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村野藤吾設計の渡辺翁記念会館における照明・家具デザインに関する研究
村野藤吾設計の渡辺翁記念会館における照明・家具デザインに関する研究 内山 芙美子 1 . 研究の背景と目的 に多彩な表現が盛り込まれている。 村野藤吾の作品分析は、死後 2 0 年を経た現在も多 本稿では、そのイメージの多様性を具体的に把握 くの研究者の関心を集めている。とりわけ、彼が 1 9 3 7 し、本作品に対する現在の評価が妥当であるかどう 年に山口県宇部市で手がけた「渡辺翁記念会館」(以 かを再検証することを目的とする。 下「記念会館」と表記)については、多くの村野研 2 . 研究の方法 究において、村野の根幹を為す作品と位置づけられ 記念会館で用いられた個々の照明・家具のサイズ・ ていることは周知であろう。また、村野自身も記念 材料・色・デザインのモチーフを調べ、それらの配 会館を「出世作」と語っている。 置を平面図上に書き込み、全体の構成を分析する。資 彼に対するモダニストとしての評価が現在定説化 料とする記念会館の図面は、以下の 3 点である。 しているが、その際の重要な根拠とされる作品の一 ①最終案ではないが、 村野事務所作成「村野藤吾建 つが、本作品 1 ) である。自らをしてモダニストである 築図面集」2 ) 掲載の図面 と発した村野の言葉が直接本作品と結び付けられ、 ②村野事務所作成図面をトレースし青焼きした最終 モダニストとしての評価を強固としてきた経緯があ 案の図面(宇部市役所所有) る。 ③簡略な平面図ではあるが、 最も現状平面に近い記 上記の意味で語り尽くされた観のある本作品だが、 念会館パンフレット 3 ) の図面 端的に言うならば、外観のみの評価で本作品は村野 その他の資料としては、村野の著作・評論・イン をモダニストとして位置づける重要な資料とされて タビュー、当時・現在の写真を用いる。 きたきらいがある。根拠とされるのは外観について 3 . 照明・家具の配置と個々の特徴 の評価であり、それに比して内観については充分に 3 - 1 . 照明・家具の配置 触れられた研究はない。実際には、その内部には実 まず、配置関係を全体的に把握するために、平面 図2 2階平面図(照明・家具) S=1/800 図1 1階平面図(照明・家具) S=1/800 24-1 表1 照明D 照明配置と個数 場所 1階側廊前階段脇 A B C D E F G H I J K L MN O P 玄関(正面、北) 2 1 2 1階ホワイエ*1 10 1階小廊下 2 2 2階ホワイエ*2 2階貴賓室前 1 2 2 1 1 表2 家具配置と個数 13 4 貴賓室 階段、階段室 1 18 # 客席 8 1階ホワイエ 5 2階ホワイエ 8 貴賓室 6 8 205*455*300 色 白、銀 床面からの高さ 1階2100、2階2180 A B C 2階小廊下 サイズ モチーフ 鷲、×、 ドット、斜格子 1 照明E *1 休憩室も含む。 *2 I の並ぶラインより北の空間も含む。 場所 貴賓室 サイズ - 図 4 ) に個々の照明・家具を示す(図 1 ・図 2 )。そして 色 透明、白、黒 種類ごとの配置場所と個数の関係を表にする(表 1 ・ 床面からの高さ - モチーフ 鷲、×、+、ドット 表 2) 。 植物、二重斜格子 3 - 2 . 照明・家具の特徴 次に、個々の照明・家具の特徴を整理していく。サ イズは平面図上に正投影される長さを縦横長とし、 照明F 「縦 * 横 * 高さ」で表すこととする。サイズ、床面か らの高さを実測ができなかったものについては「- 」 と表記する。 3 - 2 - 1 . 各照明について 場所 1階小廊下 サイズ Φ210*560 色 白、銀 床面からの高さ 2300 2900 モチーフ 鷲、× 紙面の都合上、確認した 1 6 種類のうち特徴的な 9 種類を挙げる。 表3 各照明 (単位は m m ) 照明A 場所 玄関大柱 サイズ 350*350*560 色 白、黒 床面からの高さ 3000 モチーフ 鷲、× 照明K 場所 元2階ホール サイズ 475*420*200 色 白、銀 床面からの高さ - モチーフ 鷲、+、星、 植物 照明N 照明B 場所 玄関扉前 サイズ 500*1060*400 色 白、黒 床面からの高さ 3050 モチーフ 鷲、× サイズ 245*420*420 色 白、銀 床面からの高さ 1850∼2050 モチーフ 鷲、+ 340*810*400 色 白、銀 床面からの高さ - モチーフ 鷲、ドット、+、× 斜格子 照明C 玄関、階段室 元2階ホール 照明P ドット 場所 場所 サイズ 場所 北玄関 サイズ 230*150*480 色 白、黒 床面からの高さ 2,200 モチーフ × ドット まず A ∼ P をオリジナルデザインと考えられるも のとそうでないものとに分ける。照明に関する図面 は現存しないため、写真とヒアリングを通しての分 24-2 析とする。1 6 種類の照明を概観して形態から大別し 家具B 場所 た場合、2 群(便宜上Ⅰ , Ⅱ群と表記)に分類できる。 Ⅰ群は「鷲」「×」「+」などモチーフがある、銀・黒 1,2階ホール サイズ 810*1970*720 モチーフ グリフォン、植物、 に塗装された細いフレームとアクリル・硝子の組合 スコップ、歯車 わせである、という 2 つの特徴を持つものとする。Ⅱ ドット 家具C 群はそれ以外である。宇部市役所住宅課佐々木俊寿 氏の教示によると、H と J は 1 9 9 4 ∼ 9 6 年の大改修の 際に新しくデザインされたものとのことである。そ 場所 貴賓室 サイズ 1055*2225*615 モチーフ 植物 れ以前の写真から、H の設置されている 1 ,2 階ホワ イエには、元来 K , L , M が設置されていたことが確認で きる。また九州大学名誉教授福田晴虔氏によると、G も当初はなかったと思われる、とのことである。O は 写真1 家具 A 正面・側面模様 当時、国内・国外問わず建築作品にしばしば用いられ た照明で、おそらく大量生産されていたアメリカの 簡易住宅用照明器具 5 ) であろう。故に、村野のオリジ ナルデザインではなさそうである。以上のことから、 Ⅰ群がオリジナルデザインで、 Ⅱ群はいずれかの段 階における改修の際に新しくデザインされたもの・ 手を加えられたもの、もしくは既製品である可能性 写真2 家具 C 四隅模様 が高く 6 ) 、検証の対象から外すのが妥当であろう。 写真3 家具 C 中央模様 次に材質についてであるが、現在ほとんどの照明 にアクリルが使われている。地下倉庫に保管してあ る K ∼ N (H と取り替えられたもの)の中には、電球 の光の指向性によって底面のアクリルだけ黄色く変 色しているものがあった。しかしそれも、いずれかの 改修時に取り替えられたものであろう。「渡辺翁記念 会館図集」における「躍進宇部の一大威容 渡辺翁記 図3 家具 B 側面模様 S=1/10 念会館工事成る」の中で、照明に関する記述が見られ る。それによれば、「室の用途に応じ直接照明を使用 する箇所には体裁優美なベラ硝子を嵌めて」あった ようだ。地階に保管されている照明の中には、一部硝 子のものあった。それと併せて考えると、やはり当初 図4 家具 B 正面模様 S=1/10 の照明は硝子製であったと思われる。また照明のフ 記念会館に現存するオリジナルの家具は以上の 3 レームと装飾部は黒や銀の塗装が施してあるため材 種類である。これらのデザインは村野事務所所員の 料の確認は難しいが、フレームについては、塗装の剥 杉浦巴氏が手がけたことが「SPACE MODULATOR 52」の げた傷の観察から、アルミに塗装をしたものであろ 中で村野自身により述べられている。しかし当時の う。装飾部については、指で弾いた際の金属音から、 村野事務所のドラフトマンは村野の好みや意図を汲 鋳物であると思われる。 んでデザインするものであった 7 ) ということから、 3 - 2 - 2 . 各家具について これらの家具のデザインにも村野の作風が反映され 表4 各家具 (単位は m m ) 家具A ていると思われる。写真では分かりにくいが、A の椅 子は背板から前方に向けて少々広がった形になって 場所 貴賓室 サイズ 730*670*685 モチーフ 植物 いる。布貼りの植物模様は抽象化されずリアルに描 いてあり古典的である。手摺や正面、側面にも植物 模様が象嵌されている(写真 1 )。B の椅子にはとり わけ多くのモチーフが取り入れられている。その一 24-3 図 4 の模様は植物とグリフォンの組合わせであり、 グロテスク風のデザインである。これは村野が師事 した渡辺節の「乾邸」 ( 1 9 3 6 年) における応接室階段手 摺のデザインに酷似している。この事実は、村野が 渡辺節事務所員時代に習得させられた様式 1 0 ) が、後 に彼自身の表現手法の一つとして定着したことを意 味するであろう。 5. 結 以上、記念会館における照明・家具デザインの分 析を通して、村野の多彩な表現手法を確認した。具 図 5 家具 B 手摺模様 S=1/4 体的にはその内容は「和」を始めとして国家主義的・ 部を現物からトレーシングペーパーにこすり出して 工場・労働に関する表現などの、様式的表現を強く デジタル化したものが図 3 ∼ 5 である。C は A ととも 意識したものである。つまり、村野は渡辺節事務所 に貴賓室に置かれ、A とセットとなる植物の模様が から独立して以降も様式的表現という表現手法を堅 テーブルの四隅(写真 2 )と中央に二箇所(写真 3 ) 持し続けており、それが随所に見受けられるのであ 象嵌されている。テーブルの脚が外と内とで二重に る。この点に注目する限り、記念会館の外観の分析 なっている。 から導かれた従来の評価、「現代で言うところのモダ どの家具も材質はナラ・ブナ・オークなどの雑木 ニズム建築の先駆け或は代表作」であるという一面 と思われる。B は座面から背板にかけて合板曲面加 的評価には違和感を覚える。 工である。手摺・脚・框など椅子の骨格を成す部分 自らをモダニストと称した発言がその評価に影響 はムク材のようである。裏の見えない部分は松・桧 を与えたことは冒頭で触れた通りであるが、果たし で補強してある。 て「村野の意味するモダニスト像」と「現在一般に 4. 考察 理解されるところのモダニスト像」との間に乖離は 照明のモチーフは主に「鷲」「+」「×」のような ないのであろうか。 国家主義を連想させるものであったが、その一方で 本研究では「渡辺翁記念会館」という一作品を 家具には「歯車」「スコップ」のような工場や労働者 扱ったに過ぎないが、この作品の位置づけを考えた を彷彿とさせるものが用いられている。 場合その評価の如何は村野評価全体の見直しに通じ また、照明では「桜」 「斜格子」といった和のモチー ると考えられる。その意味で本研究は、今後の村野 フも用いられていた。全体に貫かれている「細いフ 評価を論議する際の有効な一材料となり得たのでは レームと白い面」という組合わせが障子を想起させ ないだろうか。 る。さらに箱型の形をとる照明 D , L ∼ N などは行燈 [注釈] や灯篭を思わせるとともに、桜や斜格子が透かし彫 1) 「文化遺産としてのモダニズム建築展 DOCOMOMO20 選」に選ばれている。 2)参考文献(1)参照。 3)参考文献(6)参照。 4)参考文献(6)を下敷きにしているが、 「ホール」を「ホワイエ」と呼び替えたり室名を 省いたりしている。 5)参考文献(7)参照。 6)I についてはヒアリングを行ったが記憶にある者がなかった。 7)元・村野事務所所員である伴野三千良氏の早稲田大学における講演内容より。 8)資料によって年代が異なるので確定はできないが、いずれにせよ極めて時期は接近し ている。 9)和辻春樹が著書「随想 船」の中で当時模索が高まりを見せていた確立すべき新しい 日本文化の固有性をこう呼んだ。 10)学生時代セセッションに傾倒していた村野が渡辺節事務所で様式を厳しくたたきこま れたのは有名な話である。 りのような表現となっており、村野が和風を強く意 識していたであろうことが窺える。このような「和」 のイメージは、記念会館前後 8 ) に手がけた艤装にお ける内装装飾のデザインに、より鮮明な形で見受け られる。村野はそこで、 「現代日本式」を模索した 9 ) 。 他方で、貴賓室の照明では硝子部に植物の表面カッ ト模様が入るというアールヌーヴォー的な表現もな されている。 [参考文献] (1)村野、森建築事務所:村野藤吾建築図面集3 , 同朋舎出版(1992.2) (2)村野、森建築事務所:村野藤吾建築図面集8 , 同朋舎出版(1992.4) (3)竹内次男(監修), 松隈洋(総括) :村野藤吾建築設計図展カタログ6 , 京都工芸繊維 大学美術工芸資料館 村野藤吾の設計研究会(2004.11) (4)村野藤吾:SPACE MODULATOR 52「村野藤吾氏に聞く宇部市民館のことなど」, 日本板 硝子(1978) (5)新建築企画部:村野藤吾展イメージと建築 , 新建築社(1991.10) (6)渡辺翁記念会館:宇部市渡辺翁記念会館パンフレット , 渡辺翁記念会館(1994) (7)新建築 , 新建築社(1936) 家具には全体的に写実的なデザインの花柄が用い られており、その点で古典的なデザインと評価でき よう。その中にあって図 3 のような「歯車」や「ス コップ」のデザインは目を引く。ここには、村野の 工業や労働に対するシンパシーを看取できる。 24-4