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いま減速機に求められるもの。
いま減速機に求められるもの。 1. 動力伝達装置製造業の姿 付加価値の変遷 付加価値 12 百万円/人 10 修正付加価値 8 4 給料 6 給与 2 94 19 92 19 90 19 88 19 86 19 19 84 0 暦年 図 1 動力伝達装置製造業の付加価値の変遷 言うまでもなく、一つの商品が競争に勝ち残る為には性能対価格(投資効果)がよくな ければならない。ここで減速機に要求される性能には次のようなものがある。 低騒音、長寿命、小型、高負荷耐力、高効率、対環境性、互換性、低振動、軽量 これらの性能をいかに安い価格でユーザに提供するできるかがメーカの能力の見せ場で ある。一方、ユーザの要求する性能の重要度は特有の用途に対しては、それほど変化しな い様に見えても時代背景や、技術内容の変化によって変わってくるものである。その中で メーカはより付加価値の高いものを生産しようとする。しかし動力伝達装置製造業の付加 価値の時間的な推移は図11のように、近年下がる傾向にある。現在入手できる統計データ は1995年までであるが、1998年3月現在この付加価値は更に下がっているものと思われる。 一方、図2は1995年における従業員規模別の給料と付加価値の関連を見たものであるが、 事業所の規模とは関係なく付加価値はあまり変化がない。一般的には事業所の規模が大き くなれば付加価値の大きいものを生産しているのが通常の姿である。しかし、この業種で はあまりそのような傾向は見られない。このような傾向から何を読み取ることができるで あろうか、筆者にはこの業界では組み立て産業の下請的仕事から、厳しい値引き要求に応 じている姿が見られる。つまりユーザ側は投資効果を満足しているかもしれないが、メー カ側ではコストパーホーマンスの悪いものを生産している姿である。 しかし高精度の高価な歯車の要求もないわけではない。自動車用歯車はコストと性能の せめぎあいの中で多量生産を武器として高精度の歯車が生産されている2。その歯車はかな りの部分が内製化されていると思われるが、それは自動車ではエンジンや変速機はキーパ 1 2 修正付加価値:GDPデフレータにより修正した数値(1990年基準) 自動車産業の中での歯車生産は図の統計数字の中には入っていない。 ーツである為であってここに付加価値をつけられるからに他ならない。また少量生産され るものであっても、航空機用などに見られる高度の技術力を要求される歯車がなくなると は考えられない。問題はこの技術力をどのようにして継承していくかにある。そのために は技術力を維持していくに足る利益がなければならない。このことは世界市場の中で、高 い技術力を持つ企業がいくつあれば採算が取れるかという問題にいきつく。さらに言うな ればボーダレスの中で高級な歯車を供給できるチャンピオン企業が生き残ることができる であろう。減速機一般に関しても同じことが言えるであろう。 12 M¥/man 10 8 6 4 2 0 4--9 10-- 20-- 30-- 50-- 100- 200- 300- 50019 29 49 99 -199 -299 -499 -999 就業者規模 (人) 図 2 動力伝達装置製造業の規模別生産性(1995) 2.原動機と変・減速機の関係 われわれの周辺にある電動機を数えてみると、その数は一昔前から比べてみても著しく 増えている。多分20年くらい前ならば家庭の中にある電動機を持つ電気器具は洗濯機、 冷蔵庫、扇風機くらいしかなかったのではないだろうか。しかしいまそれ以外にCDプレー ヤを含むAV機器、ハードディスク、プリンターなどのパソコン機器、それに自動車の中に は数多くのモータが使われている。これらはすべて小型電動機である。その結果ここに使 われる減速機も小型のものが増えてきている。小型電動機の価格は安いのでそこに使われ る減速機のコストは低廉でなければならない。その結果として射出成形プラスチック歯車 が増えている。この傾向は今後ますます大きくなるであろう。そしてそれらの多くは東南 アジアからの輸入品である。 かつて筆者は本誌に電動機と減速機のハイブリッド化について述べたことがある3。その 時示した図3の機械は電動機の回転子の中に遊星歯車を組み込んで、高速回転する電動機 の回転速度を減速して所望の速度に出力する減速機一体型の電動機であった。これは電気 自動車用の電動機として開発されたものである。一方、その頃(1990)、通産省のプロジェ クトで極限作業ロボットの開発が最終段階に差し掛かっていて、ここでもロボット用の電 動機として、電動機と波動歯車(商品名:ハーモニックドライブ)を一体化した機構が開発 3 矢田恒二 いま変・減速機に求められるもの、機械設計 35(1991)7、26-30 されていた。構成は図3と同じような発想によるものであった。 従来、減速機は機構学的な原理に基づく機構要素として設計されてきている。一方、電 動機は電磁気的な原理をもとにした原動機として広く使われてきた。しかし原動機に要求 されている性能は負荷に必要な回転数、トルクを供給することにあるが、原動機としての 電動機が、負荷が要求している動力条件を性能対費用の観点から見て全て満足できない。 つまり電磁機械のもつ固有のエネルギ密度(出力/重量)から、負荷が必要とする回転速 度を電動機だけで賄おうとしても重量面で対応することができない。それを解決するため にはトルク重量比(トルク/重量)の大きい歯車と組み合わせることで、全体として原動 機の軽量化を実現でき、全体としてコストを安くすることができる。その結果、減速機が 不可欠なものとして長い間不動の地位を占めてきたといえる。 ここでは変速機・減速機が負荷との間に仲立ちをしなければならなかったのである。つ まり動力伝達の立場から見れば原動機と変・減速機は本来住み分けされるべき物ではなく、 一体とならなければ最適な原動機システムは構築できない。変速機は原動機との関連を無 視にしては考えられない。このことから付加価値の高い原動システムを作るためには、こ の両者を融合化し、小型軽量化することが必要であるというのが以前の筆者の論調であっ たし、現在もこの主張に変りはない。自動車産業で変速機を内製するのはエンジンと変速 機を原動機システムとしてみているからに他ならない。 3.融合化変速機 昨年の自動車技術に関しての話題はハイブリッドカー(プリウス)に集約される。すで にその構造はいろいろな資料で紹介されているが、その動力系の特徴は遊星歯車機構を動 力分割機構として用い、発電機と電動機を一つの筐体の中に収めたことにある。ここでは 電気機械である発電機とか電動機を独立した要素としてではなく、変速機の部品要素とし て組み込まれたことに注目したい。 従来このような機構を構成するときはどうしても電気機械は機構備品とは異なったもの として、継ぎ手を介して機械回りと接続されたような構成を取ることが多かった。つまり 電気機械はいわば機構備品に対しては異分子のような扱いをしてきたといえる。ここでは それを融合化したものとした。 発電機と電動機は役割において互換性があり、発電機はいつでも電動機の機能に切り替 えられるので、発電機と電動機を組み合わせれば変速機の機能を持たすことができる。こ のことからプリウスの変速機は電動機と変速機の融合化と言うよりは、電気機械の変速機 化と言ったほうがよいような組み合わせである。そして機構要素である遊星歯車機構は変 速機構というよりは動力の分割を目的とした役割を分担している4。 先に電動機と減速機の融合化を指摘したのは、いずれ電気機械も歯車と同じような機械 構成品と同じセンスで製作されるだろうということであった。そこでは電気と機械の意識 的な垣根は取り外されるであろうと考えた。プリウスに見られるこのような変速機械の自 動車への応用は多量生産の流れの中でその垣根を取外すことを容易にしたといえる。 4.マイクロ化 小型化は大型化の対極にあるが、大型化は比較的感覚に馴染みやすい面がある。それは 4 遊星歯車機構の動力分割機能については後に述べる。 一つには肉眼で見えることによるとおもわれる。しかし1mm以下になると老眼でなくて も細部を見ることは難しい。つまり小さいものは体感的に理解できない部分がある。いま それがマイクロマシンという名で開発研究が進んでいる。その大きさは一つのデバイスが とりあえず1mm程度の大きさを対象としているが、ねらいはもう一桁小さいところにある。 しかしこのような微少な部分でも何らかの動きをさせようとすれば、原動機が必要とな るが、それとともにその動力を伝える装置も必要となる。ここで使われる原動機の原理は いろいろのものがあり、電磁式、静電式、圧電式、形状記憶合金などさまざまのものが試 みられている。そしてその動作状態も直線運動、振動、回転など様々である。いずれにし ても決定的なものはないというのが実状といえよう。 モータ固定子 モータ回転子 出力 遊星歯車 太陽歯車 図 3 減速機と電動機の融合 問題は原動機の運動を負荷に伝える方式であるが、回転運動の伝達にはやはり歯車が使 われている。ここでの歯車はモジュール40μmのものまである。また試作的段階の物とし てはモージュール24μmのものが作られている5。この大きさ程度までは歯車による動力の 伝達はできそうであるが、それよりも小さい領域では通常の大きさでは問題にならない力 (例えば粘性力、フンデルワールス力など)が表面化する。その結果力の伝達方法も全く 違った手法が考えられなければならない。 微小状態でも原動機は回転しなけばならないのか、大いに問題のあるところであるが、 現状ではこれを完全に否定するだけの論拠が見つからない。試行錯誤の状態が続いている といえる。そのためこの分野では全く新しい考え方による変減速機の出現の可能性がある。 そしてそこでは変・減速機と原動機が別々のものではなく完全に融合化したしたものとし て構成されるかもしれない。 5 堀光平、村田義春、微小歯車のワイヤ放電加工に関する研究、日本機械学会論文集C、60(1994-11)579、 3957-3962 5.環境負荷の軽減対応 変・減速機に限らず今後の工業製品の設計で大きな課題になるのは、環境対応技術であ ろう。従来は自動車産業で言えば排ガス対策や、省燃費技術が環境対策としては主流であ ったし、環境に対する関わりは古い歴史も持っている。しかし世の中の動きはそれ以外の 分野に対してもその要求は日ごとに強くなってきている。例えば産廃問題からバンパーな どのリサイクルに対する取り組みはよくしられているが、環境対応の圧力は他の部品にも 及びその解決策は焦眉の問題となってきている。この面ではプラスティック製品の処理問 題は最も先鋭的な課題であった。 ここでの課題である変・減速機は鋼材を主体としているため、リサイクルしやすい部品 のように見えるが、しかしISO14001がすでに発効している現況では状況はそれほどのんび り構えていられるとは思えない。 ライフサイクルアセスメント(LCA)という概念は製品の生涯が環境に対してどの程度 の負荷を与えるかをあらかじめ評価し、より負荷の少ない製品を作ろうとする活動である。 それは製品に使われる材料の精製から廃棄された後のリサイクルによる再生まで、すべて の段階の環境負荷を評価するものである。このことは生産現場では設計段階における材料 選定の段階から加工、表面処理などをこのような尺度で評価することは勿論、使用後のリ サイクルの可能性まで見通さなければならないことを意味する。 その結果、合金鋼が当りまえの様にして使われている変・減速機の材料はかなりの部分 での見直しがいずれ要求されるであろうし、潤滑や表面処理の方法についてもその必要性 も含めて再検討が必要となるであろう。このことは長寿命という特性一つを取ってみても、 製品の寿命の長さが本当に必要な大きさなのかどうか、過剰性能でないかどうかという見 直しが要求されるであろう。逆に長寿命要素が一つの製品のなかにあった場合、すでにレ ンズ付きカメラで実現されているように、再使用プロセス設計技術なども今後の課題に違 いない。 このような設計技術は膨大なデータベースを駆使しなければ実現できない。いまでこそ そのデータベースは十分であるとはいえないが、コンピュータ技術の進展の速度や、欧米 の環境問題の取り組み姿勢などを考えると、それほど遠い将来でない時期に周辺の環境は 整うものと考えられる。この時、変・減速機の設計手法は現在のものとは一味変わったも のとなっていることであろう。 図 4 プリウスの変速機構