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No.51 (2008年10月)

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No.51 (2008年10月)
大山 伸一郎(電磁気圏環境部門)
安定した高度構造をもつ下部熱圏
2008 年 6 月 1 日に打ち上げられたスペースシ
ャトル・ディスカバリー号に星出宇宙飛行士ら
が搭乗し、国際宇宙ステーションへの「きぼう」
日本実験棟船内実験室の取り付け作業を成功さ
せたことは皆さんの記憶に新しいことだろう。
設置作業の映像には青く光り輝く地球が、まる
で環境問題が真剣に議論されていることなど忘
れさせられてしまうほど美しく映し出されてい
た。そして、少しカメラの視野がずれると漆黒
の空間が映し出され、国際宇宙ステーションは
文字通り宇宙空間を飛行しているのだと思わせ
る。しかし、そこは本当に「宇宙」なのだろう
か。飛行している高度は 200 − 400 km で、大気
密度は地表付近の 100 億− 1 兆分の 1 程度しか
なく、一般的感覚から言えば宇宙と言えなくも
ない。ところが、
超高層物理学の分類上では「熱
圏」と呼ばれる、地球大気の一部である。地球
大気と言うと、我々の生活圏である対流圏や成
層圏を想像するかと思うが、実は様々な物理過
程を経て、はるか上空の熱圏と下層大気は関係
している。たとえば、熱圏の代表的な風の流れ
方に半日潮汐(12 時間周期で風向・風速が振動
する大気波動)という運動があるが、その励起
源は成層圏に分布するオゾン層での太陽紫外線
吸収だと考えられている。オゾン層付近で発生
した変動が熱圏まで伝播し、風速や大気密度を
変動させているのである。実際、宇宙ステーシ
ョンや人工衛星の軌道を計算する
場合、熱圏大気密度は重要なパラ
メータである。
熱圏は高度 90 km 以上に存在す
る。大気密度は高度の上昇ととも
に徐々に減少していくため、上限
高度を厳密に定義することは難し
いが、本編で取り上げる大気の鉛
直運動(上下方向の動き)は、熱
圏の中でも下の方、
「下部熱圏」
と呼ばれる高度 90 km から 130 km
の現象である。特にオーロラ活動
で知られる極域に限定する。以下
に述べるように下部熱圏では顕著
な鉛直運動は発生しないと考えら
写真 1:ノルウェーのトロムソで撮影された渦構造をもつオーロラ。このよ
れてきた。しかしそうではなかっ
うなオーロラの周辺には局所的にかなりの電磁気エネルギーが流入している
たことが、様々な観測研究によっ
と思われるが、下部熱圏鉛直風はどれくらい吹いているのだろうか。
1
て明らかにされてきた。そして、このことによ
り太陽風を起源とする電磁気エネルギーが極域
熱圏でどのように消費され、それが地球大気に
どのような影響を及ぼすのか、再考がせまられ
た。
下部熱圏は上下方向に安定していて、鉛直運
動は発生しにくいと考えられてきたのには理由
がある。それを理解するために、まず馴染みの
ある地表付近(対流圏)の大気密度と気温の高
度分布を説明し、それと比較しながら下部熱圏
を説明しよう。
ご存知のように対流圏の大気密度と気温は
高度とともに減少する。このことは登山など高
所で空気が薄いと感じたり、地上より寒いと感
じたりした経験からお分かりいただけるかと思
う。このような高度構造の場合、温かい空気が
下層に、冷たい空気が上層に存在するため上下
に攪拌されやすい。夏に発生する入道雲はその
良い例であろう。一方、下部熱圏だが、対流圏
と同じく大気密度は高度とともに指数関数的に
減少する。しかし温度は逆に高度とともに増加
する構造をしている。したがって、対流圏とは
逆に下層に冷たい空気、上層に暖かい空気が存
在するため、上下方向に攪拌されにくく安定し
ている。実際、下部熱圏の代表的大気運動であ
る半日潮汐は水平風速の振幅が秒速数十 m であ
るのに対し、鉛直風速の振幅は秒速 1 m にも満
たない。そのため下部熱圏における鉛直運動は
長く無視された状態が続いた。その後、鉛直運
動の重要性が観測的発見をもって指摘されたの
は 1980 年代になってからであり、超高層物理
学研究の中では比較的歴史が浅い研究分野であ
る。
ギーが地球大気に流入する特異な場所である。
そのような場所で巨大な鉛直風速が観測された
ことを受け、多くの研究者がオーロラ活動・地
磁気活動と熱圏鉛直運動の発生メカニズムとの
関係の解明に向けて観測活動に取り組んだ。そ
の結果、大きな鉛直風速は頻繁に発生している
こと、その発生は地磁気活動の活発化に連動す
る傾向にあること、といった統計的特徴が明ら
かにされてきた。また発生メカニズムの解明に
向けて、計算機シミュレーション研究も観測活
動に平行して進められた。
そのような研究活動が 20 年あまり精力的に行
われたが、どうしても物理的に理解できない根
本的課題があった。それは観測されるレベルの
鉛直風速を発生させるのに十分なエネルギー量
が下部熱圏に存在しない、というものであった。
当初、多くの研究者は鉛直風速の発生は上下方
向の大気膨張が原因だと考えた。地磁気活動に
伴い磁気圏から流入するエネルギーによって大
気が加熱され、それによって大気が上下方向に
膨張する、という考え方である。しかし、観測
されたエネルギー量を基本的物理方程式に代入
して鉛直風速を計算したところ、推定値は観測
される風速のせいぜい 10 分の 1 程度であった。
この課題に取り組むために、我々のグループは
非干渉散乱レーダーを用いた新しい観測を 2003
年に開始した。
非干渉散乱レーダーによる鉛直風速観測
非干渉散乱レーダーは、大出力の電波を送信
し、電離圏電子が反射する極わずかな電波を大
型アンテナで受信することで、超高層大気中の
電子密度、電子温度、イオン温度、およびアン
テナ視線方向のイオン速度を数 km の高度分解
能で導出することができる大型装置である。さ
らに現実的なモデル値を応用することで鉛直風
速を含む大気風速、さらにはジュール加熱率、
粒子加熱率といったエネルギー量の指標となる
物理量を導出することができる。下部熱圏の鉛
直風速研究における解明されるべき重要課題と
して、観測されるレベルの鉛直風速と発生に必
要なエネルギー量との関係があることは既に述
べた。非干渉散乱レーダーは、まさにその 2 つ
を同時に計測することができる装置であり、鉛
直風研究に適した装置だと言える。そこで我々
は非干渉散乱レーダーを用いた特別観測をこの
観測された熱圏大気の鉛直運動
1984 年、熱圏の鉛直風速研究において歴史
的な論文が発表された(Rees et al., Planet. Space
Sci., 32(6), 667-684, 1984)
。イギリスの研究者ら
がノルウェーの北、北極海のスバールバル諸島
にファブリペロー干渉計という光学観測装置を
設置し、高度 240 km 付近の鉛直風速観測に挑戦
した。そして、それまでの理論的予測の数十倍
を超える大きな鉛直風速を観測することに成功
した。この観測サイトは北緯 78° という、北極
点まで残り約 1300 km の極域にある。極域は太
陽風によってもたらされる大量の電磁気エネル
2
図 1:2004 年 9 月 9-10 日に EISCAT レーダーで観
測された電場 ( 上段 )、加熱率 ( 中段 )、下部熱圏の鉛
直風速 ( 下段:上昇流が正 ) の時間変動を示す。23
UT 付近に加熱率 ( エネルギー量に比例 ) が増加し、
それに伴い鉛直風速が激しく変動していることが分か
る。
写真 2:ノルウェー・トロムソの EISCAT レーダーと
筆者。
5 年間で計 41 回、600 時間以上実施した。図 1
はノルウェー・トロムソにある欧州非干渉散乱
(EISCAT)レーダー(写真 2)で観測された例で、
23 世界標準時(UT)付近に発生した地磁気活動
の活発化に伴い、電磁気エネルギー(中段)と
下部熱圏の鉛直風速(下段)が急激に変動した
ことを示している。このとき、電磁気エネルギ
ー量は EISCAT レーダーより南に約 80 km のと
ころで最大値を持っていたことが地上磁場デー
タから分かっている。その結果、その地点から
北に向かって傾斜した等圧面(気圧が一定であ
る面)が発生した。大気は等圧面上を流れる性
質がある。従って今回のように傾斜した等圧面
の場合、その上を流れる大気(即ち風)の鉛直
成分はゼロではない値になる。装置が鉛直方向
を測定していれば、当然、その鉛直成分を測定
することになる。このような構造の場合、大気
を加熱して大気膨張によって鉛直運動を発生さ
せるより、理論的には少ないエネルギー量で大
きな鉛直風速を発生させることができる。この
研究成果は 2008 年 6 月に Annales Geophysicae に
掲載された。
く、鉛直運動発生メカニズムの完全な理解には、
まだ様々な課題が残されている。我々のグルー
プは、EISCAT レーダー観測所にオーロラ観測
用光学機器をはじめ、熱圏風速・温度観測用の
ファブリペロー干渉計や中間圏中性大気観測用
のナトリウムライダーを設置し、中間圏を含む
極域熱圏内の局所的大気運動の発生とその伝播
機構、および磁気圏起源の電磁気エネルギーの
熱圏における散逸過程の解明に向けて観測研究
を継続している。
現在 EISCAT では、
「EISCAT 3D」という次世
代の非干渉散乱レーダーを 2010 年の完成を目指
し開発している。このレーダーは高速なレーダ
ービーム走査が特徴であり、既存の EISCAT レ
ーダーよりも微細な時間・空間スケールの現象
の捕捉が可能になる。極域における太陽風−磁
気圏−電離圏−熱圏−中間圏でのエネルギー循
環や物質輸送を理解するには、全的球的規模で
考えることが重要である。その一方、極域には
カーテン状オーロラの厚さのように、なぜ 70 m
という非常に薄い構造が比較的長時間存在し得
るのか、という微細構造に関する基本的な未解
決問題が存在する。今後は、巨視的・微視的視
野の両方を持ちながら、EISCAT レーダー観測
所を拠点とした電波・光学総合観測を推進して
いきたいと考えている。
今後の研究活動
ここで紹介した研究成果は、等圧面の傾斜が
下部熱圏における鉛直風速発生に関係している
ことを示唆したものだが、鉛直風発生と同期し
た等圧面傾斜の成長が直接観測された訳ではな
3
GCOE プログラム「宇宙基礎原理の探求」採択される
伊藤 好孝 (GCOE 研究推進室長 )
関 華奈子 (GCOE 教育推進室副室長 )
このグローバル COE (GCOE) プログラムは、21
世紀 COE プログラム「宇宙と物質の起源:宇宙
史の物理学的解読」を継承する形で、理学研究科
素粒子宇宙物理学専攻を中心として同専攻に属す
る太陽地球環境研究所、さらに多元数理科学研究
科、環境学研究科から地球惑星科学のグループが
参加しています。
「素粒子から太陽系、宇宙に至る
包括的理解」という副題のとおり、宇宙における
最小から最大まで 40 桁にわたるスケールにまたが
る様々な物理現象の理解を一体となって行う拠点
形成を目指しています。当研究所は、地球から太
陽系規模のスケールの物理現象、あるいは惑星科
学、そして宇宙と素粒子の境界領域である宇宙線、
といった物理教室のミッシングリングの部分を担
っており、研究ブロックとして素核・宇宙に続く
3 番目のブロックを形成することになります。
これらのブロック間に、分野横断的な研究の流
れを生み出すことが GCOE のひとつの主眼です。
その例として「宇宙プラズマ・粒子加速」
「暗黒物質・
暗黒エネルギー」
「星間物質と構造形成」
「時空の
対象性と起原」の 4 つの分野横断的課題を掲げて
います。特に 1 番目の課題「宇宙プラズマ・粒子
加速」は当研究所に関連の深い話題です。当研究
所には、太陽地球系物理で培った宇宙プラズマに
関する精緻な研究の蓄積があり、また粒子加速の
解明は宇宙線起原の解明につながります。一方、
宇宙物理にはエックス線天文や電波天文において、
非熱的プラズマ現象が宇宙スケールで研究されて
います。このような違うフィールド、異なるスケ
ールに属する同根のサイエンスを研究していくこ
とが GCOE の狙いのひとつであり、今回の GCOE
採択にあたって評価されている部分です。他の連
携課題についても、
「暗黒物質 …」については宇宙
線グループが、
「星間物質 …」についても電磁流体
が関係した構造形成や系外惑星などで当研究所が
かかわっていける連携研究の芽はたくさんあるで
しょう。各研究課題に興味ある人が集まって第一
回の会合が開かれ、お互いの研究分野紹介から研
究交流が始まりつつあります。
ここまで研究面に関して述べましたが、GCOE
の第一の目的は教育の充実にあります。本 GCOE
では、確固たる物理学の基礎に基づいて自発的に
新しい問題に取り組む能力を持った、新しい研究
領域を開拓できる人材の育成を目指しています。
そのための体系的な教育プログラム作成のために
5 つの重点項目 : 1.確固とした物理学の基礎、
2.広
い視野、3.問題を見つけて解決する能力、4.国際
性、5.社会貢献、キャリアパスを設定し、それぞ
れの項目に関して、具体的な人材育成のしくみを
整える計画です。たとえば、1 の基礎力について
は、広い意味での素粒子宇宙を研究する上で最低
限知っておかなければならない知識を体系的にま
とめた物理学 MINIMA を用意し、博士論文研究着
手の前に無理なく習得できるようなしくみを教育
カリキュラムに取り入れる予定です。この他、実
験・観測系の学生さんには技術支援室の協力も得
た「ものづくり講義、セミナー」や「理論集中指
導」
、理論系の学生さんには「理論合宿」や短期間
の「学内実験・観測留学」など、基礎と応用力を
培うための多彩な教育プログラムを実施する予定
です。また、国際性の獲得では、研究の最先端で
の現場主義教育のための海外拠点派遣や連携大学
院との相互交流、学生からの研究提案型海外長期
派遣のサポートやそれを補助する英語力強化講座
の開講など、個々の学生のニーズに応じた幅広い
企画が計画されています。
GCOE では、博士課程後期の大学院生に限りま
すが、様々な援助を設けています。生活費確保の
ため、博士課程後期学生全員をリサーチ・アシス
タント (RA) として採用し、少なくとも授業料免除
相当の額になる給与を、うち約 2 割の人をスーパ
ー RA として採用し、学振 DC に準ずる程度の給
与を支給します。また、博士課程後期学生を含む
若手研究者が自発的に行う研究を支援する「企画
研究」の募集、国内外の学会や海外観測拠点へ旅
費補助など、博士課程後期の学生達が思う存分研
究に教育に打ち込める環境を作っていくつもりで
す。ただし、せっかくの GCOE の施策や援助も大
学院生の皆さんが活用してくれなくてはなんの意
味もありません。大学院生皆さんの積極的な参加
が GCOE 成功の鍵を握っているのです。ぜひ存分
に活用してください。
4
アウトリーチを考える
笹野 泰弘 ( 運営協議委員 )
国立環境研究所 地球環境研究センター長
政策立案に貢献するとともに、地球環境問題に
対する国民的理解向上に寄与する」こととして
いる。当センターは研究系職員 25 名
(その他に、
行政系職員、研究系契約職員、事務系・技術系
契約職員が約 100 名)の規模で運営されている
が、
記録によると例えば、
平成 19 年度には国(各
省)関係・自治体など検討会委員や連携大学院
教員など約 90 件、一般向けの講演会の講師や大
学等の非常勤講師など単発で依頼のあったもの
約 150 件が登録されており、いずれも主として
研究系職員が関わっている。この他に、特に地
球温暖化問題に関する、取材や情報提供、TV・
ラジオ出演などマスメディア等への対応件数が
最近大きく増えている。
また、4 月の科学技術週間行事としての研究
所一般公開、7 月の「夏の大公開」といった研
究所全体の催しにはセンターとしても積極的に
貢献するため、多くの職員が休日出勤し、一般
向け講座、研究成果のポスターや研究機材の展
示説明、子供向けのイベント(ぱらぱらマンガ
製作、環境関心度クイズなど)などを実施して
いる。ちなみに、平成 20 年度の「夏の大公開」
当日に研究所を訪れた市民の数は子供さんを含
めて 4600 名を超えた。この他、所外の研究フィ
ールド(富士北麓森林フラックス観測サイトや、
波照間地球環境観測ステーション)を利用して
のサマーサイエンスキャンプへの生徒の受け入
れ、フィールドサイト地元の小学校でのエコ・
スクールへの協力などでも、研究者の直接的な
関与は大きい。
実は、地球環境研究センターの研究者に対して、
こうしたアウトリーチ活動に充てて欲しい個々人
のエフォート率として、3% − 10% という数字を
示したことがある。これが多いか少ないか。そも
そも、研究活動そのものとどう切り分けをどう考
えるか。場合によっては、時間外や休日に、ある
いは休暇を取って講演に出かけるものもいる。し
かし、やりたいやつが勝手にやればいいというも
のでもない。効果的で、かつ当人も正当に評価さ
れ報われる、そういう組織的なアウトリーチを模
索しているというのが実情である。
アウトリーチという言葉をよく耳にする。第
3 期科学技術基本計画でも、
「科学技術に関する
説明責任と情報発信の強化」が謳われ、その中
で「研究者等と国民が互いに対話しながら、国
民のニーズを研究者等が共有するための双方向
コミュニケーション活動であるアウトリーチ活
動を推進する」とされている。最近では、こう
したアウトリーチ活動の重要性が認識され、あ
るいはそのような社会の動きに後押しされて
か、研究機関や大学、そして学会においても、
市民向けの公開講座やサイエンスカフェの開
催、施設公開などの活動が活発に行われるよう
になってきたことは結構なことだと思う。
しかし私は、環境研究に携わる機関が行うべ
きアウトリーチは、上記の活動に加えて、
「科
学技術の成果を国民へ還元すること」
(科学技
術基本計画)を含め幅広く捉えた方がよいと思
っている。環境研究は社会の中の、社会を動か
す研究であり、環境をまもりはぐくむ方向に社
会を向けていくことは、そのような機関の本来
の重要な任務のひとつだと思うからである。
「国
民への還元」には多様な方法・ルートがあり、
その対象は広くあるべきと考えている。それは、
研究成果の普及や環境問題に関する啓発の活動
にとどまらず、例えば、国や自治体に対する研
究情報の積極的な発信、国や自治体の主催する
委員会・検討会への参加、関係機関や企業との
連携や技術移転などさまざまである。さらに、
マスメディア対応を含めた情報発信や広報活動
は、国民に理解され支持されるものとして研究
所あるいは研究活動そのものが存立する上で重
要な意味を持っており、説明責任と情報発信、
国民への還元の基盤をなすものである。
さて、ここで悩ましいのは、このようなアウ
トリーチ活動に対して我々はどれくらいのリソ
ースを割き、個々の研究者にどれくらいのエフ
ォート率を期待するかということである。筆者
の所属する地球環境研究センターでは、第 2 期
中期計画期間(平成 18 年度から 5 年間)の基本
方針のひとつとして、
「積極的なアウトリーチ活
動を通じ、国際・国・地方自治体等における環境
5
Japan Beckons Me
Vinod Krishan, Visiting Professor
( From the Indian Institute of Astrophysics, Bangalore, India)
In my three-decade long research career, during
which I have visited several countries, it was only
three years back that I made my maiden visit to
Japan to work with the plasma physics group of the
University of Tokyo at Kashiwanoha. I stayed for
ten months and developed a lifelong relationship
with Japan. So, here, I am, this time, collaborating
with the solar physics group at the STEL of the
Nagoya University.
Coming from a city bursting at its seams, the
pleasant demeanour of the staff in the morning
quiet of the Centrair airport felt like being
in a recuperating resort, the healing started
instantaneously. With my colleagues from the STEL
by my side, my husband, Prof. Som Krishan and I
were at home in no time in the aesthetically built
and beautifully located Noyori Hall.
At Noyori Hall with Dr. S. Masuda (left) and a resident
from Israel (right).
the electron-proton and electron-neutral collisions.
These effects produce novel modifications in the
equilibrium confi gurations of the fl ows and the
fields, the wave phenomena and the magnetic flux
transport processes which may have a decisive
bearing on the characteristics of the solar activity
and the solar cycle. A simplification of the partially
ionized plasma to the weakly ionized plasma comes
handy to decipher the main import of these effects.
During this 4-month long stay, I collaborated
with the STEL scientists on the Magnetodynamic
Processes in the Partially Ionized Plasma of the
Solar Atmosphere. The lower solar atmosphere is
a partially ionized plasma consisting of electrons,
protons, metallic ions and predominantly hydrogen
atoms. The discrete structures such as the sunspots,
the prominences and the spicules also consist of
the three main species of particles. This essentially
forms a three fl uid system and therefore it
becomes mandatory to go beyond the single fluid
magnetohydrodynamic studies. One must include
the Hall effect which arises from the treatment
of the electrons and the protons as two separate
fluids and the ambipolar diffusion arising due to
the inclusion of neutrals as the third fluid. The Hall
effect and the ambipolar diffusion have been shown
to be operational in a region beginning from below
the photosphere up to the chromosphere. In this
three fluid system the magnetic induction is subject
to the ambipolar diffusion and the Hall effect in
addition to the usual resistive dissipation caused by
I had excellent opportunities to share my ideas
with world class scientists from other Japanese
institutions too. I visited the University of Kyoto
where I delivered long seminars and had stimulating
discussions with the scientists of the Astronomy
department. A tour of the historical Kwasan
Observatory was an inspiring experience. We
were fortunate to be in Kyoto at the time of Gion
Matsuri festival, watching the parade with red and
gold chariots carrying people in their traditional
finery was a rare treat and the traffic police rotating
the traffic lights to make way for the high tableau
was no less impressive. Something has to be said
for the excellent accommodation of tradition
and technology in Japan! The dinner at the three
6
Well, it was not the case of all work and no play.
I watched the Noh theatre at the Nagoya Cultural
Centre, thanks to another fellow resident of
Noyori, a theatre artist from Israel. I usually have
no taste for purely brawny valour and never watch
wrestling, but to my utter surprise, I found Sumo
wrestling, just watching on television, an art, an
etiquette, a moment of extreme concentration, no
less than meditation, a gentleness personified! This
is perhaps what lies at the core of the Japanese
culture. Coming from the country of the origin of
Buddhism, I have no hesitation in confessing that
Buddhism is alive only in Japan, notwithstanding
the nonvegetarianism! The peace, the quiet, the
efficiency, the kindness, the smiles, the bows, the
cleanliness, the ethics, the longevity, Japan would
always beckon me.
hundred and fifty odd years old Japanese garden
was a gastronomical delight beyond words (though
we were quite chatty!).
I also had the opportunity to visit the NAOJ and
deliver a regular seminar but a marathon session of
discussions with the scientists, all excited about the
surprises that the Hinode has unraveled, kept me
awake throughout the nights.
I also visited Fukuoka where I delivered an invited
talk on the Solar Wind Turbulence during the ICPP
2008. Although unfortunately I could not attend
the Japanese Astronomical Society meeting in
Okayama, a co-author, Dr. S. Masuda, spoke for
me on the turbulent magnetic transport on the solar
atmosphere.
今回は、
「生」について書かせて頂きたい。
先週、祖父が転倒による脳内出血のために入
院した。
私は普段、研究以外で本を読むことはあま
りないが、病院やその道中で一冊の本を読ん
でいる。分子生物学者の福岡伸一著の「生物
と無生物のあいだ」
(講談社)である。著書
では、
「生命とは何か?」という疑問に、先
人たちの研究成果や自らの研究を紹介しつ
つ、物理や化学の視点で答えて
いる。著者は、科学者が到達
した答えの一つは、DNA の
二重らせん構造に基づく
「自
己複製を行うシステム」であ
るが、その他にもう一つ重要な点
として、
「動的な平衡」があると述べている。
生命は、ルート n 分の 1 の確率で起こる生命
現象の誤差の確率を下げるために原子に比べ
てずっと大きく
(粒子数 n を大きくしている)
、
また、エントロピー増大の法則による、生体
分子の崩壊を避けるために、あえて先回りし
て自ら分解し、乱雑さが蓄積するよりも早く
再構築している。生命は分解と再構築の「流
れ」のなかに身をおくことで成り立っており、
また、たんぱく質の立体的な凹凸やプラス・
マイナスの電荷、親水性・疎水性などの相補
性によって、絶えず変化しながらもその平衡
状態を保ち続けている。この
「動的な平衡」
が、
生命を維持し機能させているそうである。未
だに謎は尽きないにしても、生命という神秘
に包まれた捉えどころのないものを、物理や
化学の視点で見事に表現できるということに
感銘を受けた。私の研究対象である大気にも
まだまだ謎が多いが、物理や化学の新しい視
点で、美しく表現することを目標と
したい。
その祖父であるが、医者は当
初「一晩を越すのは難しいだろ
う」とのことだったが、入院 5
日目の今日まで生き続けている。祖
父は、自分に厳しい人で、長年、食生活に
気をつけ、早起きしての寒風摩擦やストレ
ッチ、ウォーキングを日課としてきた。絶
え間ない努力で「流れ」を保ち続けてきた
祖父だからこそ、95 歳になった今でも命が
続いているのかもしれない。そんな尊敬す
る祖父に、一日でも長く生きてほしいと願
うばかりである。
中山 智喜
(大気圏環境部門 助教)
7
さいえんすトラベラー
ロシアのパラツンカにて
野村 麗子(電磁気圏環境部門)
2008 年 8 月 15 日 か ら 19 日 ま で、 ロ シ ア
カ ム チ ャ ッ カ 半 島 パ ラ ツ ン カ に あ る、 ロ シ
ア 科 学 ア カ デ ミ ー 宇 宙 物 理 学・ 電 波 伝 搬 研
究 所 (Institute of Cosmophysical Research and
Radiowave Propagation (IKIR), Far Eastern Branch,
Russian Academy of Science, Russian Federation)
へ、塩川和夫准教授と技術職員の濱口佳之さん
とともに、誘導磁力計と全天カメラのメンテナ
ンスのため出張をしました。運良くツアーのチ
ャーター便があったため、成田から飛行機で 4
時間で現地へ着きました。時差は日本と比べて
サマータイムも含め 4 時間進んでいます。現地
では 3 日間かけ、ノイズ対策のためのプリアン
プを誘導磁力計の設備に設置し、全天カメラで
問題のあったレンズのクリーニングを行いまし
た。
私は修士論文のテーマとして、中緯度での地
磁気脈動の誘導磁力計による地上多点観測を行
っています。このテーマの研究は、1980 年代
以降は、あまり行われていません。そこで私た
ちは、より高サンプリングのデジタルデータを
扱い、GPS 同期による精度の高い時計を組み込
むことによって、当時では分からなかった中緯
度での地磁気脈動の性質を研究しています。地
磁気脈動とは、宇宙空間で発生した波が地球の
地上付近まで伝搬し、地上観測の磁力計で周期
的な地磁気の変動として観測される現象です。
ロシアのマガダン、パラツンカ、北海道の母子
里と鹿児島県の佐多が私たちの誘導磁力計の観
測点で、そのうちパラツンカは北から 2 番目の
位置にあります。多点観測を行うことによって、
1 地点観測では解析できない地磁気脈動の波源
の方向や伝搬速度といった特性を知ることがで
きます。したがって、それぞれの観測点ででき
るだけノイズが少ないデータを取ることが重要
になります。今回の出張では、誘導磁力計の設
備にプリアンプを加えることによって、背景ノ
イズを取り除くことができました。しかしなが
ら原因特定の難しいノイズが生じているので、
今後も対策を考えてゆく必要があります。
ロシアに滞在していた間、すっきりとした
磁力計の設置場所で ( 左から Butin さん、Gubanov さん、
野村、濱口さん )
晴れ間を見ることはなく、常にグレーの雲が
空にかかり、しとしと雨が降ったり、止んだ
りを繰り返していました。名古屋の猛暑に辟
易していたので、ひんやりとした気温が心地
良かったです。誘導磁力計の設備のある観測
小屋は、研究所から 10 分ほど離れた森の中に
あります。また、観測小屋からさらに森の奥
に入ると磁力計の設置場所にたどり着きます。
森の樹木はちょうど北海道のものと似ていて、
白樺のような木がたくさんありました。樹木
の葉の黄緑色が灰色の空に対して映え、とて
も美しかったです。現場での作業は IKIR 研究
所の職員の方たちに手伝っていただきました。
磁力計やケーブルを埋めたり、倒れた木を斧
とのこぎりで切ったりという力仕事を、慣れ
た手つきでこなされていたのが印象的です。
作業を手伝いながら、木の実を拾って食べた
り、キノコ狩りをしたりといった、牧歌的な
生活を垣間見ることもできました。また、作
業の合間にみんなでお茶とお菓子をいただい
たときには、北野武、黒澤明や村上春樹とい
った単語が出てきて、日本文化に対する興味
を知りました。短い文章の中では十分書くこ
とができないのですが、成田から飛行機でた
った 4 時間の場所で、日本の田舎とはまた異
なる素敵な空間を体感しました。
8
新入スタッフあいさつ
服部 幸博 ( 事務部長 )
4 月 1 日付けで総務部秘書課長から就任いたしました。統合事務室は動き始めた
ばかりであり、まだまだ課題もたくさん抱えていますが、研究者への力強いサポー
ト体制を一日も早く構築できるよう頑張ります。また、当研究所の建物は老朽化が
著しく建物の外観と研究内容のイメージとが一致していないので、特に建物の改修
等に取り組んでいきたいと思っています。
大久保 淳(総務課第一庶務掛長)
事務局の人事労務課から 4 月に異動して参りました。担当は多岐にわたっていま
すので、不慣れなことも多く毎日が勉強の連続です。全国共同利用研究所として注
目されている部局ですので、微力ではありますが教育・研究の活動支援をしていく
所存です。どうぞよろしくお願いします。
永田 真弥 ( 経理課第一経理掛 )
4 月 1 日付けで豊田工業高等専門学校より人事交流で参りました。施設グループ
を担当しています。大学と高専では規模が違うため、毎日新しい発見の連続です。
また、施設グループという今までに経験したことのない業務で不慣れなことも多く、
皆様にはご迷惑をお掛けすることもありますが、よろしくお願いします。
異 動
【教員】
【研究機関研究員】
2008.9.1 昇格 教授
2008.7.31
塩川 和夫(電磁気圏環境部門)
栗原 宜子(電磁気圏環境部門)
2008.9.1
昇格
退職
教授
【技術補佐員】
德丸 宗利(太陽圏環境部門)
2008.7.31
【外国人研究員】
退職
辻 裕司(総合解析部門)
2008.6.1 − 2008.9.30 客員教授 Krishan, Vinod
【研究アシスタント】
〔インド天文物理学研究所・教授〕
2008.7.10 − 2008.10.10 客員准教授 Rabiu, Babatunde
2008.9. 1
〔ナイジェリア連邦工科大学・上級講師〕
桑原 利尚
2008.8.15 − 2008.11.14 客員准教授 Chaston, Christopher
間瀬 剛
〔カリフォルニア大学バークレー校・助教授〕
八木 学
採用
2008.9.11 − 2008.12.10 客員教授 Watkins, Brenton
【事務補佐員】
〔アラスカ大学フェアバンクス校・教授〕
2008.5.30
【研究員】
2008.5.31
退職
2008.6.11
アルヴェリウス 幸子(総合解析部門)
2008.6.1
退職
赤田 花絵(ジオスペース研究センター)
採用
重松 有希子(電磁気圏環境部門)
採用
2008.6.11
齊藤 慎司(総合解析部門)
採用
白石 雅子(電磁圏気環境部門)
9
2008.6.30
退職
2008.9.30
上野 由美(電磁気圏環境部門)
2008.6.30
退職
新井 貴子(総務課第一庶務掛)
退職
2008.9.30
高橋 真知子(電磁気圏環境部門)
退職
向井 廣(経理課)
STEL ニュースダイジェスト
SELIS 機構の発足
2008 年 3 月 18 日、 地 球 生 命 圏 研 究 機 構
(SELIS) が発足し、6 月 3 日には、キックオフ
式典が行われました。これは、2003 年度から実
施した 21 世紀 COE プログラム「太陽・地球・
生命圏相互作用系の変動学」(SELIS-COE) の終
了を受けて、この研究体制を引き継ぐ形で新た
に「機構」としてスタートしたものです。研究
分野間の壁を取り除いた新たな枠組で「地球生
命圏」
を統合的に研究・推進するこの取り組みに、
当研究所も組織の一員として参画しています。7
月 4 日に開催された第 1 回 SELIS セミナーでは、
当研究所の松見豊教授が講演をしました。
Ian Kennedy 特命全権大使(左)と勲章を胸に
した村木名誉教授 ( 右 ) 。
村木名誉教授の MNZM 受章
6 月 25 日、当研究所の村木綏名誉教授が 20
年以上にわたって行ってきた宇宙物理の共同研
究とその成果に対して、ニュージーランドメリ
ット勲章 (Member of New Zealand Order of Merit:
MNZM) が授与されました。この授章は、エリ
ザベス女王の名においてニュージーランド総督
府が行うものですが、今回は特別の計らいで東
京のニュージランド大使館で行われました。式
典は、関係者のみの質素なものでしたが、和や
かな雰囲気の中で進行し、Ian Kennedy 特命全権
大使から栄誉ある勲章が授与されました。
木曽観測施設で一般公開
8 月 9 日 ( 土 )、木曽観測所 ( 長野県 ) の一般
公開を行いました。これは、隣接する東京大学
木曽観測所と共同で、毎年この時期に開催する
もので、大型アンテナ ( 太陽風観測装置 ) の近
くまで案内したり、パネルを用いた研究紹介な
どを行います。今年は午後から雷雨というあい
にくの天気となりましたが、家族連れや熱心な
天文ファンなど約 30 名の方が訪れました。 引っ越しました!
電磁気圏環境部門 ( 第 2 部門- 1) および技術
部は、6 − 7 月にかけて豊川分室より本部 ( 東山
メインキャンパス内:共同教育研究施設 1 号館 )
へ移転しました。
≪訂正≫
本ニュースレター第 50 号に誤りがありました。お詫びして訂正
いたします。 P9「2008 年度共同研究採択一覧」のうち
【誤】成行泰裕 高知工業高等専門学校電気工学科 教諭
【正】成行泰裕 高知工業高等専門学校電気工学科 助教
間近に見るアンテナ。
編集後記
ノーベル物理学賞、ノーベ
ル化学賞が発表されました。
そのうち 3 名が名古屋大学ゆ
かりの博士。学内は喜びにあ
ふれています。長年の努力と
情熱が実らせた成果が、人々
の心に「励まし」という種を
まいています。( 浅野 )
コミックのシリーズに
新しい冊子が仲間入り!
監修:Judith Lean
(Naval Research Laboratory: アメリカ )
編集:名古屋大学太陽地球環境研究所 出版編集委員会 〒 464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町 F3-3(250) TEL 052-747-6306 FAX 052-747-6313
STEL Newsletter バックナンバー掲載アドレス:http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/ste-www1/doc/news_book_j.htm
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