けなかったのは仕方がないのかもしれ
ない。
同社は資本金が85億円強あり、会社法でいうところの資本金5億円以上、もしくは負債
が200億円以上の場合の「大会社」に該当し、上場しているので、監査役会の設置が義務付
けられていた。監査役会には監査役が3人以上必要であり、そのうちの半数以上は社外監査
役でなければならない。社外監査役とは当該企業及びその子会社において、取締役や会計
参与、執行役、支配人、使用人になったことがない監査役のことをいう。義務付けられて
いたからといって、社外監査役であった2人が手を抜いていたわけではないであろうが、一
般論としては社外監査役として、最低限の業務の履行を同社から求められていたのではな
いかと推測することも可能である。当該企業は現在、解散しており存在しないが、当時は
東京証券取引所1部上場企業だった。この事件で特徴となっているのは、刑事告訴を受けて
いる人物が当時、取締役であった2人だけであるということである。またこの件に関して、
当時の他の取締役や監査役に対する株主代表訴訟も本研究時点では行われていない。また
証券取引等監視委員会が強制調査を実施したのが2010年3月であり最後の犯行から2年以上
経過している。しかも経営陣刷新後の調査委員会が指摘して初めて明らかになったのであ
る。極めて露呈しにくい粉飾だったということである。
「財務報告に係る内部統制」
は2008年4月1日以降から始まる事業年度が対象であるため、
具体的な内部統制の導入はされていなかった可能性もあるが、
2007年6月期の有価証券報告
書には「現状の問題点および課題点を2007年12月末までに終了し、2008年7月からの事業年
度にむけて内部統制の強化を実施」すると記載しており、いわゆる内部統制の「ドライラ
ン(予行演習)」は実施していたようである。また監査人である監査法人も大手であり、
36
「財務報告に係る内部統制」の対象範囲等については同社と監査法人の間でしっかりとし
た事前協議がなされていたのではないかと推察される。しかし、粉飾で告発された代表取
締役が内部統制委員会の委員長になっており、「意見書」のいう「経営者が不当な目的の
ために内部統制を無視ないし無効ならしめることがある」47内部統制の限界に同社が陥っ
ていたことが伺える。同社は2008年6月期(上半期)の有価証券報告書のを開示後、それ以
上の開示はせず、2010年に解散した。
なお詳細は後述するが2008年6月24日に提出された2007年6月期の有価証券報告書におい
て初めて「取締役等による免除に関する定款の定め」の存在を開示している。
事例248
告発日 2009年3月25日・4月28日
株式会社プロデュースは、電子部品製造装置の開発・設計・製造する会社である。同社
の代表取締役及び管理部門を統括していた専務取締役、同社から有価証券届出書の監査を
受嘱した監査法人の代表社員は共謀の上、株式会社ジャスダック証券取引所上場に伴う株
式の募集及び売出しを実施する際に、2005年6月期の売上高が約14億7,600万円、税引前当
期純損失が約6,800万円であったにもかかわらず、
架空売上高を計上するなどの方法により、
売上高が約32億円、税引前当期純利益が約1億9千万円と記載した損益計算書等を掲載した
有価証券届出書を提出した。
2005年12月の株式会社ジャスダック証券取引所上場後も、同上の代表取締役及び専務取
締役、監査法人の代表社員は、2006年6月期の売上高が約24億5千万円、税引前当期純損失
が約2億3千万円であったにもかかわらず、架空売上高を計上するなどの方法により、売上
高が約58億8千万円、
税引前当期純利益が約6億9千万円と記載した損益計算書を掲載する有
価証券報告書を提出した。
また2007年6月期の売上高が約31億円、税引前当期純損失が約7億3千万円であったにも
かかわらず、架空売上高を計上するなどの方法により、売上高が約97億万円、税引前当期
純利益が約12億2千万円と記載した有価証券報告書を提出し、2007年11月16日、同社が株式
の募集を実施するに際し、当該有価証券報告書を参照すべき旨を記載した有価証券届出書
を提出した。公募増資は約37億円であった。
2005年9月から2006年9月まで監査役を務めたのは2006年6月期の有価証券報告書では取
締役に就任している人物である。当時60代半ばであった。経歴は以下のとおりである。
1964年4月 某銀行 入行
1996年8月 系列リース会社 常勤監査役就任
1999年6月 同社 常務取締役就任
2002年6月 系列投資株式会社 代表取締役就任
2005年7月 某財団法人 常務理事就任(現任)
37
2005年9月 当社 監査役就任
2006年9月 当社 取締役就任(現任)
金融機関出身であり会計監査論にはある程度通じていたであろうが2005年6月期から粉
飾は行われており、監査役の期間は1年だったので見抜けなかった可能性が高い。
なお有価証券報告書は開示から5年を過ぎると非開示にするという金融庁のルールがあ
り、
2006年6月期より前の有価証券報告書の閲覧はできないが、
2005年12月に上場しており、
それまでは監査役の法定数は無かったとすると2005年6月期の監査役は上記の監査役と下
記の監査役Bのみではなかったかと推測できる。
2006年6月期の有価証券報告書における監査役の状況は常勤監査役1人、社外・非常勤監
査役2人であった。監査役に対する報酬は全体で374万円である。1人当たり約124万円とな
る。
社外・常勤監査役Aは当時60代半ばであり経歴は以下のとおりである。
1960年4月 某信用金庫 入庫
2003年2月 某市監査委員就任
2004年4月 某有限会社 取締役就任(現任)
2006年9月 某合同会社 監査役就任(現任)
2006年9月 当社 監査役就任(現任)
社外・非常勤監査役Bは当時30代後半であり経歴は以下のとおりである。
1995年7月 税理士事務所開所(現任)
2002年1月 当社 監査役就任(現任)
社外・非常勤監査役Cは当時60歳前後であり経歴は以下のとおりである。
1965年4月 某信用金庫 入庫 (常勤監査役と同庫)
2006年9月 当社 監査役就任(現任)
常勤監査役Aは、信用金庫出身であり、おそらく定年を迎えてから地方自治体の監査委
員を務めており、彼は取締役らを監査するには十分な特性があったことだろう。
当時60歳前後であった社外・非常勤監査役Cも長年、信用金庫で働き、融資先の査定等
の業務において会計監査論はある程度、身についていたと思われる。(もっとも金融機関
であっても総務等の管理部門であれば査定等は経験していなかったかもしれない。)
38
もう一人の非常勤監査役Bは他の2人と比較すると若手であり、経歴を見る限りでは他の
会社等での経験を積まずに、税理士資格を取得後、20代後半で自分の税理士事務所を開設
している。いずれも経理に明るく、ある程度、会計監査論に通じていたと思われる。
2006年6月期の有価証券報告書のコーポレートガバナンスの状況を見ると「監査役監査
につきましては、常勤監査役(1名)および非常勤監査役(2名)が、監査役会で策定され
た監査方針および監査年間計画に基づき、
取締役会をはじめとする重要な会議への出席や、
会計監査人による監査ならびに内部監査室による監査にも随時立会い、取締役の職務遂行
に対して厳正なる監査をおこなっております。
内部監査、監査役監査および会計監査は、相互に連携をとりながら効果的かつ効率的な
監査の実施を行うよう情報、意見の交換および指摘事項の共有を行い、適正な監査の実施
および問題点、指摘事項の改善状況の確認に努めております。」と記載されており、かな
り理想的な監査環境(裏を返せば理想的な統制環境)であったことが伺える。
とはいえ同社も資本金が13億円余りあり、会社法でいうところの「大会社」に該当し、
監査役会の設置が義務付けられていた。同社は法律によって義務付けられている最低数の
監査役しかおらず、やはり監査役として最低限の行為のみが期待されていた可能性は高い
といえる。しかも元信用金庫勤務の監査役A、Cは2人とも2006年9月に就任しており、同社
の事業等にはまだ通じていなかったのではないだろうかという疑問が生じるのである。ま
た税理士である当時、30代後半の監査役Bは約4年6カ月前から就任しているが、上場が2005
年11月であり、
約4年間、
当該企業において非上場の期間における監査役だったことになる。
状況の詳細は不明であるが、上場時の有価証券届出書から同社は粉飾しており、上場時に
はベンチャーキャピタリストや公認会計士等、上場の専門家が活躍するものであり、実際
に同社の上場を担当した監査法人の公認会計士は粉飾に深く関与していたとして、告発さ
れているのである。
おそらくそういった専門家たちの上場スキームにはついていけなかったのではないだ
ろうか。実際のところ上場のためのスキームは財務諸表をドレッシングする高度なもので
あり、主幹証券会社の担当者や証券取引所を出し抜いていた。いくら税理士として経理に
明るく税務監査には対応できても、強引な言い方をするならば、そういった粉飾スキーム
を理解できるほうが不思議だったのかもしれない。通常は上場の数期前から、そういった
上場の専門家たちは活動を始めるのだが、
税理士であった監査役Bは蚊帳の外だったのでは
ないかと推察されるのである。それは2006年6月期の有価証券報告書における、監査役の報
酬の合計の低さ(3人の合計が374万円)にも反映しているように思われる。また刑事告訴
もうけておらず、株主代表訴訟も本研究時点では起こされていない。2007年6月期も同社は
粉飾しているのだが、当該事業年度の有価証券報告書には、彼の名前は見当たらず、かわ
りに弁護士が監査役として就任している。
39
その弁護士の社外・非常勤監査役Dは当時、40代後半であり、経歴は以下のとおりであっ
た。
1984年4月 東京都某区役所 入所
1989年10月 司法試験合格
1992年4月 某弁護士会 弁護士登録
1996年4月 法律事務所を開所し、独立(現任)
2004年7月 某社 監査役就任(現任)
2007年9月 当社 監査役就任(現任)
2007年6月期の監査役の報酬は計378万円であり前年度から大きくは変わっていない。
2007年6月期には同社の事業に詳しい監査役はおらず、監査役会は文字通り(つまり就
任が最近であり当該企業の事業等をよく知らない)社外の監査役によって構成されていた
のである。
なお詳細は後述するが2007年11月26日に提出した2007年6月期の訂正有価証券報告書に
おいて初めて「取締役等による免除に関する定款の定め」の存在を開示している。
事例349
告発日 2008年12月24日
オー・エイチ・ティー株式会社は広島県福山市に本店を置き、工業用及び家庭用等電子
応用機器並びにその製作機械等の製造販売等を目的とする会社であり、その発行する株券
を東京証券取引所が開設するマザーズに上場していた。同社の代表取締役社長は業務全般
を統括管理しており、取締役管理部長は管理部門の業務全般を統括管理していた。取締役
総合企画部長は投資家向け広報及び資本政策の企画、立案等の業務を担当していた。
代表取締役社長及び取締役管理部長は、共謀して2005年7月28日、同社の2005年4月期の
連結会計事業年度につき、架空売上を計上するなどの方法により、同社の税金等調整前当
期純損失が1億175万3,000円であったにもかかわらず、税金等調整前当期純利益を1億72万
1,000円と記載した内容虚偽の連結損益計算書等を掲載した有価証券報告書を提出した。
また2006年7月31日、同社の2006年4月期の連結会計事業年度につき、架空売上を計上す
るなどの方法により、
同社の税金等調整前当期純損失が1億3,697万3,000円であったにもか
かわらず、
税金等調整前当期純利益を2億6,764万3,000円と記載した内容虚偽の連結損益計
算書等を掲載した有価証券報告書を提出し重要な事項につき虚偽の記載のある有価証券報
告書を提出した。代表取締役社長、取締役管理部長、取締役総合企画部長は共謀の上、、
30億円分の新株予約権付社債募集を実施するに際し、2006年9月15日、前記の内容虚偽の連
結損益計算書等を掲載した有価証券届出書を提出した。
2008年12月25日、同社及び代表取締役社長、取締役管理部長、取締役総合企画部長につ
いて公訴の提起が行われた。2009年4月28日、広島地方裁判所において、同社について罰金
40
800万円、代表取締役社長について懲役2年(執行猶予4年)、取締役管理部長について懲役
1年6月(執行猶予3年)、取締役総合企画部長について懲役1年(執行猶予3年)が言い渡さ
れ、いずれも確定した。
同社の2006年4月期は監査役が3人おり、常勤監査役1人と非常勤で社外の監査役2人で構
成されている。監査役の報酬は3人合計で約570万円であった。単純に計算すれば1人当たり
190万円となる。
同社も資本金が19億円余りあり、会社法でいう「大会社」に該当し、監査役会の設置が
義務付けられていた。
常勤監査役Aは当時50代半ばであり、経歴は以下のとおりである。
1999年7月
某株式会社入社
2000年8月
当社入社
2000年11月 当社業務課課長
2002年7月
当社常勤監査役就任(現任)
社外・非常勤監査役Bは当時60代半ばであり、経歴は以下のとおりである。
1995年10月
某株式会社入社
営業統括本部参与部長
2003年7月
当社監査役就任(現任)
社外・非常勤監査役Cは当時70代後半であり、経歴は以下のとおりである。
1995年4月
某県産業振興公社アドバイザー
2004年7月 当社監査役就任(現任)
常勤監査役Aは当時、同社で7年間働いており、ある程度、業務に通じていたであろうこ
とが理解できる。しかし業務課長を務めており、同社での業務部門が当時、どのような位
置づけだったかにもよるが、おそらく会計監査よりも業務監査を担当していたのではない
かと考えられる。
次に社外・非常勤監査役Bは営業畑出身であり当時60代前半という比較的高齢での就任
である。高齢であっても健康であれば監査役としての職務に障害にはならないが営業部門
出身であれば会計監査論を会得するのに尐し時間が必要であったのではないかと考えられ
る。
社外・非常勤監査役Cは某県産業振興公社の元アドバイザーであり、おそらくアドバイ
ス先の企業の財務諸表や、管理会計の書類を精査する業務も、実施していたと推測される
が、監査役就任時に既に70代半ばであり、高齢である。結果論であるが、監査役会は2005
年4月期と2006年4月期の粉飾を見抜けなかった。それは会計監査論に通じていたであろう
41
監査役が高齢であったことが要因であったであろうことが推察されるのである。しかし監
査役の報酬(3人で計570万円)の低さを鑑みると、善管注意義務の履行に対して高水準を
求めることは社会通念上、困難であろう。
2007年4月期の監査役報酬も3人の合計は約570万円であった。
取締役と監査法人は2010年4月期と2006年4月期では異なっているが、監査役に変更がな
い。報酬は3人で約840万円であった。1人あたり280万円である。日本における監査役の責
任の程度が伺える事例ともいえるだろう。監査役として最高齢だった彼は、2010年には80
代前半である。
なお詳細は後述するが、2009年7月31日に提出した2009年4月期の有価証券報告書におい
て初めて「取締役等による免除に関する定款の定め」の存在を開示している。
事例450
勧告年月日 2010年3月22日
情報システムの開発会社であるモジュレ株式会社は2008年5月期から2010年3月期にお
いて貸倒引当金の過小計上等により純損益等において合計約1億5千万円を粉飾していた。
課徴金は900万円である。
2008年5月期は常勤監査役の報酬は322万円、非常勤監査役の報酬は60万円であった。
社外・常駐監査役Aは当時70代前半であり経歴は以下のとおりであった。
1958年4月
某銀行入行
1987年11月 某株式会社取締役就任
1990年1月
某証券株式会社出向
1992年1月
某株式会社常務取締役就任
1996年8月
某株式会社専務取締役就任
1999年5月
某健康保険組合常務理事就任
2005年3月
当社監査役就任(現任)
非常勤監査役Bは当時50代前半であり、経歴は以下のとおりであった。
1980年4月 某株式会社入社
1986年4月 某有限会社取締役就任
2000年4月 某株式会社代表取締役就任
2002年12月 当社取締役就任
2003年8月 当社監査役就任(現任)
2006年12月 某株式会社代表取締役就任(現任)
42
2009年5月期には常勤監査役の報酬は約300万円であり、非常勤監査役の報酬は40万円で
あった。
なお非常勤監査役B退任は期中に退任している。
2010年3月期には社外・常勤監査役の報酬は1人のみ220万円であった。
なお社外監査役が2人新たに就任している。
社外・非常勤監査役Cは当時60代後半であり、経歴は下記のとおりであった。
1964年9月 司法試験合格
1967年4月 判事補任官
1986年4月 司法研修所教官
1990年4月
某地裁判事部統括
1996年12月 某地裁所長
1998年12月 某高裁判事部統括
2007年4月 某大学法科大学院教授
2009年2月 某法律事務所入所(現任)
2010年4月 某大学法科大学院教授(現任)
2010年6月 当社監査役就任(現任)
社外・非常勤監査役Dは当時30代後半であり経歴は下記のとおりであった。
1995年4月
日本銀行入行
1999年9月 某コンサルティングファーム入社
2001年8月 某銀行入行
2008年2月 公認会計士事務所 代表就任(現任)
2010年4月 某監査法人 代表社員(現任)
2010年6月 当社監査役就任(現任)
当社の監査役は2008年5月期においては2人おり、社外・常勤監査役Aは28年間、銀行で働
いており、会計監査論をある程度、理解していたであろうことが推察される。しかし、そ
の後17年ほど事業会社等で取締役や理事として働いている。また当社の監査役になったと
きの年齢は70歳前後である。当期においては70代前半である。結果論になってしまうが、
事業会社での経歴が長いことや高齢によって粉飾を見逃してしまったのではないかと考え
られる。
当期の非常勤監査役Bは当時50代前半であったが経歴からすると今まで会計監査論を必
要とすることはなかったと思われる。また当期において既に別の会社の代表取締役に就任
しており、当該企業の会計監査を実施することは難しかったのではないかと思われる。ま
43
たBの年間報酬が40万円という点を踏まえると、
監査役の最低限の義務の履行のみ企業から
求められていたように推測される。Bは2009年3月期において退任している。
2010年3月期においては社外、非常勤の監査役が2人就任している。全員が社外監査役で
あるが、報酬は社外監査役1人のみ与えられており、220万円であった。新規で就任した監
査役は1人は弁護士であり、1人は公認会計士である。しかし両者とも2010年6月に就任して
おり粉飾に関与していない。
おそらく証券取引等監視委員会から2010年3月22日に課徴金の
勧告を受けたことにたいする施策だろうと考えられる。これは逆にいえば、2007年5月期か
ら2010年3月期まで実質的に70代の監査役が一人で監査していたことになり、
そのことが粉
飾の原因であることを企業が認識したことを示していると思われる。
なお、詳細は後述するが2008年7月4日に提出した2007年5月期の訂正有価証券報告書に
おいて初めて「取締役等による免除に関する定款の定め」の存在を開示している。
事例551
勧告年月日 2010年1月29日
IT企業の株式会社SBRは2008年3月期から2009年3月期において貸倒引当金の過小計上、
売上の過大計上により、合計約69億円を粉飾していた。課徴金は600万円である。
「業績に影響を与える事象の発生と社内調査報告及び外部調査委員会の設置について」
が当該企業により2009年5月11日に開示されいている。その文中に下記の記載がみられる。
「2009年3月期の期末監査実施中、2009年4月23日に当社の会計監査人である某監査法人
(2009年5月11日付で監査契約を合意解除)から以下の報告を受けたことにより、社内調査
を開始いたしました。a.金融サービス部門における取引先2社から、期末の残高確認書の内
容について承知していない旨、監査法人宛てに連絡が入ったことb.同じく期末の残高確認
書について、34通が宛先人不明で返送されたこと」
「上記疑義が判明したことで、常務取締役、常勤監査役、内部監査室、内部統制室、財務
経理部が協働して予備調査を行ったうえ、翌2009年4月24日に、当該金融サービス部門に抜
き打ち調査を実施したところ、証憑の不備、回答の矛盾などから不正行為が判明いたしま
した。これを受け、ただちに某監査法人、全取締役及び全監査役に報告を行うとともに、
全容解明に向けて継続調査を実施するために、常務取締役を責任者とする社内調査チーム
を発足させました。」(上記二つの引用文における固有名詞は筆者により省略。)
この事例は監査人が粉飾を見抜いたケースである。監査人から粉飾の可能性があるとい
う指摘により社内調査チームが発足され、最終的に外部調査委員会による調査まで行われ
た。2009年7月8日に外部調査委員会による調査報告書が開示されている。
一部引用すると「内部監査室と監査役が適切に連携していれば、不正行為等を発見でき
た可能性があると考えられる。上述のとおり、内部監査室による内部調査において、金融
サービス室の残高管理の不適切性の徴候が指摘されていた。内部監査室はあくまでも当社
の内部組織であって事実上積極的な対応が困難な状況あったのであるから、監査役として
44
当該事実を把握していたであれば、積極的に当社に対して改善及び更なる調査を指示でき
た可能性があったにもかかわらず、連携が不十分であったため、効果的な対応を実施する
ことができなかった。」「監査役に対して、立替金事業に関して虚偽の報告がなされてい
たために、正確な情報を把握できず不正行為等の発覚が著しく困難になっていたことから
すれば、必ずしも不正行為に対する法的な責任を負担するとまで考えることはできない。
しかしながら、監査役は、管理体制の不十分さを把握していたにもかかわらず、積極的に
管理体制の整備を働きかけたとまではいえず、明確に監査役としての十分なチェック機能
を果たしたとまではいえない。」「監査役は、経営に関する監視機能を担う重要な機関で
ある。そのため、監視機能を十分に発揮するためには、当社の事業に関する知識を有する
人員及び当社の監査役としての業務に十分に専念できる人員の選択によって、実効性のあ
る監督が実現できると考える。」
2007年3月期の監査役が2008年6月まで就任していると推察されるので議論の対象とす
る。
常勤監査役A 当時60代前半だった。経歴は以下のとおりである。
1968年4月 某株式会社入社
2000年7月 当社 内部監査室長
2005年3月 某株式会社 監査役(現任)
2005年6月 当社 監査役(現任)
某株式会社 監査役(現任)
某株式会社 監査役(現任)
某株式会社 監査役(現任)
2005年12月 某株式会社 監査役(現任)
2006年6月 某株式会社 監査役(現任)
某株式会社 監査役(現任)
2006年10月 某株式会社 監査役(現任)
社外・非常勤監査役B 当時40代後半であった。経歴は以下のとおりである。
1987年4月 某法律事務所 入所
1992年11月 某法律事務所(米国)客員外国弁護士
1995年5月 某法律事務所 入所
1997年10月 某法律事務所 入所
2000年7月 某法律事務所 弁護士
2002年12月 某法律事務所 弁護士
2004年4月 某大学大学院法務研究科(法科大学院)教授(現任)
2004年6月 当社 監査役(現任)
2006年11月 某弁護士法人 所属(現任)
45
社外・非常勤監査役Cは当時60代半ばであった。経歴は以下のとおりであった。
1968年4月 某銀行入行
1996年6月 某銀行取締役就任
2003年4月 某総合研究所代表取締役副社長就任
2003年10月 某財団法人 副理事長
2004年6月 某株式会社社外監査役
2006年6月 当社監査役(現任)
2008年3月期は社内監査役の報酬は約680万円、社外監査役の報酬は約780万円(1人当た
り390万円)であった。常勤監査役A、社外・非常勤監査役Bは退任している。
常勤監査役Dは当時40代後半であった。経歴は以下のとおりであった。
1985年8月 某株式会社入社
1989年8月 某株式会社入社
2002年4月 某株式会社入社
2005年8月 当社 内部監査室長就任
2008年4月 某株式会社 監査役(現任)
某株式会社 監査役(現任)
2008年6月 当社 監査役(現任)
社外・非常勤監査役Eは当時50代半ばであった。経歴は以下のとおりであった。
1978年4月 某銀行入行
1982年4月 某監査法人入社
1985年10月 某総合会計事務所開設
1990年1月 某株式会社設立・代表取締役就任(現任)
2004年4月 某税理士法人代表社員(現任)
2005年4月 某株式会社代表取締役CFO就任(現任)
2007年5月 某監査法人設立・代表社員就任(現任)
2008年6月 当社 監査役(現任)
2009年3月期は社内監査役の報酬は約780万円、社外役員の報酬は約730万円(1人当たり
365万円)であった。監査役の構成に変化はない。
2010年3月期は社内監査役の報酬は約820万円、社外役員の報酬は約800万円(1人当たり
200万円)であった。監査役の構成に変化はない。
46
常勤社内監査役Aは2005年8月に当該企業の内部監査室長に就任しているが、監査役就任
が2008年6月であり当時進行中の粉飾に気づくのにもう尐しの時間が必要だったかもしれ
ない。監査役Cも銀行出身であり、監査法人の代表社員でもあることから会計監査論につい
ては通暁していると思われる。ただし、就任が2008年6月であり、当時進行中だった粉飾に
気づくには、もう尐し時間がかかったかもしれない。監査役Bは銀行出身であり、2006年6
月に監査役に就任していることから、粉飾を防止することは可能だったのではないかと思
われる。しかし結果としては予防、早期発見には至らず監査人の指摘により、最終的には
外部調査委員会により、原因の究明等が明らかにされ、「明確に監査役としての十分なチ
ェック機能を果たしたとまではいえない。」と指摘されている。
当該企業は2008年9月5日に2007年3月期の訂正有価証券報告書を開示しており、
その訂正
内容は以下の記述の下線部分である。「当社は、職務の遂行にあたり期待される役割を十
分に発揮できるようにするため、会社法第426条第1項の規定により、任務を怠ったことに
よる取締役および監査役(取締役および監査役であったものを含む。)の損害賠償責任を、
法令の限度内において、取締役会決議によって免除することができる旨定款に定めており
ます。」
これは、いわゆる「取締役等による免除に関する定款の定め」に監査役も適用すること
ができることになっていることの開示であり穿った見方をすると「管理体制の不十分さを
把握していた」監査役の当該事件における株主代表訴訟対策の布石であると捉えることも
できる。
会社法第426条第1項は下記のとおりである。
「第424条の規定にかかわらず、監査役設置会社(取締役が二人以上ある場合に限る。)又
は委員会設置会社は、第423条第1項の責任について、当該役員等が職務を行うにつき善意
でかつ重大な過失がない場合において、責任の原因となった事実の内容、当該役員等の職
務の執行の状況その他の事情を勘案して特に必要と認めるときは、
前条第1項の規定により
免除することができる額を限度として取締役(当該責任を負う取締役を除く。)の過半数
の同意(取締役会設置会社にあっては、取締役会の決議)によって免除することができる
旨を定款で定めることができる。」
会社法第425条第1項は下記のとおりである。
「前条の規定にかかわらず、第423条第1項の責任は、当該役員等が職務を行うにつき善意
でかつ重大な過失がないときは、賠償の責任を負う額から次に掲げる額の合計額(第427
条第1項において「最低責任限度額」という。)を控除して得た額を限度として、株主総会
の決議によって免除することができる。
一 当該役員等がその在職中に株式会社から職務執行の対価として受け、
又は受けるべき財
産上の利益の一年間当たりの額に相当する額として法務省令で定める方法により算定され
47
る額に、次のイからハまでに掲げる役員等の区分に応じ、当該イからハまでに定める数を
乗じて得た額
イ 代表取締役又は代表執行役 六
ロ 代表取締役以外の取締役(社外取締役を除く。)又は代表執行役以外の執行役 四
ハ 社外取締役、会計参与、監査役又は会計監査人 二
二
当該役員等が当該株式会社の新株予約権を引き受けた場合
(第238条第3項各号に掲げ
る場合に限る。)における当該新株予約権に関する財産上の利益に相当する額として法務
省令で定める方法により算定される額」
会社法第424条は下記のとおりである。
「前条第1項の責任は、総株主の同意がなければ、免除することができない。」
会社法第423条第1項は下記のとおりである。
「取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(以下この節において「役員等」と
いう。)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償
する責任を負う。」
当該企業の、この有価証券報告書の訂正の意図を明確に知ることは難しいが、粉飾の調
査はある程度の期間において複数回の事情聴取や強制調査によって行われる。証券取引等
監視委員会も勧告年月日(2010年1月29日)以前から調査を開始し、役員等に対して事情を
聴取してきたと想定れる。
「2008年3月期から2009年3月期において貸倒引当金の過小計上、
売上の過大計上により、合計約69億円を粉飾していた。」と上述しているが、正確には2008
年1月4日に提出された2008年3月期(上半期)の有価証券報告書において既に純損益を粉飾
していた。その粉飾の可能性に薄々気付いた当該企業の監査役が「取締役等による免除に
関する定款の定め」を自分達にも適用できるように要求したという想定は十分に成り立つ
だろう。
上述のような条件で、このような事例における監査役の職責を検討するとそれは限りな
く軽いものになるといわざるを得ない。
事例652
勧告年月日 2009年11月24日
不動産業を営む株式会社アルデプロは2005年8月1日~2009年4月30日の第3四半期連結
会計期間に売上の過大計上及び引当金の不計上、等棚卸資産の過大計上があり、通算約
1,200億円の差分があり、計約135億円の増資を募っている。課徴金約2億8千万円が徴収さ
れている。
同社は2006年7月期に29億円余りの資本金があり、監査役会の設置が義務付けられてい
る。
2006年7月期の監査役報酬は3人で計約500万円であり、1人当たり約166万円であった。
48
社外・常勤監査役Aは当時30代後半であった。経歴は以下のとおりである。
1997年10月 某司法書士事務所入所
1999年10月 司法書士試験合格
1999年12月 司法書士登録
2001年1月 司法書士事務所設立
2004年10月 同社監査役就任(現任)
社外・非常勤監査役Bは当時60代後半であった。経歴は以下のとおりである。
1962年4月 琉球政府文教局勤務
1963年4月 琉球政府巡回裁判所勤務
1964年10月 司法試験合格
1965年4月 最高裁判所司法研究所入所
1967年4月 某弁護士会入会、某法律事務所入所
1969年4月 法律事務所設立(現任)
2003年6月 某株式会社社外監査役就任(現任)
2003年9月 同社監査役就任(現任)
社外・非常勤監査役Cは当時30代後半であった。経歴は以下のとおりである。
1989年10月 某監査法人入所
1993年11月 公認会計士第三次試験合格 公認会計士登録
1997年3月 監査法退所
2003年4月 某株式会社設立 代表取締役就任(現任)
2006年10月 同社監査役就任(現任)
2007年7月期の有価証券報告書の監査役の構成は同様であった。
監査役報酬は3人で計約500万円であり、1人当たり約166万円であった。
2008年7月期には常勤監査役が変更している。
監査役報酬は3人で計約800万円であり、1人当たり約266万円であった。
社外・常勤監査役は当時40歳前後であった。経歴は以下のとおりである。
1991年4月 某司法書士事務所入所
1999年8月 某総合事務所入所
2004年10月 某株式会社監査役(現任)
2008年10月 同社監査役就任(現任)
49
2009年7月期は監査役の構成は同様であった。
監査役報酬は3人で計約480万円であり、1人当たり約160万円であった。
課徴金の対象事業年度ではなが、2010年7月期にも監査役の変更はない。
社外役員報酬は3人で計約360万円であり、1人当たり約120万円であった。
監査役として2006年7月期は司法書士、公認会計士、弁護士を設置している。申し分な
い構成である。
2008年7月期には司法書士の監査役が退任し士業を営んでいない監査役を置
いているが、公認会計士と弁護士は引き続き留任している。しかし指摘できるのは証券取
引等監視委員会から勧告を受け課徴金約2億8千万円が徴収された後も、同じ監査役を使い
続けていることである。
また有価証券報告書ではとりわけ3人の監査役全員が社外監査役で
あることによる牽制作用を謳っている。社内監査役、つまりその会社の実情を知っている
監査役がいた場合の結果を検証することはできないが、売上の過大計上及び引当金の不計
上、棚卸資産の過大計上が粉飾の具体的事実であり、同社の経理状況つまり仕訳に詳しく
なければ発見できないことであったと推察できる。そのため、莫大な課徴金の納付勧告が
あっても取締役や監査役に対する責任追及がなく、そのまま留任されているのであろう。
2010年7月期の有価証券報告書の事業等のリスクにおいて東京証券取引所から2010年11
月25日に「会計処理に係る希薄なコンプライアンス意識や事業部門から経理部門にわたる
不動産取引に関する実効性のある検証・検討が成されなかったことが判明し、このことか
ら、同日、東証より、内部管理体制等について改善の必要性が高いと判断され、有価証券
上場規程第501条第1項第1号に基づき、
当社株式について特設注意市場銘柄に指定されまし
た。」との記載があり、法令遵守や会計規則の遵守に問題があることを開示している。こ
ういった状況においてふさわしい監査役は社内もしくは最低でも不動産業で会計の知識に
通暁している監査役であると考えられ、公認会計士が監査役であったものの、社内監査役
がいなかったことがこういった粉飾につながっていると思われる。
また監査役1人当たりの
報酬が安価であることも、こういった事象につながるのではないかと思われる。
同社は2010年6月に当該企業はADR(Alternative Dispute Resolution; 裁判外紛争解決
手続)の申請が受理されている。
なお2008年8月12日に提出している2007年7月期の訂正有価証券報告書において初めて
「取締役等による免除に関する定款の定め」の存在を開示している。
事例753
勧告年月日 2009年7月3日
水産物の卸業を営んでいる株式会社大水は2008年3月期において架空売上計上により純
損益を約4億円粉飾していた。課徴金は300万円であった。
50
2008年3月期
監査役の報酬は1,100万円であったが、社外監査役に対しての報酬はない。おそらく社
外監査役が所属している企業が当該企業の大株主であるためと思われる。
常勤監査役Aは当時60代半ばであった。経歴は以下のとおりである。
1967年4月 当社入社
1997年7月 当社総務部長代理
2003年6月 当社監査役就任、現在に至る
社外・非常勤監査役Bは当時70代前半であった。経歴は以下のとおりである。
1958年3月某株式会社(当該企業の大株主企業)入社
1983年7月 同社代表取締役副社長
1992年6月 同社代表取締役社長、現在に至る。
2004年6月 当社監査役就任、現在に至る
社外・非常勤監査役Cは当時60代前半であった。経歴は以下のとおりである。
1970年4月 某株式会社(当該企業の大株主企業)入社
2001年3月 同社本社業務用食品部長
2003年3月 同社福岡支社長
2005年6月 同社取締役就任大阪支社長、現在に至る。
当社監査役就任、現在に至る
社外・非常勤監査役Dは当時50代後半であった。経歴は以下のとおりである。
1974年4月 某株式会社(当該企業の大株主企業)入社
2005年4月 同社水産加工第一部長
2008年6月 同社大阪支社長、現在に至る。
当社監査役就任、現在に至る
2009年3月期
監査役報酬は1,100万円。しかし社外監査役に対する報酬はない。
監査役A、C退任
常勤社内監査役Eは当時50代前半であった。経歴は以下のとおりである。
1981年4月 某金融機関入社
51
2002年7月 同大阪支店総務室長
2004年7月 同名古屋支店副支店長
2006年6月 同総務部副部長
2007年6月 同総務部主任考査役
2009年6月 同大阪支店(現任)
当社監査役(現任)
この粉飾事件は部長だった個人が犯したものである。当該企業は2008年11月13日にIRで
事件の第一報を開示している。続いて2009年2月17日に詳細を開示している。粉飾が発覚し
た経緯をその文書において以下のように明らかにしている。
「2008年10月27日、取引関係業者から当社経理部に支払予定にない支払いの確認および
支払要請があったことから、当該社員に問い質したところ、当該社員が不適切な取引の事
実関係を認めたことにより、本件取引が発覚いたしました。当社は直ちに社内調査委員会
を設け本件取引に関する調査を開始いたしました。」
さらにこの循環取引は1989年から始まっており、本格的に特定の企業との循環取引が始
まったのは1998年頃からだと述べている。素早い対応ではあったが、本研究ではなぜ粉飾
が約10年にも渡って続けられたのかということが要点となる。その点について当該企業は
「循環取引による損失は継続的に循環すればその損失はさらに増大します。しかし、本
件取引ではA社(筆者注:A社とは上述の特定の企業のことである。)を経由する際に商品の
評価を調整(例、仕入1,000円→売上800円)して、損失をA社に架空在庫として滞留させて
おりました。」と記載しており、循環取引が10年間露呈しなかったスキームを明らかにし
ている。
やはり結果論になるが、監査人がこの粉飾を見逃していたのであれば、監査役も気づか
なくて当然であるという話の展開になるだろう。
本研究時点では2006年3月期の有価証券報
告書以降が入手可能なデータとなる。
2006年3月期においては2008年3月期の監査役D以外はすでに監査役に就任している。監
査役Dの前任となるのは2006年3月期における社外・非常勤監査役Fであり当時50代半ばであ
った。経歴は以下のとおりである。
1972年4月 某株式会社入社(社外・非常勤監査役Dと同じ企業である。)
2004年7月 同社支社長就任、現在に至る
2005年6月 当社監査役就任、現在に至る
常勤監査役Aは2003年6月に監査役に就任している。社外・非常勤監査役は当該企業の大
株主である企業の役員や幹部であり、無報酬だったことを鑑みると、監査役としては必要
最低限の職務を果たしており、
大半の職務は監査役Aが実質的に果たしていたように伺える。
52
監査役Aの経歴を見ると、総務畑出身であり、会計監査論に通暁していたとまではいえなか
ったのではないかと推察することができる。
この事例は経営者や会社全体による粉飾ではなく、当該企業においては1人の部長が行
った粉飾である。
1人の幹部による粉飾が10年近く露呈しなかったことを鑑みると監査人や
監査役の監査が与える合理的な保証が案外低いものであることが理解できる。しかし当該
粉飾が「取引関係業者から当社経理部に支払予定にない支払いの確認および支払要請があ
ったことから」露呈したということは、経理部の買掛情報と請求書の照合がこの循環取引
の発見につながったということになる。しかし10年近く発見できなかったのは「従来から
不適切取引発見の努力が形式的になっており、結果として長期間今回の取引を発見でき」
なかったと説明している。つまり照合の網羅性が欠けていたということになるだろう。
「財
務報告に係る内部統制」は主に経営者や組織による粉飾を対象としているが、こういった
個人の不正に対しても効果があることが理解できる。
なお当該企業は2009年6月30日に提出した2009年3月期の有価証券報告書において初め
て「社外取締役および社外監査役(社外取締役および社外監査役であった者を含む)が期
待される役割を十分に発揮できるよう、会社法第427条第1項の規定に基づき、社外取締役
および社外監査役(社外取締役および社外監査役であった者を含む)が職務の遂行におい
て善意でかつ重大な過失がない限り、当社への損害賠償責任を一定範囲に限定する責任限
定契約を締結することができる旨定款に定めて」いることを開示している。会社法第427
条第1項は下記のとおりである。
「第424条の規定にかかわらず、株式会社は、社外取締役、
会計参与、社外監査役又は会計監査人(以下この条において「社外取締役等」という。)
の第423条第1項の責任について、当該社外取締役等が職務を行うにつき善意でかつ重大な
過失がないときは、定款で定めた額の範囲内であらかじめ株式会社が定めた額と最低責任
限度額とのいずれか高い額を限度とする旨の契約を社外取締役等と締結することができる
旨を定款で定めることができる。」
また「取締役および監査役等(取締役および監査役であった者を含む)が、期待された
役割を十分発揮できるように、職務の遂行にあたり、一定限度内で責任の免除を取締役会
の決議で行えるよう会社法第426条第1項の規定に基づき、定款に定めて」いることも開示
している。
事例854
勧告年月日 2009年6月26日
ビックカメラは特別目的会社を活用した不動産流動化スキームを実行した。
当該特別目的会社が組成した匿名組合への出資を行った株式会社豊島企画は、その出資、
融資等の実態からビックカメラの子会社に該当することとなり、同スキームにおけるビッ
クカメラのリスク負担割合は約31%となる(日本公認会計士協会の「特別目的会社を活用
した不動産の流動化に係る譲渡人の会計処理に関する実務指針」によれば匿名組合清算配
53
当金を特別利益として計上するにはビックカメラの負担比率はおおむね5%の範囲内でなけ
ればならない)から、同スキームの終了に伴いビックカメラに匿名組合からの匿名組合清
算配当金として約49億円が発生することはなかった。
しかし株式会社豊島企画の出資者をビックカメラとは無関係の第三者に仮装すること
により、匿名組合清算配当金が発生し、これを特別利益として計上することができる場合
に該当するとし、ビックカメラ及びビックカメラの連結会社の財政状態及び経営成績に著
しい影響を与える事象が発生したとして「同スキームの終了に伴い、匿名組合清算配当金
が発生し」、「2008年8月期の個別決算及び連結決算において、特別利益として匿名組合清
算配当金4,920百万円を計上する予定であります」と記載した臨時報告書を提出した。
また2007年8月期連結財務諸表の「重要な後発事象」の注記において、「同スキームの
終了に伴い、2007年10月26日付で匿名組合清算配当金4,920百万円が発生しております」と
記載した2007年8月期の有価証券報告書を提出した。
さらに2008年5月2日、匿名組合清算配当金の計上等により、連結中間純損益が約14億円
の利益であったにもかかわらず、これを約71億円の利益と記載するなどした中間連結損益
計算書を掲載した2008年8月期(上半期)の有価証券報告書を提出し、2008年11月27日、匿
名組合清算配当金の計上等により、連結当期純損益が約17億円の損失であったにもかかわ
らず、
これを約40億円の利益と記載するなどした連結損益計算書を掲載した2008年8月期の
有価証券報告書を提出した。
また、有価証券届出書について2008年5月16日、2007年8月期の有価証券報告書及び2008
年8月期(上半期)の有価証券報告書を参照書類とする有価証券届出書を提出し、同有価証
券届出書に基づく募集により、同年6月9日、163,500株の株券を123億3,771万円で取得させ
た。
2009年6月26日に証券取引等監視委員会から勧告があり、納付した課徴金額は 2億5,353
万円であった。
同社の2008年8月期の監査役は3人である。
監査役の報酬は社内監査役が1人1,800万円、社外監査役が1人700万円であった。
常勤監査役Aは当時60代半ばであった。経歴は以下のとおりである。
1963年4月国税局入局
2002年7月税務署税務署長
2003年7月税理士登録
2003年7月同社総務部担当部長
2004年11月同社常勤監査役(現任)
社外・非常勤監査役Bは当時60代前後であった。経歴は以下のとおりである
1972年4月某銀行入行
1991年10月某銀行支店長
54
2002年2月某銀行行執行役員業務渉外部長
2002年4月某カード株式会社常務取締役
2004年2月某株式会社代表取締役社長
2005年11月同社監査役(現任)
2007年10月某株式会社代表取締役社長 (現任)
社外・非常勤監査役Cは当時50代半ばであった。経歴は以下のとおりである。
1976年4月某株式会社入社
1981年3月同社退社
1990年著述業(エッセイスト)を始める。(現職)
2004年4月某大学非常勤講師(現任)
2006年1月当社監査役(現任)
2009年8月期の有価証券報告書では常勤監査役が1人就任している。
監査役の報酬は、社内監査役が1,700万円、社外監査役は600万円である。
当時、60代前半であった。経歴は以下のとおりである。
1971年4月某証券会社入社
1992年5月当社取締役業務部長
1994年10月某株式会社 監査役
2000年10月同社取締役人事総務部長
2004年7月当社内部監査室長
2005年5月当社グループ計画室長
2006年9月当社経営企画部長
2009年11月当社常勤監査役(現任)
不動産流動化のために、実質的な子会社と共同で組成した匿名組合の、清算配当金を特
別利益として計上してしまい、その有価証券報告書を開示した後にその有価証券報告書を
参照する有価証券届出書を提出し、約123億円の増資を行った。おそらく金融の専門家でな
ければ見抜けなかったミスであり、そのために課徴金になったのであろう。常勤監査役に
税理士がおり、また非常勤監査役に元バンカーもいることから、粉飾を見抜けたのではな
いかと思われるが、結果論としては莫大な課徴金を納付しており、勧告後に元証券マンを
監査役として迎えているのはこの事件があったからであろう。この事例は最近の金融スキ
ームが会計の専門家ではなく金融の専門家にしか、その適法性を理解できない可能性があ
ることを示している。なお当該企業は2007年8月期の有価証券報告書から「会社法第426条
第1項の規定により、取締役会の決議をもって、会社法第423条第1項の任務を怠ったことに
よる取締役及び監査役(取締役及び監査役であったものを含む。)の損害賠償責任を法令
55
の限度において免除することができる旨を定款に定めて」いることを開示している。この
「取締役等による免除に関する定款の定め」の開示日と不動産の流動化スキームの実行の
時期が近いことは偶然であるかもしれないが、今後の複雑なスキームにより取締役や監査
役に被害が生じないように保険を掛けたのかもしれない。既述のように「取締役等による
免除に関する定款の定め」は粉飾が露呈し、株主代表訴訟が起こされ役員が善意で重過失
でなければ損害賠償責任は法定免除額まで免除される。実際、本研究時点で1人の株主によ
って株主代表訴訟が起こされ粉飾時に納付した所得税分等を当該企業に支払うことが要求
されている。判決は本研究時点ではまだ下されていない。
事例955
勧告年月日 2009年6月23日
車両部品のメーカーであるフタバ産業株式会社は、売上原価の過尐計上等により、連結
当期純損益が約130億円の損失であったにもかかわらず、これを約114億円の利益と記載す
るなどした連結損益計算書を掲載した2006年3月期の有価証券報告書を提出した。
純利益の
約244億円の粉飾になる。
次年度も売上原価の過尐計上、減損損失の不計上、棚卸資産及び有形固定資産の過大計
上等により、純利益約466億円、純資産800億円を粉飾した2007年3月期の有価証券報告書を
提出した。
2008年3月期の有価証券報告書においても純利益約240億円、純資産約1,000億円を粉飾
していた。
2009年3月期(第1四半期)の有価証券報告書では純利益の13億5千万円の粉飾、純資産
1,000億円を粉飾していた。
全期を通した純利益の粉飾額は約963億円に上る。
課徴金は約1,800万円であった。
2009年3月10日に開示された社内調査委員会調査報告書によると業務の拡大化、
複雑化に
経理部門が対応できず、また経理部門と関連部門間の情報の伝達体制の不備があったこと
が誤った計上処理を行ったことが粉飾の原因であると報告している。
端的にいえば一般に公正妥当と認められる会計処理の基準を遵守していなかったとい
うことになるだろう。
2006年3月期の監査役等の状況は以下の通りであった。
監査役の報酬は社内監査役が2人で1,600万円、社外監査役は4人で1千万円である。
期中に退任した監査役1人を含む。
常勤監査役A当時60代後半であった。経歴は以下のとおりである。
1963年4月 某株式会社入社
1992年1月 同社第7生技部長
56
1995年1月 同社系列A副社長
1998年5月 同社第2生技部主査
1998年6月 当社参与
1998年6月 当社取締役就任
2003年6月 当社顧問就任
2006年6月 当社常勤監査役就任
社外・非常勤監査役B 当時50代後半であった。経歴は以下のとおりである。
1973年4月 某株式会社入社
2001年9月同社某工場工務部長兼同工場BR海外自立支援室長就任
2002年6月同社取締役就任
2003年6月同社常務役員就任
2005年6月同社タイ現地法人取締役会長就任
2002年6月 同社取締役就任
2003年6月 同社常務役員就任
2005年6月 当社監査役就任
2005年7月同社フィリピン現地法人取締役会長就任
2007年6月同社専務取締役就任
非常勤監査役C 当時60代半ばであった。経歴は以下のとおりである。
1964年4月某株式会社入社
1990年2月 同社某工場工務部総括室長
1992年1月 同社車両物流部長
1995年6月 当社参与、某工場副工場長
1995年6月 当社常務取締役就任
1998年6月 当社常勤監査役就任
2006年6月 当社監査役就任
社外・非常勤監査役D 当時70歳前後であった。経歴は以下のとおりである。
1959年4月 某株式会社入社
1987年2月 同社部品物流部長
1988年6月 同社系列企業専務取締役就任(車両輸送事業)
1994年6月 同社系列企業取締役副社長就任
2000年6月 同社系列企業顧問
2004年6月 当社監査役就任
57
社外・非常勤監査役E 当時60代前半であった。経歴は以下のとおりである。
1966年4月 某銀行入行
1994年6月 同行バンコック支店長
1996年4月 同行取締役タイ総支配人兼バンコック支店長
1999年5月 某株式会社取締役副社長就任
2000年2月 同社取締役社長就任
2004年6月 当社監査役就任
2007年3月期の有価証券報告書
監査役の報酬は、監査役が2人で1,800万円、社外監査役3人で1,400万円
監査役B,C,Dは退任
新任
常勤監査役F 当時60代半ばだった。経歴は以下のとおりである。
1967年3月 当社入社
1984年11月 当社工場生産技術部長
1989年11月 当社工場副工場長兼生産技術部長
1991年6月 当社取締役就任
1991年6月 当社工場長
1997年6月 当社常務取締役就任
1997年10月 当社工場長
1999年6月 当社購買部長
2001年6月 当社専務取締役
2005年6月 当社常任顧問
2007年6月 当社常勤監査役就任
社外・非常勤監査役G 当時50代前半だった。経歴は以下のとおりである。
1979年4月 某株式会社入社
2006年6月 同社常務役員(工場長)
2007年6月 当社監査役就任
58
社外・非常勤監査役H 当時70歳前後だった。経歴は以下のとおりである。
1960年4月 某大手商社入社
ロンドン支店非鉄金属部
サンフランシスコ支店長
ロサンジェルス支店長
1992年6月 取締役非鉄金属本部長
1995年6月 同社代表取締役常務取締役
1997年6月 同社代表取締役専務取締役
2000年6月 同社代表取締役副社長
2002年6月 同社監査役
2005年6月 同社顧問
2007年6月 当社監査役就任
2008年3月期の有価証券報告書
監査役報酬は社内監査役は2人で2,200万円、社外監査役3人で1,300万円
監査役の人員に変更はなし。
2009年3月期
監査役報酬は社内監査役2人で1,700万円、社外監査役は3人で1,100万円
監査役A退任
新任
常勤監査役I 当時60歳前後だった。経歴は以下のとおりである。
1972年4月 当社入社
2003年5月 当社技術部商品企画室主査
2004年11月 当社技術部一部部長
2009年6月 当社常勤監査役就任
2010年3月期の有価証券報告書では監査役報酬は社内監査役3人で2,200万円、社外監査役3
人で1,400万円である。
監査役F退任
監査役が法定数よりも多いが、経歴を見ると、2006年3月期に就任した監査役Eのみが元
バンカーであり、財務諸表を精査することが可能だったように推察できる。また監査役E
を含めて60歳から70歳という比較的高齢の監査役が多い。また社外監査役には当該企業の
主要取引先の自動車メーカーの幹部や退職者が多い。断定はできないが、天下りの名誉職
59
的な要素が当該企業の監査役のポストにはあるのかもしれない。
2008年3月期の有価証券報
告書からは「社外監査役全員と会社法第423条第1項の賠償責任を限定する契約を締結して
おり、当該契約に基づく賠償の限度額は法令が規定する最低責任限度額として」いること
を開示している。
証券取引等監視委員会から課徴金の納付の勧告日は2009年6月23日であるが、2009年6月
29日に提出された2009年3月期の有価証券報告書で初めて
「取締役及び監査役が職務を遂行
するにあたり、期待される役割を十分に発揮できるよう、会社法第426条第1項の規定によ
り、任務を怠ったことによる取締役(取締役であった者を含む。)及び監査役(監査役であっ
た者を含む。)の損害賠償責任を、法令の限度において、取締役会の決議によって免除でき
る旨を定款で定めて」いることを開示している。
事例1056
勧告年月日 2009年6月16日
コンテンツ事業を営んでいるジャパン・デジタル・コンテンツ信託株式会社は、架空売
上の計上、売上債権及び無形固定資産の過大計上等により、連結当期純損益が約10億円の
損失であったにもかかわらず、これを約7億円の損失と記載するなどした連結損益計算書、
及び連結純資産額が約25億円であったにもかかわらず、連結純資産額に相当する「資本合
計」
欄に約33億円と記載するなどした連結貸借対照表を掲載した2006年3月期の有価証券報
告書を提出した。
また売上債権及び貸付金の過大計上等により、連結純資産額が約20億円であったにもか
かわらず、連結純資産額に相当する「純資産合計」欄に約27億円と記載するなどした中間
連結貸借対照表を掲載した2007年3月(上半期)の有価証券報告書を提出した。
2007年3月期(上半期)の有価証券報告書に係る訂正報告書においても売上債権及び貸
付金の過大計上等により、連結純資産額が約20億円であったにもかかわらず、連結純資産
額に相当する「純資産合計」欄に25億円と記載としている。
合計で純損失を3億円、純資産を20億円粉飾していた。
課徴金は600万円であった。
金融庁による信託免許取消により2009年11月1日マザーズ上場廃止となっている。
2009年9月4日に提出された2009年6月期第1四半期の有価証券報告書の事業等のリスク
において下記の記載がある。
「東京証券取引所の審査の過程で、当社において体制の牽制機能、経理プロセス及び決
算プロセスが機能していなかったことが判明いたしました。このことから同日、東京証券
取引所より、当社において内部管理体制等についての改善の必要性が高いと判断され、有
価証券上場規程第501条第1項第1号の規程に基づき、
当社株式は特設注意市場銘柄に指定さ
れております。
60
特設注意市場銘柄の指定から1年を経過するごとに、
内部管理体制の状況等について記載
した『内部管理体制確認書』を提出し、東京証券取引所の審査を受けることとなっており
ます。審査の結果、内部管理体制等に問題があると認められない場合には同指定が解除さ
れます。この審査を引き続き3年行った場合で、かつ、当該内部管理体制等に引き続き問題
があると認められた場合には、上場廃止になる可能性があります。」
2006年3月期の監査役は4人であった。
監査役報酬は監査役4人で930万円である。1人あたり約232万円になる。
常勤監査役A 当時70代前半であった。経歴は以下のとおりである。
1967年6月 某コンテンツ事業会社入社
1973年11月 同社子会社取締役
1978年11月 同社子会社取締役
1988年6月 某レコード卸業会社取締役
1993年3月 同社 代表取締役社長
1999年6月 同社 相談役
2000年6月 当社 監査役(現任)
社外・非常勤監査役B 当時70代半ばであった。経歴は以下のとおりである。
1957年4月 日本銀行 入行
1985年5月 同行貯蓄推進局長
1986年5月 同行発券局長
1986年11月 社団法人公社債引受協会 常務理事
1994年10月 日本銀行 監事
1996年6月 某保険会社 顧問
2000年3月 某証券会社 常勤監査役(現任)
2001年6月 当社 監査役(現任)
2002年4月 某株式会社 顧問(現任)
社外・非常勤監査役C 当時60代前半であった。経歴は以下のとおりである。
1970年4月 某投資会社入社
1990年10月 同社 業務第一部次長
1993年10月 同社 某事務所長兼務
1996年7月 同社 業務第一部長
1998年7月 同社 営業推進部長
2000年4月 同社 審議役
61
2004年6月 同社 監査役
2004年6月 当社 監査役(現任)
社外・非常勤監査役D 当時60代前半であった。経歴は以下のとおりである。
1965年4月 某システムインテグレーター入社
1994年6月 同社 官公システム事業部長
1995年6月 同社 取締役官公システム事業部長
1997年6月 同社 常務取締役システム技術部長
2000年4月 同社 常務取締役システム本部長
2000年6月 同社 代表取締役社長
2005年6月 同社 顧問(現任)
2005年6月 当社 監査役(現任)
2007年3月期
報酬は監査役1人が360万円、社外監査役3人で600万円の報酬である。
監査役Cが退任
社外・非常勤監査役Eが就任 当時50代半ばであった。
1998年11月 某投資会社入社
2002年10月 同社業務第七部長
2005年6月 某投資顧問企業 監査役(現任)
2005年7月 某投資会社 業務第三部長
2006年6月 ㈱企業育成センター 取締役(現任)
2006年7月 某投資会社 審議役(現任)
2007年6月 当社監査役 就任
2008年3月期
監査役1人の報酬は360万円、社外監査役3人で600万円
非常勤監査役F 当時60代半ばであった。経歴は以下のとおりである。
1968年5月 某コンテンツ事業会社入社
1993年5月 親会社放送ソフトビジネス推進室担当部長
1993年6月 某放送局 取締役
1997年6月 同社 常務取締役
2001年6月 同社 専務取締役
2004年6月 同社 専務取締役 退任
62
2004年8月 当社 顧問
2006年4月 某大学客員教授(現任)
2008年6月 当社 監査役(現任)
2009年3月期
2人の社内監査役は計540万円、社外監査役は6人で610万円(期中において退任あり)
監査役B、D、E、Fは退任
社外・非常勤監査役G 当時40代後半であった。経歴は以下のとおりである。
1998年4月 弁護士業務開始
2002年4月 法律事務所開業(現任)
2009年3月 当社 監査役(現任)
社外・非常勤監査役H 当時50代半ばであった。経歴は以下のとおりである。
1978年4月 某株式会社 入社
1998年4月 某コンテンツ事業会社出向 広告部長
2000年4月 某株式会社出向媒体本部テレビ部統括部長
2001年7月 某株式会社広告宣伝部門宣伝業務統括部長
2004年4月 某広告代理店出向 メディア本部シニアディレクター
2007年4月 某博物館 館長
2009年6月 当社 監査役(現任)
2010年3月期(第一四半期)の有価証券報告書では監査役の変更はなかった。
2006年3月期の社外監査役Bは日本銀行出身であり、2004年3月期 就任している。
ある程度。会計監査論には通じていたであろうことは理解できる。しかし当時、70代前半
という高齢であり、粉飾を発見できなかったのではないかと推測できる。2009年3月には退
任している。
また2004年6月就任の外監査役Cは投資会社出身でこれもまた会計監査論に通じていた
と思われる。しかし監査役就任から粉飾まで2年弱だったため、充分な会計監査は実施でき
なかったのではないかと推察される。しかも2007年3月には退任し、後任者として2007年6
月に監査役Eが主任している。監査役Eも投資会社出身であるが、2009年3月期には退任して
いる。
なお2008年9月26日に提出した2008年3月期の訂正有価証券報告書において初めて「取締
役等による免除に関する定款の定め」の存在を開示している。
63
事例1157
勧告年月日 2009年4月21日
IT企業である株式会社ゼンテック・テクノロジー・ジャパンは、売上の過大計上、貸倒
損失の過尐計上、売上債権及びのれんの過大計上等により、連結経常損益が約7億6千万円
の損失であったにもかかわらず、これを約120億円の利益と、連結当期純損益が約34億円の
損失であったにもかかわらず、これを約6億4,500万円の利益と記載するなどした連結損益
計算書、及び連結純資産額が約63億円であったにもかかわらず、連結純資産額に相当する
「純資産合計」欄に約104億円と記載するなどした連結貸借対照表を掲載した2008年3期の
有価証券報告書を提出した。
また売上債権及びのれんの過大計上等により、連結純資産額が約65億円であったにもか
かわらず、連結純資産額に相当する「純資産合計」欄 に約100億円と記載するなどした連
結四半期貸借対照表を掲載した2009年3月期(第1四半期)の有価証券報告書を提出した。
続いて売上債権及びのれんの過大計上等により、連結純資産額が約35億円であったにも
かかわらず、連結純資産額に相当する「純資産合計」欄に約61億円と記載するなどした連
結四半期貸借対照表を掲載した2009年3月期(第2四半期)の有価証券報告書を提出した。
合計、純利益を40億円、純資産を100億円粉飾している。
課徴金600万円であった。
なお2010年6月30日付のIRで、当該企業は消滅するとリリースされている。
2008年3月期の有価証券報告書における監査役の状況は下記のとおりであった。
なお監査役3人で報酬は約1千万円である。
社外・常勤監査役A 当時70歳前後であった。経歴は以下のとおりである。
1963年4月 某技術商社入社
1991年9月 某大手通信会社入社
1996年6月某IT企業取締役
2003年1月 当社顧問
2003年6月 当社常勤監査役(現任)
社外・非常勤監査役B 当時60代前半であった。経歴は以下のとおりである。
1973年10月 司法試験合格
1976年4月 弁護士登録(現任)
1982年4月 法律事務所開設
1998年4月 某弁護士会副会長
2003年2月 某法律事務所 開設(現任)
2006年4月 某財団法人副会長
2006年6月 当社監査役(現任)
64
社外・常勤監査役C 当時70代前半であった。経歴は以下のとおりである。
1960年3月 某技術商社入社
1986年4月 同社 システム第2本部長
2002年6月 某IT企業 常勤監査役
2006年6月 当社監査役(現任)
2009年3月期
3人で750万円である。
監査役A退任
社外・常駐監査役D 当時60代前半であった。経歴は以下のとおりである。
1971年4月 某メディアリサーチ会社入社
1994年4月 同社デジタルメディア部部長
2007年4月 某大学講師(現任)
2009年6月 当社常勤監査役就任(現任)
当該企業の監査役はその経歴を見る限り、会計に詳しい人物は見当たらない。監査役A
の専門領域は経歴から伺うことが難しいが某工業大学を卒業後、複数のIT企業で勤務して
きたことを鑑みると技術者だったのではないかと推測される。
また2003年6月から常勤監査
役を務めてきた監査役Aは粉飾時には70歳前後と高齢であり次年度には退任している。
常勤
監査役は2人いるが、監査役3人は全て社外監査役である。資本金は当時56億円であり、会
社法上、大会社として監査役は3人必要であった。2009年12月1日に提出された2009年3月期
の訂正有価証券報告書は当該粉飾に対して「不適切な会計処理に関与した役員は退任し、
外部から招聘する人材及び本件に関与しなかった現執行役員等を中心としたコンプライア
ンス重視の新体制を確立するとともに、監査役による決算のチェックをより実効的なもの
とするため、公認会計士を社外監査役として迎えることを検討いたします。」とのコメン
トが記載されている。
なお2007年10月18日に提出した2007年3月期の訂正有価証券報告書において初めて
「取締役等による免除に関する定款の定め」の存在を開示している。
65
第5章 検証
第5章1節 考察
本研究の仮設は「監査役と監査人の連携による内部統制は粉飾を防止もしくは早期発見
できない。」というものである。前章において証券取引等監視委員会の「最近の粉飾事案」
の11件の事例を証券取引等監視委員会の年次公表や当該企業の有価証券報告書等により議
論した。
粉飾事案を研究対象とする以上、
本研究の仮設は立証されることが予期されるが、
ではどのような内部統制であれば粉飾は防げたのかということが要点となろう。つまりど
のような条件であれば仮設を反証できるのかが本研究での成果となる。本章では11件の事
例を比較することにより本質的な要因を抽出し本研究の仮設を検証する。
事例1では粉飾時の監査役は当該企業出身の常勤監査役と弁護士2人の社外・非常勤の監
査役であった。経歴等では会計監査論を熟知していることはうかがえなかった。また粉飾
時より1年前に就任している。
しかし粉飾と並行して303億円の損失を計上しており、
監査役を含めた役員全員が退任し
ている。後任の監査役は公認会計士、USCPA保持者、元バンカーで構成されており最年長で
も60代半ばであった。彼らの内2人が携わった調査委員会で粉飾が明らかになった。監査人
の財務諸表監査では見抜けなかった粉飾を監査役等の会計監査は明らかにしたのである。
この事例から粉飾を防止、早期発見するには監査役には会計監査論を熟知しているとい
う属性が必要であることがわかる。
事例2は監査人が取締役等に粉飾を指南していたという务悪な統制環境であった。
粉飾時には信用金庫を退職した60代の社外・常勤監査役と社外・非常勤監査役、税理士
で30代の社外・非常勤監査役が就任している。信用金庫を退職した監査役達は、おそらく
職業柄、財務諸表を精査することに慣れていたはずであり粉飾に対して効果的な監査をす
ることが期待できるが、就任したときには既に粉飾されており、就任から2年後に証券取引
等監視委員会が強制調査を実施している。おそらく業務内容に対する理解を深めている最
中だったことだろう。
税理士の監査役は粉飾より4年前から就任していたが、一般的に税理士は逆粉飾つまり
脱税のスキームには詳しいが、監査人により指南されていた粉飾のスキームを見抜くこと
は難しかっただろう。この税理士の監査役が公認会計士の監査役であればこの企業は粉飾
を犯すことはなかったかもしれない。
この事例からも、監査役の属性として会計監査論を熟知していることの重要性が理解で
きる。また上場により監査役会が設置され最低3人以上の監査役が必要とのことで2人の信
用金庫退職者が就任しているが、粉飾の時期が彼らの就任より数年後であれば、防止、早
期発見が可能であったことが推測され、会計監査論を熟知している監査役の就任時期をず
らすことで、粉飾に対応することも可能であると思われる。
66
事例3では粉飾時に当該企業の業務課長上がりの50代半ばの常勤監査役と他の企業の営
業畑出身の60代半ばの社外・非常勤監査役、産業振興公社の元アドバイザーで70代後半社
外・非常勤監査役が就任していた。常勤監査役と営業畑出身の社外・非常勤監査役は粉飾
の数年前から就任しており、とくに常勤監査役は業務内容を熟知していただろう。しかし
この2人は経歴から見て、会計監査論に熟知していたとは思われず、粉飾に対して効果的な
監査は行えなかったであろうことが推察される。
元アドバイザーの監査役は粉飾が始まる1
年程前に就任しており業務内容を熟知していたとは思われない。また職業柄、財務諸表を
精査することには慣れていたと思われるが、当時70代後半だったことを鑑みると粉飾に対
して効果的な監査が可能だったのかという疑問もわく。
この事例からも、会計監査論の熟知が監査役の属性として必要であることが理解される。
また会計監査論を熟知している監査役が業務内容を熟知する前に粉飾が起きており、
事例2
でも言及したが、
会計監査論を熟知している2人の監査役の就任時期をずらして業務内容を
熟知していくことが理想的であると思われる。また70代後半という高齢も監査に支障をき
たす可能性も否定できないだろう。
事例4では粉飾時に元バンカーで70代前半の社外・常勤監査役と、当該企業を含めてい
くつかの企業の取締役を務めてきた50代前半の非常勤監査役が就任していた。
元バンカーの社外・常勤監査役は就任が粉飾の3年前であり、おそらく業務内容を熟知して
いたであろう。しかし高齢であること、また元バンカーといっても当時で17年のブランク
があり、粉飾を見逃してしまったのではないかと考えることができる。もう1人の非常勤監
査役は経歴からは会計監査論を熟知していたとは考えにくい。しかし当該企業の取締役と
して4年程前に就任しており、その後、監査役に就任していることから業務内容は熟知して
いたと思われる。
当該企業は証券取引等監視委員会による課徴金納付に関する勧告があった後に監査役を
2人迎えている。そのうちの1人は公認会計士であった。
この事例では、
社外・常勤監査役が会計監査論は銀行時代には熟知していたであろうが、
それからブランクが長かったこと、また業務内容を熟知する期間はあったものの高齢であ
ったことが粉飾を防げなかった原因であることが推察される。
事例5では粉飾の可能性が監査人から指摘され社内調査により金融サービス部門が粉飾
していたことが明らかになった。
外部調査委員会は
「内部監査室による内部調査において、
金融サービス室の残高管理の不適切性の徴候が指摘されていた。内部監査室はあくまでも
当社の内部組織であって事実上積極的な対応が困難な状況あったのであるから、監査役と
して当該事実を把握していたであれば、積極的に当社に対して改善及び更なる調査を指示
できた可能性があったにもかかわらず、連携が不十分であったため、効果的な対応を実施
することができなかった。」「監査役は、管理体制の不十分さを把握していたにもかかわ
らず、積極的に管理体制の整備を働きかけたとまではいえず、明確に監査役としての十分
67
なチェック機能を果たしたとまではいえない。」と指摘しており、監査役が職務を十分に
果たしていなかった可能性が伺える。
粉飾時の監査役は60代前半であり当該企業の内部監査室長を2年前まで務めていた常勤
監査役である。経歴からは会計監査論を熟知していたかどうかは明らかではないが、内部
監査室長を5年間、務めていたことから業務内容には熟知していただろう。
社外・非常勤監査役は当時40代後半であり弁護士であった。粉飾から3年半ほど前に監
査役に就任している。粉飾は2期に渡って行われていたが、この2人の監査役は粉飾の2期目
で退任している。おそらく両者とも会計監査論を熟知しておらず、業務に関する知識はあ
っても粉飾に対して効果的な監査を実施していたとは推測できない。同時期に監査役だっ
たもう一人の社外・非常勤監査役は当時60代半ばであり、元バンカーであったが粉飾の一
期目が始まった直後に就任しており、会計監査論は熟知していても業務内容を熟知してい
なかったであろうことが推察される。
退任した上記の2人の監査役の後、
つまり粉飾の2期目の初期に2名の監査役が就任してい
る。
常勤監査役は当該企業で就任直前まで約3年間、
内部監査室長を務めてきた人物である。
経歴からは会計監査論に熟知していたかどうかは伺えない。しかし外部調査委員会が指摘
している「内部監査室による内部調査において、金融サービス室の残高管理の不適切性の
徴候が指摘されていた」時の内部監査室長だったと推測され、「監査役として当該事実を
把握していたであれば、積極的に当社に対して改善及び更なる調査を指示できた可能性が
あった」という指摘に該当するのは彼であろう。社外監査役は公認会計士であった。
ここで粉飾の2期目の半ばで粉飾の直前期の有価証券報告書の訂正を行っている。
それは
「取締役等による免除に関する定款の定め」を監査役にも適用するという趣旨の訂正であ
った。監査役や内部監査室長は金融サービス部門の粉飾の可能性を把握していたことは明
らかであり、この訂正には作為性があるように思われる。「取締役等による免除に関する
定款の定め」を監査役にも適用することが開示された場合に粉飾の可能性を疑うことは間
違いではないだろう。
しかしどちらにしても、粉飾が行われていた2期間において監査役の入れ替わりが多く、
会計監査論を熟知していても業務内容を熟知していないか、もしくは業務内容は熟知して
いても会計監査論は熟知していないという属性を持った監査役しかいなかったのである。
事例6では4期にわたって粉飾が行われていた。当該期において社外・常勤監査役だった
のは当時30代後半の司法書士であり、1年程前に就任している。社外・非常勤監査役は当時
60代後半の弁護士であり2年程前に就任している。もう一人の社外・非常勤監査役は当時30
代後半の公認会計士であり粉飾の2期目に就任している。3期目には常勤監査役が変更し司
法書士事務所出身の当時40歳前後の人物である。
証券取引等監視委員会から勧告を受け課徴金約2億8千万円を納付した後も、同じ監査役
を使い続けている。
また有価証券報告書ではとりわけ3人の監査役全員が社外監査役である
ことによる牽制作用を謳っている。しかし証券取引所から「会計処理に係る希薄なコンプ
68
ライアンス意識や事業部門から経理部門にわたる不動産取引に関する実効性のある検証・
検討が成されなかったことが判明し、このことから、同日、東証より、内部管理体制等に
ついて改善の必要性が高いと判断され、有価証券上場規程第501条第1項第1号に基づき、当
社株式について特設注意市場銘柄に指定されました。」との記載があり、この事例では当
該企業出身の監査役や当該企業の属する業種における会計規則について詳しい監査役が必
要だったということになる。
事例7では1期のみの粉飾が問題として取り上げられている。
当該期において常勤監査役は当時60代半ばの当該企業で総務部長代理だった人物であ
る。おそらく定年退職後に就任したものと思われ当該期を含め5年間、務めている。
社外・非常勤監査役は3人いたが全て当該企業の大株主企業の取締役や上級幹部である。
無報酬であった。
営業部長1人と特定の企業による循環取引であり10年程、この違法なスキームが明るみ
にならなかった。経理部の照合がこの循環取引の発見につながったが10年近く発見できな
かったのは「従来から不適切取引発見の努力が形式的になっており、結果として長期間今
回の取引を発見でき」なかったと説明している。つまり照合の網羅性が欠けていたという
ことになるだろう。5年間、経理部門の照合という統制活動に網羅性が欠けていたことを常
勤監査役は指摘できなかったことになる。やはり会計監査論を熟知している監査役がこの
場合、必要だったということになろう。問題発覚後、常勤監査役は退任している。
事例8では匿名組合や特別目的会社を利用した不動産流動化スキームにおいて清算配当
金を利益計上したが、「特別目的会社を活用した不動産の流動化に係る譲渡人の会計処理
に関する実務指針」によれば利益計上はできなかった。匿名組合に出資した別の企業が実
質的には会長を介在とした子会社に該当したからであった。その後、増資をしていること
から課徴金の金額が約2億5千万円に跳ね上がった。
当該年度において常勤監査役は当時60代半ばであり、税務署を退職後、税理士登録後に
当該企業の総務部長に就任していた。監査役に就任してから4年程経過している。おそらく
税務監査への対応や節税のスキームは詳しかっただろうが、違法な金融スキームに対する
知識は薄かっただろう。社外・非常勤監査役は当時60歳前後であり、元バンカーであった。
3年程前に就任している。もう1人の社外・非常勤監査役は当時50代半ばであり、1年半前に
就任している。経歴を見るとエッセイストや大学の非常勤講師であり会計監査論を熟知し
ていることは伺えなかった。
元バンカーが監査役にいることから違法な利益計上について指摘できたかもしれない
が、結果的には指摘できなかった。事件後に社内出身の元証券マンが常勤取締役に就任し
ている。金融スキームの適法性を判断するための就任であろう。今後、金融スキームを活
用する企業は適法性を確かめるために会計監査論だけではなく金融について熟知している
ブレーンが必要になってくるということになろう。
69
事例9では3期に渡って粉飾を行っていた。常勤監査役は当時60代後半であり社内出身で
あったが技術畑の人物であった。社外・非常勤監査役のうち3人は当該企業の取引先である
大手メーカーの幹部たちであった。
社外・非常勤監査役のうち1人だけが元バンカーであり、
会計監査論に通じていた。当時60代前半であり2年程前に就任している。粉飾が明らかにな
って常勤監査役は交代しているが引責辞任だったかどうかはわからない。ただ元バンカー
は退任していない。
社内調査委員会調査報告書によると業務の拡大化、複雑化に経理部門が対応できず、ま
た経理部門と関連部門間の情報の伝達体制の不備があったことが誤った計上処理を行った
ことが粉飾の原因であると報告している。粉飾額は936億円と巨額であるが、課徴金は1800
万円であり、悪質性は低かったようである。しかし5人も監査役がいながら経理部門の対応
に原因があるという社内の調査委員会の報告書をどう受け止めるかが問題点となろう。
事例10では2期に渡って粉飾が行われていた。
有価証券報告書の事業等のリスクにおいて
下記の記載がある。
「東京証券取引所の審査の過程で、当社において体制の牽制機能、経理プロセス及び決
算プロセスが機能していなかったことが判明いたしました。このことから同日、東京証券
取引所より、当社において内部管理体制等についての改善の必要性が高いと判断され、有
価証券上場規程第501条第1項第1号の規程に基づき、
当社株式は特設注意市場銘柄に指定さ
れております。」
この上記の指摘から当該企業における統制活動(照合や承認)に欠如があったことが推
察できる。
常勤監査役は当時70代前半であり、経歴は大手企業の取締役等である。8年程前に就任し
ている。1期目は社外・非常勤監査役は3人いたが経歴から金融機関出身の人物と投資会社
出身の人物が会計監査論を熟知していたようである。とはいえ金融機関出身の監査役は当
時で70代半ばであり高齢である。ただし5年程前に就任しておりある程度、業務内容を熟知
する時間はあっただろう。投資会社出身の監査役は当時60代前半であったが、1年半程度前
に就任している。しかし粉飾の2期目には退任している。2期目に就任した社外・非常勤監
査役は当時50代半ばであり投資会社出身の人物が就任している。
粉飾を見抜けなかった要因として、やはり会計監査論を熟知していた監査役が高齢であ
ったこと、またもう一人は就任まもなかったこと、そしてその人物は粉飾が行われていた
時期に退任しており、おそらく会計監査によって粉飾を見抜くことが難しかったことが推
察されるのである。
例11では2期に渡って粉飾が行われた。
1期目には監査役は3人いたが経歴から会計監査論
を熟知していた人物はいなかったように伺える。
ただし社外常勤監査役は6年程まえに就任
しており、当時70歳前後と高齢ではあったが業務内容は熟知していただろう。しかし彼は
粉飾の2期目には退任しており、
後任として常勤監査役として就任した人物の経歴を見ると
会計監査論を熟知していなかったであろうことが伺える。
2期目の訂正有価証券報告書には
70
「監査役による決算のチェックをより実効的なものとするため、公認会計士を社外監査役
として迎えることを検討いたします。」と記載されており、会計監査論を熟知していない
監査役のみで監査役会が構成されていたことを事後的に認めている。
第5章2節 仮説の検証
11件の事例から原因となった監査役の属性として抽出できるのは下記の4点である。
・会計監査論を熟知していない。
・業務内容を熟知していない。
・高齢である。特に70代以降
・金融スキームの適法性を熟知していない。
上記のうち「金融スキームの適法性を熟知していない。」は、おそらくどの監査役にも
いえることであり、対処するには証券会社やファイナンシャルアドバイザー、監査人等と
の協議となるだろう。では上記のそれ以外の属性に対応するにはどうすればよいのかを議
論する。
監査役は、
取締役からの独立性を確保するために会社法において任期が4年と決められて
いる。58また会社法の要件によって上場企業のほとんどは大会社に該当し、委員会設置会
社でない場合は監査役会の設置が義務付けられている。
監査役会は最低3人以上の監査役が
必要であり、そのうち半数は社外監査役でなければならない。また常勤監査役を最低1人定
めなければならない。属性の「会計監査論を熟知していない。」は社外・非常勤に公認会
計士等が就任することにより解決できる。しかし社外監査役は当たり前ではあるが業務内
容を熟知していない。この「業務内容を熟知していない。」という属性は常勤監査役に当
該企業出身者が就任することにより解決できる。また高齢という属性については、詳細は
後述するが株主総会が監査役を任免するため、株主の見識が試されるだろう。
こういった条件から多くの場合、下記のような構成の監査役会が理想といえる。
・常勤監査役1人:当該企業の支配人、使用人であり多くはスタッフ部門出身
・社外・非常勤監査役2人:公認会計士、バンカー出身等
しかし常勤監査役と社外・非常勤監査役が監査役会において協議を重ねても、業務内容
は熟知していても会計監査論は熟知していない監査役と、会計監査論は熟知していても業
務内容は熟知していない監査役による複合体として監査役会が機能することは難しだろう。
では支配人出身等の常勤監査役と公認会計士等の社外監査役のどちらが歩み寄れるかとい
うと、それは社外監査役のほうであろう。本来、監査は対象企業の業務内容を熟知しなけ
71
れば実施できないからである。ここで「高齢である。」という属性も鑑みて時間軸を監査
役会の構成に加え人員計画を立てることができる。
図8 監査役会の人員計画のモデル 出所:筆者作成
4年
4年
4年
4年
4年
常勤監査役 A
支配人
補欠監査役
常勤監査役
社外監査役 B
支配人
補欠監査役
常勤監査役
社外監査役 C
支配人
補欠監査役
常勤監査役
社外監査役 D
図8においては監査役の基本的な任期4年を1単位にしている。公認会計士等の会計監査
論を熟知している監査役であれば業務内容を熟知するのは2年で十分であるということで
あれば1単位を2年にしても良いだろう。このモデルは常勤監査役が業務監査を重点的に行
い、1単位ずらして就任している2人の社外監査役は会計監査を重点的に行うことを意識し
ている。むろん常勤監査役が当該企業で経理部門長として長期に務めてきた人物であれば
粉飾に対する抑止力としては、なお理想的だろう。1単位、就任時期をずらしているのは、
社外監査役の新陳代謝を図りながら業務内容を熟知した社外監査役を確保するためである。
現実的には本人の都合等によって退任することも多いのでこのモデルどおりにはいかない
であろうが、経理部門長は常勤監査役になるというようなキャリアパスをあらかじめ「組
織の気風(統制環境)」として形成しておく、また社外監査役についても補欠監査役を事
前に決定しておく59ことによって急な退任による不在を避けることができるだろう。監査
役の任期をあらかじめ8年(もしくは4年)と決めておくことにより「高齢である。」とい
う「老害」を回避できるだろう。社外監査役であれば年齢の上限を設けたうえで人材を探
せば「老害」を防ぐことは可能である。社外監査役の人員確保が可能かという疑問もある
が、現在は公認会計士の増加により就職難の状況が続いており、比較的容易に確保できる
だろう。
このように簡単な監査役会の人員計画を立てることによって「監査役と監査人の連携に
よる内部統制は粉飾を防止もしくは早期発見できない。」という仮説を反証することが可
能になる。
ではなぜ、このような人員計画が行われていないのかというと、株主や役員が監査役の
役割を軽んじているからではないかと推測できる。代表取締役の暴走として作為的に監査
72
役をイエスマンばかりにする傾向もあるかもしれない。また監査役が名誉職や大手取引先
の天下りポストになっていることも多いだろう。煎じ詰めれば、そういった暴走や怠慢を
株主は容認してきたのである。
本研究の問題は「株主による経営者の監視が弱く経営者の暴走を許してしまう、特に粉
飾を犯してしまいやすい」ということである。また本研究の目的は「内部統制を基調にど
うすれば経営者の暴走、特に粉飾を防ぐことができるかを探る」ということであった。そ
こで「財務報告に係る内部統制」の有効性を検証し、「監査役と監査人の連携によって内
部統制は粉飾を防止もしくは早期発見できるのであろうか。」という課題を設けた。仮説
は「監査役と監査人の連携による内部統制は粉飾を防止もしくは早期発見できない。」と
いうものであり、図8のような監査役の人員計画を実行すれば仮説は反証されるという、ひ
とまずの結論を得たが、その監査役の人員計画を承認するのは株主なのである。大株主は
近視眼的には粉飾を防止するガバナンスに興味が無いことは既に述べた。これは本研究の
矛盾点であり、この矛盾を解決する案こそが、本研究の本当の成果であろう。
ここでもう1人のステークホルダーである監査人の利害を考慮する。監査人は企業の財
務諸表や内部統制報告書に虚偽の表示がないかどうかの合理的な保証を得て意見を表明す
る。適正意見の表明後に、当該企業が粉飾していたことが明らかになると、監査に過失が
あったかどうかが問われるようになっている。
監査人は会社法第427条において責任限定契
約を企業と締結することが認められているが、責任を限定する前提として善意であり、重
過失でないことが求められている。重過失がなかったことが証明されても、その監査人の
評判が落ちてしまい、そういった風評被害で優良なクライアントつまり手間がかからず、
ある程度の監査報酬が得られる企業が監査契約を解除する可能性もある。そのため監査人
は保守的にならざるを得ず、その監査は世間一般でいう「厳格監査」になることが多い。
「厳格監査」に経営者が反発し、協議を重ねても意見が一致しない場合、監査人は監査契
約を解約することもある。継続企業の前提に疑義をつけられ、監査契約を結んでもらえな
い企業を「監査難民」と表現する向きもある。日本の大手監査法人が不祥事により解散し
たときに、クライアントだった上場企業は新しい監査人を探すためにかなり苦労したよう
である。60「監査難民」という表現は、上述の公認会計士の就職難と相反しているように
見受けられるかもしれないが、会計監査や内部統制監査はある程度のスケールメリットを
生かさなければ帳尻を合わせることが難しい。そのため監査法人に就職できない公認会計
士がいる一方で、継続企業の前提に疑義をつけられたり、監査報酬の割に手間がかかった
りする企業は「監査難民」となるのである。強引な言い方になるが、高度な激務に耐えな
がら監査法人から高額の給与をもらっている公認会計士と、高度な激務に耐えられそうに
ないと判断されて、
仕方なく個人事務所を開いている公認会計士がいるということになる。
無論、激務に耐えられずに自ら監査法人を離れる公認会計士もいるだろう。この高度な激
務に耐えられそうにない、もしくは耐えられなかった公認会計士が優秀な監査役になるこ
とが期待されるわけである。そういった公認会計士は何社ものクライアントを同時に法定
73
監査するだけの能力や体力がなかっただけであり、会計監査論を熟知しているという属性
は貴重である。それは本研究での事例の考察でも十分明らかにされている。
監査人は監査役の属性について直接、指摘するような権限はないが、監査役の中に公認
会計士や元バンカーがいれば、一般に公正妥当と認められる規準への準拠について協議し
やすいだろうし心証も得やすいだろう。また「厳格監査」の重要性を監査人が説く際に監
査役が後ろ盾になることも期待される。そして結果的に会計監査論を熟知している人物を
監査役にすることによって、その企業は粉飾を防止するガバナンスを手に入れることにな
るのである。
遠回しの議論ではあるが、監査人が「監査役が会計監査論を熟知している」ことを望む
ということが、上述の矛盾を解決する糸口になると考えれらるのである。
第6章 結論
本研究は「内部統制は有効なのか」という素朴な疑問から始まっている。日本では上場
企業は「金融商品取引法」の施行に伴って、内部統制体制の構築を進めてきたが、この「内
部統制報告制度」は株主や投資家を保護する制度であり、結果的に企業価値が向上するこ
とは期待されるが、企業内の実務担当者が社内での理解をなかなか得られないというケー
スが多い。
しかし2000年の「大和銀行株主代表訴訟事件」において既に経営者の善管注意義務には
内部統制体制の構築と運用の監視が含まれていることが定義づけられ、これが判例になっ
ていることからすると、日本においては既に内部統制は多くの企業、特に上場企業におい
ては必須のものであったことが伺えた。
そこで本研究は内部統制と領域が重なっているであろうコーポレートガバナンス論から
問題の抽出を行った。アングロサクソン型コーポレートガバナンスは「機関投資家資本主
義」、ライン型コーポレートガバナンスは「株式持合い」に陥っていることが明らかにな
った。つまり両者とも経営者の暴走が株主から監視されにくくなっており、その代替処置
として内部統制は有効であることが認められたのである。そこで本研究は問題を「株主に
よる経営者の監視が弱く経営者の暴走を許してしまう、特に粉飾を犯してしまいやすい」
とし、目的を「内部統制を基調にどうすれば経営者の暴走、特に粉飾を防ぐことができる
かを探る」とした。
次に内部統制のデファクトスタンダードである「COSOフレームワーク」を先行研究とし
てレビューし、その有効性を検証した。その結果「COSOフレームワーク」自体は優れたリ
スクマネジメントのフレームワークであるといえたが、本研究での問題点である「経営者
の暴走」に対しては限界があり、制度的な問題がそこには存在していた。「内部統制報告
制度ラウンドテーブル」においても企業関係者からは「従業員の細かいミスやエラーをど
の程度抑えるか、といった問題にはかなり対応できていたが、経営者や上級管理職による
重大な会計不正を未然に防止、若しくは早期に発見することには、ほとんど無力ではない
74
か。」という指摘があった。これに対し金融庁関係者は「監査役と外部監査人の連携でカ
バーすべきである。」との回答があった。確かに会社法第381条第1項には「監査役は、取
締役の職務の執行を監査する。」とあり、そもそも日本において経営者の暴走を監視する
のは監査役の役目なのである。
そこで本研究は課題を「監査役と監査人の連携によって内部統制は粉飾を防止もしくは
早期発見できるのであろうか。」と設定した。研究対象を証券取引等監視委員会の開示し
ている粉飾事例集「最近の粉飾事案」の11件の事例とし、仮説は研究対象が粉飾事例であ
るがゆえに「監査役と監査人の連携による内部統制は粉飾を防止もしくは早期発見できな
い。」とした。そこで検証方法として11件の事例の比較研究を行い、どうすれば粉飾を防
げたのかという視点で、特に監査役の属性を中心に調査した。
結果として監査役は、会計監査論を熟知していること、業務内容を熟知していること、
高齢ではないことが属性として必要であるということが分かった。つまりそういった属性
を持っている人物を監査役として迎えればいいのである。しかし監査役の任免は株主総会
が行うものであり、「株主による経営者の監視が弱く経営者の暴走を許してしまう、特に
粉飾を犯してしまいやすい」という本研究での問題に舞い戻ってしまう。
そこで、この矛盾を突き崩すために、もう1人のステークホルダーである監査人の利害か
ら本研究をアプローチすると、「厳格監査」や「監査難民」というキーワードが存在し、
監査人の保守性が、上場企業において、会計監査論を熟知しているという属性を持つ監査
役の就任にとっては、プラスの影響を与えることが明らかになった。これが本研究での本
当の結論、成果となる。
しかし「監査人の保守性が監査役の属性に影響を与える」というモデルは本研究の矛盾
を打開するために、理詰めで形成されたものであり、検証されているわけではない。つま
り新しい仮説になる。この仮説を検証するには、例えば日本には本研究時点で3800社ほど
の上場企業があり、監査役がどのような属性を持っているのか、また上場企業の監査人は
どのような監査役を求めているのか、その意向は監査契約に影響を与えるのか、というよ
うな量的調査が必要になるだろう。また成功事例や不祥事における各ステークホルダーや
インシデントの属性を細分化し「COSOフレームワーク」よりもさらに円滑なフレームワー
クを形成することによって、内部統制の有効性を高める質的調査も望まれる。
75
* 謝辞
本研究を遂行するにあたり、生島淳先生のご指導をいただきました。
副査として平野真先生、冨澤治先生には貴重なご意見を賜りました。
また園弘子先生、事務局の方々にも大変お世話になりました。
この場を借りて御礼申し上げます。
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証券取引等監視委員会「証券取引等監視委員会の活動状況 平成 22 年 5 月」
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証券取引等監視委員会「告発の現場から③-IT 企業の粉飾―」
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ニイウスコー株式会社 2008 年 4 月 30 日「調査委員会の調査結果概要と当社としての
再発防止策について」
企業会計審議会(2007)「意見書」54 ページ
証券取引等監視委員会「証券取引等監視委員会の活動状況 平成 21 年 8 月」
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証券取引等監視委員会「証券取引等監視委員会の活動状況 平成 22 年 5 月」
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正確には「監査役の任期は、選任後四年以内に終了する事業年度のうち最終のものに
関する定時株主総会の終結の時まで」である。会社法第 336 条第 1 項
会社法第 329 条第 2 項
種村(2007)「監査難民」講談社 259、260 ページ
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