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コウノトリ保護を通した地域と経済の再生~豊岡の挑戦~(33KB

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コウノトリ保護を通した地域と経済の再生~豊岡の挑戦~(33KB
コウノトリ保護を通した地域と経済の再生 ∼豊岡の挑戦∼
豊岡市長 中貝宗治
●コウノトリ野生復帰
ここに一枚の写真がある。一人の農婦と7頭の牛、12 羽のコウノトリがすぐそばに佇んでい
る。この写真は、1960 年に日本の豊岡で撮られたものだ。そのわずか 11 年後にコウノトリが
日本で絶滅し、人とコウノトリが共生するこのように穏やかな光景が姿を消してしまうなど誰
も想像できなかった。この写真は、近年私たちが失ってきたものを象徴的に表している。
この写真が撮られてから 45 年が経った 2005 年 9 月 24 日、
コウノトリの郷公園(1)周辺には、
人工飼育で育てられた 5 羽のコウノトリが豊岡の空に放たれる瞬間を一目見ようと、何千人も
の人々が集まった。5 羽のうち 1 羽は、日本の皇室の一員である秋篠宮夫妻によって放たれた。
コウノトリたちが自由に大空を舞う姿に、涙を流す人々もいた。
以下の文章は、コウノトリがどのようにして日本で絶滅したのか、どのようにして再び自然
に帰されたのか、コウノトリ野生復帰が私たちの暮らしにもたらすものは何なのか、私たちが
未来に向けて何を成し遂げようとしているのかについての物語である。
●低湿な盆地に位置する豊岡
豊岡市は、西日本の兵庫県北部に位置し、日本海に面した人口約 9 万人のまちである。まち
の中心部を円山川が流れている。この川の傾きは1万分の 1 と非常になだらかで、ボトルネッ
ク(出口付近が細くくびれた形状)の地勢と相まって、周囲には水はけが悪く、川の氾濫を起
こしやすい低湿な盆地が形成されている。こうした地形的特徴は、人間にとっては厄介なもの
だが、これらの低湿地は湿地生態系として機能しており、豊岡を湿生生物にとっての理想的な
生息地にするとともに、生物多様性の宝庫をつくり出している。
●コウノトリの絶滅と復活
湿地や水田をエサ場とする生きものの典型例が、コウノトリである。コウノトリは翼を広げ
ると 2 メートルもある大型の鳥だ。完全肉食で、生態系の頂点に位置する。かつて、川沿いに
広がる水田は、低海抜で排水システムも十分でなく、年中水浸しの状態だった。そんな湿田は
広大な湿地の機能を有し、豊岡はコウノトリにとって理想的な生息地だった。
コウノトリは、かつては日本中で見られる鳥だった。しかしながら、19 世紀から 20 世紀に
かけて、狩猟や河川改修、土地改良による湿地の減少など、様々な人為的要因によって次第に
その数を減らした。中でも水田は、生産性向上のための化学農薬や化学肥料の使用拡大、近代
的な農業インフラの整備拡大によって多大な影響を受けた。1966 年には、豊岡はコウノトリの
日本最後の生息地となり、1971 年、ついに絶滅をしてしまった。
絶滅の 6 年前、兵庫県と豊岡市はコウノトリの人工飼育をスタートさせた。しかしながら、
それは簡単なことではなかった。24 年間1羽のヒナも生まれることはなく、人々は絶望に打ち
ひしがれた。四半世紀に及ぶ努力を経て、1985 年にロシアのハバロフスクから贈られたコウノ
トリ(2)のカップルから、1989 年に初めてのヒナが誕生した。以降コウノトリの数は順調に増
え、前述のとおり、豊岡の空に放たれた 2005 年の歴史的瞬間に至った。今では、2 つの飼育施
設にいる飼育下の 100 羽に加え、40 羽を超えるコウノトリが豊岡の野外で暮らしている。
●なぜ、そしてどのようにしてコウノトリの野生復帰を行うのか?
コウノトリを野生復帰させるのに、多大なエネルギーと膨大なコスト、長い時間が必要だっ
た。それは、これからも同様だろう。では、なぜそんなことを?
理由は 3 つある。第一に、それは人間社会とコウノトリとの約束だ。1965 年にコウノトリを
捕獲して飼育下に置いた時、私たちは必ずもう一度豊岡の空に帰し、自由に飛ばせてやるから
と約束した。第二に、コウノトリは世界中でも 3,000 羽程度しかいないと言われている。私た
ちが行う野生復帰プロジェクトを通じて、絶滅種の保護について貢献をしたいということだ。
第三に、これが最も重要なことだが、コウノトリのような大型で肉食の鳥でも生きていけるよ
うな豊かな自然環境を再生したいということだ。
「コウノトリにとって良い環境は、私たち人
間にとっても良いに違いない」これが私たちの合言葉だ。
これらの目標を達成するため、コウノトリの郷公園、コウノトリ文化館といった拠点施設が
地方行政によって設けられ、さまざまな関係者によって多種多様なプロジェクトが展開された。
その成功例の一つが、
「コウノトリ育む農法」と呼ばれる環境創造型農業(3)の普及である。
農業生産の過程における環境への負荷を低減すべく、この農法では、農薬の使用を慣行農法の
25%以下にまで抑えている。さらには、水田と川や水路とをつなぐ魚道が設置され、これらの
ネットワークの中で、さまざまな魚や水生生物たちが行き来している。こうした取組みによっ
て、私たちは、暮らしの中で不可欠な経済活動である「米の生産」と「生物多様性保全」を同
時に行うことが可能となった。
もう一つの例は、国土交通省によって展開されている。このプロジェクトは、災害管理、特
に洪水対策と湿地創出を複合させるものだ。前述のとおり、豊岡は河川の氾濫が起こりやすい
ところであり、洪水への対策は人命の安全にとって不可欠なものである。川のそばに堤防を構
築することと併せて、国土交通省は洪水管理と湿地創出のために河川敷の掘削を行っている。
こうした人工湿地は、コウノトリの餌場としてはもちろん、さまざまな動植物の生息地として
機能している。
2007 年 5 月 20 日、43 年ぶりに野外でヒナが誕生した。以降毎年新たなヒナが誕生し、コウ
ノトリの数は増加している。
●豊岡エコバレーの創造、環境経済戦略
今、私たちは環境と経済のさらなる共鳴関係の構築に向けて、次なるステップを進みつつあ
る。私たちはしばしば、
「自然やコウノトリよりも、人間の暮らしの方が大切だ」という強い
批判にさらされてきた。こうした批判に対抗するため、私たちは、環境や生物多様性を保全す
る活動が地域経済を活性化させ、また逆に、地域経済の活性化が誘因となって環境や生物多様
性の保全が促進される、
「豊岡エコバレー」と呼ばれる持続可能な都市の実現を目指している。
こうした取組みによって、環境と経済は両立できないという「伝統的な」固定概念を打ち壊す
ことができるだろう。
私たちは、2004 年に「環境経済戦略」を策定した。
(詳細はボックス1参照)
例えば、太陽光発電パネルの製造会社を誘致した。太陽光発電は、二酸化炭素の削減のよう
に環境を良くしている。同時に、ソーラーパネルを製造することで、この会社は利益を上げ、
また地元雇用を創出している。
もう一つの例は、前述の環境創造型農業である。この農法はコウノトリにとって良い生息環
境を創造している。同時に、この農法でつくられたお米は、通常の農法でつくられたお米より
60∼100%高値で売られており、農業者に経済的利益をもたらすとともに、環境保全への意欲
を高めている。加えて、農業者に誇りを与え、農業を続けていくモチベーションも与えている。
消費者は、この米が安全で健康にいいということと、そうした米の消費を通じて生物多様性保
全に貢献しているということを理解して、喜んで高い値段で買っている。今では、この農法は
豊岡だけでなく、近隣市町にも急速に広がっている。
3 つ目の例はエコツーリズムである。コウノトリ野生復帰は、豊岡にエコツーリズムをもた
らしてきた。毎年約 40 万人の観光客が、コウノトリを見に、また豊岡で行われていることを
学びにコウノトリ文化館を訪れる。ある日本の経済学者チームは、その経済波及効果は年間 10
億円と試算している。
エコバレーとは、こうしたプロジェクトの集積を指している。それぞれのプロジェクトの目
的やゴールは違うが、互いに補完することによって、私たちのエコバレーは、より包括的なも
のになる。
●自然、文化、そして地域の再生
さまざまな努力の結果、豊岡の湿地生態系が再生され、コウノトリのみならず、たくさんの
魚やカエルなどの生きものとともに生物多様性も再生されてきた。しかし、湿地や豊かさを増
した水田に帰ってきたのはそうした生きものだけではない。人間、特に子どもたちもまた戻っ
てきた。このことは、私たちが最も誇りに思うことの一つである。私たちは、子どもたちが湿
地や水田に親しみ、そこに住む生きものについて学ぶさまざまな環境学習のプログラムを展開
している。子どもたちへの働きかけは、未来への鍵だと信じる。なぜなら、子どもたちは私た
ちの未来そのものだからだ。
コウノトリを豊岡の空に帰すには、膨大な努力が必要だった。しかし、何羽かのコウノトリ
が、あたかも私たちがやっていることを説明するメッセンジャーのように豊岡を飛び出してい
ることをとても嬉しく思う。今では、同様のプロジェクトが日本の他の地域に広がりつつある。
「コウノトリなしで、そんなことができるだろうか?」と思われるかも知れない。そう、コ
ウノトリのような象徴となる生きものがいたことは、豊岡にとって好運なことだった。しかし、
このことは、環境保全、特に生物多様性保全を通じて人間の暮らしを高めていく同様の取組み
が不可能であるということを意味しない。大切なのは実行可能なストーリーを描くことだ。
人々を束ね、地域の絆を高めるようなストーリーを。
ボックス1 環境経済戦略(2004 年)
●目的
・環境と経済の共鳴を創造する。
●ねらい
・環境保全のコストを補うだけの経済的利益を生み出すことで、環境活動を持続可能なものと
する。
・環境産業によって経済的な自立を達成する。
・環境と経済の共鳴という新たな取り組みを通じて、地域の誇りを創出する。
●基本項目
・環境産業の集積
・環境創造型農業の推進
・地産地消の支援
・エコツーリズムの推進
・再生可能資源の利用促進
注
(1)コウノトリの郷公園は、コウノトリの人工飼育、研究、教育を目的とする兵庫県立の野
生復帰センターである。
(2)日本のコウノトリ個体群とロシアのそれとの間には、遺伝的差異は亜種レベルで小さい
かゼロであることが、ハプロタイプ分析で明らかになっている。
(3)ここで言う環境創造型農業には、いわゆる“オーガニック”
(無農薬)と呼ばれるものは
もちろん、減農薬・減化学肥料のものも含む。
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