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利用者の増加が悩み? ~チューリッヒ交通連盟
利用者の増加が悩み? ~チューリッヒ交通連盟~ スイス地方公共交通の仕組みを理解する際、 鍵となるのは交通連盟である。 例えばチューリッヒ交通連盟(ZVV)は管 轄区域内の公営交通8機関(スイス鉄道・市営 交通・旅客船など)と私営交通43機関(主にバ ス)を束ねている。区域の面積は1,839㎢(大 阪府とほぼ同じ) 、人口は145万(福岡市とほぼ 同じ)に及び、利用者は年間5億8千万人。単 純に人口で割ると子供から高齢者まで年に400 回利用している計算だ。 交通連盟の仕事は、チケットの一括管理と運 賃収入の分配、運行ダイヤなどの調整、公共交 通全体のマーケティングに大別され、自治体の 首長が最高責任者を務める。運行業務はあくま で各事業者の仕事なので、連盟が車両や駅・停 留所を所有・管理・運営することはない。従っ て事業規模に比べた職員数は少なく、ZVV の 場合は約40名で切り盛りしている。 ZVV の初乗り料金は2.2CHF。区間内であれ ば路面電車→バス→船のように事業者の区別な くたった1枚の切符で自由に乗り継げるのが最 大の特徴だ。路面電車を降りれば目の前にバス が停まっていてすぐに発車する、といった優れ た利便性は交通連盟があればこそ。もし連盟が なければ異なる事業者がここまで深く連携する とは考えにくく、各社が利害を優先するあまり 利用者そっちのけの競争を展開してもおかしく ない。世界最初の交通連盟は1965年にドイツ北 部の港湾都市ハンブルクで生まれ、現在は広く ヨーロッパ諸国に普及している。 ZVV の利用者は着実に増加を続け、主要機 関のSバーン(都市鉄道)は1990年から20年で 2.4倍に増えた。経済が好調なのに加え、車の 利用者を公共交通に呼び込む政策の結果だ。し かしながら現状は輸送能力を超えており広報の ドラー氏によれば「利用者の増加が最大のリス ク」というから、羨ましい悩みではある。 ZVV の営業収支(正確に書けば、ZVV の管 轄する交通事業全体の営業収支)はどうか。事 業報告書によれば2010年は38.4%(3億6,100万 CHF)の赤字で、これは州と地方自治体が半 分ずつ埋め合わせている。ZVV は他の交通連 盟からよく成功事例として挙げられ、今回取材 に行った理由もそこにあるのだが、これほどの 赤字を出しながらの成功とは一体どういうこと だろう。 実際のところ、ヨーロッパにあるほぼすべて の交通連盟は赤字。ここで決定的な意味を持つ のは、公共交通は公共サービスという至極もっ ともな考え方であり、黒字化は元々前提とされ ていない。もちろん事業者は無駄のない経営を 求められるが、公共交通の発展と、利便性・運 賃水準・公的補助のバランスこそ重要とされ、 それを見極めるのは政治の役割になる。チュー リッヒは約40%の補助を妥当と判断し、市民も 納得している。 スイスはまだしも他の国は財政が苦しく、こ の考え方を堅持するのはなかなか難しい。しか しながら充実した公共交通は生活と経済に欠か せない機能であり、譲れぬ水準というものがあ る。ちなみにこの水準は日本の感覚からすると かなり高い。 公共交通の充実と地域の魅力は直結し、逆に 削れば地域の地力が失われ、長期には間違いな く衰退をまねく。市民は理屈より感覚でそれを 知っているように思う。“無い袖は振れぬ”と あきらめ下降線を辿るか、成長するための投資 と覚悟を決め無理をしてでも補助するか。ヨー ロッパの多くは後者の道を選んでいる。 (在独ジャーナリスト 松田 雅央) 橋の向こう側右手にチューリッヒ中央駅が見え る。20億 CHF を投じた新線建設(9.6km)の ため、駅にはクレーンが林立している 1CHF(スイスフラン)≒82円 日経研月報 2012.7 1