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アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開
生命保険論集第 172 号 アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 ─ 保険法の成立を契機として ─ 梅津 昭彦 (東北学院大学法務研究科 教授) Ⅰ 序 論 1 保険法における用語の定義規定 2 考察の対象と目的 Ⅱ アメリカ法における生命保険契約と利益主義 1 被保険利益を有する者 (1)自己の生命についての被保険利益 (2)指定された保険金受取人の被保険利益 (3)他人の生命についての被保険利益 2 被保険利益の存続要件 (1)これまでの判例法の立場を支持する理解 (2)生命保険が「投資(investment) 」であるとはどういう意味か 3 被保険利益を被保険者死亡時にも要求する見解 (1)これまでの被保険利益ルールの背景 (2)提案と批判 (3)幹部従業員生命保険・信用生命保険について 4 小 括 Ⅲ わが国保険法における「保険金受取人」に関する若干の指摘 ―25― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 1 最高裁事案における「保険金受取人」 2 まとめ Ⅰ 序 論 1 保険法における用語の定義規定 「保険法」 (平成20年法律第56号)は、その第1章「総則」第2条に おいて定義規定を設けている。その他、各所で保険契約に使われる用 「保険法」は、これまで 語の定義を定める規定がある1)。このように、 の商法第3編商行為第10章(以下、旧商法)とは異なり、保険契約に おいて必要な用語の定義づけを行うことにより、その概念の明確化あ るいは統一化を志向している。ただし、法律上の用語の定義は、それ を過不足なく文言化することには限界があろう2)。 「保険法」の定義によれば、生命保険契約または傷害疾病定額保険 契約において、 「保険金受取人」とは「保険給付を受ける者として生命 保険契約又は傷害疾病定額保険契約で定めるもの」 (保険法2条5号) であり3)、生命保険契約または傷害疾病定額保険契約の締結時には、 「保険金受取人の氏名又は名称その他の保険金受取人を特定するため に必要な事項」を記載した書面を保険者は保険契約者に対し交付しな ければならない(保険法40条1項4号、69条1項4号) 。したがって、 「保険金受取人」は契約で定められ、その内容は保険者が交付しなけ ればならない書面において明確にされる。そこで、書面に「保険金受 取人」として記載された者の確定問題がある。それは、当該書面をひ とつの証拠として当事者、 契約者の意思を探求する作業が必要となる。 また、保険事故発生前に、保険契約者によって指定変更権が行使され た場合(保険法43条、44条、72条、73条) 、保険金請求権(保険給付を 請求する権利) が適法に譲渡された場合の処理について (保険法47条、 ―26― 生命保険論集第 172 号 76条) 、保険金請求権の帰属をめぐり「保険金受取人」は誰かという問 題がある。 他方で、 「保険法」は、死亡保険契約について他人を被保険者とする 場合に、当該被保険者の同意を要求するが(保険法38条) 、当該被保険 者が「保険金受取人」である場合にもかかる同意が必要である4)。 ところで、旧商法は各所で「保険金額ヲ受取ルヘキ者」という文言 を使用していたところ(旧商法674条1項、675条、676条、677条1項、 679条3号、680条1項2号、681条) 、生命保険契約において「保険金 額ヲ受取ルヘキ者」を「保険金受取人」と解していた。そこで、旧商 法下で「保険金受取人」とは、 「保険契約者により、保険契約にもとづ く保険金請求権を有すべき者として指定された者」である5)、あるい は「生命保険契約において保険事故が生じた場合または満期到来の場 合に、保険者に対し保険金を請求する権利を有する者」である6)、な どと理解されていた。ただし、 「保険金額ヲ受取ルヘキ者」としての「保 険金受取人」 は、 保険給付請求権に対して質権等の担保権を有する者、 保険給付請求権を本来の保険給付請求権者から債権譲渡により譲り受 けた者を含むものとして、保険給付請求権者(保険者に対して保険給 付を請求することができる者)を解釈すべき場合がある7)。すなわち、 それは形式的に「保険金受取人」として指定された者だけでなく、実 質的に「保険金額ヲ受取ルヘキ者」を決定する作業の必要性を示して いたと考えられる8)。 それに対し、保険法は、上述のように「保険金受取人」を定義した が、 「保険金受取人の範囲に関する検討は個々の場面での解釈に委ねら れ、保険金受取人の定義には反映されていない」とも指摘されるとこ ろである9)。したがって、保険法が「保険金受取人」の定義規定を設 けたからといって、直ちにその適用・解釈に変更をもたらすものでは ないかもしれない。しかしながら、保険法が「保険金受取人」を、た とえば「保険金請求権を有する者」あるいは「保険給付を受けるべき ―27― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 者」とは定義づけなかったことにより、旧商法における以上に保険金 受取人を確定する作業が重要になるのではないかと思われるのである。 2 考察の対象と目的 これまでも、生命保険契約についてアメリカ法における利益(被保 険利益)主義について考察した論考が公表されているところである が10)、特に本稿では、アメリカ法における生命保険契約の被保険利益 に関する存続要件をみることによって、生命保険契約において被保険 利益の果たしている意味を確認してみたい。そのような検討が、先に 述べたように法令の文言を「保険金額ヲ受取ルヘキ者」から「保険金 受取人」として、その定義規定を置いたわが国の保険法の理解、特に 生命保険契約に基づく保険給付の相手方を確定する問題またはその指 定についての妥当な解釈を導き出すことに何らかの示唆を与えるので はないかと考えている。 そこで、最初にアメリカ法について生命保険契約における被保険利 益の帰属主体、その内容を概観した後で、特に被保険利益の存続要件 として、被保険者の死亡時にもかかる利益を要求する近時の主張を紹 介することによって、保険金受取人の資格要件を確認してみたい。そ して、保険法の成立・施行を機に、わが国における保険金受取人の確 定・解釈問題について何らかの提言を行う方向性を示してみたい。た だし本稿は、生命保険契約を対象とし、 「傷害疾病定額保険契約」を念 頭には置いていない(かかる保険契約については、特段の視点が必要 である可能性があると考えるところである) 。また、アメリカにおける 各州の裁判例を取り上げ裁判所の見解を整理することが中心となり、 各州制定法の分析を行っていない。 ―28― 生命保険論集第 172 号 注1)たとえば、 「生命保険契約」 (保険法2条8号)については、 「保険事故」は 被保険者の死亡または一定の時点における生存であり、その発生の可能性が 「危険」であるとし、その「危険」に関する重要な事項のうち保険者になる 者が告知を求めたものを「告知事項」とする(同法37条) 。また、保険者が被 保険者の死亡に関し「保険給付」 (同法2条1号)を行うことを約する生命保 険契約が「死亡保険契約」である(同法38条)。他方、「傷害疾病定額保険契 約」 (同法2条9号)については、「給付事由」は傷害疾病による治療、死亡 その他の保険給付を行う要件として傷害疾病定額保険契約で定める事由であ り、その発生の可能性が「危険」であるとし、その「危険」に関する重要な 事項のうち保険者になる者が告知を求めたものを「告知事項」とする(同法 66条) 。 2)周知の通り、近時の立法である「会社法」 (平成17年法律第86号)も定義規 定を随所で設けることにより、その理解に供している。 3)保険法では、保険金受取人の「指定」という用語は使われていない(たと えば、旧商法677条1項は「保険契約者カ契約後保険金額ヲ受取ルヘキ者ヲ指 定又ハ変更シタルトキハ」と規定していた) 。この点で、保険法と旧商法とに おいて「契約で定める」ことと「指定」することとの間に違いはなかろう。 4)旧商法674条1項は、その但書で被保険者が「保険金額ヲ受取ルヘキ者」で あるときは、その者の同意を不要としていた。 5)大森忠夫『保険法〔補訂版〕』有斐閣(1985年)265頁、西島梅治『保険法 〔第三版〕 』悠々社(1998年)26頁。なお、山下孝之「生命保険契約における 当事者確定論」 『生命保険の財産法的側面』商事法務(2003年)121頁以下。 6)田辺康平『新版保険法』文眞堂(1995年)42頁、石田満『商法Ⅳ(保険法) 【改訂版】 』青林書院(1997年)54頁、坂口光男『保険法』文眞堂(1991年) 56頁、西島・前掲書註5)320頁。 7)山下友信『保険法』有斐閣(2005年)80-81頁。 8)今井=岡田=梅津『レクチャー保険法〔第2版〕 』法律文化社(2005年)224 頁。 9)大串淳子=日本生命保険生命保険研究会『解説保険法』弘文堂(2008年) 30-31頁(大串淳子・畑英一郎) 。 10)たとえば、田辺康平「生命保険法に於ける利益主義と同意主義」法経論集 3集(1952年)91頁以下。近時の重要文献として、福田弥夫『生命保険契約 における利害調整の法理』成文堂(2000年) 、潘阿憲「生命保険契約における 被保険利益の機能について ─ 英米法および中国法の視点から」文研論集 129号(1999年)125頁以下、原田正信「アメリカおよび中国の生命保険契約 における利益主義と同意主義の関係」生命保険論集136号(2001年)189頁以 下、松田武司「生命保険と被保険利益」産大法学39巻2号(2005年)1頁以 下。 ―29― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 Ⅱ アメリカ法における生命保険契約と利益主義 1 被保険利益を有する者 (1)自己の生命についての被保険利益 アメリカ法においては周知の通り、生命保険契約が公序(Public Policy)に反するものとしての賭博契約(wagering contracts)と区 別されるために11)、あるいは被保険者が殺害されるという危険性を排 除するために、いわゆる「被保険利益(insurable interest) 」が要求 される。この「被保険利益」は、後述するように、多様な意味・内容 で使われているところである12)。そこでまず、その被保険利益を有す る者として、すべての者は自己の生命について被保険利益を有する者 であると理解されている13)。しかしながら、ここでいう「利益」は、 その者が自己の生命について金銭的(pecuniary)利益を有するという ことや、自己の死亡によって金銭的損失を被ることを意味していな い14)。 そこで、被保険利益が要求されるというルールが一般に生命保険契 約に適用されるとしても、自己の生命についてすべての者が被保険利 益を有しているということは、 「法的擬制(legal fiction) 」であると 指摘されてきたところである。すなわち、ある者の生命について経済 的な基準でその価値を評価することはできないのであるから、すべて の者が、自己の生命についての保険契約を保険者が提供する額で有効 に締結できるということを意味するにすぎないとも述べられており、 「自己の生命を付保する個人は、保険の利益を受領する者としていず れの者またはいずれの団体をも指定することができる権利を有する。 すなわち、自己の生命について保険を獲得する被保険者(the insured) は、 『保険金受取人(beneficiary) 』を指定するうえで完全なる自由を 本質的に享受している」という15)。さらに、賭博契約として生命保険 契約が利用される危険性に関しても、 「ある者が自己の生命について保 ―30― 生命保険論集第 172 号 険契約を締結する場合、 被保険者が自己の死亡について賭を行ったり、 他人に金銭的給付を与える目的で自己破壊(self-destruct)を行おう とする社会的懸念は非常に小さいものである。自己の生命について保 険契約を締結する者は、いかなる者でも保険金受取人を指定すること ができる権限を有し、保険金受取人として指定された者は被保険者を 殺害する可能性のある保険金受取人を指定しないであろう」というこ とが前提となっているとも指摘されている16)。 (2)指定された保険金受取人の被保険利益 しかしながら、当然に被保険利益を有する者として自己の生命につ いて保険契約を締結した保険契約者(被保険者)が、第三者を保険金 受取人として自由に指定する権利があるとしても、保険金受取人とし て指定された者について、当該被保険者の生命について被保険利益を 有すべきことをも当然には要求されていない。そのような意味におい て、被保険利益を生命保険契約についても要求するルールは厳格に適 用されていない17)。そこで、被保険者の生命について被保険利益を有 しない保険金受取人については、当該保険金受取人が当該被保険者を 故殺した場合、当該保険金受取人は被保険者死亡による保険金を受け 取ることはできない、受け取るべきではないという命題を、公序 (Public Policy)に反するという理由から説明している。すなわち、 保険金受取人がその資格を剥奪(disqualification)される場面であ る18)。ただし、殺人を犯した保険金受取人が保険金の取得を阻止され るとしても、保険者が当該死亡保険金についていかなる者に対しても その支払義務を免れるかどうかは別段の処理がなされてきている。そ こで、かかる場合の死亡保険金は、善意の次順位保険金受取人 (innocent contingent beneficiary) あるいは擬制信託 (constructive trust)として死亡した者の遺産に支払われるべきである、ということ が一般に認められている19)。すなわち、保険者は完全に免責されるも ―31― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 のではない。 以上のような処理に対して、保険金受取人による被保険者故殺の場 合に、保険者による当該契約の無効主張が認められる例外法理も形成 されている。すなわち保険金受取人が被保険者を殺害する目的で保険 契約が締結された場合、それは詐欺的手段(fraudulent means)を用 いて締結されたものとして無効とするものである20)。また、保険金受 取人が保険証券の発行前に被保険者を殺害することを決断していた場 合は、当該保険契約は無効であり、保険金受取人は無論のこと当該被 保険者の遺産も保険金を取得することはできないとする判断である21)。 このようなルールは、 「善意の道具(innocent instrumentality) 」理 論と呼ばれている22)。それらに対しては、裁判所は、保険金受取人が 被保険者を「善意の道具」として利用し詐欺的に保険契約を締結した のか、それとも被保険者自身が、保険金受取人と指定した者の邪悪な (evil)動機ないし計画を知らずに、保険契約を締結したのか個々の 事案に基づき慎重に判断しなければならない困難さを抱えていると指 摘されている23)。たとえば、New England Mutual Life Insurance Co. v. Null事件において、Victor Nullは自己の生命についての生命保険 契約を締結したが、それは彼の新しい事業パートナー、RonaldとJames Calvertが、Nullの発明に対する彼らの投資のための保証(security) としてそのような保険が必要であることを主張したからであった。し かしながら、Nullの知らないうちに、Calvertsは、Nullの殺害を通じ て相当の保険金を獲得する計画を練った。Nullは、何度も撃たれて、 死亡した状態で発見された。殺人者は逮捕されなかったが、Calverts は、郵便詐欺(mail fraud) 、通信詐欺(wire fraud)そして保険会社 を詐欺したことを理由として共謀罪で有罪となった。保険者がこれら の保険金受取人によって詐欺されたことの証拠としてCalvertsの刑事 上の有罪を利用することによって、連邦地裁は、最初に、 「善意の道具」 理論のもとで保険者に略式判決(summary judgment)を認めた。しか ―32― 生命保険論集第 172 号 しながら、第8巡回区控訴裁判所は、Nullの遺産のために遺産管理人 によって提起された民事訴訟においては、刑事訴訟における判断を当 該事案における真実を証明するためには利用できないとして、破棄し 事実審に差し戻した。それは、 「Null氏は、自己の目的のために保険を 申込み締結した、そして保険者との間で契約当事者となったか否か、 そうではなく、単にRonald Calvertの邪悪な計画において『善意の道 具』として仕えたにすぎないか否か」の問題を判断するために事実審 裁判所に差し戻されたものであった。その後上訴されて、第8巡回区 裁判所は、結果的に、実質的な保険契約者は保険金受取人であると認 定し「善意の道具」理論を適用し当該保険契約は無効であると判断し ている24)。 (3)他人の生命についての被保険利益 イ)緊密な家族関係を基礎とした「愛情(love and affection)」利益 家族関係は単純な家族関係から複雑な家族関係まであるが、緊密な (close)家族関係を基礎とした、他人の生命についての愛情被保険利 益は、血族(関係) (consanguinity)あるいは姻戚(関係) (affinity) のいずれかによって認められる。その関係を整理すると以下のように なる。 ①一方配偶者の他方配偶者についての被保険利益 近時の多数の見解のもとでは、一方配偶者は、他方配偶者の生命に ついて生命保険契約における愛情被保険利益を有していると考えられ ている25)。それは、かかる愛情の存在故に被保険者となった者を故意 に殺害するような事態の発生を通常は想定されないということにその 理由を見い出しているようである。しかしながら、各裁判所は、一方 配偶者が他方配偶者の認識および同意(knowledge and consent)なく して他方配偶者の生命について生命保険契約を締結することが認めら れるか否かについては分かれている。いくつかの管轄権における判例 ―33― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 法や制定法は、被保険者の生命についての生命保険契約を締結するた めに一方の配偶者が他方配偶者の認識および同意を要求していないけ れども、多数の州では公序(Public Policy)をその理由の基礎におい て、そして不法な賭博契約に対するさらなる安全策(safeguard)とし て、被保険者たる配偶者または他の成人者の認識および同意を要求し ている26)。 ②親子間における被保険利益 親は一般に、その子供の生命について愛情被保険利益を有し、親に 対して経済的に依存していない成人した子を含めて子供は親の生命に ついて相互的(reciprocal)愛情被保険利益を有している27)。しかし ながら、経済的依存や金銭的責任のような特別の経済的状況がない場 合には、里親(foster parent)は一般に、里子(foster child)の生 命について被保険利益を欠いている、そして里子または義理の子は里 親、義理の親あるいは両親の地位に代わって(in loco parentis)行 動する他の者については、当該子が、里親または義理の親に対して金 銭的依存関係があるあるいはその者たちから一定の金銭的援助という 経済的期待を証明することができる場合に限り、被保険利益が認めら れることになる28)。 家族構成員間において潜在的に行われるかもしれない賭博契約を回 避するために、いくつかの州は、幼い(tender years)子の場合を除 き、親や子により締結される生命保険契約に対し被保険者の認識およ び同意をも要求している29)。 ③他の家族構成員についての被保険利益 多くの裁判所は、兄弟姉妹関係(a sibling relationship)は何ら かの経済的依存関係がない場合であっても、あまり明確でないが家族 愛情被保険利益がその基礎にあることを認めてきているが、それ以上 に拡張された家族関係において有効な被保険利益が認められるために は、当該被保険者の生命が続くことについて他の者にそれに伴った ―34― 生命保険論集第 172 号 (concomitant) 経済的依存性や金銭的利益を要求してきた。 たとえば、 叔母または叔父と姪あるいは甥との間に拡張された家族関係が認めら れるとしても、 その間に経済的・金銭的依存関係が証明されなければ、 有効な被保険利益を確立するためには、その家族関係だけではあまり に離れすぎている(too remote)、と多くの裁判所は判断してきてい る30)。 ロ)事業関係を基礎とした「合法で実質的な経済的利益(lawful and substantial economic interest) 」 上述のような家族関係に認められることが多い「愛情」利益がない 関係と考えられる以下のような事業関係にある(business-related) 者の間で締結される生命保険契約において、何らかの被保険利益が認 められている。そこで、いわゆる「賭博」契約であること、あるいは 被保険者を殺害する危険性を排除するために、被保険者の生命、健康 または身体の安全が継続することについて「合法で実質的な経済的利 益」が要求される。 ①事業パートナーについての被保険利益 事業パートナーは一般に、保険契約を締結する一方パートナーが被 保険者となる他方パートナーの生命が継続することから経済的利益ま た は 金 銭 的 ( pecuniary ) 利 益 の 合 理 的 な 期 待 ( reasonable expectation)を有している場合、そして保険契約を締結するパートナ ーが被保険者の突然のあるいは早期の死亡により経済的損失を被るで あろう場合には、パートナーシップの他のメンバーの死亡について被 保険利益を有している31)。 ②「幹部従業員(key employees) 」についての事業体(business entity) の被保険利益 使用者と被用者との関係は、それ自体では、使用者にかかる被用者 の生命について有効な被保険利益を与えるには十分ではないと考えら れている。そこで使用者は、 「キーマン(key man) 」または「キーウー ―35― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 マン(key woman) 」と呼ばれる被用者について有効なかつ執行可能な 被保険利益を維持するためには、かかる被用者が生存し続けることを 通じて実質的な(substantial)金銭的利益を得ることについて、また はかかる被用者が死亡した場合に実質的な金銭的損失を被ることにつ いて合理的な期待を有していなければならない32)。 ③債務者の生命についての債権者の被保険利益 債権者は、その債務者の生命について有効な被保険利益を有し、債 務者の生命についての保険契約の保険金受取人として指定を受けるこ とができる、したがって、債権者には少なくとも当該債務の額に達す るまで、保険金について権利が与えられる33)。 2 被保険利益の存続要件 (1)これまでの判例法の立場を支持する理解 アメリカ法において、生命保険契約における被保険利益は、生命保 険契約の保険期間開始時(at the inception of the policy)にのみ 存在していることが要求されると一般に言われている。そしてもし、 その時に被保険利益が存在していたならば、当該契約は、その生命が 付保された者が死亡したときに被保険利益が存在していなくとも有効 である34)。このように財産保険契約の場合と異なる扱いがなされる理 由、そしてそのようなルールを支持するために説明される背景は、あ まり理論的根拠といえるものではないが、以下のように整理される。 第一に、生命保険契約はしばしば親族や配偶者の利益(benefit)の ために締結されている、そして多くの家族関係は、議論の余地がある かもしれないが、 「契約締結時の被保険利益が血縁でつくられた家族関 係を基礎にしている場合には、かかる利益は、被保険者の死亡時にま では消滅しない」ということを前提としている35)。しかし、無条件の (絶対的)離婚(absolute divorce)は一般に、離婚後の支援や子供 の扶養義務のような他の有効な経済的利益がない限り、離婚前の愛情 ―36― 生命保険論集第 172 号 (love and affection)被保険利益を消滅させる(terminates)であ ろうとも判断されている36)。 第二に、相当多くの生命保険は、「てん補契約(contract of indemnity) 」としてではなく、 「投資契約(investment contract) 」と して販売されてきたものであり、また販売されているという実態が指 摘されている。そこで、生命保険の被保険利益を契約上の交渉のはじ めにのみ要求するルールは、かかる投資の流動性(liquidity of such investments)を高めることにつながり、被保険者の死亡という事故が 発生したときにも被保険利益の存在を要求することは、 「資産 (asset) 」 の譲渡可能性(transferability)を制限し、その価値を減少させるで 「生命保険は投資契約とし あろうことが強調されてきた37)。あるいは、 ての性質を多く有し、財産保険はてん補契約としての性質を多く有し ている。しかしながら、保険の種類はそれぞれに、てん補と投資の両 方の性格を有している。その両者の差は、保険の種類ごとに検討する ならば、不変ではなくまた強調されることもなくなるであろう。たと えば、債権者が債務者からの支払いを確保するためにその債務者の生 命について生命保険証券を獲得する場合には、当該取引は、夫がその 妻の生命についての保険を獲得する場合以上に、よりてん補の性格に 似たものとなる」とも言われる38)。 そして第三に、当事者の契約自由を尊重すること、そして契約上の 約束(contractual commitment)の安定性(stability)を確保するこ との両者の点において、生命保険取引の高潔性(integrity)を確保す るという意味が強調される場合がある39)。そこで、たとえば「契約締結 時に公平で公正な(fair and proper)な被保険利益が存在している場 合には、当該保険契約は誠実に(in good faith)締結され、賭博契約 を避難する目的は十分に達成されている。 ・・・保険契約が相当期間継 続した後に、立法による助けなしに、付保された生命についての利益 が消滅したことから生ずるエクイティ上の利益を調整することは、裁 ―37― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 判所にとって非常に困難な作業である」ことを裁判所は指摘してい る40)。 (2)生命保険が「投資(investment) 」であるとはどういう意味か 被保険者死亡時には保険金受取人に被保険利益が存在することを要 求しないルールについて、以上で整理した3つの理由のうち、特にア メリカ法では、生命保険契約は「投資契約(investment contract) 」 であり、 「てん補契約(indemnity contract) 」ではない、と言われる ことがある。それでは、ここでいう「投資契約」とはいかなる意味で 用いられているのかを確認しておく必要があろう41)。 そこで、一般的・典型的な生命保険に基づいて、生命保険契約の「投 資契約」性が、 「平準保険料(level premium) 」プラン、あるいは「年 平均分割保険料支払(equal annual installments) 」プランに基づき 保険契約者が支払う保険料の構成により次のように説明されていたと ころである。すなわち、被保険者の死亡する確率・割合は、被保険者 が年を経ることに増加するので、一定の年の間に死亡するその年のす べての者についての保険金を支払うために保険者が徴収する「自然保 険料(natural premium) 」 、あるいは一定の年齢の個人から取り立てら れる額は、20代から30代の間では非常に安い(light)ものになるであ ろう、そして50代から60代では高いもの(prohibitive)になる。そこ で、実務上の多くが採用している「平準保険料」プラン、あるいは「年 平均分割保険料支払」プランによると、保険者は、保険契約者から早 い段階では、自然保険料に加えて、それ以降の自然保険料をカバーす るために使われる部分を徴収し積立金(deposit)を積み立てる。した がって、保険は、積立金が解約返戻金(surrender value)の基礎とな っている投資(investment)となる。このような投資価値の観点にお いて、保険契約者の請求は、銀行預託者(bank depositor)や他の無 体財産(a chose in action)の所有者のそれと異なるところはない。 ―38― 生命保険論集第 172 号 さらに、年保険料には会社の営業経費をカバーするための「付加保険 料(loading charge) 」が含まれているので、それに課される利息を加 えた全支払済保険料は、保険証券の額面価値を通常は超えることにな る。当該保険証券に基づく利得は、被保険者が早期に死亡することに よってのみ上げられる。そこで、保険契約者または保険金受取人(ど ちらが保険料を支払う者であると)が、被保険者の死亡の可能性につ いて例外的に予見することができない限り、保険契約者または保険金 受取人は、保険契約の開始時には、投資から保険料支払の方法で注入 されたものにその利子を加えて、受け取ることになると予想する。そ の点では、生命保険は、貯蓄手段(saving device)に類似することに なり、投機的見返りという魅力ある予測(alluring prospect of a speculative return)を提供するものではないとの観点も強調され る42)。 3 被保険利益を被保険者死亡時にも要求する見解 (1)これまでの被保険利益ルールの背景 ここで、生命保険契約における被保険利益ルールがいかにして事実 上現在の法(current law)になったのかについてのE. W. Patterson の指摘を確認しておこう。E. W. Pattersonは、かかるルールが裁判所 ではなく、それまでの保険慣習(insurance custom)の影響により、 現在まで被保険利益の存在を必要とする時期に関する法の状況につな がったことを説明している。 すなわち、 19世紀初頭の段階で裁判所は、 他人の生命における被保険利益が生命保険契約の開始時と被保険者の 死亡時の両時点において存在しなければならないことを要求しており、 生命保険契約は、被保険利益が消滅するやいなや執行できないものに 「保険者はこのルールを利用し なると判断していた43)。しかしながら、 なかった、保険者は、被保険利益が消滅した場合であっても、保険証 券所定の満額を払い続けた」ことを指摘し、このような「慣行」が普 ―39― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 及していたことをもって、生命保険「慣行は法を押さえ付けていた (Custom conquered the law) 」と評している44)。また、裁判所も、か かる保険慣行に依拠するとともに、生命保険契約はてん補契約ではな く、保険料が多額に上り、もし被保険利益の欠如を理由に保険契約者 が約定された保険金を請求することができない場合には支払保険料相 当額の損失を被ってしまうとの主張に依存したという45)。 以上のような指摘は、生命保険契約における被保険利益ルールの生 成と裁判所の態度に対する落ち着いた洞察(sobering insight)を与 えるものであると評価されるが46)、かかる事実だけでは、過去長年に わたりこの疑問の多いルールを正当化しようとしてきた様々な裁判所 や論者に何らの安らぎをも与えてはいない。さらに、過去の裁判所や 立法者が、他人の生命についての有効な被保険利益要件を欠いていた 以前の生命保険販売制度を無効にすることについて気が進まない (reticent)ならば、現在の州裁判所や立法者がこの疑問の多い被保 険利益ルールを再検討し希望を持って拒絶する絶好の時が今であろう と主張されるところである47)。 (2)提案と批判 賭博や殺人に対する法政策(law’s policy)を支持しつつ、保険契 約者と保険者の両者にとって最善の解決策として、保険期間の開始時 に被保険利益を要求することに加えて、W. Vukowichは、1)保険契約者 は、被保険者の死亡時にも被保険利益を有しなければならない、そし て2)保険契約者は、被保険利益の消滅(termination)時には、その保 険契約の解約返戻金(cash surrender value)とその時までに支払っ た保険料を加えた額の受領(recover)が認められることを提案してい 「保険契約の開始時と死亡時の両時点で被保険利益を要 た48)。そして、 求するルールは、おそらく、殺人(homicide)に対するより大きな抑 止を提供するであり、元債権者および元配偶者は、元債務者または元 ―40― 生命保険論集第 172 号 配偶者の生命が継続することによって何も利益(advantage)も受け取 ってはならない。そして対照的に、元債権者および元配偶者は、元債 務者または元配偶者の早期死亡により利益を得ることがあるだろう。 保険がしばしば殺人についての動機を提供しているという証拠がある、 保険契約者が被保険利益を有している場合であってさえも、そういう ことを考慮するならば、かかるルールはおそらく好ましい」と述べて いた49)。さらに、P. N. Swisherは、生命保険契約の責任開始時点での み被保険者の生命についての被保険利益を要求するルールによっては、 生命保険契約の邪悪な(pernicious)賭博契約としての懸念、あるい は被保険者が故意に殺害される可能性という危険は排除することはで きないならば、生命保険契約の効力発生時(at the inception)のみ ならず、被保険者の死亡時にも被保険者の生命について被保険利益を 要求すべきである、と主張される50)。また、E. W. Pattersonも、被保 険者となる者の同意では、賭博を回避するためには十分でないとも述 べていた51)。 しかし、W. Vukowich自らかかる提案についての欠点を指摘している。 第一に、生命保険契約の解約返戻金は、通常、生命保険契約を解約さ せるためには当該保険契約の真実の価値より低いものである、したが って、 保険契約者は、 「彼の投資の公正な額よりも低いものを受け取る」 ことになろう52)。それに対し、保険契約者が真実の価値より低いもの を受け取るだろうことは正しい、しかしながら、保険契約者が、死亡 時に被保険者の生命について有効な被保険利益をもはや維持していな いならば、なぜ、彼は保険契約の満額を受け取る権利が与えられるこ とになるのかの説明がなされていないと加えて指摘される53)。そして 第二の問題として指摘されたことは、保険会社がその保険プログラム を管理することに多大な困難さがあることであった。保険会社は、保 険料を、それが有効な保険契約に基づいて支払われているものとして 扱っている。しかしながら、保険契約者がその利益が終了した後も保 ―41― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 険料を払い続け、被保険者が死亡したときに、支払った保険料ではな く保険金を請求することがある。そこで、そのような事態に対処する ためには、保険者は、被保険者の死亡時に保険契約者の利益の有無を 調査する付加的な負担が課せられるということであった54)。しかしこ の点については、被保険者が死亡した場合、生命保険会社は、通常、 保険金受取人に対し、当該請求者が正当な(rightful)保険金受取人 であることの証拠とともに、通常、認証された死亡証明書(a certified death certificate)によって被保険者死亡の十分な証拠を提供するこ とを要求する。そして、保険者が被保険者の死亡についてさらなる確 認をすることは不当な重荷ではないであろうと指摘されている。たと えば、①保険金受取人の家族としての地位、②債権者債務者保険であ れば、当該債務の額、そして当該債務が支払われているか否か、そし て③パートナーシップあるいは幹部従業員生命保険であれば、被保険 者が実際に当該事業企業で未だ働いているか否かのような追加的情報 は、他方で、保険者を、有効な被保険利益を欠く者を不注意にも付保 することによるありうべき責任から保護することになる55)。 さらに、保険期間開始後に被保険利益を失った保険契約者に何らの 権利を認めないことは、この種の投資形態を利用・継続する権利を否 定することになるとも指摘する56)。しかしこの点についても、他人の 生命について有効な被保険利益を有しなくなった者について、このよ うな投資形態の利用を継続する権利を認めなければならないかは疑問 であるとされている57)。 (3)幹部従業員生命保険・信用生命保険について 以上のような他人の生命について有効な被保険利益が被保険者死亡 時にも存在することを要求することを主張するために指摘される契約 として、たとえば、幹部従業員生命保険契約(key employee life insurance) 、信用生命保険契約(creditor-debtor life insurance) ―42― 生命保険論集第 172 号 が取り上げられている。 今一度アメリカ法における理解を確認しておくと、使用者と被用者 との関係は、上述したようにそれ自体では、使用者にその被用者の生 命について有効な被保険利益を与えるには十分ではない。そこで、使 用者は、当該「キーマン」または「キーウーマン」について有効なか つ執行可能な被保険利益が認められるためには、当該被用者が生存し 続けることを通じて実質的な金銭的利益(substantial pecuniary gain)を得ることに対して、または被用者が死亡した場合に実質的な 金銭的損失(substantial pecuniary loss)を被ることに対して合理 的な期待(reasonable expectation)を有していなければならない。 このように考えるのが、幹部従業員生命保険契約についての被保険利 益である。したがって、使用者は、 「その事業の展開にとって決定的に 重要な立場にある(crucial)その被用者の生命(生存)において」の み被保険利益を有する58)、そして、会社は、その死亡が事業運営全体 に対し実質的に否定的な経済的影響を与えるほどに重要な(key)会社 役員、取締役ないしマネージャーの生命について被保険利益を有して いることになる。すなわち、幹部従業員生命保険契約においては、被 保険者となる当該者の不慮の死亡が当該事業あるいは会社に実質的な 経済的損失を与えるほどその者が重要な立場にあるかが問題であり、 平均的で重要でない被用者の生命についてはその使用者には被保険利 益が認められない。 ここで、後に述べる信用生命保険契約において保険金受取人に認め られる被保険利益と幹部従業員生命保険契約において保険金受取人に 認められるそれとは、区別されなければならない。それについて、 Rubenstein v. Mutual Life Insurance Co. of New York事件において 次のように端的に述べられている。「信用生命保険(credit life insurance)は、重要な人物(key man)事業保険とは区別されるべき ものである。前者について、保険者は、債務者である被保険者が既存 ―43― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 債務を債権者・保険金受取人(creditor-beneficiary)に返済できる 前に彼が死亡するリスクを引き受けるものである。後者のもとでは保 険者は、その者の死亡が当該事業に重大な影響を与えるというリスク 「被保険利益が、他人の生命が を引き受けるものである」59)。そして、 続くことにおいてよりもその他人の死亡においてより大きな利益をい ずれの者が獲得することを回避することにより公共の安全(the safety of the public)を保護するために法により要求されているの で、当事者は、正式の契約(solemn contract)によってさえも、被保 険利益がなければ保険契約を締結することはできない」60)。 しかしながら、 多くの裁判所が、 会社や他の事業体が前任の (former) 会社役員、取締役またはマネージャーの生命について締結した保険契 約に基づく保険金の取得(recover)を、それら個人が当該会社を退職 した、あるいはもはや当該事業に雇用されていない場合であってさえ も認めてきた。 たとえば、East Lawn Memorial Park, Inc.(East Lawn社)の前任 の役員そして株主であったDean Trentが、彼の生命についてEast Lawn 社が締結した総額で35万ドルに及ぶ幹部従業員保険契約(key man policy)を含め、2つの保険契約を解約する(cancel)ために提起さ れた事件、Trent v. Parker事件がある61)。事実審がEast Lawn社はも はやDean Trentの生命について「被保険利益を有しない」と結論づけ たのに対し、テネシー州控訴裁判所はその判断をくつがえし、十分な 検討を行わず、 「被保険利益のその後の停止(cessation)は、締結さ れた時点で有効であった生命保険契約を無効にするものではない」と 結論づけて、Dean Trentの主張を棄却した62)。ただし、他の多くの裁 判所は、以上のような恣意的で非論理的な(arbitrary and illogical) 被保険利益アプローチであるとも評価されている判断を拒絶し63)、幹 部従業員の生命における被保険利益は事業関係の終了により消滅する と判断してきている64)。 ―44― 生命保険論集第 172 号 一方で債権者は、その債務者の生命について有効な被保険利益を有 し、債務者の生命についての保険契約の保険金受取人として指定を受 けることができる、したがって、少なくとも当該債務の額に達するま で、保険金について権利が与えられる65)。しかしながら、債権者に法 的に権利が与えられる生命保険契約の保険金額についての考え方は、 特にその額が債務額を超えている場合には、裁判所によって分かれて いる。たとえば、債務者の生命について当該債務に明らかに不釣り合 いな額の生命保険契約を締結することは、 明らかに賭博契約を構成し、 したがって、無効(null and void)となろうとする立場である。他方 で、債務者が自己の生命について生命保険契約を締結し、その債権者 を保険金受取人と指定した場合には、保険金の額が当該債務を超えて いるかもしれない場合であっても、それが両当事者の明白な意思であ る場合には、 債権者は保険金の額全体について権利を取得するとする。 このルールを支える基礎となっている合理性は、 自己の生命について、 債権者を保険金受取人として指定する生命保険契約を締結する債務者 は、その者が債務者たる被保険者に被保険利益を有していると否とに かかわらず、 「保険金受取人をいずれの者に指定することについて自由 である」 、ということである66)。一方で、債権者がその債務者の生命に ついての保険契約を、 債権者を保険金受取人として締結した場合には、 保険金受取人として債権者が獲得できる保険金の額は、当該債務の額 に限定する、そして保険金の残額は擬制信託(constructive trust) として債務者の遺産に組み込まれるというのが多数の裁判所の見解で ある。その点について、R. E. Keeton & A. I. Widissは次のように述 べている。 「債権者が生命保険契約を締結するという事実は、もちろん、債務 者およびその遺産が当該保険について法的利益を有していないと いうことを必然的に証明するものではない。たとえば、債権者が当 ―45― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 該保険を手配し保険料を支払ったことが明らかであるとしても、か かる保険契約には、債務者(その生命が付保されている者)の遺産 を次順位保険金受取人(contingent beneficiary)と指定する保険 金受取人条項が含まれていると認めることは至極当然である。この よ う な 場 合 に は 、 債 権 者 が 第 一 順 位 保 険 金 受 取 人 ( primary beneficiary)として指定されているとしても、債務者は、当該契 約に対して無関係な者(stranger)ではない。そして衡平法上の原 則は、債務者の遺産に当該債務を超える保険金部分についての権利 を与えるよう適切に適用されるだろう。そして次順位保険金受取人 の指定に関するこのような取決め(arrangement)がない場合であ っても、一般に、債務者の遺産に当該債務を超える生命保険におけ る衡平法上の利益が与えられるべきである多くの事案において、こ のことは認められるであろう、少なくとも、当該保険が債務を保証 するために獲得されたということを理解する何らかの証拠がある 場合には」67)。 4 小 括 多くのアメリカの裁判所は、保険契約者が被保険者の死亡時点で他 人の生命における被保険利益を有する必要はないという一般原則に対 して、以上のような重要な事業関係にある者同士についても例外を承 認し、 被保険者死亡時にも被保険利益が必要であることを認めてきた。 すなわち、信用生命保険契約は、明らかに、かかる一般原則に対する ひとつの重要な例外であり、そして幹部被用者生命保険は、争いはあ るが、他方の等しく重要な例外であると考えられている。また、いく つかの裁判所や論者が、他人の生命における被保険利益の要件を生命 保険契約が投資契約(investment contract)の類似物(analogous) の観点から性格づけることができると述べているけれども、より良い 理由づけとして、すべての事業関係を基礎とした生命保険契約は、事 ―46― 生命保険論集第 172 号 業パートナーシップ、重要な被用者、債権者債務者関係、そして他人 の生命について実質的な経済的利益をともなう他の商業上の利益を含 め、有効な被保険利益を保険契約者の開始時のみならず被保険者の死 亡時にも要求するてん補契約(contracts of indemnity)と扱うこと ができると指摘するところである。そして、他人の生命についての何 らかの有効な被保険利益を保険契約者の開始時のみならず被保険者の 死亡時にも存在しなければならないとう事業関係保険についての以上 のような例外が大多数のアメリカの裁判所や論者に納得させることが できるならば、それは、アメリカ生命保険法における的確な改革を達 成するためにこの上ないことであるとその主張は結ばれている68)。 以上のような提案ないし主張は、やはり、生命保険契約締結時にお いてのみ被保険利益を要求するルールでは、被保険者が故意に殺害さ れる危険を回避できないという懸念、あるいは生命保険契約締結後に それを譲渡することが被保険利益要件を回避するために利用される虞 が指摘されていることがその背景にあると考えられる。また、アメリ カ法では債務者を被保険者として締結される生命保険契約を債権者に 譲渡する場合に、移転される財産の具体的価値を判断することの困難 さをも考慮しなければならず、生命保険契約における被保険利益ルー ルは、単純な単一のルールではなく、多くの有害であると考えられる 社会的経済的傾向を何とか回避することを企図した公序(public policy)に関する諸ルールの複合体であるとも言われてきたことの現 れでもあろう69)。 注11)賭博(wager)の本質的要素として、E. W. Pattersonは、英国判例を引用 して、次の4項目を挙げていた。(1)将来の不確実な出来事の結果に従って、 一方当事者が他方当事者から掛け金を受け取ることを両当事者が相互に合意 していること、(2)個々の当事者のうちいずれかが勝ちいずれかが負けるとい う必然性があること、(3)いずれの当事者も、その者が勝つか負けるかについ て掛け金以外の利益を受け取ることがないこと、そして(4)偶然の出来事につ ―47― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 いて相互に理解していること。E. W. Patterson, Insurable Interest in Life, 18 Colum. L. Rev. 381, 385 (1918). 12)アメリカ法における生命保険の被保険利益に対する考え方の変遷とその理 解については、W. R. Vance, The Beneficiary’s Interest in A Life Insurance Policy, 31 Yale L. Rev. 343 (1922); G. I. Salzman, Insurable Interest in Life Insurance, 512 Ins. L. J. 517 (1965). がある。 13)たとえば、Peeler v. Doster, 627 S. W. 2d 936, 940 (Tenn. 1982); In re Estate of Powers, 849 N. E. 2d 1212, 1217 (Ind. Ct. App. 2006).また、 著名な判例としてWarnock v. Davis事件(104 U. S. 775 (1881))は、生命 保険契約における被保険利益を正確に定義づけることは困難であるとしなが らも、「被保険者の生命が存続することから得られる有利さまたは利益 (dvantage or benefit)に関する合理的期待(reasonable expectation)」 であると述べ(Id., at 779) 、かかる最高裁判例をその後も各裁判所が引用 している。福田・前掲書註10)24-25頁。 14)R. H. Jerry, Ⅱ, UNDERSTANDING INSURANCE LAW (4d ed. Matthew Bender, 2007), §43, at 293.[hereinafter sited as Jerry, Ⅱ] 15)R. E. Keeton & A. I. Widiss, INSURANCE LAW (West, 1988), §3.5(b)(1), at 180. [hereinafter sited as Keeton & Widiss] 16)Jerry, Ⅱ, § 43, at 293. 藩・前掲註10)135頁。 17)そこで、 「もし保険金受取人と指定された第三者が、被保険者に被保険者の 生命について保険契約を締結するよう薦め、保険料を支払う場合には、いく つかの裁判所は当該保険契約を賭博として無効とするであろう。裁判所がこ のような手法を採る理由は、保険金受取人に、被保険者の生命が継続するこ とについて、経済的または家族関係上の利益を欠いているに違いないと考え るからである」と指摘されている。Id., §43, at 294. 18)この点に関しては、梅津昭彦「生命保険者免責における公序 ─ アメリカ 法におけるPublic Policyを参考として ─」東北学院大学論集・法律学51・ 52号(1998年)63頁以下、76頁以下。 19)E. Patterson, ESSENTIALS OF INSURANCE LAW (2d ed., McGraw-Hill Book Co., 1957), at 159-61. [hereinafter sited as Patterson]では、 「人は、 その悪行から利益を獲得することはできない」との古い金言により、裁判所 は、殺人者の保険金を受け取る権利を否定してきていると述べる。そして、 殺人を行った保険金受取人が保険金の取得を阻止された場合には、死者の遺 産を管理するために裁判所により選任された遺産管理人(administrator)に 保険金を回収することが認められることになる。とくに、被保険者自身が自 己の生命について保険契約を締結し保険金受取人の変更権を留保していた場 合に、先に指定された保険金受取人がその資格を剥奪されそして新たな保険 金受取人が指定されなかったとしても、エクイティ原則に基づき、当該保険 ―48― 生命保険論集第 172 号 契約を被保険者の遺産管理人に支払われるものとすると説明されている。梅 津・前掲註18)85頁以下。擬制信託は、ある法の目的を実現するために、信 託を設定する当事者の意思が存在しない場合であっても、信託が設定された と擬制するものである(他人を騙して得た金銭を運用し大きな利益をあげた ような場合、騙した者を受託者、騙された者を受益者、騙して得た金銭また はそれが姿を変えた物を信託財産とすることにより、不法な手段で得た利益 に源をもつ利益はすべてはき出させる手段) 。なお、アメリカ法における擬制 信託(constructive trust)については、一般に、田中英夫『英米法総論下』 東京大学出版会(1980年)553頁以下。 20)Fed. Kemper Life Assurance Co. v. Eichwedel, 639 N. E. 2d 246 (Ill. App. Ct. 1994). 21)Colyer’s Admin. v. N. Y. Life Ins. Co., 188 S. W. 2d 313 (Ky. 1945). 22)この「善意の道具」理論は、 「たとえば、保険契約が締結される前に被保険 者を殺害するという考えを有していた、そしてそのような考えをもって、保 険金受取人が、自らまたは善意の道具(innocent instrumentality)として の被保険者を通じた行動により保険契約を締結する場合は、善意の被保険者 と保険会社との間の契約とは区別されるところの保険金受取人と保険会社と の間の契約であることが証明されるならば、保険会社は、詐欺(fraud)を理 由としてその責任を拒絶することができる。このような原則のもとでは、保 険金の取得は、被保険者の遺産についても認められない」とするものである。 P. N. Swisher, The Insurance Interest Requirement For Life Insurance: A Critical Reassessment, 53 Drake L. Rev. 477, 491 (2005). 23)P. N. Swisher, supra note 22), at 497. 24)554 F. 2d 896 (8th Cir. 1977), remanded to 459 F. Supp. 979 (E. D. Mo. 1978), aff’d, 605 F. 2d 421 (8th Cir. 1979). 梅津・前掲注18)80頁。他 に、保険金受取人が被保険者を殺害する意図ないし計画に関連して当該生命 保険契約の効力、保険者の保険金支払義務または保険者の調査義務が問題と なった事案として、Life Insurance Co. of Georgia v. Lopeze事件(443 So. 2d 947 (Fla. 1984)) 、Overstreet v. Kentucky Central Life Insurnce Co. 事件(950 F. 2d 931 (4th Cir. 1991))が興味深い。 25)Keeton & Widiss, §3.5(c)(2), at 181; Jerry, Ⅱ, §43, at 294-95. 福 田・前掲書註10)27頁。議論のあるところであるが、このような配偶者の愛 情被保険利益は、ハワイ州、アラスカ州、ネヴァダ州そしてオクラホマ州、 さらに2004年5月以降マサチューセッツ州において認められた同性婚 (same-sex marriages)にも適用があると指摘されている。P. N. Swisher, supra note 22), at 500. 26)Keeton & Widiss, §3.5(c)(4), at 184-85; Jerry, Ⅱ, § 43, at 294. 27)Keeton & Widiss, §3.5(c)(2), at 181-82. 福田・前掲書註10)27-28頁。 ―49― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 28)Keeton & Widiss, §3.5(c)(2), at 181-82. 29)Keeton & Widiss, §3.5(c)(4), at 184-85; Jerry, Ⅱ, § 43, at 294. 30)Keeton & Widiss, §3.5(c)(2), at 182-83. 31)Keeton & Widiss, §3.5(c)(2), at 183-84; Jerry, Ⅱ, § 43, at 296. 32)Keeton & Widiss, §3.5(c)(2), at 183-84. 33)Keeton & Widiss, §3.5(c)(2), at 183-84. 34)Herman v. Provident Mut. Life Ins. Co., 886 F. 2d 529 (2d Cir. 1989); In re Estate of D’Agosto, 139 P. 3d 1125 (Wash. App. 2006); Patterson, at 162; Keeton & Widiss, §3.3(b)(1), at 150. 保険契約締結時(at the time that the contract is made)にさえ被保険利益が存在していればよいと言わ れていると述べるものもある。Jerry, Ⅱ, §44[b], at 299-300.ただし、英 国におけるSandlers Co. v. Badcocke事件(26 Eng. Rep. 733 (Ch. 1743)) のHardwicke卿の付随意見を引用し(ただし同事件は財産保険に関するもので ある) 、保険事故発生にも被保険利益が必要であると述べる少数の裁判所もあ る。Powell v. Ins. Co., of N. Am., 330 S. E. 2d 550, 552 (S. C. 1985). また、テキサス州1953年法において、生命保険契約において保険金受取人と して指定された者は、被保険者の「生命についていずれの時点でも被保険利 益を有していること」が要求されていた。Paterson, at 165.テキサス州にお ける展開については、M. J. Henke, Corporate-Owned Life Insurance Meets the Texas Insurance Interest Requirement: A Train Wreck in Progress, 55 Baylor L. Rev. 51 (2003). 35)Keeton & Widiss, §3.3(b)(1), at 151; Jerry, Ⅱ, §44[b], at 300. 36)P. N. Swisher, supra note 22), 524-25. 37)Keeton & Widiss, §3.3(b)(1), at 152. 38)W. T. Vukowich, Insurable Interest: When It Must Exist in Property and Life Insurance, 7 Willamette L. J. 1, 23 (1971). 39)Keeton & Widiss, §3.3(b)(1), at 152. 40)Connecticut Mutual Life Insurance Co. v. Schaefer, 94 U. S. (4 Otto) 457, 462 (1876). 41)たとえば、アメリカ証券諸法にいう「投資契約」 (①資金の出資、②共同事 業(common enterprise) 、③収益の期待、④収益獲得がもっぱら他者の努力 によることを要件とする。SEC v. W. J. Howey Co., 328 U. S. 293 (1946)) とは異なる。 42)E. W. Patterson, supra note 11), at 382-83. 平準保険料プランについ ての理解として、生命保険新実務講座編集委員会=(財)生命保険文化研究 所編『生命保険新実務講座1総説』有斐閣(1990年)65-69頁、刀禰=北野『現 代の生命保険[第2版] 』東京大学出版会(1997年)40-46頁。 43)E. W. Pattersonは、英国の1774年生命保険法(The Life Assurance Act 1774, ―50― 生命保険論集第 172 号 St. 14 Geo. 3, c. 48)が被保険利益の必要な時期について曖昧な規定であ ったことを指摘する。Patterson, at 163. 福田・前掲書註10)19-20頁。 44)Patterson, at 163. 45)Patterson, at 164. 46)P. N. Swisher, supra note 22), at 526. 47)Id., at 527. 48)W. T. Vukowich, supra note 38), at 36.このような提案は、E. W. Paterson の分析と提案を基礎としている。E. W. Paterson, supra note 11), at 414-18. 49)W. T. Vukowich, supra note 38), at 38. 50)P. N. Swisher, supra note 22), at 524. 51)E. W. Patterson, supra note 11), at 403. 52)W. T. Vukowich, supra note 38), at 36. 53)P. N. Swisher, supra note 22), at 530. 54)W. T. Vukowich, supra note 38), at 36-37.保険者の調査義務については、 福田・前掲書註10)50頁以下。 55)P. N. Swisher, supra note 22), at 530. 56)W. T. Vukowich, supra note 38), at 37. 57)P. N. Swisher, supra note 22), at 531. 58)Id., at 514. 59)584 F. Supp. 272, 271 n. 1 (E. D. La. 1984).同事件は、概略以下のよ うなものである。Alan(“Mike”)Rubenstein(Rubenstein)は、有料広告 を掲載する雑誌の発行を通じて得られる収益を見込んだ事業を行うために、 Harold J. Connor, Jr.(Connor)との間でConnorをアシスタントとする契約 を締結した。そして、Mutual Life Insurance of New York(Mutual Life社) のエージェントの薦めにより、ConnorのRubensteinに対する債務を保証する ため24万ドルの信用生命保険契約(credit life insurance policy)を締結 した。契約締結3ヶ月後に、Rubensteinは義理の息子、従兄弟らとともに Connorを鹿狩りに誘い、銃の暴発を装ってConnorを殺害した。Rubensteinは、 銃の暴発が事故であったと主張しつつ、Mutual Life 社に対しConnorの不慮 の死亡に基づく生命保険金の支払を求めて、訴えを提起した。事実審裁判所 判事は、RubensteinがConnorの生命について有効な被保険利益を欠いていた、 したがって、Rubensteinは本件生命保険契約に基づいて保険金取得(recover) することはできない、と判断をした。 60)Id., at 279. 61)591 S. W. 2d 769 (Tenn. Ct. App. 1979). 62)Id., at 770. 63)P. N. Swisher, supra note 22), at 529. 64)たとえば、Manhattan Life Ins. Co. v. Lacy J. Miller Mach. Co., 289 S. ―51― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 E. 2d 190, 192 (N. C. Ct. App. 1982); McBride v. Clayton, 166 S. W. 2d 125, 129-30 (Tex. Comm’n App. 1942).がある。さらに、Stillwagoner v. Traverlers Ins. Co.事件では、 「被保険利益は、それを産み出した関係以上 に存続することはない、そして、当該関係が終了したり、当該事業がもはや 存在しなくなった場合には、保険金は被保険者の遺産に帰属することになる」 と述べている。979 S. W. 2d 354, 359 (Tex. App. 1998). 65)P. N. Swisher, supra note 22), at 518-19. 66)Keeton & Widiss, §4.11(f)(1), at 441. 67)Keeton & Widiss, §4.11(f)(2), at 442-43. 68)P. N. Swisher, supra note 22), at 531. Keeton & Widissは、 「被保険利 益は、事業関係において獲得された生命保険担保(life insurance coverages) については開始時にのみ要求されるというルールを提供し続ける適切さは、 とりわけ、当該保険担保についての商業上の理由が消滅し何らの家族的また は経済的関係も死亡時には存在しないことはいつ明らかになるのかという問 題を残したままである」という。Keeton & Widiss, §3.3(b)(1), at 152. 69)E. W. Patterson, supra note 11), at 416, 420-21. Ⅲ わが国保険法における「保険金受取人」に関する若干の指摘 1 最高裁事案における「保険金受取人」 以上のようなアメリカ法における生命保険契約と被保険利益の考え 方あるいは被保険者の死亡時にも被保険利益を要求する理解を基礎と して、わが国で「保険金受取人」の意味・解釈が問題となった最高裁 事案を若干みてみたい。 ①家族関係とその関係消滅の問題 たとえば、著名な問題として、保険金受取人を「妻・何某」と指定 した場合の指定行為の解釈が争われた最判昭和58・9・8民集37巻7 「生命保険契約において保険金受取人の 号918頁がある70)。同判旨は、 指定につき単に被保険者の『妻何某』と表示されているにとどまる場 合には、右指定は、当該氏名をもつて特定された者を保険金受取人と して指定した趣旨であり、それに付加されている『妻』という表示は、 それだけでは、右の特定のほかに、その者が被保険者の妻である限り ―52― 生命保険論集第 172 号 においてこれを保険金受取人として指定する意思を表示したもの等の 特段の趣旨を有するものではないと解するのが相当である」という。 この問題は、保険契約者による保険金受取人の指定の解釈、一方的 意思表示の解釈の問題である。すなわち、それは保険者にとっても重 大な利害関係が存するところであるから、客観的解釈が求められる71)。 しかしながら、少なくとも無条件の離婚の成立により当該指定が失効 するとの法律構成を採ることも考えられるが、離婚により元妻は保険 給付を受け取るべき「利益」を失ったとみることもできるのではない か72)。 ②団体生命保険契約の問題 最判平成18・4・11民集60巻4号1387頁は、 「他人の生命の保険につ いては、被保険者の同意を求めることでその適正な運用を図ることと し、保険金額に見合う被保険利益の裏付けを要求するような規制を採 用していない立法政策が採られていることにも照らすと,死亡時給付 金として第1審被告から遺族に対して支払われた金額が、本件各保険 契約に基づく保険金の額の一部にとどまっていても,被保険者の同意 があることが前提である以上、そのことから直ちに本件各保険契約の 公序良俗違反をいうことは相当で」ないという。 この事案は、被保険者の同意の有無の問題等を含むユニークな判例 である73)。そこで、企業が福利厚生のために保険に加入する制度にお いて、企業から保険金を遺族に引き渡す黙示の合意を認定することが できるかという点に本判例の特徴があると思われるが、誰が保険金を 受け取るべきかをその「利益」の点から問題とする視点も見逃せない と考えられる74)。 ③「保険金受取人と同視すべき第三者」の問題 たとえば、最判平成14・10・3民集56巻8号1706号は、 「保険契約者 又は保険金受取人そのものが故意により保険事故を招致した場合のみ ならず、公益や信義誠実の原則という本件免責条項の趣旨に照らして ―53― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 第三者の故意による保険事故の招致をもって保険契約者又は保険金受 取人の行為と同一のものと評価することができる場合も含むと解すべ きである」と述べ、保険者免責を認めた。 生命保険約款に挿入されている保険者免責約款の趣旨、あるいは信 義誠実の原則に反する場合として保険金取得が制限される、という問 題を抱えるのが本判決のポイントとなろう75)。そして、会社が保険契 約者であり保険金受取人である場合の、当該会社の取締役による事故 招致が保険金受取人(保険契約者)の事故招致と同視できるか、さら に本事案では問題となっていないようであるが、このような場合に保 険金は誰にも帰属しないのかが問題となろう76)。 たとえば、保険法51条3号は「保険金受取人が被保険者を故意に死 亡させたとき」を保険者が保険給付を行わない事由、保険者免責事由 として規定している。ただし、その場合において、被保険者を故意に 死亡させた保険金受取人以外の保険金受取人に対する責任については この限りでないとする(同条本文ただし書) 。すなわち、当該生命保険 契約において複数の保険金受取人がいる場合に、そのうちの一部の保 険金受取人が被保険者を故殺した場合には、保険者の他の保険金受取 人に対する責任は影響を受けないことを明示している77)。 2 まとめ 序論において整理したように、保険法はその定義規定において、 「保 険金受取人」を「保険給付を受ける者として生命保険契約又は傷害疾 病定額保険契約で定めるもの」 (保険法2条5号)と定めた。また、他 人を被保険者とする死亡保険契約については、当該被保険者となる者 の同意を要求するいわゆる同意主義を採用し(保険法38条) 、これまで のわが国立法の立場を変更していない78)。それに対し、アメリカ法で はその要件として必要な時点については議論のあるところであるが利 益主義を採用している。ただし、生命保険が賭博に利用される懸念、 ―54― 生命保険論集第 172 号 あるいは被保険者となった者の生命が危険にさらされるかもしれない という問題背景にはいずれの主義を採用しようとも違いがないと思わ れる。 生命保険契約における「保険金受取人」の確定作業は、保険契約当 事者である保険契約者の意思を推認する作業であり、当該者の意思が 尊重されることになる。しかしながら、生命保険契約が保険システム のうえに成立する法律行為であり、生命保険が賭博としての避難を受 け、不労利得を獲得するために利用されることが反社会性を帯びるこ 「保険金受取人」の地位を「利益」の とがないようにするためには79)、 点から再検討する必要があるのではないか。ただし、「利益」の内容と して、金銭的に評価可能な利益と評価不能なそれとがあることを認め なければならないところであるが80)。そのための比較法検討対象とし て英米法における利益主義の今後の展開をフォローしていく必要性を 感じている。また、冒頭でも述べたように、 「傷害疾病定額保険契約」 における 「保険金受取人」 について特段の視点も残された課題である。 注70)他に、保険金受取人を「相続人」と指定した場合(最判昭和40・2・2民 集19巻1号1頁)がある。 71)同判例は、 「保険金受取人の指定は保険契約者が保険者を相手方としてする 意思表示であるから、これによつて保険契約者が何びとを保険金受取人とし て指定したかは、保険契約者の保険者に対する表示を合理的かつ客観的に解 釈して定めるべきものであ」ると述べる。 72)もちろん、離婚に伴う財産分与(民法768条)に基づく考慮も必要となろう。 このような問題をアメリカ法分析から詳細に検討する、福田・前掲書註10), 92 頁以下を参照されたい。 73)山下友信「団体定期保険と保険金の帰趨」NBL834号(2006年)12頁以下、 その他。 74)たとえば、今井薫「わが国おける企業団体生命保険に関する一考察」産大 法学30巻3・4号(1997年)220頁頁以下。 75)藤田勝利・私法判例リマークス28号(2004年)114頁以下、榊素寛・商事法 務1802号(2007年)45頁以下、その他。 76)岡田豊基「生命保険契約における法人による被保険者故殺免責」生命保険 ―55― アメリカ法における生命保険契約と利益主義の展開 論集157号(2006年)109頁以下。その他、経営者保険については、梅津昭彦 「経営者保険に関する一考察」東北学院大学論集・法律学53・54号(1999年) 65頁以下。 77)旧商法680条1項2号は、複数の保険金受取人のうちのある者が被保険者を 故殺した場合には、その者に対する保険者の責任以外の保険金の残額、すな わち他の保険金受取人に対する保険者の残額支払い責任については免れない としていた。その点で、保険法もその立法趣旨から、同様に解するものであ る。遠山優治「生命保険契約における保険者の免責」落合=山下編『新しい 保険法の理論と実務』経済法令研究会(2008年)188頁以下、189頁。なお、 同旧商法規定について、殺人行為に関係のない保険金受取人の権利を認めて も差し支えないことを明示する規定であるとして、残額でなく約定保険金全 額を故殺者以外の者に支払う特約は有効であるとする見解があった。西島・ 前掲書註5)365頁、潘阿憲「法定免責事由」甘利=山本編『保険法の論点と 展望』商事法務(2009年)226頁以下、246頁。ただし、その当否を疑問とす るものとして、山下・前掲書註7)471頁。 78)保険法38条の理解と利益主義、親族主義との関係については、山下=米山 編『保険法解説 生命保険・傷害疾病定額保険』有斐閣(2010年)179頁以下 (山本哲生) 。 79) 「不労利得(unearned gain) 」を得ること自体は、社会的には好ましくない と評価されることがあっても悪(vice)ではないとも考えられるが。E. W. Patterson, supra note 11), at 386-87. 80)そこで「被保険利益」概念そのものの再検討も必要となると思われる。た とえば、田辺康平「保険契約における『被保険利益』と『損害塡補』」『保険 契約の基本構造』有斐閣(1979年)137頁以下、164-65頁(初出1963年)。 (本稿は、2009年12月12日(土)に開催された保険学セミナー(大阪・ 東西交流)における報告原稿に加筆・修正したものである) ―56―