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中学美術におけるアクリルガッシュの混色とその指導について ―緑色に
中学美術におけるアクリルガッシュの混色とその指導について 美術科教育領域 Ⅰ 本研究の目的 ―緑色に焦点を当てて― 神田 若菜 2 子どもの絵の具による表現に関しては,その色づかい アクリルガッシュの混色表現の可能性と課題 -緑色に焦点を当てた混色実験をもとに― が単調であることがよく指摘されることの一つに挙げら (1) 実験の意義,実験方法 れると思われる。中でも多く見られるのは,絵の具のチ (2) 実験結果 ューブから出した色をそのまま使用する様子であり,こ (3) アクリルガッシュの混色表現の課題 の傾向は中学生の生徒にもみられるようである。筆者も 3 中学生の絵画作品にみられる混色表現の調査 中学校での教育実習の経験から,混色に対する苦手意識 -その混色の幅と課題- をもっている生徒や,混色を面倒に感じておろそかにし (1) 調査の意義と方法 てしまう生徒が多いと感じている。 (2) 調査結果と,中学生の子どもの表現にみられる 以上の観点を踏まえ,本研究では,近年,中学校の学 混色の幅と傾向 (3) 校現場で多く用いられるようになったアクリルガッシュ を用いた混色に関する調査を通して,中学生における混 4 中学生の子どもの表現にみられる混色の課題 中学美術での混色指導とその用具・環境面におけ 色の現状と問題点を明らかにし,課題解決に向けての方 る課題,課題解決に向けての題材開発 向性の提案と題材開発を行うことを目的とした。 (1) 指導法と描画材の可能性についての課題 中学生の描画活動においては,混色の幅を広げること (2) 課題解決のための方向性の提案 は重要な意味をもつと考えられる。混色で多様な色をつ (3) 提案する題材の利点や特質,開発の経緯 くろうとする意欲やその技能は,生徒が自らの思いや意 図を表現するために不可欠な,基礎的な能力の一つであ ると考えられるからである。基礎的・基本的な能力の確 実な習得は,現行の平成 20 年(2008)度版学習指導要領で おわりに Ⅲ 今回の発表内容 1. 中学美術におけるアクリルガッシュによる混色の 指導の現状と問題点について も重視されているところである。混色の技能を身に付け 1 章では,平成元年以降の学習指導要領や教科書,先 ることによって生徒が多様な色に出会う機会が増え,生 行研究,そして中学生 335 名を対象にしたアンケート調 徒の表現意欲を高めることも期待できる。 査によって,学校現場で現在行われている混色指導の現 また,指導要領解説では,子どもの絵画表現における 状と課題について調べた。 固有色に囚われた彩色についてもしばしば問題として挙 その結果,学習指導要領の分析からは,生徒が表した げられるとしている。混色指導を充実させることで生徒 い主題を重視し,その主題を生徒が思うように表すため が色に対する体験を豊かにしていくことは,生徒が描き の基礎的・基本的技能の習得が目指されるようになって たい対象を自らの目と心で深く観察・想像する能力を養 きたことがわかった。教科書を調べると,現行の平成 20 い,固有色にこだわらず自らの表したい色を使って主題 年(2008)版に準拠したものでは技能について扱ったペー を表現するための助けとなると考えられる。 ジが増加しており,指導要領の方針を明確に反映してい Ⅱ ることがわかった。 章立て 3 項では,中学生の混色に対する意識を調べ,その課 はじめに 1 中学美術におけるアクリルガッシュによる混色の 校の 1 年生から 3 年生の男女生徒 335 人を対象にアンケ 指導の現状と問題点 (1) 「中学校学習指導要領 美術編」における絵の 具指導に関連して (2) 「美術」教科書における絵の具指導及び混色指 導について (3) 題を明らかにするため,愛知県岡崎市に所在する O 中学 中学生の混色に対する意識について ート調査を行った。 その結果のうち,特に重要なものについて述べる。問 1「混色をするとき,楽しい・面白いと思うことはありま すか。」という問いに対する回答では,「いいえ」つまり 「混色が楽しくない・面白くない」と答えた生徒が 22% という結果となり,改善すべき課題といえるだろう。 色計は,マンセル表色系に基づくもので「コニカミノル 次に,問 2(2)「混色をするとき,困ること・いやなこ タ株式会社」製のカラーリーダーCR-11 を使用した。ま とはなんですか。」という問いに対する回答では,最も多 た,緑色の範囲は,マンセル表色系における 10Y~7.5BG かったのが「混ぜる絵の具の量を調節するのが難しく, の色相とした。調査対象の絵画作品は,愛知県内の中学 なかなか思い通りの色ができない」という回答だった。 校 3 校からお借りした。風景画が 23 点,静物画が 20 点 知識として覚えるだけでなく,経験を通して混色の技能 の計 43 点である。作品は,各中学校の美術の先生方に を高め,生徒が思うように色をつくり表現できるような 無作為に選んでいただいたものを使用した。実験結果は, 課題解決の方法を考える必要があるだろう。 風景画を実験 A, 静物画を実験 B として別々に分析した。 2. アクリルガッシュの混色表現の可能性と課題 次に,実験の具体的な方法について述べる。実験 A, -緑色に焦点を当てた混色実験をもとに― について B の両方において,絵画作品を測色計で 30 ポイントから 2 章では,アクリルガッシュの描画材としての可能性 最大 50 ポイント測定する。分析をする際には,測定し について扱った。現在中学校で使われているアクリルガ た数値は,同一の作品の中で重複しているものは数えな ッシュが,子どもが思うように表現をするために十分な い。つまり,一つの作品の中では,特定の色が使われて 可能性を有しているか,混色指導の観点から絵の具の発 いる面積や頻度の多寡に関わらず,単に使われている色 色に着目して検証した。検証の方法は,マンセル表色系 数のみを調べた。その結果を実験範囲の 12 の色相の 1) に基づく色見本帳を参考にアクリルガッシュで混色を行 全体を通して,2)色相別 の二通りの方法を使って混色の い,色見本帳の色をどの程度再現できるかを調査した。 幅と傾向を分析した。 その結果,現在中学校で使われているアクリルガッシ ュは,色相の幅の観点,そして明度と彩度の観点におい 実験の結果について述べる。1)12 の色相全体を通して の結果をグラフに表すと以下のようになった。 て,一般に必要とされる色の表現の幅を概ね満たしてい るということがわかった。 実験A(風景画) 150 課題として考えられることは主に二つ挙げられた。一 100 つは,この実験で求めたアクリルガッシュで表現できる 50 色の範囲は,混色する色の数が最も少ない場合の結果だ ということである。生徒が試行錯誤しながら様々な色を 0 混色すれば,できる色の彩度は本実験の結果よりも低く なってしまう。また,明度を変化させるために白や黒を 図 1 実験結果(実験 A,色相全体を通して) 加えると色相が変わってしまうこともわかり,このこと は生徒が思い通りの色をつくれないことにつながる。 実験B(静物画) 80 二つめに,色見本の色を概ね表現できるとはいえ,一 60 部,アクリルガッシュでは再現できない色の範囲がみら 40 れたことである。これらの発色を実現するために,他の 20 メーカーや色の種類を用いた組み合わせを試したり,着 0 色する際の色の組み合わせによって色を鮮やかに見せる 方法を考えたりする必要があるだろう。 3. 中学生の絵画作品にみられる混色表現の調査 -その混色の幅と課題- について 3 章では,中学生の子どもの絵画作品の調査を通して, その絵画表現に見られる混色の幅や傾向,そしてその課 題を考えた。 調査の方法は,測色計を使って,中学生の子どもの絵 の中で緑色が使われている箇所を測定し,分析した。測 図 2 実験結果(実験 B,色相全体を通して) この結果をみると,実験 A の結果(図 1)では,10GY の を頂点として山ができている。 実験 B の結果(図 2)では, 実験 A と同じく 10GY と,2.5BG・5BG を頂点として山 が出来ている。この結果から,次のように考えられる。 10GY と 5BG の色相は,多くのメーカーのアクリルガッ シュに含まれる「黄緑色」と「深緑色」の絵の具チュー ブを混色せずにそのまま用いた場合の色相である。つま り,生徒の混色の傾向として,絵の具チューブの色をそ 彩度の低い濁った色が少なかったことからも,生徒が混 のまま用いるか,絵の具チューブの色に他の色を少し足 色する色数が少ないことが推測された。 した色を用いていることがいえるのではないだろうか。 四つ目に,生徒が作品に用いる色が純色に近い色に偏 次に,2)色相ごとの分析結果のうち,生徒の使用頻度 っているということである。これは,生徒作品で用いら が高かった色相の一つである 2.5BG の実験 B の結果を れる頻度が高い色の多くは,高彩度の鮮やかな色であっ グラフに表す たことからわかる。明度では,その色相ごとの純色の明 と右のように 度に近い色が使われる頻度が高くなっていた。多くは中 なった(図 3)。 程度の明度の色である。このことは,生徒が多く用いる 縦軸が明度, 色があまり多くの色が混色された色ではないことを示し 横軸が彩度と ている。そして,多くの色を混色せず,高彩度かつ中程 なっている。こ 度の明度の色に使用頻度が偏っているということは,生 の図を見ると, 徒が色の明度や彩度に対して関心が低いことを示唆して 明度は 4~6 の 図 3 実験結果(実験 B,色相ごと,2.5BG) いるのではないだろうか。 中程度,彩度は 6~10 の高い彩度に点が集中しているこ 次に,2 章の実験結果をもとに明らかになった混色の とがわかる。一方で,彩度が 1~4 の濁色はあまり使わ 用具・環境面の課題としては,緑色に白や黒を大きな比 れていない。このことは,生徒の使用頻度が高い色は明 率で加えて明度を変化させた際に,色相が変化してしま 度が中程度で彩度が高い,純色に近い色だということを うことなどがあった。生徒がつくりたい色を思い通りに 示唆している。 つくることを可能にするために,このような絵の具の性 4. 中学美術での混色指導とその用具・環境面における 課題,課題解決に向けての題材開発について 4 章では,1 章から 3 章までの調査から導き出される 質を生徒が理解できるための指導が必要だと考えられる。 以上より,指導法及び用具・環境面の課題を解決する ための指導の方向性は,主に次の 3 点が考えられる。 と考えられる課題についてまとめ,これらの課題を解決 一つ目は,生徒が表現活動を通して成就感や達成感を するための指導の方向性や,題材開発について述べた。 味わい,自信をもてるよう指導することが挙げられる。 まず,1 章と 3 章の調査をもとに明らかになった指導 法に関する課題は大きく分けて四つが考えられた。 一つ目に,混色に対する気持ちや意欲が低い生徒が一 自己評価を行うことも一つの方法である。福本謹一氏は, 自己評価を行うことで自分の能力や表現をポジティブに 評価することができるようになると述べている。 定数みられるということであった。これは,前章で述べ 二つ目は,生徒が効果的に技能を身に付けることがで たアンケート調査で「混色をするとき,面白い・楽しい きる指導を行うことが挙げられる。 混色の技能を身に付 と思うことはありますか。」という質問に対し, 「いいえ」 けるためには,実際に経験を重ねることが重要だと考え と答えた割合が約 22%であったことなどからわかる。 られる。しかし,ただ混色を経験する機会を与えるだけ 二つ目に,生徒が絵の具の混色の経験を十分に積んで でなく,教師の助言や発問等の言葉がけによってその活 いないとみられることであった。これは,アンケート調 動をより効果的に行う工夫も考えられる。どんな色をつ 査で「混色をするとき,困る・いやだと思う理由」を尋 くりたいと思っているかを問いかけたり,つくった色に ねる質問に対し「混ぜる絵の具の量の調節が難しく,思 ついてどの色を混ぜたらできたのか振り返らせたりする い通りの色ができない」という選択肢を 1 位として選ん ことで,経験がより深く生徒の印象に残ると考えられる。 だ生徒が約 42%いたことなどからわかる。 最後に,前述の課題を解決し得るような題材を開発す 三つ目に,絵の具チューブの 1 色を中心とした混色が ることである。生徒が混色の魅力に気づき,また混色の 多いことがあった。これは,生徒作品に使われていた色 技能を習得しようとするための手立ての一つとして 3 つ が,緑色の絵の具チューブの色相に近い色ほど使用頻度 の題材を提案した。 が高いという実験結果からわかる。特に,黄緑系の色で 1 つ目の題材「ぐう然にできた色を味わおう ~ペー はその傾向が顕著に表れていた。また,生徒作品に使わ パーパレットを使って~」について述べる。本題材は, れていた色の中で,絵の具チューブの色相に近い色では 前述の解決すべき課題のうち, 「生徒が混色をする経験を 十分に積んでいないこと」そして「様々な色の魅力に気 明るい色や暗い色の使用頻度が低かった。そこで,色の づくことができておらず,混色する色数が少ないこと」 明るさ・暗さをつくる要素として「光」と「陰影」に着 を解決するための手立てとして考えたものである。生徒 目させ,生徒が光と陰影を生かして制作できるよう種々 があまり多くの色を混色しない原因の一つとして,作品 の活動を設定した。光や陰影に注意して描くことは自ず のイメージに合致する色やモチーフの色に近い色をつく と色の明度について生徒に意識させると考えられる。そ らなければならないという目的のもとに混色をしている の際,本題材では白や黒の無彩色の絵の具の混色も生徒 ことが挙げられるだろう。そこで,本題材では,作品に が積極的に試せるようにする。絵の具の混色においては 用いる色として混色をするのではなく,様々な組み合わ 多様で複雑な色合いを出すために白や黒の無彩色をあま せで色づくりを楽しむことを目的とした。ペーパーパレ り使わないように指導することが一般的である。しかし, ット上で自由に混色を行い,できた色を友人と見せ合っ 白や黒を混ぜた際の絵の具の色 たり,その色がどんな混色の組み合わせでできたかを振 の変化を経験をもとに理解する り返る。最終的には ことで,生徒が色の明度に興味 ペーパーパレットを をもてるようになると筆者は考 持つ手の写真にペー える。白や黒を含めた様々な混 パーパレットを貼り 色の組み合わせを経験した上で, 付け,作品とする。 表現したい作品のイメージに合 教室に掲示すること わせて色を試行錯誤できるよ で生徒が色に触れる 図 4 筆者による作品例 機会を増やすというねらいもある。 図 6 筆者による作品例 うにする。 Ⅳ 今後の課題 本研究では,学習指導要領や先行研究,実際にアクリ 2 つ目の題材「ぼく・わたしだけの色を研究しよう」 について述べる。本題材は,前述の課題のうち, 「生徒が ルガッシュを混色した実験,子どもの絵の調査など,複 混色をする経験を十分に積んでおらず,思い通りの色を 数の観点から中学生に対する混色指導について考えた。 つくることができない」そして「色の明度や彩度への関 しかし,調査に関してはいくつかの課題が残された。 心が低い」という課題を解決するための手立てとして考 子どもの絵の調査を行ってみて,生徒作品の多くが水を えたものである。生徒が混色の経験を十分に得られるよ 多めにして溶いて描かれていることがわかり,それによ う,一つ目の題材と同じく,つくった色自体が作品とな り正確な数値が出せなかった。絵の具を溶く水の量とそ る題材設定を行った。また,生徒に様々な色への関心を の絵の具で描かれた色の明度の関係などを調べながら, もたせ,色同士の微妙な違いを敏感に捉える目を養うた 今後その課題を明らかにしていきたい。 めに,本制作に入る前の段階で,色に対するイメージを また,本研究のまとめとしては課題を解決するための 考えたり,身の回りの色を鑑賞したりする活動を行う。 題材開発を行ったが,これらの題材による生徒の学習効 作品として,自分の 果を検証することができなかった。今後,これらの題材 お気に入りの 1 色を を学校現場で実践させていただき,より生徒が充実した アクリルガッシュの 学びができるような題材へと改善していきたい。 混色で作成する。色 Ⅴ を紹介する POP も ・文部科学省「学習指導要領解説 作成し,友人たちと 図 5 筆者による作品例 紹介しあい思いを深める。 3 つ目の題材「光とかげの中のぼく・わたし」につい 主な参考文献 美術編」,日本文教出 版,2008 ・福田隆眞・福本謹一・茂木一司編著「美術科教育の基礎 知識」,建帛社,2010 て述べる。本題材は,前述の課題のうち「色の明度に関 ・「マンセルシステムによる色彩の定規 心を持つ生徒が少ない」という課題を解決するための手 研事業株式会社 立てとして考えたものである。生徒作品の調査において は,生徒が用いる色の多くが中程度の明度の色であり, 拡充版」,日本色