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JCMA『しこく』 No.91 2013.7 - 四国地方整備局
日本初の既設ダム大規模堤体切削を伴う洪水吐新設工事 ~長安口ダム改造事業~ 四国地方整備局 那賀川河川事務所 1.はじめに 予備放流により確保するダムです。 長安口ダムは、一級河川那賀川上流に位置し、洪水 改造事業の目的の1つめの治水面では、予備放流水 調節・発電・かんがいを目的とした那賀川水系唯一の 位を1m下げることで、洪水調節容量を増量し、洪水 多目的ダムで、昭和31年に徳島県により建設された重 調節機能を向上させます。増量した洪水調節容量を適 力式コンクリートダムです。 正に活用するため1m下げた予備放流水位を洪水調節 下流には、那賀川平野が広がり、県内2番目の人口 開始流量(現行2 , 500㎥/sを3 , 600㎥/sに変更)まで維 を擁する阿南市が位置しており、木材産業や農業が盛 持できるよう新たな洪水吐を設置し、河川整備計画目 んで、近年では化学製品や電子機器の企業が進出して 標流量である基準地点古庄における戦後最大流量(昭 います。 和25年ジェーン台風)規模に相当する9 , 000㎥/sに対 那賀川流域は、年間降水量3 , 000㎜を超える日本有 して、500㎥/sをダムにより調節します。なお、局所 数の多雨地帯であり、流域では度重なる洪水による浸 的な集中豪雨や洪水の初期対応に活用するため、治水 水被害が発生する一方、平成7年以降ほぼ毎年取水制 容量として190万㎥の容量を確保します。 限が実施されるなど渇水被害も頻発しています。那賀 2つめの利水面では、ダム貯水池上流の堆積土砂を 川におけるこのような状況を解消するため、平成19年 除去して容量の減少を防止するとともに、容量の使い 4月から長安口ダムの管理を徳島県より国土交通省に 方を変更[現在の底水容量の一部と発電容量を下流の 移管し、那賀川の治水・利水機能の向上、環境改善を 既得用水の補給や魚類の生育生息等流水の正常な機能 図ることを目的にダム改造事業に着手しました。 の維持に必要な流量を確保するための容量とし、発電 以下に、長安口ダム改造事業の概要を報告いたしま は、流水の正常な機能の維持に必要な流量を補給する す。 際に合わせて発電する従属発電とするよう変更]する ことにより利水安全度を向上させます。 3つめの環境面では、選択取水設備を新設し、ダム 湖内の清澄水を放流することにより洪水後の濁水長期 化を低減させ、水環境の改善を図ります。 図-1 那賀川流域図 2.長安口ダムの改造事業の目的 長安口ダムは、通常時は利水のために水を貯めてい ますが、出水が予測されたときには、洪水前にあらか じめ放流し、洪水を貯める容量を確保する予備放流方 式を採用しており、全国で唯一の洪水調節容量全量を 図-2 長安口ダム改造事業概要図 理模型実験を行い、放流能力を確認することにより決 定しています。 約30mの既設ダムの大規模堤体切削は日本初の工事 です。堤体切削に伴う既設堤体の安定性の検討を実施 した結果、堤体下流部にコンクリートを増厚し、2箇 所の堤体切削部の上端にストラットと呼ばれる突っ張 り棒のようなものを設置することにより、安定性を確 図-3 容量配分の変更 保することとしています。 新設するクレストゲートは、高さが約30mの大きな 3.新設洪水吐の概要 可動式ゲート(ローラーゲート)が必要になりますが、 本改造事業においては、既設洪水吐6門の右岸山側 ゲートが大きくなると重量も増し、門柱が高くなるこ の既設堤体に高さ約30mという大規模な切削を行い、 とでコストが増大します。そこで、放流時の水面形状 幅10m×高さ19 . 6m、幅10m×高さ20 . 5mのクレスト を考慮し、影響のない範囲を固定式とし、可動式ゲー ゲート2門を新設します。 トの高さを抑えた合理化形状としています。また、可 新設する洪水吐の配置、規模については、改造後の ダムが1m低くした予備放流水位における河川整備基 本方針時の洪水調節開始流量5 , 000㎥/s、新たに設定 したダム設計洪水流量9 , 200㎥/sに対応するため、水 図-4 上流面図 図-5 上流面図 (堤体切削箇所の拡大図) 写真-1 水理模型実験の様子 図-6 断面図 (堤体切削箇所) 図-7 主ゲート設備の合理化形状 動ゲートの高さが約20mと高いため、扉体を一枚構造 とすると溶接によるひずみの影響や水圧荷重による扉 体の不均一な変形により水密不良が生じる恐れがあり ます。このため分割構造とし、扉体の輸送、据付時の 施工性、経済性を考慮して扉体を3段に分割して連結 する構造としています。 4.減勢工改造の概要 長安口ダムでは、洪水吐新設による放流能力の向上 に伴い、減勢工の改造を行うこととしています。また、 新設洪水吐から減勢工に流水を安全に流下させるため、 図-8 平面図 導流壁を設置します。 減勢工の壁高は、計画最大放流量 (7 , 400㎥/s)流下 時の最高水位とダム設計洪水流量 (9 , 200㎥/s)流下時 なり、不安定かつ不経済な構造になります。そこで、 の平均水位のうち高い方の水位をカバーするように決 壁高についてはダム設計洪水流量の平均水位をカバー 定するのが一般的です。しかし、長安口ダムにおいて する高さとし、これを超える放流水については、擁壁 は、計画最大放流量流下時の最高水位をカバーする高 を越流させる構造とすることで壁高を低く抑えた構造 さにした場合、壁高が40mを越え、前例のない規模と としています。 験施工を行う事で配合、強度の確認を行い、仕様を決 定することとしています。 4.施工手順 那賀川では渇水が頻繁に発生していることから、改 造事業中も現在と同様の運用を行いながら工事を実施 する必要があり、通常の貯水位を維持したままで施工 を行います。 このため、洪水吐の新設箇所の流水遮断を行った上 で、堤体を大規模に切削する必要があることから、新 設する洪水吐の予備ゲートを先行して製作し、仮締切 として活用して施工する計画としています。 予備ゲート設置の前に、まず堤体上流面に予備ゲー トの土台となる鋼製の底部架台を設置します。底部架 図-9 減勢工の壁高を抑えた合理化形状 台は工事完了後も予備ゲートを支える必要があり、耐 久性、水密性が要求される永久構造物であり、高い精 度が要求されます。また、最大で30m以上の水深で施 工を行う必要があることから、高い技術力が要求され る工事です。 底部架台設置後は、底部架台上に仮締切設備を設置 し、その中で予備ゲートを設置するためのピアを気中 施工します。ピア設置後、仮締切設備を撤去して予備 図-10 減勢工縦断図 ゲートを設置する計画です。 また、減勢工の施工は、非出水期に行うこととして いますが、既往実績より一定規模の出水が想定されて 減勢工の設計 (壁高) については、新設洪水吐と同様、 いることから、安全な施工が求められます。出水期は 水理模型実験を行い決定していますが、施工計画につ いても、施工期間が非出水期のみに限られ、複数年に わたって施工する必要があり、施工途中段階において 出水期を迎えることになります。このため、ダムから の放流による下流河道の流下状況を水理模型実験で確 認し、施工順序を検討しています。 減勢工側壁背面については、越水による埋め戻し部 分の洗掘等に対応するため、土砂ではなく CSG を使 用 す る こ と と し て い ま す。CSG と は、 「Cemented Sand and Gravel」 の略で、砂利等にセメントと水を練 り混ぜ、固めたものです。コンクリートに比べて強度 が劣る反面、骨材 (砂利) の選別、粒度調整、洗浄が必 要なく、手近で得られる材料(長安口ダム上流の堆積 土砂)をそのまま使用できます。そのため、これらに 必要な機械設備が少なくて済み、製造単価を抑えるこ とができます。ただし、堆積土砂を活用することから、 粒径、単位水量が変動するため、本施工に先立って試 図-11 工事の実施フロー な切削を行い、洪水吐を新設するという工事は日本初 です。 今後、環境の保全、工事の安全に十分に配慮しつつ コスト縮減に努めるとともに、先進的な技術の蓄積を 行いながら着実に事業を推進してまいります。本改造 事業で蓄積される新たな知見が今後のダム再開発に活 用されることを期待しています。 図-12 底部架台の施工 図-13 新設洪水吐の施工手順 施工ができないことから、万が一、出水により工事の 進捗に影響があると大幅な工期延期にもつながる可能 性があり、計画通りの着実な施工が求められます。 5.おわりに 長安口ダム改造事業における本体工事は平成24年度 より予備ゲート設備の設置工事に着手し、平成30年度 に改造事業全体の完成を目指して工事を進めていると ころです。平成25年1月には、ダム貯水池内仮設構台 にて起工式を開催しました。現在は下流右岸仮設構台 の設置が完了し、今後、底部架台の設置に着手します。 既設ダムの再開発事業はこれまでにも数々の実施例が あり、貯水池を通常どおり運用しながら実施する事例 はありますが、長安口ダムのように既設堤体に大規模 図-14 改造事業イメージ図