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二つの顔を持つガスプロム - JOGMEC 石油・天然ガス資源情報

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二つの顔を持つガスプロム - JOGMEC 石油・天然ガス資源情報
三菱商事株式会社 業務部
欧阿中東 CIS 室 シニアアドバイザー(ロシア)
酒井 明司
アナリシス
二つの顔を持つガスプロム
~国家と私企業の狭間で~
はじめに
国営企業のあり方は国により、時代によりさまざまである。国家の意思を体現する場合もあれば、
支配株を持つ政府がものを言わない株主となる形もある。ロシアのガスプロム(Gazprom)がそのどちら
に近いかは、回答に窮する問題である。国家の政策目標遂行を委任されたなかで、その進め方をめぐっ
て政府側と対立することもあれば、私企業の利益を追求することがそのまま国家の目標に合致している
こともある。西側の論調では政府の政策手段としてのガスプロムが強調されがちだが、実際には国か私
企業かの境目を一概に明示することは困難である。
ガスプロムの行動を理解するには、大株主の政府がどのような経済政策目標を目指し、ガスプロムが
私企業としての課題にどう対処しようとするのかを個別に見て、観察者がその総合あるいは融合された
形を自ら推定していくしかないようだ。そうすることで、ガスプロムの置かれている立場や考えを多少
なりとも明確にでき、日本の企業に彼らと協力して何かを進めることが可能かどうかを判断することが
可能になるものと期待される。
本稿では、ロシアの国家戦略、エネルギー戦略、ガスプロムの経営戦略全般を概観し、その上で比較
的私企業としての動きの色彩が濃いガスの下流部門や LNG への進出と、それとは対照的に国家の要請
に基づいて動くと見られる東シベリア・極東の開発への参画の状況を順次見ていくこととしたい。
1. ロシアの国家戦略
ガスプロムを中心とするガス産業のこれからの経営・
うバランスさせるかが経済政策の上で為政者が常に引き
発展戦略を、ロシア政府(本稿ではロシアの政府と大統
受けなければならない大きな課題ということになる。
領府とを厳密には区分しない)がどのように考えている
しかし、このことは多かれ少なかれ現代ではどの国で
のかを理解するには、その大本の自国経済全体に政府が
も見られる事情であり、その点でロシアが他国と大きく
どのような見方を持ち、どのような舵取りを目指してい
異なっているというわけではない。実際には、プーチン
るのかを知っておかなければならない。
が政権を握って以来、一貫して市場経済主義・新自由主
最初に結論付けてしまえば、プーチンが大統領となっ
義信奉者の経済閣僚・官僚が登用されて経済政策遂行の
た 2 0 0 0 年から今日までのロシアの経済政策は、一方で
要に配置されている。彼らと各産業分野の利益代表との
は世界とロシアのグローバリゼーションの進展を前提と
さまざまな折衝、駆け引き、時にはそこでの衝突が経済
した新自由主義的な財政金融政策、他方ではその新自由
関係のニュースとして紙面を賑わしているが、その常態
主義が嫌う政府主導の産業政策(近代化)を通じて、グ
をもってロシアが他国よりも強く経済の国家統制を志向
(特に米国)
の支配
ローバリゼーションに棹さす形で他国
している国、とは言いきれるものではない。
をなんとか脱しようとする動き、という互いに矛盾し合
プーチンがエリツィンに登用されて首相となり、さら
う流れのせめぎ合いの上に成り立ってきた。そして、そ
に大統領に上り詰めた時期に構築され、齟 齬 なくメド
のいずれもが現実のロシアの姿を反映し、西側に比べて
ヴェージェフ大統領にも引き継がれている基本的な国家
遅れた経済の仕組みの改善を目指しているが、両者をど
戦略とは、軍事優先を排し、経済・社会の発展を通じて
かじ
さお
1 石油・天然ガスレビュー
にぎ
そ
ご
アナリシス
国際社会で影響力拡大を図り、またそれによって自国の
落ち込みを余儀なくされるという背景の下で、資源輸出
安全保障に結び付けるというものである。
が危険で脅威になる、という告白にも似た表現は、ロシ
1 0 年ほど前の 1 9 9 9 年から 2 0 0 0 年にかけて、プーチ
ア政府の本音として真実味を帯びてこざるを得ない。
「近
ンは
「千年紀の狭間のロシア」
という論文で市場経済への
代化」は、数ある選択肢のなかから採った政策のバリエー
依拠と、その下での国家の役割の重要性を強調し、同時
ション、つまり実現の目処がつくからやってみようとい
に市場経済派の面々を集めて、
「2 0 1 0 年までの長期社会
うより、それしか進む道がないとの判断が向かわせた結
経済発展プログラム」を策定させた。そのなかでは、国
論でもあるようだ。従って、「近代化」が本当に実現する
民の生活向上と投資の活性化が求められる目的とされ、
のか、うまくいくのか、については恐らくまだロシアの
これに従って税制をはじめとする経済諸改革が提案され
為政者も自信を持っているわけではないと思われる。
ている。
「近代化」をメドヴェージェフ大統領のトレードマーク
その後何度か改訂された
「社会経済発展プログラム」に
のように受け止めている向きもあり、中には「近代化」
路
は、常に国内の市場経済の下で(そして結果的には世界
線の大統領と、その批判の対象になるとされる過去の
のグローバリゼーションのなかで)ロシア経済はどうあ
プーチン首相のやり方(近代化とは相容れない“強権主
るべきか、市場経済の枠組みのなかで国家は何をすべき
義”)との対比や対立を、タンデム政権(二頭政治)
の不安
なのか、が論じられ続けた。原油価格が上昇の一途をた
定要素に挙げている見解もある。だが、上述の戦略大綱
どっていた 2 0 0 7 年 7 月に政府が承認した、
「2 0 2 0 年ま
の原案が公表された時にはプーチンはまだ大統領の座に
でのロシア社会経済発展構想」では、目標最終年度の
いた。そしてこの大綱の源流は、2 0 0 4 年からのロシア
2 0 2 0 年までにロシアが市場経済を通じて世界の 5 大経
版産業政策である国内機械工業育成の試みにまで遡 れ
済大国の一つになるという期待が謳われるまでになって
る。2 0 0 6 年に策定された「3 カ年中期社会経済発展戦略」
いる。
でも、資源輸出国家から高度工業国家への脱皮が既に強
しかし同じ時期に、
「2 0 2 0 年までの長期ロシア社会経
く意識されていた。
済成長戦略大綱
(戦略大綱 2 0 2 0)
」
の原案も公表されてい
1 9 9 9 年にサンクトペテルブルク大学の教壇から政府
る。メドヴェージェフ大統領就任後の 2 0 0 8 年 8 月に正
の官房に引き抜かれ、以後 2 0 0 0 年のプーチンの大統領
式承認されたこの戦略大綱では、今日、その重要性を彼
就任とともに大統領府での要職を占め続けてきた現大統
が強調する経済と社会の「近代化(Modernization)」に焦
領のメドヴェージェフは、こうした一連のプーチンの政
点が当てられ、ロシア経済の主役がエネルギー産業では
策方針策定に間違いなくかかわってきているはずで、彼
なく、イノベーションを通じて先端技術部門(情報、バ
が大統領となった今、その骨子はいわば両者の共同作品
イオ、ナノテクノロジー)へ移行していくことが期待さ
とも言えるだろう。そうでなければ、プーチンはメド
れている。
ヴェージェフを後任大統領に指名はしなかったはずであ
この戦略大綱で述べられる考えは、政府の外交政策の
る。
指針となる「対外政策概念 」
(2 0 0 8 年 6 月承認)や、国
その実現の見通しはさておき、「近代化」が今のロシア
家の安全保障全般の政策基盤となる
「2 0 2 0 年までのロシ
の国家戦略の要だとすれば、そのなかでのエネルギー産
ア連邦の国家安全保障戦略」
(2 0 0 9 年 5 月承認)にも反
業は、その目標が達成されるまでの間の時間と必要な資
映され、後者ではイノベーションを強調するあまり、資
金を稼ぐために必要な部門、ということになる。何とな
源輸出国の立場を維持することが長期的にはロシアの安
く脇役に押しやられたかの感もあるが、地下資源はいつ
全保障にとって
「戦略的な危険であり脅威である」とまで
枯渇するのか、「近代化」がいつ実現できるのか、といっ
言い切っている。エネルギー資源の輸出とそれへの依存
た質問にまだ誰も明確に答えられないという状況での話
が直接・間接二つの面で国の経済競争力を失わせるとと
なら、どうも明日すぐに何かが大きく変わるということ
もに、その輸出そのものがロシア自らではコントロール
でもなさそうだ。そうであれば、差し当たり今日の飯の
できない資源の国際価格相場に依存し過ぎている現状が
タネをどう確保していくかで、エネルギー産業の重要性
その理由に挙げられている。
は相変わらずとなり、そのための政策指針が要求される。
2 0 0 8 年 7 月 か ら わ ず か 半 年 強 の 間 に、 原 油 価 格 は
これに応えるのがロシアの「エネルギー戦略」である。
うた
あお
め
ど
い
さかのぼ
1 0 0 ドル以上下落した。その煽りで経済全体もかなりの
2011.1 Vol.45 No.1 2
二つの顔を持つガスプロム
~国家と私企業の狭間で~
2. ロシアのエネルギ-戦略
ロシア政府はその経済政策の面で、各産業分野での政
基本方針となっていった。ロシアに経験が欠けている
府の成長政策を
「戦略」
という呼称や文書の体裁で頻繁に
LNG へ乗り出すべきことや、後にロシアの「エネルギー
使っている。各産業の見通しや必要とされる政府の施策
安全保障」案(生産者・需要者相互の供給保証と需要保証)
の骨子を述べたもので、この
「戦略」
をより具体化したも
につながる考え方、さらにエネルギー分野での対外投資
のは
「プログラム」
と呼ばれ、政府予算の対象へと昇格す
の重要性がそれである。また、この戦略に示されるガス
る。
の予想生産量が、その後はガスプロムの生産計画値とし
エネルギーの分野では、新生ロシアの発足間もない
ての性格も帯びるようになる。
1 9 9 2 年に「国家のエネルギー政策のコンセプト」
、1 9 9 5
この 2 0 0 3 年改訂版を更新するのが 2 0 0 9 年 1 1 月に政
年に「2 0 1 0 年までのエネルギー戦略基本要綱」が策定さ
府が承認した「2 0 3 0 年までのロシア連邦共和国のエネル
れた。だが、他の政府文書と同じく、1 9 9 0 年代に策定
ギー戦略」である。更新までに 5 年も要しているのは、
されたこの種の
「戦略」
は、政治や経済の混乱のなかでど
予測のベースとなる原油価格や、それに大きく左右され
れもこれも絵に描いた餅ばかりだった。その内容の多く
るロシア経済の成長率の予想、そしてまたこれに大きく
が、市場経済への移行に際して何をなすべきか、にかか
依存するエネルギーの需給予測が立てにくかったからだ
わるものだったが、先立つもののバックアップが何ら期
が、東シベリア・極東でのガスの生産・輸送計画を最終
待できないことを皆が知っていたから、大きな関心も呼
的にどのような形で実現するかをめぐって、ガスプロム
ばなかった。
や関係省庁の間で最終的な方針がまとまらなかったこと
プーチン政権下で初めて2000年11月に出された
「2020
にもその理由が求められるだろう。
年までのエネルギー戦略基本要綱」も、まだエリツィン
プーチンの大統領在任期間中に外交や安全保障での基
時代の政策を踏襲したものに過ぎなかった。外資への依
本方針文書が全く改訂されていなかったことを併せて考
存の必要性を明示しつつ、エネルギー分野が健全な輸出
えると、エネルギーを含めた国家戦略の方向性をめぐる
産業として発展していくことへの期待が述べられ、その
政府内の議論が、よく言えば自由な百家争鳴、悪く言え
下で今はプーチン政権への批判者となったカシヤーノフ
ば上がしっかりしていても下のまとまりが付かないロシ
が、当時は首相として石油分野では外資の導入に向けて
アのパターンが出たということになる。このことは、
プー
積極的に動いている。
チンが大統領在任中に毎年提出した議会への年次教書
あえてプーチン色というなら、それが現れ始めたのは
で、意外なほどエネルギーの対外政策に触れることが少
この2000年版が2003年8月に
「2020年までのエネルギー
なかった点からも裏付けられるのではなかろうか。
戦略」に改訂されてからとなる。このなかで資源・エネ
上述の「2 0 3 0 年までの戦略」では、エネルギーの長期
ルギー分野での対外方針としては、以下が挙げられてい
政策の戦略目標として、①エネルギー安全保障(国内の
る。
安定供給)
、②エネルギー消費効率の向上、③環境問題
・ 国 内需要を満たした上でのエネルギー資源輸出の
への対応、④国家財政へのエネルギー産業の寄与、の 4
増加。
点が挙げられ、その実現のために、国内地下資源の管理
・ 輸出先と輸出方法の多様化
(LNG および GTL)。
やイノベーション、それに適正なエネルギー対外政策な
・ ロ シア企業によるエネルギー資源分野への対外投
どといった政策の方向が示される。そのうち対外政策の
資と、逆に国内エネルギー資源開発・輸送・加工
項では、以下の目標が掲げられる(括弧内は筆者注釈)
。
への外資の受け入れ。
・ 予 見可能でかつ安定したエネルギーの世界市場の
・ 世 界の資源価格安定のための生産・消費国間の協
力関係への配慮。
樹立(世界市場での需要側の引き取り保証と、投機
に左右されない価格形成の実現)
・ 仕
向け先市場と商品構成での多様化達成(欧州市場
これらの課題にはその後今日まで、GTL や国内への
外資受け入れなどのように実現には必ずしも向かわな
かったものもあるが、ガスに関しては多くの点で実際の
3 石油・天然ガスレビュー
への過度の依存是正)
・ 海
外でのロシア企業の立場の強化(現状ではその存
在感が希薄)
アナリシス
・ 難易度が高いロシア内新規開発案件での外資との
え方にまとめられ、2 0 0 8 年の法制化により、特に洋上
開発では事実上外資を締め出す格好となった。しかし、
協力
より具体的にガスでは、エネルギー資源の加工による
一度は自分で全部できると力んではみたものの、経験の
輸出品の付加価値向上、通過輸送での安全確保(迂回路
浅い分野での新規生産増を加速させることは簡単ではな
建設を実際には意味する)
、海外企業との資産スワップ、
い。特に 2 0 1 0 年にメキシコ湾で発生した BP の海底油
などが述べられる。通過輸送での安全確保とは、2006年、
田事故とその賠償を含めた修復コストの莫 大な額を見
そして 2 0 0 9 年と繰り返し起こったウクライナとの「ガ
て、ロシア企業も単独でこの分野に乗り出すことにかな
ス戦争」
が背景にあることは言うまでもない。
りの危惧の念を抱いたのではあるまいか。
国内新規開発プロジェクトへの外資参加容認の姿勢
ガスの生産量などの具体的な数値目標設定にあたって
は、以前なら資金獲得がその目的だったが、その面での
は、「2 0 3 0 年までのガス分野発展全体計画」という文書
不安がかなり解消した現在では、技術的にロシアの企業
が作成され(政府の承認対象)、そこに掲げられた数値は
が不慣れな海底油田・ガス田の開発での協力取り付けい
「2 0 3 0 年までのエネルギー戦略」のそれとは必ずしも一
かんが焦点になってきている。2 0 0 4 年の末ごろからロ
致しない。新たな計画が策定されれば、数値は常に見直
シア内で顕在化した産業での
「戦略分野」
(国家にとって
され変更される可能性が高いものと理解しておくしかな
戦略的に重要であるため、外資にやすやすとは渡せない
いだろう。その意味で戦略の実質的な寿命は短い。
う
ばく
き
ぐ
分野)の思想が、エネルギーの領域では「戦略鉱区」の考
3. ガスプロムの企業戦略
国家戦略とそのなかでのエネルギー戦略の概略は上述
性がありそうである。だが、ロスネフチのユーコス資産
のとおりである。では、それが末端の個別のエネルギー
取得の過程には、子細に見ると多分に偶発的な要素も絡
企業の動きにどのような影響を与えているのだろうか。
んでおり、またプーチン政権がその経済政策を今に至る
原油や石油製品では、輸出税を中心とする政府の課税
まで市場経済派に任せ、かつユーコスが 2 0 0 0 年代初め
政策や、国内市場での独占・寡占
(製品価格のつり上げ)
に議会を通じて、その政府の新たな政策(石油企業への
への取り締まりが目立つ。輸出税は、元々は内外価格差
ユー
課税強化)を潰しに掛かった経緯などを考慮すれば、
によって過度に原油や製品が輸出に回ってしまい、その
コス潰しが単純に国家による支配を目指す動きだったと
結果国内供給の安定が阻害されるといった事態を防ぐ目
片付けることに大きな疑問が残る。
的で設けられた。だが、原油価格上昇を受け、その輸出
同じ資源でも金属(鉄鉱石・非鉄金属)や石炭となると、
税が国家歳入に大きな割合を占めることになり、次第に
政府による統制の動きは見られない。1 9 9 0 年代に各企
金融政策でのインフレ抑制(輸出での獲得外貨の不胎化
業の民営化がほぼ終わり、戦略性の甚だ強い金の生産分
策=国内貨幣供給量増加速度抑制)と、不時に備えた国
野にまで外資も既にかなり入り込んでいたから、今更元
家の
“貯金”
積み立てへとその目的の重心が変わっていっ
には戻せず、せいぜいが戦略鉱区の枠で縛る程度でしか
た。
ない。
税徴収や独禁法適用以外では、基本的にロシア政府は
これらに対してガスの場合は、ガスプロムという政府
自国石油企業に自由に活動させていると言えるだろう。
が株式の過半を握る事実上の独占企業体が存在すること
これに対して、2 0 0 3 ~ 2 0 0 4 年のユーコス事件を契機
で、その国家企業としての性格を強調されることが多い。
として、国家が石油分野の支配をもくろんでいるという
だが、これも各論で見ていくと、国家企業という色彩よ
見方がある。二流の中堅石油企業に過ぎなかった国営・
りはグローバリゼーション進展中の一企業としての動き
ロスネフチ(Rosneft)がユーコスの資産を継承すること
の側面の方がむしろ強く、時として政府の政策意向に素
により、今や原油の生産量ではロシア最大の石油企業に
直には応じない場合すらあるようだ。やや誇張して言え
のし上がった結果から見ると、この見方も何となく説得
ばガスプロムは、企業主体のグローバリゼーションを追
つぶ
きん
2011.1 Vol.45 No.1 4
二つの顔を持つガスプロム
~国家と私企業の狭間で~
う新自由主義= G7 のロシアと、政府主導の経済開発・
になる。一企業の発展・拡大が、その位置する国の国益
発展が必要とされる新興国= BRICs のロシアとが、時
に寄与するという図式を理解することは難しくはない。
には互いに矛盾し合ってその経営で噴出する交錯点に当
上掲の目標値のうちでも、埋蔵量や生産量の維持や増強、
たる。ロシア経済そのものが、市場経済を前提とした上
それに市場の確保が企業として当然の行動で、かつ、そ
で、1 9 世紀以来の自由貿易主義と保護貿易主義、換言
れが同時に国家財政を通じての国家への利益ともなるこ
すれば先進国と後進国、あるいは世界市場での強者と弱
とはごくあたり前の話だろう。
者の対立概念を引きずりながら揺れ動いており、このこ
それ以外の目標をあえて分類すれば、下流部門や
とがガスプロムに純粋な企業としての立場と国家の対外
LNG への進出は比較的国家の色彩が薄く企業の経営方
戦略を担うそれとの二面性を持つことを避け難いものと
針・世界市場での競合対応の面が強く出る。これに対し
している。
て、アジア市場進出に伴う国内極東の開発への参画や国
2 0 0 1 年にガスプロムの経営陣がプーチン新大統領の
産化への協力は、私企業の利益を超えた政府の政策への
下で一斉にすげ替えられ、同社はそれまでの混沌の時代
同調、と見ることができる。
を脱け出し始める。そして、その後の数年の間に新たな
上掲には含まれないが、ガスプロムは国内でのガス価
企業目標として以下が設定されてきた。
格引き上げを政府に強く要求し続けており、この点では
① ヨーロッパ向けの輸出の維持と拡大
インフレやエネルギー価格上昇による国内諸産業の競争
② 国内・国外でのガス源の確保
力低下を危惧する政府と対立する関係にある。またウク
③ アジア市場への進出
ライナ向けガスの輸出で輸出税(3 0 %)が免除されたが、
④ 高 収益を狙う国内・国外での石油、ガスの下流部
これなどもその分の国庫歳入が減るわけだから、ガスプ
ロムと政府との利害相反の一例と言えなくもない。
門
(電力を含む)
への進出 ⑤ LNG 分野への参入とガスの高付加価値化実現
こうした実情を踏まえ、私企業としてのガスプロムの
⑥ 設 備投資に必要とされる技術と資機材の国産化促
目標である下流部門と LNG への進出、国家企業として
担わなければならない東シベリア・極東の開発を以下に
進への協力
もじ
多少詳しく見ることにする。
「ガ
1 9 5 3 年の GM 社長・ウィルソンの言葉を捩れば、
スプロムにとってよいことはロシアにとってよいこと」
4. ガスプロム-下流部門進出
フォーチュン誌による 2 0 0 9 年度世界企業ランキング
規模だ。ガスプロムの石油換算での炭化水素(石油とガ
で、ガスプロムはその税引き後利益(2 6 6 億ドル)で世界
スの合算)生産量は、メジャーや新興国の石油ガス企業
第一の企業に選ばれた。しかし、西側メジャー企業など
を大きく圧倒しているにもかかわらず、である。
の財務諸表と比較してみると、この高収益の理由はどう
生産量が多いのに売り上げが小さいとは、売り上げ単
やら各社に適用される税制の違いにあるようだ。ガスプ
価が他社に比べて安いことを意味する。そしてガスプロ
ロムはロシア国内で有数の納税者だが、世界のメジャー
ムの場合は、輸出価格(ヨーロッパでの国際価格)に比べ
はそれより多くの納税を特に法人税以外の諸税で行って
国内での販売価格を政府に規制されてはるかに安く売ら
いる。株主にとっては最大の関心事ではあっても、この
ねばならないこと、その販売が多くの場合卸売りであり、
税引き後利益は企業自身の財務政策や税制によって左右
小売り部門に進出できていない(エネルギーでの生産者
されがちである。これに対して売上高に目を向けると、
価格と小売り価格との差を享受できていない)こと、さ
ガスプロムのそれは同じランキングでも 5 0 位に過ぎな
らに加工分野への進出が不十分なことが、その売り上げ
い。これはメジャーにはもちろん、
ペトロチャイナ
(Petro
単価の安さの理由になっている。
China:中国石油天然気股份有限公司)にすら及ばない
小売りへの進出では、例えば 2 0 0 9 年でシェル(R.
5 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
D.Shell)はその石油製品販売が全売り上げの 6 3.3 %を占
(2009/73/EU ガス共通市場に関する改正指令第11条)。
め、ペトロチャイナの場合は、小売り部門のそれが売り
実際、2 0 1 0 年 1 月に一度まとまったポーランドへの
上げ全体の 7 2 %を占める、といった具合に製品の末端
ガス供給とポーランド領内パイプライン(ヤマール・パ
販売が売り上げに大きく反映されている。一方、同年の
イプライン、ガスプロムとポーランド側がほぼ折半で建
ガスプロムでは分野別売り上げ高は、ガスの生産・販売
設・運営)による通過輸送の契約改定では、EU はその
(多くが卸売り)
が全体の64%、
石油製品18%、
電力6.5%、
内容変更を要求し、2 0 1 0 年 1 0 月にこの要求を受け入れ
原油 5.9 %、他社のガス輸送 2.2 %、となっており、小売
た契約改定版がようやく再度合意となった。EU の要求
り分野が収益の柱になるという図にはなっていない(い
は、一国へのガス供給者が偏る状態を長期に続けること
ずれも各社年次報告の数値から)
。
は望ましくない、という点(契約期間の短縮要求)
と、パ
また、付加価値を高めるはずのガスの加工(具体的に
イプラインへの第三者の自由アクセスを認めよ、であっ
は化学産業への進出)が強力に推し進められているとも
た。また、2 0 1 0 年 1 1 月にロシアとブルガリアとの間で
言い難い。石油部門への進出は 2 0 0 5 年にシブネフチ
基本合意がなされた、サウスストリーム・ガスパイプラ
(Sibneft) の 買 収( 買 収 後 は ガ ス プ ロ ム ネ フ チ
インでのブルガリア内通過部分に対しても、EU はその
<Gazpromneft> と改称)により、電力分野へは 2 0 0 7 ~
政策の適用を求め始めている。
2 0 0 8 年 の 統 一 エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム(Unified Energy
だが、EU はガス市場自由化政策という点で、歴史を
System:UES)の分割民営化の際の買収により、それぞ
振り返れば自らに対してよりも他国にそれを要求するこ
れ本格的に乗り出してはいるものの、メジャー企業をモ
とから始めてしまった。それが 1 9 9 1 年に生まれた「エ
デルとするなら、事業の多様化(Diversification)はまだ
ネルギー憲章」の思想であり、これに依拠してソ連崩壊
不十分ということになる。
後の混乱に陥ったロシアに対して、エネルギー供給の安
ガスプロムの経営陣は既に 2 0 0 3 年ごろから小売りへ
定確保、ガスプロムの独占体制解体、ロシアの保有する
の進出の必要性を認識し始めていた。だが、ロシア国内
ガスパイプラインの対外開放、ロシア内ガス生産への外
で小売りに対して影響力を行使できる立場にあるとはい
資の自由な参入、などを要求した。当時はロシアも自国
え、価格そのものの上限が政府の規制で低く抑えられて
経済の急激な自由化・市場化という流れの中にいたから、
しまっているのでは、小売りでの利益拡大は当面はロシ
新生ロシア政府も EU の諸要求に近付こうとした時期も
ア領外、それもガスの小売り価格が高い先進国を標的に
あった。だが、そこにロシアの WTO 加盟問題等が加わ
しなければならないことになる。そうなれば、まずは最
り、ならばまとめて一緒に、などと言っているうちにあ
も近い先進地域であるヨーロッパが自然とその対象にな
れやこれやで時間がたってしまい、過度な市場経済化へ
る。そして、それは市場を広く押さえるという意味で、
の反動の下でプーチンが登場してからは、EU 側(ある
供給の元になるヨーロッパ内での基幹パイプラインやガ
いは消費国側の)の一方的な要求であるとロシアに受け
スの貯蔵庫の所有にも広がっていく。
止められ始めてしまった。この結果、現在に至るまでロ
この動きに棹を差すのが EU 側のアンバンドリング政
シアは「エネルギー憲章」を批准していないし、その意思
策である。1 9 9 8 年の第 1 次ガス指令に始まり、2 0 0 9 年
もないようだ。
6 月成立の第 3 次指令に至るまで、EU は域内のガス市場
ガス市場がどうあるべきかをめぐって、このように原
自由化政策の推進を標榜し、最終的に域内の生産と輸送
理原則のレベルでは EU とロシアとの間にはまだ埋めき
の分離
(アンバンドリング)
と、
それによる販売競争促進、
れない溝が存在する。ロシアは国内でガスプロムの独占
その結果として期待されるガスの価格引き下げを目指し
体制解体などは当面に限ってもあり得ない話で、EU は
ている。実際には加盟国がすべてこれに従順になってい
ロシアの対 EU 加盟国向けガス輸出や下流への進出で、
るというわけでもなく、EU の政府に当たる委員会もこ
今後も自らの政策に照らし合わせた要求を種々投げかけ
の点は頭の痛いところではあるが、少なくとも生産者が
てくるだろう。ポーランドの場合は 1 0 カ月近くを要し
輸送も兼ねる場合には、その運営で独立機関の監視を受
て何とかまとめきれたが、今後ともそうした結果で EU
けねばならなった。さらに EU 加盟国が外資受け入れに
加盟国とのパイプライン、ガス貯蔵庫、発電所などの買
当たり、その参入が EU 加盟国の安全に影響を与えると
収・所有をめぎる個別交渉の片が付くのかどうかは何と
判断されたり、その外資が生産・販売の分離を実施して
も言えないのが現状と言えよう。
ひょうぼう
いない場合には、受け入れを拒否されることもあり得る
2011.1 Vol.45 No.1 6
二つの顔を持つガスプロム
~国家と私企業の狭間で~
5. ガスプロムと LNG
世界のガス市場に向かってガスプロムも、LNG の領
LNG ビジネスが本当に高収益に結び付くのか、といっ
域に具体的に大きく乗り出そうという構想にまではよう
た疑問から、たとえ収益が期待できたとしても、ガスプ
やくたどり着いてきた。だが、さあこれから、という矢
ロムがそれに乗り出してうまくいくのか、既存のパイプ
先に、アメリカ発の非在来型ガス・ショックとでも言う
ライン・ネットワークの利益を損なう恐れはないのか、
べき事態が発生し、世界のガス市場、特にその価格が今
LNG の国産技術をどう確立するのか、などの疑問が飛
後どう変化していくかが大変読みにくくなってしまっ
び交い、社長一人の判断では容易にはまとめきれない状
た。他のプレーヤーと同様にガスプロムも世界市場に関
態だった。
する予測で大いに悩んでいる。
そうしたなかで、サンクトペテルブルクに近いフィン
天然ガスの液化は旧ソ連時代にも行われていたが、ご
ランド湾岸での生産計画は、社内の反対派の意見が推進
く小規模に過ぎず、これがそのままロシア版 LNG の生
派を制して廃案となり、ヤマール半島での計画は場所が
産と輸出につながることはなかった。
大陸国の性格から、
半島西部から東部へ移った上、主体となる企業もガスプ
陸上でのパイプライン輸送しか眼中になかった人々に
ロムからノヴァテック(Novatek:ロシア第 2 のガス生産
とって、しょせんは LNG などガス輸送の特殊形態に過
企業)に取って替わった(LNG の輸出権はガスプロムが
ぎず、王道はパイプラインに決まっている、と思い込ん
保有)
。他方で、極東大陸部での LNG 生産がガスプロム
でいたようだ。
の計画として登場する。
これを突き動かしたのは、1 9 9 0 年代半ばのヤマール
LNG であるから、これら三つの計画では全量輸出が
半島開発と、そのガスのヨーロッパ向け輸送の計画で生
前提となり、開発予定のシュトックマン・ガス田からの
じたポーランドやベラルーシとの問題だった。ロシアへ
ガスをコラ半島のテリベルカ(ムルマンスク近辺)で液化
のガス依存度を高めたくはなかったポーランドの姿勢
する計画(将来的に年産総計 3,0 0 0 万トン)や、ヤマール
は、
このソ連時代の計画の復活と実施にあたっての輸送・
半島東部での計画(同 1,5 0 0 万トン)は、LNG の仕向け地
供給条件交渉を難航させ、通過国にあたるベラルーシは
をヨーロッパや米国に置き、極東大陸部のそれはアジア・
ガス代金未払いのリスクを引き起こしていた。
その結果、
環太平洋地域を目指すことになる。
両国を迂回してヨーロッパにガスを運ぶにはどうするか
最近になってようやく、LNG の生産と輸出には正面
で、ロシアは当時としては甚だ野心的な(そして西側の
から向き合わなければならない、という点で、ガスプロ
多くの企業が眉につばした)ヤマール半島での LNG 生産
ムやロシア政府内部は(社長のミレルも含めて)何とか見
計画を考え始めるに至った。だが、西側の企業のアドバ
解を一致させたと言えるだろう。世界のガス需要量の予
イスを受けてこの案を作成したものの、1 9 9 8 年の金融
測が年々変わったとしても、LNG が世界のガス取引に
危機でヤマール半島でのガス田開発計画そのものが大幅
占める割合が、2 0 3 0 年には現在の 1/3 から 1/2 に増え、
に延期となり、一度は LNG 生産案もさたやみになって
パイプライン・ガスとほぼ同じ量になるという見方が有
しまう。
力視されている状況下では、世界最大のガス輸出国とし
ロシア経済全体の復調が見て取れるようになった
てこれ以上ぐずついている場合ではない、との思いがそ
2 0 0 2 ~ 2 0 0 3 年に、このヤマール半島での LNG 生産案
うさせたようだ。
が復活し、他方では 2 0 0 0 年代初めの米露協調路線のな
「2 0 3 0 年までの戦略」では、2 0 3 0 年でのガスの輸出予
かで生まれた米国向け LNG の生産・輸出案が、フィン
測 3,5 0 0 億~ 3,7 0 0 億 m³/ 年の 1 4 ~ 1 5 %が LNG、とし
ランド湾岸での新設計画やオフショアであるシュトック
ているから、このとおりなら年間 3,6 0 0 万~ 3,8 0 0 万ト
マン・ガス田開発に伴う計画を押し上げてきた。このこ
ンの輸出、ということになる。だが、この数字が出る前
ろになると、ガスプロムの経営陣のなかには、同社が世
には、ガスプロムの幹部から 2 0 3 0 年までに世界の LNG
界的なガスのプレーヤーになるためにも LNG に乗り出
市場の 1/4(年産 9,0 0 0 万トン?)をロシアが占める、と
すことが不可欠、と考える向きも出てきている。
いう勇ましい発言が出たり、「2 0 3 0 年までの戦略」のわ
だが、社長のミレルは 2 0 0 6 年になっても LNG の将来
ずか 1 年後に表に出始めた「2 0 3 0 年までのガス分野発展
性についてはまだ半信半疑だったようだ。社内には、
全体計画」案では、同じ 2 0 3 0 年での想定輸出量を 5,7 0 0
まゆ
7 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
万トンと書くほどだから、およそ計画が詳細でまとまっ
なところだから、この面からもガスプロムは長期契約方
ているとは思えない。
式に固執しなければならないだろう。
そして、従来のヨーロッパ向けのパイプラインガス輸
仮に供給量で何とか仕向け先を確保できたとしても、
出で使われる“Take or Pay”原則と長期売買契約をその
ガスの価格が従来の石油価格連動水準から離れて動く世
まま LNG にも応用しようと考えるガスプロムを、世界
界にどう対処できるのか。産ガス国のなかには、従来の
のガス市場はこれからの大きな変化の波として待ち受け
価格が熱量から計算して原油に比べて割安であることを
ている。
理由に、原油や石油製品価格にリンクさせる必要がない
LNG の需要が増大するにつれ、その生産者と需要家
と過去には主張する向きもあったが、それは原油価格が
の数も増え、輸送手段となる LNG 輸送船舶の数も大き
高騰した時期における話であり、2 0 0 9 年以降の原油価
く増加してきた。その結果、特定国への特殊取引と見な
格連動のガスの長期契約価格がスポット価格を上回る
されていた LNG が“コモディティー化”し始めた。特殊
ヨーロッパの状況を見れば、今それを簡単に口にするわ
な長期契約の枠内での対象物から、船腹一杯でどこへで
けにはいかなくなる。したがって当面はこれまでどおり
も出荷される原油のようなごく普通の商品に変わりはな
と主張するしかないが、2 0 0 8 年夏までの急上昇とそれ
いという理解が広まってきたのだ。このため、需要家が
以降の急落下のような激しい乱高下を引き起こした原油
必要とする時点で最も有利な価格を提示する生産者から
価格に連動すること自体が、既にガスの価格を不安定な
その都度買い付けるというスポット取引が、長期契約に
ものにしており、これは生産側だけではなく消費国側に
代わり登場する。長期契約がなければ、その条件であっ
とっても大きな問題になる。
た“Take or pay”と仕向け地制限条項も消えていく。さ
価格の不安定が昂じれば、意図的にでもそれを自分に
らに、このスポット取引は異なった LNG 生産者間の価
損がない水準で維持しようというインセンティブが、生
格競争を前提に置いているから、どの LNG も皆従来の
産側には生産者カルテル、消費側には消費国同盟を結成
ように原油や石油製品の価格に連動して横並び、ではな
させるという形で生まれる。パイプラインでのガス輸出
く、日々変化するガスの相場価格(米のヘンリー・ハブ
が主流の時代では、ロシアが“ガス OPEC”創設に向かう
や英国の NBP)
に従うことになる。
という説は、西側の一部がつくり上げた半ば政治的なプ
こうした世の中の動きに対して、ガスプロムとロシア
ロパガンダに過ぎなかった。ロシアが他の産ガス国に接
政府は長期契約に固執する考えを何度も表明している。
近したのは、ヨーロッパ市場で誰にもガスのダンピング
その最大の理由は、生産者の立場にあって長期にわたり
を始めさせないことが目的だった。だが、ガスの輸出入
売れるという保証がなくなってしまうことへの不安にあ
でスポット取引が拡大し、その形が原油取引に近くなる
ると言えよう。顧客が今日は買っても明日は買ってくれ
なら、市場に対してカルテル行為の生まれる素地ができ
るとは限らないという状況が発生してしまえば、開発条
ることになり、OPEC の存在をガスでも可能にさせる。
件が厳しいロシア国内の新規ガス田での新たな生産を目
一方消費国側では、EU で統一されたエネルギー政策が
指す動きにも力が入らなくなってしまう。売れる保証と
必要との議論は、エネルギー供給国に対するヨーロッパ
元が取れる確信が持てなければ、国家的事業と呼ばれよ
版消費国同盟の発想とその動きであるとも言えだろう。
うと動きようがなくなる。
上述が比較的中長期の市場の流れと課題だとすれば、
そして、それは国内の地域開発計画にも大きな支障を
足元ではガスプロムを支えるヨーロッパ向けの輸出で問
来たすことになる。このガスプロムの懸念と、そこから
題が生じ始めており、これに中長期の課題も絡み合って
生じる生産者・消費者間の需給相互保証の考え方は、
くる。
2 0 0 8 年までのガス価格高騰の時代には、強気に走る資
2 0 0 8 年 9 月のリーマンショックで深刻化した国際金
源国への安定供給維持要求という逆の観点から需要国側
融危機は、実体経済での世界経済不況へ進み、その危機
にも共有されつつあった。
と不況の影響を世界で最も強く受けたヨーロッパでのガ
また、長期契約がなくなる場合には、それに取って替
スの需要を引き下げた(BP 統計から計算すると、2 0 0 9
わる担保がなければ、パイプラインでも LNG プラント
年のヨーロッパ 2 5 カ国とトルコのガス需要は前年比で
でも、建設に必要とされる資金の金融機関からの調達も
6.3 %減少)
。このため、ガスプロムのヨーロッパ向け長
簡単にはいかなくなる。ガスプロムが西側のメジャーと
期契約(トルコを含む)での輸出も 2 0 0 9 年には対前年度
同じだけの信用を金融界で得られているかどうかは微妙
比で 1 2 %減少した。ヨーロッパのなかでも、ガスの需
こう
2011.1 Vol.45 No.1 8
二つの顔を持つガスプロム
~国家と私企業の狭間で~
要の伸びが著しかったスペインとイタリアでは金融危機
た形を、ガスプロムは認めざるを得ない立場に追い込ま
と不況の影響が他に比べて大きく、その結果この 2 カ国
れつつある。その状況がさらに強まるかどうかは、ヨー
だけで 2 0 0 9 年には 1 0 2 億 m³ の需要が減少した。これ
ロッパでの需要そのものの回復速度と、米国の非在来型
ら 2 カ国の需要回復が遅れるだけで、EU 全体のガスの
ガスの動向、すなわち米国の LNG 輸入の今後の見通し、
需要の伸びは 2 0 0 8 年以前にはなかなか戻れないことに
そして、それらに起因する世界各地の新たな LNG 生産
なる。現状ではそれは 2 0 1 5 年あたりまで待たねばなら
計画の実現がどれだけ後回しにされるか、といった要素
ないという見方が有力であるようだ。
に依存することになる。
長期契約での“Take or pay”条項に従えば、買い手の
これらの事象を正確に占うことは誰にとっても不可能
引き取り不履行が発生した場合にその分の代金支払い義
に近い。非在来型ガスの今後についてガスプロムは、ガ
務が生じるが、それを何とか勘弁してくれとのヨーロッ
ス価格が下がればその生産も停滞せざるを得なくなり、
パの買い手からの要望にガスプロムも全く知らぬ顔はで
したがってその影響が長期に及ぶことはないとしてい
きなくなってきている。
る。しかし、同社がこれまでに米国で非在来型ガスの開
2 0 1 0 年に入ってガスの需要量は徐々に回復しつつあ
発コストが大幅に下がってきた技術的要因を十分に把握
る。だが、ガスプロムにとって深刻な問題はヨーロッパ
しているとは思えない。であるなら、これからの技術革
市場でのガスの価格低下面でも生じている。ガスの価格
新についてどのような見通しと自信を持った見解を述べ
が下がったのは、それがリンクする先の原油価格の下落
ることができるのだろうか。そして、だから恐らくガス
だけが理由ではない。米国での非在来型ガスの生産拡大
プロムも、その輸出と生産への長期政策を簡単に決める
が米国への LNG 輸入需要を減少させ、それが玉突き式
ことができずにいる。
に米国市場をあてにしていた LNG をヨーロッパ市場や
ヨーロッパ向けのパイプラインガスの輸出の先行きが
アジア市場に向かわせ、そこでのスポット取引価格の下
不透明なら、それを補う新たな輸出先の開拓が求められ、
落を招いている。
ガスプロムにとって LNG はその有効な手段になっても
米国の非在来型ガス生産は、2 0 0 4 年で既に同国のガ
おかしくはない。だが、世界のガス市場が変動するなか
スの生産全体の 4 1 %を占めるに至っていた。しかし、
で、スポット取引とガス独自の市場価格形成の流れにど
国内市場でのガスの価格が一定の水準を超えないと非在
う対処するかという顧客対応の問題で、まだ従来の方式
来型ガスは競争力がないとされており、最近までそれが
(長期契約、原油・製品リンクの価格、Take or Pay 条項)
今日のように世界のガス市場の構図を変えてしまうとは
を超える方針は打ち出せていない。
誰も予想していなかった。その国内ガス市場価格が
また、LNG の生産を急げば、その生産や輸送での技
2 0 0 6 ~ 2 0 0 7 年で年平均 6 ドル /MMBtu を超え、また
術とハードウェアを全面的に西側に依存しなければなら
急速な技術進歩で非在来型ガスの生産コストが大幅に下
ないという悩みを抱える。生産や輸送での技術の移転に、
がった。
そうした状況に2008年になって皆が気付き始め、
メジャーをはじめとする西側の企業がそう簡単に応じて
騒ぎが始まったわけである。
はくれないかもしれない。それを拒否してあえて国産へ
スポット取引の価格がどうであれ、ガスプロムが締結
の道に単独で挑んでも、技術面での信頼度が国際的に認
している長期契約では価格の算定公式
(フォーミュラ)が
知されるまでは、でき上がったメイド・イン・ロシアの
決められているのだから、本来は無関係であるはずなの
プラントからの LNG を長期で引き取ろうとする顧客が
だ。しかし、ドイツの顧客から長期契約ベースとスポッ
出てくる保証はない。外資を引き込めば、生産される
トベースとの価格差があまりに大き過ぎるとの苦情をま
LNG を 1 0 0 %ロシアだけで支配するわけにはいかなくな
ず持ち込まれ、これに押されて 2 0 1 0 年 2 月に従来の契
るだろうし、その外資が出資の条件としてガス源での取
約規定を変更せざるを得なくなった(最低引き取り量を
り分も要求するなら、大型ガス田や洋上開発への外資参
超えた分はスポット取引の価格を適用する)
。その後他
入を制約している「戦略鉱区」の思想の変更を余儀なくさ
の数カ国からも同じような条件を要求され、のまざるを
れる可能性すら出てくる。
得なくなったと報じられる。
一方、「近代化」の名の下で国産化を実現し、他方で外
こうしたことで長期契約でのガス価格が一気に原油・
資に頼りながら LNG 生産開始を急ぐというアクロバッ
石油製品への連動から外れるとは思えないが、価格の公
トをガスプロムは演じていかなければならないようだ。
式の一部にスポット取引の価格変動を組み入れるといっ
9 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
6. ガスプロムとロシアの東シベリア・極東開発
東シベリア・極東の開発で、ガスプロムが国家目標に
もくろむことになる。そこには全国で進めている「ガス
付き合わされていると述べた。その国家目標とは、これ
化」(Gasification)も含まれている。だが、こうした政
らの地域の経済発展達成であり、それへのガス産業の貢
府主導の動きが開発の合理性を経済的に正当化するもの
献も求められている。
なのかは、実のところまだ不明としか言いようがない。
地域経済の発展は一国の施策としてあたり前に過ぎる
資源開発とその極東地域太平洋岸への輸送・輸出計画
ものだが、東シベリア・極東では、その広大な版図に比
は、トランスネフチ(Transneft)による原油輸送計画か
べた過少人口がまともな経済発展を阻み、政治・外交面
ら始まり、政府がこれを追認するとともに、2 0 0 3 年に
ではその過少人口地域が、人口大国でもあり今や経済大
ガスの分野でもガスプロムが極東の経略を政府から命じ
国としてものし上がってきた中国と接するという問題を
られることになった。恐らく当時は、既に開発計画が進
抱えている。旭日の勢いの他国と国境を接しながらこれ
められていたサハリンでのガスの生産に対するロシア側
だけの後進過疎地域をそこに抱えてしまっては、それ自
の対応が政府の主眼だったと思われるが、その後さらに
体が国の安全保障の問題にもなってくる。そして、ヨー
大陸部でのガスの開発生産と輸送の計画も練り上げねば
ロッパに比べはるかに高い経済成長を示す環太平洋諸国
ならなくなった。
との経済関係強化という、新たなロシアにとっての「国
この計画策定に多大な時間がかかってしまい、エネル
益」
追求が、これに加えられてきた。
ギー全体での「2 0 3 0 年までの戦略」策定の足を引っ張っ
帝政ロシアからソ連時代を通じて、極東の意味合いは
たことは既に触れたとおりである。
第 1 に軍事に置かれ、その経済発展への展望は、地下資
この計画が決めねばならなかった主要点は以下とな
源採取や林業を除きほとんど考慮されてこなかった。そ
る。
の結果、ロシアの中心部の欧露地域からは遠く離れ、過
・ 東シベリア・極東でのガスの国内供給
少人口で独立した市場・経済圏もつくれずで、それに資
・ 開発対象新規ガス田
源の搬出に必要な輸送インフラもないとなれば、地域経
・ 輸出の仕向け先とその手段
(パイプラインかLNGか)
きょくじつ
済の発展など望むべくもない。地域経済の窮乏化といま
だに止まらない人口流出が残るだけである。
純粋に民間企業ベースでこれらを検討したなら、その
こうした状況に対して、ソ連崩壊前後から 2 0 0 0 年代
結果としてどれだけの採算性が見込め、全部やるのか一
前半にかけて何度か政府主導の極東開発計画が書かれた
部にするのか(あるいは全くやめてしまうか)の判断が下
のだが、連邦政府の財政難でどれも画餅に帰している。
されねばならないところだが、話は国策にのっとったも
これは資金がなかったことだけが理由ではない。極東の
のである。ガスプロムの一存でどれかを投げ出すことは、
経済を振興させるにはどのような産業を持ってくればよ
どうも許されてはいないようだ。不承不承でも乗り出せ
いのかが、誰にも分からなかったのだ。
たのは、2 0 0 3 年からの原油とガスの国際市場価格上昇
その後今日まで東シベリア・極東の開発は、東シベリ
に助けられた面が大きい。これを前提とした輸出を採算
アの資源開発と、その極東地域太平洋岸への輸送・輸出
ベースに組み込めなかったならば、こうした計画はとう
計画が背骨になり、これに 2 0 0 7 年 1 1 月に政府が承認し
の昔に暗礁に乗り上げていただろう。
た「2 0 1 3 年までの極東ザバイカル経済発展プログラム」
加えてリーマンショック以後のヨーロッパのガス需要
の下でのインフラ投資計画
(道路・発電設備建設)が加わ
回復があまり思わしくないことから、企業として生き残
るという形で進められるに至っている。後者は小田原評
るにはアジア市場への進出がもはや避けられないとい
定が続く政府内部の議論に、2 0 0 6 年 1 2 月開催の国家安
う、長期的な企業戦略とも言うべき考え方がガスプロム
全保障会議でプーチン大統領が終止符を打つことでよう
内でも出てきているようだ。これは恐らく企業ベースで
やく実施の運びとなった。このままでは極東はロシア全
の考えにとどまらず、ヨーロッパに比べればはるかにダ
体の安全を脅かす環になってしまう、との結論が出され
イナミックな成長を続けている中国や他のアジア諸国と
た か ら で あ る。 さ ら に プ ー チ ン 大 統 領 は 2 0 1 2 年 の
の関係強化全般が、政府も目標として共有し後押するか
APEC 首脳会議の場をウラジオストクに招聘することに
らだろう。
成功し、それを起爆剤に極東の都市インフラの再整備も
以下で上述の主要点を少し詳しく見てみる。
2011.1 Vol.45 No.1 10
二つの顔を持つガスプロム
~国家と私企業の狭間で~
5
1
6
2
4
TO ASIA-PACIFIC
3
TO CHINA
TO CHINA
KAZAKHSTAN
CHINA
TO KOREA AND
ASIA-PACIFIC
TO CHINA
MONGOLIA
CHINA
JAPAN
DPRK
① Yurubcheno-Tokhomskoye
Reservees:700 billion m3
④ Chayandinskoye
Reservees:1,240 billion m3
② Sobinsko-Paiginskoye
Reservees:170 billion m3
⑤ Sakhalin I–II
Reservees:900 billion m3
③ Kovyktinskoye
Reservees:2,000 billion m3
⑥ Sakhalin's offshore
Prospects
Gas pipelines in operation
Pipeline gas deliveries
Gas pipelines under construction
Projected gas processing plants
and gas-chemical facilities
出所:Gazprom Website http://www.gazprom.com/f/posts/69/808097/map_4_31_new_eng.jpg
図
東シベリア・極東のガス開発・輸送計画
① 国内供給
短期となると様相が異なってくる。2 0 1 2 年にウラジオ
国策の目標が国内地域経済の発展にあるならば、本来
ストクで開催される APEC 首脳会議に間に合わせるよ
はこの国内供給が最も重要な事項にならなければならな
う、同地へのガスの供給を始めねばならない。クリー
い。だが、東シベリア・極東での過少人口は大規模な需
ンな街で国際会議を、である。当面のガス源はサハリ
要を予想させず、この国内需要を満たすためだけが目的
ンしかない。そのためのサハリン~ウラジオストクの
なら、どんな民間企業も新たな大型ガス田開発等に手を
ガスパイプライン(延長 1,8 3 0km、第 1 期 1,3 5 0km)建設
出すことはできまい。したがって、新規開発・輸送の建
は2009年7月に着工され、2010年11月には既に1,000km
設・操業コストを賄うためにガスの捌け口となる大型の
の敷 設 が完了したと報じられる。これは中長期的に、
輸出を考えねばならず、他方でできるだけこの地域での
サハリン- 3 とチャヤンダからのガスをパイプラインで
需要を増やすために、ガスの大量加工先
(ガス化学)の新
ハバロフスクまで運び、そこで合流させてウラジオス
規建設を加えなければならない。後者は輸出の付加価値
トクへ南下させる案の一環である。
を資源の加工で高めるという政府の課題に支えられ、極
しかし、サハリン- 3 の開発・生産は、どう急いだと
東を単なる資源の通過場所にとどめてしまう事態を避け
ころで 2 0 1 2 年には間に合わない。そうなると別のつな
るためにも必要とされる。
ぎのガスを手当てせねばならないが、サハリン- 2 は長
は
ふ せつ
期契約での LNG 輸出に向けられその余裕はない。そう
[供給量]
ならば可能性はサハリン- 1 のガスにしか残らなくなる
こうしたことから、国内供給での中長期的な量的目
が、目下のところエクソンモービル(ExxonMobil)他の
標達成はガスプロムの側では困難な話ではない。だが、
事業株主がそう簡単に安い価格で売ってくれる気配は見
11 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
えず、また仮に今合意したとしてもガスを出せるのは 5
時限措置とはいえ税の優遇策(資源採取税と輸出税の大
~ 6 年先、とエクソンモービルは述べている。極東では
幅軽減)が実施されている。だが、政府(財務省)もそう
従来石油企業のロスネフチがサハリンでガスの生産を
簡単には引き下がらない。極東への補償措置を認めたと
行っており、これが大陸部のハバロフスク近辺までパイ
しても、他方で石油産業に比べ負担が軽過ぎると批判さ
プラインで供給されてきた。サハリン- 1 との話がまと
れてきたガスプロムへの資源採取税の引き上げを実施す
まらねば、短期的にでもこのロスネフチの供給分を無理
ることで、どうやら帳尻を合わせようとしているようだ。
やりウラジオストク方面に切り替えて持ってくることも
年間輸送能力 3 0 0 億 m³ のサハリン~ウラジオストク
考えねばならないかもしれない。
のガスパイプラインは、APEC 首脳会議が終わっても数
年間は低稼働を余儀なくされる。その間の明らかなパイ
[供給価格]
次に極東でのガスの販売価格が問題になる。ロシア国
プライン操業の赤字をどう埋め合わせるかも、そのなか
で併せて解決されなければならない。
内でのガスの販売価格(自然独占法に基づく政府の認可
対象)が輸出価格(ヨーロッパ市場の価格)に比べて低過
[ガスの加工]
ぎる(1/4 ~ 1/5)ことは、EU などから補助金行政とし
国策の極東開発の目指すところも、究極では高度な加
て批判を受けると同時に、ガスプロム自身の不満のタネ
工業や製造業を基幹産業とする「近代化」の姿に合致しな
でもあった。これがガスプロムの売り上げ規模を押し下
ければならない、とロシアの為政者は認識している。そ
げている要因であることは既に述べたとおりで、市場経
の期待する製造業へのロシア企業による民間投資は、国
済派の経済官僚も国内ガス市場の自由化を前提としてそ
際金融危機の煽りを受けて出足が大きく鈍ってしまった
の点は認めざるを得まい。ただ急激な国内価格の引き上
が、ガスでも、単にパイプラインガスや LNG で輸出す
げはインフレを加速してしまうことから、2 0 1 2 年に国
るのみならず、一部を加工して肥料などの化学製品に変
内価格が実質的に輸出価格に等しくなるよう徐々に引き
えた上で輸出しようという計画が進められる。具体的に
上げていくことで合意が成り立っていた。国際金融危機
は、ハバロフスクと沿海州でガスを原料とした化学コン
の影響でこの実施は恐らく数年先延ばしになるものと見
ビナート(肥料やメタノールなど)を建設する案である。
られてはいるものの、その方向性そのものは否定されて
ヨーロッパの化学企業の助けを借りて予備調査を行
はいない。
い、F/S 作成のテンダーも行われたが、建設が進んだと
では引き上げるとして、極東ではどのような価格が設
してもそこから出てくる製品をどう販売していくのかの
定できるのか。欧露地域でのガスの販売は主にソ連時代
姿はいまだに見えず、F/S の結果を待つしかない。既に
に開発されたガス田から、同じくソ連時代に建設された
市場で活躍している日本、韓国、中国、台湾や、安価な
パイプラインを通して行われている。つまり新規投資コ
石化原料を武器に東アジア地域にも製品を出してくる中
ストの負担は既に存在する生産・輸送体系のなかでは相
東といったプレーヤーと化学製品の販売競争を行い、そ
対的に低くて済むが、極東の場合はすべてが新規投資で
れに打ち勝つには最新の技術導入はもとより、原料価格
あり、かつ欧露地域とはつながらない独立の生産・輸送
が安くなければならない。だが、2,0 0 0km、あるいはそ
システムになることから、その減価償却負担は本来なら
れを超える距離を輸送せねばならないガス源からの原料
全部東シベリア・極東内で行われねばならなくなる。
で果たしてこれが実現できるのか、疑問は容易にぬぐえ
しかし、経済後進地域の極東でこうした償却負担分ま
ない。
で上乗せしてガスの価格を引き上げてしまったら、需要
家が果たして払い切れるのか、という問題が避けられな
② 開発対象新規ガス田
くなる。政府高官の口からは、欧露地域での平均価格を
ガスプロムの計画によれば、東シベリア・極東での新
下回る 5 0 ドル /1,0 0 0m³(家庭用では現在ハバロフスク
規開発対象ガス田として 4 カ所が挙げられる(図参照)。
地区で 4 0 ドル強)
という数字も出始めている。
だが、そのなかで Yurubcheno-Tokhomskoye はロスネ
ではどうするか、で政府とガスプロムはせめぎ合って
フチが油田として開発することになっており(随伴ガス
いる。経済原則で物事が進まず安値でガスを売らねばな
をガスプロムのパイプラインで中国へ輸出する案が報じ
らないなら、
その分は政府が何らかの形で補償すべきだ、
られる)、また Kovyktinskoye はガスプロムが現在の開
とガスプロムは主張する。これは確かに理がある言い分
発権者(RUSIA Petroleum)より開発権を取得する話が
だ。原油の生産でも東シベリア・極東でのそれに対して
数年前から始まっているが、なぜかいまだに合意に達し
2011.1 Vol.45 No.1 12
二つの顔を持つガスプロム
~国家と私企業の狭間で~
ていないし、合意してもガスは西方に向けて送り出され
ない中国は、ロシアが要求するヨーロッパ向け並みの価
るという見方もある。残る 2 カ所でガスプロムが太平洋
格(3 0 0 ドル /1,0 0 0m³ 以上)を何とか中央アジアからの
岸に向けてガスを出荷することで開発計画が進められて
買い付け価格(2 0 0 ドル前後)まで引き下げさせようとし
いるのは、今のところ Chayandinskoye のみである。
ているようだ。中国政府自身が、自国のガスの需要量と
この Chayandinskoye の開発・生産に際して、ガスが
購買力がどの程度急速にこれから増加していくのかを測
含有するヘリウムの処理をどうするのかという問題があ
りかねているからでもあろう。しかしロシアも、ここで
る。現在は世界市場の過半を米国産のヘリウムが占めて
安易に安値に合意してしまったら、他のアジア諸国への
いるが、やがてこれが枯渇すればそれにロシアが取って
LNG 売り込みで有利な立場を維持できなくなる恐れが
替わるという意図をロシア政府(ヘリウムの処分はガス
あるから簡単に妥協はできない。また、Take or Pay 条
プロムではなく政府にその判断権がある模様)は持って
項での最低引き取り義務を、契約量の 4 1 %までしか受
いると言われる。このためこのヘリウムをガス田、ある
けないと中国が主張しているやの報道もあり、そのとお
いは太平洋岸のどちらで分離精製するのが技術的・経済
りなら基本条件での合意は未だし、となる。
的に有利なのかをめぐり、
内部の検討が続けられている。
中国が本当に真剣にロシアからのガス輸入を考えてい
Chayandinskoye ガス田は戦略鉱区に該当し、したがっ
るのか、と疑問を呈する向きもある。もし真剣なら、原
てその鉱区権を外資とシェアする考えはこれまでは見ら
油の場合と同じように合意の形はあり得るはず、という
れなかった。だが、そのガスの仕向け先次第では、買い
のがその疑問の理由のようだが、中国にはロシアにガス
手になる国が開発にさまざまな形で参加する可能性は残
を依存することへの警戒感もあるだろうし、またロシア
されているものと思われる。最近では、中国や韓国の企
がどこまで本気かと中国が疑いを持っていてもおかしく
業の参加を口にするガスプロム幹部も登場しているよう
はない。2 0 1 0 年 8 月にガスプロムは、2 0 1 5 ~ 2 0 1 8 年
だ。生産開始予定は 2 0 1 6 年に設定され、このガス田か
からの対中輸出をアルタイ・パイプライン(2,7 0 0km)で
らハバロフスクまで敷設される予定のガスパイプライン
始めることを「2 0 3 0 年までのガス分野発展全体計画」案
は、その一部で既に建設作業が始められたようだ。
のなかで打ち出した。この西回り案は、数年前に経済合
いま
理性が得られないという議論が既にロシア側内部で一度
③ 輸出の仕向け先とその手段
(パイプラインか LNG か)
出された代物である。今になってこの案が突然また蒸し
輸出では中国や韓国へ向けてのパイプライン敷設と
返されたとなれば、中国側もその理由や根拠の確実性に
LNG の双方が考えられているが、そのいずれに重きを
戸惑うだろう。
置くか、あるいはそのいずれかだけにするのか、でまだ
経済発展が著しい中国を初めからガスの販売先から外
ガスプロムの判断は揺れているようだ。中国への輸出の
して考えるという選択肢は、ガスプロムにもロシア政府
目処が価格問題でまだ立たず、アジア・太平洋地域での
にも恐らくない。だが、具体的にどれだけの量をどのよ
LNG 市場が今後どのように変わっていくかも見定まら
うな価格で、となると、ヨーロッパ向けの需要予測や国
ないからである。
内の開発・生産の計画とそのコストをにらみ、中国が輸
中 国 へ の 輸 出 構 想 は、1 9 9 0 年 代 後 半 か ら
入している LNG 価格や中央アジアからのガスの価格が
Kovyktinskoye やサハリン- 1 のガス事業を民間ベース
今後どうなるかを考えて出方を決めなければならない。
で行う形が進められていたが、いずれもガスプロムの介
2 0 0 0 年代前半に表に出てきた東シベリア・極東の大
入で頓挫し、現在の段階は 2 0 0 6 年 3 月に、プーチン大
陸部でのガスの生産や輸送の諸計画案では、中国へのパ
統領が北京で江沢民国家主席
(当時)
と合意したことに始
イプラインガスの輸出の他に、韓国へのパイプラインで
まる。この時点では西回りと東回りの二つの経路でロシ
の輸出も構想されていたが、LNG という案は見当たら
アからの対中ガス輸出を行うことが提起され、前者は西
なかった。極東での LNG の生産構想は 1 9 9 0 年代の末に
シベリアのガスをモンゴル西方の露中国境を通じ(アル
一度 Chayandinskoye のガスを太平洋岸に運んで行うと
タイ・パイプライン)
、後者はサハリンからのガスを沿
いう形で検討されたが、当時の世界のガス・LNG の価
海州経由で中国と韓国へ送る案だった。
格(原油価格が 1 0 ドル台)の下では非経済的と判断され、
だが、その後輸出条件で肝心の価格が中国と交渉を何
廃案になっている。LNG が再度検討されたのはどうや
度重ねても一向にまとまらない。現状では 2 0 1 1 年半ば
らまず 2 0 0 6 年で、De-Kastri でサハリン- 1 のガスを液
までには合意するとされているが、原油の場合と異なり
化する案だった。そして 2 0 0 8 年にはウラジオストクで
今すぐガスがどうしても必要という状況に置かれてはい
LNG を生産する案が浮上する。いずれもサハリンから
13 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
のガスが供給源もしくはその一つとなる。
のコストを考えると、それらを吸収できるだけの LNG
サハリンでは現在既にサハリン- 2 の LNG プラント
市場価格(最低でも 5 ~ 6 ドル /MMBtu との見解あり)
が
が稼働しており、同じ島内のガスを使って LNG の増産
存在しなければ経済性が成り立たなくなる懸念が残る。
を行うのなら、島内でそれを行うことが経済的には合理
LNG に限らず、ロシアの資源生産計画全般を眺める
的 な 選 択 と な る。 だ が 恐 ら く、 初 め に あ っ た の は
と、世界の需要構造がどう変わっていくか、といった市
Chayandinskoye などの大陸部でのガスの生産・輸出計
場解析よりも、そこにガス田があるから開発するという
画であり、その策定の段階でサハリンからのガスが引き
ソ連時代の習い性がまだ残されているように見える。ま
寄せられてしまったのが実情だろう。地図相手のグラン
ず、モノありき、である。それは資源の世界ではあたり
ドデザイン作成の結果である。
前のように聞こえても、十分条件ではない。それに国内
しかし、仮にウラジオストクで LNG 生産を行うとな
の地域開発が結び付き、何とか強引にでもとなると、経
れば、世界でも例がない原料ガスの長距離輸送に依存す
済性の面で無理が出ることは避けられないのではなかろ
ることになり、その輸送インフラ建設や輸送そのもので
うか。
執筆者紹介
酒井 明司(さかい さとし)
1973 年、一橋大学卒業。
三菱商事(株)業務部、化学プラント部を経てモスクワ駐在事務所に勤務。現在、同社業務部でロシア・CIS の市場分析等に従事。
趣味は、ウォーキングと読書。
ちょうかん
最近、念願の中国のエネルギー事情の分析に着手。長期計画ながらこれを成就し、ロシア・CIS を含めたユーラシア全体を鳥瞰すべ
くワーク中。
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