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森の健康診断 - 豊田市矢作川研究所

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森の健康診断 - 豊田市矢作川研究所
2009.11 No.136
豊田市矢作川研究所 月報
森の健康診断
∼キヅキとマナビの連鎖が森と流域を変える∼
丹羽健司
森の健康診断は、豊田市で生まれた。05年の第1回以来矢作
川では毎年6月に開催しこれまで1,300人余りが参加した。矢作
川流域の人工林の現状を市民の五感と科学で明らかにしようと、
10年間の期間限定で始めた。昨年までで矢作川流域をほぼ踏査し、
◆森の健康診断
∼キヅキとマナビの連鎖が森と流域を
変える∼
今年の5回からは2順目に入った(図1)。
東海地方を中心に急速に拡がり、全国では規模の違いはありな
がら約20都道府県で実施されている。一昨年からは「子どもの
◆5年間の「矢作川 森の健康診断」から
わかったこと
森の健康診断」が始まり、昨春からはGoog
l
e Ear
th上に情報を
◆平成21年度 豊田市矢作川研究所
シンポジウム開催のご案内
ウハウを伝える「森の健康診断全国出前事業」も始まった。
表示する「森の健康診断WEB−GIS」が、昨秋からは各地にノ
●ガッテン
森の健康診断は、熟練した森林ボランティアをリーダーに、地
元サポーター、自然観察サポーターと一般参加者あわせて1班5
∼8人ほどで編成する。参加費500円を手に、弁当や雨具をリュ
ックに詰めて集合し、班ごとに車に分乗して調査地点に向かう。
車を下りてからは調査地点(2万5千分の一地図を25分割した
中央点)への道すがら自然観察サポーターからの動植物の説明や、
地元サポーターからの山里の暮らしや林業の話を聞く。植生調査
と混み具合調査合わせて五十数項目の調査をマニュアルに沿って、
釣り竿や100円グッズを活用した調査器具(写真1)
を駆使して行う。
豊田市矢作川研究所
調査地点に到着すると、参加者全員に樹冠を見上げてもらい感
〒471-0025
愛知県豊田市西町2-19 豊田市職員会館1F
TEL 0565-34-6860 FAX 0565-34-6028
e-mail [email protected]
http://yahagigawa.jp
想を聞き、本数で何割ぐらいの間伐が必要か答えてもらう。その
林分の標準的な場所を選び、ひもで5m四方の枠を作る。その枠
図1 衛星写真に落とした「矢作川 森の健康診断」調査地点(オレンジ色の線が矢作川流域界)
1
小原の四季桜(2008.11.21)
とってはこれまで縁の無かった人工林が、地元の山主
にとっては「お荷物」だった人工林が、がぜん「お宝」
に見え出す。金銭にかえられない、愛おしくかけがえ
のないものに見えてくる。こうして1日2ヶ所の調査
を終えて集合場所に戻り調査票をチェックしてから提
出する。その結果は矢作川森の研究者グループ(矢森
研、蔵治光一郎・洲崎燈子 共同代表)の手によって
集計分析され、参加者アンケートや感想文とともに半
年後には報告書に印刷され報告会と併せて公表される。
慣れない斜面で転んで、泥まみれになっても「楽しか
ったなぁ」と明るくタオルで顔をぬぐう参加者たち。
そのほとんどが「次回も参加したい」と答える。森の
写真1 100円ショップの調査グッズ
健康診断のキヅキとマナビの連鎖が始まる。こうして
「愉しくて少しためになる」を合言葉に急速に全国に
内で、斜面の方位と傾斜角、落葉層の被覆率、腐植層
広まっている。参加者にとってはお手軽にかつ愉しく
の厚さ、下層植物の被覆率と種類、中層植物の被覆率
科学的に森のことが学べ、その成果が報告書となって
と種類と胸高直径などの植生調査を行う。次に、釣
地域や環境に貢献できるという自己満足と社会的満足
り竿を使って半径5.65mの円を描き(面積100㎡)
を同時に叶えられるというわけである(写真2)。
その円内の植栽木(スギ・ヒノキなど)の胸高直径と
上層木と平均木の樹高を測定し混み具合調査を行う。
●流域の健康診断
以上の作業をリーダーの指示のもとマニュアルに沿っ
森の健康診断は流域単位で考える。流域の多様な自
て朗読係、記録係など全員で手分けして行う。それぞ
治体や森林組合などと関わることになる。実行委員会
れの調査項目測定の意味はその都度説明しながら最後
は、必然的に対象地域の自治体、森林組合に呼びかけ
にその林分の診断と処方を全員で討議する。基本的に
て参画してもらうことになる。その申し入れに行くと
は相対幹距(林冠木の樹高と本数密度の比)を指標と
「待っていた、よく来てくれた」から「何だ、そり
して使い、グラフで説明し、参加者一人一人に「もし
ゃ?」まで温度差は大きい。否応なくそれぞれの森林
自分が山主だったらどうするか?」を問いかける。こ
や林業さらに市民運動に対する姿勢の違いに接するこ
の時「へぇ∼そうだったのか!」「ガッテン」「目か
ととなる。
らウロコ」などと歓声が響く。個々の調査内容と診断
矢作川流域では上流から、長野県平谷村、根羽村、
と処方箋が一つにつながる瞬間である。
岐阜県恵那市、愛知県設楽町、豊田市、岡崎市、新城
市の3県4市1町2村の自治体にまとまった人工林が
●キヅキとマナビ
あり、8つの森林組合との協働を試みた。結果、1組
このようにして午前中2時間ほどかけて測定を終え、
合を除いて全面的な協力を得られた。
景色のよいところで昼食をとる。その頃には互いに人
岡崎市自然共生課では、第2回から職員を参加させ、
となりを知り話が弾む。次の地点まで車を走らせ同様
第4回開催の決まった前年秋には地元サポーターや関
に行う。今度は参加者が自主的に役割分担をして段取
係者のためのプレ健康診断まで開催して本番に備えた。
り良く進む。リーダーはできるだけ口を出さずに自主
性に任せる。大抵1時間もかからずに終えることがで
きる。
その帰り道、さっきまでの素人が「この山は4割(間
伐)だね」「これはひどいね、6割だね」などといっ
ぱしの目利きを始める。森の健康診断で繰り返される
いつもの風景だ。「人工林の見方がすっかり変わった」
と都市からの参加者。「実は、ワシらも目からウロコ
だった」と地元の素人山主たち。たった一度の「森の
健康診断」で、森を見る目と人が変わる。都市住民に
写真2 第5回矢作川森の研究診断参加者
2
根羽村は分析結果でも健全度が飛び抜けて高かった。
報告会で小木曽村長は、「この数字は30年前から手
がけてきた森林政策の成果だ」と胸を張った。
豊田市では、05年に「森づくり委員会」を設置し、
07年には市町村ではまれな「森づくり条例」を議決し、
「森づくり構想」を策定した。約2/3が放置林である
という森の健康診断結果を活かし、20年間で放置林
を一掃することを宣言したのだ(図2)。森の健康診
断は多くの人と機関が集まり連携しなければ実行でき
ない。診断しているのは人工林だけでなく、森に関わ
る行政機関なのかもしれない。
矢森研は、矢森協と議論しながらわかりやすさと楽
しさを優先しつつ正確さを追求してわかりやすいマニ
図2 20年間で放置林一掃を目指す豊田市森づくり基本構想
ュアルを作成し結果を分析する。その成果は報告書と
ともに報告会で公表され学会などでも発表する。ここ
り立っている。矢作川で培われてきた「市民と研究者
では研究者たちと森林ボランティアたちは対等平等に
の協働」の伝統はここでもちゃんと息づいている。
議論する。このような活動はとかく素人である市民が
研究者に従属しがちだが、そのようなことはない。こ
の知的な基盤と適度な緊張感の上に森の健康診断は成
(にわ けんじ、
矢作川水系森林ボランティア協議会(矢森協)代表)
5年間の「矢作川 森の健康診断」からわかったこと
洲崎燈子
2005∼2009年にかけて、矢作川流域の人工林346
表1 2006∼2009年の矢作川流域のヒノキ・スギ林調査結果
地点で森の健康診断が行われました(1ページ目の図
1参照)。そのうち植栽木調査の面積が狭く、調査精
度に問題がある2005年の調査地(106地点)と源流
域のカラマツ林(7地点)のデータを除いた、2006
年以降に調べたヒノキ林、スギ林および両者の混交林
(以下これらをまとめてヒノキ・スギ林とします、233
地点)のデータから、矢作川流域の人工林の特徴をま
とめてみました。
まず表1に全体の傾向を示しました。全地点の70
%(163地点)がヒノキ林、12%(28地点)がスギ林、
18%(42地点)が両者の混交林でした。ヒノキ林の
割合が高いのは、この地域の一部が木曽ヒノキの産地
こ そん
であるためと考えられます。枯損木とタケの存在はい
状が明らかになりました。植栽木の幹直径から算出し
ずれも人工林の荒廃度を判断するものさしになります
た断面積合計(林の成長段階の目安)は平均52.1㎡/
が、枯損木は5割弱の調査地に見られました。タケが
haで、過密とされる50㎡/ha以上の林の割合は53%
侵入していた林は1割程度でしたが、これは矢作川流
でした。相対幹距(林冠木の樹高と本数密度の比)は
域の竹林そのものの面積がさほど大きくないためと考
平均15.7で、過密とされる17未満の林の割合は57%
えられました。
でした。林分形状比(林冠木の幹の太さと樹高の比)
植栽木の平均密度は約1,600本/haで、この地域の
は平均83.9で、過密とされる80以上の林の割合は全
ヒノキ・スギ林を最終的に収穫する際の望ましい本数
体の67%でした。これら3つの混み具合の指標(胸
密度(約600本/ha)と比べて、間伐が遅れている現
高断面積合計、相対幹距、林分形状比)から総合的に
3
判断して、矢作川流域全域の人工林の5∼7割が現時点
で間伐の必要な、過密な林だということがわかりました。
人工林の間伐が進まず、植栽木の密度が高いままで
放置されると、土壌の表層を保護する草や低木(草本
層)の生育が妨げられます。植栽木の密度が高いほど、
草本層の被覆率が低くなることが確認できました(図
1)。一方で、標高が上がると植栽木の本数密度が下
がり、過密な林が減ることもわかりました。図2では
一例として、相対幹距から過密と判断された林の割合
が標高によってどう変化するかを示していますが、標
高0∼200mでは過密な林が8割近くに達しているの
図2 標高と相対幹距から過密と判断された林の割合
に対し、標高1,000∼1,200mでは1/3近くに減少して
います。標高が上がると植栽木の密度が下がるのは、
管理されていない人工林でも起こっており、その効果
自然林で起こる樹木間の競争に由来する自然間引きが
が高標高地でより強く現れるためである可能性があり
ます。
5年間の「森の健康診断」で、のべ1,200人以上の
参加者によりたいへん貴重なデータが得られ、そこか
ら豊田市の「森づくり条例」における人工林の間伐目
標面積が導かれたことには大きな意義があったと思い
ます。5年目という節目の年を迎え、これからの「森
の健康診断」がどのような新しい提言に結びつくデー
タを出していけるかを、現在模索しています。
(すざき とうこ、豊田市矢作川研究所 主任研究員)
図1 植栽木の密度と草本層の被覆率の関係
参考文献
第5回矢作川森の健康診断実行委員会・矢作川水系
森林ボランティア協議会・矢作川森の研究者グル
ープ(2009)第5回矢作川森の健康診断2009.
洲崎燈子・蔵治光一郎・丹羽健司(2008)矢作川流
域の人工林の健康状態の現状.矢作川研究,12:103 110.
平成21年度 豊田市矢作川研究所シンポジウム開催のご案内
日時:2010年1月23日(土)
2010年10月に愛知・名古屋でCOP10が開かれるのを契機に、
13
:
00∼16
:
30
流域住民の手で生命の豊かさ(生物多様性)と暮らしをまもり、
場所:電気文化会館
未来を展望するためのシンポジウムを開催します。今年度は当
(名古屋市中区栄2-2-5)
研究所の成果を広く知って頂くため、名古屋で開催しますので、
地下鉄伏見駅下車 徒歩2分
多くの方々のご参加を心よりお待ちしております。
後記
人間の健康診断と言えば,病気の早期発見が主な役割ですが,森の健康診断はかなり重症化してしまった人工
林の病状に、まずは私たち一人一人が「キヅキ」、どうしていくべきかを「考える」きっかけの場となっていま
す。日本中に森の健康診断が広がり、健全な森が再生されることを願うばかりです。(白)
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