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我が国の高等教育グローバル戦略と留学生定義のゆくえ
我が国の高等教育グローバル戦略と留学生定義のゆくえ ―医学・医療分野の視点からー 牧 かずみ 信州大学医学部国際交流室 キーワード:留学生 30 万人計画、留学の多様化、留学生定義、在留資格 要約 「留学生受入 10 万人計画」から 25 年目の 2008(H20)年1月 18 日、「30 万人計画」は 高度人材獲得という世界規模の競争の中、文科省が委託した調査研究の結果を受けて、 「開 かれた日本」を実現するための方策として策定された。その後次々に打ち出される関係省 庁の施策は委託調査研究グループの提言に基づいたもので、その中の1つに「留学生定義 の再考」がある。我が国のこれまでの定義による留学生数では倍増しなければ数値目標の 達成は不可能と思われる。今後どのような学生が留学生と定義されるのだろうか。留学生 交流支援制度の動向、 「留学 3 ヶ月」のビザの発給動向などを踏まえ、医学・医療分野の視 点から、我が国の留学生定義の着地点を類推してみた。 1.はじめに ご存じのように、我が国の文科省による外国人留学生定義は以下のようになっている。 『外国人留学生』とは、出入国管理及び難民認定法別表第1に定める『留学』 という在留資格により我が国の大学、大学院、短期大学、高等専門学校及び 専修学校(専門課程)において教育を受ける『外国人学生』 そして、諸外国の留学生定義もそれぞれの事情に合わせて、異なっているというのが実 情である。2008(H20)年 4 月 25 日開催の中教審・大学分科会「『留学生 30 万人計画』の 骨子」とりまとめ「1.優れた留学生の戦略的獲得」の、下記記述に見られるとおりである。 「・・・留学生の定義の方法については、諸外国の留学生の定義の方法が統一 されていないことも考慮しつつ、引き続き検討することが必要である」(下線、筆者) 国際交流、留学交流を一層促進しようとしている我が国が掲げている現在の目標数値、 受入・派遣共に 30 万人という数値は、これまでの定義による留学生数では約倍増しなけれ ば目標達成は不可能と思われる中、我が国は留学生定義の着地点をどこに見いだそうとし ているのだろうか。日本学生支援機構(以下、JASSO)による留学生交流支援制度の動向、 「3 ヶ月の留学ビザ」の発給動向などを踏まえて、医学・医療分野の視点から、我が国の外 1 国人留学生の定義のゆくえについて議論してみようと思う。 2. 『留学生』定義の基準要素 まず、小林明の「留学生の定義に関する比較研究」 (2008)を参考に、留学生定義を概観 する。 文科省が横田雅弘率いる研究グループに依頼して実施されたコホート調査として、 「年間 を通じた外国人学生受入れの実態調査」 (2008)があるが、小林のこの研究はこの調査研究 の巻末に特別寄稿として掲載されているものである。この中では、OECD や UNESCO による世 界の留学生増加の現状、留学生定義の基準項目、主要国の定義などについて述べられてい る。10 項目ぐらいはあるとする『留学生』定義の基準要素の主たるものを大雑把にまとめ ると、以下のようになる。すなわち、①国籍・市民権の有無 居住地が留学先以外かどうか ②永住権の有無 ④高等教育前の教育を海外で受けたかどうか ③主たる ⑤留学ビザ の有無、などである。各国はそれぞれの事情に合わせて、それらを組み合わせて定義づけ ているというのである。 諸外国の留学生数統計を広報する OECD はというと、各国が提示した数値を OECD の基準 にそって換算しなおす訳ではなく、そのまま広報している。従って、各国、市民権、永住 者、遠隔教育受講者、短期訪問学生、Off shore Program 学生等をどう扱うかを含め、それ ぞれの事情に応じて戦略的にカウントしたものを OECD に提供しているに過ぎない、という のが現状のようである。 そのような中、国家間の学生移動が増加するのに伴い、OECD は 2006 年の報告書からは、 従来の永住者や移民の子女を含む外国人学生(英訳は foreign student)というカテゴリー とは別に、留学生(英訳は International Student)を「教育を目的として国家あるいは領土 の境界を越えてきた者」というスタンスで、新しいカテゴリーとして加えた。つまり、 Mobility(移動)を主眼にした捉え方が必要、との視点に立ったカテゴリーが設けられた と言える。ただ、OECD は交換留学生を留学生数に含めることには(交換留学生をカウント すると混乱を生じるのではないかと)消極的な姿勢であると推測されている。そして、最 低 1 学期間の正規学生としての在籍を基準要素にしていることを繰り返し述べている、と のことである。 留学生数のカウント方法は諸外国、OECD のスタンス共、現状でも異なっているのは確か であるが、国境を越えた学生移動の増加、留学形態の多様化の流れの中で、諸外国が共通 しているのは、いずれも③主たる居住地が留学先以外を基準指標としていること、そして OECD が学生移動の把握が重要と考えるようになったことを考慮すると、我が国が留学生の 定義方法を検討するにあたって、 「どこまでの教育課程を含める」か、「受講期間をどこに 落ち着かせる」か、そして「在留資格・留学をどこまで重要視しなければならない」のか という点が関わってくると思われる。 2 3.文科省の留学生交流の現状に対するグローバル戦略動向 横田らによる「留学生交流の将来予測に関する調査研究」 (2007)及び「年間を通じた外 国人学生受入れの実態調査」 (2008)は、文科省の委託調査研究である。現状の課題を指摘 し、それに基づいて、30 万人の受入目標の達成に向けた提言をしている。 (1)交換留学制度の充実 (2)短期でも効果の上がる実践的で研修型のプログラムの開発 (3)中小規模大学の短期留学を支援する競争的支援策の導入 (4)日本の強みを生かした実践的で研修的な要素の強いプログラムの開発 (5)30万人の内訳を構想するための検討課題としての留学生・就学生の統一、 留学生定義の再考、など。 以下は、それ以降の文科省や関係省庁を含めた動きである。次々に打ち出される文科省 の施策の背景に、調査グループからのこれらの提言があることがよく見て取れる。 A. 毎年 5 月 1 日の在籍数に基づく留学生数では留学生の流動性を踏まえた実態が掴めな いこと、又在籍のあり方が多様化しているとの調査グループからの指摘により、2008 (H20)年から各大学へは JASSO より、1 年未満の短期で、在留資格「留学」で受け入 れている留学生のデータと併せて、6 か月未満までの短期教育プログラムで、「留学」 の在留資格によらず、 「短期滞在」等の在留資格により公式に受け入れている1年を通 しての外国人学生のデータ提供を求める数々の調査が入るようになった。 B. 2010(H22)年 7 月 1 日には日本語学校等で学ぶ外国人学生(就学生)に発給されてい た在留資格「就学」が「留学」に一本化された。 C. 2011(H23)年には留学生交流支援制度(いわゆる SSSV)が始まり、官による超短期 のプログラムへの支援制度が導入された。 D. 2012(H24)年には新在留管理制度が開始され、「留学 3 ヶ月」を含む在留許可期間の 細分化と最長 5 年への延長、そして中長期滞在者は住民基本台帳制度の対象とされる ようになった。 JASSO によって、毎年 5 月 1 日現在の在籍数として挙げられる留学生総数の、これまでの 最大数値は 2010(H22)年の 141,774 人(表1)である。同年 7 月 1 日の在留資格「就学」 の「留学」への一本化を考慮し、これらの外国人学生数も加えると、 「留学生数」は 18 万 人に近づく数値であった。 (表1)留学生数推移 (2008 年~2012 年) 2008(H20) ① 学生総数 JASSO 集計 ② 私費留学生数 ②の前年比 2009(H21) 2010(H22) 2011(H23) 2012(H24) 123829 132720 141774 138075 137756 111225 119317 127920 124939 125124 4928 8092 8603 -2981 185 3 ③日本語教育機関 34005 37871 33266 25622 24092 ③の前年比 5226 3866 -4605 -7644 -1530 ①+③ 157834 170591 175040 163697 161848 で学ぶ留学生数 *留学生とは「留学」の在留資格で学んでいる外国人学生 ③2008 年以前「就学」の在留資格で日本語を学んでいた留学生 JASSO 統計と白石勝巳の論文(2010)より著者が作成 先に、JASSO より各大学へは「留学生数」のみならず、外国籍学生のデータ提供も求めら れていることに触れたが、現在 JASSO サイトには 2009(H21)年を試行とし、2011(H23) 年までの年間短期受入留学生(1 年以内)、短期教育(6 ヶ月未満)による外国人学生受入数 が掲載されている。以下の表 2 は、筆者がこれらの JASSO 統計表を基に、6 ヶ月未満で「留 学」の在留資格保持者とそれ以外の在留資格で受け入れた学生を対比する目的で作成した ものである。 (表2) 6ヶ月未満の短期プログラムへの留学生及び外国人学生受入状況 在留資格 2009 (H21) ① 3 ヶ月未満で、「留学」 ② 3 ヶ月未満で、「留学」以外 ① + ② ③ 3 か月以上 6 か月未満で、 「留学」 ④ 3 ヶ月以上 6 ヶ月未満で、 「留学」以外 ② + ④ (外国人学生) 2010 (H22) 2011(H23) 273 271 355 3752 5124 5757 4025 5395 6112 1982 2998 2430 173 166 280 3925 5290 6037 *「留学」についての集計は、各年 5 月 2 日~翌年 4 月 30 日までに受け入れた短期留学生 **「留学以外」は各年度中の 6 か月未満の短期教育プログラムに受け入れた外国人学生 JASSO サイトの統計に基づき、著者が作成 新在留管理制度が開始され、 「留学 3 ヶ月」が導入されたのは 2012(H24)年7月 9 日であ るが、この表からは、それ以前の段階でも、3 ヶ月未満の受入外国人学生の中に「留学ビザ」 を発給されていた者が若干(毎年 300 人前後)存在していたことが分かる。学部レベルで は科目等履修生身分があるとか、わずかながらでも「単位付与」があるプログラムである とか、あるいは「研究生」身分があるといったことで発給されていたものと思われるが、6 ヶ月未満の短期教育プログラムに参加した外国人学生(②+④)は 2011(H23)年段階で、 4 6000 人を超え、これらの学生は「留学以外」の在留資格で受け入れられていたことが見て 取れる。 2011(H23)年は、3 ヶ月未満の受入派遣を支援する JASSO の留学生交流支援制度(受入・ ショートスティ、派遣・ショートビジット、受入派遣双方向・ショートステイショートビ ジット。以下、SSSV)が開始された年にあたる。これまで経済支援の対象となる「短期留 学生」は 1 学期(半年)か 1 年以内の学生達であったが、この支援制度では、2 週間以上 3 ヶ 月未満の超短期交換プログラムに参加する学生達も支援されるようになり、そのお蔭で、 かなりの数の超短期の外国人学生達が入国している。次の表 3 は JASSO の採択状況資料を 基に、著者が受入を中心として作成しなおしたものである。 (表3)JASSO 短期留学生交流支援制度 2011(H23) 派遣受入 SSSV 採択プログラム 総数 受入 派遣 SS SV 派遣受入 SSSV 数 (四捨五入) 超短期受入外国 人学生 派遣 SS SV 短期研修・研究型 受入 派遣 326 169 273 140 298 21 5 17 14 3 6 14 23 10% 4% 4% 4% 2% 2% 10% 8% 3528 6683 21 24 (内 SS 4638 2064 11369 (内 SS 2176) プログラム平均参人 受入 477 4906 支援希望総人数 2013(H25) 115 プログラム /総プログラム 2012(H24) 221 医学・医療系 医学・医療系 採択プログラム 2859 6761 4230) 22 4240 18 24 14 NA 7758 NA 20 2859 23 NA SSSV: 2 週間以上 3 ヶ月未満の超短期プログラムを指す 医学・医療系プログラムは名称から類推できるものに限られている SSSV の名称がなくなった 2013 年度は超短期は短期研修・研究型として受入と派遣が別途採択された 表 2 から、2011(H23)年度、3 ヶ月未満で受け入れた外国人学生総数は 6112 人(内留学 生 355 人、それ以外の外国人学生 5757 人)であったが、表 3 はその内 4240 人がこの支援 制度の支給を受けた者であったことを示している。いかにこの支援制度が短期外国人学生 の受入増加に効果を発揮したかが分かる。翌 2012(H24)年度は更に、SSSV プログラム中 の SS 受入人数 4230 人、SS プログラムの受入 3528 人、計 7758 人が受給を受け、短期外国 人学生として受け入れられたことになる。 5 SSSV は 2 年実施後、民主党政権による「仕分け」の対象となり、存続が危ぶまれたが、 2013(H25)年度は従来の協定留学型(1セメスターか 1 年以内)と組みで、「留学生交流 支援制度」の短期研修・研究型として生き延びた。厳しい財政事情に加え、国際競争力の 強化を図る目的では日本人学生の海外派遣を推進・推奨する動きの方が強い中で、外国人 短期受入は、ほぼ在留資格「留学」で入国したと思われる協定留学型の 1472 人が支給を受 け、短期研修・研究型は 2859 人に絞り込まれた。これらの短期研修外国人学生は、大半は 「留学以外」の在留資格で入国した可能性が高い。 4.医学・医療分野の事情と状況 ここで、所属する医学・医療分野の状況を述べてみたい。信州大学医学部で「留学生」 と言えば、 「大学院博士、修士課程の留学生」とほぼ同義語であって、現在、学部レベルに 「留学ビザ」で在籍する学生は保健学科の 1 名を除いて存在しない。やや古くなるが、先 の横田らによる「年間を通じた外国人学生受入れの実態調査」 (2008)では、全国には 2000 人に満たない数(1968 人)の「永住者」 「定住者」 「日本人の配偶者」などの外国籍の学生 がおり、 「それらは圧倒的に都市部に集中し、地方ではわずか」とあった。しかし、気づい てみれば当医学部でも、 「永住者」とか、日本人名とは異なる「外国籍」の学部生の数が他 学部と比べても多い方になっていた。ちなみに、国際交流課が各学部から情報収集する学 内調査資料によれば、本年 5 月 1 日現在、信州大学 8 学部には JASSO の統計調査で「その 他」の範疇に入る外国人学生が 28 名おり、内 8 名が医学部所属となっていた。 世界のあらゆる地域からインターネット経由で 4 週間くらいの臨床実習希望の問合せは 年々増加している(表 4) 。しかも、最近では、母国以外の医学部に在籍する外国人医学生 からの問い合わせも多く、留学の流動性は 2 国間に留まっていない。 (表 4) 短期研修(臨床実習)受入の個人的問合せ件数推移 (2012 年4月以降) 件数 (半 期計及び 問合せ時期 問合せ学生の在籍機関所在国、国籍、受入希望月など 各月計) 13 20 2012 年 4 月 ~9 月末 ドイツ1件(9 月)、イラク1件(4 月~)、レバノン 1 件(4 月~)、エジプト 1 件、英国 2 件(2 月か 3 月~)、中国 1 件(タイ国籍)、グルジア 1 件、 台湾 1 件、豪州 2 件(12 月~)、フィリピン 2 件(タイ国籍、日本国籍) 4 10 月 メキシコ 1 件、英国 3 件(2 月~、夏) 4 11 月 中国 2 件、英国 1 件(5 月以降)、ザンビア 1 件(5 月以降) 7 12 月 エジプト 1 件(春か夏)、マレーシア 6 件(8 月) 2 2013 年 1 月 カナダ 1 件(8 月)、 豪州 1 件(1 月~) 1 2月 アイルランド 1 件(7 月か 8 月) 2 3月 豪州・日本国籍 1 件(7,8 月)、バーレン 1 件 6 2 4月 4 5月 0 6月 20 4 7月 2 8月 8 9月 中国 2 件(内 1 件はバングラデシュ国籍) 中国 2 件(8 月、内 1 件は外国籍)、カナダ 1 件(外国籍)、エジプト 1 件(8 月) なし マレーシア 1 件(3月)、サウジアラビア 1 件(8月)、英国 2 件(来 4,5 月) 豪州 2 件(1、2 月) エジプト 3 件(1 月、3 月、4 月)、中国 1 件(4~5 月)、デンマーク 3 件(12 月)、マレーシア 1 件(1 月) 国境を越えた人的交流が一般的である現在、自国で診療を行う場合でも異文化の患者と 接する機会が減ることはないが故に、医療・臨床の現場でも、異文化体験を持ち、多様な 価値観を理解した上で、判断し、答えのない問題の解決方法を見いだすことのできる臨床 医が世界中で求められている。海外の医学部が学生達に International Elective(海外臨床 研修)を推奨していることは、実習希望者の理由記述や在籍校の推薦状からも見て取れる。 医師という専門職の資格取得を目指した教育課程はどの国でも密に組まれており、学生時 代の長期留学を遠ざけているが、短期実習なら実現しやすいということもあると思われる。 臨床知識の伝授は医学教育の一部であり、働く環境の政治的、社会文化的、経済的、歴 史的背景を理解させることも同等の重要性を持っている。その上で、論理的思考力や判断 力や表現力(コミュニケーション力)を兼ね備えたグローバルな人材が求められているの はビジネスの分野だけではない。そのことを考えれば、異なる文化環境で、多様な文化価 値観の中で臨床体験を持つことの意義深さは容易に理解できる。 5.新在留管理制度と留学ビザ 3 ヶ月の申請・取得状況 新在留制度が施行され、留学ビザ 3 ヶ月の発給が開始されたのは 2012(H24)年 7 月 9 日 である。JASSO の SSSV 支援制度が導入され、6000 人を超える超短期の外国人学生達が入国 していた翌年である。その後の「留学ビザ 3 ヶ月」の発給状況はどのようであろうか。数 は限られているものの、入管への問合せ、医学のみならず他分野も含めた受入機関への問 合せ(2013 年 6 月~8 月)では、以下のような反応が見られた。 <入国管理局> <受入高等教育機関> ◇申請はあり、発給しているが、どのくらい ▽短期滞在、No Visa で受け入れている。 かは答えられない。 ▽『留学ビザ』にするメリットがない。 ◇申請を受けたことがない。 ▽在留資格認定証(COE)申請が大変になる。 ◇申請があり、学籍があれば、審査はします。 ▽入管には、3 ヶ月未満なら、短期滞在にし ◇発給した実績があるかどうかは言えない。 てください、と言われた。 7 ▽超短期でも単位認定コースにプログラム 化し、COE 申請をしたが、入管は煩雑になる からと、積極的ではなかった。 ここから見る限り、問い合わせた 2013(H25)年 8 月までの段階では、入管側も受入機関 側も、留学 3 ヶ月の申請・取得には消極的という状況に思える。実際、滞在期間の短い「留 学 3 ヶ月」の在留資格は住民基本台帳制度の対象とされず、 「短期滞在」の在留資格とほぼ 変わらないという問題点もある。 表 2 にあったように、JASSO の年間短期受入留学生状況統計によれば、3 ヶ月未満の受入 れで、 「留学ビザ」を取得していた外国人学生数は 2011(H23)年度で 355 人であった。2012 (H24)年以降の集計がまだアップされていない現状では推測する他ないが、上述の関係者 回答等と併せてみると、多く見積もって 1000 人までではないだろうかと推察する。 一方 2012(H24)年、JASSO の支援制度で入国した 3 ヶ月未満の超短期の学生だけでも 7758 人存在しているのである。同年 7 月 9 日以前の入国者や JASSO 採択プログラム以外で、短 期滞在あるいは No Visa やワーキングホリデービザで入国し、教育機関が受け入れた学生 も存在しているはずである。医学分野でも 3 ヶ月以内の短期臨床研修生、基礎医学研究研 修生などを受け入れている機関では、ビザ免除国からの医学生は No Visa で受け入れ、ビ ザを必要とする国からは短期滞在ビザで受け入れているのが大方の実情のようであった。 2006(H18)年からは隣国韓国とは 90 日の査証免除制度が施行されているだけでなく、働 くことも勉強することも可能な、ワーキングホリデーという可能性もある。ワーキングホ リデーの発給枠は、2009(H21)年で 7200 件、2012(H24)年では 1 万件と言われている(白 石、2010)。従来からの豪州、ニュージーランド、カナダ等を含め、12 の国・地域(2013 年 2 月以降)からの学生達にはワーキングホリデ-で入国する者も大いにあり得る。つま り、推察する他ないとしても、 「留学ビザ」以外の外国人学生として扱われた可能性が高い 学生達が 2012(H24)年度で 8000 人、2013(H25)年度でも約 3000 人を下らないだろうと 推察する。 「留学」の在留資格と、受入機関での身分とのかかわりについて考えてみると、例えば、 大学院に入るまでの「研究生」という身分は、本来正規の身分ではないが、3 ヶ月を超える 受入期間の長さがあれば、「留学ビザ」は発給され、留学生数にカウントされてきた。こ のことを考えれば、「留学」の在留資格取得に、必ずしも正規身分が条件とはなってこな かったという側面もある。 6.留学生定義・着地点の考察 今一度、留学生数がピークであった 2010(H22)年度前後の留学生数推移を振り返ってみ たいと思う(表1)。日本語教育機関で学ぶ就学生(2010 年 7 月以降「留学」資格となった) は 2004(H16)年から激減し、2009(H21)年で 2003(H15)年水準に回復した(白石、2010) 8 ものの、翌年からは再び下降線をたどっている。 「留学生交流の将来予測に関する調査研究」 (2007)では 2025 年には達成可能と予測された 30 万人の留学生受入れは、今後毎年約 1 万人上乗せさせて、はじめて見えてくる数字であるにも関わらず、2012(H24)年度の数値 も前年比で減少となっているのである。その要因の主たるものは日本語教育機関で学ぶ(旧) 就学生の減少に歯止めがかかっていないことにある。留学形態が多様化した昨今でも、こ れらの学生の約 6 割は高等教育機関へ進学する私費留学生予備軍であることを考えれば、 今後の留学生数の増加はこのままでは大変心もとない。2012(H24)年に私費留学生数がわ ずかながら増加に転じているのは、 「留学」資格で学んでいる短期留学生の存在があるから と想像される。 さりとて、先に見たように、 「留学」資格で学ぶ短期留学生はわずかで、実際には「留学」 以外の在留資格で、学んでいる短期、超短期の外国人学生が圧倒的に多い。 「留学生とは、 勉学のために国境を越えてきた外国人学生」という視点で捉えれば、これらの学生達を在 留資格のいかんに関わらず、 「留学生」とカウントすることを検討することは必要不可欠な ステップであり、可能ではないかと考えられる。 SSSV が廃止され、存続があやぶまれながら、3 ヶ月未満のプログラムに対する JASSO の 支援制度は条件を変えながら、生き残っている。この方向性は在学中の 3 ヶ月以上の留学 が考えにくい医学の分野でも大いに歓迎できるものである。幸い、2013(H25)年度は当方 の超短期プログラムも採択された。 「国際医学生連盟 IFMSA」 (医学生が運営する NGO)交換 留学制度経由で受入る学生も対象にしてよいと JASSO との確認が取れ、彼らも含めて申請 することが出来た。 IFMSA 交換留学制度のユニークさは、派遣しただけの人数を受け入れるという人数交換を 原則としているのみで、約 100 の加盟国の内 IFMSA・JAPAN と提携している国であれば、ど の国とでも派遣と受入れが可能な点である。多様な文化圏からの留学生を受け入れること は学内体制の整備を進めざるを得ない要素となるだけでなく、これらの留学生が日本人学 生にとって刺激的な受入環境つくりに貢献してくれる。迎える日本人学生達が生き生きと 主体的に活動しているところを見ると、自主性を育むことへの面白みを感じる場合が多い。 これこそ、求めるグローバル人材の資質の1つではないだろうか。学生主体の受入派遣制 度であっても、学内体制が整っていれば、支援制度の対象としてよいとの判断が JASSO 側 にも働いたものと想像する。 支援するからには、優秀性、経済支援の必要性、そして効果が見いだせるプログラム内 容かどうかについて審査が厳しくなるのは当然としても、条件的にゆるめられていると実 感する部分も見られる。以下のような点である。 ◎期間は超短期でもよい。 ◎在留資格の種類は問わない。 ◎連携の在り方を必ずしも協定校に固執しない。 協定校間でなくても講座間でもあるいはなんらかの機関による推薦に基づいていれ 9 ば、支援対象とできる。 ◎国を越え、教育、民間、産業、コミュニティ等をつないだ、複数団体/機関の連携、 コンソーシアムが益々推奨される。 プログラムの有効性は組織によって推薦され、「双方向性」があれば、短期でも実益が上 がるプログラムは対象としてよいと評価されたものと考える。これらのことから、 『3 ヶ月未満でも研修を目的とし、効果が見込める実学的な内容で、何らかのコンソー シアムとかの枠組みの中で、双方向交流が可能で、その教育内容がグローバル人材育 成に貢献できると判断される教育プログラムに参加する、在籍大学から推薦された外 国人学生は、在留資格のいかんにかかわらず、 「留学生」としてカウントしてよい』 とならないだろうか。もし、在留資格「留学」にあくまでもこだわらねばならないのであ れば、入管も受入機関も連携して、より積極的に「留学 3 ヶ月」の取得を進めてゆくべき であろう。 7.おわりに 小林は「留学生定義」の比較研究(2008)の最後に以下のように発言している。 『刻々と 変化する国際情勢や経済情勢に影響されて、留学生定義も変更せざるを得ないようである が、それぞれの組織機関や国家において、目的に応じた定義がなされると同時に各国の協 力による共通定義も必要ではないか』と。 「開かれた日本」を実現するための方策として策定された 30 万人計画である。文科省は 国際競争力の強化を目的として、日本人学生全員が海外留学することを推進しているが、 さりとて全員海外留学が叶う訳ではない。国内に多文化環境を創生することは「開かれた 日本」を実現するための手だてであるだけでなく、日本人学生にとっては居ながらにして 多様な価値観との接触機会が得られる。日本文化の普遍性は多様性を受け入れて初めて分 かることと言えないだろうか。その意味でも超短期の外国人学生を「留学生」として積極 的に受け入れる意義は大きいと思われる。 (2013 年 12 月 19 日) (2013 年 8 月 24 日、留学生教育学会・夏期研修会にて発表した内容を加筆修正したもの である) 10 参考資料・文献) 日本学生支援機構 留学生受入の現況 http://www.jasso.go.jp/statistics/intl_student/data12.html 中教審・大学分科会(2008・H20 年 4 月 25 日『留学生 30 万人計画の骨子』とりまとめ「1.優れた留学 生の戦略的獲得」http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/houkoku/1249702.htm 小林明 Nick 2008「留学生の定義に関する比較研究」 Clark 2009 What Defines an International Student? A Look Behind the Numbers World Education News & Reviews, Vol.22-Issue 7 横田雅弘他 2008「年間を通じた外国人学生受入の実態調査」 横田雅弘他 2007「留学生交流の将来予測に関する調査研究」 新在留管理制度 白石勝巳 法務省入国管理局 http://www.immi-moj.go.jp/newimmiact_1/ 2010「留学生“30 万人計画”と“受入戦略” 」 『アジアの友 第 486 号』 日本学生支援機構 各種統計等 短期留学生、短期教育プログラム参加学生数 http://www.jasso.go.jp/statistics/index.html#ryugaku JASSO 短期留学生交流支援制度採択プログラム http://www.jasso.go.jp/scholarship/short_term.html 信州大学・留学案内 2014 年版 http://www.shinshu-u.ac.jp/guidance/publication/summary/2013/suic/index.html#page=5 信州大学・国際交流課による信州大学内、2013 年 5 月 1 日現在の在籍外国人学生数調査資料 牧 かずみ 2013「学部医学生の国際交流活動を推進する意義」 『信州医学雑誌 第 61 巻 6 号』信州医学 会 外務省 http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/visa/working_h.html 我が国のワーキング・ホリデー制度 留学アワーズ(日本語学校の教職員が選ぶ留学生に勧めたい進学先という賞) http://www.ryugakuawards.org/#!untitled/c2lm 11 大学文化系部門受賞校・明治大学国際教育センター長、横田雅弘教授への対談インタヴューより、日本語 学校より高等教育機関への進学率 12