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環流プロセスにおいて変容する芸能と 新たなフローの生成

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環流プロセスにおいて変容する芸能と 新たなフローの生成
環流プロセスにおいて変容する芸能と
新たなフローの生成
文
松川恭子
共同研究 ● グローバリゼーションの中で変容する南アジア芸能の人類学的研究(2011-2014)
2011 年 10 月に始まった本共同研究の目的は、グローバル
な人・もの・金・情報の流れに対する芸能実践者たちの対応、
芸能自体の変化、芸能と社会の相互作用などの考察を通して、
グローバリゼーションの中で変化する南アジア社会の現状を
明らかにすることである。これまで、初年度の 2011 年度に 2
回、2 年目の本年度に 1 回の研究会を開催した。
ローカル/グローバルの二元論を超えて
南アジア社会のグローバル化は 2000 年以降に急速に進展
し、様々な変化が顕在化している。たとえばインドの場合、
1991 年の経済自由化以降、貿易額が増大し、外国製品の流
入が進んだ。2000 年代に入り、都市部には欧米ブランドの
店が並ぶ巨大ショッピング・モールが続々と建設され、旺盛
な購買力を有する中間層の顧客を集めている。2004 年以降、
民間航空会社が国際線運航に参入して航空運賃が下落した結
タミルナードゥ州チェンナイのヒンドゥー寺院でアバングを聴いて盛り上が
る人々(2012 年、小尾淳撮影)。
果、人々が国境を越えて移動することが容易になった。また、
ケーブルテレビやインターネットの爆発的な普及により、個
ファッションなどが欧米の消費者に受容され、現地の文化と
人が国境を越えて情報に自由にアクセスできるようになった。
相互作用を起こして変化しながら再びインドに戻る文化の周
このような社会のグローバル化と変容の問題を考察してい
回現象のことを指す(三尾 2011)。8 月 25 日に開催された本
く上で、いくつか気をつけなければならない点がある。人類
年度第 1 回研究会では、小尾淳(大東文化大学大学院博士課
学的観点からインド社会におけるグローバル化の影響を論じ
程後期課程)と岩谷彩子(広島大学大学院)が、芸能の環流
た論集 Globalizing India の序論におけるアッサヤグとフラーの
について具体的な事例の報告を行った。
議論をみてみよう。彼らは以下の 3 点について指摘する。(1)
トランスナショナルな動きをする人々の数は限られており、
大多数は 1 つのローカリティで暮らしを営んでいること、(2)
環流する芸能の事例研究
小尾が検討したのは、インドの伝統的信仰形態ナーマ・サ
グローバルな繋がりを誰もが有しているわけではなく、グ
ンキールタナ(唱名)の海外受容とインドへの逆輸入の現状
ローバル化プロセスの周縁に追いやられ、貧困に苦しむ人々
についてである。ナーマ・サンキールタナは、神の名(ナー
が存在すること、
(3)「ローカルな場所」
マ)を繰り返し唱えることによって、
と「グローバルな諸力」という形での、
より大きな帰依の道に至るという思
ローカルとグローバルの二元論的対置
想を根本概念とし、ヒンドゥー教やシ
を避けるべきであること。ローカルと
ク教の信仰形態の支柱となってきた。
グローバルは絡まり合い、分けて考え
リーダーが呼びかけを行い、その他の
る こ と が で き な い こ と(Assayag and
参加者が応答する形態を特徴とする。
Fuller 2005)。
キールタナ受容の大きな契機は、クリ
カル/グローバルの二項対立を超えた
シュナ意識国際協会(the International
議論をめざすというのは、ローカル、
Society for Krishna Consciousness、 以
グローバルのどちらに焦点を当てるに
下 ISKCON と 呼 ぶ ) の 活 動 で あ る。
せよ、近年の研究で共通する立場であ
ISKCON は、1966 年にインド系移民の
る(Wolf 2009; 湖 中 2010)。 筆 者 は
A.C. バクティヴェーダンタ・プラブー
本誌 136 号において、グローバリゼー
パダによってニューヨークで設立され、
ションが南アジア社会に及ぼす作用を
文化の別を問わず、普遍的な精神原理
明らかにしていくうえで、具体的な芸
としての絶対者クリシュナへの信仰を
能の「環流」を検討していくことを本
普 及 さ せ る 1 つ の 方 法 と し て、 ナ ー
研究会の 1 つの方向性として提示した。
マ・ サ ン キ ー ル タ ナ を 重 要 視 し て き
環 流 は、 主 に イ ン ド 系 移 民 に よ っ て
伝えられたインド起源の宗教・映画・
28
ア メ リ カ に お け る ナ ー マ・ サ ン
彼らの指摘の中で、特に最後のロー
民博通信 No. 139
楽器プーンギーを演奏するカルベリアの男性(2012
年、岩谷彩子撮影)。
た。ISKCON の活動は別名「ハレ・ク
リシュナ運動」とも呼ばれている。首
から下げた太鼓を演奏する丸刈りの白人男性による呼びかけ
岩谷が調査を行ったカルベリアは、元々は蛇使い集団だっ
に対して、周りのメンバーが「ハレ・クリシュナ」と応答し、
たが、1970 年代以降の生活変化(動物愛護条例制定と定住
踊る光景がニューヨークやロンドンの街中でみられる。
化)、彼らが暮らすラージャスターン州の芸能活性化などの要
ナーマ・サンキールタナは、キールタンの名で、2000 年
因により、音楽と踊りを主とする集団へと変化を遂げた。カ
頃からアメリカだけでなく、カナダ、ドイツ、オーストラリ
ルベリア女性の独特のダンス・スタイルが国内外で評価を得
アなどで急激に人気を博すようになった。瞑想やヨガと組み
て、海外公演を行う人々が出てくるようになった。海外での
合わされた形で少数の「インド好き」な人々に限らない幅広
「ジプシー」 の踊りとしての評価に呼応して、踊り手たちはダ
い受容のされ方がみられるようになった。近年では元々は宗
ンスを変化させている。
教音楽であったキールタンをゴスペル風、ヒップ・ホップ風、
レゲエ風、ソウル風にアレンジし、西洋諸国の人々が違和感
なく聴けるように工夫された「ネオ・キールタン」がキール
環流プロセスにおいて変容する芸能と新たなフローの生成
両報告で共通しているのは、インド発の芸能が西洋で受容
タン集会だけでなく、CD の形で広く流通している。小尾は、
される中で変容し、インドに戻っていく環流プロセスにおい
欧米で生まれた新しい形のナーマ・サンキールタナが、新し
て、CD・映画・インターネットなどのメディアが重要な役割
い 感 覚 の「 キ ー ル タ
を果たしている点であ
ン・ヨーガ」としてイ
る。また、変容した芸
ンドに逆輸入されてい
能が、インド→西洋→
るのを環流状況として
インドという周回運動
捉えるとともに、イン
にとどまらない新たな
ド国内でのナーマ・サ
フローを生み出してい
ンキールタナの盛況に
る点にも注目する必要
注 意 を 払 う。 た と え
がある。たとえば岩谷
ば、従来は長時間の儀
の報告では、グローバ
礼を伴うナーマ・サン
ルに広がる 「ジプシー
キールタナが実践され
に憧れる人々」 が、イ
てきた南インドのタミ
ンターネット上で募集
ルナードゥ州で、儀礼
されたインドへのカル
がなく、ライブのよう
ベ リ ア・ ダ ン ス・ ツ
にリズムに乗って参加
アーに参加する様子が
者が応答を繰り返す
紹介されている。三尾
西インドに特有のナー
は、環流という概念を
用いることによって、
マ・サンキールタナの
一つの形式、アバング
『ラッチョ・ドローム』の踊り子、スワ・デヴィ(2012 年、岩谷彩子撮影)。
インド発の「欧米から
のフローとは異なる文
を実践する集会が開催
されるようになっている。ただし、双方のフローに関係性があ
化のフロー」を捉えることが可能になると述べている(三尾
り、大きな環流のうねりを形成しているかについては、更なる
2011: 4)。今後の研究会で、インド以外の芸能の事例もみて
検討が必要だろう。
いき、南アジア社会が生み出す新たなグローバル・フローの
岩谷は、北西インド、ラージャスターン州のカルベリア
民族誌的記述についての検討を行っていきたい。
の踊りがインドの「ジプシー」の踊りとして出現してくる過
程とグローバル市場におけるジプシー表象の流通・消費の拡
大を関連づけ、環流する「ジプシー」の現状について紹介し
た。岩谷はまず、欧米を中心として生み出されるジプシーを
めぐる表象や言説が「ジプシー」共同体を不断に生み出して
いると問題提起する。今日の「ジプシー」イメージは、他称
(異教徒、異人種、異なる生活様式を持つ人々など)と、ジ
プシー自身による自称(少数民族を意味するロマ、差別ター
ムではない「ジプシー」)の相互作用の中で形成されている
という。言語学・歴史学的アプローチによる研究では、ジプ
【参考文献】
Assayag, J. and Fuller, C.J. 2005 Introduction. In J. Assayag and C.J. Fuller
(eds.) Globalizing India: Perspectives from Below. pp.1-14. London:
Anthem Press.
Wolf, Richard K. 2009 Introduction. In R. K. Wolf (ed.) Theorizing the Local:
Music, Practice, and Experience in South Asia and Beyond. pp.5-26.
Oxford: Oxford University Press.
湖中真哉 2010「「グローバリゼーション」を人類学的に乗り越えるために」
『文化人類学』 75(1):48-59。
三尾 稔 2011「「環流」する「インド文化」―グローバル化する地域文化
への視点」『民博通信』132:2-7。
シーは早くて 6 世紀、遅くとも 11 世紀にインドを出立し、
ヨーロッパに到着したとされている。ジプシーと呼ばれてい
る人々の移動の歴史、多様性、音楽性をテーマとし、以上に
述べた「ジプシー」表象を映像として表現したのが、映画
『ラッチョ・ドローム』(1993 年、フランス、トニー・ガトリ
フ監督)である。この作品は、インドの「ジプシー」への注
目度を高める契機となった。
まつかわ きょうこ
奈良大学社会学部准教授。専門は文化人類学、南アジア研究。論文に
「社会空間における舞台上の物語の共有/非共有―インド・ゴア社会に
おける大衆劇ティアトルをめぐって」
(『日本文化の人類学/異文化の民
俗学』小松和彦還暦記念論集刊行会編 法藏館 2008 年)、「インドにおけ
るポルトガル植民地支配と村落―ゴア州のコムニダーデ・システムの現
在をめぐって」(『Contact Zone』4 2011 年)など。
No. 139 民博通信
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