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I.ミクリッツにみる森の幼稚園教師に求められる知識
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 6(2016) I.ミクリッツにみる森の幼稚園教師に求められる知識と技能 ―領域「環境」との関連に着目して― Knowledge and Skills Needed to Waldkindergarten Teachers from Miklitz’s View: Focus on a Relation with Content of “Environment” in Course of Study for Kindergarten 後藤 みな GOTO, Mina 筑波大学大学院人間総合科学研究科 Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba [要約]本研究は、次の二つの問題意識に基づいて行われた。すなわち第一に、ドイツの森の幼稚園教師にとって 必要となる知識や知能、強調点は何か、第二に、その知識は『幼稚園教育要領』の領域「環境」とどのような関 係にあるか、である。その際、ドイツにおける森の幼稚園に着目し、特にミクリッツが示している教師の知識を 俯瞰した。そして領域「環境」を基に分析の観点を設定した上で、先の知識等を分析した。その結果、問題意識 と対応して、次に続く二点の帰結を導いた。まず、森の幼稚園の教師には 20 領域に渡る知識や技能があり、生 態系や気象に関するものの習得が強調されていた点。次に、それら知識等の中には「身近な動植物に親しみを持 って接し、生命の尊さに気づきいたわったり大切にしたりする」といった観点からの記述が見られなかった点。 [キーワード]ドイツ森の幼稚園、教師、知識、技能、幼稚園指導要領、領域「環境」 二つの問題意識を基に、本稿では、幼児期の子どもが日常 1. はじめに 子どもが自然とかかわることは、彼らの心身の発達や 的に自然体験できる保育形態として、今や衆目を集めて 科学的な見方考え方の基礎の育成のために重要である。 いる森の幼稚園に着目し、そこで議論されている教師注(1) 現在テレビ等による間接体験の機会が増えてきている中 の知識等を取り上げる。本稿では、特にドイツの事例に即 で、子どもが自然に直接かかわる機会が少なくなってい して、先の問題意識にアプローチしていく。 ドイツの森の幼稚園は、東西で開設数の程度の差こそ ることから、保育活動の中でその機会を設けることの意 1) あれ、総じて連邦全土に量的に拡大されつつある注(2)。目 義は一層大きくなっている 。 そうした機会を保育活動の中で設ける場合、教師には 下のところはその保育の質的検討が行われている。その 種々の懸念事項があろう。なかでも、保育者養成系の教員 検討のひとつに、教師の専門性も含まれ、教師に必要な知 、領域 識や技能、研修について議論されている 4)。このように、 「環境」 (特に自然にかかわること)の内容を考慮した知 森の幼稚園の教師が有する知識等について近年議論がな 識や技能の習得が挙げられる。しかしながら、関連する知 されているドイツの事例を参照することは、先の問題意 識や技能の全体像が示されてはおらず、ゆえに、その全貌 識をもつ本研究にとって有意味であると思われる。 や学生からも必要性が訴えられているように 、3) 2) を俯瞰することがひとつの課題となっている。こうした これまでに、I. ミクリッツ(Ingrid Miklitz)は、ドイツ 課題に対して、例えば宮内(2006)は、園児に聞かれて困 森の幼稚園の教師に必要な知識を提示している 5)。彼女 った自然に関する質問を調査し、教師にとって必要とな の文献は日本の森のようちえん関係者や環境教育論者等 りうる知識を検討しているものの、部分的な観が残り、先 によって紹介されて以来注目されているが、教師の知識 の課題の本質的な解決には至っていない。 等については未だ我が国において示されていない。また、 では、幼児期の子どもが自然とかかわる際に教師にと その知識等を、我が国において活用する前の基本的検討 って必要となる知識や技能、それらの強調点はどのよう もなされていない。かかる状況にあっては、ミクリッツの なものであろうか。あるいはまた、その知識や技能は、領 示す知識等を提示し、自然とのかかわりの点からも述べ 域「環境」とどのような関連にあるのだろうか。こうした られている領域「環境」との関連を吟味する必要がある。 ― 79 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 6(2016) 事情から、一層一般性や影響力がある文献としてミクリ 2. 研究の目的および方法 以上を踏まえ、本稿では、ミクリッツが示している森の ッツが著している『森の幼稚園(Der Waldkindergarten) 』 幼稚園教師に求められる知識や技能を俯瞰したうえで、 を選定することとする。なお、ミクリッツは、1995 年に それらと領域「環境」との関連を明らかにすることを目的 はじめに書籍を発表してから何度も加筆修正を施し、 とする。 2011 年には第 4 版を出版している。本研究では、最新の 今述べた目的に取り組むために、第一に、本文中の第三 2011 年に発表されたものを用いていく。 節と関連して、ミクリッツの文献を取り上げる妥当性を 検 討 し た 上 で 、 彼 女 の 代 表 的 な 著 作 で あ る Der 2) 森の幼稚園の教師に必要な知識とその強調点 Waldkindergarten( 『森の幼稚園』 )を基にして教師に求め ミクリッツは、教師に求められる知識を示す中で、生態 られる知識や技能の諸相を俯瞰していく。また、そこで言 系に関連するものと、気象に関連するものを強調してい われている強調点を整理していく。 る。これら二つの事項については、以下、順に、どのよう 第二に、本文中の第四節と関連して、我が国における な内容のものかを見ていく。 まず、生態系に関連してみていく。ミクリッツはその著 『幼稚園教育要領』の領域「環境」の中で言及されている、 教師に求められている事項のうち、いくつかを分析の観 書の中で、教師に求められる「知識のほとんどは動植物の 点として据え、第一で提示する知識を対応付けていく。 連関や食物連鎖に関連」があるとしているし、さらに、 「教 第三に、本文中の第五節と関連して、第一、第二の事項 師は、子どもたちと両親に、自然の中の相互関連性を知覚 する能力をわかりやすく援助」していくこと、と述べてい を踏まえ分析の結果を考察していく。 なお、本稿では原文を基にして筆者が訳出していくこ る 10)。このようにミクリッツが述べていることを踏まえ、 とを基本とするが、訳出した中で筆者が文脈を補足する 実際に彼女の示している知識を見れば、確かに生態系に ところは[ :筆者]として示すことを断っておく。 関連する知識が方々にみてとれる。それらの知識を言え ば、例えば、 「森」領域における「生態系としての森の重 3. ミクリッツと森の幼稚園教師の基礎知識 要性について知っていること」 、あるいは「網目状に結合 1) ミクリッツとミクリッツ文献 すること」領域における「自然の中の全ての生き物は網目 ミクリッツは、森の幼稚園実践者であるとともに、ノル トライン・ヴェストファーレン邦の森の幼稚園協会の主 状に結合していることについて知っている」等々が当て はまる。 要なメンバーである。彼女は、森の幼稚園連邦会議にも積 次に、気象に関連してみていく。例えば、天候というト 極的に参加し、その報告を幼児教育のジャーナルで発表 ピックでは、オゾン層に関する病気・危険、ならびに教師 6) し 、ドイツにおける森の幼稚園の活動の発展に一翼に に求められる知識が述べられている。病気・危険として なっている。さらに彼女は、ドイツで森の幼稚園を創設し は、近年ではオゾン層の破壊が進み、気道刺激性炎症/頭 ようとしている者やドイツの森の幼稚園を知ろうとして 痛が引き起こされるといった被害が確認されていること いる者のために、森の幼稚園の理念から創設の ABC まで、 である。また、教師に要求される知識として次のようなも 自 身 の 経 験 も 踏 ま え つ つ 『 森 の 幼 稚 園 ( Der のが挙げられている。すなわち、 「通常、午後に最もよく Waldkindergarten) 』を著している 7)。あるいはまた、自然 その影響が及ぶこと」 、 「オゾン層の破壊は、都市部におい と幼児を併せたテーマの専門的なジャーナルである て深刻であること(都市部において、たとえば車の排気ガ Draußerkinder の刊行をしている スなどの����による破壊が加�している) 」 、 「1 立方 注(3) 。 彼女の文献は、森の幼稚園の概論書を書いている Rosso 8) メートルあたり 110μg までのオゾン濃度は危険ではない 11) によっても紹介されている 。木戸は、ミクリッツの著書 とみなされていること」などある を、 「森の幼稚園関係者には必読書」として紹介している 識を踏まえ、教師は、子どもたちが疲れるような遊びや活 こと等を考慮すれば、多くの森の幼稚園にかかわる者に 動は一切しないように配慮したり、あるいは日陰がある 9) 読まれ、影響を及ぼしていることが考えられる 。かかる 。また、こうした知 場所を活動の拠点としたりすることが求められている。 ― 80 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 6(2016) 表 1 森の幼稚園教師に求められる知識や技能 領域 森 水 火 空気 / 風 危険 の 根源 植物 樹木 と やぶ コケ 土壌 動物 教師の基礎知識 ・ 生態系としての森の重要性について知っている ・ 林業の案内標識板等森に関する法規を知っている ・ 森の地域付近全てを方向付けることができる(訪問し ている森の場所のみ知っているのではない) ・ 「森の階層」とその主要な住民を知っている ・ 水の循環について知っている ・ 要素の異なる集合状態(液体、固体、蒸気)とその成 立(例えば雪、霧氷)を知っている ・ 森の幼稚園周辺、また隣接する地域(安全面)におけ る水域や流水を知っている ・ 野外において火を適切に燃やしたり消したりするこ とができる ・ ストーブの火をつけたり、燃やし続けたりすることが できる(もしものときはシェルターに薪ストーブを設 置すること) ・ 虫眼鏡/ガラスの破片から起こりうる危険性につい て知っている ・ 火を利用しうるための技術について知っている(例え ば木の炭でマッチの棒を生産するなど) ・ 兆候、あるいはメルクマールの意味を知っている ・ 冷たい風の効果について知っている ・ 風を利用可能とする方法について知っている ・ 森の地域における危険の根源を知っていたり、その知 識を切れ目のないように規定化したりする ・ 森の地域において、林業や狩猟に関する、また全般的 な案内標識版を解釈することができる ・ 森の地域における狩猟の施設を知っている ・ 滞在場所において子どもたちにとってのリスクを認 識したり評価したりすることができることに注意を 払う ・ 植物の部位を名付けることができる(茎、花など) ・ 子どもたちが遊んだり観察したりする森の場所にあ る最重要な植物を知っている ・ 森の場所に生息する有毒植物(その生息場所)を知 っている ・ 果実が成熟しているか判断することができる ・ 絶滅の危機に瀕している、また保護さている植物、 ならびに[生息:筆者]圏内を知っている ・ 森の場所のそばで最低でも 6 種類知っている ・ 樹皮(樹木の場合) 、葉、果実を分類する ・ 異なる根の形態を知っていたり、命名したりする ・ 樹�や葉の��を知っている ・ どの木材が彫ったり曲げたりくりぬいたりするのに 適しているか知っている ・ 樹木の 1 年の循環を知っている(紅葉や落葉等) ・ 森の地域における力材木について、またそれが動物 にとって重要であることを知っている(例えばキツ ツキなど) ・ 水分保持としてのコケの重要性を知っている ・ 腐植土層の重要性について知っている ・ 土壌の層の��について知っている ・ 土壌中に生息している昆虫、蛛系類、ワラジムシ目、 ムカデを知っている(足の対に従って分類する) ・ 腐植土の形成に寄与する土壌生物/生物の重要性に ついて知っている ・ 水分保持、水分濾過、養分保持としての土壌の重要 性について知っている ・ 森の場所にある主要な土壌の種類の名称や状況を知 っている(とりわけ粘土層は形を作ること/建設す ることに利用されうる) ・ われわれの生活にとって生物多様性が重要であるこ とを知っている ・ 動物の発達サイクルを知っている(チョウなど) ・ 絶滅の危機に瀕している、また保護さている動物を 知っている 工作 の 技術 / 器具 の 知識 果物 長期 保存 衣服 石 天候 網目 状に 結合 する こと 方向 付け / 地図 の読 取り 危機 応急 処置 方法 的知 識 ・ いくつかの動物の足跡や動きを知っている ・ しばしば足跡を知っている(例えばマツカサとナッ ツには;子リス、キツツキ、ネズミなどがくる) ・ 森の場所にある動物の建築したものを知っている (スズメバチあるいはキツツキが住む力材木、アリ ヅカ、鳥の巣など) ・ どの動物が冬でも活動的か、冬眠するか、あるいは 冬に休憩をするか知っている ・ 繁殖した動物がどのように育つか、繁殖期ふ化期の 時に寝、活動するリズムを知っている ・ 絶滅危惧動物を知っている ・ 動物の種に適した取り扱いができる ・ 観察する動物を適切に取り上げることができる ・ 彫刻刀やのこぎりを適切に扱い、使いこなすことが できる ・ 単純な木の接続ができる ・ 木に穴をあけながら扱うことができる ・ 花輪を編んで作ることができる ・ おることができる ・ 有益な結び目を知っている(防水シートをはるとき やロープを統合するときなど) ・ 虫眼鏡や顕微鏡、双眼鏡を適切に用いたり使ったり することができる ・ 手押し車などの手入れをしたり小さな修理をしたり することができる ・ ベリー類や葉っぱ、あるいはそれぞれの果実に適し た乾燥方法を知っている(例えば、スライスしたリン ゴなど) ・ 子どもたちの健康や安全のために、天候に合わせた、 機能に合わせた衣服の重要性を知っている ・ 森の地域における優勢に現れている岩石の種類の名 前を知っている ・ 嵐、雷雨、ヒョウの前兆を知っている(例えば、雲 の形成によって) ・ 気象兆候を解釈することができる(例えば、飛行機 雲など) ・ 天候に関してすばやく信頼できる情報を得ることが できるところを知っている ・ 自然の中の全ての生き物は網目状に結合しているこ とについて知っている ・ 自身を網目状に結びついたシステムにおける連帯責 任があり、同時に依存した存在であると見る ・ 太陽の位置に従って方位を決定できる ・ 自然における方位の特徴を知っている(例えば、南 にはアリヅカがある傾向にある、雨風の景況を最も 多く受ける地域は樹木がコケで覆われている傾向に ある) ・ 土地の地図を「よむ」ことができる ・ 専門知識にのっとって危機を扱うことができる ・ 専門知識をともなった応急処置をし、またそれを連 続して一層形成していく ・ 実験を専門知識に基づいて準備し、付き添い、反映 することができる ・ 意図的な��化の方法を使いこなす(例えば、土の 窓(Erdfenster) ) ・ いくつかの遊びと活動を知っている;自然の中でお こる(特に「隠された」 )出来事を子どもたちにとっ て経験可能で理解可能となるよう扱うことができる ・ 子どもたちが可能性を開くような個人個人の理解プ ロセスを経るために、問いの技術を使いこなす ・ プロジェクトを実行することができる ・ ウォーミングアップ遊び、運動遊びを知っている ( I. Miklitz(2011) Der Waldkindergarten: Dimensionen eines pädagogischen Ansatzes. Cornelsen. S.104-107 を基に筆者作成) ― 81 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 6(2016) 表 2 分析結果対応表 4. ミクリッツの知識と『幼稚園教育要領』との比較分析 1) 分析の視点 本稿では、我が国の『幼稚園教育要領解説』を基にして、 教師に求められる事項を抽出し、それらのうちのいくつ 観点 ミクリッツの示す知識 ①自然に触れて生活し、そ 子どもたちが遊んだり観察したりする森の の大きさ、美しさ、不思議さ 場所にある最重要な植物を知っている などに気付く かを分析の観点として設定した。より具体的には、 『幼稚 ②生活の中で、様々な物に 森の場所にある主要な土壌の種類の名称や 園教育要領解説』内の領域「環境」にある 11 項目の内容 触れ、その性質や仕組みに 状況を知っている(とりわけ粘土層は形を 興味や関心を持つ 作ること/建設することに利用されうる) 樹木の 1 年の循環を知っている(紅葉や落 葉等) から、自然との関わりに関して教師に求められている事 ③季節により自然や人間の 項のいくつかを描出する、といった作業を行った。本稿で 生活に変化のあることに気 は、森の幼稚園の知識を対応付けるという目的から、分析 付く の観点を自然とのかかわりに関連する内容のみとした。 ④自然などの身近な事象に 風を利用可能とする方法について知ってい 関心を持ち取り入れて遊ぶ る それゆえに、例えば「幼稚園内外の行事において国旗に親 持って接し、生命の尊さに 上げなかった。 気づきいたわったり大切に 次の 6 つが看取された。それらは、①自然に触れて生活 など) ⑤身近な動植物に親しみを しむ」といった内容は、ここでは、分析の観点として取り かかる前提条件を踏まえ、分析の観点を抽出した結果、 動物の発達サイクルを知っている(チョウ ― したりする ⑥日常生活の中で数量や図 形などに関心を持つ 異なる根の形態を知っている 樹�や葉の��を知っている し、その大きさ、美しさ、不思議さなどに気付く、②生活 つくることが求められ、かつ、幼児が遊びの中に取り入れ の中で、様々な物に触れ、その性質や仕組みに興味や関心 ることに重きをおいている。続いて観点②の、生活の中 を持つ、③季節により自然や人間の生活に変化のあるこ で、様々な物に触れ、その性質や仕組みに興味や関心を持 とに気付く、④自然などの身近な事象に関心を持ち、取り つ、については、 「森の場所にある主要な土壌の種類の名 入れて遊ぶ、⑤身近な動植物に親しみを持って接し、生命 称や状況を知っている(とりわけ粘土層は形を作ること の尊さに気づき、いたわったり、大切にしたりする、⑥日 /建設することに利用されうる) 」が該当した。それとい 常生活の中で数量や図形などに関心を持つ、であった。こ うのも、 『幼稚園教育要領解説』において、ミクリッツが うした 6 つを詳しく見ていけば、より細かな、教師に求 示すような知識と非常に近い内容が示されていたからで められることが書かれていた。⑥には、例えば、 「花びら あった。次に観点③の、季節による自然や人間生活の変化 や葉、昆虫や魚の体形など、…教師が注目を促すこと」が に気付く工夫については、例えば「樹木の 1 年の循環を 明記され、それを通して、様々な形に気付き、次第に図形 知っている(紅葉や落葉等) 」や「動物の発達サイクルを知 に関心を持つようになることが大切であるとされていた。 っている(チョウなど) 」などが関係していた。動物の発達 このように、6 つの「内容」の中に、いくつか教師に求め サイクルで自然の四季を感じられるものである場合に限 られることが含まれていた。では、こうした教師に求めら って、このミクリッツの知識は該当しうる。そして観点④ れていることは、ミクリッツの知識とどのように対応し の、自然などの身近な事象に関心を持ち、取り入れて遊 うるのであろうか。 ぶ、については、 「風を利用可能とする方法について知っ ている」が当てはまると分析された。というのは、 『幼稚 2) 分析結果 園教育要領解説』に類似の事例が示されていただめであ 分析結果を表 2 に提示した。以下、表 2 を基により詳 った。さらに観点⑤の、身近な動植物に親しみを持って接 しくその結果を述べていく。まず、観点①の、自然に触 し、生命の尊さに気づき、いたわったり、大切にしたりす れて生活し、その大きさ、美しさ、不思議さなどに気付 る、については、明確に該当するものは看取されなかっ く、については、 「子どもたちが遊んだり観察したりす た。最後の観点⑥の、日常生活の中で数量や図形などに関 る森の場所にある最重要な植物を知っている」が該当し 心を持つ、については、可能性として「異なる根の形態を た。①の観点を、 『幼稚園教育要領解説』に即して詳細 知っている」や、 「樹�や葉の��を知っている」が関連 に見ていくと、教師は、幼児が身近にかかわる機会を していた。 ― 82 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 6(2016) さや大切さに気付くように援助する力量が求められてい 5.考察 さて、ここでは、 「1.研究の背景」で述べた二つの問 る。こうした内容に対応するものはなかったのである。考 題意識に即して考察を述べていく。一つ目の問題意識で えてみれば、例外はありうるが、一般的なドイツの森の幼 ある、子どもが自然とかかわる際に必要となる知識や技 稚園は動物を飼育することがあまりない。個々の森の幼 能、ならびにその強調点はどのようなものであろうかに 稚園の『教育学的構想(例えば Pädagogische Konzept) 』に ついては、ミクリッツが示しているものを俯瞰した。その 類するものを見ても、あまりみられない 15)、16)、17)、18)、19)。 知識等の領域は 20 に渡っていた。特にミクリッツは、生 もともと動物を飼育する構想があまりないため、観点⑤ 態系、ならびに気象に関する知識や技能を強調していた。 については対応がみられなかったことが推測される。も では、なぜこうした二つの知識を強調しているのであ っとも、他の事例にあたれば異なった考察も可能である ろうか。生態系についての知識に関して言えば、森の幼稚 ため、さらなる吟味が必要となる。さらに、観点⑤を『幼 園の開設にあたって、その中心的なテーマとして生態系 稚園教育要領解説』にしたがってみていけば、生き物を擬 の概念が取り上げられている点にあると推察される。最 人的に理解し扱っている際には、次第に人とは違うその たる例を挙げれば。ミクリッツの著書の中で、森の幼稚園 生き物の特性が分かるように、またその生き物がすごし の中心的なテーマのひとつに、 「生態学的な関係と密接な やすい飼い方に目を向けられるように援助することも必 結びつきに対する鋭敏さ」といったものがあることを論 要とされる。我が国には、幼児期の子どもがとりわけ強固 じている 12)。このように、生態系の理解に基づく視点は に有する、生き物のアニミズム的解釈からの転換を図る ドイツにおける森の幼稚園の中心的テーマに確固たるも ことが書かれているが、ミクリッツの挙げている知識や のとして掲げられているのである。また、個々の森の幼稚 技能の中からは見られなかった。これについては、今後さ 園の教育理念からも生態系への理解を重要視しているこ らに資料を収集し考察をしていく必要がある。 とを読み取ることができる。 また、気象に関する知識が強調されていたのは、ミクリ 6. おわりに 本研究は、二つの問題意識を基に実施された。それら ッツがいうように、森などの自然空間を使って活動する 際の最大の関心事が、危険を回避することだからである。 問題意識は、第一に、森の幼稚園の教師にとって必要とな したがって、彼女が示す知識等の中には、方々で、 「自然 る知識や技能、ならびにその強調点はなにか、というこ 13) 。先に見たよ と。また第二に、その知識は『幼稚園教育要領』の領域「環 うに、気象についての知識は詳細に述べられていたが、そ 境」とどのような関係にあるか、といったものであった。 れというのは「確たる規則によって[危険性が:後藤]最小 前者の問題意識に対しては、ミクリッツが示しているも 限に抑えられ、また教師の模範となる行動によっても徹 のを俯瞰し、その結果 20 領域に渡って知識や技能が設定 空間における安全性が考慮」されている 14) 底して抑えられている」 とミクリッツが考えているか らであろう。 されていることを確認した。また、生態系や気象に関する 知識や技能を強調していることも確認した。とりわけ強 二つ目の問題意識である、必要となる知識や技能は我 調されている二つの知識について考察をした。後者の問 が国の領域「環境」とどのような関係にあるのかについて 題意識に対しては、ミクリッツの示す知識を、我が国の は、 『幼稚園教育要領解説』において看取された観点を 6 『幼稚園教育要領』にある領域「環境」から設定した分析 つ設定し、ミクリッツの示すものとどのような対応が可 の観点からみた。分析の結果、 「身近な動植物に親しみを 能となるかをみてきた。その結果、観点①から④について 持って接し、生命の尊さに気づきいたわったり大切にし は看取されたものの、⑤の、身近な動植物に親しみを持っ たりする」といった観点からの記述が見られなかった。 て接し、生命の尊さに気づきいたわったり大切にしたり このように、本稿では、ミクリッツの示している知識や する、については、可能となる対応がみられなかった。 技能に焦点を当て検討してきたが、より一般性妥当性を ここで、 『幼稚園教育要領解説』に即して、⑤の観点を 担保して森の幼稚園教師に求められる知識や技能を論じ 具体的に見ていくと、世話や飼育活動を通して生命の尊 るには、そのほかの森の幼稚園研究者や、個々の森の幼稚 ― 83 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 6(2016) 園の活動の事例を参照していくことも必要な作業となり、 影響 ―自然環境の分野における基礎知識について―. 課題として残る。さらには、本稿では、教師に求められる 『松山東雲短期大学研究論文集』. 第 37 巻. 59-67 頁. 知識や技能等々、教師側に焦点をあててきたが、子ども側 4)Monika Huppertz(2006) Kindergarten im Wald – ein についての一切のことは詳細に言及してこなかった。例 Weiterbildung für pädagogische Fachkräfte. Martin R. えば、すなわち、教師が有する知識等が、幼児期の子ども Textor(Hrsg). たちの自然についての認識や知識の獲得、将来の科学教 kindergartenpaedagogik.de/814.html, 2016/01/16 最終取得>. 育の基礎の形成、そして彼らの発達に及ぼす影響等を検 5)Ingrid Miklitz(2011) Der Waldkindergarten: Dimensionen Das Kita-Handbuch. <http://www. eines pädagogischen Ansatzes. Cornelsen. S.104. 討することである。こうした諸課題については、別稿で詳 6)Ingrid Miklitz(1999) Waldkindergärten: auf dem Weg zur しく論じていくこととしたい。 Professionalisierung. klein&groß. Heft.10. S.10. 7)Ingrid Miklitz(2005) Der Waldkindergarten: Dimensionen 注 eines pädagogischen Ansatzes. Beltz. (1)「Erzieher/-innen」は、一般的に「教育者」と訳される ことがあるが、その訳し方は、森の幼稚園の文脈では 8)Silvana Del Rosso(2010) WALDKINDERGARTEN: Ein 必ずしも統一されていない。例えば東方(2004)は、 「ド pädagogisches Konzept mit Zukunft?. Diplomica Verlag. S.56. イツの『森の幼稚園』の実態に関する調査研究」 ( 『恵 9)木戸啓絵(2011) 現代の幼児教育から見たドイツの森の 泉アカデミア』. 第 9 巻. 124-96 頁.)において「先生」 幼稚園. 『教育人間科学部紀要』. 第 1 巻. 69-85 頁. といい、木戸は、 「森のようちえんの広がりと深まり」 10)I. Miklitz(2011) a. a. O. S.104. (今村光章(2011) 『森のようちえん 自然のなかで子 11)Ebenda. S.112. 育てを』. 解放出版社.)において「保育者」という。 12)Ebenda. S. 29. 本稿では、意味が広くなるため、 「教師」と訳す。 13)Ebenda. S.104. (2)「連邦自然―森の幼稚園協会」のウェブページには、 14)Ebenda. S.112. 目下約 700 園が登録されている。ただ、登録されてい 15)Waldkindergarten Tübingen Einchhörnchen e.V.(2008) Pädagogische Konzept. ない園もあわせると、800 園、1000 園を超える、とい った見解もある。詳しくは、百合草禎二(2014) ドイツ 16)Naturkindergarten Eulennest e.V.(2014) Konzept des Naturkindergarten Eulennest e. V.. 「森の幼稚園」 ―その 20 年後―.『常葉大学保育学部 紀要』. 第 1 巻. 39-52 頁.や東方真理子(2011) 森の幼稚 17)Waldkindergarten Waldwichtel e.V.(2012) Konzeption des Waldkindergartens „Die Waldwichtel“ e.V.. 園における自然とふれあうことの意味. 東京大学大学 院新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻提出修 18)Waldkindergarten Molfsee e.V.(2010) Pädagogische Konzept des Waldkindergrtens Molfsee. 士論文などを参照されたい。 (3) 詳 し く は 、 ミ ク リ ッ ツ が 代 表 を 務 め る 専 門 誌 19)Naturkindergarten Markgröningen e.V.(2010) Pädagogische Konzeption. (http://www.elkina-verlag.de/)を参照のこと。 引用文献 参考文献 1)文部科学省(2008) 『幼稚園教育要領解説』. フレーベル (1)Kirsten Bickel(2001) Der Waldkindergarten: Konzept ・ Pädagogische Anliegen・Begleitumstände Praxisbeispiel Wyk 館. 122 頁. auf Föhr. NordMedia. 2)田尻由美子, 林幸治(2004) 「自然とかかわる保育」の実 践的保育指導力の養成について(1) ―保育者養成校の (2)Peter Häfner(2002) Natur- und Waldkindergärten in 教員の考えや教育の実態に関する調査研究―.『精華女 Deutschland: eine Alternative zum Regelkindergarten in der 子短期大学紀要』. 第 30 巻. 31-42 頁. vorschulischen Erziehung. Inauguraldissertation. Universität 3)宮内秀和(2006) 新学習指導要領が保育者養成に及ぼす ― 84 ― Heidelberg.