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教育投資の水準
2 特集1 第 教育投資の水準 節 教育への支出には,前節で採り上げたように各家庭が直接支出(負担)する教育費と,民間からの寄 附などによる「私費負担」の他に,国や地方公共団体が,教育を社会全体で支えるために税金により支 出する「公財政支出」としての負担 (「公費負担」)があります。日本を含む世界各国いずれにおいても, この二つの負担によって,教員などの人件費や施設設備などの教育に必要な様々な経費をまかなって います。しかし,その具体的な状況は国によって様々です* 10。 そこで,本節では,政府規模,教育予算の推移,経済規模,人口動態などいくつかの視点から,日 本の公財政支出の現状や水準について,諸外国と比較しつつ考えていきます。 経済規模と教育投資の状況 経済協力開発機構 (OECD)では,加盟国を中心に,教育への支出や,教育機会・在学・進学の状 況などについて,国際比較が可能な最新の指標を豊富に掲載した『図表で見る教育(Education at a Glance)OECD インディケータ』を 1992 年以来,ほぼ毎年刊行しています。本節では,この指標を中 心に,教育投資にかかわる指標を分析します。 我が国の教育への支出を国際的に比較する上で,学習者やその家庭から支出される授業料等の教育 支出(私費負担※)と,国や地方公共団体からの教育のための公財政支出(公費負担)の合計額が,国内 総生産(GDP)に占める割合を比較した場合,我が国は OECD 諸国の平均を若干下回っています (図表 1-1-24)。 ※注:この調査における 「私費負担」 とは,授業料など正規の教育機関に対する私費負担のみであり,我 が国ではそれ以外にも,習いごとや塾など学校外教育費としての支出も相当あることに留意が必要。 それでは,さらに学校段階毎に,公費負担と私費負担に分けて比較してみましょう(図表 1-1-25)。 これをみると,我が国は,初等中等教育段階において,私費負担の割合が小さくなっていますが,平 成 22 年度からの高校実質無償化により,さらに負担が軽減されることが見込まれます。 一方,就学前教育 (幼稚園など)段階と高等教育(大学など)段階において,我が国は諸外国と比べて 私費負担の割合が高くなっています (就学前段階における私費負担割合は 24 カ国中最大,高等教育段 教育支出の対GDP比(公費負担及び私費負担の合計) 図表1-1-24 (%) 9 8 7 OECD各国平均 5.7% 6 5.0 5 4 3 2 1 トルコ スロバキア共和国 スペイン ドイツ アイルランド イタリア チェコ共和国 日本 オーストリア ノルウェー オランダ ポルトガル ポーランド ハンガリー オーストラリア メキシコ 英国 フィンランド スイス フランス スウェーデン ベルギー ニュージーランド 韓国 カナダ デンマーク アメリカ合衆国 アイスランド 0 (出典)OECD「Education at a Glance(2009) 」より作成 * 10 諸外国に共通する事項として,初等中等教育段階では,総教育支出に占める教職員人件費の割合が約7割∼8割,高等教 育段階では約5割∼6割を占めています。 文部科学白書 2009 19 我が国の教育水準と教育費 前節では,子どもの教育にかかる厳しい家計負担の現状と,学力等との関係について見てきました。 第1部 我が国の教育水準と教育費 図表1-1-25 教育費の公私負担割合(学校段階別) 就学前教育段階 日本 56.6 43.4 18.3 77.6 アメリカ 家計負担割合 22.4 その他私費負担割合 92.7 英国 7.3 95.5 フランス 4.5 72.2 ドイツ 27.8 80.7 OECD平均 0% 公費負担割合 38.3 20% 私費負担総計 ※ドイツと平均については 家計負担割合が不明 19.3 40% 60% 80% 100% 初等中等教育段階 日本 89.9 2.5 7.6 アメリカ 91.5 8.5 76.8 英国 13.7 92.5 フランス 87 ドイツ 13 91.2 OECD平均 0% 20% 40% 8.8 60% 高等教育段階 80% 100% 67.8 日本 32.2 アメリカ 34 51.4 16.4 36.3 64.9 英国 29.7 26.6 8.5 83.7 フランス 10.1 6.2 85 ドイツ 15 72.6 OECD平均 0% 9.5 1.3 6.2 20% 40% 27.4 60% 80% 100% (出典)OECD「Education at a Glance(2009) 」より作成(上3図とも) 階は 27 カ国中2位)。我が国が特徴的であるのは,私費負担の中でも家計が負担している割合 (図表 1-1-25 中の「家計負担割合」)が非常に高い点にあり,そのことはすなわち,諸外国の家庭と比べると, 我が国では教育のための費用をそれぞれの家庭が相当多く負担しているといえます。 公費負担に限って教育支出を比較した場合は,全教育段階では日本は OECD 諸国に比べると低い水 準の負担しかしていない状況となっています* 11(図表 1-1-26)。なお,公費負担と私費負担との関 係については,子どものいない人々も含めた税負担による公費で補助するのか,学習者本人や子育て 家庭の負担に委ねて私費(授業料等)で払うのか,という負担のあり方の選択の問題も関係しています。 OECD 加盟諸国それぞれの人口や在学者数は様々なので,その規模の違いを考慮するため,国民1 人当たりの GDP と,在学者1人当たりの教育機関への公財政支出(「公財政教育支出」)とを比較した 場合,全教育段階では,ドイツ,フランス,英国などと同程度の水準にあります(図表 1-1-27)。 これを学校段階毎に見ると,初等中等教育段階における我が国の公財政支出は,英国,ドイツより も高くなっています。一方,就学前教育段階,高等教育段階では,英,米,独,仏,日本の5カ国平 均の半分以下となっています。 * 11 公財政支出の多寡を考察するためには,GDP や国民負担率,一般政府総支出に占める教育費割合のほか,教育機関に在学 する者の数の総人口に占める割合にも留意する必要がある。我が国は,他の OECD 諸国に比べて,在学者の総人口に占める割 合が少なく,高等教育段階では,大学進学率が低く,また大学院に在籍する学生数も少ない。 20 文部科学白書 2009 特集1 図表1-1-26 公財政教育支出の対GDP比 (%) 8 7.2 7 OECD各国平均4.9% 5 4 3.3 3 2 1 トルコ 日本 ドイツ スロバキア オーストラリア スペイン チェコ アイルランド 韓国 メキシコ オランダ イタリア カナダ アメリカ合衆国 ポルトガル ニュージーランド 英国 ハンガリー オーストリア ポーランド スイス ノルウェー フランス フィンランド スウェーデン ベルギー デンマーク アイスランド 0 ※トルコ (2.7%) は, 昨年はデータの提出がなかった。 (出典)OECD「Education at a Glance(2009) 」より作成 図表1-1-27 在学者1人当たりの公財政教育支出(教育段階別) (出典)OECD「Education at a Glance(2009) 」より作成 文部科学白書 2009 21 我が国の教育水準と教育費 6 第1部 我が国の教育水準と教育費 これらの状況を見ると,我が国は,国民全体としては教育のために国際比較で平均程度の支出をし ているものの,その多くは家計などの私費負担によって支えられており,それに比して公財政支出が 少ないという実情がうかがえます。 このことが,第1章第1節で見たような各家庭における教育費負担の重さにつながっているといえ ます。 少子化と教育費の状況 我が国に限らず,先進諸国の多くにおいて少子化が進んでいます。しかし,教育費の状況をみると, 世界各国では少子化傾向にもかかわらず,公財政 図表1-1-29 公財政教育支出の伸率 教育支出が伸びています。例えば,韓国や英国で は 1999 年から 2006 年の7年間で 1.5 倍程度の公 (1999 年の公財政支出※を100 として比較) 170 163 財政教育支出の伸びが見られ,その状況は我が国 では横ばいであるのとは対照的です (図表 1-1-28 ∼図表 1-1-29)。 図表1-1-28 5∼19歳人口の総人口に占める割合 韓国 160 150 147 英国 140 130 122 120 112 110 107 100 100 アメリカ フランス ドイツ 日本 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 (出典)World Population Prospects: The 2008 Revision Population Databaseより作成 22 文部科学白書 2009 ※各年の公財政教育支出はGDPデフレーターによる物価補正済み (出典)OECD「Education at a Glance(2009) 」より作成 特集1 図表1-1-30 我が国の国・地方の文教費の推移 文教費総額と国の文教予算の推移 (億円) 250,000 242,960 241,369 240,205 236,358 228,769 231,230 224,633 我が国の教育水準と教育費 240,183 239,229 文教費総額 227,317 200,000 国の文教費 150,000 地方の文教費 100,000 54,414 54,965 54,921 55,237 55,091 国の文教予算 52,238 50,000 0 10 11 12 13 14 48,365 15 16 43,959 17 39,261 39,183 39,395 39,228 18 19 20 21 42,419 22(年度) ※文教費総額とは,学校教育、社会教育(体育・文化関係,文化財保護含む)及び教育行政のために国及び地方公共団体が支出した総額の純計である。 ※国の文教予算とは,文部科学省所管当初予算における主要経費「文教及び科学振興費」のうち「科学技術振興費」を除いたものである。 ※いわゆる三位一体の改革における国庫補助負担金改革により,平成15年度から平成18年度までの間,地方への税源移譲の対象として約1.3兆円が減額されている。 (出典) 「国の文教予算」については文部科学省調べそれ以外については「地方教育費調査」より作成 No. 1 公財政教育支出が飛躍的に増加している韓国の取組 韓国では,大統領選挙のたびに候補者が教育財政規模の拡大を公約として打ち出すなど,人材を育て る教育への社会的・政治的関心が高い。 これを受けて,政府も「世界化・情報化時代を主導する新教育体制の樹立のための教育改革プラン」 (1995年)や「国家人的資源開発基本計画」 (一次2001年,二次2006年)などの中長期計画を策定し, グローバル化や情報化などの時代の変化に対応するよう取組を進めてきた。さらに,教育に使途を限定 して徴収される教育目的税(国税,地方税)が設けられているだけでなく,目的税以外の国の税収の一 部を地方の教育予算に充てることが定められている。 国の税収のうち教育に充当された比率をみると,1998年には12%であったものが,2008年には20% にまで拡大した。この間,1985年から段階的に進められてきた中学校の無償化が2004年に完了し, 1999年から一部の5歳児に対する就学前教育の漸進的無償化が開始され,低所得家庭から漸次拡大する など,教育機会の拡充に向けた取組が進められてきた。また,初等中等教育段階の教員数も,少子化傾 向にもかかわらず36.8万人(1995年)から42.7万人(2006年)へと増加し,1999年に14.1人だった コンピュータ1台当たりの児童数(小学校)は,2008年には6.2人になるなど,教育環境の整備も進ん でいる。さらに,1999年から開始された「頭脳韓国21世紀事業」により,世界水準の大学を作ること を目標に,7年間で1.4兆ウォン(約1,131億円相当(2010年3月24日時点換算))の競争的資金が投じ られるなど,高等教育の質の向上が進められている。 文部科学白書 2009 23 第1部 我が国の教育水準と教育費 公財政支出における教育費の位置付けの状況 しかしながら各国いずれも,その財源には限りがあります。我が国をはじめ世界各国において,教 育予算にどの程度の重点が置かれているのでしょうか。この点については,各国の国及び地方公共団 体の公財政支出全体(一般政府総支出)に占める教育支出の割合をみることにより,確認することがで きます。 まず,一般政府総支出のうち,どれだけが教育のために支出されているかを見てみます。我が国は, 一般政府総支出に占める教育のための支出の割合が,OECD 諸国の中でも下位に位置しています* 12 (図 表 1-1-31)。 一般政府総支出に占める公財政教育支出の割合 図表1-1-31 (%) 25 22.0 20 15 OECD各国平均13.3% 9.5 10 5 イタリア 日本 ドイツ チェコ ハンガリー オーストリア フランス ポルトガル スペイン 英国 カナダ オランダ ポーランド スウェーデン ベルギー フィンランド オーストラリア スイス アイルランド 韓国 アメリカ合衆国 デンマーク アイスランド ノルウェー スロバキア ニュージーランド メキシコ 0 (出典)OECD「Education at a Glance(2009) 」より作成 また,各国の一般政府総支出の内訳について国際的に比較すると以下のような状況です(図表 1-1-32 ∼図表 1-1-34)。 ・我が国は教育費の割合が低い ・我が国は一般政府総固定資本形成の割合が高い ・我が国は保健の占める割合が高い 一般政府総支出の構成比の各国比較 図表1-1-32 一般政府総固定資本形成 教育 日本 10.7 アメリカ 英国 ドイツ 7.9 17.1 13.8 8.8 フランス 11.3 スウェーデン 12.9 2.3 13.9 4.2 4.3 34.0 20.8 16.2 19.0 34.8 47.1 13.7 12.5 防衛 社会保護 19.7 4.2 2.2 保健 42.3 41.9 2.6 11.7 その他 25.2 27.2 5.8 27.1 2.2 25.7 3.5 25.0 3.2 25.3 (%) 注1:一般政府総固定資本形成は,教育,保健,社会保護,防衛に関する経費を除く 注2:ドイツのデータは,一般政府総固定資本形成のデータを一般政府総資本形成のデータで代替 注3:図表1-1-31と図表1-1-32 ∼図表1-1-34では,出典・作成年が異なるため,教育のための支出の割合は一致しない (出典)OECD.Stat * 12 公財政支出の多寡を考察するためには,GDP や国民負担率,一般政府総支出に占める教育費割合のほか,教育機関に在学 する者の数の総人口に占める割合にも留意する必要がある。我が国は,他の OECD 諸国に比べて,在学者の総人口に占める割 合が少なく,高等教育段階では,大学進学率が低く,また大学院に在籍する学生数も少ない。 24 文部科学白書 2009 総固定資本形成費 図表1-1-34 ■一般政府総支出に占める教育費の割合の各国比較 ■一般政府総固定資本形成費の比較 (%) 9.0 16.0 8.0 14.0 7.0 12.0 6.0 10.0 6.0 5.0 17.1 7.9 4.0 13.8 10.7 11.3 12.9 3.0 8.8 4.0 2.0 2.0 日本 アメリカ 英国 0.0 ドイツ フランス スウェーデン (出典)OECD.Stat 4.3 2.2 2.3 1.0 0.0 4.2 4.2 日本 アメリカ 英国 ドイツ フランス スウェーデン (出典)OECD.Stat 政府規模と教育費との関係 次に,政府規模と教育費の在り方について検討します。政府の規模については,国民負担率という 視点から見ることができます。国民負担率とは,国民全体が得る一年間の所得に対して,税負担と年 金など社会保障の保険料の合計がどれほどの割合なのかを示す値で,我が国の国民負担率(約 40%)は 国際的に見て比較的低い状況です(OECD28 カ国中,日本は 25 位)* 13。 この国民負担率が低いことから,政府全体の予算規模が限られ結果として教育への公的支出も少な くなると考えられ,実際にデータをみると国民負担率が低い国ほど公財政教育支出が低くなる傾向が 見られます。 しかしながら,国民負担率と国内総生産に占める公財政教育支出の割合との関係について各国の傾 向と比較してみると,我が国の水準は国民負担率が低い国の中においてもなお,国際的な水準を下回 っています* 14(図表 1-1-35)。 図表1-1-35 国民負担率と公財政教育支出との関係 国民負担率と教育投資(全教育段階) (%) 7.5 公財政教育支出の対GDP比 7.0 デンマーク 6.5 スウェーデン 6.0 5.5 フィンランド フランス 英国 アメリカ 5.0 韓国 4.5 イタリア 4.0 ドイツ 3.5 3.0 20 日本 30 40 50 60 70 (%) 国民負担率 (出典)OECD「Education at a Glance(2009) 」 財務省ホームページ(http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/siryou/sy2202p.pdf)より作成 * 13 2008 年。出典:2010 年2月 財務省公表資料 http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/siryou/sy2202p.pdf * 14 これについては,我が国の財政支出における社会保障や国債費の大きさに留意する必要がある。 文部科学白書 2009 25 我が国の教育水準と教育費 (%) 18.0 8.0 特集1 教育費の割合 図表1-1-33