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オランダ・ベルギー住宅視察研修レポート
株式会社スタイルカンパニー
一級建築士 美術学修士
水野康彦
オランダ・ベルギー住宅視察研修
(2015年10月5日~10月10日)
◆
はじめに
株式会社スタイルカンパニー
一級建築士 美術学修士
水野康彦
この度は、ホームビルダーズ研究会企画の「オランダ・ベルギー住宅視察研修」に参加する機会を
いただき大変感謝しております。
戸谷英世先生をはじめご参加の皆様方に随行させていただき、一人ではなし得ない多くの貴重な体験
と知識の習得ができたと実感しております。
ブリュッセルに到着してから最終地アムステルダムに至るまでの間、とにかく息つく暇もないほど
次から次へと姿をあらわす荘厳で美しい街並みの数々に感動をこえ圧倒され続けでした。
目に映る街並みのカットは画家の描いた美しい絵画のようで、それが一歩一歩足を進めていく毎に
位置や角度を変えても、すべて黄金比で描かれた絵画の連続であったことが心に残っています。
熱いおもい冷めやらぬ間に別れ惜しみながら帰国した後改めて振り返りますと、尊厳を持って永く
愛されるものには、共通してその根源に自然の法則にならい深く人の心を打つ「美」の存在があるこ
とを強く感じました。日常業務の中で法令や機能、コスト管理に追われそれが建築の価値と歴史的継
承につながる大切なことであるという思いを、なおざりにしていたような気がします。
また、視察研修で訪れたオランダ・ベルギーの時代・風土を反映し人の手でつくり上げられた
「都市という遺産」を目の当たりにし、それらが残された芸術品や著名な文献をこえた実在する空間
として歴史・生活・文化・精神などをダイレクトにつたえてくれるものであるという更なる発見をし
ました。 今回の視察研修で得られたものは大きく、それらを実務の中に生かす為考察してゆきたい
と思います。
P1
◆
オランダ・ベルギーに見る価値ある家づくりのための3つのテーマとキーワード
視察研修での経験をこれから実務に応用してゆくにあたり下記の3つのテーマを定めてみました。
テーマ① 「都市計画レベルの視点」
テーマ② 「連続する家並みの内と外・近景と遠景の重なり」
テーマ③ 「家の中に街をつくる」
テーマ① 「 都市計画レベルの視点 」
キーワード:ルネッサンスと風水的な視点
「ルネッサンス」は、今回の視察の中心的なキーワードのひとつで、キリスト教国がアラブ
・イスラム文明をこえる為におこした「古代ローマに戻る」という国づくりの思想ですが、
その中に私たち目指す「親しまれ普遍的に受け継がれてゆく価値ある家づくり」のヒントが数
多くあると思います。ただし、単なる街の模倣ではなく正しくそのヒントを得る為には、
ルネッサンスデザイン構築の際に注がれたエネルギーが、「命をかけて追求された美の結晶」
を生み出すほど大きなものであったことを認識した上で、その精神を読み取ることからはじめ
なければならないと思いました。
絵画のような街並み
石やレンガでつくられた街の情景は年月とともに深い味わいをかもし出す
ルネッサンスデザインの起源ブルージュ
理想的な家づくりには、風土と歴史を認識した上での「理想的な街づくり」が不可欠である
ことは否めません。そして、さらに戸谷先生の「朝鮮の風水」が都市計画に生かされていた
という話の中で、地形や風の流れ、川や海など水辺との共生をはじめとする当地の自然を理
解した街づくりがいかに重要であるかということを学びました。
実際、オランダ・ベルギーでは海面下の平坦な限られた土地を最大限に生かす為の街づくり
が都市部においても農村部においても漁村部においても隙なく隈なく行われていました。
P2
特にブルージュの街は印象的でした。
個々の建物のデザインのすばらしさもさることながら、ルネッサンスデザインの基本であ
る一つの中心をもつ合理的な「円」からなる都市形態は、マルクト広場を中心に木の枝が広
がるように配置された両側町を構成するストリートとバランスよく配置された広場や運河が
リズムよく混在し、街並みの様相に統一感を出しながら、個々の建物が個性を放ち場面場面
にドラマをつくり出していて、まるで街全体がクラシック音楽の曲になっていました。
マルクト広場
1
3
2
4
5
市庁舎
6
7
鐘楼
8
9
10
11
12
13
14
聖母教会
15
16
17
20 19
21
18
22
23
26
24
25
ベギン会修道院
散策ルートマップ
(スケッチの場所プロット)
愛の泉公園へ25’
実際に歩いた時の情景のラフスケッチ(次項)を描きました。クラッシック音楽が演奏され
流れるようにフレーズが展開していく様子をイメージして描きました。
P3
ブルージュ散策-1
夕刻、実際に
マルクト広場では、
クラッシックが
生演奏されていて
とても印象的で
した。
①
マルクト広場をスタート、壮大な曲の始まりです。
建物と建物にはさまれた街路へ、
街路を抜けるとやがてその先に・・
③
②
④
荘厳な旧市庁舎前の広場に出ます。
限られた土地を、有効にかつ美しく使い切った
街づくり。建物を集密化して生み出された主要な
広場は、開放的で人々の活気にあふれていました。
それらを中心に随所に小規模な広場がバランス
よく配置され街路で有機的につながることにより
抑揚ある音楽のような空間をつくります。
次項へ
⑤
街路やゲートを抜けるたびにモチベーションが上
っていきます。
広場を過ぎるとゲートにて進路が狭められ、次の展開への期待感がわきあがります。
P4
ブルージュ散策-2
ゲートを抜けると絵画のような美しい運河と建物のたたずまい
がひろがります。
⑥
絞られた建物の間隙をぬけると
夕食はここで
とりました。
⑧
⑦
ほどよい大きさのコモンスペースが、
⑨
さらに建物の間隙を抜けると・・ より美しい水辺の情景が飛びこんできます。
感動とは予想をはるかに超えた時に感じる
もの、とにかく次々と展開する裏切りにも
近いサプライズに感動するばかりでした。
それらから学ぶべきところは、見せ場と見
せ方にいかに注意を払うかという点です。
どこから見ても絵になるデザイン、「絞る
→開く→」の連鎖空間による我慢と開放の
演出効果など時間をかけて読み取っていき
たいと思います。
次項へ
⑩
ゲートが見えてきました。次はどんな世界
か期待がふくらみます。
P5
ブルージュ散策-3
美術館や教会のあるエリアへのゲートです。
心の準備をしてくぐったはずでしたが、ここ
でも裏切られました。これまでの街区とは異
なる自然の木々や水辺と一体になった美しく
魅了するレンガの建物が点在し、独立した戸
建て住宅設計のヒントがたくさん詰まってい
ました。
⑪
この橋は、人気
スポットでした。
⑫
⑬
レンガの家が時間の経過とともに深い味わいが増すことを何も語らず教えてくれるシーンです。
感銘を受けたブルージュの街並みのデザインを実務に
生かしてゆく上で、ただレンガを使うのではなく、
次項へ
「人と家」、「自然と家」との調和を考えた造形的デザ
インが不可欠であるということを感じました。
最小単位のレンガ一つから一軒の家、そして街全体に至
⑭
るまで、すべておいてに山々や雲などを形づくる自然界
のデザインであるフラクタルアートとして時間を越え地
次へのゲートです。楽しみです。
球と調和し人の生活の一部となり生きつづけていました。
P6
ブルージュ散策-4
碁盤の目状で中心のない日本の街路とは異なり
オランダ・ベルビーのルネッサンスを由来とし
た円を基本とした都市形態と、風土・気候・地
形を遵守した街づくりにより、一直線の街路は
少なく湾曲したり入組んだ街路により、建物の
表情がよく見える親しみやすい空間になってい
ます。又、高密度ながら高さがヒューマンス
⑮
市街地に戻ります。
ケールにおさえられていて圧迫感や閉塞感から
くるストレスを感じさせません。
⑯
皆さんとチョコを
買ったお店です。
戸谷先生の解説の通り、連棟建てなが
ら個々の建物はとても個性豊かな主張
をしていました。又、レンガ造、屋根材・
屋根勾などの最小限のルールやスカイラ
インへの気配りなどによりつくり出され
た街全体の統一感と絵画的美しさを実感
⑰
しました。
次項へ
次はいよいよ路地裏です。
⑱
ブルージュの街並み、華やかできれいな通りに面
した顔に対して、その深部がどのような空間に
なっているのか、とても気になるところです。
P7
ブルージュ散策-5
路地裏は、大半が二人並んで歩くことが
困難なくらいの狭小空間でしたが、レンガ
や点在する窓などに包まれた、より人に近
い生活感のある空間でした。
又、一部⑳のように狭いながら、息つく場
所となる少し広いところもあり、を大小の
広場が配置されている都市構造のルールが
路地裏
細部にまで行き渡っているのを見たような
⑲
気がします。
小さなアーチをくぐると街路に戻ります
⑳
21
都市づくりの観点からブルージュの
街を見てきましたが、実務において
これらのエッセンスをそのままの規
模で即取り入れることは困難な面が
多いと思います。しかし、家は人や
自然と同列にあるものとして考えて
小規模な広場
いますので、自然物が自己相似性を
持つというフラクタルの考え方で捉
えれば、一つの家にブルージュの街
の美点を凝縮して取り込めば、それ
らが増えていったときブルージュの
街を再現できる遺伝子が備わった家
になるのではない
次項へ
22
かと思いました。
P8
ブルージュ散策-6
24
23
美しくリズミカルな街並みが程よい囲まれ感を出している。
囲まれ開放される空間が
終始繰り返され散策していてとても楽しい。
25’
散策終盤まで冒頭でお伝えしたように、
クラッシック音楽の中を歩いているよう
な感じでした。別のルートを通っても曲
調が多少変わる程度で同じ感覚であった
と思います。
25
ブリッジをわたりアーチゲートに向かう。どこまで行っても
新しい展開が待ち受けています。
「スケッチを終えて」
最終スケッチ
完成された本物の芸術都市を体感しまたが、
ここで学んだことを日本において実務に生
かす為の手法を見出す上で、現実的な条件
の中での課題は多く短期・中期・長期のよ
うに段階を経て考えてゆく必要があると思
います。
26
アーチゲートを抜けると修道院の森。
森を抜けると愛の泉公園。
P9
都市レベルの視点 : まとめ
A 短期:家の中に街をつくる
→
テーマ③
フラクタル的な考えにのっとり、永続的に受け継がれ長期的に都市をつくる基盤となるスペック
を備えた戸建て住宅を目指して、活気ある都市の生活空間と、美しい街並みを内在した住宅をつく
っていきたいと思います。
都市の遺伝子を内在
都市
都市
都市
B
中期:2~3棟から1区画規模の街をつくる
→ テーマ②
オランダ・ベルギーのような美的街づくりを目指したルールを小規模に再現。石畳、広場、運河、
センター施設を適宜配し、戸建てのみではつくり出せない魅力的なコミュニティーのある、価値
の高い住環境をつくります。住戸の形式は、戸建ての団地、ライデンで拝見した一体化した共有
住宅、など条件にあでの
わせた計画をします。
陶器の土産でのシュミレーション
※ 日本の法令・環境下で、どの部分をどのように生かすか、ポイントを見極めることが重要です。
C
長期:都市規模で街をつくる
行政による都市計画レベルでの街づくり。多くの英知で住環境のルネッサンスを起こし、
住みやすく誇れる我が街を目指した永続性・芸術性・統一感ある街づくり構想が実現し
、それに寄与できることを望みます。
P10
テーマ② 「 連続する家並みの内と外・近景と遠景の重なり 」
キーワード:活気ある街づくりの装置
視察研修を終えると、一つの小さなプロジェクトが待っていました。
「子供のひらめきで創り上げるドリームハウス」企画です。
地域の青年会議所主催のイベントで、ああらかじめ参加する子供たちにドリームハウスの絵
を描いてもらい、それを私が統合して一つの建物
図面を作成し、その図面を基に協力し合って子供
たちの手だけで約4000個の牛乳パックを使い実際
にドリームハウスをつくるというものです。
総勢35人の子供たちが参加し、グループ作品も含
め25のドリームハウスが集まりました。
主催者による「子供たちが自分たちが描いたもの
を実際に創り完成する喜びを体験する」という目的
に加えて、勝手ながら図面化の中で子供たちが持ち
集まった子供たちの図案
寄った夢を更に活性化させ、完成した「ドリームハウス」という実空間を子供たちが体感した
とき、気持ちが高揚し、夢と希望に満ち溢れた笑顔を見せてくれるようデザインしました。
視察研修の前から、そのデザインの基盤となるものは、オランダ・ベルギーにて得られたもの
にすると決めていました。その結果、子供たちの夢とオランダ・ベルギーでの体験が融合した
ドリームハウスになりました。
【デザインのポイント】
美しいスカイライン、期待感を増幅する街路と広場、内と外のコミュニティー、
建物の近景と遠景の織り成す奥行き感、真っ直ぐでないアイストップのある空間
初期のスケッチ
街路のコミュニティ
遠景と近景
内側のコミュニティ
路地裏
運河と景観
P11
ブルージュの集約
子供たちのドリームハウスづくりのモチーフとして特にブルージュを取り入れました。
最終段階では、テーマ①のスケッチを1つの家に集約する作業に専念しました。
ブルージュのスケッチを使いデザインと生活空間の集約作業
表の街路、入組んだ路地裏、建物内、広場、境界の
ような塔、庁舎のような大きな建物、ギルドの建物
などミニブルージュの中に一つ一つ子供たちの夢を
置いていきました。
立面図
平面図
立面図
最終段階ではスタディー模型を作成しワクワクする形になっているか検証しました。いろいろ
と盛り込んでいくうちに実寸で幅5.3m×奥行き3.8m×最高高さ3.0mの大きさになりました。
近景と遠景の織り成す風景、
プライベートとパブリックの
かかわりを、できる限りブル
ージュで感じたものそのまま
に、自分の感性をたよりに、
そして美を意識しながらデザ
インしました。ブルージュで
の実体験を抽象化したモデル
を子供という媒体を通して形
スタディー模型
にし、その結果を分析し実務
にと生かしたいと思います。
P12
子供たちの手は自然の手
いよいよ視察研修にて見てきたものが子供たちの手を使い現実となる瞬間です。
完成予想図
制作の様子
はじめは若干スローペースでしたが形が現
れてくると子供たちの集中力は最高潮に!
牛乳パックを積み上げてゆく様子はレンガ
を積み上げてつくられたブルージュの街と
完成!
重なります。
手前の低層部分と後ろの高層部分をバラン
スよく重なり、パースペクティブな奥行き
感のあるシンボリックな家になりました。
完成後、意図してつくった路地は、時折大
人も交えながら絶えず子供たちが行き来し
盛況、部屋に入ると子供たちが自分で作っ
た家具を手にその配置に千恵を絞っていま
した。こうして子供たちの遊び足りない気
持ちを残しミニブルージュづくりは完了し
ました。
子供たちの手ではなかなかきれいに組みあ
がらないところもありますが、それでも一
生懸命創り上げた結果、壁は真っ直ぐ建っ
ていなくても自然の手でつくりあげた
曲線が機械的につくる直線よりも美しいこ
とに気づきました。本物のブルージュのよ
うな歴史と自然を感じさせてくれました。
イベント後近くのスーパーでの展示風景
P13
テーマ③ 「 家の中に街をつくる 」
キーワード:家は街づくりの遺伝子
小さな形が集まってつくる形。それが小さな形の相似形になってい
るという自然界を形づくるフラクタルデザイン。家が小さな形であ
れば、街の形は家の相似形、つまり家は街の遺伝子となります。
永く親しまれ代々継承される「価値ある家」をつくることが住みよい
街をつくるということではないかと思いました。
家の中に街を内在させる
現在の日本においては、継承され引き継がれる家は少なくなっ
ているように思います。ゆえに、まずは引き継がれる元となる
第一の家をつくっていかなければならないといと思います。
最後に
世界には、大切に継承されている優れた建築がたくさんあります。今回戸谷先生とオランダ・
ベルギーをまわることができとても感謝しております。ただし学びそれらを実務に取り入れよ
うとする際、単にその容姿や形状をコピーするだけでは生活空間である住宅づくりには生かせ
ないのではと感じております。今回の視察研修の中心的テーマ「ルネッサンス」のように、題
材とする都市などの真の意味を読み解いた上で、いつも原点に返り「なぜ大切にされてきたの
か?」という部分を突き詰めてロジカルに組み立てていかなければ目的を達成できないと思い
ます。身近な実務の中に「ルネッサンス」を起こすことが必要です。
以上
アミューズメ
ントなど非日
常空間の演出
にはリアルな
再現が不可欠
ですが、日常
空間において
はコピーのみ
では成立しな
い部分が多い
と思われます。
生活空間が見た目だけでは
ないことを軽視すると、
ゴーストタウンにもなりか
ねません。(中国天都城)
P14
実務において
オランダ・ベルギー住宅視察研修後、まだ十分に煮詰めていませんが、レポートに記載しま
した経緯を経て早速実務に反映しようと試みました。エスキースの段階ですが、下記の2案
の事例を報告します。
事例1)オフィス併設住宅
屋外扱いのエントランス棟を中心に住居棟、オフィス棟を
配して街並みをつくりました。
オランダ・ベルギーの有機的につながる街並みのイメージをプランに反映した上で、各室の
ボリュームを検証しながら建物全体のスカイラインを整えました。アクセント的に塔の要素
を加えて遠近感を強調しました。
P15
事例2)オフィス併設住宅と寄宿舎
小さくても、大きくても
内在する三角という形
(=デザイン・思想)が
同じであれば、美しく
共鳴しながら共生し、
美しい街をつくると思
います。
オフィス併用住宅のデザインは背景となるボリュームの大きい
寄宿舎のデザインと共生して一つの街並みをつくります。
1階平面スケッチ
2階平面スケッチ
3階平面スケッチ
オランダ・ベルギーで体感した、ボリューム感の違う建物の重なりと、街路の先の期待感を
高揚するアイストップとなる建物の存在感を考えて配置しました。街路や、細い路地の先に
期待感を持たせるものをつくるか不安感を抱かせるものをつくるかにより出来上がる街の楽
しさや美しさの度合いに差が出るような気がします。
上記2件の事案には、この建物ができることにより今後建替えられる建物が影響を受けて、
長く愛され、わが街の財産と成りうる価値ある家づくりが理解され、そのような家が増えて
ゆくことへの期待の思いをこめて作図しました。
P16
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