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注意の向け方と瞬目活動の関係: 卓球のフォアハンドおよびスマッシュを
Nara Women's University Digital Information Repository Title 注意の向け方と瞬目活動の関係:卓球のフォアハンドおよびスマッ シュを用いた意識制御理論による検討 Author(s) 須永, 栞莉; 星野, 聡子 Citation 奈良女子大学スポーツ科学研究, 第16巻(2014), pp. 57-66 Issue Date 2014-03-31 Description URL http://hdl.handle.net/10935/3742 Textversion publisher This document is downloaded at: 2017-03-30T23:50:05Z http://nwudir.lib.nara-w.ac.jp/dspace 注意の向け方と瞬目活動の関係 -卓球のフォアハンドおよびスマッシュを用いた意識制御理論による検討- 須永 栞莉 1), 星野 聡子 2) Attentional focus and eye-blink rate: Examination of execution focus models by using fore hand stroke and smash shot in table tennis Shiori Sunaga 1) Satoko Hoshino 2) Abstract In sports, we use “external attention” that means attention to visual or auditory stimulus, and “internal attention” that attempts to monitor or control ones movement. Athletes skillfully change their attention focus during games, but there is currently no certain method of checking the focus of attention objectively. So in this study, we used eye-blink rate which is considered to be related to the focus of attention as an indicator. The purpose of this study was to investigate the difference of eye-blink rates, psychological factors, and movement when we use external attention or internal attention. Eleven table tennis athletes (M=4, F=7) participated in this study. They were asked to hit the balls with a fore hand stroke or a smash shot, to aim the target area of table tennis by using external or internal attention. The results of the analysis showed that there is a tendency of the increase of eye blinks on the internal attention. Concerning movement, the flying distance of the ball became longer when they use external attention, because their arms extend and their body bent forward more. By using internal attention, performance became clumsier and smaller than when they used external attention. It is expected that we cannot recognize accurate distances to the target when they use internal attention, so there is a difference on the flying distance of the ball. (Research Journal of Sport Science in Nara Women's University, 16: 57-66, 2014) Key Words : attention, eye-blink rate, execution focus models, table tennis キーワード:注意,瞬目活動,意識制御理論,卓球 1) 広島大学大学院総合科学研究科 〒739–8521 広島県東広島市鏡山 1–7–1 Graduate School of Integrated Arts and Sciences,Hiroshima University 1–7–1 Kagamiyama, Higashihiroshima, Hiroshima, 739–8521 2) 奈良女子大学文学部人間科学科スポーツ科学 〒630-8506 奈良市北魚屋西町 Nara Women’s University, Faculty of letters, Department of Human Sciences, Sports Science Kitauoyanishi-machi, Nara, 630-8506 - 57 - 緒 言 したのかをモニターすることはできないだろうか. 注意を向ける方向を判別するための指標として 運動遂行中,時として,自身の身体の動きに対 注目されているものに,瞬目活動(まばたき)が する注意が,自動化された動きを干渉することが ある.ヒトの瞬目は,随意性瞬目,反射性瞬目, ある.観衆や他者評価,報酬/罰,あるいは個人 自発性瞬目に大別される の成功や正確性を強く要求されるなど心理的スト 的に行う随意性瞬目,強い光や接近する物体など レッサー状況下で,より意識的な運動制御がなさ 外的刺激によって惹起し,主に眼球を保護する働 19).これは,既に自動化されてい きをもつ反射性瞬目,そしてこれらに対して外的 る動きに対して過剰な注意の配分がもたらされた 刺激とは独立して自発的に生じる自発性瞬目であ もので,Masters の意識制御理論 7)でいわれるとこ る.自発性瞬目は,内因性瞬目とも呼ばれ,注意, ろの自己への意識が高まった状態である. 覚醒水準,課題要求などがその生起要因となるた れた結果である 13).ウインクなどの意図 運動遂行に関わる注意の向け方は,主に外的注 め,様々な心理変数によってその出現頻度が変化 意と内的注意に分類され議論される 9).外的注意は する.この理由から,心理状態を反映する生理反 視覚・聴覚刺激など自身の外側へ注意を焦点化す 応として,精神生理学の研究領域で注目されてき ることを指す.例えばラケットなど用具の動きそ た 1) 2) 4) 15) 18) . 近年では,汎用 VTR の画像データから瞬目活動 のものやボールが飛んでいく方向など,環境に対 8) ,将来的には測定器 する身体運動が与える効果への注意のことである. を測定する技術も開発され 初心者に対しては,用具の動きというような低次 具を装着せずに計測が可能になると考えられる. レベルへの外的注意が効果的であるが,習熟に伴 実際のスポーツ場面においても,比較的客観的に い,より高次な運動プログラムユニットの統合結 観察しやすく,選手の注意の向け方を判断する有 果に対する外的注意が,運動制御により効果的に 効な指標となりうるであろう. 働く 瞬目研究の代表的な理論モデルに, Tecce 14) の注 16).一方,内的注意は腕や重心の移動のよう な自分が感じ取る身体感覚など自身の内側に注意 意と快不快の次元で説明する2過程モデルがある. が焦点化することをいう.運動遂行中に,過剰な 注意の次元では,外的注意は瞬目を減少させ,内 内的注意が身体の動きを意識させるような指示に 的注意は増加させる.つまり,読書などの外部環 よって向けられた際,その思考過程が運動の協調 境の情報を取り込む課題要求では瞬目は抑制され, へ悪影響を及ぼし,身体運動の流暢性を欠如させ 暗算や連想などの内的な注意を活性化させる課題 る. 要求では増加することがいわれている. 注意の向け方は運動学習段階でその違いが述べ 小孫・田多 5) による日本語版リーディングスパ られる.しかし,運動を積極的に制御しようと注 ンテスト(RST)を用いて RST 遂行時瞬目率,瞬目 意すると,効率的な運動制御能力の自動的過程を 率時間分布を測定した報告がある.ここでも外的 不慮に混乱させるため 8),運動学習のどの段階にお 注意課題である音読中の瞬目率は,内的注意課題 いても効果的でないといわれている 6) 7).つまり, である再生中および再生後の瞬目率よりも有意に 運動技能に関わらず,運動遂行中は「無(無意識) 」 低く,想起して音読するという思考過程を伴う内 で運動すべきで,思考過程は運動の前後に行うべ 的注意が働く運動の際には,瞬目活動が増加して きであるという 10) 11). いた. しかしながら,選手は時として混乱し,平静を では,外部情報の取り込みが盛んにおこなわれ 取り戻せなくなることがある.自身あるいは選手 ながら運動するスポーツ場面では,注意の向け方 を支えるコーチや監督が,客観的に競技中のどの の違いが瞬目の振る舞いに反映されるのであろう 時点で,何が原因で過剰な内的注意が働き,混乱 か.運動中は外部情報の取り込みのために,基本 - 58 - 的には瞬目活動が抑制傾向に作用すると考えられ, 3) 運動時の瞬目を測定した先行研究はあまりない. 内的に注意を向けることにより打球フォー ムに変化が起こる. 例えば,卓球のラリー中には瞬目活動を調査した 研究 3) 方 法 では,ラリー中は瞬目が抑制され,特にパ フォーマン遂行中であるラリー中にはほとんど瞬 1.被験者 目が起きなかった報告されている. 実験参加の同意が得られた卓球競技経験のある したがって,運動中の自己意識の高まりは,運 動開始前後に現れるのではないかと考えられる. 大学生 11 名(平均年齢 21.2 ± 2.5 歳,競技歴 8.3 ± また,注意の向け方の評価を,瞬目活動を指標と 4.8 年,男性 4 名,女性 7 名,全員右利き)を被験 して検討するためには,身体活動による生理指標 者とした.あらかじめ参加者には,競技歴,競技 への影響を最小限に抑え,課題中に参加者が注意 成績,ラケットの持ち方,ラバーの種類 などを問 の向け方をコントロールできるよう,ある程度自 うアンケートに回答させた.実験では普 段使用し 動化された動作を課題に設定する必要があると考 ている各自のラケット,シューズを使用させた. える 17).そこで本実験では,競技経験者による身 体的な疲労が比較的少なくパフォーマンスの再現 2.実験課題および条件 性の評価が可能である卓球の返球課題を課すこと 卓球マシ とする.卓球において基礎的な打法のひとつであ ンから送り るフォアハンドストロークと,ボールが発射され 出される上 てからの滞空時間が長く,その分,認知情報処理 回転ボール 時間が長くなると考えられるスマッシュの 2 種類 を返球する の打法を課題として採用した. フォアラリ さらに,注意の向け方については,卓球の基本 ー課題(以下, 的打法を用いてそのパフォーマンスの正確性が求 F 課題)と, められる課題時前後に教示する.このことで,実 山なりに送 際に注意の方向は使い分けられるのかどうか,ま り出される た,注意が内的に向けられた際,意識制御理論で 上回転ボー いわれる身体運動の流暢性の欠如(からだの使い ルを返球す 方の変化) ,および,瞬目の振る舞いの変化に対応 るスマッシ するのかどうかについて明らかにすることを目的 ュ課題(以下, とする. 以上のことから,卓球のフォアハンドおよびス 図 1 実験システム マッシュによる正確な返球課題を行わせ,以下の 仮説について検証する. 1) 瞬目活動は,運動時においても内的に注意を 向けた際に増加する. 2) フォアハンド課題に比べ,打球前のボールの 滞空時間が長く,その分,認知情報処理に当 てる時間が長いと考えられるスマッシュ課 題において内的注意が高まり,瞬目活動が増 S 課題)の 2 課題を設定 し,各課題に それぞれ以下の 3 条件を用いた. 1) コントロール条件(以下,CON 条件) :普段 通りに打球する. 2) 外的注意条件(以下,EA 条件) :得点枠と打 球の 落下点に注意を向け打球する. 3) 加する. - 59 - 内的注意条件(以下,IA 条件) :自分の腕の 振りに 注意を向け,正しいフォームで打球 の計 8 試行を行った.なお,CON 条件は前に行 する. う CON1 条件は注意の向け方を指定しない状態, 3.手続き 初めに実験室内で参加者に対し実験手順や課題 内容の説明を行った.次に,開眼安静時の瞬目数, 2 回目の CON2 条件は注意の向け方の操作を行っ た後の状態を観察するために設定した. 心拍数の基準値を座位姿勢により5分間測定した. 条件ごとに教示を行った後 20 秒間の返球課題 4.測定項目 を 2 セット実施し,返球課題前にはそれぞれ 20 秒 1) 心理指標 間のインターバルを設けた.以下,1 セット目の返 各条件試行終了時に課題前(pre) ・課題中 球課題前 20 秒間を pre 期間,2 セット目の返球課 (during)・インターバル(interval) について,質問 題前 20 秒間を interval 期間と呼ぶ.内省報告用の 紙で ①注意の向け方,②主観的課題難易度につい 質問紙は 2 セット目の課題終了時に回答させた. て内省報告を得た.①注意の向け方に関する項目 実験前には,全試行に共通した教示として「台 では, 「打球前のボールの軌道」 , 「ボールの着地点」 , の左隅に入るほど高得点になるので,できるだけ 「打球後のボールの軌道」 , 「ボールがラケットに 高得点を狙って打ってください」と教示した.ま 当たる時のラケット角度」 , 「台上の的」の外的注 た CON 条件では「普段通りに打ってください」 , 意を表す 5 項目, 「ボールがラケットに当たる時 EA 条件では「打ったボー ルの落下点と的に注意 の打球感覚」 , 「腕の振り方 (バックスイング)」 , 「腕 を向けて打ってください」 ,IA 条件では「腕の振 の 振り方 (フォロースルー)」 , 「左手の位置,振り りに注意して,正しいフォームで打ってください」 , 方」 , 「腰の回転」 , 「体重移動」の内的注意を表す という教示が被験者に与えられた.F 課題,S 課題 6 項目に対して 「1. 全く注意しなかった」 から 「6. では EA 条件,IA 条件を1回ずつ行い,順序は被 とても注意した」までの 6 件法で回答させた. 験者間でカウンターバランスした.CON 条件は F ② 主観的課題難易度の項目では, 「ボールを打つ 課題,S 課題それぞれの EA 条件,IA 条件前後に 難しさ」 , 「注意を向ける難しさ」 , 「注意を向けな 実施した.以上,F 課題4条件,S 課題 4 条件 がら できそうだと思ったか」の 3 項目に対して 「1.全く感じなかった」から「6.とても感じた」 までの 6 件法で回答させた. 2) 生理指標 瞬目活動を,左眼窩上下縁 部より垂直方向,左 右こめかみ部より水平方向の 眼電図(EOG)よ り導出して測定した.EOG 電位が 0.1mV 以上 変動し,閉眼開始から再度開眼までの持続時間が 400ms 以内の場合を瞬目と同定した. 3) パフォーマンス指標 卓球台後方に設置したビデオカメラで打球を撮 影し,得点枠の半径 10cm 以内を 5 点,20cm 以 内を 4点, 30cm 以内を 3 点, 40cm 以内を 2 点, 相手側コートには入ったが得点枠外であった場合 を 1 点,相手側コートに入らなかった場合を 0 点として得点をつけた(図 3) . 打球時点は,右前腕に加速度計およびラケット 図 2 実験プロトコル 裏面に取り付けた音センサによって測定し,生理 - 60 - 指標と共に記録した.条件による打球フォームの Statistics19 ソフトを用いた. 変化については,被験者の右側方から撮影したビ 結 果 デオ画像(1/60 秒単位)により打球時の腕の伸展, 構え時と打球時の前傾角度の変化について、フィ ールド画像再生プログラム Dual Stream(ディケ 1.注意の向け方と心理指標 EA 条件,IA 条件の設定によって被験者が 実際 イエイチ製)を用いて二次元動作分析を行った. に注意の向け方を変化させられたか検証する た 5.データ処理および統計解析 め,pre 期間,interval 期間における注意の向け方, 1) 心理指標 および主観的課題難易度に関する内省報告に 対 内省報告は,項目ごとに期間(pre, interval)× し,2 要因の分散分析を行った. 条件(EA, IA)の 2 要因分散分析を行い,主 効 果が認められた場合には下位検定として 1.1. 注意の向け方 F 課題における期間(pre, interval)×条件(EA, Bonferroni 法を用いた. IA)の 2 要因分散分析の結果,外的注意を表す項 2) 生理指標 瞬目活動の測定には 1 分間当たりの瞬目回数 目には条件,期間ともに有意差がみられなかった. で ある瞬目率(N/min)を使用した.EA, IA 条 一方,内的注意を表す「腕の振り方(バックスイ 件の pre 期間,interval 期間中の瞬目率を分析対 ング) 」 (F(1,10)= 10.41, p< .01) , 「腕の振り方(フ 象とし,期間(pre, interval)×条件(EA, IA)の ォロースルー)」 (F(1,10)= 17.97, p< .01) , 「左手の 2 要因分散分析を安静時の瞬目率を共変量として 位置・振り方」 (F(1,10)= 10.14, p< .01) , 「体重移 行い, 主効果が認められた場合には下位検定とし 表1 F 課題における条件間に差がみられた て Bonferroni 法を用いて分析を行った. 3) パフォーマンス指標 内省報告得点(点) パフォーマンスの評価は満点(打球数×5)に対す る実際の得点の割合を得点率,全試行のうち 各点 数の枠内に入った試行の割合を得点分布とし,期 間(pre,interval) ,条件(EA,IA)による差を Wilcoxon の符号付き順位検定を用いて比較した. 打球時の腕の伸展の変化を捉えるため打球時の肩 峰突起とラケット EA条件 外的注意項目 内的注意項目 腕の振り方(バックスイング) 腕の振り方(フォロースルー) 左手の位置・振り方 腰の回転 体重移動 3.18 2.46 1.5 1.73 2.27 IA条件 4.96 4.64 3.14 3.18 3.23 の先端の間の距離 表2 S 課題における条件間に差がみられた を測定した.また前 内省報告得点(点) 傾姿勢の変化を調 べるため,構え時と 打球 時の腸骨稜と 耳珠突起を結んだ 直線の傾きを計測 し,条件間で対応の あるサンプルの t 検 定を行った.統計 図 3 得点枠 解析には SPSS EA条件 外的注意項目 打球前のボールの軌道 ボールの着地点 台上の的 内的注意項目 腕の振り方(バックスイング) 腕の振り方(フォロースルー) 左手の位置・振り方 腰の回転 - 61 - IA条件 3.18 5.23 5.27 2.59 3.77 3.77 3.18 2.46 1.5 1.73 4.96 4.64 3.14 3.18 動」 (F(1,10)=13.86, p< .01) の4 項目において 1% IA 条件の間 に有意傾向はみられなかった.また, 水準で,また「腰の回転」 (F(1, 10)=8.70, p< .05) S 課題と F 課題の間においても有意な差はみられ の項目において 5%水準で IA 条件において有意 なかった. に得点が高かった.S 課題の期間(pre,interval) 条件(EA, IA)による差を Wilcoxon の符号付 ×条件(EA, IA)の 2 要因分散分析の結果,外的 き 順位検定を用いて比較した.その結果,CON1 注意を表す「打球前のボールの軌道」(F(1, 条 件と CON2 条件の間に有意な差はみられなか 10)=9.44, p< .05)の項目では 5%水準で, 「ボール った. の着地点」 (F(1, 10)=16.95, p< .01 ) , 「台上の的」 瞬目の基準値は個人によって大きくことなるた (F(1, 10)=18.33, p< .01)の 2 項目では 1%水 め,実験参加者間の個人差についても検討した. 準で EA 条件において得点が有意に高かった.ま 実験参加者ごとに CON 条件,EA 条件,IA 条件 た内的注意を表す項目では, 「腕の振り方(バック スイング) 」 (F(1,10)=11.84, p< .01)の項目では 1% 水 準,「 腕の 振り方 ( フ ォ ロー スルー ) 」 (F(1,10)=7.67, p< .05) , 「左手の位置・振り方」 ( F(1,10)=6.25, p< .05),「 腰 の 回 転 」 (F(1,10)=9.37,p< .05)の 3 項目は 5 %水準で IA 条件において有意に得点が高かった. 1.2.主観的課題難易度 主観的課題難易度についての項目である「ボー ルを打つ難しさ」 , 「注意を向ける難しさ」 , 「注意 を向けながらできそうだと思ったか」の 3 項目に ついて期間(pre, interval)×条件(EA,IA)の 2 要因分散分析を行ったが,条件,期間ともに主効 果はみられなかった. 図 4 F 課題時の瞬目率 図 5 S 課題時の瞬目率 2.注意の向け方と生理指標 2.1.瞬目活動 まず,条件(EA, IA)による差を Wilcoxon の符 号付き順位検定を用いて比較したところ,CON1 条 件と CON2 条件の間に有意な差はみられなか ったことから,本実験中に瞬目率の変動がなかっ たと考えられる. EA 条件,IA 条件の pre 期間,interval 期間 中 の瞬目率を,課題ごとに図4,図5に示す.い ずれもIA 条件ではEA 条件よりも平均瞬目率が高 くなる傾向が示された.しかしながら,期間(pre, interval)× 条件(EA, IA)の 2 要因分散分析を 安静時の瞬目率を共変量として実施したところ,F 課題(図 4) ,S 課題(図 5)ともに, EA 条件と - 62 - 図 5 S 課題時の瞬目率 の瞬目率を比較したところ,IA 条件において瞬目 条件において 1%水準で有意に大きかった. 率の増加がみられたのは,F 課題 pre 期間で 11 名 (t = 6.10,df =10,p< .001) .S 課題においては 中 4 名,F 課題 interval 期間では 6 名,S 課題 pre 条件間に有意差はみられなかった. 期間で 5 名,S 課題 interval 期間では 7 名であっ また,条件による前傾姿勢の変化を調べた結果, F 課題では条件間に差はみられなかったが,条件 た. S 課題では IA 条件において 5%水準で前傾角度 が有意に小さかった(F(1,10)=9.15,p< .05) . 3.注意の向け方とパフォーマンス指標 3.1.課題の学習効果についての検討 課題を連続して実施させたことによるパフォー マンス結果への学習効果を確認するため,F 課題, S 課題それぞれの CON1 条件,CON2 条件を比較 した.評価には,満点に対する実際の点数の割合 から求めた得点率を使用し,期間(pre, interval) , 条件(EA, IA)による差を Wilcoxon の符号付き 順位検定を用いて比較した.その結果,CON1 条 件と CON2 条件の間に有意な差はみられず,本実 験による技能向上はなかったと考えられる. 3.2.注意の向け方と得点の関係 図 6 に各課題における教示前(CON1 条件)お 図 6 条課題の条件間の得点比較 よび注意の向け方の違い(EA 条件,IA 条件)に よる得点比較を示す.評価には,満点に対する実 考 察 際の点数の割合 から求めた得点率を使用し,期間 (pre, interval) ,枠内に入った本数の割合から, 得点の分布を算出した.F 課題では 4 得点試行の 割合において EA 条件が 5%水準で有意に高かっ た(z= -2.10, p< .05) .また 1 点試行の割合に おいて IA 条件が 10%水準で有意に高い傾向がみ られ(z= -1.88,p< .10) ,0 点試行(オーバーミ ス)の割合においては EA 条件が 10%水準で有意 に高い傾向がみられた(z= -1.73,p< .10) .また S 課題においては,1 点試行(相手コートには入っ たが得点枠内には入らなかった打球)の割合にお いて 5%水準で IA 条件が有意に高かった(z= - 2.04, p< .05) . 1.注意の方向と内省報告の関係 本実験の教示による条件設定によって参加者が 実際に注意の向け方を変化させられたかを検証し たところ,S 課題は外的注意を表す 3 項目におい て IA 条件よりも EA 条件で有意に得点が高く, EA 条件において参加者がより外的に注意を向け ながら課題を行っていたと考えられる.また内的 注意を表す 4 項目は,EA 条件よりも IA 条件で有 意に高かったことから,実験参加者が IA 条件にお いてより内的に注意を向けて課題を行っていたこ とが考えられる.これらのことから,S 課題にお いて,注意の向け方に関する EA 条件,IA 条件の 設定は妥当であったと考えられる. 3.3.打球位置と姿勢の変化 まず打球位置の変化について,打球時における 肩峰突起とラケットの先端の距離を計測し,条 件による差について検討した結果, F課題では EA 一方 F 課題では,pre 期間,interval 期間ともに 外的注意項目には条件間の差がみられず,内的注 意を表す 5 項目においてのみ,EA 条件よりも IA - 63 - 条件で有意に高かった.これは F 課題において IA 条件ではより内的な注意を喚起できたが,EA 条件 2.注意の向け方と生理指標の関係 では IA 条件以上に外的に注意を向けていなかっ 瞬目率について,本実験では S 課題,F 課題と たことがわかる.その理由として,S 課題に比べ もに,条件による有意な差はみられなかった.こ てF課題におけるIA条件での外的注意項目の得点 の結果は,小孫・田多 5)の報告とは異なり,本研究 が高くなり,EA 条件との相対的な差が出なかった で設定した条件では内的注意が働く際の瞬目活動 ことが考えられる. の増加を明らかに示す結果には至らなかった. 山本 17) は,運動学習過程の注意配分の変化につ 実験参加者ごとに瞬目率の差を比較した結果で いて研究を行っているが,ある程度の運動系の学 は,F 課題,S 課題ともに,interval 期間中におい 習がなされない間は注意が運動系へ割り振られる ては半数以上の実験参加者が IA 条件において瞬 ため,認知系への注意の割り振られる割合は少な 目率の増加を示した.しかし実験参加者間の個人 いものとなると述べている.したがって卓球の基 差が大きく,各条件における瞬目率の変動も少な 礎的な技術である F 課題では S 課題に比べ運動系 かったため,実践において瞬目活動を注意の向け に対する注意配分が少なくて済み,より多くの注 方を評価する測度として使用する妥当性は、十分 意を外的に配分することが可能であったと考えら に得られなかった. れ,IA 条件下であっても外的に注意を向けること またF 課題, S 課題間の瞬目率の差に関しては, が可能であったことが示唆される.このように, ボールが発射されてからの滞空時間が長いことに 外的に注意を向けることを促すためには,実験参 より思考時間も長くなると考えられ,S 課題にお 加者の運動系の学習が成立し,運動系への注意容 いて瞬目が増加すると仮説を立てた.しかし,本 量の負荷が軽減され自動化処理が進んでいること 実験では有意な差はみられなかった.この理由と が重要であることがわかる. して,本実験では卓球ロボットマシンから発射さ また卓球競技のフォアロング動作における注意 の特徴について,章ら 12) れる球速,落下点,回転に変化のないボールを課 は注意を向ける時期に着 題に用いたことから,実験参加者にとって実践で 目した研究を行っており,フォアロングで打球す のフォアハンド,スマッシュよりも難易度が低く るときはバックスイング時期で多くの注意を必要 なり,また課題に達成目標を定めなかったため, とし,インパクト時期にはあまり注意を必要とし 返球課題を行うにあたり試行錯誤する必要がなか ないと述べている.章らの研究では注意の向け方 った可能性がある. については考慮されていないが,本研究の内省報 告において「ボールがラケットに当たる時のラケ 3.注意の向け方とパフォーマンスの関係 ット角度」 「ボールがラケットに当たる時の打球感 実験による学習効果の有無を検討するため,F 覚」などのインパクト時の注意についての項目に 課題,S 課題それぞれの CON1 条件,CON2 条件 条件間に差が表れなかったのは,インパクト時は のパフォーマンスを比較した結果,有意差はみら もともと注意が向きにくいタイミングであり,条 れなかった.よって,実験を通した学習効果はな 件間で差が表れにくかったためであると考えられ かったことが確認された. る. また注意の向け方と得点分布の関係については, 内省報告において,課題難易度,注意の向け方 全打球のうち 1 点から 5 点のそれぞれの得点枠内 の難易度に関する項目では S 課題,F 課題ともに に入った打球数の割合について,S 課題において 1 条件間に有意な差はみられなかった.このことか 得点試行(相手コートには入ったが枠内には入ら ら,注意を向ける方向の違いによって課題の難易 なかった打球)の本数の割合が IA 条件において有 度に対する印象は変化しなかったと考えられる. 意に高かった.また F 課題では 4 得点試行におい - 64 - ての割合が EA 条件で有意に高く,1 得点試行の本 本研究では,卓球のフォアハンドとスマッシュ 数の割合が IA 条件において,0 得点試行(オーバ の 2 課題を用いて,内的・外的に注意を向けた際 ーミス)の割合が EA 条件においてそれぞれ高い の瞬目活動をはじめとする生理指標,心理指標, 傾向がみられた. およびパフォーマンス指標の変化について検討し これらの結果から,内的注意の状態では打球が た.その結果,以下のことが明らかになった. 短くなり,外的注意の状態では打球が長くなりや 1) 卓球のフォアハンドとスマッシュの 2 課題を すい傾向があるといえる.その理由として,内的 用いて,内的に注意を向け行った場合と外的 に注意が向くことによって腕の振りが縮小した結 に注意を向け行った場合の瞬目率を比較した 果,打球の飛距離が短くなったことが考えられた. ところ,内的条件で瞬目活動が高くなる傾向 条件による打球時の腕の伸展の変化について検証 が示されたものの,統計的に有意ではなかっ た. するため,打球時の肩峰突起とラケットの先端の 距離の変化を検証した.その結果 ,S 課題では差 2) フォアハンド課題に比べ,打球前のボールの がみられなかったもののF課題ではIA条件におい 滞空時間が長く,その分認知情報処理に当て て肩峰突起とラケットの先端の距離が有意に小さ る時間が長いと考えられるスマッシュ課題に くなった.これは,身体の動きに対して過剰な注 おいて,瞬目活動は変化しなかった. 意集中が起こると動作の縮小が起こるとする意識 3) 外的に注意を向けた場合に打球は目標点より 長くなり,内的に注意を向けた場合は逆に短 制御仮説の理論と合致しているといえる. ウルフ 16) は,運動の効果への注意(外的注意) くなる傾向がみられた.その要因として,外 は自動的な運動制御を促進し,その結果よりよい 的に注意を向けた場合に,より打球時の腕の パフォーマンスが得られるとしている.本実験で 伸展が大きくなるなど,動作に変化がみられ は EA 条件の設定において,運動の効果を示す「打 た. ったボールの落下点」に注意を向けて打つよう教 示を与えており,EA 条件の得点率が CON 条件よ 引用文献 りも高い値を示した本実験結果は,ウルフの説を 1) 支持していると考えられる. 究小史-19 世紀末から 21 世紀に向けて. 白鷗大学教 また,今回は空間認知に関する心理指標を用い 育学部論集 5 : 115-154. ていないため断言はできないが,内的注意時は打 球が短くなり,外的注意時は打球が長くなりやす 平野乃美・本多麻子・田多英興(2011)内因性瞬目研 2) Hoshino, S. (2003) The relationship of shooting い傾向がみられた別の理由として,距離感覚に差 rhythm between warm-up trials and scoring shots が生じたことも考えられる.内的注意の状態では on a series of the shooting action and eyeblinks, 得点枠までの距離を的確に認知できなかったため, Annual report of studies in humanities and social sciences(奈良女子大学研究年報)47, 185-192. パフォーマンスが変化したのではないだろうか. このように,本実験では課題遂行時の注意の向 3) 愛知工業大学研究報告 40(B): 267-268. け方を変えることによる瞬目活動の変化は観察さ れなかったが,外的注意時に課題の得点が増加し, 石垣尚男(2005)卓球ラリー中と剣道対峙中の瞬目. 4) 小林新菜・正木宏明・星野聡子・山崎勝男(1999)自 内的注意時に選手の動作が縮小するなど,パフォ 発性瞬目に及ぼす音楽映像の鑑賞効果.生理心理学と ーマンスに変化が生じることが分かった. 精神生理学 17,183-191. 5) まとめ 小孫康平・田多英興(2004)ワーキングメモリの負荷 が瞬 目活動に及ぼす影響.日本教育工学会論文誌 28: 29-38. - 65 - 6) 7) Masters, R. S. W. (2000) Theoretical aspects of 19) 吉江路子・田中美史・村山孝之・工藤和俊・関矢寛史 implicit learning in sport. International Journal of (2011) “あがり”とファインモーターコントロール. Sport Psychology 31, 530-541. バイオメカニクス研究 15: 167-173. Masters, R. S. W. (1992) Knowledge, knerves and know-how: The role of explicit versus implicit knowledge in the breakdown of a complex motor skill under pressure. British Journal of Psychology 83 : 343–358. 8) 大西祐哉・大矢哲也・野本洋平・川澄正史(2011) Web カメラを用いた VDT 利用時の瞬目活動の計測と 応用.バイオメディカル・フィジィ・システム学会誌 13: 31-37. 9) Peh, S. Y., Chowa, J. Y., and Davids, K. (2011) Review: Focus of attention and its impact on movement behavior. Journal of Science and Medicine in Sport 14 : 70–78. 10) Singer, R. N. (1988) Strategies and metastrategies in learning and performing self-paced athletic skills. Sport Psychologist 2 : 49-68. 11) Singer, R. N. (1985) Sport performance: A five-step mental approach. Journal of Physical Education and Recreation, 57, 82-84. 12) 章 建成・坂手照憲(1988)卓球競技における注意の 特徴‐フォアロング動作について. 日本体育学会大会 号 185. 13) 田多英興・山田冨美雄・福田恭介(1991)まばたきの 心理学.北大路書店,pp. 5-6. 14) Tecce, J. (1989) Eyeblinks and psychological functions: A two-process model. Psychophysiology. 26 (Supplement), S5. 15) 津田兼六・鈴木直人(1990)主観的興味が瞬目率と体 動の生起頻度に及ぼす影響―見本評定法による主観的 興味の統制―.生理心理学と精神生理学 8,31-37. 16) ウルフ:福永哲夫訳(2007) 注意と運動学習‐動きを 変える意識の使い方‐. 市村出版, pp.1-25. 17) 山本裕二(1989)運動学習過程の注意配分の変化.日 本体育学会大会号 40A: 218. 18) 山崎勝男・清水泰貴・正木宏明(1996)スポーツ観戦 時の自発性瞬目.早稲田大学体育学研究紀要 28, 25-31. - 66 -