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1 単純動詞と「とり-」+単純動詞の意味分析

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1 単純動詞と「とり-」+単純動詞の意味分析
日本語教育学講座研究会
2009 年 10 月 23 日
単純動詞と「とり-」+単純動詞の意味分析
日本語教育学講座 M1 ミースワン・モンシチャー
1.
はじめに
(1) a
b
(2) a
b
割れた物を扱う時には気を使う。(作例)
割れた物をとり扱う時には気を使う。(日本語基本動詞用法辞典 2004 : 365)
この窓口は定期預金を扱います。(作例)
この窓口は定期預金をとり扱います。(日本語基本動詞用法辞典 2004 : 365)
例 (1) と (2) のように、「扱う」も「とり扱う」も (1) の「物を手で持って動かしたりする」と (2)
の「人に応対したり、物事に当たって処理する」という意味を表し、置き換え可能である。しかし、
二つの形式が存在する以上、何らかの意味の相違があるはずである。
もう一つ、類義関係にある「落とす」と「とり落とす」の実例を見てみよう。
(3)
赤ん坊をうっかり下へ落とす。(日本語基本動詞用法辞典 2004 : 99)
(4) 防水防塵機能を備え、水深10メートルまでの水圧に耐える。海水浴やシュノーケリングぐ
らいなら十分対応できる。うっかり、水中にとり落としても慌てなくていい。砂だらけにな
っても、水でじゃぶじゃぶ洗えるのも便利だ。(読売 2008 年 4 月 18 日)
(5) 工事期間は約10日を見込んでいるが、市道に面した斜面から浮き石を落とす{×とり落と
す}作業が並行して進行中のため、龍源寺間歩再開の時期は未定という。(毎日 2009 年 2
月 6 日)
上の (3) から (4) のように、「うっかり、または誤って、上から下へ自然の力で移動させる」とい
う事態に対して「落とす」と「とり落とす」ということはできるが、(5) のように「わざと、上から
下へ位置を移す」ということを「とり落とす」に置き換えることはできない。
また、「上げる」と「とり上げる」、「かかる」と「とりかかる」、「換える」と「とり換え
る」、「決める」と「とり決める」、「調べる」と「とり調べる」、「揃える」と「とり揃える」、
「立てる」と「とり立てる」、「結ぶ」と「とり結ぶ」、「持つ」と「とり持つ」なども、文全体
のおよその意味を変えることなく、入れ替え可能である。では、単純動詞と「とり-」+単純動詞
の違いは何であろうか。
本研究は、類義関係にあるいくつかの単純動詞と「とり-」+単純動詞の意味について、その共
通点と相違点を明らかにすることを目的とする。意味分析は「とり-」+単純動詞の意味を「一
語」とする観点から意味の分析を行う。また、「とり-」の前項動詞と単純動詞の後項動詞を構成
要素とする複合動詞であることに注目し、「とり-」+単純動詞の各構成要素の意味は全体の意味
にどれくらい貢献しているか、合わせて考察を行う。
1
2. 先行研究
1)松田 (2006) はコア図式を用いた複合動詞「とり-」を研究し、「囲む」と「とり囲む」のよう
な「単純動詞」と「とり+V2」の意味的差異に着目した調査を行い、その結果から母語話者の「と
り+V2」の意味理解は「とり」のコアが様々な形で反映していることを示した。また、松田 (2006)
はこれと併せて非母語話者についても同様の調査を行い、非母語話者は「とり+V2」の意味をどの
ように捉えているかを観察した。その結果、非母語話者の捉え方には「とり+V2」を「とってから
V2」と解釈することが多い特徴がみられた。複合動詞習得の面からだけ考察した松田 (2006) に対し、
本研究では、単純動詞と「とり-」+単純動詞を意味面から考察する。
2)辻編 (2002) は、認知言語学のとる非還元主義の立場では、合成表現の意味は構成要素の意味に
よって動機づけられはするが、完全には決定されず、構成要素の意味の総和に還元できない側面を
持つと述べている。「とり-」+単純動詞も例外なく、完全に意味が分けられていないため、本研
究では、「とり-」+単純動詞の意味を「一語」として分析する。
3)寺村 (1969) は、動詞の自立語としての意味が保持されているかどうかの観点から、複合動詞を
四つに分類している。
(a) 自立 V+自立 V … 例:走り去る、持ちあげる
各部分が自立語の意味を保持、二つの動作が連結して表現。
(b) 自立 V+付属 V … 例:走り込む、見上げる
第2の要素が自立語の意味を喪失、第2の要素が前の V のあり方を限定。
(c) 付属 V+自立 V … 例:とり押さえる、打ち眺める
第1の要素が接頭語化、第2の要素にニュアンスを付加。
(d) 付属 V+付属 V … 例:とりなす、のり出す
各部分が自立語の意味を喪失、一語として不可分離。
(c) の接頭辞の場合は、とり扱う、とり行う、とり散らかす、とりまとめるように、意味の限定や
ニュアンスの添加が生じると指摘されている。つまり、「とり-」の共通点は接頭辞にあるという
こと。しかし、「とり-」は本当に接頭辞であると言えるだろうか。「とり-」の意味の限定や展
開はどうなっているか、寺村 (1969) では、まだ明確になっていないことが分かる。
更に、姫野 (2003) では、寺村 (1969) の分類法は、大きな示唆を与えるものであるが、個々の複合
動詞を詳しく見ていくと、そう単純にはいかないことが指摘されている。本研究では、「とり-」
の意味の限定と展開を明らかにする。
4)F.ウンゲラー・H. - J. シュミット (1998) は、多くの下位レベル・カテゴリーは言語的には複
合語または合成表現で表され、その際、一方の要素が特定化を、もう一方が基本レベルの概念を表
示すると想定されると述べている。
例えば、「とり上げる」の場合、「置いてある物を下から上へ移動させる」という意味では「と
り-」が特定化され、「上げる」が基本レベルの概念を表示すると分かる。しかし、「意見や考え
などを考慮する」という意味では、基本レベルの概念がほとんど残っていないと考えられる。
2
3. 分析方法・立場
単純動詞と「とり-」+単純動詞の意味分析
本動詞の「とる」の意味分析
構成要素の意味貢献度分析
1)辞書類及びインターネットの検索エンジンにおける単純動詞と「とり-」+単純動詞の意味記
述と実例に基づき、類義関係にある単純動詞と「とり-」+単純動詞の意味の共通点と相違点を考
察する。また、「とり-」+単純動詞の意味を「一語」としての全体的な意味になっているという
前提に立ち、分析・記述する。
2)寺村 (1969) の複合動詞の分類基準に基づき、「とり-」が接頭辞として意味を限定することは
本当であるかを考察するために、先に本動詞の「とる」の意味を分析する必要がある。意味記述と
実例に基づき、本動詞の「とる」の意味を多義語として辞書レベルで、分析・記述する。
次に、分析した結果から、接頭辞と本動詞の「とる」の関連性があるかを確認し、「とり-」が
ただ接頭辞だけであるか、「とり-」の意味の限定と展開を明らかにする。
3)F.ウンゲラー・H. - J. シュミットによれば、一方の要素が特定化を、もう一方が基本レベルの
概念を表示するとは限らない。従って、単純動詞と本動詞の「とる」の意味分析の結果に基づき、
「とり-」+単純動詞の各構成要素の意味は全体の意味にどれくらい貢献しているか、考察を行う。
更に、「とり-」の意味貢献度が高いグループ、中間のグループ、低いグループ、無しのグループ
を4つに分けてみる。
例)日本語基本動詞用法辞典 (2004) の「決める」と「とり決める」の意味記述
決める
:どうなるのかわからなかったことをひとつの結果に落ち着かせる。
「私たちは次の委員会で方針を決めることにした」
とり決める:お互いに相談して決定する。
「今日の会議で審議日程をとり決めた」
(6) 職員1043人分を要望した福井赤十字病院(福井市月見)に届いたのは288回分。1人
1回の接種でも3分の1に満たない数量で、19日に接種を始める予定を急きょ延期した。
21日に緊急会議を開き、接種の優先順位を決める{○とり決める}という。(読売
2009
年 10 月 20 日)
(7) 現在、米露が進めているSTART1の後継条約交渉では、両国の戦略核弾頭を1500~
1675発まで削減することをとり決めて{○決めて}おり、米国としてはこの下限を目指
す方針を明確にしたものだ。(読売 2009 年 10 月 16 日)
3
(8) 菊池の表情は晴れやかだった。大リーグ8球団との面談を思い起こしながら力強く言い放っ
た。「周りの方の意見を聞きながらだけど、挑戦はしてみたいです。一度きりの人生なので
最終的には自分で決めたい{×とり決めたい}」(読売 2009 年 10 月 21 日)
上の (6) から (7) のように、「二人以上が相談してある事を決定する」という事態に対して「決め
る」と「とり決める」ということはできるが、(8) のように「自分である事を決定する」ということ
を「とり決める」に置き換えることはできないと考えられる。
つまり、「とり決める」の「とり-」はただ接頭辞だけでなく、「互いに相談する」という意味
が特定化され、全体の意味にかなり貢献していると分かる。
4. おわりに
今後、以上のような方法で分析を行いたい。考察対象語をしっかり定めることも、実例を収集す
ることも、「とり-」の意味貢献度の判断基準を決めることも、まだ不十分であるため、今後更に
分析を深める必要がある。
参考文献
辻幸夫(編)(2002)『認知言語学キーワード辞典』研究社.
寺村秀夫 (1969)「活用語尾・助動詞・補助動詞とアスペクト-その一-」『日本語・日本文化』第 1
号、大阪外国語大学研究留学生別科.
姫野昌子 (2003)『複合動詞の構造と意味用法』ひつじ書房.
松田文子 (2006)「コア図式を用いた複合動詞習得支援のための基礎研究-『とり~』を事例として
-」『世界の日本語教育』第 16 号、pp.35-51、独立行政法人国際交流基金.
F.ウンゲラー・H. - J. シュミット/池上嘉彦・他訳 (1998)『認知言語学入門』大修館書店.
参考辞書
岩波書店辞典編集部(編)(2008)『広辞苑 第六版』岩波書店.
小泉保・船域道雄・本田皛治・仁田義雄・塚本秀雄 (2004)『日本語基本動詞用法辞典』大修館書店.
柴田武・山田進(編)(2002)『類語大辞典』講談社.
日本国語大辞典第二版編集委員会 (2000)『日本国語大辞典 第二版』小学館.
松村明(編)(2006)『大辞林 第三版』三省堂.
例文出典
インターネット上で公開されているホームページ(検査エンジンは yahoo や goo を使用)
毎日新聞や読売新聞ホームページの記事検索
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