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1.はじめに 2.Agency と独立行政法人の違い 3

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1.はじめに 2.Agency と独立行政法人の違い 3
型であっても、全てが国家公務員と同様の取り
1.はじめに
扱いとはなっておらず、国家行政組織法、国家
公務員法、そして総定員法も直接的には適用さ
近年、日本の公的部門では、独立行政法人制度の
れない。
創設など組織構造に変化がみられる。そこで、二回
にわたり、今後において重要な課題となる「行政組
③ 民営化に適さない組織が対象とされることか
織間分権」とそれを通じた「市場化テスト」のあり
ら、独立行政法人の運営に要する経費は国庫か
方について考察する。
らの交付によることになる。「渡しきり」の運
営交付金、そして一時的に交付される施設費と
2.Agency と独立行政法人の違い
いう仕組が示されたが、効率化によって生み出
日本では、2001 年 4 月より、イギリスの Agency
された剰余金の扱いについては必ずしも明確
ではない。
制度をモデルとした独立行政法人制度が創設され
た。しかし、「日本版エージェンシー」と呼ばれる
独立行政法人は、Agency 制度と異なり、行政組織
④ 具体的に独立行政法人の対象としてあげられ
の外部に置かれる独立した法人格をもつ組織と位
ている業務は、「政策実施」というよりも、む
置づけられている。また、組織運営の原理も、
しろ「政策関連業務」の分野となっている。
Agency の仕組を基本的に取り入れてはいるものの、
⑤ Agency が必ずしも何らかの立法措置に基づい
いくつかの点で修正が加えられている。その主なも
のは、以下の諸点であるi。
て設立されるわけではないのに対して、独立行
政法人では「独立行政法人通則法」と個々の設
① 独立行政法人化の対象となる業務は、「国民生
立の為の「個別法」が必要になる。これは、イ
活及び社会経済の安定等の公共上の見地から
ギリスと日本の法文化の違いであると考えら
確実に実施されることが必要な事務及び事業
れる。法的根拠をもつ日本の独立行政法人の方
であって、国が自ら主体となって直接に実施す
が、制度的には所管省庁からの高い独立性をも
る必要のないもののうち、民間の主体にゆだね
つようにも見える。しかし、長官の選任方法、
た場合には必ずしも実施されないおそれがあ
あるいは Treading Fund など Agency の一部
るもの」(独立行政法人通則法第二条一項)と
機関に見られる制度等から、独立性において独
されている。この定義では、諸外国で対象業務
立行政法人の方が勝っていると判断すること
とされ、Agency に最もなじみやすいと考えら
は難しい。むしろ、所管省庁と特殊法人の関係
れるルーティンワーク的許認可行政等が除外
を見る限り、制度的な独立性と実態運営上の独
される。
立性は必ずしも一致しないと考えられる。
② イギリスの Agency はあくまで国家行政組織で
⑥ 両制度設立の際の動機に違いが指摘できる。
あるのに対し、独立行政法人は国家行政組織で
Agency も独立行政法人も、共に小さな政府を
はないii。独立行政法人の職員は、国家公務員
念頭においた制度である点では共通している。
「PHP 政策研究レポート」(Vol.8
3
No.89)2005 年 2 月
しかし、Agency 制度では、思想的背景が制度
むしろ、同じ改革で行政内部組織に留まった「実
設計の際に大きく影響しているのに対して、日
施庁」の方が、イギリスの Agency に近いといえる
本の独立行政法人制度では、むしろ定員管理の
iv。14
側面が強いとの指摘もあるiii。
として成果を上げている国税庁や特許庁など「政策
の「実施庁」には、イギリスでは(準)Agency
実施機関」と呼ぶにふさわしい組織も含まれている。
これらの点から、日本の独立行政法人はイギリス
さらに、この「実施庁」は、独立行政法人に比べそ
の Agency よりも QUANGO(Quasi-Autonomous
の規定は抽象的で緩やかであるとはいえ、長に対す
Non-Government Organization)、あるいは NDPB
る権限の付与、目標・評価による管理、人事の独立
(Non-Departmental Public Bodies)との類似性
性など Agency の特質を備えている。このように、
が強い組織であるといえる。加えて、独立行政法人
日本では実施庁に適用すべき Agency 制度が、第二
には特殊法人等から移行した組織も存在する。した
特殊法人ともいうべき独立行政法人に適用される
がって、独立行政法人は従来から存在した特殊法人
現象が発生しているのである。
と類似の性格をもつものであると考えられる。
(図表1−1)独立行政法人の仕組
中央省庁
実 施
独立行政法人
部 門
評価・勧告
企画立案部門
特 殊
所管府省
第三者評価委員会
法人等
業務の効率性・質の向上、
自律的業務運営、透明性の
評価・勧告
確保
総務省
第三者評価委員会
(資料)総務省HP(http://www.soumu.go.jp)の資料を一部修正
「PHP 政策研究レポート」(Vol.8
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No.89)2005 年 2 月
②
3.独立行政法人の現状
職員の身分
Agency と独立行政法人では、制度体系において、
(図表2−2)職員の身分(法人別)
いくつかの点で違いが存在する。そのため、両者を
そのまま比較することで何らかの示唆を得ようと
しても難しい。しかし、「日本版エージェンシー」
50
と謳われる独立行政法人制度の特徴を浮き彫りに
58
国家公務員型
非国家公務員型
する上では、両者の比較は有効であると考えられる。
そこで、以下では独立行政法人の現状について考
察し、イギリスの Agency との比較を通して、その
特徴を整理してみたい。
国家公務員型の独立行政法人が58組織で、50
① 所管官庁の状況
組織の非国家公務員型の組織を上回っている。職員
の数では、国家公務員型が約7万3千人、非国家公
(図表2−1)省庁別の所管法人数
務員型が約4万人となっている。
2 4
20
4
11
5
2
27
21
内閣府
総務省
財務省
外務省
文部科学省
厚生労働省
農林水産省
経済産業省
国土交通省
環境省
③ 職員数の規模
(図表2−3)職員規模別法人数
3 4
12
11
28
12
文部科学省が最も多くの独立行政法人を所管し、
次いで農林水産省、国土交通省の順となっている。
0∼100
101∼500
501∼1000
1001∼5000
5001∼
不明
その中でも、文部科学省と農林水産省では調査研究
50
に関連する事業が半数を占めている。また、イギリ
スの Agency において最も多数を占める防衛関係の
職員数の規模別にみると、0∼100名が28法
法人が一つも存在していない点も特徴的である。
人、101∼500名が50法人、501∼100
0名が12法人、1001∼5000名が11法人、
5001名以上が3法人となっている。特徴的な点
として、職員数500名以下の比較的小規模な独立
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こうした点から、日本の独立行政法人の特徴とし
行政法人が全体の4分の3近くを占めていること
である。最も職員数が少ない独立行政法人は、北方
て、以下の点を指摘することができる。
領土問題対策協会と平和祈念事業特別基金で、とも
① 組織的には小・中規模の法人が多く存在してい
る。
に19名、最も職員数が多い法人は国立病院機構で
② イギリスの刑務所庁のように、業務の中に政策
約46000人となっている。
的要素を多分にもった組織はほとんど存在し
④
ていない。
活動による分類
③ 独立行政法人化が省庁そのものに与えたイン
(図表2−4)職種別の法人数
パクトはさほど強くなく、あくまで行政組織の
周辺部の改革にとどまっている。
1%
サービス提供
④ 非国家公務員型の法人も半数近くを占めてい
40%
41%
サービス提供
(+調査研究)
るが、そこには特殊法人や認可法人等が整理、
再編された法人も多い。
審査・規制
調査研究
5%
13%
4.日本における「行政組織間分権」への展望
調査研究(+
サービス提供)
以上のように、「日本版エージェンシー」と呼ば
れる独立行政法人は、特殊法人等の焼き直しの側面
職種別に分類してみると、サービス提供を主たる
をもち、行政組織改革の点では、イギリスの Agency
業務とする独立行政法人(サービス提供、およびサ
に比べ穏健なものにとどまっているといえる。しか
ービス提供+調査研究)が過半数を占める。一方で、
し、独立行政法人においても、Agency 制度と同様
調査研究に関する業務を担う法人も4割を占めて
の理論的背景が存在していると考えられる。そのた
いる。イギリスの Agency と比較すると、調査研究
め、今後「小さな政府」への流れが進む中で、独立
分野の法人が圧倒的に多く、審査・規制に関わる法
行政法人化が霞ヶ関の省庁内部にまで達するよう
人が極めて少なくなっている。こうした状況に至っ
になれば、イギリスで発生したのと同様の問題が、
た原因として、イギリスでは、思想的背景に基づい
日本においても発生しかねない。
て Agency 化の波がホワイトホールの内部にまで達
また、日本では、現在、内閣府の「規制改革・民
したのに比べ、独立行政法人化はあくまで霞ヶ関の
間開放推進会議」等で「市場化テスト(官民競争入
周辺部にとどまっていることが指摘できる。独立行
札制度)」に関する議論が進んでいる。その中で提
政法人となった組織の多くは、特殊法人や認可法人
案されている業務の種類として、ハローワーク関連、
など以前から本省と切り離されていた組織が再編
社会保険関連、行刑施設関連、統計調査関連、会計
されたものや、研究所のように本省の業務とは切り
検査関連、施設維持関連、独立行政法人の執行等業
離された機能をもつ組織が中心となっている。
務関連、中央省庁のバックオフィス事務関連等があ
げられる。社会保険関連や行刑施設関連等は、イギ
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リスでは既に Agency の業務として行われているも
(The Escape from whitemoor Prison on Friday
のであり、このような業務を民間との競争入札とし、
9th September 1994)では、当該脱獄事件のみなら
民間化への可能性を開こうとしている点において、
ず、刑務行政全般の問題点を取り上げている。この
急進的な改革ともいえる。しかし、そのような業務
報告を受けた当時の内務大臣 M.ハワードは、リア
は執行の中に政策的要素を多分に内包しているこ
モントを長とする調査委員会を組織し、さらなる問
とから、イギリスの Agency で発生した問題を繰り
題解決に向けての調査を実施させた。
返す可能性は否定できない。また、Agency の問題
この委員会の活動開始から時間もあまり経過し
が最終的には政府内部の問題であったのに対し、
ていない 1995 年 1 月 3 日、パークハースト刑務所
「市場化テスト」は政府と民間との間の問題となる
から 3 人の受刑者が脱獄する事件が発生した。こう
ため、一層複雑化すると考えられる。
した事態を受けたリアモントを代表とする調査委
員会は、1995 年 10 月 16 日、「リアモント報告」
(Review of Prison Service Security in England
5.イギリス刑務所庁の事例
and Wales and The Escape from Parkhurst
Prison on Tuesday 3rd January 1995)を公表した。
そこで以下では、イギリスで大きな問題となった
刑務所庁(HM Prison Service)を取り上げ、Agency
報告書では、刑務所運営上の様々な問題点を指摘し
をめぐる課題等について整理する。
た上で、「刑務行政のトップのリーダーシップ、そ
の構造及びマネジメントがその業績に対して責任
(1)刑務所庁の概要v
を負わなければならない」と述べている。これを受
刑務所庁は、1993 年 4 月、刑務行政の自律性を
けたハワード内務大臣は、事態を正すためには刑務
高め効率的な運営を図るために Agency に移行した。
所庁長官の交代が必要であるとの結論に達した。し
刑務所庁の初代長官には、民間出身でレジャー企業
かし、ルイスは辞任を拒否したため、ハワード内務
の社長であった D.ルイスが就任した。彼の任務は、
大臣は契約期間中にもかかわらずルイスを解雇す
「刑務行政を能率的にすること」であった。しかし、
ることとなった。
その実現には課題が山積していたため、能率改善に
こうした状況において、議会では野党が、刑務所
必要なシステムを形成するまでに 4 年ないし 6 年の
の運営上の問題により脱獄事件が相次いだ責任は
期間を見込んでいた。
運営を担うルイスのみならず、刑務政策を担うハワ
刑務所庁は、Agency 化後 2 年半にして、大臣に
ード内務大臣にも帰されるものであり、大臣も辞任
より設定された目標を達成することとなった。例え
すべきとの批判を行った。一方、ハワード内務大臣
ば、脱獄数は前年度比で 1993 年には 25%減少、
は Agency 制 度 に お け る Accountability と
1994 年には 32%減少した。また、受刑者の収容環
Responsibility の 論 理 に 基 づ き 、 大 臣 が
境に配慮して、それまで一つの房に 3 人の受刑者を
Responsibility を問われるのは政策問題に関して
収監していた状況を改善する目標も達成したvi。一
のみであり、刑務所の管理という運営上の問題によ
方で、Agency 化後数ヶ月以内に、重警備の三人の
り自分が辞任する必要はないと反論している。この
受刑者が刑務所から脱走する事件も発生していた。
問題をめぐる議会での議論は、下院本会議において
この脱獄事件に関する報告書「ウッドコック報告」
内務大臣が責任を認めないことを非難する動議が
「PHP 政策研究レポート」(Vol.8
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No.89)2005 年 2 月
否決されたことにより、ひとまず終結することとな
乱が生じていることが確認されている」とあるvii。
った。
この点については、「セオリーでは、長官が政策の
執行に Responsibility をもつとされている。しかし、
(2)刑務所庁にみる Agency をめぐる問題点
80%は…政策のインプットであると主張する―
①政策と執行の分離、責任の所在は明確だったのか
「Next Steps」では彼らの役割を政策形成よりはサ
こうした事件が発生した原因の一つとして、理論
ービス供給であると強調しているにも拘らずviii」と
上は分離可能に見える刑務行政の政策と執行が、現
の見解や、「刑務所庁長官は、刑務政策上の最も重
実的な政策過程ではほとんど分離不可能であるこ
要なアドバイザーであるix」、あるいは「長官の大
とがあげられる。刑務行政の政策と執行をめぐる分
臣に対する Accountability と大臣の下院に対する
離の限界は、1991 年に発生したブリクストン刑務
Accountability の間が、故意もしくは偶然によって
所脱獄事件の際にも議論になっている。その際には、
不明確となっているx」とする見解もある。さらに、
「政策」は全般的戦略または高度の政府政策の問題
「現在の体制は、大臣に対して、政策が成功したと
に限られ、他方、省政策は「行政」の中に吸収され
きにはそれを彼の業績とすることを、失敗したとき
るとされている。
には長官を非難することを許しているxi」、「政策
刑務所行政の自律性を高める狙いもあり、刑務所
と執行の分離は、政策サイドを有利にし、マネジメ
庁の Agency 化が行われた。しかしながら、Agency
ントサイドを不利にするxii」などの見解も存在する。
という別組織を形成し、そこへの権限・責任の委譲
本事例の当事者である D・ルイスも、「内務大臣は
を行っても、依然として刑務行政における政策とは
「困難」の意味するところを「運営」とする新しい
何か、執行とは何かについて明確化されることはな
言葉の定義を捏造した」と非難したxiii。 こうした
かった。なぜならば、刑務所庁のような組織の業務
議論を受けて、R.A.W.ローズは「政策と執行を明
は、政府の政策のあり方によって大きく影響を受け
確に区分する線はない。大臣が批判を避けることを
やすいからである。例えば、政府が受刑者の更正と
助けることによって、議会に対する大臣の
社会復帰、つまり教育的刑罰を重視するか、あるい
Accountability の土台は破壊される」と指摘してい
は犯罪抑止のための重罰、つまり応報的刑罰を重視
るxiv。
するかによっても、刑務所全体の運営に必要なスタ
このような問題の再発を防ぐために、形式的には
ッフの人数や資質、さらには受刑者への接し方など
大臣と Agency の長との間の責任分担が枠組協定書
日常の組織運営まで、大きく変わらざるを得ない。
に規定され、それぞれの責任が明確化されるはずで
そのため、役割や責任の所在は不明確なものとなり
あった。しかし、刑務所庁のように、政治的対立を
やすい。ホワイトモア刑務所の脱獄事件についてJ.
生みやすい分野では、誰がどんな決定を行うか、あ
ウッドコックが提出した報告書にも、「サービスを
るいはいつ大臣が関わるべきかについて、正確に定
含むあらゆるレベルで、大臣、Agency の長、各刑
義することは困難であった。
務所の管理官それぞれの Responsibility に関して
政策と執行との区別の困難性を示す例として、
混乱が見られた。調査では、何が政策的問題であり、
D.ルイスは「既決囚は労働または類似の活動に従事
何が運営上の問題かについて決定することは難し
すべきであるというのが政策であり、受刑者達が囚
く、どこに Responsibility が存在するかについて混
人服を作るべきか、市場向けの家具を作るべきかは
「PHP 政策研究レポート」(Vol.8
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No.89)2005 年 2 月
運営上の問題である。しかし、他の例はそれほど簡
そして、第2に、大臣が問題に関する情報の提供や
単ではない。内務大臣は、受刑者がその房にテレビ
協議を求めるというよりも決定への介入を行って
をもつことは許されないということを政策の問題
きたことである。この介入は、刑務行政の成果を損
として決定した。しかし、受刑者が休憩室でどの程
なう程度」xviiiにまで増大していたという。
度、またどんな内容のテレビを見ることが許される
べきかは、依然として運営上の問題である」と指摘
③刑務所は Agency 制度の適用に相応しかったのか
しているxv。このことからも、刑務所庁の実際上の
刑務所庁の Agency 化をめぐる問題として、刑務
運営は、自分達が政策執行機関としてどのようなこ
所行政を司る組織を Agency 化することが適切であ
とをなすべきか不明確なままに行われていたと考
ったのかという論点が存在する。Agency といって
えられる。
も、職員数、財務体系、業務内容など一様ではない。
そこで、刑務所庁について見てみると、職員数で
は Agency 化当時において 38,935 人(現在は 41,940
②Agency の独立性は担保されていたのか
既に述べたように、下院においてハワード内務大
人)を保持し、他の Agency と比較しても大きな規
臣に対する非難動議が否決されたことによって、本
模を誇っていた。一般的に、組織の規模が大きいほ
事件における大臣の Responsibility は問われない
ど、組織管理のための権限階層は多くならざるを得
こととなったxvi。その際、大臣は、刑務所行政の日
ず、組織全体としての目的が形骸化し、いわゆる「X
常的運営には介入しなかったと主張して、自己の立
−非効率」を深刻化させる要因となるxix。
場を弁護した。しかし、長官を解任されたルイスは、
次に、財務体系において、刑務所庁は
逆に絶えず大臣から圧力を受けていたと反論して
fully-funded regime という体系をとっており、収
いる。ルイス解任の根拠となった「リアモント報
入と支出の両面で所管省庁のコントロールに服す
告」でも、刑務所庁本部は 4 ヶ月間に 1000 以上の
ることになる。こうした状態は、Agency の財政支
文書を内務省に提出したと記されている。また、大
出の自由度を拘束し、自律的な運営に歯止めをかけ
臣・本省が運営上の細部にまで頻繁に関与し、現場
る危険性がある。
はこれに忙殺されていたとの指摘もなされている
さらに、業務内容についても検討すべき課題があ
xvii。このような業務は、刑務所庁職員に本来の業務
る。刑務所庁の業務は、行政外(国民向け)サービ
とは異なる負担を課すもので、Agency 本来の業務
スに分類される。しかし、一言で行政外(国民向け)
の効率的な運営を阻害するものである。また、刑務
サービスといっても、運転免許庁(Driver and
所庁長官は一年に 600 の議会質問に答える必要が
Vehicle Licensing ) や 旅 券 庁 ( UK Passport
あったが、その多くは回答の整合性を図るために、
Agency)のように、比較的明確な基準に沿って単純
予め大臣と協議をする必要があった。
な手続き業務のみを行うものもあれば、本事例
さらに、ルイスは委員会の証言の中で、彼自身が
(HM Prison Service)のように諸要素が絡む中で
刑務所庁長官であった時期に彼を驚かせた二つの
管理を行う必要があり、かつ管理が政策の影響を大
ことについて述べている。それは「第1に、大臣が
きく受けるような分野も存在する。Agency 制度の
ルイスの在任中に求めたブリーフィングの量であ
実施に伴って、運転免許庁や旅券庁などでは大幅な
り、また大臣が細部にまで介入してきたことである。
業務の改善が見られたという。このような成功の背
「PHP 政策研究レポート」(Vol.8
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No.89)2005 年 2 月
景には、Agency 制度を構成する諸理論が、正の相
会の安寧秩序に深刻な影響をもたらし、治安の維持、
乗効果を発揮するための環境が存在していたとい
国民の安全保障という国家の基盤そのものに関わ
える。そうした環境の特徴としては、①Agency が
る問題となる。しかし、Agency の問題、特にその
達成すべき目標(発行手続きの時間等)を明確に数
責任に関する限り、これらの違いを考慮せず前者と
値化することができ、かつ目標達成のための手段が
後 者 を 「 Agency 」 と し て 同 一 視 し た 上 で 、
比較的単純であることにより、X―非効率の発生を
Accountability と Responsibility についての議論が
抑制することができる、②明確な評価基準の設定が
行われているように見える。
可能であり、エージェント理論における不確実性を
こうした点に触れて、R.A.W. Rhodes は「組織論
減少させ、プリンシパルによるエージェントへのモ
は、我々に組織構造のデザインについて一つの最良
ニタリングコストの減少をもたらすと共に、実質的
の方法はないことを伝えている。それは、組織と環
な関与を減少させ自律的な運営を可能にする、③運
境の間の適応次第である。Agency 制度が全ての組
転免許証やパスポートの発行など予めルーティン
織に適切なわけではなく、たとえば政治的環境にあ
化された業務が中心であり、業務の執行を Agency
る Agency(社会治安)は、ルーティン的な仕事を
のみで完結することができる(業務執行の中に政策
し安定した環境にある Agency(運転免許)とは組
的要素がほとんど含まれていない)等の点をあげる
織構造と管理手法において異なるパターンをもつ。
ことができる。
だからこそ、いくつかの Agency は失敗したxxi」と
これに対して刑務所庁では、①Agency が達成す
指摘している。
べき目標を明確に数値化することは困難であり、目
標達成への手段が複雑かつ複合的であるため、X−
④Agency をめぐる問題点の整理
非効率を深刻化させやすいxx、②Agency の業績を
以上のような、刑務所庁の事例を通して、Agency
評価する軸を明確に設定することが困難なため、プ
制度を実行に移す際には以下のような問題点が存
リンシパルによるエージェントへのモニタリング
在すると指摘することができる。
コストの増加をもたらすと共に、過度の関与をもた
・業務の質や組織の規模が Agency 制度の成否に対
して影響を与える。
らし、その効率的な運営を妨げるおそれがある、③
業務のルーティン化に限界があるため、業務執行を
・制度的には Agency の分権がなされていたとして
Agency のみで完結させることはできず、政策と執
も、実態的運営において従来の構造と変わらなけ
行との分かれ目も不明確である(業務執行の中に政
れば、業務の効率化は困難である。それどころか、
策的要素が多分に含まれる)等の特徴をあげること
決定権限とそれに対する責任の所在が分離し、責
ができる。
任所在が曖昧化する危険性がある。
また、扱っている業務の社会に対するインパクト
・業務によっては、政策と執行を分離することが困
についても大きな違いが存在する。運転免許証やパ
難な性質のものもある。そのような業務を
スポートの発行という業務は、仮に多少の支障(発
Agency 化した場合、所管省庁による過度の介入
行までの日数の遅滞等)が発生したとしても、社会
がなされ、本来めざすべき業務の効率化が阻害さ
全体への影響はさしたるものではない。それに対し
れたり、政策的な失敗の可能性があるものであっ
て、刑務所庁における業務の失敗(脱獄等)は、社
ても運営上の失敗であると責任転嫁されたりす
「PHP 政策研究レポート」(Vol.8
10
No.89)2005 年 2 月
〔脚注〕
るおそれがある。
・Accountability と Responsibility のあり方につい
i
て、全ての Agency に対して一元的な考え方を適
「行政改革」 『法社会学』第 55 号 82-83 頁に加筆
森田朗
ii
この点について、イギリスの国家公務員制度は日本と異なり、
身分保障がなく、民間企業の労働者と同じ労働三権を有する一
方、失業も発生する構造となっている点に留意する必要がある。
このため、Agency が国家行政組織だからといって、柔軟な人事
管理システムが阻害されるとは一概にいえない。
用するのではなく、Agency の規模や業務の種類
によって両者のあり方を考える必要がある。
・刑務所庁の事例にみられるように、Agency の業
iii
君村昌
務の失敗が国民生活一般に大きな影響を与える
iv
森田 「行政改革」
「日本版エージェンシー」と英国の改革
p.40
81 頁
v
以下、君村前掲書、片岡寛光「行政責任の位相」
『年報行政研
究』33 号 1998、長谷部 前掲論文、安「イギリスにおける行
政改革とその批判的考察」
、竹下譲「行政組織の改革」『季刊行
政管理研究』No.75 1996、讃岐建「英国行政機関のエージェ
ンシー化の意義」
『季刊行政管理研究』No.74 1996、
「Financial Times」等を参考に整理。
おそれがある場合、それに対して国民の代表者の
集まりである議会が、どのように、またどこまで
関与すべきかという点が問題となる。
vi
(以下、次号につづく)
君村
vii
前掲書 110 頁
Vernon Bogdanor, Politics And The Constitution, p.33
viii
Price Waterhouse, “Executive agencies: facts and trends”.
Survey Report edition8, May. 1994,pp.7-8
ix
W.Plowden,
Ministers and Mandarins. ,1994,p.128
x
Grant Jordan, “Next steps agencies: from managing by
command to managing by contract”. Aberdeen Papers in
Accountancy and Finance, 1992,p.13
xi
R.A.W Rhodes, op.cit. p.53
xii Davies and Willman, What next? Agencies, departments
and the civil service. 1991, p.34
xiii
R.A.W Rhodes, op.cit. p.53
xiv
ibid.p.53
xv
君村
前掲書
113 頁
xvi
イギリス政治における、議員に対する政党の強い統制を視野
に入れた場合、与党からの造反が出ない限り、このような大臣
に対する非難決議は、否決される可能性が高いという点を考慮
する必要がある。
xvii
Financial Time, 1996.10.17
xviii
君村
前掲書 112−113 頁
xix
人数の大小が必ずしもX−非効率発生に影響を与えるので
はなく、その組織内部の行動様式や組織文化が大きな影響を与
えることはいうまでもない。しかし、組織を構成する人数が多
いほど、組織内部の行動様式や組織文化の変更を促すことは難
しく、X−非効率発生の要因を生み出すと考えられる。
xx
この点に関連して、J.ウッドワードは民間企業の分析を通し
て、技術の複雑さは、権限階層、統制範囲、管理監督者比率、
作業労働者に対する事務管理スタッフの割合、間接労働に対す
る直接労働の割合を増加させると指摘している(J.Woodward
著 矢島鈞次 中村壽雄 訳 『新しい企業組織』
(日本能率協
会 1970) 61−81 頁)
。この指摘は、公的部門の組織におい
ても当てはまるものと考えられる。
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「PHP 政策研究レポート」(Vol.8
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R.A.W Rhodes, op.cit.,p.55
No.89)2005 年 2 月
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