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028003570005 - Doors
(1498)
◆同志社法学会講演会◆
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・
国際通商法
――プレーン・パッケージ規制を素材として――
鈴 木 將 文 第1章 問題の所在
タバコに関連する事業活動については、公衆衛生政策の観点から、世界各
国において様々な規制が行われている。例えば、製造・販売に対する直接的
規制、表示や広告に関する規制などである。
こうしたタバコの規制に関しては、200年に世界保健機関(WHO)にお
(1)
いて「タバコの規制に関する世界保健機関枠組条約」
(WHO FCTC)が採
択されており、国際法上も一定の法的根拠が与えられている。他方、それら
の規制は、貿易を含む経済活動に対する規制として、経済分野における国際
法との整合性が問題になることがある。現に、例えば WTO 協定との関係で
は、その前身の GATT 時代を含め、タバコ関連規制の協定整合性が争われ
(2)
た複数の紛争事例が存在する。理論的観点から、タバコ規制は、いわゆる非
(1)The WHO Framework Convention on Tobacco Control. 世 界 保 健 機 関(WHO) に お い て
200年5月に採択され、200年に発効した条約である。
(2)GATT 又は WTO において、タバコ関係の措置の協定整合性が問題となった紛争事例とし
ては、次のようなものがある(各事件名に GATT 文書又は WTO 文書番号を付す。)。①タイ
‐巻タバコ事件(GATTパネル:GATT Panel Report, Thailand - Cigarettes, DS10/R - 7S/200
(1990)
)(輸入禁止措置、税制につき、GATT11条違反、同3条2項違反を認定。)、② US‐
タバコ事件(GATT パネル: GATT Panel Report, US - Tabacco, DS44/R(1994))(国内販売
規制が国産品に有利として、GATT3条2項、同3条5項違反を認定。)、③ドミニカ共和国
‐巻タバコ事件(WTOパネル: Panel Report, Dominican Republic - Cigarettes, WT/DS02/
同志社法学 64巻4号
(1497)
貿易的な目的の措置に対して貿易分野の条約としての WTO 協定がいかに規
律するか、さらにより広く、非経済的な目的の政府措置に対して経済分野の
国際法がいかに規律するかという問題を考察するうえで、格好の素材を提供
してくれるといえる。
さて、タバコ規制の新たな動きとして、2011年11月21日、豪州連邦議会
()
は、タバコの表示に関する規制法(プレーン・パッケージ法)を成立させた。
プレーン・パッケージ法は、現時点において、タバコ自体の表示に関して世
(4)
界で最も厳しい規制であると考えられ、その国際法上の問題点については、
すでに豪州本国を中心として国際的にも議論が行われている。特に、知的財
R(2004)
・ 上 級 委:Appellate Body Report, Dominican Republic - Cigarettes, WT/DS02/
AB/R(200)
)(輸入品に係る課徴金、特別消費税等の GATT2条、同3条2項、同3条4項、
同10条 違 反 を 認 定。)、 ④ タ イ‐ 巻 タ バ コ 事 件(WTO パ ネ ル: Panel Report, Thailand Cigarettes, WT/DS71/R(2010)・上級委: Appellate Body Report, Thailand - Cigarettes,
WT/DS71/AB/R(2011))
(輸入品への付加価値税が差別的などとして、GATT3条2項、同
3条4項、同10条3項違反を認定。
)
、⑤米国-丁子巻タバコ事件(WTO パネル: Panel
Report, US - Clove Cigarettes, WT/DS406/R(2011)
)(煙草又はメントール以外の特徴的なフ
レイバーを有するタバコの販売等を禁止する規制につき、TBT 協定2条1項、同2条9項
2号(WTO への通告義務)
、同2条12項(6か月以上の猶予期間)違反を認定。)。
()正確には、二つの法であり、法案段階の名称は、“Tobacco Plain Packaging Bill 2011”及
び“Trademarks Amendment Amendment(Tobacco Plain Packaging)Bill 2011”である。以下、
成立後の法をそれぞれ「2011年プレーン・パッケージ法」及び「2011年商標法改正法」とし、
また両法をまとめて「プレーン・パッケージ法」と呼ぶこととする。2011年プレーン・パッ
ケージ法につき、<http://parlinfo.aph.gov.au/parlInfo/search/display/display.wp;query=Id%
A%22legislation%2Fbillhome%2Fr461%22>(last visited December 11, 2011)から、2011年
商標法改正法につき、<http://parlinfo.aph.gov.au/parlInfo/search/display/display.wp;query=I
d%A%22legislation%2Fbillhome%2Fr4614%22>(last visited December 11, 2011)から、そ
れぞれ条文をはじめとする資料を入手可能である。両法の成立につき、例えば Roxon 健康・
高齢化問題大臣(Minister for Health and Ageing)のウェブサイト上の紹介を参照。(http://
www.health.gov.au/internet/ministers/publishing.nsf/Content/mr-yr11-nr-nr24.htm)。
(4)例えば、欧州では、2001年のタバコ製品に関する指令(2001/7/EC)及び200年のタバコ
広告に関する指令(200//EC)の下で、各国がタバコの包装上の警告表示の義務付けやタ
バコ製品の広告の原則禁止などの規制を行っている。また、米国も、2012年からタバコの包
装における警告表示の規制を強化する予定である。
(http://www.fda.gov/TobaccoProducts/
Labeling/ucm29214.htm#Placement_of_New_Warnings_on_Cigarette_Packages_and_Advertis
ements, last visited Dec. 10, 2011)
。これらに対し、豪州のプレーン・パッケージ法は、タバ
コ製品に商標を使用する行為自体を大幅に制限する点で最も厳格といえる。
(1496)
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・国際通商法
産制度(なかんずく商標制度)との関係で、同制度の根本に関わる問題を提
起しているといってよいであろう。
そこで、本稿では、プレーン・パッケージ法に焦点を当てて、国際知的財
産法を中心とする(広義の)国際経済法との整合性について検討することと
する。具体的には、特に、豪州が締結している知的財産関係及び通商関係の
多国間条約に基づく同国の義務と、プレーン・パッケージ法との関係につい
て、論じることとしたい。ただし、条約との整合性に関する結論的な意見を
述べるためには、タバコの規制に関する国際動向、プレーン・パッケージ法
及びその運用の具体的内容、豪州のタバコ及びその他物品の貿易動向などに
立ち入って検討する必要があるが、
本稿の分析は基本的にそこまでは及ばず、
考え方の枠組みの一案を示すにとどまることをお断りしたい。
第2章 プレーン・パッケージ法の内容
(1)
法目的
プレーン・パッケージ法は、公衆衛生の向上と WHO FCTC に基づく義
務の履行を目的とするとしている。公衆衛生の向上は、具体的には、①喫煙
の防止、②禁煙の促進、③再喫煙の防止、及び④間接喫煙の防止を通じて実
()
現を図ることとされている。また、
「WHO FCTC に基づく義務の履行」と
されている点について、具体的に確認をしておく。仮に、プレーン・パッケ
ージ法に基づくタバコの表示規制(以下「プレーン・パッケージ規制」とい
う。
)が、条約である WHO FCTC の下で豪州が負う義務の履行であるなら
ば、そのことは他の条約に対する同規制の整合性の評価にも影響するためで
ある。
さて、WHO FCTC は、締約国に対し、タバコに関する表示や広告につ
いて種々の義務を課している。その義務を概括的に述べれば、①タバコ製品
()2011年プレーン・パッケージ法3条。
同志社法学 64巻4号
(1495)
の包装及びラベルについて、製品の特性、健康への影響、危険若しくは排出
物について誤った印象を生ずるおそれのある手段等(例えば、
「ライト」
、
「マ
イルド」等の形容的表示)を用いることによってタバコ製品の販売を促進し
ないことを確保するため、効果的な措置を採択し及び実施すること、②タバ
コ製品の個装その他の包装並びにあらゆる外側の包装及びラベルに、その主
たる表示面の0パーセント以上を占める健康に関する警告を付するととも
に、タバコ製品に関連する含有物及び排出物についての情報を含めること、
並びに③あらゆるタバコの広告、販売促進及び後援の包括的な禁止を行い、
又は、自国の憲法若しくは憲法上の原則のために包括的な禁止を行う状況に
(6)
ない場合には、これらを制限することである。
特に、タバコの表示に直接関連する規定である同条約11条1項は次のよう
(7)
に定めている。
「締約国は、この条約が自国について効力を生じた後3年以内に、その国
内法に従い、次のことを確保するため、効果的な措置を採択し及び実施する。
(a)タバコ製品の包装及びラベルについて、虚偽の、誤認させる若しくは詐
欺的な手段又はタバコ製品の特性、健康への影響、危険若しくは排出物につ
いて誤った印象を生ずるおそれのある手段(中略)を用いることによってタ
バコ製品の販売を促進しないこと。
(中略)
(b)タバコ製品の個装その他の
包装並びにあらゆる外側の包装及びラベルには、タバコの使用による有害な
影響を記述する健康に関する警告を付するものとし、また、他の適当な情報
を含めることができること。
(以下略)
」
。
以上によれば、WHO FCTC は、タバコの表示について、詐欺的又は誤
認惹起的な包装やラベルの使用の禁止と健康被害の警告の表示を義務付けて
いるにとどまり、それを超えて、商標等の使用について具体的な制限を義務
付けているわけではない(もちろん、商標等の使用が詐欺的又は誤認惹起的
(6)この要約は、我が国の内閣が WHO FCTC について国会の批准を求めた際の説明用資料
に基づく。
(7)訳は、日本国外務省による公定訳による。ただし表記を改めたところがある。
(1494)
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・国際通商法
な包装やラベルの使用に該当する場合があり得るが、常にそうであるとはい
えないであろう。
)
。ただし、同条約に関し、第3回締約国会議(2008年11月)
において採択された「WHO FCTC11条の実施のためのガイドライン」は、
締約国がプレーン・パッケージの義務付けを検討すべき旨を述べている(同
ガイドライン46項)
。しかし、同ガイドラインはその名の示すとおり法的拘
束力を持たない文書である。したがって、プレーン・パッケージ法は、
WHO FCTC との関係において、後者に基づく法的義務の履行のために制
定されたいうことではなく、後者の下で締約国に推奨されている措置を講じ
るための法制度であるにとどまると解される。
(2)
規制内容
具体的な規制内容としては、タバコ製品(tabacco products)の小売用包
装及び外観(appearance)について要件を定め、これに従わないタバコ製
品の供給、購入、又は製造に対して、罰則と民事罰を適用する旨が定められ
ている。
(8)
上記の要件は、以下のとおりである。
①小売用包装の物的特徴(physical features)の規制(規則(regulations)
が定める以外の装飾の禁止など)
②小売用包装の色(原則くすんだ暗褐色)と仕上げ(原則つや消し仕上げ)
の規制
③小売用包装における商標・標章の使用規制(指定された方法以外での使用
禁止)
④ブランド名、営業名若しくは会社名又は変則名称(variant name)の使用
態様の規制
⑤包み(wrapper)の規制(原則透明、商標の使用禁止等)
(8)2011年プレーン・パッケージ法18条から26条まで参照。
同志社法学 64巻4号
(1493)
(3)
商標法との関係
タバコ製品に係る商標登録を出願した者は、本法に関わらず使用の意図が
(9)
認められる。また、2011年商標法改正法は、2011年プレーン・パッケージ
法及び関連規則の規定が、商標法に優先する旨を定める。
第3章 検討
(1)
はじめに
プレーン・パッケージ法の国際知的財産法・国際通商法との整合性が問題
になるのは、特に、同法によってタバコの製造業者が商標等を使用すること
について制約を受ける点である。なお、タバコ製造業者による商標等の使用
は、①自らが権利を有するものを使用する場合(自己使用)と、②他人が権
利を有するものにつき許諾を得て使用する場合(ライセンス使用)があり得
るが、現実には、①の形態がほとんどのようであるので、以下では①を前提
として検討する。
(2)
関連する条約と解釈の基準
プレーン・パッケージ法との整合性が問題となる多国間条約としては、ま
ず、知的財産権との関係で、工業所有権の保護に関するパリ条約(以下、
「パ
(10)
(11)
リ条約」という。
)
、WTO 協定のうちの TRIPS 協定が挙げられる。また、モ
(12)
ノの貿易(trade in goods)との関係で、WTO 協定のうちの TBT 協定及び
(9)2011年プレーン・パッケージ法28条(1)
。
(10)Paris Convention for the Protection of Industrial Property of March 20, 188, as revised at
Brussels on December 14, 1900, at Washington on June 2, 1911, at The Hague on November 6,
192, at London on June 2, 194, at Lisbon on October 1, 198, and at Stockholm on July 14,
1967, and as amended on September 28, 1979.
(11)The Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights. 同協定は、WTO
設立協定の附属書1C に当たる。
(12)The Agreement on Technical Barriers to Trade. WTO 設立協定の附属書1Aに含まれる。
(1492)
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・国際通商法
(1)
GATT との整合性が問題となる。
(14)
上記の多国間条約の解釈手法は、ウィーン条約法条約の1条以下の規定に
よるべきである。すなわち、条約につき「文脈によりかつその趣旨及び目的
に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈」されるべきで
あることを基本原則とし(同条約1条1項)
、また、解釈の補足手段として、
条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠することも可能である(同
(1)
条約2条)
。
(3)
分析
① 商標の登録に関する規律(パリ条約・TRIPS 協定)との関係
(a)
関連する条約の規定
パリ条約6条のA は、
「本国において正規に登録された商標は、この条で
特に規定する場合を除くほか、他の同盟国においても、そのまま(telle
quelle)その登録を認められかつ保護される。
」とする(いわゆる telle
quelle 条項)
。さらに同条 B は、
「この条に規定する商標は、次の場合を除
くほか、その登録を拒絶され又は無効とされることがない。
」とし、例外と
して、第三者の既得権の侵害、識別性を欠く等の問題を含む商標、及び公序
良俗違反の3つの場合を挙げている。
また、パリ条約7条は、
「いかなる場合にも、商品の性質(the nature of
the goods)は、その商品について使用される商標が登録されることについ
て妨げとはならない(shall in no case form an obstacle to the registration of
(1)The General Agreement on Tariffs and Trade 1994. その実体規定は、1947年の GATT を引
いている。以下、1994年の GATT を単に「GATT」という。
(14)Vienna Convention on the Law of Treaties.
(1)条約の解釈について、さしあたり、小寺彰=岩沢雄司=森田章夫編『講義国際法〔第2版〕』
9頁以下〔山本良執筆〕
(有斐閣・2010年)参照。また、WTO における協定の解釈につき、
MITSUO MATSUSHITA, THOMAS J. SHOENBAUM & PETROS C. MAVROIDIS, THE WORLD TRADE ORGANIZATION:
LAW, PRACTICE, AND POLICY 26-7(2d ed. 2006); SIMON LESTER & BRYAN MERCURIO, WORLD TRADE LAW:
TEXT, MATERIALS AND COMMENTARY 202-04(2008)参照。
10
同志社法学 64巻4号
(1491)
(16)
the mark)
。
」としている。
そして、TRIPS 協定2条1項は、上記の各規定を TRIPS 協定上の遵守義
務の対象として取り込んでいる。
また、TRIPS 協定1条4項は、パリ条約7条をサービスに拡大し、
「商標
が出願される商品又はサービスの性質は、いかなる場合にも、その商標の登
録の妨げになってはならない。
」としている。
(b)
検討
上記各規定のうち、まず、パリ条約6条のA(TRIPS 協定2条1項が同
協定に取り込んでいる。
)は、
「本国において正規に登録された商標」を、他
の同盟国が「そのまま」
「保護」しなくてはならない旨を定めている。例えば、
(17)
タバコ会社の X が、P 国において、商標 A につき指定商品をタバコとして
商標登録を受けている場合、Q 国においても、パリ条約上認められた場合以
外には、商標 A のまま登録がなされ、かつ、
「保護」される必要がある。そ
こで、上記 Q 国を豪州とすると、プレーン・パッケージ法の下で、X は、
商標 A を「そのまま」の形で使用することができない可能性が高いことから、
Q 国すなわち豪州は、商標を「そのまま」保護していないのではないかが問
題となる。この問題は、結局、商標(又は商標権)の「保護」とは何を意味
するかに帰する。そして、後に検討する、条約上の保護義務の対象となる商
標権とは積極的権利を含むのか、消極的権利にとどまるのかという問が、こ
こでも決め手になると思われる。この点(商標権の内容)について、パリ条
約には明確な規定はない。そこで、この商標「そのまま」の「保護」の解釈
の問題は、後に TRIPS 協定上の商標権の保護について検討する中で、触れ
(16)パリ条約の正本はフランス語であるが、本稿では便宜上、原則として、「公定訳文」(同
条約29条1c 参照)である英語で引用する。
(17)以下の例示では、特記しない限り、いずれも検討の対象となる条約上の義務を負う国を
想定する。なお、本稿で問題とするパリ条約上の規定については、TRIPS 協定2条1項が取
り込んでいる(incorporate)ため、パリ条約の同盟国に当たるか否かに関わらず、WTO 加
盟国は履行義務を負っている。
(1490)
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・国際通商法
11
ることとする。
上記各規定の残りの部分は、いずれも文言上は、商標の登録に関する規律
(18)
を定めている。そして、プレーン・パッケージ法は、商標の使用を規制する
(19)
ものであって、商標の登録そのものを規制するものではない。もっとも、プ
レーン・パッケージ法によって、登録商標の使用が不可能となり、その結果、
(20)
商標登録が取り消されることが不可避となるような場合には、同規制は登録
に直接関係するといえる。しかし、この点について、同法は、同法の運用又
は同法に起因する商標の不使用が商標登録の拒絶事由ないし取消事由となら
(21)
ない旨を明文で定めており、問題とならないように思われる。したがって、
プレーン・パッケージ法は、その使用を規制するにとどまることから、仮に、
上記条約上の規律が商標の登録のみを対象とし、使用の規制には及ばないと
すれば、同法とこれら規律の関係はそもそも問題にならないとの考え方があ
り得る。
他方、商標の登録を認めても、登録商標の使用を制限することは、実質上
登録をした意義を失わせる効果を持つことが考えられ、特にプレーン・パッ
ケージ法は登録商標を本来の形で使用することを禁止する効果を持つため、
上記の商標登録に関する規律が及ぶと考えることも可能である。
(22)
この点について、既存の文献の見解は分かれている。確かに後者の説のい
(18)ただし、パリ条約6条の5A における「登録を認められ」の部分は、正文では“sera
admise au dépôt”
(英語訳では“be accepted for filing”)であり、厳密には、登録出願を認
められるという意味である。もっともこの文言に続いて「保護される」
(“et protégée”
;
“and
protected”
)とあることから、出願を認めるにとどまらず登録を認めることまで含意されて
いることは、異論の余地がないであろう。
(19)2011年プレーン・パッケージ法28条は、同法の規制が商標登録の面には及ばない旨を確
認している。
(20)豪州商標法92条が、登録商標が3年以上使用されていない場合等に第三者がその登録の
取消し(removal)を求めることができる旨を定めている。
(21)2011年プレーン・パッケージ法28条(3)参照。なお、TRIPS 協定19条1項も「・・政
府の課する要件等商標の使用に対する障害となるものは、使用しなかったことの正当な理由
として認められる。
」と定めている。
(22)プレーン・パッケージ法を支持する者で条約整合性に言及する者は、概ね前者の説をとる。
See, e.g., Alberto Alemanno & Enrico Bonadio, Do You Mind My Smoking? Plain Packaging
12
同志社法学 64巻4号
(1489)
うように、商標が登録を受けても使用できないのであれば、
「紙上の権利」
(a
(2)
“paper right”
)に過ぎず、そのような権利ないし利益の保護を条約がわざわ
ざ明記する意義は小さいようにも思われ、上記の各規定は、商標の登録を認
めることにとどまらず、その使用を原則として認めることをも義務付けたも
のを解することにも一理はあろう。
しかし、私見としては、次のような理由から、上記の各規定は、文言どお
り登録に関する規律を定めるにとどまり、商標の使用のみを規制する措置に
は及ばないと解する。
第一に、規定の文言は、明確に、対象を登録の局面に限っている。
第二に、商標制度において、登録を認めるか否かと、登録商標の使用や商
標権の行使の範囲は、明らかに別個の問題であると考えられる。
第三に、特にパリ条約7条は、ある商品が同盟国において販売可能か否か
によって、その商品に係る商標の登録の可否を決めてはならないという趣旨
(24)
を持つとされる。この説明が正しいとすれば、パリ条約7条は、商品の性質
が、使用の規制の理由(
「妨げ」
)でなく、あくまで登録の妨げになる場合を
(2)
想定した規定とみるべきことになる。このことは、パリ条約が商標の登録と
of Cigarettes Under the TRIPS Agreement, 10 J. MARSHALL REV. INTELL. PROP. L. 40, 467-470.
(2011)
. 後者の説をとるものとして、Ulf Bernitz, Logo Licensing of Tabacco Products - Can
It Be Prohibited?, 12 E.I.P.R. 17(1990)
; Annette Kur, Restrictions Under Trademark Law
as Flanking Maneuvers to Support Advertising Bans Convention Law Aspects, 2 IIC 1
(1992)
; Martti Castren, Tobacco Advertising and Trade Mark Law in Finland, 17 E.I.P.R.87
(199)
; Annette Kur, The Right to Use One’
s Own Trade Mark: a Self-evident Issue or a
New Concept in German, European and International Trade Mark Law?, 18 E.I.P.R. 198
(1996)
; Jukka Palm, The New Finnish Tobacco Act from a Trade Mark Point of View, 28 IIC
706(1997)などを参照。
(2)Kur, Restrictions, supra note 22, at 4.
(24)G. H. C. BODENHAUSEN, GUIDE TO THE APPLICATION OF THE PARIS CONVENTION FOR THE PROTECTION OF
INDUSTRIAL PROPERTY AS REVISED AT STOCKHOLM IN 1967, 128(1969). 具体例として、販売許可(承認)
が得られていない医薬品について、販売できないことを理由に、当該医薬品に使用する商標
の登録を認めないことは許されないという。
(2)BODENHAUSEN, supra note 24, at 128 は、さらに、パリ条約7条について、登録の延長や商
標を「使用する排他的権利」についても規定するとの改正案が検討されたが、採用されな
かったことも紹介している。Benn M. Grady, TRIPS and Trademarks: the Case of Tobacco, (1488)
13
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・国際通商法
使用とを分けて扱っていることの証左であり、他の規定についても、登録に
関する定めを直ちに使用(に関する措置)にまで適用することはできないこ
とを意味すると思われる。
第四に、多くの国が、商標の不使用を理由とする登録取消しの制度を有し
ていることを、登録と使用とが表裏一体と捉える理由に挙げることも考えら
れる。しかし、不使用による取消制度について、TRIPS 協定19条1項は、
「取
り消すことができる」としているにとどまり、義務としていない。同項はむ
しろ、TRIPS 協定が登録と使用とを別問題と扱っていることの現れともい
える。
それでは、仮に上記規定を準用又は類推適用することにより、登録に関す
る規律を商標の使用の規制にも及ぼすことが可能と解する場合、プレーン・
パッケージ法はどう評価されるべきであろうか。
まず、パリ条約6条の5については、プレーン・パッケージ法によるタバ
コの商標使用の規制が、登録の拒絶又は無効化と実質上同視できるとの前提
のもとで、同条 B が挙げる例外のいずれかに当たるかを検討することにな
ろう。そしてわずかなりとも適用の可能性があるのは、6条のB の3の「当
該商標が道徳又は公の秩序に反する」場合であろう(これに対し、1及び2
は、個別事案で特段の事情がある場合を別として、適用の余地はないと思わ
れる。
)
。
しかし、パリ条約6条のB の3は、あくまで商標自体の反公序良俗性を
(26)
問題にするものと解されている。この規定を根拠として、商標を付するタバ
WORLD TRADE REVIEW , 66(2004)も参照。
(26)BODENHAUSEN, supra note 24, at 116 は、宗教上のシンボルや禁止政治団体の紋章を含む商
標等を例に挙げている。主要国の公序良俗に反する旨の拒絶理由の運用をみると、まず EU
の共同体商標規則7条(1)
(f)及び(g)
(共同体商標指令では3条1(f)及び(g)が対応する。)
については、商標自体の特質が公序良俗に反する場合を意味し、出願人の行為に関連する事
情は考慮されないとすると解されている。See, e.g., KERKY’S LAW
NAMES 8-196(14 ed. 200). CONCISE EUROPEAN TRADE MARK
AND
OF
TRADE MARKS
AND
TRADE
DESIGN LAW 41(Gielen & von
Bomhard eds., 2011)は、明示的に、
「タバコ、アルコール飲料、医療サービス、法務サービ
スなどの宣伝に対する規制は、本条と関係しない」と述べている。)。また、米国の連邦商標
14
同志社法学 64巻4号
(1487)
コについて規制の必要性があることを理由に、商標の使用の一般的な規制を
(27)
正当化することは困難であろう。したがって、仮にプレーン・パッケージ法
による商標使用の規制が6条のB の規律を受けるとすれば、同規制を同条
の3の定める例外に当たると解することはできず、同規制は6条のB に違
反すると考えられる(ただし、筆者としては、上述のとおり、この立場の前
提に賛成しない。
)
。
次にパリ条約7条及び TRIPS 協定1条4項については、これらの規定が
商標の登録のみならず使用に係る措置をもカバーすると解することが可能と
の前提に立てば、プレーン・パッケージ法はまさにタバコという商品の性質
に基づいて商標の使用を規制するものであることから、同法はこれらの規定
に違反すると解することになると考えられる。ただし、この前提が成り立つ
可能性が低いことは、既に述べたとおりである。
② 商標の使用に関する規律(TRIPS 協定)との関係
(a)
関連する条約の規定
TRIPS 協定20条は、次のように定めている。
「商標の商業上の使用(
[t]
he use of a trademark in the course of trade)
法(the Lanham Act)2条(1 U.S.C. §102)は「不道徳的、欺瞞的又は中傷的な事項」
(
“immoral, deceptive, or scandalous matter”)等を含む商標を拒絶理由の一つに掲げている
ところ、これも商標自体を問題にするのであって、商標が付される商品・役務を問題にする
のではないとされている。See, e.g., 1- GILSON ON TRADEMARKS §.04[6]
(a)
[i]. これに対し、
日本の商標法については、公序良俗に係る拒絶理由(4条1項7号)を商標登録阻却事由の
一般規定的に捉えて、これを緩やかに適用する運用が見られたが、近年解釈を厳格化する必
要性を指摘する裁判例が現れている(知財高判平成20年6月26日平成16(行ケ)1091号、
知財高判平成22年5月27日平成22(行ケ)1002号)。ただし、従来の緩やかな解釈も、あく
まで出願された特定の商標との関係で出願行為の妥当性(反公序良俗性)が問題とされてい
たにとどまる。いずれにしろ、商標が付される商品・役務が一定の規制を受けることを商標
登録の可否に考慮することは、パリ条約7条及び TRIPS 協定1条4項との関係で許されな
いのであり、パリ条約6条の5の3もこれと整合的に解釈する必要がある。
(27)「一般的な規制」としたのは、例えば、実際はそうでないのにニコチンの害が小さいかの
ような誤認を与える商標の規制は、
「公衆を欺くようなものである場合」として、パリ条約
6条の5の3の例外に当たるとして正当化する余地があるためである。
(1486)
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・国際通商法
15
は、他の商標との併用、特殊な形式による使用又はある事業に係る商品若し
くはサービスを他の事業に係る商品若しくはサービスと識別する能力を損な
わせる方法による使用等特別な要件により不当に妨げられてはならない
(shall not be unjustifiably encumbered by special requirements)
。
」
この規定は、一部の途上国が、自国内で販売される商品の表示について、
自国企業に有利な効果をもたらすような規制を導入又は検討していたことに
つき、一部先進国が懸念を抱き、その懸念に答えるために導入されたという
(28)
経緯がある。そして、同規定は、商標権者が自ら商標を使用する権利を、商
標権の効力として認める趣旨ではなく、商標の使用に関する国内措置に一定
(29)
の制限を加える趣旨のものと思われる。すなわち、TRIPS 協定は、商標に
係る権利としては登録商標についての排他的権利のみを定めているところ
(16条参照)
、20条の対象は登録商標に限定されていない。また、同条は、
商標を使用する者に具体的な権利を認める書きぶりとなっておらず、商標権
と異なる何らかの権利を創設的に認める趣旨も読み取ることはできない。仮
にある国の措置が同条に違反すると認められる場合、個別の商標使用者が私
権として何らかの権利を主張できるということではなく、WTO 加盟国間の
紛争解決制度を通じて措置の協定整合化を図ることになろう。
(b)
検討
(ⅰ)
主要論点
プレーン・パッケージ法は、商標の商業上の使用につき、同法及び同法に
基づく規則が定める態様によるべきことを求め、違反行為に制裁を科すもの
である。かかる規制は、TRIPS 協定20条の定める「特殊な形式による使用」
という「特別な要件」により(商標の自由な使用を)妨げるものに当たると
(28)NUNO PIRES de CARVALHO, THE TRIPS REGIME
OF
TRADEMARKS
2011)
; DANIEL GERVAIS, THE TRIPS AGREEMENT: DRAFTING HISTORY
2008)
.
(29)同旨、de CARVALHO, supra note 28, at 417.
AND
AND
DESIGNS 418-422(2nd ed.
ANALYSIS 28-286(d ed.
16
同志社法学 64巻4号
(1485)
思われる。そこで、問題は、同規制が「不当に」
(unjustifiably)使用を妨げ
るものか否かである。
(ⅱ)
「不当に」の解釈
TRIPS 協定20条の「不当に」を解釈した紛争解決手続上の先例は見当た
(0)
らない。
「不当」
(unjustifiable)という語の通常の意味は、
「正当又は合理的
であることを示すことができない」
(not able to be shown to be right or
(1)
reasonable)とされており、上記規定の「不当に」もこの意味の語として解
釈すべきである。具体的には、上記規定の「不当」性とは、商標の使用に特
別な要件を課してこれに制約を与える措置の正当性ないし合理性が認められ
ないということであり、具体的には、当該措置の政策的目的自体が WTO 協
定上正当なものと認められない、あるいは目的は正当であっても、その実現
手段として正当性ないし合理性を認められないことを意味すると考えられ
る。
なお、WTO 協定上、例外措置を認める要件として、
「必要」性が求められ
ることがあるところ(TRIPS 協定8条1項及び2項、
GATT20条(a)
(b)
(d)
参照)
、正当性(
「不当」でないこと)の要件は、
「必要」性よりも緩やかで
あり、後者に求められる、措置の合理性(reasonableness)や比例性(比例
原則への適合性)
(proportionateness)は前者については求められないとす
(2)
る意見もある。しかし、正当性要件について、少なくとも、措置の合理性が
求められないと解する根拠はないと思われる。上記の立場では、実質上、目
的さえ正当であれば、正当な措置と認められることになると思われるが、そ
(0)TRIPS 協定20条の適用が問題となった事例として、インドネシアの自動車産業関連措置
事件があり、申立国の米国は、インドネシアの国民車プログラムによって外国の自動車製造
者が自らの商標の使用を妨げられている旨の主張をしたが、パネル報告書は、問題とされる
措置が同条の「要件」に当たらないとしてこの主張を退けており、同条の「不当に」の解釈
は議論されていない。Panel Report, Indonesia - Autos, WT/DS4/R, WT/DS/R, WT/DS9/R,
WT/DS64/R, paras. 14.27-279.
(1)OXFORD DICTIONARY OF ENGLISH(2d ed. 200)による。
(2)de CARVALHO, supra note 28, at 424-42.
(1484)
17
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・国際通商法
れは不合理であろう。やはり、目的との関係で手段の合理性も問うべきであ
ると考える。
「必要」性は、
一般に、
何らかの政策目的のために特定の手段(措
()
置)が「必要」かどうかを問うものであるのに対し、正当性は、目的自体の
正当性とともに、これを実現する手段の正当性・合理性を問題とするものと
考えられる。ただし、正当性の要件が比例性まで求めるものと解する理由は
ないと思われ、この点については上記論者の意見を支持できる。
なお、WTO 協定において「必要」性の要件が設定される代表例は、
GATT20条のように、協定のいずれかの規定に違反する措置について、それ
が特定の政策目的のために「必要」な措置である場合に、違法性の阻却を認
(4)
めるとするものである。そして、
そのような違法性阻却要件としての「必要」
性が認められるためには、同一政策目的のために貿易制限効果(あるいは協
定不整合の程度 )がより小さい別の措置が合理的に利用可能でない
()
(
“reasonably available”でない)ことが求められると解されている。
()いうまでもなく「必要」性が要件とされる具体的規定によって、その要件の内容は異な
り得るのであり、一般的な議論をしてもあまり意味はない。上記の見解についても、例えば
GATT20条における「必要」性が de CARVALHO, supra note 28, at 424-42のいうように措置の
合理性や比例性を内容に含むものであるのかは、議論の余地がある。しかし、この点は、本
稿の主題とはずれることから、これ以上触れない。
(4)GATT20条は、GATT 上の義務に一見違反する措置を同協定上許容する、一般的例外の規
定である。同規定は、特定の政策目的のための措置(
(a)から(j)までの10の措置が限定列挙
されており、
その一部について、
「〔特定の目的のために〕必要」との文言が用いられている。)、
につき、
「任意の若しくは正当と認められない差別待遇の手段」あるいは「国際貿易の偽装
された制限」となるような方法で適用しないことを条件として、GATT 上許容される旨が定
められている。なお、違法性阻却事由として「必要」性要件が用いられている他の例として、
数量制限措置に係る GATT11条2項(b)及び
(c)参照。
()このような解釈は、紛争解決制度において定着しているといえる。See, e.g., GATT Panel
Report, US - Section 337, L/649 -6S/4, para. .26; GATT Panel Report, ThailandCigarettes, DS10/R - 7S/200, para.7; Panel Report, U.S.- Gasoline, WT/DS2/R, para. 6.24;
Appellate Body Report, Korea - Beef, WT/DS161/AB/R, WT/DS169/AB/R, para. 166. また、
Korea - Beef 事件の上級委員会報告書以降、より制限的でない措置の合理的利用可能性に関
する判断の内容として、あるいはその判断と並行する判断として、実際に採用される措置の
政策目的に係る法・規則に対する貢献度、政策目的の重大性、同措置の貿易制限効果の程度
等の要素を比較衡量することが必要とされている。Appellate Body Report, Korea -Beef, WT/
DS161/AB/R, WT/DS169/AB/R, para. 164; Appellate Body Report, US - Gambling, WT/DS28/
AB/R, para. 06; Appellate Body Report, Brazil - Retreaded Tyres, WT/DS2/AB/R, para. 14.
18
同志社法学 64巻4号
(1483)
これに対し、TRIPS 協定20条は、同規定自体が独立した規範を構成して
おり、商標の使用を特別な要件により妨げることを原則としては禁止しつつ
も、そのような措置を正当化(justify)する余地を認める趣旨の規定である。
そして、同規定上、
「不当に」という文言は、特定の政策目的を前提として
いない。かかる規定の位置づけ及び構造並びに「不当に」と「必要」との両
文言の意味の差異を踏まえると、TRIPS 協定20条は、加盟国の裁量によっ
て商標の使用を制限する措置を講じる余地をある程度緩やかに認めており、
正当性(
「不当に」に当たらないこと)は、GATT20条の「必要」性要件に
おけるような、協定整合的な代替措置の合理的可能性の不存在を要するほど
の高度ないし厳格な正当化根拠を要するわけではなく、措置実施国のある程
度の裁量を許容する、より緩やかな基準であると解してよいと考えられる。
換言すれば、商標の使用の制限効果がより小さい代替手段がある場合でも、
当該措置の正当性を認める余地があると思われる。
以上をまとめると、TRIPS 協定20条の解釈として、ある措置が、特別な
要件により商標の使用を妨げるものであるとしても、第一に当該措置の目的
が正当であり、かつ、第二にその政策目的の達成手段として当該措置が一定
の合理性を有するものであれば、その措置の正当性(
「不当に」妨げるもの
ではないこと)が認められ、上記規定に違反しないと解するべきであろう。
ここで、措置の一定の合理性とは、実質的に見て、当該措置が、その政策目
的のための手段として効果を有することを意味する。もしも、その政策目的
に対して当該措置が効果を持たないものであれば、たとえ主張される政策目
的が正当であっても、その措置の正当性は否定されるべきである。ここで問
題となるのは、正当な政策目的に対して、当該措置はある程度効果があるも
のの、その効果は小さく、一方、同措置の商標使用者に与える制約の度合い
が大きい場合である。上述のとおり、TRIPS 協定20条は加盟国の国内政策
GATT20条の「必要」性要件に係る分析については、さしあたり、PETER VAN DEN BOSSCHE, THE
LAW AND POLIC Y AT THE WORLD TRADE ORGANIZATION 621-64(2d ed. 2008)
;内記香子『WTO 法と
国内規制措置』99-19頁(2008)参照。
(1482)
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・国際通商法
19
に関する裁量を緩やかに認める趣旨の規定であり、厳密な意味で比例原則を
課すものではないと解される。しかし、同規定は、商標の使用者の利益を保
護しようとするものであることも明らかであり、政策目的への積極的効果が
小さいのに商標使用に対して非常に大きな制約を課する措置まで許容するも
のと解するべきではないのではなかろうか。そこで、TRIPS 協定20条の具
体的な解釈論としては、
ある国の措置について不服を申し立てる当事国側が、
当該措置によって商標の商業上の使用が特別な要件により妨げられている事
実を主張立証し、これが認められる場合でも、同措置の実施国側が、同措置
が正当な政策目的のためのものであって、かつ、その目的の達成に効果を持
つことを主張立証すれば、同措置は「不当に」商標使用を妨げるものでない
と一応認めることができるとしつつ、さらに、不服申立国側が、当該措置に
よる政策目的達成効果が相対的に小さく、かつ、商標の使用に対する制約が
非常に大きい旨を主張立証することにより、結論的に措置の正当性を否定す
る(
「不当」なものと認める)ことができるとすることが妥当と思われる。
(ⅲ)
プレーン・パッケージ規制の正当性
そこで、プレーン・パッケージ法による商標使用の規制の正当性について
検討すると、まず喫煙の防止等を通じた公衆衛生の向上という政策目的が正
(6)
当であることについては異論がないであろう。
問題は、規制の手段・方法の合理性・正当性である。この点については、
上記のような TRIPS 協定20条の解釈を前提にすると、公衆衛生の向上とい
う目的の達成手段としてプレーン・パッケージの規制が効果を持てば、正当
な措置と一応いえるが、効果があるとしても小さく、それに対して規制の商
(6)TRIPS 協定8条1項は、加盟国が「公衆の健康及び栄養を保護・・するために必要な措置」
をとり得ることを確認している。また、タイ‐巻タバコ事件(GATT 時代の事件。注2参照))
において、タバコの消費の減少を目指す措置が GATT20条(b)の「人・・の生命又は健康
の 保 護 の た め に 必 要 な 措 置 」 に 当 た る こ と が 確 認 さ れ て い る(GATT Panel Report,
Thailand- Cigarettes, DS10/R - 7S/200 , para.7)
。さらに、WHO FCTC という条約の存在
も正当性の根拠として援用可能である。
20
同志社法学 64巻4号
(1481)
標使用者に与える制約の度合いが非常に大きい(政策効果がその悪影響に対
して相対的に非常に小さい)場合には、結論として「不当」な措置に当たる
こととなる。
プレーン・パッケージ規制の効果については、議論があるところである。
すなわち、同規制を支持する者は当然タバコの消費削減に対するその効果を
主張しているが、他方、プレーン・パッケージを義務付けられるタバコ自体
の消費の抑制効果について疑問が投げ掛けられるとともに、海賊品・密売品
等の増加によりタバコ全体の消費の減少にはつながらないこと、さらに商品
の混同の惹起等を通じた消費者利益の侵害などの副作用があることなどが指
(7)
摘されている。結局、措置の効果については、実証研究を踏まえた分析が必
要であり、現時点では判断は困難である。
一方、プレーン・パッケージ規制が商標使用者に与える制約はかなり大き
なものがあるといえる。同規制は、商標に使用について、原則として一定の
大きさ、色及び書体によるブランド名及び企業名を容器等の指定された場所
に記載するという態様に限定するものであるところ、これは商標一般の使用
を大きく制限するものといえるし、さらに、例えば図形商標は使用できなく
なり、また、識別力がブランド名自体にはなく、書体の特徴にのみあるよう
な文字商標は、識別力を発揮する形で使用できないことになることから、一
部の商標については実質上使用を禁止することになるといえるためである。
以上から、プレーン・パッケージ規制は、商標使用者に多大な制約を与え
る措置であり、仮に、その政策目的への効果が非常に小さいものであれば、
TRIPS 協定20条に不整合な措置と評価すべきであるが、他方、政策目的へ
(8)
の効果がある程度認められれば、同規定に整合的と判断すべきであろう。
(7)その例として、豪州の法案に対するパブリック・コメントをまとめた報告書である“Public
consultation on the exposure draft of the Tobacco Plain Packaging Bill 2011: Summary of
submissions”
(健康高齢化問題省のサイト(http://www.yourhealth.gov.au/internet/yourhealth/
publishing.nsf/Content/plainpack-tobacco)から入手可能。
)0-42頁参照。
(8)なお、政策目的への効果の評価が難しい場合、プレーン・パッケージ法が豪州における
適法な手続きに従って立法されているという政策決定過程の正当性(仮にこれが事実である
(1480)
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・国際通商法
21
③ 商標権の制限に関する規律(TRIPS 協定)との関係
(a)
関連する条約の規定
TRIPS 協定17条は、商標権の例外に関する規定であり、次のように定め
ている。
「加盟国は、商標権者及び第三者の正当な利益を考慮することを条件とし
て、商標により与えられる権利(the rights conferred by a trademark)につ
き、記述上の用語の公正な使用等限定的な例外を定めることができる。
」
(b)
検討
TRIPS 協定17条との関係では、プレーン・パッケージ規制が「商標によ
り与えられる権利」の例外を定める措置に当たる場合に、さらに同条の要件
(商標権者等の正当な利益の考慮、
例外の限定性)を充たすかが問題となる。
そこで、まず、プレーン・パッケージ規制は「商標により与えられる権利」
の例外を定める措置に当たるかを検討する必要がある。
TRIPS 協定17条における「商標により与えられる権利」とは、TRIPS 協
定上のそれであって、加盟国の国内法で定められる商標権とイコールではな
い。豪州の国内法(商標法)では、商標権が積極的効力を持つ旨が定められ
(9)
ているが(同法20条)
、問題とすべきは TRIPS 協定上の商標権である。
TRIPS 協定は、16条において、商標権につき、商標権者が他人の商標使
用を一定範囲で禁止する権利を含む旨を定めていることは明らかであるが、
これに加えて、商標権の積極的効力、すなわち商標権者が自ら商標を使用す
る権利をも認めているであろうか。TRIPS 協定20条は、上述のように、商
標の使用について規定するものの、商標権の効力を定めた規定とは解されな
として)や、WHO FCTC のガイドラインでプレーン・パッケージ規制が推奨されており、
法的拘束力は認められない形ではあるが、国際社会がこの規制を容認したかのような事実が
存在することは、同規制の正当性を認める方向で勘案してよいと思われる。
(9)“If a trade mark is registered, the registered owner of the trade mark has, subject to this
Part, the exclusive rights ... to use the trade mark; and ... to authorise other persons to use the
trade mark ... in relation to the goods and/or services in respect of which the trade mark is
registered.”
22
同志社法学 64巻4号
(1479)
い。
商標制度に関する理論上、商標の保護の趣旨・目的が商標の使用に伴って
商標に化体する事業者の信用を保護する点にあることに照らせば、商標権は
積極的効力を伴ってはじめて制度趣旨に沿う権利の実体を備えるといえる。
したがって、TRIPS 協定も、当然に、商標権の内容として積極的効力を想
(40)
定していると解する余地もないわけではない。
しかし、TRIPS 協定の文言上は、消極的効力しか認めていないと解され
る以上(加盟国が自主的に積極的効力まで付与することは、協定を上回る知
的財産の保護水準を設けることを意味し、可能である(TRIPS 協定1条1
項)
。
)
、TRIPS 協定自体の解釈としては、商標権の内容として消極的効力を
認めるにとどまると解することが素直であると思われる。現に、EC︲地理的
(41)
表示・商標事件の WTO 紛争解決パネルは、このような立場をとっている。
(40)例えば Kur, The Right to Use, supra note 22, at 202は、TRIPS 協定20条に関し、商標保
護の実務上及び経済上の意義を踏まえれば、同条が商標の使用に制約を加えることを原則禁
止していることを敷衍して、商標の保有者の商標を使用する権利を否定することは同条に違
反すると解することができる旨を述べる。しかし、同規定は、既に検討したように、商標使
用に対する不当な規制を禁じるもの、換言すれば、正当な理由に基づき商標の使用を規制す
ることを許容するものであり、かつ、個人に対して商標の使用に係る権利を付与する趣旨で
はないと考えられる。同規定は事実上商標を使用する者の利益を保護する機能を持つが、同
条を根拠として、TRIPS 協定17条の「商標により与えられる権利」が商標を使用する権利を
含むと解することには無理がある。
(41)See, e.g., Panel Report, EC-Trademarks/GIs, WT/DS174/R, paras. 7.210 and 7.611(“These
principles reflect the fact that the TRIPS Agreement does not generally provide for the grant of
positive rights to exploit or use certain subject matter, but rather provides for the grant of
negative rights to prevent certain acts. This fundamental feature of intellectual property
protection inherently grants Members freedom to pursue legitimate public policy objectives
since many measures to attain those public policy objectives lie outside the scope of
intellectual property rights and do not require an exception under the TRIPS Agreement.”
“The
right to use a trademark is a right that Members may provide under national law.”)
. また、米
国-211条事件の上級委員会報告書は、TRIPS 協定16条が、登録商標の保有者に対して WTO
加盟国が国内法で認めるべき排他的権利につき、国際的に合意された最低水準を定めるもの
であること、及びこの権利が第三者による侵害から商標権者を守るものである旨を述べてい
る。Appellate Body Report, US-Section211, WT/DS176/AB/R, para, 186(“As we read it,
Article 16 confers on the owner of a registered trademark an internationally agreed minimum
(1478)
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・国際通商法
23
④ 他の知的財産権に関する規律(パリ条約、TRIPS 協定)との関係
プレーン・パッケージ規制との関係で問題となり得る知的財産権としては、
商標以外には意匠権が考えられる。すなわち、仮にプレーン・パッケージ規
制が意匠の実施(使用)も制限する効果を持つ場合、意匠権の保護に関する
条約上の規定との関係が問題となり得る。具体的には、
パリ条約5条の5
(意
匠は、すべての同盟国において保護される旨の規定。TRIPS 協定2条1項
により同協定に取り込まれている。
)
、及び TRIPS 協定26条2項(意匠権の
制限に関する規定)との関係である。
この問題は、商標権について検討したところと同様、パリ条約及び TRIPS
協定上の意匠の保護が、意匠の実施についても対象とするか(換言すれば、
条約上保護が義務付けられる意匠権は積極的効力も含むのか)がまず検討さ
れるべきである。結論的には、意匠権については、TRIPS 協定26条1項が
消極的効力(第三者による意匠の実施を禁止する効力)のみを定めており、
かつ商標の使用に関する TRIPS 協定20条のような規定もないことから、同
協定の解釈としては、意匠の実施をする積極的効力の付与は義務付けられて
おらず、したがって、プレーン・パッケージ規制が意匠権との関係で条約整
(42)
合性が問題となることは原則としてないと思われる。
⑤ 規格に係る規律(TBT 協定)との関係
(a)
関連する条約の規定
TBT 協定2条は「強制規格の中央政府機関による立案、制定及び適用」
に関する規定であり、同条1項は内国民待遇原則を定め、さらに同条2項は
level of‘exclusive rights’that all WTO Members must guarantee in their domestic legislation.
These exclusive rights protect the owner against infringement of the registered trademark by
unauthorized third parties.”)
. See also de CARVALHO, supra note 28, at 97; WTO- TRADERELATED ASPECTS
OF INTELLECTUAL
PROPERTY RIGHTS 17(Peter-Tobias Stoll, Jan Busche & Katrin
Arend eds., 2009)
.
(42)もちろん、意匠の保護に関して内国民待遇原則(TRIPS 協定3条)等の一般規定や権利
行使に関する義務(同協定41条以下)の違反が認められる場合は別である。
24
同志社法学 64巻4号
(1477)
以下のように定めている。
「加盟国は、国際貿易に対する不必要な障害をもたらすことを目的として
又はこれらをもたらす結果となるように強制規格(technical regulations)
が立案され、制定され又は適用されないことを確保する。このため、強制規
格は、
正当な目的が達成できないことによって生ずる危険性を考慮した上で、
正当な目的の達成のために必要である以上に貿易制限的であってはならない
(shall not be more trade-restrictive than necessary to fulfil a legitimate
objective)
。正当な目的とは、特に、国家の安全保障上の必要、詐欺的な行
為の防止及び人の健康若しくは安全の保護、動物若しくは植物の生命若しく
は健康の保護又は環境の保全をいう。
」
また、
「強制規格」の意義については、同協定附属書1が次のように定め
ている。
「産品の特性又はその関連の生産工程若しくは生産方法について規
定する文書であって遵守することが義務付けられているもの(適用可能な管
理規定を含む。
)
。強制規格は、専門用語、記号、包装又は証票若しくはラベ
ル等による表示に関する要件であって産品又は生産工程若しくは生産方法に
ついて適用されるものを含むことができ、また、これらの事項のうちいずれ
かのもののみでも作成することができる。
」
(b)
検討
TBT 協定上の強制規格に係る上記の定義に照らせば、プレーン・パッケ
(4)
ージ規制は、強制規格に該当すると考えられる。そこで、プレーン・パッケ
(4)因みに、最近の米国-丁子巻タバコ事件に関する WTO パネル報告書は、健康被害防止
の観点から、特徴的なフレイバーの巻タバコの販売等を制限する措置について、「強制規格」
に当たるとしている。Panel Report, US - Clove Cigarettes, WT/DS406/R, paras. 7.22 -41. この
事件では、煙草又はメントール以外の特徴的なフレイバー(“characterizing flavours”)を有
するタバコの販売等を禁止する米国の規制の WTO 協定整合性が問題とされた。すなわち、
申立国(インドネシア)は、同規制の下で clove cigarettes(丁子巻タバコ)が禁止され、メ
ントール・巻タバコが禁止されていないことが、TBT 協定2条1項(内国民待遇)等に違
反する旨を主張した。パネルは、同規制が強制規格に該当するとしたうえで、TBT 協定2
条1項、2条9項2号(WTO への通告義務)
、2条12項(6か月以上の猶予期間)に違反す
(1476)
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・国際通商法
25
ージ規制が TBT 協定上問題となるのは、第一に、同規制が相対的に輸入品
を国産品よりも不利に扱っている場合(同協定2条1項違反)であり、第二
に、同規制が正当な目的の達成のために必要である以上に貿易制限的である
場合(同条2項違反)である。
まず、内国民待遇違反に関しては、プレーン・パッケージ法の規定におい
て、輸入品を国産品に対して差別的に扱うような内容は見当たらず、少なく
とも法令上の(de jure)差別は認められないと思われる。ただし、WTO 協
定上の内国民待遇は、法令上の差別のみならず、事実上の(de facto)差別
も禁止するものであるところ、プレーン・パッケージ規制が事実上の差別を
もたらすか否かについては、
同規制の貿易への影響を検証する必要がある
(例
えば、仮に、タバコのブランド力に関し、輸入品が国産品よりも圧倒的に強
い実態があり、輸入品の方が、プレーン・パッケージ規制によってブランド
の消費者への訴求力が抑制される度合いが相対的に大きいことから、同規制
が輸入品と国産品の間の競争関係を前者に不利な方向で変更させると認めら
れる場合には、事実上の差別が肯定される可能性がある。
)
。
また、第二の点に関しては、まず、プレーン・パッケージ規制の目的は、
TBT 協定2条2項が例示する「人の健康若しくは安全の保護」を図ること
にあり、正当な目的といえる。そこで、問題は、
「正当な目的の達成のため
(44)
に必要である以上に貿易制限的」であるか否かである。プレーン・パッケー
ジ規制は、この規制に従わない製品の取引を禁止するものであることから、
るとし、他方、2条2項については、違反を根拠づける主張立証がなされていないとして違
反を認めなかった。
(44)TBT 協定2条5項の第2文は、強制規格が2条2項の規定に明示的に示された正当な
目的のためのものであり、かつ、関連する国際規格に適合している場合には、国際貿易に対
する不必要な障害をもたらさないと推定される(反証が許される。)旨を定めている。プレー
ン・パッケージ規制については、
「関連する国際規格」
(relevant international standards)が
なく、上記の推定は働かないと思われるが、仮に WHO FCTC 又はそのガイドラインの規
定が上記国際規格に当たると解されるとしても、いずれにしろ推定は反証が可能なのである
から、不必要な貿易への障害の根拠として、必要以上に貿易制限的であることが主張され、
この点が争点となる可能性がある。
26
同志社法学 64巻4号
(1475)
輸入にも影響を与え、したがって、貿易制限効果を持つものといえる。よっ
て、貿易制限効果が「必要である以上」か否かが問題となる。この「必要」
性の要件の解釈については、GATT20条
(b)の「必要」性の解釈が参照され
ると解されている。そして、上述の TRIPS 協定20条に関する検討の際に触
れたように、GATT20条
(b)の「必要」性については、より協定整合的(又
は貿易非制限的)な他の措置が合理的に期待できるかが問題となる。そこで
プレーン・パッケージ規制について検討すると、同規制は人の健康の保護を
目的としてタバコの消費を減らそうとするものであるところ、他の代替措置
があり得るとしても、その措置もやはりタバコの消費(その結果としてタバ
コの輸入)を減らす効果を持つはずであり、かつ、その効果はプレーン・パ
ッケージ規制と同等以上であるはずである(そうでなければ代替措置といえ
ない。
)から、結局、貿易制限効果がより小さい代替措置は想定できないと
いうことになると思われる。
以上から、TBT 協定との関係では、プレーン・パッケージ規制は、その
効果によっては同協定2条1項の内国民待遇違反が問題となる可能性があり
得るにとどまると考えられる。
⑥ モノの貿易に係る規律(GATT)との関係
プレーン・パッケージ規制は、タバコというモノの貿易に影響を与えるた
め、GATT との関係も問題となり得る。具体的には、特に、GATT3条4項
の定める内国民待遇原則との関係であり、実質的には TBT 協定2条1項に
(4)
ついて上で述べたところと同様の検討が必要である。
第4章 結語
以上、プレーン・パッケージ法について、国際知的財産法及び国際通商法
(4)なお GATT の場合は、仮に3条4項違反が認められるとしても、20条(b)による一般例
外の適用可能性が問題となる点が、TBT 協定と異なる。
(1474)
公衆衛生分野の国内政策と国際知的財産法・国際通商法
27
の観点から、条約整合性を検討した。今後、健康及び安全、環境、消費者利
益などの保護のための国内措置が各国で強化されていくと予想される中で、
非貿易的・非経済的措置と、WTO 協定をはじめとする貿易・経済に関する
国際ルールとの関係を論じる必要性はますます高まるであろう。その観点か
ら、プレーン・パッケージ法についての検討は、一つのケーススタディとし
て意義があろう。
本稿は、プレーン・パッケージ法の条約整合性に関して考え方の枠組みの
一案を提示したにとどまり、具体的結論を導くためにはさらに制度及び事実
関係の詳細について分析することが必要である。そのような限界を持つ、さ
さやかな内容のものではあるが、本稿がプレーン・パッケージ法(及び同様
の規制)を巡る議論、さらには国内政策と国際知的財産法及び国際通商法の
関係に関する検討において何らかの役に立てば幸いである。
〔補注〕本稿は、2011年12月1日に同志社大学で行われた同志社大学第3回
法学会講演会「知的財産の国際的保護―プレーン・パッケージング法の検討
を中心に―」における報告に基づき、
2012年1月8日に脱稿したものである。
同報告と本稿執筆の機会を提供していただいた高杉直教授に、心から感謝申
し上げる。なお、その後の事態の進展として、2012年3月12日、4月4日、
及び7月18日に、ウクライナ、ホンジュラス及びドミニカ共和国がそれぞれ
豪州に対し、プレーン・パッケージ法及びこれに関連する規制が WTO 協定
に違反するとして、WTO 紛争解決制度上の協議要請を行っている(DS44、
DS4、DS441)
。協議段階で具体的に違反が指摘されているのは、TRIPS
協定1条1項、2条1項、3条1項、1条、16条、20条、22条2項(b)
、
24条3項及び27条、TBT 協定2条1項及び2条2項並びに GATT3条4項
の各条項である。また、同年8月1日には、豪州高等裁判所が、プレーン・
パッケージ法は正当な条件による財産権の収用を定める憲法に反するとのタ
バコ会社の訴えを退ける判決を下している。
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