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5.5MB - 東海大学沖縄地域研究センター

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5.5MB - 東海大学沖縄地域研究センター
西表島研究 2009
[共同研究]
西表島網取湾における造礁サンゴの形状別分布
神野正樹 1)・木村賢史 2)・河野裕美 3,4)・水谷 晃 4)・崎原 健 4)・鵜飼亮行 5)・岩本裕之 5)
東海大学 1)大学院海洋学研究科,2)海洋学部海洋生物学科,3)海洋研究所,
4)沖縄地域研究センター,5)五洋建設株式会社環境事業部
について報告した鵜飼ら(2010)の研究内
1.はじめに
造礁サンゴとは,硬い石灰質の骨格を持
容のうち,網取湾におけるサンゴの形状別
つサンゴのうち,渦鞭毛藻の一種である褐
分布について,一部結果を加えて紹介した
虫藻を体内に共生させる種群の総称である.
い.
造礁サンゴの大部分は,花虫綱六放サンゴ
亜綱のイシサンゴ目に属し,このほかに花
2.材料と方法
虫綱八放サンゴ亜綱の根生目に一種と共莢
1)調査地の概要
目に一種,ヒドロ虫綱のアナサンゴ目に数
西表島は琉球諸島の南西端(24°20’N
種見られる(西平ほか 1995).サンゴ礁の
123°50E)に位置し,面積は約 289 ㎢,沖
分布には塩分,光,水深,水温,懸濁物,
縄県では本島に次ぐ大きさの島である.亜
波浪などが主要な制限要因になっている
熱帯気候に属しているため年間の気温の変
(西平ほか 1995).生息環境の地形や海岸
化は小さく,湿潤であり,海域ではサンゴ
の向き,河川の流入や陸水の影響などによ
礁,陸域では亜熱帯性照葉樹林やマングロ
って,環境要因がさまざまに変化しサンゴ
ーブ林などが発達し,多様な生物相と自然
礁全体の発達を制限し,部分によってサン
環境が形成されている.
ゴ群集の様相が異なる.これに伴い,各部
130°
125°
分に特徴的に現れるサンゴの形状も異なる.
鹿児島
本調査地である網取湾のサンゴについて
30°N
は,これまでにオニヒデによる食害(横地
ほか 1991),光合成や石灰化(梶原ほか
1994,1995),成長(梶原ほか 1997),高水
沖縄本島
西表島
温による白化(横地 2000)などの調査研究
台湾
25°
石垣島
が行われてきた. 最近では,環境省自然局
(2004)や沖縄県教育委員会(2009)が種
網取湾
数と被度により分布状況を報告しているが,
西表島
24°20’N
網取施設
調査地点数が少なく網取湾全体を把握する
123°40’E
には十分とは言えない.ここでは,網取湾
図1
のサンゴ生息環境に及ぼす波浪外力の影響
82
123°50’E
調査地点概要.
西表島研究 2009
西表島の北西の端に位置する網取湾は,
湾口は約 2.3km,奥行き約 3.5km の北西に
A
向かって開かれた入り江状の湾で,湾奥か
K
B
L
C
らは 2 つの河川が流入し,水深が湾口部で
M
D
E
70m,湾奥部でも 30m にもなる変化に富ん
N
F
G O
H
だ湾である(図 1).
I
P
Q
本研究では網取湾全体を調査地とした.
J
網取湾には少なくとも 18 科 42 属 125 種の
R
3
造礁サンゴが確認され(環境省自然環境局
図2
2004),多様性が高いという特徴がある.
調査測線.
3)サンゴの形状の概要
2)調査ライン
造礁サンゴの形状はさまざまである.一
網取湾全体において等間隔になるように,
般的に固着性,群体動物に見られる 6 つの
西岸に 10 本,東岸に 8 本,合計 18 本の調
基本群体形(Jackson,1979)のうちサンゴ
査ラインを設置した(図 2)
.調査測線は汀
には被覆状,塊状,葉状,枝状の 4 つの基
線から礁縁までとし,礁縁に垂直になるよ
本形がある.
うに設置した.各ラインの長さに応じてラ
被覆状;基盤を覆うように成長し,薄く
イン上に 1~3 地点,合計 36 地点の調査地
張り付いているために堆積物に埋められる
点を設けた.
可能性が高いが,物理的外力によって壊さ
れることは少ない.
葉状
塊状
被覆状
卓状
枝状
図3
造礁サンゴの形状.
83
西表島研究 2009
写真に印刷
サンゴ部分をトレース トレース部分切り取り
図4
重量の計測
被度測定方法.
行った.地点ごとに半径 5m の範囲内におい
塊状;群体の辺縁部でもポリプを出芽し
ながら,基盤から上にも成長し,内部は密
て,中心で GPS(GPSMAP60CSx Garmin 社)
な骨格がつまった頑丈な群体であり,成長
を用い位置を計測し,コドラート(1m×1m)
は遅く,ある程度の堆積物に対する耐性が
を周辺 3 か所設置し,デジタルカメラを使
ある(大見謝 2000,2002).
用し水面と水平になるように写真撮影を行
葉状;群体が基盤から立ち上がり,薄い
った.3 つのコドラートの被度の平均をそ
骨格が葉のように成長していく.骨格が薄
の地点の被度とした.被度の求め方は,コ
く,なおかつ基盤から立ち上がっているた
ドラートを撮影した写真を印刷し,トレー
めに,波浪などの物理的外力には弱い.
シングペーパーでサンゴの部分をトレース
枝状;木の枝のように群体が上方向に成
して切り取り,形状ごとに電子天秤を用い
長していく.卓状も枝状群体の変形とされ,
て重さを量ることによって被度を求めた
横へ放射状に成長していき,上へと伸びる
(図 4).
枝はほとんどが短く,規則正しく配列する.
3.結果と考察
本研究では,サンゴの形状を,被覆状,
1)分布調査Ⅰ
塊状,葉状,枝状の 4 つの基本形のほかに
B,C ラインの礁縁までの距離はそれぞれ,
卓状を加えた 5 つの形状に造礁サンゴを区
360m,210m であった.出現種数は B ライン
分し,各サンゴの分布について調査した(図
では,11 科 62 種,C ラインでは 10 科 50
3).
種であった(図 5).どちらのラインも半分
近くをミドリイシ科が占めていた.汀線か
4)分布調査Ⅰ
らの距離と出現種数の関係は,どちらのラ
調査は B,C ラインのみで 2009 年 6 月か
インも礁縁に近づくにつれて増加する傾向
ら 2009 年 9 月まで,ベルトトランセクト法
が見られた.どちらのラインも 70m 地点ま
で行った.10m ごとにコドラート(1m×1m)
ではサンゴ類の出現は見られなかった.各
を設置し, デジタルカメラを使用し,写真
ラインの種数の最大出現地点は B ラインで
撮影を行い,出現種,形状について観察,
は 330m 地点と 350m 地点で 10 種,C ライン
記録を行った.
では 160m 地点と 200m 地点で 7 種が出現し
た(図 6).形状では両ライン共に汀線から
礁縁へ移動するにつれて,出現なし,塊状,
5)分布調査Ⅱ
枝状,卓状と変化が見られた.B,C ライン
調査は 2009 年 6 月から 2009 年 11 月まで
84
西表島研究 2009
ラインBの科別出現割合
11科62種
ハナヤサイサンゴ科
ミドリイシ科
ハマサンゴ科
ヤスリサンゴ科
ヒラフキサンゴ科
クサビライシ科
ビワガライシ科
オオトゲサンゴ科
サザナミサンゴ科
キクメイシ科
キサンゴ科
その他
2% 5%
4%
0%
6%
11%
2%
0%
10科50種
4%
12%
2%
5%
2%
2%
4%
6%
46%
2%
0%
3%
58%
10%
3%
11%
ラインB
図5
ラインC
ライン B,C における出現種の割合.
10
ラインB
出現種数
8
6
4
2
0
0
50
100
150
200
汀線からの距離 (m)
250
300
350
10
ラインC
出現種数
8
6
4
2
0
0
50
図6
100
汀線からの距離 (m)
150
汀線からの距離と出現種数の変化.
85
200
西表島研究 2009
に関して主に形状を構成しているものは卓
考えられる.逆に湾奥部のライン H,I,J,
状,枝状ではミドリイシ科ミドリイシ属,
P,Q では波浪の影響が少ないために繊細で
塊状ではハマサンゴ科ハマサンゴ属であっ
間隔の広い枝になったのではないかと考え
た.
られる.
卓状;主に卓状はミドリイシ科のミドリ
イシ属で構成されていた.この形状の種は
2)分布調査Ⅱ
図 7,8 に分布調査の結果を示した.湾口
比較的多くの地点で出現したが,主に湾口
部では湾の東側,西側を問わずさまざまな
部から湾中央までの礁縁に出現する傾向が
形状のサンゴが出現しているが,湾奥へ近
強く見られた.これらの多くが波浪や外洋
くなるにつれて形状が単一になり,塊状や
水の影響を受けやすい湾口部から湾中央部
枝状が優占するようになった(図 7).これ
までの分布で湾奥部に出現しなかったこと
は,外洋水が直接流入することが,湾口部
から,卓状サンゴが形成されるためには適
から湾中央部までサンゴが多様な形状を示
度な波浪と淡水や懸濁物が少ない外洋水が
すのではないかと考えられる.
必要ではないかと考えられる.
また湾奥部では,外洋からの直接的な波
塊状;主に塊状はミドリイシ科のハマサ
浪の進入がないこと,2 つの河川が流入に
ンゴ属で構成されていた.湾口部から湾中
よる淡水の影響,河川由来の懸濁物の堆積
央部までは海岸が砂浜である地点の岸際,
等の影響が考えられる.そのためにこれら
湾奥部ではほとんどの地点で岸に最も近い
に対応できるサンゴの種類が少なく,湾奥
地点に出現した.海浜地点の岸際に出現し
へ近くなるにつれて形状が単一になるので
たということから考えても,塊状サンゴを
はないかと考えられる.
形成するハマサンゴ属には堆積物に対する
高い耐性があると考えられる.さらに,湾
奥部にも多く出現していることから,淡水
3)形状別の分布
に対する耐性もあるのではないかと考えら
枝状;主に枝状はミドリイシ科のトゲミ
れる.
ドリイシ属,ミドリイシ属,ハマサンゴ属
で構成されていた.湾口部から湾奥部まで
葉状;主に葉状はミドリイシ科のコモン
の広範囲で最も多くの地点で出現した.し
サンゴ属で構成されていた.B ラインの 1
かし,出現地点によって同じ枝状でも少し
地点と F ラインの 2 地点のみに出現した.
形状が異なった.湾口に近いライン A,B,
このうち F ラインの陸側の地点では葉状の
C,K,M,N では枝の太さが太く枝の密度が
コモンサンゴ属の群落が確認された.この
高い傾向が見られた.一方,湾奥部のライ
地点が他の地点とは違う特異的な環境であ
ン H,I,J,P,Q では枝は細く繊細で枝同
ると推察される.陸側も砂浜ではなく岩礁
士の間隔も広い傾向が見られた.これは湾
となっているために堆積物の影響が極めて
口に近いライン A,B,C,K,M,N では波浪
少ないものだと考えられる.このようにさ
の影響が大きく,このことに対応するため
まざまな要因が重なったためにこのような
に太く高密度の枝になったのではないかと
特異的な分布ができたものだと考えられる.
86
西表島研究 2009
枝状群体
卓状群体
塊状群体
葉状群体
被覆群体
サンゴなし
図7
2
各地点の形状の出現割合.
A
K
B
L
C
M
D
E
N
F
G
被度60%以上
O
H
被度30~60%
被度0~30%
I
P
Q
枝状群体
卓状群体
J
塊状群体
葉状群体
R
1
サンゴなし
図8
各地点の代表形状と被度.
87
西表島研究 2009
被覆状;主に被覆状はミドリイシ科のコ
り,サンゴの分布を知る上で礁縁は重要に
モンサンゴ属で構成されていた.本調査で
なると考えられる.今後,礁縁の調査が欠
は A ラインの 1 地点と F ラインの 1 地点の
落している地点に関しては再調査し,サン
みの出現であった.
ゴの分布を詳細に把握していくことが重要
以上のように網取湾においては枝状,卓
である.今後は,サンゴの分布域と環境要
状,塊状が多く出現し,葉状,被覆状はほ
因について比較し,サンゴの生息条件を明
とんど見られなかった.またこれらを構成
らかにすることが重要である.
していたものはほとんどがミドリイシ科の
サンゴであった.分布位置も各形状でそれ
5.業績
ぞれ特徴的であった.
論文発表
1) 鵜飼亮行・河野裕美・中瀬浩太・島谷学・
4)被度
神野正樹・木村賢史(2010)網取湾のサンゴ
生息環境に及ぼす波浪外力の影響.海洋開
観察で得られた被度を図 8 に示す.円の
発論文集,26,363-368.
大きさは被度の割合を示し,0~30%,30
~60%,60%以上の 3 段階に分けた.湾口
部は被度の高い傾向が見られた.しかし,
学会発表
ライン D,E の卓状に関してはほかの湾口部
1) 鵜飼亮行・河野裕美・中瀬浩太・島谷学・
の地点に比べて被度が小さくなっていた.
神野正樹・木村賢史(2010)網取湾のサンゴ
これは波浪の影響ではないかと考えられる.
生息環境に及ぼす波浪外力の影響.第 35
湾口部と湾奥部の被度を比較すると,淡水
回(2010 年度)海洋開発シンポジウム.
や河川由来の懸濁物の影響がある湾奥部の
被度は全体的に小さく,湾口部との差は明
6.引用文献
確であった.
1)Jackson,J.B.C. (1979) Morphological
strategies
4.まとめ
In(G.Larwood
of
and
sessile
animals.
B.R.Rosen,
eds.)
Biology and Systematics of Colonial
本研究では西表島網取湾において,サン
ゴの分布調査を実施した.この結果よりサ
Organisms., pp. 499-555
ンゴは形状の違いにより分布域が異なるこ
2)梶原健次・永井
とが明らかになった.これは,サンゴの生
之(1994)イシサンゴ,オトメミドリイシ
息には周辺の環境の影響が非常に多く関わ
Acropora pulchra の石灰化量の測定法とサ
っていることも示唆された.
ンゴの形状が石灰化に及ぼす影響.東海大
また,本研究において,調査ライン上の
彰・上野信平・横地洋
学海洋研究所研究報告,15,27-37.
調査地点の設置に関しては等間隔になるよ
3)梶原健次・永井
うに無作為に決定を行ったため,礁縁に調
之(1995)イシサンゴ,オトメミドリイシ
査地点がないラインが存在した.このよう
Acropora pulchra の光合成と石灰化量に及
な場所は,環境が急激に変化する場所であ
ぼす水温と光量ならびに褐虫藻密度の影響.
88
彰・上野信平・横地洋
西表島研究 2009
東海大学紀要海洋学部,40,95-103.
10)大見謝辰夫・仲宗根一哉・満本裕彰・上原
5)梶原健次・横地洋之・永井
彰・上野信
睦男・大城哲 (2000) サンゴの赤土汚染耐
平(1997)西表島網取湾産オトメミドリイ
性と白化耐性の比較. 沖縄県衛生環境研究
シの White-Tipped Branch と Brown-Tipped
所報, 34,69-76.
Branch の成長様式.東海大学海洋研究所研
11)大見謝辰夫・比嘉榮三郎・仲宗根一哉・
究報告,18,1-10.
満本裕彰 (2002) 赤土条例施行前後におけ
6)環境省自然環境局 (2004) 平成 15 年度
る沖縄沿岸の赤土等堆積状況比較. 沖縄県
網取湾自然環境保全対策検討調査業務報告
衛生環境研究所報, 36,77-84.
書
12)横地洋之・上野信平・小椋将弘・永井彰・
7)環境省・日本サンゴ礁学会 (2004) 日本
渡部忠重 (1991) 西表島北西部におけるオ
のサンゴ礁.
ニヒトデとサンゴの分布状況の時空的変化.
8)西平守孝・J.E.N.Veron (1995) 日本の造
東海大学紀要海洋学部, 32,231-242.
礁サンゴ類.
13)横地洋之 (2000) 1998 年の白化が西表
9)沖縄県教育委員会 (2009) 天然記念物緊
島網取湾のサンゴ群集に与えた影響. 日本
急調査報告書(サンゴ礁).pp. 27-63.
サンゴ礁学会第 3 回大会講演要旨集, p 7.
89
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