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アニメ聖地が聖地であり続けること:尾道・城端の例から
アニメ聖地が聖地であり続けること:尾道・城端の例から 2015/7/4 由谷 裕哉(小松短期大学教授) 三田社会学会 2015年度大会@慶應義塾大学 [このハンドアウトは、プレゼン用パワーポイントのテキスト部分プラスアルファに相当します+参照文献] 1 報告の趣旨 アニメ聖地巡礼という社会現象において“聖地”がどのように意味づけられているのか、コンテンツ放映 後数年から10年を経過しながら現在も“聖地”と認識され続けていると考えられる、広島県尾道市(とくに御 袖天満宮)と富山県南砺市城端を事例として考察する。 なお、タイトルがまぎらわしいが、個々の事例が“聖地であり続ける”理由の考察を、目的とするものではない。 2 アニメ聖地巡礼とその研究動向 《用語について》 “聖地”も“巡礼”も当事者による用語。特定のアニメ(日本産のアニメーション作 品)のファンが、作品に関連して“聖地”と意味づけられている場所などを“巡礼”と称して訪れること。 一説に、2002年放映のアニメ『おねがい☆ティーチャー』(『おねティ』)のファンが、作品の舞台モデルで あった長野県木崎湖をこのように称して訪れたことに始まるとされるが、検証はされていない。オンライン、 オフラインのどちらでこの語が一般化したのか、も不明。[なお、ロケ地観光的なファンの行動は、20世紀後 半に既に見られた;→例 『セーラームーン』シリーズ<1992-97>における麻布氷川神社] 《研究動向について》 2006年放映の『涼宮ハルヒの憂鬱』(第1期)、2007年放映の『らき☆すた』、2009年 の『けいおん!』(第1期)などの集客力や地元の活性化に注目して、主に観光学の研究者がゼロ年代後半頃か ら研究を始めた。[→岡本健 2009, 山村高淑 2011] 本格的な研究が始まって10年経っていないことになるが、既に論文が100本近く、研究書も(報告者のもの を含めて)5冊ほど出されている。大学の卒論で扱われることも多いと聞く。 “聖地”については、上記コンテンツのうちとくに『おねティ』『ハルヒ』と『けいおん!』の主要な聖地 が湖、学校、住居(『ハルヒ』のキャラクター長門有希のマンション、『けいおん!』平澤姉妹の家)、飲食店などであ ったため、“聖地巡礼”と称されていても宗教とは無関係なロケ地観光、すなわちコンテンツ・ツーリズムだ、 と観光学者は位置づけた[→岡本健 2013]。研究者によっては、宗教とは無縁の現象なので、誤解を避けるた め“舞台探訪”と呼ぶべき、と主張する人もいる[→大石玄 2011]。 一方、宗教学者の中には、世俗化といった観点から、この現象に関心を寄せる人もいる[→岡本亮輔 2015]。 いわゆるオタク文化論のような枠組からの接近も見られる[→今井信治 2010, 入江由規 2014 ほか]。 なお、観光学からのアニメ聖地巡礼研究においても、聖地巡礼者が“オタク”であることを自明視する傾向が見られる。 [→岡本健 2013] 《報告者の立ち位置について》 いくつかの点*でアニメ聖地巡礼は日本に伝統的な巡礼を継承しており、 J・クリフォードのいう“生成する伝統”ではないか、と主張してきた。[→由谷&佐藤 2014] * 苦行性、回遊性、記念行為、聖地で祈願する場合があること、など(←今回は触れない)。 とりあげた主な事例は、金沢市湯涌温泉、茨城県大洗町[以上;→由谷&佐藤 2014]、埼玉県秩父市[→由谷 2013]などであったが、それぞれの“聖地”としての意味づけについては必ずしも追求しなかった。 そこで、本プレゼンでは別のアニメ聖地(聖地であり続ける例)を2例とりあげ、各々における“聖地”と しての意味づけを探求したい。 [以下5行分、パワーポイントでは割愛→]; なお、今回とりあげる2事例は、作品に関係する寺社がファン(巡礼 者)に“聖地”と見なされたケースであるが、そうしたアニメ聖地は他にも見られる。報告者がとりあげた例では.....; 秩父定林寺(『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』,2011,@埼玉県秩父市) 大洗磯前神社(『ガールズ&パンツァー』,2012-13, 『艦隊これくしょん』2013-,@茨城県大洗町) (他に、最近の話題は→)『ラブライブ!』(2013-14)の神田明神(@東京都千代田区)。 - 1 - 3 (事例1)広島県尾道市 尾道を舞台モデルとした代表的アニメは、2005年放映の『かみちゅ!』。平成17年度文化庁メディア芸術祭ア ニメーション部門優秀賞、日本のメディア芸術100選アニメ部門に選出された。 ファン(巡礼者)の間で『かみちゅ!』“3大聖地”と言われるのは、ヒロイン“ゆりえ様”(一橋ゆりえ) の家、彼女の通う中学校、彼女が“かみちゅ”(中学生の神様)として祀られる来福神社。 →いずれも、大林映画のロケ地を意図的になぞっている。~Y家、土堂小学校、艮神社(拝殿)+御袖天満宮(石段と 手水舎) [← Y 家は尾道市観光文化課制作の『大林作品ロケ MAP』に実名で出ており、現地協力者宅らしい] ↑ その背景に、『かみちゅ!』のロケハン(和製英語)を現地でサポートしたのが、大林映画に複数回登場した“喫茶こ もん”の経営者であったことが関係している模様。[→株式会社アニプレックス 2011] 以上のように『かみちゅ!』自体が大林映画のロケ地をなぞっているように、尾道旧市街地は様々なジャン ルの作品で描かれており、作品相互での引用も。[←ただし、アニメ聖地巡礼者は知らないことが多い] [文学作品] 『暗夜行路』(1921)、『放浪記』(1930)など。 [映画] 小津安二郎『東京物語』(1953)、大林宣彦の尾道三部作(1982―85)、新尾道三部作(1991―99);←大林は、 小津のロケ地をなぞっていた。 [NHK朝のテレビ小説] 『てっぱん』(2010);←大林映画の常連が多く出演し、ロケ地も類似(土堂突堤など)。 [漫画] 『ぱすてる』2002―。現在も連載中(コミックスは35巻)。 [他のアニメ] 『蒼穹のファフナー』2004(第1期)、2015(第2期);→作中で舞台となる“竜宮島”の景観の一部に尾 道の街並が使用。 『たまゆら』(OVA 2010、第1期2011);2013年放映の第2期および2014年発売のOVAで、尾道が2回登場した。前 者では、林芙美子『放浪記』の文言や“尾道を舞台とした映画”についての台詞があり、ロープウェイの起点近くの艮神社 が参照された;←以上のうち、“聖地巡礼”情報がオンラインに見られるのは、『ばすてる』『ファフナー』『たまゆら』。 《尾道の独自性、その中での御袖天満宮》 旧市街地は車が入れない小路が多く、街中に“古寺巡り 順 路”の石碑が建てられている;宗教心に基づくかは不明だが、回遊的になる(→巡礼行動に近接する)傾向。 [他のアニメ聖地との違い] 『らき☆すた』における鷲宮神社(9月の土師祭、7万人)、『ガルパン』における大洗マリンタ ワー前(11月のあんこう祭、10万人)のように、大きな行事やイヴェントを行えるスペースが旧市街に存在しない。『けいお ん!』の豊郷小や『花咲くいろは』(2011)の のと鉄道西岸駅のように、ファン同士が交流する場もない。 その中で御袖天満宮は....; 上述のように、『かみちゅ!』に描かれたのは石段と手水舎周辺のみ。なお、 石段は大林『転校生』(1982)のロケ地だが、『かみちゅ!』ファンの多くは知らない。[→玉井建也 2009] 放映終了から10年近く経つのに、今も(報告者は昨年確認)ファンが訪れる“聖地”。絵馬掛け所が3ヶ所 に分かれているが、拝殿から最も遠い掛け所には新しい絵馬も見られる(↓以下、絵馬の奉納文を#で)。 # 一橋ゆりえ; しあわせを夢みて # 同上; まっすぐ前に向かって がんばる! がんばる! 2012.8.16 2013.08.09 # 同上; いろいろがんばれますように。25年8月14日 # 同上;ラムネありマス [←↑“がんばる”は、エンディング映像より] [←一部で話題になった第9話<戦艦大和浮上のエピソード>より] # (文字のみ)再び尾道に戻って来れますように かーみーちゅ! 新潟県小千谷市(後略) 2014.6.13. # 一橋ゆりえ、ももねこ様(『たまゆら』キャラ)、タマ; これからも尾道を舞台にしたほのぼのアニメが、世に出てきます ように! # 沢渡楓(『たまゆら』ヒロイン)と一橋ゆりえ; かみちゅ!とたまゆら舞台になった尾道に、また来られますように。元 住吉の伊藤 H26.6.30 [←鷲宮、大洗などに多くの絵馬を奉納している絵馬師」 # 一橋ゆりえ&沢渡楓; ハッピー (一橋ゆりえ)がんばる! (沢渡楓)なので! 2014.08.16 - 2 - 【小括】 (近年は深夜アニメの放映数が増え、放映1,2年で忘れられるアニメが多いのに比べて)『かみち ゅ!』ファンが(数は多くないかもしれないが)今もいる*ことが、巡礼者が同神社を訪れる前提だろう。 * 『かみちゅ!』は2011年にNHK-BSで再放送された他、ゼロ年代後半にも複数回再放送されている。 さらに、少なくとも2013年の『たまゆら』第2期での尾道登場が、『かみちゅ!』の聖地・尾道を思い起こさせたことは疑 いない。 尾道の坂と狭い道(古寺巡り順路)が、ファンの巡礼行動に対応している。[→画像;『時かけ』タイル小路] 4 (事例2)富山県南砺市城端 主要コンテンツは、『true tears』 (2008年)。 いわゆる“ご当地アニメ”。[← NHK『クローズアップ現代』2012年3月7日放送分での用語] 同じアニメ制作会社 P.A.WORKS 社の『花咲くいろは』 (2011年)が金沢市湯涌温泉および七尾市西岸を主 な“聖地”としていたので、城端と湯涌・西岸を一緒に巡礼する『花いろ』ファンが登場。[→ 由谷 2014] さらに、地域限定コンテンツ『恋旅』(2013年)がエリア限定で配信(←報告者は未見)。 城端には、以上3作を制作した P.A.WORKS 社が立地。 同社の『SHIROBAKO』(2014―15年)にも、その社屋をモデルとした景観が度々描かれた;←キャラクターの 一・坂木しずか(新人声優)の所属事務所の入り口部分として。 ただし、どの場所が聖地、というより、ファン(巡礼者)にとっては『true tears』クライマックスで描かれた“麦端祭”の祭 場(架空の神社境内)を含む、物語が主に進行する場所にして、P.A.WORKS社のある街、という認識か? もっとも、近年は『true tears』を知らない巡礼者が増えている模様。→由谷[2014]; 『true tears』が、『かみ ちゅ!』のように評価が定まっている作品ではないことも関係するか? [↓以下#は、JR城端駅設置の巡礼ノートより] # アニメは見ていないが、聖地らしいので寄ってみた。(後略) [2012年5月1日] # そうそう、私T.T.見たことがないって、今気付いた。 (後略) [2012年5月20日] 《城端の独自性》 浄土真宗大谷派城端別院・善徳寺のある門前町(真宗学者・加藤智学が住職に)+民芸 運動の聖地でもあり、柳宗悦が善徳寺で主著『美の法門』を執筆。[→後者については、由谷 2015] →京都や東京から文化人を招く開放的な土地柄。 作中で善徳寺本堂は描かれないが、山門(第7話)や善徳寺会館は登場している。他に、山門周辺の街並みも(第3, 4,10話など) 作中“麦端祭”モデルの一である曳山祭は、国指定重要無形民俗文化財。作中では、曳山が細密に描かれた。 [→画像];→5月の曳山祭および9月のむぎや祭などにファンが“巡礼”するようになる。 # 3回目になります。お祭りにあわせてきました! やっぱ、良いところですね。(以下、略) [2011年5月5日] [+参考画像;むぎや祭ポスター] # 今年でむぎやに来たのも5回目を数えます。(以下、略) [2011年9月18日] 【小括】 城端を“聖地”とするアニメは、全て同所に立地するP.A.WORKSの作品である。 善徳寺(とくに山門)や曳山のような文化資源も、当地を“聖地”と考える“巡礼”者に影響を与えている。 ↑善徳寺については、7月下旬の虫干し法会に参列する『true tears』ファンもいる。 5 ○ 結び 観光学による旧来研究は『ハルヒ』『らき☆すた』『けいおん!』からアニメ聖地巡礼を一般化しようと したが、この3作は現代の深夜アニメおよび聖地巡礼を代表しないのでは? - 3 - とくに鷲宮と豊郷(『けいおん!』の代表的な聖地、滋賀県)は、今まで域外からの旅客がほぼいなかった場所。 →尾道・城端は、もともと寺社参詣の目的地であり、そのことが特定コンテンツに起因する“聖地巡礼”の 基底となっていたと考えられる。 ○ “聖地”(当事者用語)はロケ地的な舞台とは違う;→少なくとも御袖天満宮(拝殿)および善徳寺 (本堂)は作品に描かれなかった。 おそらくこれらの寺社は、ファン(巡礼者)にとって尾道・城端を表象する場所としての“聖地”なのでは? ○ “聖地”とは...;(従来の宗教的聖地のように、宗教者の唱導によらず)当事者が(コンテンツとそれ に関わる言説世界を媒介として)再帰的に様々な個人的な想念*を投射する、特別な場所。 * 例えば、『たまゆら』第2期と『かみちゅ!』とを結びつける、善徳寺の法会に参列しようとする、等々。 《参照文献;著者姓の五十音順》 Andrews, Dale K., "Genesis at the Shrine: The Votive Art of an Anime Pilgrimage", Mechademia, 9, Minneapolis, 2014 今井 信治 「コンテンツがもたらす場所解釈の変容―埼玉県鷲宮神社奉納絵馬比較分析を中心に―」,『コンテンツ文化史 研究』VOL.3,2010 ―― 「フレームから浮かび上がるリアリティ:秩父札所十七番定林寺調査を中心に」,『デジタルゲーム学研究』第6号,2013 入江 由規 「『ゲスト』へと変貌したオタクたち:アニメ聖地巡礼者の交流から」,『フォーラム現代社会学』13,2014 大石 玄 「アニメ《舞台探訪》成立史―いわゆる《聖地巡礼》の起源について―」,『釧路工業高等専門学校紀要』45, 2011 ―― 「『true tears』にみる富山の風景―アニメと地域表象」,『釧路工業高等専門学校紀要』46, 2012 岡本 健 「アニメ聖地巡礼の誕生と展開」,『CATS叢書』(北海道大学) VOL.1,2009 ―― 『n次創作観光 アニメ聖地巡礼/コンテンツツーリズム/観光社会学の可能性』 NPO法人北海道冒険芸術出版,2 013 岡本 亮輔 『聖地巡礼』 中央公論社(中公新書),2015 織田 信雄(編集)『true tears memories』学習研究社,2008 片山 明久 「アニメ聖地における巡礼者と地域の関係性に関する研究:富山県南砺市城端を事例として」,『観光学評論』 1(2), 2013 株式会社アニプレックス(監修)『かみちゅ!大全ちゅー!』一迅社,2011 玉井 建也 「『聖地』へと至る尾道というフィールド―歌枕から『かみちゅ!』へ―」,『コンテンツ文化史研究』VOL.1,2009 山村 高淑 『アニメ・マンガで地域振興』 東京法令出版,2011 由谷 裕哉 「親鸞の越後配所を巡る記憶の生成と確立」,『三田社会学』14,2009 [←コンテンツに媒介されて“聖地” と考えられるようになった今回の事例とは異なるが、近代の様々な語りによって親鸞配流を巡る“記憶”が 社会的に共有され、複数の場所や建物が上人ゆかりの聖蹟と見なされるに至った例] ―― 「秩父定林寺における奉納絵馬」,『西郊民俗』224,2013 ―― 「聖地・西岸-城端間を回遊する巡礼者について」,『加能民俗研究』45,2014 ―― 「霊山への畏敬の念と北陸人の気質」,『てんとう虫 由谷 裕哉・佐藤 喜久一郎 『サブカルチャー聖地巡礼 UC Card Magazine』47-4,2015 アニメ聖地と戦国史蹟』岩田書院,2014 - 4 -