...

電気学会論文誌D, Vol. 136, No. 1, pp. 71-78 (2016)

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

電気学会論文誌D, Vol. 136, No. 1, pp. 71-78 (2016)
電気学会論文誌●(●●●●●●●部門誌)
IEEJ Transactions on ●●●●●●●●●●●●●●●
Vol.●● No.● pp.●-●●
DOI: ●.●●/ieejeiss.●●.●
消さないでください
論文誌テンプレート
Ver.2011.02.22
論
文
発電機トルク制御と系統無効電流制御を両立する
マトリックスコンバータの FRT 制御法
学生員
高橋
広樹*
正
員
伊東
淳一*a)
FRT Method for Matrix Converter to Ensure Compatibility
between Generator Torque Control and Grid Reactive Current Control
Hiroki Takahashi*, Student Member, Jun-ichi Itoh*a), Member
(20XX 年●月●日受付,20XX 年●月●日再受付)
This paper proposes an FRT (Fault ride through) method for a matrix converter in a grid-connected system to control the grid
reactive current and the generator torque during a three-phase short voltage sag. In the proposed method, the control period of the
system is divided into three modes. In the first mode, all switches are turned off, and in the second mode, a zero vector is
obtained at the output of the matrix converter. By using these two modes along with a snubber circuit in the matrix converter, the
generator torque is controlled during the three-phase voltage sag. Further, in the third mode a non-zero vector is selected to
connect the generator to the grid for providing the reactive current to the grid. In addition, the paper proposes a feedback control
to obtain a stable ride through operation. From the experimental results, it is confirmed that grid reactive current of 0.86 p.u. and
generator torque of 1.07 p.u. are achieved by the proposed FRT method during the three-phase voltage sag.
キーワード:マトリックスコンバータ,FRT,無効電流,発電機
Keywords:matrix converter, fault ride through, reactive current, generator
なお,このような系統連系要件は今後マイクロガスター
1. はじめに
ビンやエンジン発電機といった分散電源システムも対象と
なると考えられる。
近年,再生可能エネルギーへの注目が高まっており,風
力発電の導入が進められている(1)。風力発電システムでは,
また,風力発電では風車の加速,振動を防ぐため,出来
瞬時電圧低下(以下,瞬低)による大規模な停電を防止し,
る限り瞬低によるトルク変動を抑える必要がある(4)。一方,
また瞬低後の系統電圧回復を早めるため,下記のような系
マイクロガスタービンやエンジン発電機等では,負荷変動
統連系要件が規定されている(2)-(3)。
に対する応答が遅いという特徴がある(5)。しかし,瞬低中は
(1)瞬低時も,規定された残電圧と瞬低継続時間以内で
系統への有効電力をゼロもしくは大幅に低減するため(3),瞬
あれば,発電機に連系された電力変換器は解列せずに運転
低中も運転を継続するためには何らかの方法で発電電力を
を継続しなければならない。(日本,中国,欧米各国)
電力変換器内で消費する必要がある。従って,これらの用
(2)ドイツやスペイン等では,瞬低で低下した電圧値に
途では系統連系要件とは別に次の機能も求められる。
応じて系統に無効電流を注入する。例えば,ドイツの E.ON
(3)瞬低中も瞬低前と同じトルクを発電機に印加し,発
コードでは 10%以内の系統電圧変動のデッドバンドを除
電機から取り出す有効電力の変動を抑える。
き,1%の電圧低下に対して 2%の無効電流を系統に注入する
一方,高効率,小型軽量,長寿命な AC-AC 変換器として
ように規定されている。この無効電流注入によって電圧回
マトリックスコンバータが盛んに研究されており(6)-(12),そ
復後の需要家トランスへの励磁突入電流を防げる。
の中で風力発電システムやマイクロガスタービンシステム
にマトリックスコンバータを適用した事例が報告されてい
a) Correspondence to: Jun-ichi Itoh. E-mail: [email protected]
*
長岡技術科学大学
〒940-2188 新潟県長岡市上富岡町 1603-1
Nagaoka University of Technology
1603-1, Kamitomioka-machi, Nagaoka, Niigata, Japan 940-2188
© 200● The Institute of Electrical Engineers of Japan.
る(9)-(11)。しかし系統側を基準とした場合,マトリックスコ
ンバータは降圧型電力変換器なので,瞬低が発生した場合
は発電機端子電圧も低下し,発電機の運転継続が難しいと
1
マトコンの FRT 制御(高橋広樹,他)
いう問題がある(12)。
これまで,瞬低に対応するマトリックスコンバータの FRT
(Fault ride through) 制御がいくつか報告されている(13)-(17)。文
献(13)から(16)では産業用モータを対象とした FRT 制御を提
案しており,モータを停止させずに主回路の運転を継続す
る方法を述べている。また,文献(17)では運転継続とブレー
キ回路を用いた電力制御を同時に達成している。しかし,
前述した(1)から(3)の機能を同時に満たす FRT 制御に関する
報告は著者らの知る限りない。
本論文では,系統連系用マトリックスコンバータの FRT
制御として,瞬低中の運転継続と系統無効電流制御,発電
機トルク制御を同時に達成する手法を提案する。提案法に
おける最大の特長は,瞬低中の変調法としてキャリア一周
期の動作モードを 3 つに時分割することで,発電機トルク
制御と系統無効電流制御を両立する点にある。加えて,マ
Fig. 1. Circuit diagram of the matrix converter for a grid
トリックスコンバータのスナバ電圧と発電機電流振幅をフ
connected system. The snubber circuit includes a brake circuit.
ィードバックすることで,瞬低中もトリップすることなく
安定に運転を継続する。このように,提案する時分割変調
とフィードバック制御を組み合わせることで前述の 3 つの
機能を同時に達成できる。また,瞬低中に発電機から有効
電力を引き込んで発電機にトルクを印加し続けるため,文
献(17)と同様にスナバ回路に直流ブレーキ回路を接続する。
その結果,FRT のための追加部品は IGBT1 つと抵抗のみと
なり,発電機に並列接続する交流ブレーキ回路(4)に比べて追
加部品点数を少なくできる。最後に,提案する FRT 制御を
実機検証し,良好な結果を得たので報告する。
Fig. 2. Circuit diagram of an indirect matrix converter. The LC
2. 回路構成
filter is omitted and the snubber circuit uses an ideal voltage
source.
図 1 に発電機から系統にインターフェースするマトリッ
クスコンバータの回路図を示す。図 1 はマトリックスコン
想的に CSR と VSI に置き換えることで瞬低時の変調法を簡
バータの LC フィルタと双方向スイッチ群,ブレーキ回路を
内包したスナバ回路,発電機から構成される。瞬低中は系
単に検討できる。なお,図 2 では LC フィルタを削除し,ス
統に無効電流を流すため,マトリックスコンバータの入出
ナバ回路をダイオードブリッジと直流電圧源とする。ここ
力で授受する有効電力はゼロである。しかし,発電機にト
で,マトリックスコンバータと IMC で同じ入出力波形を得
ルクを印加し続ける必要があるため,瞬低中はブレーキ
るためには,両者のスイッチング関数を用いて(1)式が成り
IGBT をオンし,ブレーキ抵抗で発電機から供給される有効
立てば良い(8)。ただし,図 1 のフィルタの影響は無視し,各
スイッチング関数はオンの時 1,オフの時 0 とする。
電力を消費する。このブレーキ回路はマトリックスコンバ
 s ru

 s rv
 s rw
ータ特有の追加部品ではなく,従来の整流器-インバータ
システムでも必要となるため(4),マトリックスコンバータの
優位性は損なわれない。
3. 瞬低時の動作モードと時分割変調
s su
s sv
s sw
s tu   s up
 
s tv    s vp
s tw   s wp
s un 
  s rp
s vn  
s rn
s wn  
s sp
s sn
s tp 
 .......... (1)
s tn 
CSR と VSI の変調法は文献(8)で提案された三角波キャリ
図 2 に FRT 制御を検討するための間接型マトリックスコ
ア変調に基づき,CSR は系統力率を,VSI は発電機端子電
ンバータ(以下,IMC)の回路図を示す。本論文では,仮想
圧を制御する。瞬低中は無効電流を系統に注入するため,
AC-DC-AC 変換方式に基づき,マトリックスコンバータを
CSR の系統力率指令値をゼロとする。なお,系統正常時は
図 2 のように電流形整流器 (以下,CSR) と電圧形インバー
系統力率指令値を 1 とし,発電機から系統に電力を供給す
タ (以下,VSI) に置き換える。仮想 AC-DC-AC 変換方式と
る。
一方,系統正常時の VSI は発電機をベクトル制御するが,
は,「系統側端子と発電機側端子の接続関係が同一であれ
ば,変換器の構成が異なっても同じ入出力波形が得られる」
瞬低時は CSR の系統力率ゼロ制御によって直流リンク電圧
との原理に基づいた方式で(8),マトリックスコンバータを仮
edc がゼロになる。従って,瞬低時も発電機トルクを制御す
2
IEEJ Trans. ●●, Vol.●●, No.●, ●●●
マトコンの FRT 制御(高橋広樹,他)
るためには何らかの方法で VSI が発電機端子間電圧を変調
し,発電機電流をフィードバック制御する必要がある。さ
らに,系統側に無効電流を注入するためには VSI の変調で
一定の直流リンク電流 idc を確保しなければならない。本論
文では,この 2 つの課題を解決する VSI の変調法を提案す
る。なお,直流リンク電流は図 2 のように CSR から VSI に
流れる向きを正とする。
図 3 に提案する瞬低中の VSI の動作を示す。本変調法で
は VSI キャリア一周期中のモードを 3 つに時分割する。
1)
Mode 1: スナバ導通モード
Fig. 3. VSI operation in the three-phase voltage sag. The
スナバ導通モードでは VSI の全スイッチをオフにし,発
control period is divided into three modes.
電機電流をスナバ回路に還流させる。スナバ導通モードの
期間を制御するのはスナバ導通デューティ dsnb であり,この
期間の直流リンク電流はゼロ,発電機端子間電圧振幅はス
ナバ直流電圧 Vsnb に一致する。ただし,スナバ回路のダイオ
ードブリッジの動作によって,発電機電流の符号が同じ相
同士の線間電圧はゼロとなる。
2)
Mode 2: 直流リンク導通モード
図 4 に VSI の空間ベクトル図を示す。直流リンク導通モ
Fig. 4. Space vector diagram of the VSI.
ードでは VSI の空間ベクトルのうち,ゼロベクトル以外の
V1-V6 のいずれかを選択する。直流リンク導通モードの期
間を制御するのは直流リンク導通デューティ dlink であり発
電機側の全相が直流リンクに接続されるので一定の idc が得
られ,発電機端子間電圧は直流リンク電圧に一致する。た
だし,CSR を力率ゼロで動作させているので,系統周波数
Fig. 5. Equivalent circuit diagram of the IMC in mode 1 and 3.
の 1/6 周期毎の直流リンク電圧の平均値はゼロである。
3)
S1 and S2 turn off in mode 1 and turn on in mode 3.
Mode3: 還流モード
還流モードでは VSI の空間ベクトルのうち,ゼロベクト
ルである V0 もしくは V7 を選択する。すなわち,還流モー
変調の外乱とならない。このように,スナバ導通モードと
ドでは VSI の下アームもしくは上アームの全スイッチがオ
還流モードを使用することで発電機端子間電圧を変調し,
ンとなるため,発電機電流が VSI 内を還流する。この時,
後述する瞬低中のフィードバック制御と合わせることで瞬
直流リンク電流と発電機端子間電圧は共にゼロとなる。な
低中も発電機トルクを制御できる。
一方,直流リンク導通モードでは前述のとおり一定の直流
お,還流モードのデューティは 1-dsnb-dlink となる。
リンク電流 idc を確保する。従って,このモードで得られた
図 5 にスナバ導通モードと還流モードにおける仮想 IMC
の等価回路を示す。前述の通り,スナバ導通モードと還流
idc と CSR の力率ゼロ変調を組み合わせることで系統に無効
モードでは idc がゼロなので,等価回路は VSI とスナバ回路,
電流を注入できる。さらに,提案法ではスナバ導通デュー
発電機のみで構成される。VSI のスイッチ S1, S2 はスナバ導
ティと直流リンク導通デューティが互いに独立なので,ス
通モードでオフ,還流モードでオンとなる。図 5 から明ら
ナバ導通モードと直流リンク導通モード,還流モードをキ
かなように,この 2 つのモードでは VSI は単方向の昇圧コ
ャリア一周期中に時分割変調することで,瞬低中の系統無
ンバータと等価である。従って,S1, S2 のスイッチングによ
効電流制御と発電機トルク制御を同時に達成できる。
って瞬低中も発電機端子間電圧を変調できる。この時,発
表 1 に発電機から系統への電力供給時における直流リン
電機端子間電圧の正の期間の電圧 Vg_line は次式で表される。
ク導通モード (Mode 2) と還流モード(Mode 3) で選択する
ベクトルを示す。ただし,発電機電流ベクトルの角度ig は
Vg _ line  d snb Vsnb ............................................................ (2)
電流ベクトルが軸に一致した瞬間を 0 deg.とする。なお,
ここで,スナバ導通モードのデューティが dsnb であるのに
発電機電流ベクトルの角度は発電機電流の軸成分とアー
対し,還流モードのデューティは 1-dsnb-dlink となるため,dlink
クタンジェントの近似式から簡単に求められる。また,図 6
が発電機端子間電圧変調の外乱になるように見える。しか
に直流リンク導通モードでベクトル V1 を選択した時の VSI
し,直流リンク導通モードにおける直流リンク平均電圧は
の電流経路を示す。図 6 に示すように,ベクトル V1 を選択
ゼロなので,発電機端子間電圧の平均値は直流リンク導通
するとそのスイッチングパターンから idc = iu となる。従っ
モードと還流モードでゼロとなり,dlink は発電機端子間電圧
て,表 1 に示す通り発電機電流ベクトルの角度に応じて直
3
IEEJ Trans. ●●, Vol.●●, No.●, ●●●
マトコンの FRT 制御(高橋広樹,他)
流リンク導通モードのベクトルを切り替えることで,負の
Table 1. Selected vector in mode 2 and mode 3,
idc を確保できる。なお,ここでは系統正常時と同じ電流の
and VSI duty references.
向きである負の idc を得るように VSI ベクトルを選んでい
る。また,還流モードで選択するゼロベクトルはモードの
移行時にスイッチングする相が常に一相のみとなるように
切り替える。さらに,VSI のキャリア比較で使用する三相デ
ューティ指令値は,図 3 及び直流リンク導通モードと還流
モードのベクトルの関係から表 1 のように与えれば良い。
ただし,d135*, d246*は次式から与える。
*
*
d 135  d link  d snb
*
*
0 deg. 
 60 deg .
60deg. 
 120deg.
120deg. 
 180deg.
180deg. 
 240deg.
240deg. 
 300deg.
300deg. 
 360deg.
...................................................... (3)
*
d 246  1  d link ............................................................. (4)
ここで,dlink*と dsnb*はそれぞれ dlink と dsnb の指令値である。
図 7 に,仮想 IMC の変調ブロック図を示す。CSR は文献
(8)の一相変調法を用いる。ここで,CSR は瞬低時に系統力
率指令値を変更するだけなので,系統正常時と瞬低時で変
調を変える必要はない。一方,系統正常時の VSI も変形キ
ャリアを用いた文献(8)の変調法を使用するが,瞬低時は全
く異なる変調法を使用するため,瞬低を検出したらマルチ
Fig. 6. Current path of the VSI in mode 2 when V1 is selected.
プレクサ MUX2 を用いて VSI ゲートパルスを切り替える。
In this pattern, idc corresponds to iu.
令値 dlink*に対して dlink**が生成されるが,これは CSR の一
CSR pulses
ため MUX1 を用いる。一方,直流リンク導通デューティ指
MAX
ABS
また,スナバ導通モードと直流リンク導通モードを分ける
相変調による系統電流ひずみを除去する補償である。この
MUX2
相デューティに振り分けることで,瞬低時の VSI ゲートパ
ルスが得られる。
MUX1
4. 瞬低時のフィードバック制御
VSI pulses
補償で得られた dlink**を dsnb*とともに表 1 の通りに VSI の三
図 8 に瞬低中に導入するフィードバック制御のブロック
図を示す。図 1 のとおり,実際のシステムではスナバ回路
の電圧源がキャパシタとなり,発電機はインダクタと電圧
源で模擬されるため,瞬低中に運転継続するにはスナバ電
圧と発電機電流を安定に制御する必要がある。このため,
本論文では瞬低中にスナバ電圧と発電機電流をフィードバ
Fig. 7. Modulation block diagram of the IMC. The VSI modulation block
ック制御する。図 8 では,図 5 に示した等価回路を元にス
is selected depending on the grid state.
ナバ電圧制御をアウターループ,発電機電流制御をインナ
ーループとしている。瞬低中はブレーキ IGBT がオンするの

で,スナバ電圧指令値 Vsnb*はブレーキ抵抗 Rbrk で消費する
有効電力に応じて決定する。ただし,スナバダイオード及
び主回路スイッチの耐圧の関係から Vsnb*はスナバ過電圧検
2
i  i
出レベル以下とする。また,系統復帰時のスナバキャパシ
2
タへの充電電流によってスナバダイオードが破壊されるの
を防ぐため,Vsnb*は系統正常時のスナバ電圧よりも大きくす
る必要がある。従って,Vsnb*と Rbrk で消費できる有効電力
Fig. 8. Control block diagram for the snubber voltage control
Pbrk には次の制限がある。
and the generator current amplitude control in the three-phase
*
V snb _ nor  V snb  V snb _ ov
voltage sag.
.................................................. (5)
4
IEEJ Trans. ●●, Vol.●●, No.●, ●●●
マトコンの FRT 制御(高橋広樹,他)
V snb _ nor
Rbrk
2
Table 2. Simulation and experimental conditions.
2
 Pbrk 
Vsnb _ ov .............................................. (6)
Rbrk
ここで,Vsnb_nor は系統正常時のスナバ電圧,Vsnb_ov はスナバ
過電圧レベルである。なお,スナバに系統からの充電電流
を抑制する初期充電回路を接続して系統復帰時に抵抗を介
した充電経路を確保できる場合,図 5 の等価回路から(5), (6)
式の下限値がそれぞれ Ea と Ea2/Rbrk になり(6)式の範囲を拡
大できる。ただし,Ea は発電機速度起電力である。
図 8 ではスナバ電圧制御,発電機電流制御ともに PI 制御
Table 3. Feedback control parameters.
器を用いるが,図 5 の S1, S2 が同期してスイッチングするた
め,発電機電流の位相を制御するにはスイッチングの自由
度が足りない。このため,発電機電流は振幅のみを制御す
る。一方,図 5 からわかるように,発電機の速度起電力 Ea
がほぼ一定の場合,発電機電流の振幅を増やすためには発
電機端子電圧を下げなければいけない。このことから,発
電機電流制御のフィードフォワード項 Ea に対して PI 制御器
の出力を減算する。さらに,スナバ導通デューティ指令値
dsnb*を得るために,発電機端子電圧指令値をスナバ電圧 Vsnb
で除算する。以上のフィードバック制御を導入することで,
瞬低中における安定した運転継続と発電機トルク制御を達
成できる。さらに,3 章で示した時分割変調と図 8 のフィー
ドバック制御を合わせることで,瞬低中の運転継続と系統
無効電流制御,発電機トルク制御という 3 つの機能を同時
に実現できる。
5. シミュレーション結果
表 2 に提案する FRT 制御法の妥当性を検証するシミュレ
ーション条件を示し,表 3 にフィードバック制御パラメー
タを示す。ただし,発電機の代わりにインダクタと電圧源
を用いる。本章では残電圧を 0%とした ZVRT (Zero voltage
ride through)の条件において,図 1 のマトリックスコンバー
タの FRT 制御のシミュレーション結果を示す。Ea 及び発電
機電流制御系の回転座標変換に必要な角度は,代用した電
圧源の瞬時値とアークタンジェントの近似式を用いて演算
する。なお,実際に発電機を使用する際の Ea は回転子速度
から推定でき,また角度は回転子位置から求められる。瞬
低は三相電圧低下とし,継続期間は 100 ms とする。また,
直流リンク導通デューティ指令値は次式で与える。
*

*

d link  k 1  d snb ......................................................... (7)
ここで k はスナバ電圧制御を優先した際の系統無効電流指
令値を決定する無次元の比例係数である。具体的には,ス
ナバ電圧制御に必要な dsnb*を除いた(1- dsnb*)を直流リンク導
Fig. 9. Simulation result. The proposed FRT method obtains
dsnb*)に対する直流リ
zero power factor on the grid side, stable operation and the
通モードと還流モードに割り当て,(1-
rated generator power.
ンク導通モードの比率を k とする。すなわち k = 1 の時に最
大の系統電流振幅が得られ,k = 0 の時は系統電流振幅が最
ンク導通モードによって,基本波が 3.28 A(0.76 p.u.に相当)
小となる。本シミュレーションでは k を 1 に設定する。
図 9 に ZVRT のシミュレーション結果を示す。図 9 の瞬
の無効電流を系統に注入できている。ただし,図 9 では瞬
低期間では,仮想 CSR の力率ゼロ制御と仮想 VSI の直流リ
低時の系統電圧ベクトル角度を PLL (Phase locked loop) で
5
IEEJ Trans. ●●, Vol.●●, No.●, ●●●
マトコンの FRT 制御(高橋広樹,他)
保持できているものとする。また,仮想 VSI のスナバ導通
モードと図 8 のフィードバック制御によってスナバ電圧が
指令値の 400 V に一致し,各部の電圧電流波形が発散するこ
となく安定にライドスルーできることを確認した。さらに,
スナバ電圧を 400 V に制御することで,
発電機からブレーキ
抵抗に供給される有効電力は系統正常時と同等の 1.5 kW と
なり,瞬低中も発電機トルクを制御できることを確認した。
なお,瞬低中の系統電流と発電機電流はひずみを含む波形
となるが,これはスナバのダイオードブリッジの動作と発
電機インダクタンスの影響であり,このひずみの改善は今
後の課題とする。以上のように,提案する FRT 制御をマト
リックスコンバータに導入することで,瞬低中の運転継続
(a) k = 1
と系統無効電流注入,発電機トルク制御を同時に達成でき
ることを確認した。
6. 実験結果
本章では図 1 の試作機を構成し,実験で提案する FRT 制
御の有用性を確認する。実験条件は表 2,表 3 と同様である。
ただし,シミュレーションと同様に発電機の代わりにイン
ダクタと電圧源を用い,インダクタに流れる q 軸電流を発
電機トルクとして評価する。実験では,瞬低を発生させる
電源として NF 回路設計ブロック社製の電源環境シミュレ
ータ ES 6000W を用い,100 ms もの間三相電圧低下を発生
させる。また,マトリックスコンバータの転流シーケンス
の関係で系統三相電圧の最大相,中間相,最小相の判別が
必要なため,瞬低中の残電圧を 0%ではなく 30%とする。な
(b) k = 0
お,PLL を用いれば ZVRT でも上記の大中小判別は可能だ
Fig. 10. Operation waveform of the matrix converter during the
が,今回は簡単化のため検出電圧瞬時値から大中小関係を
three-phase voltage sag. The matrix converter using the
判別する。さらに,マトリックスコンバータの損失による
proposed FRT method works stably in spite of the grid voltage
供給電力の低下を補正するため,発電機 q 軸電流指令値を
sag. In addition, the grid current amplitude is controlled by k.
-1.07 p.u.とする。
図 10 にマトリックスコンバータの各部波形を示す。(a)が
k = 1 の時で(b)が k = 0 の時の波形である。系統正常時はベク
トル制御で発電機から系統へ電力を供給するので,系統電
流は系統相電圧と位相が反転した正弦波になる。また,発
電機電流も正弦波となり,図 10 では定格電力を系統に供給
している。一方,瞬低時の系統電流はひずみを含んだ正弦
波状の周期波形となり,発電機電流は 120 度導通のような
波形となる。これはスナバのダイオードブリッジの動作が
原因であり,図 9 のシミュレーション結果と良く一致する。
また,図 10 では直流リンク導通モードと k によって瞬低中
の系統電流振幅を制御できることがわかる。この時,(a)の
基本波振幅は 0.86 p.u.で(b)では 0.01 p.u.となる。さらに,ス
Fig. 11. Voltage and current waveforms on the grid side. During
ナバ電圧と発電機電流は両者でほぼ同じ波形となり,直流
the three-phase voltage sag, the grid current includes the
リンク導通モードが図 8 のフィードバック制御に影響を与
reactive component of 0.86 p.u. only.
えないことも確認できる。このように,提案する FRT 制御
によって瞬低中もマトリックスコンバータを安定に運転継
供給するが,瞬低時は仮想 CSR の力率ゼロ変調によって瞬
続できることを確認した。
低中の系統有効電流がほぼゼロになる。しかし,仮想 VSI
図 11 にマトリックスコンバータの系統側波形を示す。こ
の直流リンク導通モードによってマトリックスコンバータ
の時の k は 1 である。系統正常時は定格の有効電流を系統に
の仮想直流リンクに電流が流れるので,結果的に 0.86 p.u.
6
IEEJ Trans. ●●, Vol.●●, No.●, ●●●
マトコンの FRT 制御(高橋広樹,他)
の無効電流を系統に注入できる。このように,マトリック
スコンバータが瞬低中に系統に無効電流を注入できること
を確認した。
図 12 に k に対する瞬低時の無効電流値を示す。瞬低時の
無効電流は k に対して比例となる。これは k に応じて直流リ
ンク導通モードと還流モードが切り替えられ,仮想直流リ
ンク電流の平均値が調整されるためである。このように,k
に応じて系統無効電流を調整できることを確認した。なお,
k が 1 の時に系統無効電流が 1 p.u.とならないのは,(7)式の
スナバ導通デューティによって直流リンク導通デューティ
が制限されるためである。ここで,ドイツの E.ON コードへ
の対応を検討すると,図 12 で得た無効電流特性の最大値
Fig. 12. Grid reactive current characteristic with respect to k.
0.86p.u.は残電圧 57%以上の領域(電圧低下率 43%以下)ま
The grid reactive current is proportional to k.
で対応できる。従って,残電圧の度合いによっては瞬低中
に系統へ注入する無効電流が不十分な場合があるが,この
無効電流制御の範囲を拡大する方法は今後の課題とする。
図 13 にスナバ電圧制御と発電機電流振幅制御の応答を示
す。ここでは,系統正常時と同等の発電機有効電力をブレ
ーキ抵抗で消費するため,スナバ電圧指令値を 400 V とし
た。結果より,図 8 のフィードバック制御によって瞬低中
のスナバ電圧と発電機電流振幅が指令値に追従し,安定に
運転を継続できることを確認した。なお,図 8 の PI 制御器
に関して所望の応答を得るためのゲイン設計は今後の課題
とする。
図 14 に発電機の dq 軸電流波形を示す。ただし,瞬低中
の指令値は系統正常時のベクトル制御で使用した値を保持
Fig. 13. Transient response of the snubber voltage and the
している。図 14 からわかるように,系統正常時の d 軸電流
generator current amplitude controls. The snubber voltage and
と q 軸電流はベクトル制御によってそれぞれ 0 p.u.と-1.07
the generator current amplitude follow the references.
p.u.の指令値に追従している。なお,系統正常時の dq 軸電
流波形に重畳するリプルは,系統側を基準としたマトリッ
クスコンバータの電圧利用率を改善するために導入した二
相変調に起因する零相電圧変動の影響である。瞬低中の q
軸電流に着目すると,その平均値は指令値に追従する。こ
れは,図 13 で述べたようにスナバ電圧指令値を 400 V に設
定することで瞬低中も系統正常時と同様に定格有効電力が
発電機から供給されるためである。一方,瞬低中の d 軸電
流は指令値に追従せず,その平均値は-0.34 p.u.となる。これ
は,図 8 が発電機電流の位相を制御せずに振幅だけを制御
するためである。本論文では発電機リアクタンスを模擬す
る素子として三相インダクタを使用しているため,d 軸は無
効電力軸となる。従って,d 軸電流が指令値に追従しなくと
Fig. 14. Generator dq-current response. The average q-axis
も発電機トルクには影響しないため,制御的には問題ない。
current is kept to -1.07 p.u. during the three-phase voltage sag.
なお,d 軸電流がトルクに寄与する埋込磁石同期発電機を使
用した場合でも,本論文で想定する風力発電やマイクロガ
制御によって瞬低中も系統正常時と同等の発電機トルクを
スタービン,エンジン発電機などの用途では瞬低中も発電
印加できることを確認した。
機速度がほぼ一定となるため,ブレーキ抵抗で消費する有
次に,提案法による瞬低中の運転継続,系統無効電流制
効電力が瞬低前と同じであれば発電機トルクも瞬低前と同
御,発電機トルク制御の同時性について述べる。まず,運
じ値になる。一方,dq 軸電流に含まれるリプルは系統電流
転継続と系統無効電流制御の同時性は瞬低による系統電圧
ひずみと同様に発電機とスナバのダイオードブリッジが原
低下の波形を観測した図 10 と図 11 によって明らかである。
因である。しかし,図 14 の q 軸電流波形から提案する FRT
次に,発電機トルク制御を加えた場合の同時性は図 10 と図
7
IEEJ Trans. ●●, Vol.●●, No.●, ●●●
マトコンの FRT 制御(高橋広樹,他)
14 を用いて次のように説明できる。図 10 より,瞬低中はス
ナバのダイオードブリッジによって発電機電流が矩形波状
(9)
にひずむ。この時,発電機電流には発電機周波数の 5 次,7
次成分が重畳しており,dq 座標上では 6 次の周波数成分と
(10)
なる。ここで図 14 を見ると,dq 軸電流には-1.07 p.u.のトル
ク電流に加えて 6 次の周波数成分が重畳しており,図 10 の
(11)
結果と合わせることで瞬低中に発電機トルク制御も達成で
きることがわかる。以上のことから,提案する FRT 制御で
(12)
瞬低中の運転継続と系統無効電流制御,発電機トルク制御
を同時に達成できることを確認した。
(13)
7. 結論
本論文では,風力発電や分散電源に使用する系統連系用
(14)
マトリックスコンバータの FRT 制御を提案した。提案する
FRT 制御は瞬低中の運転継続,系統無効電流制御,発電機
(15)
トルク制御を同時に達成できる特徴を持つ。残電圧を 30%
とした LVRT (Low voltage ride through) の実機検証の結果,
(16)
提案するフィードバック制御によってスナバ電圧と発電機
電流を指令値に追従させ,安定に運転を継続できることを
確認した。また,提案する変調法によってマトリックスコ
(17)
ンバータの仮想直流リンク電流を確保し,0.86 p.u.の無効電
流を系統に注入できることを確認した。さらに,スナバ電
圧を維持しつつブレーキ抵抗で電力を消費することで瞬低
高
想 AC/DC/AC 変換方式によるマトリックスコンバータの制御法」,
IEEJ Trans. D, Vol. 124, No. 5, pp. 457-463 (2004)
S. M. Barakati, M. Kazerani, J. D. Aplevich: "Maximum Power Tracking
Control for a Wind Turbine System Including a Matrix Converter", IEEE
Trans. Energy Conversion, Vol. 24, No. 3, pp. 705-713 (2009)
R. Cardenas, R. Pena, J. Clare, P. Wheeler: "Control of the Reactive Power
Supplied by a Matrix Converter", IEEE Trans. Energy Conversion, Vol. 24,
No. 1, pp. 301-303 (2009)
H. Nikkhajoei, M. R. Iravani: "A Matrix Converter based Micro-Turbine
Distributed Generation System", IEEE Trans. Power Delivery, Vol. 20, No.
3, pp. 2182-2192 (2005)
原, 竹下, 伊東, 小高: 「マトリックスコンバータの原理的課題とそ
の対策」, JIASC 2010, No. I, pp. 63-68 (2010)
E. P. Wiechmann, R. P. Burgos, J. Rodriguez: "Continuously
Motor-Synchronized Ride-Through Capability for Matrix-Converter
Adjustable-Speed Drives", IEEE Trans. Ind. Electron., Vol. 49, No. 2, pp.
390-400 (2002)
C. Klumpner, F. Blaabjerg: "Experimental Evaluation of Ride-Through
Capabilities for a Matrix Converter Under Short Power Interruptions",
IEEE Trans. Ind. Electron., Vol. 49, No. 2, pp. 315-324 (2002)
D. Orser, N. Mohan: "A Matrix Converter Ride-Through Configuration
Using Input Filter Capacitors as an Energy Exchange Mechanism", IEEE
Trans. Power Electron., Vol. 30, No. 8, pp. 4377-4385 (2015)
R. Prasad: "Low Voltage Ride-Through Capability for Matrix Converter
fed Adjustable-Speed Induction Machine Drives for Industrial and Wind
Applications", Ph.D. dissertation, Dept. Elect. Eng., Univ. Minnesota,
Minneapolis, MN, USA, (2011)
C. Klumpner, F. Blaabjerg: "Short Term Braking Capability During Power
Interruptions for Integrated Matrix Converter-Motor Drives", IEEE Trans.
Power Electron., Vol. 19, No. 2, pp. 303-311 (2004)
橋
広
樹
前と同じ 1.07 p.u.の発電機トルクを得ることを確認した。一
(学生員) 1988 年 11 月 9 日生。2011 年 3 月長
岡技術科学大学卒業。2013 年 3 月,同大学大
方,残電圧を 0%とした ZVRT のシミュレーション結果より,
学院工学研究科修士課程修了。同年 4 月,同大
提案法は最も残電圧条件が厳しい ZVRT でも瞬低中の運転
学博士後期課程エネルギー・環境工学専攻入
継続,系統無効電流制御,発電機トルク制御を両立できる
学。主に電力変換回路に関する研究に従事。
ことを確認した。なお,本研究の一部はパワーアカデミー
研究助成から支援を受けており,関係者各位に感謝の意を
表します。
文
献
伊
東
淳
一
(正員) 1972 年 1 月 6 日生。1996 年 3 月,長
岡技術科学大学大学院工学研究科修士課程修
(1) F. Blaabjerg, K. Ma: "Future on Power Electronics for Wind Turbine
Systems", IEEE Journal of Emerging and Selected Topics in Power
Electronics, Vol. 1, No. 3, pp. 139-152 (2013)
(2) M. Tsili, S. Papathanassiou: "A review of grid code technical requirements
for wind farms", IET Renew. Power Gener., Vol. 3, No. 3, pp. 308-332
(2009)
(3) 系統連系専門部会編:
「系統連系規程 JEAC9701-2012」
,日本電気協
会 (2013)
(4) Z. Chen, J. M. Guerrero, F. Blaabjerg: "A Review of the State of the Art of
Power Electronics for Wind Turbines", IEEE Trans. Power Electron., Vol.
24, No. 8, pp. 1859-1875 (2009)
(5) 森野, 沼田, 傳田: 「分散型電源によるマイクログリッドシステムの
開発(その1)」, 清水建設研究報告, Vol. 84, pp. 45-56 (2006)
(6) P. W. Wheeler, J. Rodriguez, J. C. Clare, L. Empringham: "Matrix
Converters: A Technology Review", IEEE Trans. Ind. Electron., Vol. 49,
No. 2, pp. 274-288 (2002)
(7) T. Friedli, J. W. Kolar: "Milestones in Matrix Converter Research", IEEJ
Journal I. A., Vol. 1, No. 1, pp. 2-14 (2012)
(8) J. Itoh, I. Sato, H. Ohguchi, K. Sato, A. Odaka, N. Eguchi: "A Control
Method for the Matrix Converter Based on Virtual AC/DC/AC Conversion
Using Carrier Comparison Method", IEEJ Trans. D, Vol. 124, No. 5, pp.
457-463 (2004) (in Japanese)
伊東, 佐藤, 大口, 佐藤, 小高, 江口: 「キャリア比較方式を用いた仮
了。同年 4 月,富士電機(株)入社。2004 年 4
月,長岡技術科学大学電気系准教授。現在に至
る。主に電力変換回路,電動機制御の研究に従
事。博士(工学)(長岡技術科学大学)。2007
年第 63 回電気学術振興賞進歩賞受賞。2010 年
Takahashi Isao Award (IPEC Sapporo),第 58 回電
気科学技術奨励賞,2012 年インテリジェントコスモス奨励賞,2014
年電気学会産業応用部門論文賞,受賞。IEEE Senior member,自動
車技術会会員。
8
IEEJ Trans. ●●, Vol.●●, No.●, ●●●
Fly UP