Comments
Description
Transcript
改正消費者契約法の概要とポイント[PDF形式]
改正消費者契約法の 概要とポイント 山本 健司 Yamamoto Kenji 弁護士 ( 清和法律事務所 ) 1997 年弁護士登録 (大阪弁護士会) 。内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査会委員、日弁連消費者問題 対策委員会委員。著書に 『コンメンタール消費者契約法 (第2版増補版) ( 』共著、商事法務) など。 消費者契約法の実体法部分を改正する 「消費 改正の概要 者契約法の一部を改正する法律案」が 2016 年5 月 25 日に国会で可決成立し、同年 6 月 3 日に公 ⒈不実告知取消に関する重要事項の拡大 布されました。本稿では、その法改正の概要と 今回の改正点の第1は、不実告知取消に関す ポイントを紹介します。 る重要事項の拡大です。現行法では、不実告知取 消の対象が、物品・役務の内容や対価等の契約条 法改正に至る経緯 件に限定されています。今回の改正によって、 消費者契約法(以下、消契法。なお、現行消契 不実告知を理由とした誤認取消の対象である 「重 法は以下、現行法。改正消契法は以下、改正法) 要事項」 に 「物品、権利、役務その他の当該消費者 は、消費者・事業者間の情報・交渉力格差を踏 契約の目的となるものが当該消費者の生命、身 まえて消費者の利益を擁護すべく、2000 年に消 体、財産その他の重要な利益についての損害又 費者契約に関する民法の特別法として制定され は危険を回避するために通常必要であると判断 た法律です。 される事情」 、いわゆる動機部分に関する事由が 付加されます (改正法 4 条 5 項 3 号) 。 消契法については、制定後の情報通信技術の 具体的には、下記のような事案が不実告知取 発達、高齢化の進展、民法 (債権法) 改正論議の進 消の対象に含まれることになります。 展といった社会経済状況の変化を受けて法改正 の必要性が議論されるようになり、2014 年8月 事例1 山林の所有者が、測量会社から電 の内閣総理大臣からの諮問のもと、同年 11 月か 話勧誘を受けた際、当該山林に売却の可能 ら内閣府消費者委員会の消費者契約法専門調査 性があるという趣旨の発言をされ、測量契 会においてあるべき法改正の内容に関する議論 約と広告掲載契約を締結した。しかし、実 が重ねられ、2015 年 12 月 25 日に第1次の報告 際には市場流通性が認められない山林で 書である「消費者契約法専門調査会報告書」 が取 あった。 りまとめられました*1。 今回の改正法は、上記の専門調査会報告書で 事例2 「電話回線がアナログからデジタ 「速やかに法改正を行うべき内容」 とされた7事 ルに変わります。今までの電話が使えなく 由に関する法改正を実現したものです。 なります。この機械を取り付けるとこれま での電話を使うことができます」 と言われ、 *1 「消費者契約法専門調査会報告書」の詳細および同専門調査会に おける議論の経緯は、内閣府消費者委員会のホームページを参 照してください。 http://www.cao.go.jp/consumer/kabusoshiki/other/ meeting5/index.html そのように誤信して通信機器のリース契約 を締結した。 2016.10 12 改正法の 「当該消費者の (中略)重要な利益に 改正法の過量契約取消規定は、特定商取引法 ついての損害又は危険を回避するために通常必 の過量販売規定 (同法9条の2) が適用されない 要であると判断される事情」という法文は、文 事案であっても、消費者契約の事案であれば適 理上は読み取りにくいですが、 【事例1】 のよう 用されます。その反面、事業者が過量販売と知 な「消費者が測量等をしなければ山林の売却に りつつ勧誘したことが要件として必要とされて よる利益を得ることはできない」と考えて測量 います。 契約等を締結したという事案も典型的な適用場 改正法の過量契約取消規定の運用において実 面として想定しています。この点は国会 (参議 務上最も重要と思われるのは、個別事案におけ 院の委員会)の審議においても確認されていま る過量性の判断です。個々の事案ごとに、問題と す*2。本号が新たに定められた趣旨を踏まえ、 される契約の類型や具体的な事情を踏まえ、 「物 本号の適用範囲を不当に狭くしてしまわないよ 品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的と う、実務で運用する際に注意が必要です。 なるものの分量、回数または期間 (以下、分量等) ⒉過量契約取消規定の新設 が当該消費者にとっての通常の分量等を著しく 第2は、過量契約取消規定の新設です。これ 超えるもの」という要件に該当するか否かを具 は、高齢者や障がい者の判断能力の低下等につ 体的に判断する必要があります。例えば、賞味期 け込んで不必要な商品の購入等をさせる勧誘行 限1カ月の健康食品を6人分販売したという事 為 (いわゆる 「つけ込み型不当勧誘行為」 ) のうち、 案でも、6人家族の消費者に販売した場合と、 特に近時被害の多い過量販売・次々販売の事案 一人暮らしの消費者に販売した場合では、評価 に関する消費者取消権を新設するものです。 が異なると思われます。この点、類似の制度で 具体的には、 「物品、権利、役務その他の当該 ある特定商取引法の過量販売の規定や運用、具 消費者契約の目的となるものの分量、回数また 体的には、消費者庁・経産省の 「特定商取引に関 は期間(以下、分量等)が当該消費者にとっての する法律の解説」*3や日本訪問販売協会の 「『通 通常の分量等を著しく超えるもの」 (過量契約) 常、過量には当たらないと考えられる分量の目 を、事業者がそれと知りつつ勧誘した事案につ 安』について」*4 などは参考になると思われま き、消費者に取消権が認められます。また、上記 す。予防法務の観点からは、個々の企業が自社 の「当該消費者にとっての通常の分量等」 につい において取り扱う商品・役務の販売活動に妥当 ては、 「消費者契約の目的となるものの内容及び する過量契約のガイドラインをあらかじめ策定 取引条件並びに事業者がその締結について勧誘 しておくといった対応策が考えられるように思 をする際の消費者の生活の状況及びこれについ われます。 ての当該消費者の認識に照らして当該消費者契 ⒊消費者取消権の行使期間の伸長 約の目的となるものの分量等として通常想定さ 第3は、消費者取消権の行使期間 (短期)の伸 れる分量等をいう」 と定義されています (改正法 長です。改正法では、被害救済を促進する観点 4条4項前段)。 から、消費者取消権の短期の行使期間を現行法 また、今回の改正では、過去の同種契約と併 の 「6カ月」 から 「1年間」 に伸長しています (改正 せて過量販売に該当する場合 (いわゆる 「次々販 法7条1項) 。 売」の事案)を想定した法文も規定されています *3 消費者庁取引対策課・経済産業省商務流通保安グループ消費経 済企画室編『特定商取引に関する法律の解説 平成 24 年版』 (商事法務、2014) (改正法4条4項後段) 。 *4 公益社団法人日本訪問販売協会「『通常、過量には当たらないと 考えられる分量の目安』について」 http://jdsa.or.jp/quantity-guideline/ *2 第 190 回国会 地方・消費者問題に関する特別委員会 第 10 号 (2016 年 5 月 18 日) 2016.10 13 判例 (賃貸借契約の更新料条項に関する最高裁 ⒋取消の効果規定の新設 平成 23 年7月 15 日判決民集 65 巻5号 2269 頁) 第4は、取消の効果規定の新設です。現在国 会に上程されている民法(債権法)改正法案 121 が存在することを踏まえて、そのような契約条 条の 2 は、取消の効果を原状回復義務に改める 項の例示として意思表示擬制条項を付記したも としていることから、上記法文の解釈によって のです。典型的には 「Aという商品を購入した は、消費者が消費者取消権を行使しても当初の ところ、 その契約に、 特段の連絡がなければまっ 契約どおりに対価を支払うのと同様の結果にな たく関係のない B という別の商品の定期購入の りかねないという問題が指摘されています。 契約を締結したものとみなすという契約条項が そこで、改正法は、上記の民法改正後も、消 あった」といった場合が想定されています。上 費者取消権行使後の消費者の返還義務を、現在 記に該当する契約条項は、10 条後段の 「民法第 と同じ現存利益に限定することを規定していま 一条第二項に規定する基本原則に反して消費者 す(改正法6条の2) 。 の利益を一方的に害するもの」という要件を満 ⒌法定解除権排除条項を無効とする たす場合には無効となります。10 条後段要件 不当条項規定の新設 を満たすか否かについては、当該契約条項の事 第5は、法定解除権排除条項を無効とする新た 業遂行上の必要性や消費者の不利益の内容・程 な不当条項規定の新設です。具体的には、① 「事 度等を踏まえた個別具体的な考察が必要です。 業者の債務不履行により生じた消費者の解除権 ⒎8条1項の文言修正 を放棄させる条項」と、② 「消費者契約が有償契 第7は、8条1項3号・4号の損害賠償義務 約である場合において、当該消費者契約の目的 の免責条項における 「民法の規定による」 という 物に隠れた瑕疵があること (当該消費者契約が請 文言の削除です (改正法8条1項) 。実務上の影 負契約である場合には、当該消費者契約の仕事 響は小さいと思われます。 か し の目的物に瑕疵があること)により生じた消費 その他の要点 者の解除権を放棄させる条項」を例外なく無効 とする規定を新設しています (改正法 8 条の 2) 。 施行期日:改正法は、2017 年6月3日から施 この点、理由の如何を問わず消費者からの解除 行されます (改正法附則1条本文) 。ただし、取 を一切認めないとする契約条項は、事業者に債 消の効果に関する規定は改正民法の施行日から 務不履行等がある場合の解除をも認めない契約 施行されます (改正法附則1条但書2号) 。 条項として全体として無効となる可能性が高い 内閣府消費者委員会における継続検討:前述 ものと思われます。 の専門調査会報告書では、今回の法改正の対象 ⒍10 条前段の例示としての となっている7事由以外の論点*5は継続検討事 意思表示擬制条項の追加 由とされています。したがって、今回の改正後 第6は、10 条前段の例示としての意思表示擬 も、上記の残された論点については内閣府消費 制条項の追加です。具体的には、 「消費者の不作 者委員会において法改正の要否・内容が継続検 為をもって当該消費者が新たな契約の申込み又 討されることになっています*6。 はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項」 が、10 条前段に該当する契約条項の例示として *5 勧誘要件の在り方、不利益事実の不告知、困惑類型の追加、 「平 均的な損害の額」の立証責任、更なる不当条項リストの追加、条 項使用者不利の原則、過量販売類型以外のつけ込み型不当勧誘、 第三者による不当勧誘など。 条文に付加されます。 10 条前段要件に関しては、明文の規定だけで *6 2016 年 9 月 7 日に内閣府消費者委員会消費者契約法専門調査 会が再開しました。 なく一般的な法理等をも含むと判示した最高裁 2016.10 14