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力強さが目立つ英国の景気回復は持続可能か?
情勢判断 海外経済金融 力 強 さが目 立 つ英 国 の景 気 回 復 は持 続 可 能 か? ∼生 産 ・消 費 の両 面 に制 約 ∼ 山口 勝義 要旨 ユーロ圏の景気回復の緩慢さに対し、最近では英国の回復の力強さが目立ってきている。 しかしながら、生産面の改善は容易に進むとは考え難いことに加え、資産効果の縮小に伴い 消費が頭打ちとなることで、今後、英国の景気回復には陰りが生じる可能性が高まっている。 はじめに 図表1 GDP成長率(名目) (各四半期の前期比年率換算値) ユーロ圏では国債利回りが着実に低下 10 するなど、財政危機は既に過去のものと 5 英国 ドイツ 0 ( %) なったかの感がある。しかしその一方で、 景気回復は依然として緩慢なものにとど スペイン -5 フランス -10 イタリア -15 まっている。 2014年 2013年 2012年 2011年 2010年 2008年 や家計でも債務の削減が引続き課題であ 2009年 -20 今後も財政改革が継続すること、企業 図表2 消費者物価(HICP)上昇率(前年同月比) ること、域内の金融機能には脆弱性が残 6 されていることなどに加え、最近のディ 5 4 かと考えられる。 一方、これに対しユーロ圏の外側に位 2014年 スペイン -2 2013年 イタリア -1 2012年 フランス 0 2011年 本格的な実体経済の回復は困難ではない ドイツ 1 2010年 すれば、ユーロ圏では今後も当面の間は 英国 2 2009年 る対ロシア制裁の影響の拡大などを考慮 3 2008年 ( %) スインフレの進行やウクライナ情勢を巡 図表3 ドイツ国債との利回りスプレッド(10年債) 置する英国の景気回復の力強さが目立っ 1.6 1.4 てきている。特に 2013 年に急速に回復し 英国債 1.2 ( %) た GDP 成長率は、14 年に入ってからも各 四半期の前期比成長率が年率換算で 3% 1.0 米国債 0.8 0.6 フランス国債 0.4 2014年7月 2014年4月 2014年1月 2013年10月 したなか、英国銀行(BOE、中央銀行)に 2013年7月 り健全な水準にある(図表 1、2)。こう 2013年4月 0.0 2013年1月 0.2 強を維持しているほか、物価上昇率もよ (資料) 図表 1 および図表 2 は Eurostat の、図表 3 は Bloomberg の各データから農中総研作成。 よる利上げも視野に入ってきたことで、 英国債のドイツ国債に対する利回りスプ レッドは拡大傾向が続いている(図表 3) 。 点、また英国経済が抱える課題や今後の 本稿では、このような英国の順調な景 経済成長の持続可能性等について考察を 行うものである。 気回復の主たる要因やユーロ圏との相違 金融市場2014年9月号 8 ここに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます 農林中金総合研究所 個人消費主導での景気回復 図表4 小売売上高(除く自動車)(2010年=100) 140 08 年 9 月のリーマンショック以降、 BOE 130 は政策金利を当時の 5.0%から現在の 120 0.5%にまで相次いで引き下げてきたが、 110 この他にも英国では多様な政策が打ち出 ドイツ 100 イタリア 90 スペイン 2014年 2013年 図表5 鉱工業生産(製造業)(2010年=100) 利の低下や資産価格の上昇を促してき 140 。さらに、BOEは 12 年 7 月には財 130 120 務省と共同で銀行に対し貸出原資を供給 ドイツ 110 するスキーム(FLS)を、また 13 年 4 月 英国 100 フランス 90 には低利の政府融資や政府保証を含む住 スペイン 80 監督態勢の整備や、規制の具体化等を通 2014年 2013年 2012年 2011年 2010年 加えて英国では 13 年 4 月の抜本的な金融 イタリア 2009年 70 2008年 宅購入支援スキーム(HTB)を導入した。 図表6 失業率 じ、銀行業務の健全化に向けた取組みを 進めてきている 2012年 2011年 2010年 2009年 1 月には量的緩和政策を導入し、長期金 2008年 70 BOEは 08 年 11 月の米国に続いて 09 年 (注 1) フランス 80 されてきている。 た 英国 30 (注 2) 。一方この間、落ち 25 スペイン 20 ( %) 着いた国債利回りを背景に、法人税率の イタリア これに対しユーロ圏では、欧州中央銀 行(ECB)が 14 年 6 月には民間銀行が中 2014年 0 2013年 た。 2012年 ドイツ 2011年 5 2010年 英国 いた柔軟性のある財政改革を実施してき 2009年 フランス 10 引き下げ等を含め、中期的な計画に基づ 2008年 15 (資料) 図表 4∼6 は、Eurostat のデータから農中総研作成。 取り組むべき課題とされている。 央銀行に預け入れる余剰資金の金利をマ イナスとし、また銀行に対し低利資金を 英国では以上のようにユーロ圏に比べ 供給する仕組み(TLTRO)を導入するなど より迅速で広範な政策のもと、13 年から の政策を採用したが、例えば TLTRO は住 は小売売上高の伸長が明確になっている 宅購入資金を対象としないことや量的緩 (図表 4) 。特に FLS や HTB が持ち家志向 和政策は今後の検討事項としていること の強い英国で有効に機能した結果、住宅 などを含め、BOE に比べれば政策の範囲 価格の上昇(後述)をもたらし、この資 は限定的なものにとどまっている。また、 産効果が家計のコンフィデンスの回復を 懸案である銀行同盟についても、14 年 11 通じて個人消費を刺激したことが考えら 月の ECB による銀行監督の一元化、15 年 れる。その後 14 年には生産面についても 1 月の銀行の統一した破綻処理の枠組み 上昇が現れており、こうしたなか失業率 の導入等をもって、これからようやく始 は着実に低下に向かっている(図表 5、6) 。 動する段階にある。一方、国家財政の健 このように、今回の英国の景気回復は、 全化については、引続き各国で優先的に 消費主導で 13 年以降に急速に進んでき 金融市場2014年9月号 9 ここに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます 農林中金総合研究所 た点が主要な特徴となっている。 図表7 固定資本投資額(製造業)(国民一人当たり) (年間データ) 英国 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年 2008年 2007年 りも重要である。 2006年 スペイン 2000年 バランスのとれた成長となることが何よ イタリア 2005年 る生産の改善が継続し、経済全体として ドイツ 2004年 るためには、消費に遅れて伸長が見られ フランス 2003年 ( ユーロ) 導で進んできたが、今後も回復が持続す 7,500 7,000 6,500 6,000 5,500 5,000 4,500 4,000 3,500 3,000 2002年 以上のとおり英国の景気回復は消費主 2001年 生産面に残されている課題 図表8 労働生産性(2005年=100) ここで英国における生産面の特徴を概 120 観すれば、まず企業による固定資本投資 115 スペイン 額に回復が見られず、欧州の主要国の中 110 ドイツ でドイツやフランス等に比較して低位な 105 フランス 英国 100 水準にとどまっている点が認められる イタリア 思惑で強含むポンドも加わり、対外的な 2013年 2012年 2011年 同様に低く(図表 8)、政策金利引上げの 2010年 90 2009年 (図表7) 。こうしたなか、労働生産性は 2008年 95 図表9 経常収支(対GDP比率) 資の縮小や、80 年代以降の情報技術革命 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年 2008年 2007年 2006年 政改革のなかでの政府によるインフラ投 2005年 している点が考えられるが、あわせて財 英国 2004年 明感がリスクテーク意欲の減退をもたら フランス 2003年 近隣のユーロ圏経済の将来見通しの不透 イタリア スペイン 2002年 ( %) この企業投資の低迷の要因としては、 ドイツ 2001年 拡大する傾向にある(図表 9)。 10 8 6 4 2 0 -2 -4 -6 -8 -10 -12 2000年 競争力が劣後することで経常収支赤字が (資料) 図表 7∼9 は Eurostat のデータから農中総研作成。 が一服した後には技術革新の余地が限ら 図表10 固定資本形成(民間企業) (四半期データ) れてきている点等が影響を与えている可 40 ( 10億ポンド) 能性もある。これらは今後も継続するこ とが考えられるばかりか、最近では新た に地政学的リスクの高まりが生じている 35 英国 30 ほか、独立を問う 14 年 9 月のスコットラ 2014年 2013年 2012年 2011年 2010年 2008年 英国の欧州連合(EU)離脱にも密接に関 2009年 25 ンドでの住民投票に続き、15 年 5 月には (資料) ONS(英国国家統計局)のデータから農中総研作成。 連する総選挙も控えており、企業の投資 手控え感を一層助長する可能性がある。 企業投資の回復とそれを通じた生産性 このため、別のデータによれば足元では の改善は安定的な経済成長の重要な前提 企業投資が回復する兆候も現れてはいる となるが、このように、この点で英国に ものの(図表 10)、その継続にとって諸 は大きな課題が残されていることが指摘 環境は大変厳しいものとなっている。 できる。実際に英国の鉱工業生産は既に 金融市場2014年9月号 10 ここに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます 農林中金総合研究所 頭打ちの気配もあり、注視が必要である。 図表11 賃金水準(2008年=100) 120 おわりに 英国では生産面の課題に加え、これま 115 イタリア 110 ドイツ で景気回復をリードしてきた消費の動向 105 自体も重要なポイントとなっている。 100 フランス スペイン 英国 2014年 2013年 2012年 図表12 住宅価格(1995年=100) では力不足とみられる(図表 11)。また、 400 これまで資産効果を通じて消費を刺激し 350 てきたと考えられる住宅価格については、 250 FLS や HTB による住宅需要の刺激に世界 英国 300 フランス 200 スペイン 150 イタリア 100 的な緩和マネーの流入も加わることで、 ドイツ 年 11 月に FLS の内容を見直し住宅資金を 2014年3月 2013年3月 2012年3月 2011年3月 2010年3月 2009年3月 2008年3月 2007年3月 2006年3月 2005年3月 2004年3月 2003年3月 2002年3月 (図表 12、13) 。これに対し、BOE は 13 2001年3月 0 2000年3月 50 ロンドンを中心に過熱感が生じている 図表13 住宅価格(2002年=100) 対象外としたほか、14 年 6 月にはマクロ 240 ロンドン のみ 220 プルーデンシャル政策として 10 月以降の 200 新規住宅ローンについて借り手の所得対 英国 全体 180 160 比で融資額に上限を設けることとした。 140 一方、BOE のカーニー総裁は 14 年 6 月 2014年 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年 2008年 2007年 2006年 りも早い政策金利引上げの可能性に言及 2005年 100 2004年 120 に最近の経済情勢を踏まえ市場の予想よ (資料) 図表 11 は Eurostat の、図表 12 は BIS の、図表 13 は ONS の、各データから農中総研作成。 したものの、その後 8 月には賃金の伸び の弱さ等を理由にそれを急がない方針を Statement by the Executive Director for the United Kingdom” ③ IMF (July 2014) “United Kingdom, Selected Issues” ④ BOE (August 2014) “Inflation Report” 示した。しかしながら、BOE は家計の負 債残高が高止まるもとでの住宅バブル破 裂によるリスクを懸念しており、利上げ は早晩実施される見込みとなっている。 (注 1) こうしたなか、生産面の改善は容易に 進むとは考え難いことに加え、資産効果 の縮小に伴い消費が頭打ちとなることで、 今後、英国の景気回復には陰りが生じる 可能性が高まっているものと考えられる。 (2014 年 8 月 22 日現在) <参考文献> ① BOE (16 June 2014) “Quarterly Bulletin、2014Q2、 Volume 54 No.2” ② IMF (July 2014) “United Kingdom, 2014 Article IV Consultation – Staff Report; Press Release; and 金融市場2014年9月号 2011年 に比べその水準は低く、消費押上げの点 2010年 90 昇が認められるものの他の欧州の主要国 2009年 まず賃金の推移を見れば、最近では上 2008年 95 資産購入の上限は 12 年 7 月以降 3,750 億ポン ド(GDP の約 4 分の 1 の規模に相当)に維持されてい る。14 年 7 月 31 日時点での残高は 3,749 億ポンド。 (注 2) 主要な内容としては、次のとおりである。 ・ 英国では従来の BOE と金融サービス機構 (Financial Services Authority、FSA)による態勢では 金融危機を防止できなかったとの反省に基づき、13 年 4 月をもって FSA を、ミクロプルーデンス担当の健 全性規制機構(Prudential Regulatory Authority、PRA。 BOE の子会社)と消費者保護・市場規制等担当の金 融行為監督機構(Financial Conduct Authority、FCA。 BOE から独立)に分割した。また、BOE には、マクロ プルーデンスを担当する金融安定政策委員会 (Financial Policy Committee、FPC)を設置した。 ・ 一方、当局は銀行に対し資本増強等のほか、リテ ール銀行業務を法的に独立したエンティティに分離 するリングフェンス規制の具体化などを進めている。 11 ここに掲載されているあらゆる内容の無断転載・複製を禁じます 農林中金総合研究所