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「コンテナ物流革命と、グローバル地域発展空間構造の再編」 桜美林大学

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「コンテナ物流革命と、グローバル地域発展空間構造の再編」 桜美林大学
「コンテナ物流革命と、グローバル地域発展空間構造の再編」
桜美林大学 松尾昌宏
はじめに
1.伝統的な開発経済論、地域発展論の問題点
2.コンテナ物流革命の衝撃:
「輸送の標準化」と「フラグメンテーション」
3.インターモーダル輸送の発展と製造業立地の内陸展開、都市集積メカニズムの変化
4.内陸交通輸送インフラの整備、後背地の空間的拡大と、港湾間競争
5.幹線航路形成と、トランシップ・ハブ港湾都市の台頭
6.
「輸送集束」拠点としての都市化の意味
7.インフラ整備と、輸送集束を巡る地域間競争:なぜ「メガ・リージョン」なのか
8.
「製造」から「物流」へ:地域発展理論のパラダイム転換
はじめに
近年、新興国の台頭が著しい。1990 年当時、世界の GDP の 70%は G7 諸国が占めていたが 2015
年には世界の半分以下となり、日本の割合もかつての 15%から、6%程度にまで落ち込んでいる。そ
の間隙を埋めるように、新興国の割合が高まってきている。
こうした世界の経済力分布の「グローバル・シフト」
(ディッケン(2001)
)の背景には、世界規模
での製造業立地の空間構造の再編が深く絡んでいる。振り返れば 1980 年頃までの世界経済は、著し
い「南北」への発展水準の「両極化」傾向がなお顕著であった。その最大の原因は、途上国の工業化
の困難にあった。当時は「製造業」といえば先進国の産業と考えるのが常識であり、
「開発経済学」に
おいても経済発展を行う上で最大の主題は「いかに工業化を遂げるか」であった。
ところが現在では、いつの間にか製造業の中心は途上国へと移り、新興国の高成長を支えている。
しかもベトナムなど近年まで何の工業基盤も持たなかった国が短期間で先端分野に参入し、一大製造
拠点となることも珍しくない。後発国における発展の「圧縮」は、近年さらに著しいものとなってい
る。かつては絶望的とも思われた工業発展が、近年多くの途上国で次々と短期間でいとも簡単に進行
していく状況を目の当たりにすると、ある時点で工業発展のメカニズムに根本的変化が起こったと考
えざるを得ない。その結果、伝統的な開発経済理論や地域発展理論のかなりの部分が有効性を失い、
修正を迫られていると考えられる。それでは一体どこでこうした転換が起こったのであろうか。
本論では、その原因として、1960 年代から進行してきた「コンテナ物流革命」に着目し、これが
1980 年代後半以降の IT 革命や輸送インフラの整備と結び付いて、世界規模での国や地域の経済発展
の空間構造の再編に及ぼした影響について考察する。コンテナ物流革命は「輸送における規模の経済」
(黒岩(2014)
)の重要性を著しく高め、従来の製造業育成に替わって貨物量の確保、
「輸送集束」を
地域経済発展の新たなカギとし、そのことがグローバル発展構造の再編と、
「メガ・リージョン」の形
成、新たな都市や地域の台頭を引き起こしている。
1. 伝統的な開発経済論、地域発展論の問題点
1950 年代後半に開発経済学が誕生した際、最大の課題となったのは、いかに工業化を進めるかとい
う問題であった。こうした途上国の工業発展メカニズムを初めて定式化したのが、有名なルイスの二
重経済発展モデルであり、その後ラニスとフェイによって精緻化された。この理論によれば、農業部
門の余剰労働力の都市工業部門への流入が、都市工業部門の賃金上昇の抑制と工業利潤の確保を可能
にし、これが再投資されることで都市工業部門の生産拡大と、農業部門からのさらなる余剰労働力吸
収が起こる。また、この過程で工業化に牽引される形での「都市化」も進行していくとされる。
しかし一方で、途上国の工業化推進には多くの壁があった。まず一つは規模の壁と、これを通して
働く「貧困の悪循環」メカニズムである。もう一つの壁は、技術能力の壁である。すなわち途上国が
生産性を高めるには技術移転が必要であるが、ある技術の受容にはそれと補完的な様々な産業技術が
必要である。中岡(1990)はこれを技術の「社会的能力」と呼び、こうした能力の欠如が、途上国が
先進国から受容した技術が現地で効率的に動かない原因であることを、
豊富な事例を基に示している。
結果、こうした問題を克服する上で、政府による個別産業への「産業政策」による支援や、
「輸入代替
工業化」と呼ばれる保護政策を推奨する考えも、1970 年代までは、大きな影響力を有していた。
しかし近年の途上国の発展を見ると、以上の図式では理解できないような発展パターンが多く見ら
れる。例えば十年前にはほとんど何の機械工業の基盤も持たなかったベトナムが、最近 IT 機器製造
など先端分野で急速に生産を伸ばしている。また、2013 年に国際社会に本格復帰したばかりのミャン
マーにも、早くも多くの外資企業が興味を示し、次々と進出している。1980 年代末に工業化が本格化
したタイにおいては、当初は裾野産業の欠落と対外依存が問題となっていたのが、近年では、自動車
部品を中心に、産業集積の厚みが増している。こうしたアジアの途上国の短期間での一大工業集積の
形成の事実を目の当たりにすると、今日では工業育成政策や、技術の社会的能力が、現在でも必要で
あるのかという疑問が生じる。こうした変化はなぜ生じたのであろうか。
これを可能にした要因の一つとして、貿易の自由化や、外資への市場開放など、
「輸出志向型」工業
化政策の採用がよく指摘される。このことが多国籍企業にとって国際間の貿易コストを著しく低下さ
せ、生産拠点の分散配置と「工程間分業」ネットワークの構築を容易にし、
「フラグメンテーション」
を引き起こす重要要因となったことは確かであろう。こうした政策を採ったアジアの新興国は急成長
を遂げ、その結果開発経済学の世界においても、
「輸出志向工業化」の有効性を支持する考えが支配的
となった。しかしでは、アジア諸国の市場介入の度合いは、それほど小さいと言えるのであろうか1。
また、輸入代替政策で失敗した中南米諸国が、政策転換後の 1990 年代以降になっても工業輸出が伸
び悩んでいる事実を、どのように理解すればいいのであろうか。
また、
「工業化が都市化を牽引する」という命題にも疑問が残る。多くの途上国ではむしろ、都市化
が工業化に先行しており、また工業化による中心都市への人口集中が見られるのは工業発展の比較的
初期段階であり、それ以降はむしろ、周辺地域への工業立地拡散、外延化と、中心都市のサービス化
が著しい。その背景には、都市化が果たす「輸送集束」機能が、深く関与していると考えられる。し
かし従来の都市経済学では、都市の成長において、
「都市化の経済」や「地域特化の経済」といった「集
積の利益」に基づく都市産業競争力の形成ばかりに焦点が当てられる一方、
「都市間」輸送における「外
1
例えば中国やベトナムでは、国営企業の影響力が今なおかなり強く、またマレーシアは、
「ブミプトラ政
策」による資源配分の歪みが非常に大きいと指摘される。
部接続」の問題には、あまり注意が向けられてこなかった2。
こうした変化の背景には、1960 年代以降に進行した、コンテナ物流革命による、製造業の立地メカ
ニズムの変化が深く関わっている。これについて以下で見ていこう。
2.コンテナ物流革命の衝撃:国際間輸送コストの劇的低下と「フラグメンテーション」
コンテナ輸送は 1950 年代後半に始まり、ベトナム戦争を経て急速に普及していく。これによる「輸
送の標準化」は、物流革命を引き起こし、1970 年代以降、工業立地パターンの形成原理にも一大転換
をもたらすこととなった。ではそれは、どういうメカニズムを通してであろうか。
コンテナ革命が地域発展もたらした1つめのインパクトは、標準化による貨物の積み替え時間の劇
的短縮と、大量輸送による、国際間海上輸送コストの劇的低下を引き起こしたことである3。かつての
船荷の積み下ろしは、港湾肉体労働者(沖仲士)の大量動員に頼っていた。また積み込みの際には荷
崩れや貨物破損を防ぐために、さまざまな配慮が必要で、その結果大型船の場合、1 週間もの積み込
み時間を要した。それがコンテナ化が進んだことで、大型クレーンの使用により、大型船でも僅か半
日で積み下ろしができるようになった。
さらに下の貨物を圧し潰す心配がなくなったため、コンテナの段積みによる貨物の大量積載が可能
になり、貨物船の大型化をもたらした4。一般に船のサイズが大きくなるほど、単位貨物あたりの燃料
コストは下がり5、人件費も下がる。このことが、国際間海上輸送コストの劇的低下をもたらし、これ
に各国の一連の貿易自由化政策が加わったことで、
各国間での工程間分業のコストが著しく低下した。
さらにこれに 1980 年代末以降の IT 革命が加わったことで、各地を動き回るコンテナ貨物の世界規
模での「貨物追跡」が可能になった。このことが、国際間でのサプライチェーン管理と定時輸送を容
易にし、企業による世界各地への生産拠点の分散立地、いわゆる「フラグメンテーション」を加速さ
せ、サプライチェーンのグローバル化を引き起こしたのである6。これによって、先進国からアジアを
中心とする途上国への製造業生産拠点の再配置が進み、これら諸国の急発展を生むこととなった7。
こうした一連の物流革命の結果、後発国の工業化にもはや「産業育成政策」は、ほとんど不要となっ
た感すらある。かつての経済開発政策においては、いかに「工業化」を遂げるかは重要課題であり、
交通輸送問題については、都市内部における混雑や交通システムの問題ばかりに関心が集中されて
きた。また都市化の経済については、J.ジェイコブズが『都市の原理』の中で、マンチェスターの衰
2
退要因を「地域特化の利益」を追求し過ぎ、産業の多様性が失われたことによると指摘したことはよく知
られるが、他方でレビンソン(2007)は、運河を数十 km 遡るというマンチェスターの立地がコンテナ船
に嫌われ、寄港が減った事実を指摘しており、ジェイコブズの仮説の妥当性については検証が必要がある。
3 2 つ目のインパクトについては、次節で論じる。
4 最初のコンテナ船のサイズは僅か 200TEU であったが、今日では最大のものは 20000TEU にも達する。
5 例えば船の長さが 2 倍になると貨物量は 8 倍に増えるが、水の抵抗は 4 倍にしか増えない。
6 他方でこれによって、遠隔地間での部品の互換性確保の必要性が高まったことは、製造企業による、生
産工程の「モジュール化」を加速することとなった。
7 実際、同じ高度成長でも日本とアジア諸国のそれとの間には、大きな貿易パターンの違いが見られる。
すなわち日本の貿易は原材料輸入が大半を占め、部品や設備など付加価値の大部分は国内で付け、完成品
を輸出するという、
「フルセット型」産業構造(関(1993 年)
)であったのに対し、アジア諸国のそれは、
工業化の初期段階から一貫して、中間財や資本財の外国、特に日本からの輸入に大きく頼る形であっ
た。これがこれら諸国の貿易依存度を日本に比べて著しく高くすると同時に、「圧縮型発展」を可能にし
たのである。
開発経済学の教科書においても、
「工業化政策」に多くの紙面が割かれる一方で、輸送や物流について
は、援助問題との関わりで僅かばかり触れられる程度であった8。筆者自身の関心も、国や地域の「技
術能力」形成と、技術移転問題に向けられていた9。
しかしコンテナ物流革命によって、ある産業の生産に必要な補完技術産業部品は、低コストでの他
国からの調達が可能となった。その結果、技術基盤がゼロの国でも、製造業投資誘致競争に参入する
ことが可能となった。その結果、
「産業育成政策」の重要性も、かつてなく低下してきている。今日、
工業化は交通インフラや立地など投資環境の「従属変数」と化し、多くの途上国では輸送インフラさ
え整えれば、低賃金に惹かれて工業化は自然に進むようになった。より高度な産業においては、産業
集積や地域の技術能力の重要性は残るも、その範囲は限られたものとなりつつある。そうした中で、
伝統的な発展理論はあまりに「製造業中心主義」的な考えに捉われ過ぎていないか疑問が残る。
他方でコンテナ物流革命は、地域発展にとっての新たな制約も生み出した。それは、コンテナ船に
寄港してもらえるだけの「貨物量の確保」という問題である。近年、コンテナ船の大型化が進む中、
幹線航路では 1 万 TEU クラスが主流となり、最大規模の船は 2 万 TEU にも達する。この場合 1 ルー
プ 8 港寄港としても、1 港平均 5000 TEU の積み下し貨物が必要であり、毎日寄港とすると、1ルー
プだけで年間 180 万 TEU もの貨物量の確保が必要となるが、それほどの後背地市場を有する港湾都
市は限られている10。その結果、船会社は限られた数の大規模港湾へと寄港数をますます絞り込むよ
うになる一方、それ以外の貨物量を確保できない港湾都市では「抜港」が起こっている。こうした寄
港数の確保は輸出リードタイムの短縮による輸出競争力の形成と直結しており、これを確保できない
都市や地域は、製造業誘致競争上でも不利に立たされることとなる。
加えて大型クレーンなど港湾荷役の装置産業化は、大規模投資をカバーするだけのコンテナ取扱量
確保の必要性を高め、この意味でも十分な貨物量を集束できるだけの、
「都市規模」の重要性を増すこ
ととなった11。このことが、アジアの製造業投資と経済発展が、少数の巨大港湾都市(その多くが首
都)に極端に集中してきた一因と考えられる12。レビンソンは、
「コンテナ輸送のカギを握るのは、量
である」と述べている13。
以上より、開発経済学における「工業化を通した都市化」という議論にも、修正が必要である。す
なわち工業投資の誘致には、コンテナ貨物船の寄港を呼び込むことが重要であるが、そのためには十
分な都市規模が必要である。したがって工業発展→都市集積 というメカニズムと同時に、都市集積→
工業発展 という因果関係にも、もっと注意が向けられるべきであろう。実際アジア諸国(特に東南ア
ジアや南アジア)の都市化は、かなりの程度、工業化に先行して起こっている。
8
筆者の印象では、インフラに関する研究が増え始めたのは、2000 年代に入って以降に思われる。
この問題は、松尾(2001)後半部でも、主たる関心対象となっている。
10 例えば日本最大の東京港ですら、年間コンテナ取扱量は 430 万 TEU である。
11 例えばガントリークレーン 1 台の投資コストは 10 億ほどであり、年あたりに換算すると、維持コスト
を含めて約 6000 万円余りの負担となる。他方でコンテナ 1 個(1FEU=2TEU)の取扱料金を 1 万円前後
とすると、年 6000 個(12000TEU)の貨物量が必要になる。クレーン以外にも、埠頭や倉庫、各種コンテ
ナ運搬設備に巨額の投資コストが掛かることを考えると、必要取扱量は最低でも年数万 TEU となろう
12 実際、
アジア諸国においては首都など大都市の一人あたり所得水準は全国平均の 2 倍を超える国が多く、
タイの場合、人口の 15%に過ぎないバンコク首都圏が、GDP の半分を占めている。但しシンガポールに
関しては、独立時の人口 90 万は僅か 90 万であったが、それでも発展できた理由は、貨物の積み替え需要
の取込みにある。この点については 5 節で再論する。
13 レビンソン(2007)
、p.345。
9
3.インターモーダル輸送の発展と製造業立地の内陸展開、都市集積メカニズムの変化
コンテナ物流革命が地域発展に与えた二つめのインパクトは、
「インターモーダル輸送」14の発展に
よる、内陸輸送の「シームレス化」であった。かつて工場の立地は「港に従属」するものであった。
ところがコンテナによる輸送の標準化は、クレーン一つでの貨物船から鉄道、トラックへの貨物の積
み替えを可能にし、港から内陸諸地域への貨物転送を容易とし、これに港湾大都市中心部における賃
金、地価といった生産要素コストの上昇、内陸部への高速道路を始めとする交通インフラの整備が加
わったこともあって、工場立地の港湾都市からの「解放」が進行した。これにより、港湾大都市から
周辺地域への製造業立地の「外延的拡大」が進み、周辺内陸地域の工業化が加速することとなった。
このことが、工業化と都市化の関係に、大きな変化をもたらした。伝統的開発経済学における都市
化のメカニズムは、都市工業部門の高賃金に惹かれた農村地域から豊富な労働力の流入によるもので
あった。しかし地域間での生産要素(労働、資本)の偏在を解消する方法は、本来代替的なものであ
り、資本の豊かな中心都市への、農村など周辺地域からの労働移動による方法と、逆に中心都市から
労働力の豊富な周辺地域への投資という形での、
中心都市からの資本の移動による方法の二つがある。
前者の場合は都市集中を伴う一方、後者の場合は分散を伴うこととなるが、どちらが起こるかは、各
生産要素の移動の容易さに依る。一般に、途上国発展の初期においては、巨額のインフラ投資コスト
を要する一方で、投資資金は限られていることから、少数の巨大港湾都市への投資集中が起こりやす
い。他方で港湾都市から内陸への道路等の輸送インフラは未整備であり、その結果、中心港湾都市へ
の企業投資集中と人口集中、および地域間格差の拡大が起こりやすいと考えられる。実際、アジア諸
国の発展においても、当初は再輸出に便利な沿海部大都市への、外資の投資集中がみられた。
しかし発展が進むとともに、中心都市の賃金や地価等の生産要素コストが上昇すると同時に、過度
の集中と混雑を避けるための、周辺地域への交通インフラ整備がなされていく。これにコンテナ革命
によるインターモーダル輸送の発展が加わったことは、中心港湾都市への「アクセス可能圏」を大き
く拡大させた。これによる、
「地域間相互作用圏の広域化、高速化」が製造業立地の形成パターンを、
中心都市への集中化から、内陸周辺都市への「外延化」へと大きく転換させた。そして中心都市は内
陸周辺都市を自らの後背地圏に巻き込みながら、自らは物流やこれに付随する諸産業へと特化した
サービス・センターと化し、周辺地域と一体となった「メガ・リージョン」
(巨大地域圏)を形成する
ようになったのである。
日本においてこうした転換が起こったのは、1970 年過ぎ頃と思われる。この時期の日本では 1965
年の名神、1969 年の東名を皮切りに大都市圏と各地を結ぶ高速道路が次々と開通し、また 1968 年に
はコンテナ輸送が始まった。その結果、三大都市圏からの製造業立地の外延化が進行するとともに、
三大都市圏への人口流入圧力が弱まったものと考えられる15。この時期を境に大阪圏、名古屋圏への
人口流入はほぼ停止した。東京圏のみは人口集中を維持したが、これを牽引した主役はサービスなど
第三次産業であり、製造業出荷額における東京の地位は低下し続けている。その一方で、二大都市を
結ぶルート上にある諸地域への工業集積は著しいが、これは二大都市双方からの市場圏拡大の恩恵に
よるものであろう。この時期以降、日本の工業集積パターンは、巨大都市への「極集中」から、都市
間を結ぶ「幹線集中」へと転化するとともに、都市化は工業化に牽引されるものではなくなったので
14
船、鉄道、トラックといった、異なった輸送手段の間の積み替え輸送のこと。
例えば東京圏では、今日こうした外延化の動きは、南関東圏から北関東圏、さらには南東北や新潟、長
野、静岡方面にまで及び、巨大地域圏(メガ・リージョン)を形成するようになった。
15
ある。韓国においても重化学工業の立地は南東部に集中する一方、首都ソウルに比べてその人口吸収
力が高いとは言い難い。一方のソウルでは、サービス経済化が進んでいる。
同様の動きは近年の新興国においても見られる。例えば深圳やバンコクにおける製造業立地構造の
変化を見ると、バンコクでは 1990 年代より、また深圳では 2000 年代後半より中心都市からより遠隔
地域への製造業立地の外延化が進むとともに、中心都市と周辺地域の所得格差が着実に縮小している
ことが見て取れる(図 1、図 2)
。また中国においては、こうした製造業立地の空間構造の再編は、広
東省に止まらず全国土レベルで展開している。その背景には 1990 年代後半以降の目覚ましい高速道
路網の発展がある(表 1、図 3-1~3-3)
。高速道路網は 2000 年代後半には、地級市レベル以上の全都
市をカバーするようになり、国土の大半がインターから 2 時間圏内となった。その結果、主要都市間
の輸送時間が劇的に短縮された16。また輸送の広域化、高速化は各都市からアクセス可能な市場圏を
拡大させ、このことが全国土レベルでの工業立地空間構造の再編を引き起こしつつある。実際、
『中国
城市統計年鑑』の全国 280 余りの都市のデータに基づいて、各都市の工業生産シェアとその変化を
GIS 表示すると、図のようになる(図 4-1~4-3)
。
図 1 広東省の深圳および、タイのバンコクからの距離別工業生産額シェア
2013
深圳
2010
100km圏
2008
150km圏
2005
200km圏
2003
300km圏
2000
400km圏
1998
0%
20%
40%
60%
80%
100%
400km以上
資料:松尾(2012)第 2 章 データ更新。
2009
Bangkok
2005
20-50km from Bangkok
2000
50-100km from Bangkok
1995
100-200km from Bangkok
1990
1985
200-300km from Bangkok
1980
300-500km from Bangkok
0%
20%
40%
60%
80%
100%
資料:松尾(2012)第 2 章 データ更新。
例えば武漢から見ると北京までの距離が約 1200km、上海が 800km、広州が 1000km、成都が 1000km
であるので、中国全土がほぼ、トラック一日輸送圏に収まったことになる。なお、中国の高速道路計画に
ついては例えば日通(2008)参照。
16
図 2 深圳およびバンコクからの距離別所得(深圳=100、バンコク=100)
100.0
90.0
80.0
70.0
60.0
50.0
40.0
30.0
20.0
10.0
0.0
100
80
60
40
20
0
1981 1985 1990 1995 2000 2005 2009年
バンコク
バンコクから20-50km圏
同:50-100km圏
同:100-200km圏
同:200-300km圏
同:300-500km圏
同:500km以上圏
1995 1998 2000 2003 2005 2008 2010
深圳
100km圏
150km圏
200km圏
300km圏
400km圏
400km以上
資料:松尾(2012)データ更新。
資料:松尾(2012)データ更新。
表 1 中国の高速道路総延長距離
1990
中国全体
500
1993
1100
1995
2100
1998
8700
2000
2003
2005
2008
2010
16300
29700
41000
60300
74100
2013
104400
資料:
『中国統計年鑑』各年度版より筆者作成。
これらの図から窺える全般的な変化の傾向としては、河南省あたりを中心とする、国土の中部地域の
シェア拡大が見られるが、これは交通コストの低下に伴う、沿海部大都市からの外延化効果によるも
のであろう。これによって、三大都市圏のいずれにも近い、中部地域の距離的優位性が顕在化したの
である。実際中国では近年「中部六省」17と言われる 6 つの省、なかでも河南省、安徽省、湖北省、
湖南省の成長率が高くなっており、製造業企業進出も著しい18。その一方で、これまで製造業発展に
よって労働力を吸収してきた沿海部大都市においては労働力の流入が鈍っている。このように中国に
おいても、沿海部から、周辺都市への製造業立地の空間構造の形成パターンの転換がみられる。
以上のように、コンテナ物流革命とインターモーダル輸送の発展が、地域の製造業立地空間の形成原
理を変化させた結果、開発経済学で言われる「工業化に牽引された人口移動と都市化」という図式は
大きく変化し、もはや発展の前半部分にしか当て嵌らなくなった。発展の後半においては、工業発展
の中心は内陸周辺都市に移るとともに人口移動は鈍化し、中心港湾都市は内陸後背地諸都市からの輸
送の集束や、これに付随する「生産者サービス」機能に特化するようになったのである。
こうした内陸後背地圏の拡大は、翻って中心港湾都市の貨物の集荷を巡る競争力にも影響を及ぼす
が、これについては次節で論じよう。
17
山西省、河南省、安徽省、江西省、湖北省、湖南省。
2013 年には、中国最大の 1 億の人口を有する河南省の省都鄭州において、空港経済総合実験区発展計画
が打ち出され、外資系航空貨物大手の進出がなされた。
18
図 3-1 1997 年時点における中国の高速道路網
図 3-2 2003 年時点における中国の高速道路網
図 3-3 2009 年時点における中国の高速道路網
資料:松尾(2012)第 2 章より。
図 4-1 中国各都市の工業生産シェア(2003 年)
図 4-2 中国各都市の工業生産シェア(2013 年)
図 4-3 中国各都市の工業生産シェアの変化(2003‐2013 年)
資料:松尾(2012)第 2 章データ更新。なお、赤色部分は増加、青色部分は減少を示している。
4.内陸交通輸送インフラの整備、後背地の空間的拡大と、港湾間競争
古来より「水運」の役割は、貨物輸送において圧倒的であった。例えば江戸時代の馬 1 頭の輸送力
が約 150kg であったのに対して、千石船1隻の輸送力は約 150 トンであったというので、千石船 1
隻(12~15 人程度で運航したという)で馬 1000 頭分もの働きをしたことになる19。アダム・スミス
は『国富論』3 章の、
「分業は市場の大きさによって制限される」という議論の中で、水運の輸送力と
「内海」の重要性を強調している。
一方トラックや鉄道など、陸上輸送手段の発達した今日では、こうした水運の重要性は忘れられが
ちである。しかし今日でも水運の陸運に対する輸送コスト差は圧倒的である。例えば東京‐大阪間の
コンテナ 1 個の輸送コストが約 10 万円であるのに対し、東京‐ロッテルダム間のコンテナ輸送コス
トが同じく約 10 万円である。その結果、内陸貨物集荷の際には、陸路輸送距離を最小化するインセ
ンティブが、強く働くこととなる。今日世界の主要港湾の多くが、湾奥部や大河の河口を遡ったとこ
ろにあるのも、こうした内陸後背地への輸送コスト最小化原理が作用しているからである。
その一方で、前節でみたコンテナ物流革命によるインターモーダル輸送の発展は、港湾からアクセ
ス可能な内陸後背地圏を著しく拡大させるとともに、各港湾の内陸後背地同士が互いに重複するよう
になった。その結果、港湾間での内陸貨物の獲得を巡る競争が激しくなっている20。では、こうした
内陸後背地の空間構造の変化は、港湾間の競争優位をどのように変化させたのであろうか。また、今
後どの港湾都市が内陸部への積み替え拠点としての優位性を拡大し、内陸後背地へのゲートウェイ・
ハブ港湾としての地位を獲得していくのであろうか、以下で地域別に見ていこう。
まず、欧州地域においては従来、ハンブルク‐ルアーブル間の北西部七大港湾に集中してきた。そ
の理由は欧州にとって長年、最も重要な貿易相手が北米地域であったためである。しかし、近年のア
ジア諸国なかでも中国の発展によるアジア地域との貿易拡大と、1989 年の冷戦終結後の欧州経済の発
展の中東欧地域へのシフトは、両者間の貿易額の増大を通じて、港湾間の競争優位にも変化を及ぼし
ている。こうした動きはまず、2000 年代の初めにかけて、ハンブルクに有利にはたらいた。なぜなら
七大港湾の中でも東に位置するハンブルクは、中東欧地域など内陸後背地に向かう鉄道網の充実も
あって、中東欧地域の製造業発展の恩恵を取り込むことができたからである。2000 年代の半ばには一
時、ハンブルクのコンテナ貨物取扱量は、ロッテルダムに肉薄した(表 2)
。
しかし今後むしろより注目される動きは、地中海北岸部諸港の成長である。なかでもアドリア海の
最奥部に位置するスロベニアのコペルは、近年急速にコンテナ貨物の取扱量を伸ばしている。その背
景には、同港の中東欧地域への輸送距離の短さがある。例えばアジアから同港経由でハンガリーのブ
ダペストにコンテナを運ぶ場合、従来主流のハンブルク経由と比べ、陸路輸送距離は 800km から
400km へと半減し、また海上輸送距離も約 4000km、時間にして 100 時間も短縮できる。2015 年に
は日通が同港をハブに定めた。
さらに 2018 年にはスイス西部とミラノを結ぶ「ゴッタルト・ベース・トンネル」
(自動車トンネル)
、
2025 年にはウィーンとアドリア海北端部を結ぶ「ブレンナー・ベース・トンネル」
(鉄道トンネル)
が開通予定である。そうなれば中東欧や南ドイツ地域とアジアを結ぶ輸送貨物のかなりの部分は、従
来の北西部港湾から、地中海北岸地域港湾経由へと切り替わる可能性が高い。このように欧州地域で
19
20
物流博物館(品川)展示資料より。
こうした状況については OECD(2008)報告書に詳しい。
は、欧州北西部から地中海北岸地域へと、物流ルートの大転換の兆しが見られる。将来的にはロッテ
ルダムに替わって、コペルやジェノバ等がアジアからヨーロッパへの新たな「ゲートウェイ」となる
かも知れない。
そうなれば欧州全体としての地域発展の空間構造にも、
大きな影響を及ぼすであろう。
一方コンテナ物流革命は、アメリカにおいても、戦後アジア地域との貿易が拡大する中で、地域発
展の空間構造を大きく変えつつある。従来アメリカ最大の貿易相手は欧州地域であり、このことが
ニューヨークなど北東部港湾都市の繁栄を支えてきたが、戦後アジア、なかでも日本の経済発展が進
む中で、1980 年代半ばには、アメリカの太平洋貿易額は大西洋貿易額を超えるようになった。こうし
たアジアとアメリカ東部の貿易において、当初主要な位置を占めたのは、パナマ運河経由のルートで
あった。しかしコンテナ貨物船の大型化が進み、やがてパナマ運河を通航可能な上限の 4000TEU を
超えるようになると、西海岸の港湾からの鉄道輸送、いわゆる「ミニ・ランドブリッジ」を経由する
輸送ルートへと切り替わっていく。特に 1984 年「ダブル・スタック・トレイン」という、コンテナ
二段積み貨車が開発されると、このルートの優位は決定的となった。その結果、西海岸諸港、なかで
も東部への陸路輸送距離が短く21、鉄道輸送網の充実したロサンゼルスが、アジア貨物を中継する拠
点となり、製造業が集積し、大発展することとなった(表 3)
。
表 2 欧州主要港湾のコンテナ取扱量およびシェア
北西部
北西部
北西部
北西部
北西部
ロッテルダム
ハンブルク
アントワープ
ブレーマーハーフェン
フェリックストゥ
北西部 ルアーブル
北西部 ゼーブルージュ
北西部 サウサンプトン
小計
地中海
地中海
地中海
地中海
地中海
地中海
地中海
地中海
アルヘシラス
バレンシア
ピレウス
ジオイアタウロ
マルタ
ジェノバ
バルセロナ
ラスペシア
地中海 マルセイユ
地中海 コペル
小計
合計
エジプト ポートサイド
トルコ イスタンブール
1995
4786897
2890181
2329135
1526421
1898201
コンテナ取扱量(TEU)
2000
2005
2010
2013
1995
6275000
9300000 11,145,804 11,621,000 22.37
4244247
8087545 7,900,000 9,302,000 13.51
4082334
6482061 8,468,475 8,578,000 10.88
2712420
3735574 4,871,297 5,831,000 7.13
2800000
2700000 3,400,000 3,740,000 8.87
2000
17.25
11.67
11.22
7.46
7.70
シェア
2005
17.72
15.41
12.35
7.12
5.14
2010
18.20
12.90
13.83
7.95
5.55
2013
16.69
13.36
12.32
8.38
5.37
4.03
2.65
2.92
64.89
4.04
2.68
2.62
67.08
3.85
3.90
2.51
68.70
3.57
2.91
2.14
64.75
5.40
3.14
2.33
0.00
3.23
2.88
3.22
2.47
5.52
3.60
3.19
7.29
2.84
4.12
3.81
2.50
6.06
4.59
2.66
6.02
2.52
3.10
3.95
1.95
4.59
6.87
0.84
4.66
3.87
2.87
3.18
2.10
6.47
6.22
4.55
4.43
3.95
2.86
2.47
1.86
2.00
0.24
35.11
1.73
0.34
32.92
1.56
0.78
31.30
1.58
0.86
35.25
970426
965483
610000
15976744
1464901
965345
1062000
23606247
2118509 2,358,077 2,486,000 4.53
1407933 2,389,879 2,026,000 4.51
1375000 1,540,000 1,491,000 2.85
35206622 42,073,532 45,075,000 74.66
1154714
671825
498041
692000
615242
689324
528478
2009122
1308010
1161099
2652701
1033052
1500632
1387570
909962
514767
58383
5422774
726000
85742
12773890
908000
953,435 1,097,740 2.41
179745
476,731
600,000 0.27
17274573 19,172,702 24,533,740 25.34
21399518
36380137
52481195
61246234
69608740
300000
256779
503793
297100
1621066
1526307
3,474,792
2,540,353
4,100,000
3,378,000
3179614
2409821
1394512
3160981
1321000
1624964
2071481
1024455
2,810,242
4,206,937
513,319
2,851,261
2,370,729
1,758,858
1,945,735
1,285,455
4,501,000
4,328,000
3,164,000
3,087,000
2,750,000
1,988,000
1,720,000
1,298,000
100
1.40
1.20
100
1.38
0.82
100
3.09
2.91
100
5.67
4.15
100
5.89
4.85
資料 containerization statistical yearbook より、筆者集計
21
例えばシカゴまでの距離ですら、ロサンゼルスとサンフランシスコ、シアトルでほとんど差がない。そ
れが南部地域になると、ロサンゼルスの距離的な優位は圧倒的となる。
表 3 北米主要港のコンテナ貨物取扱量シェア
1975
バンクーバー
シアトル+タコマ
西
ポートランド
海
岸 サンフランシスコ+オークランド
ロサンゼルス+ロングビーチ
1985
1990
1995
0.00
8.59
1980
1.36
8.64
1.38
10.46
1.92
12.55
2.35
12.16
2000
3.85
9.48
2005
4.14
9.73
2010
6.27
8.95
0.98
0.99
0.86
0.97
1.56
0.96
0.38
0.45
9.72
9.24
7.46
7.53
7.49
6.04
5.33
5.81
6.84
15.50
19.74
22.11
25.53
31.36
33.26
25.79
26.14
35.73
39.91
45.07
49.08
51.69
52.83
47.28
ハリファクス
2.52
2.41
2.04
2.77
1.09
1.80
1.29
1.08
ボストン
1.12
1.25
1.08
0.84
0.76
0.46
0.44
0.42
30.31
20.70
18.63
11.30
10.90
9.95
11.23
13.20
1.60
1.37
1.37
0.47
0.50
0.59
0.48
0.68
7.38
5.56
5.47
2.82
2.53
1.65
1.41
1.52
小計
北 ニューヨーク・ニュージャージー
東 フィラデルフィア
部 ボルティモア
バージニア
小計
南部諸港湾小計
5.12
3.76
3.11
4.69
5.10
4.46
4.64
4.73
48.04
35.06
31.70
22.90
20.88
18.91
19.50
21.63
12.87
14.10
15.25
17.92
21.52
20.53
19.34
23.34
資料 松尾(2012)第 4 章より。
今後の注目点は、2015 年末のパナマ運河拡張工事完成の影響であろう。これによって、運河を通航
可能なコンテナ船の最大サイズは 12000TEU にまで拡大する。また、ニカラグアにおいても中国企
業が「第二パナマ運河」の開発計画を進めており、完成すると、20000 TEU のコンテナ船が通航可
能となる。そうなればアジアとアメリカ東部の輸送は、低輸送コストを求めて再びパナマ運河経由へ
と切り替わる可能性がある。
一方中国においても、内陸貨物の獲得を巡る港湾間競争の激化と、港湾間の地位変動が起こってい
る(図 5、表 6)
。すなわち以前は製造業が輸出加工を目指していたため、再輸出に便利なより外洋に
近い港湾都市が優位を占めてきたが、近年、先に見た製造業立地の内陸展開の進展、内陸後背地の拡
大とともに、より国土の凹部の港湾への競争優位のシフトが見られる。例えば東北地域では、これま
での大連から、より東北内陸に近い営口、錦州への貨物シフトが見られ、また南部では、以前は圧倒
的シェアを占めていた香港から、深圳、さらには広州港への貨物シフトが見られる。また、華北から
華中地域では、人口1億の河南省を内陸後背地に控える連雲港や日照港がシェアを伸ばしており22、
また河川港である南京や蘇州の成長も著しい23。連雲港は、東アジアと欧州を最短距離で結ぶ「チャ
イナ・ランドブリッジ」の起点としても、今後重要な役割が期待されている。
他方で鉄道ランドブリッジ輸送については、負の影響も考えられる。例えば四川省など中国内陸部
から欧州に向かう貨物は、従来は全て海港に輸送された後、船で欧州方面に輸送されていたが、2011
年からは、重慶とドイツのデュイスブルクを結ぶ定期コンテナ貨物列車の運行が始まっている。こう
した動きは当然、沿海部各港湾都市の内陸後背地貨物の集荷力にも負の影響を与えると考えられる。
また、他国港湾との競合もある。例えば中国内陸部、雲南省から最寄りの港湾は、中国国内ではな
但し 2014 年以降、連雲港はマイナス成長に落ち込み、上海など他港から再び突き放されつつあり、予
測は外れたようであるが、これは長江水運の重要性を過小評価したためと思われる。但し一方で連雲港の
北 40km にある日照港は、その後も高成長を維持している。
23 南京までは、
3 万トン(コンテナ船に換算して、2000TEU 余り)までの船であれば遡上可能であるので、
比較的近海輸送に用いられる貨物船であれば、外洋から直航可能である。但し欧米に向かうような巨大コ
ンテナ船は、寄港不可能であるため、外洋向けハブ港としては限界がある。
22
く、隣国ベトナムのハイフォンであり、また雲南省はミャンマー方面にも海港出口を求めている。そ
の分、中国南部港湾は、内陸後背地貨物を奪われることになる。また東北部においても、従来は大連
や営口といった海港経由で運ばれていたが、
対日貿易の関係では、
黒竜江省や吉林省にとって最短ルー
トは日本海経由である。したがって今後、ロシアや北朝鮮の国境貿易管理の緩和が進めば、これまで
の東北部主要港湾の集荷力にも影響が及ぶと考えられる。
今後も内陸輸送インフラの整備による、各港湾の内陸後背地拡大に伴い、世界各地で大陸規模での
内陸貨物の獲得を巡る港湾間の競争が激化していくであろう。またこのことは、各港湾の地位変動を
引き起こし、物流幹線ルートの形成や地域発展にも大きな影響を与えていくであろう24。
図 5 中国の主要港湾の位置
資料:オーシャンコマース『2011 年版 国際輸送ハンドブック』より。なお「新港」は天津、
「塩田」
「蛇口」は
深圳の一部であり、また嵐山頭は 2003 年、日照港と合併した。
24
なお、中国経済の大発展は、主要輸送ルートの変化を通じて日本や韓国の地域発展構造にも大きな影響
を与えている。例えば韓国では釜山港に対するインチョン、ピョンテク港の貨物取扱割合が伸びており、
また日本では博多港の成長が著しい。福岡市の人口増加率は、近年政令指定都市の中でトップを占める。
表 4 中国各港湾の、コンテナ貨物取扱量(TEU)
東
北
華
北
・
華
中
・
華
南
総計
丹東
大連
営口
錦州
秦皇島
唐山
天津
煙台
威海
青島
日照
上海
南京
蘇州
連雲港
寧波
温州
福州
泉州
アモイ
汕頭
恵州
香港
深圳
広州
中山
珠海
江門
湛江
防城港
海口
2000年
38955620
43000
1011000
157000
7700
13451
6300
1708000
130000
49000
2120000
35000
5612000
202548
210100
120000
922000
74100
400000
148000
1085000
97000
43000
18100000
4124000
1431000
458000
314000
175000
78400
15921
65100
2005年
2010年
2013年
2000年 2005年 2010年 2013年
93099430 158589000 197300000 100.00 100.00 100.00 100.00
102460
320000
0.11
0.11
0.20
2687802
5263000
9912000
2.60
2.89
3.32
5.02
787485 3338000
5301000 0.40
0.85
2.10
2.69
201336
755000
952000 0.02
0.22
0.48
0.48
105049
340000
0.03
0.11
0.21 35178
277000
0.02
0.04
0.17 4800963 10086000
13000000
4.38
5.16
6.36
6.59
601575
1541000
2150000
0.33
0.65
0.97
1.09
171021
443000
0.13
0.18
0.28 6307012 12012000
15520000
5.44
6.77
7.57
7.87
213597 1061000
2026600 0.09
0.23
0.67
1.03
18084887 29069000
33617000 14.41
19.43
18.33
17.04
587671
1453000
0.52
0.63
0.92 801628
3644000
0.54
0.86
2.30 1005298 3871000
5488000 0.31
1.08
2.44
2.78
5262951 13147000
17326800
2.37
5.65
8.29
8.78
230224
421000
0.19
0.25
0.27 803919
1471000
1976700
1.03
0.86
0.93
1.00
631479
1370000
0.38
0.68
0.86 3342861
5824000
8007900
2.79
3.59
3.67
4.06
368313
935000
0.25
0.40
0.59 220066
229000
0.11
0.24
0.14 22427000 23699000
22290000 46.46
24.09
14.94
11.30
16269810 22510000
23278000 10.59
17.48
14.19
11.80
4682603 12546000
15309200
3.67
5.03
7.91
7.76
998690
821000
1.18
1.07
0.52
478413
703000
0.81
0.51
0.44
328957
256000
0.45
0.35
0.16
177786
320000
0.20
0.19
0.20
105007
251000
0.04
0.11
0.16
216810
613000
0.17
0.23
0.39
資料:松尾(2012)4 章データを、
「中国港口集装箱網」HP(http://www.portcontainer.cn/index.do)に基づき更新。
5.幹線航路形成と、トランシップ・ハブ港湾都市の台頭
前節では、内陸貨物の獲得を巡る、ハブ港湾の立地条件について見てきた。その際には、内陸後背
地への陸路輸送コストを極小化できるかどうかが、港湾の集荷力を決定付けた。
しかしハブ港湾にはもう一つ、他港からのフィーダー輸送貨物の積み替え拠点として発展するもの
がある。こうした「トランシップ・ハブ」型港湾は、近年コンテナ船の大型化による寄港港湾の絞り
込みと、周辺港湾への「積み替え需要」の拡大によって、近年急速に成長している(表 5)
。近年では、
世界のコンテナ貨物取扱量の 30%近くを、積み替え貨物が占めるようになった。こうしたトランシッ
プ・ハブ港湾では、前節で触れた内陸後背地型ハブ港湾とは異なり、海峡部や半島の突端、湾口部と
いった、外洋や幹線航路への近接性と、周辺港湾からの輸送集束の利便性が、競争力を左右する。
その典型例に、シンガポールがある。シンガポールは、それ自身の内陸後背地規模には欠けるが、
アジア‐欧州航路の幹線上に位置し、戦後日本の発展によって、同航路の輸送量が伸びるとともに、
東アジアやインド洋方面諸港からの貨物集束と、フィーダー輸送の積替え拠点として集荷力を高め、
貨物船の寄港数を増やすことで、ハブ港湾都市として大発展を遂げた。その結果、1980 年頃には神戸
‐シンガポール間で東アジアの幹線が形成され、さらにはここからのフィーダー輸送に便利な沿線諸
地域の発展を生むこととなった。
一方グローバルな地域発展空間構造の変化は、トランシップ・ハブ港湾の競争優位にも影響を与え
ている。かつて世界最大の幹線航路は、ロッテルダムとニューヨークを結ぶ、欧州-北米航路であっ
た。しかし近年の新興国の台頭は、幹線航路のシフトを通じて、こうしたトランシップ・ハブの座を
巡る港湾間の地位変動を生んでいる。以下で地域別に見ていこう。
まず、北東アジアにおいては、中国を中心とする新興国の台頭が、神戸から釜山へのトランシップ・
ハブ港湾の地位交替を引き起こしている。その理由は、同港がアメリカ西海岸と上海を結ぶ最短航路
上にあり、かつ日本と中国の間に位置し、中国北半部および日本の日本海側諸港から幹線航路への貨
物の中継に理想的な地理的位置にあるからである25。2014 年現在、釜山のコンテナ貨物取扱量は日本
の全港湾のそれの合計を超えるが、その 45%がトランシップ貨物である。
またベトナム南部においてはホーチミン、あるいはその郊外に近年作られたカイメップ・チーバイ
港が、近年コンテナ貨物取扱量を急速に伸ばしているが、これはベトナム経済の高成長に加え、同港
が世界第 2 位と第 3 位のシンガポール及び深圳を結ぶ世界最大規模の国際幹線航路に近く、トンキン
湾やシャム湾沿海諸港へのフィーダー輸送に便利なためである。近年ホーチミンのコンテナ貨物取扱
量は、タイのレムチャバンを追い抜く勢いである。こうした貨物船寄港パターンの変化は、両国の発
展関係にも影響する可能性がある。2013 年にはホーチミンから東北東に約 200km と、さらに幹線航
路に近いバンフォン港(カムラン湾)の開発が始まっている26。
一方、インド洋においてはスリランカのコロンボ港の地位が高まっていることが注目される。その
理由は、
同港がシンガポールとスエズ運河を結ぶ最短経路となる幹線航路上のインド洋中部に位置し、
ベンガル湾奥部やアラビア海、ペルシャ湾、アフリカ東部へのフィーダー輸送に便利なことがある。
同港のコンテナ貨物の取扱量は、インド最大のムンバイ港を凌ぎ、事実上「インドへのゲートウェイ」
として機能している(表 5)
。その結果、近年の内戦終結もあり外資の直接投資が集中し、一人あたり
GDP の水準も 2014 年で 3600 ドルと、インドの 2.2 倍に達している。
また、近年のドバイの著しい発展にも、地理的位置が関係している。ドバイが原油をほとんど産し
ないにもかかわらず発展できた理由は、水深の浅いペルシャ湾口部に位置し、湾奥の後背地諸港から
の原油やコンテナなどの積み替え需要を取り込み得る立地条件下にあったことにある。
一方、地中海沿線部においては、近年トルコのイスタンブールや、モロッコのタンジール(タンジェ:
ジブラルタル南岸)の成長が著しい。前者の場合は黒海方面の諸港湾からの、また後者の場合は北ア
フリカや西アフリカ方面からの貨物集束とフィーダー輸送を通じて、貨物取扱量を伸ばしている。ま
たいずれも港湾近くに経済特区を設け、欧州を中心に多くの製造業企業の誘致に成功している。
しかし地中海地域で今後最も注目されるのは、エジプトのポートサイドであろう。シンガポールに
もひけをとらない同港の立地条件が、
これまで顕在化されて来なかった理由は、
地域の政治情勢にあっ
た27。しかし近年アジア‐欧州間貿易が拡大する中、同港の地中海、黒海方面諸港への貨物集束拠点
25
なお、1995 年の神戸の震災は、両港の地位交替を引き起こしたと言われるが、両港の逆転への傾向は震
災前から見られ、震災は交替の時期を早めたに過ぎない。
26 なお、同港はホーチミンとは異なり、後背地には全く恵まれていない。
27 スエズ運河は 1967 年には第三次中東戦争で閉鎖され、東のシナイ半島部はイスラエルに占領された。
図 6 地中海・黒海地域におけるコンテナ貨物の流動パターン(単位:1000TEU)
1998 年 西航
2010 年 西航
資料:松尾(2012)第 5 章より。
1975 年に運河は再開され、1978 年のキャンプデービッド和平によって 1981 年にはイスラエル軍がシナイ
半島から撤退し、漸く安定した状態となった。近年は 2011 年の政変で一時マイナス成長に陥ったが、その
後の情勢の安定で、貨物量も急回復している。
表 5 世界のコンテナ港ランキング(2005-13 年 1000TEU)とトランシップ率(2008 年 %)
1 上海
2 シンガポール
3 深圳
中国
中国
コンテナ量
トランシ
ップ率
2013
2005
33617 18084
22.0
32240 23192
85.0
23280 16197
17.5
4 香港
5 釜山
6 寧波
中国
韓国
中国
22352
17690
17351
22427
11843
5208
25.0
43.8
15.0
24 ホーチミン
25 連雲港
26 ニューヨーク
ベトナム
中国
アメリカ
5542
5490
5467
2122
1005
4785
7 青島
8 広州
9 ドバイ
中国
中国
UAE
15520
15309
13641
6307
4685
7619
15.0
中国
日本
55.0
27 営口
28 東京
29 ジッダ
サウジアラビア
5301
4861
4561
634
3593
2836
12.7
52.3
10 天津
11 ロッテルダム
中国
オランダ
13010
11621
4801
9287
24.0
30 アルヘシラス
31 バレンシア
スペイン
スペイン
4501
4328
3180
2410
95.2
36.0
12 大連
13 ポートクラン
14 高雄
中国
マレーシア
台湾
10860
10350
9938
2665
5544
9471
32 コロンボ
33 ムンバイ
34 ポートサイド
スリランカ
インド
エジプト
4306
4162
4100
2455
2667
1522
75.0
59.5
55.0
15 ハンブルク
16 アントワープ
17 厦門
ドイツ
ベルギー
中国
9302
8578
8010
8088
6482
3342
35 コールファッカン
36 マニラ
37 フェリックストウ
UAE
フィリピン
イギリス
3800
3770
3740
1929
2625
2700
7869
7628
6731
7485
4177
6710
38 サラーラ
39 サントス
40 イスタンブール
オマーン
ブラジル
トルコ
3340
3446
3378
2492
2268
1186
順
位
港名
国名
シンガポール
18 ロサンゼルス
アメリカ
19 タンジュンペレパス マレーシア
20 ロングビーチ
アメリカ
34.0
28.0
95.8
順
位
21 タンジュンプリオク インドネシア
22 レムチャバン
タイ
23 ブレーマーハーフェン ドイツ
コンテナ量
トランシ
2013
2005 ップ率
6590
3282
6032
3834
5831
3736
50.0
港名
国名
96.3
99.0
35.0
資料:containerization statistical yearbook、Drewry (2009) データ、および wikipedia より筆者集計
としての潜在力は、ますます高まっている(図 6)
。2011 年には政変の影響で一時成長が落ち込んだ
が、その後軍事政権が復活する中、曲がりなりにも体制が安定したことで、貨物量は急回復している。
今後は 4 節で述べたような欧州貨物の欧州北西部から地中海港湾への転換の動きも加わり、アジア‐
欧州間の貿易は、ポートサイド‐地中海北岸経由のルートに大きくシフトしていくであろう。そうな
れば欧州へのゲートウェイは、ロッテルダムからポートサイドへと、大きく切り替わるかも知れない28。
6.
「輸送集束」拠点としての都市化の意味
以上で見たように、コンテナ物流革命の結果、今日、地域発展のカギは、輸送貨物の「集荷力」と
なった。これがコンテナ貨物船の寄港を促し、産業を呼び込むのである。したがって、都市集積の最
も重要な意味は、産業「集積の利益」よりはむしろ、輸送「集束の利益」と、これによる外部諸地域
28
他方で地中海では、ジオイアタウロ(イタリア半島南端部)のような、後背地都市を全く有さず、積み
替え機能のみに特化した特殊な港湾も出てきている。同港は 1995 年の開港後、瞬く間に地中海最大のコン
テナ港となったが、その理由は同港がメッシーナ海峡に臨むアジア‐欧州幹線航路上に位置し、東地中海
や西地中海からの貨物集束に最適であったことがある。こうした新しいタイプの港湾が台頭してきた背景
として、コンテナ船の大型化、海運会社やターミナル会社の巨大化が進む中、これら企業が既存の港湾都
市に捉われず、輸送集束に最適な立地拠点を世界規模で追求するようになったことがある。また、大量の
貨物を処理する巨大ターミナルが必要になる一方で、既存の都市の港湾では、十分なスペースが確保でき
ないという事情もある(Hesse(2008)
)
。今後こうした都市機能から完全に分離したタイプの港湾がどこ
まで広がっていくか注目される。なおこうしたタイプの港湾としては他にアルヘシラス(ジブラルタル)
、
サラーラ(オマーン)
、スカパ・フロー(イギリス北部)
、先に見たベトナムのバンフォン港等がある。
との「接続」の確保にある。そしてこれによる都市外部の資源の獲得が、都市の産業発展を引き起こ
すのである。こうした視点は従来の都市経済論では見落とされがちであった。一方空間経済学におい
ては、こうしたメカニズムの存在は意識されているが29、他方で輸送コスト自体については、多くの
理論モデルでは外生変数として扱われている点に問題があり、理論化への道は発展途上にある30。
こうした輸送集束力を高める要因として重要なのは、(1) 港湾都市自身の規模、(2) 内陸後背地から
の貨物集束力、(3) 近隣周辺港湾からの積み替え貨物の集束力 の 3 つである。このうち、(2)と(3) に
は地理的要因が深く関与している。
そしてコンテナ物流革命は、
これら三要因全ての重要性を高めた。
近年のアジア(東、東南、南アジア)が高成長を遂げてきた原因もここにある。アジアの陸地面積
は世界の 15%(南極除く)
、新疆や内外モンゴル、チベット、西イリアンも除く主要部では世界の 10%
に過ぎないが、ここに世界人口の過半が集中している。このことが極めて高いインフラ投資効率をも
たらし、効率的な輸送集束を可能にした。特に東アジアは、日本とシンガポールを両端とする国際幹
線航路が通り、巨大都市群が内海を囲うように分布しており、このことが域内分業の深化と、効率的
なサプライチェーン構築による、域内諸地域の発展を可能にしたと考えられる。
他方で中南米諸国の工業発展が遅れた大きな理由の一つは、人口規模や密度がアジアの 10 分の 1
と低いうえ、首都など主要都市の多くが高地にあり、内陸輸送の物流コストが高い上、世界の幹線航
路から遥かに遠かったため31、輸送頻度が確保できず、コンテナ船が寄港せず、コンテナ化の波に乗
り遅れ32、国際分業ネットワークへの参加が遅れたからである。このことは、東アジアと南米の主要
港のコンテナ取扱量データからも明確に見て取れる(表 6)
。したがって、南米諸国の失敗の原因を、
輸入代替工業化政策のみに求めるのは誤りであろう。
表 6 アジアと中南米各国のコンテナ貨物取扱量
韓国
台湾
1980
687904
1644322
1990
2348475
5430039
2000
8530451
10510762
シンガポール
香港
917000
1464961
5223500
5100637
17096036
35484074
ブラジル
メキシコ
アルゼンチン
1980
43183
1990
569186
228052
2000
2341227
1311137
122655
209150
1141113
資料:containerization statistical yearbook および wikipedia より、筆者集計
7.インフラ整備と、輸送集束を巡る地域間競争:なぜ、
「メガ・リージョン」なのか
1990 年代に IT 革命が進んだ時代、いずれは生産活動における地理的距離が意味を持たなくなり、
大都市から周辺地域への経済活動の分散が進むと言われたことがあった。しかしその後実際は、こう
した「距離の死」は起こらず、むしろ今日世界経済における巨大都市圏の影響力は、ますます拡大し
つつある。R.フロリダは、世界は「フラット33」ではなく、
「スパイキー」であり、世界の経済活動
の過半が 40 程度の「メガ・リージョン」
(巨大地域圏)に集中していると指摘している。しかし他方
29
30
31
32
33
例えば黒岩(2014)参照。
Fujita and Mori(2005)参照。
例えばアメリカ南部とリオデジャネイロの距離は約 8000km、往復 2 週間以上も掛かる距離である。
レビンソン(2007)
、p.309。なお、ブラックアフリカ地域も同様の問題を抱える。
T. フリードマン(2006 年)
、
『フラット化する世界』で話題となった用語。
でフロリダ自身は「メガ・リージョン」の存在事実を指摘するだけで、その形成メカニズムは説明し
ていない。またよく知られる都市の「寛容性」が都市成長に繋がるとの命題も、的外れに思われる。
一方以上の節の議論を見ると、近年なぜ、
「メガ・リージョン」が地域間競争の単位として重要性を
増してきたのかは明らかである。その答えは、コンテナ物流革命がもたらした輸送の大規模化と、イ
ンターモーダル輸送の発展等に伴う、後背地の拡大、地域間相互作用圏の広域化にある。このことが
世界各地域にとって、大量の貨物の効率的な集荷の必要性を高め、より大規模な地域単位の形成を促
したのである。情報とは異なり、輸送は物理的な現象であり、輸送の際に一定規模の貨物を束ねる必
要性は、IT 技術がいくら進歩しようが、なくなるものではない。
一方で、物流の集束には、輸送インフラが必要であるが、世界の発展途上地域の中には、大きな立
地潜在力を有しながらも、インフラ不足が発展のネックになっている地域も多く存在する。そうした
中で、今後世界の各地域、特に発展途上地域の発展に要求されることは、自らの立地潜在力を見出し、
これを顕在化させるようなインフラ建設政策を推し進めていくことであろう。先日亡くなったシンガ
ポールのリー・クアンユーは、
「島国の経済レベルは,その国の港湾や空港のレベルを超えることはで
きない」と述べている。日本はこれまで東アジアを中心に、政府開発援助を通じてこうした物流イン
フラの整備に多大な役割を果たしてきた。しかし世界の発展途上地域はまだまだ多くのインフラ投資
を必要としており、そのための莫大な資金が必要である。今年設立された、中国が主導するアジアイ
ンフラ投資銀行も、そうした時代要請の中で、生まれてきた面がある34。
他方で、インフラ投資=輸送の発展 を意味するものでもない。インフラ投資が地域発展に結び付
くのは、地理的条件に恵まれた場合のみである。コンテナ物流革命の結果、今日船会社やターミナル
会社はますます巨大化し、
世界規模での最適な拠点立地と最適な物流ルートを追及するようになった。
そうした中で、地域間の発展競争において、
「地理的な要素はかつてなく重大になった」と言える35。
但し自然地理的な立地優位は、必ずしも独占的地位による地域発展を保証するものでもなく、輸送
集束拠点となり得る地域は互いに競合し合っている点には注意が必要であろう36。
8.
「製造」から「物流」へ:地域発展理論のパラダイム転換
本稿では、コンテナ物流革命がグローバル地域発展空間構造の形成に与えた影響の分析を通じて、
伝統的な都市化論の問題点を明らかにしてきた。今後も世界各地で輸送集束のハブの地位を巡って、
地域間競争は激化していくであろう。コンテナ物流革命は地域発展のメカニズムを大きく変え、その
結果、伝統的開発経済学や、都市集積論の理論的枠組みは、大きな修正を迫られている。これまでの
同銀行の設立は、日本では批判的に報じられることが多いが、日本が主導する ADB 自身が、2010 年の
報告書の中で、インフラ専門の金融機関を新たに設立する必要性を主張している。
35 レビンソン(2007)
、p.346。
36 例えば東南アジアでは、シンガポールは近年、隣国マレーシアのポートクランやタンジュンペレバスの
成長に伴い、多くの積み替え貨物を奪われており、またインドシナ半島における東西経済回廊や南部経済
回廊の開通は近い将来、ランドブリッジとして南シナ海‐インド洋間の輸送ルートを代替し得る。またタ
イ南部のクラ地峡の運河開発計画は、マラッカ海峡に面する海港の存在意義そのものを脅かすであろう。
航空旅客輸送の面でもシンガポールは 2015 年、オーストラリア‐欧州間の乗り継ぎハブの地位を、ドバイ
に奪われている。ドバイなど中東地域の空港の優位の源は、アジアと欧州、アフリカを結ぶ「世界の中心」
に位置し、世界の大半の地域に片道 8 時間でアクセスできることにある。しかしそのドバイも、2015 年に
対岸のイランが国際社会への復帰により、海上貨物輸送の面ではその地位を脅かされるかも知れない。
34
地域経済発展政策は、製造業中心の考えに捉われてきたが、今後はこうした考えからの脱却と、
「物流」
「商流」を中心とした地域発展論の理論的再構築が必要であろう。
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Fly UP