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「小城鎮」重視の中国都市化政策

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「小城鎮」重視の中国都市化政策
みずほインサイト
アジア
2014 年 2 月 6 日
「小城鎮」重視の中国都市化政策
アジア調査部中国室研究員
狙いは農村地域の所得向上や生活改善
03-3591-1384
劉家敏
[email protected]
○ 中国政府が本格実施の構えをみせている新たな都市化政策では、工商業が比較的発達した農村地域
の末端行政区画である「建制鎮」を中心とする「小城鎮」の発展が重視される予定
○ 現地に合った多様な発展モデルの採用、「小城鎮」内での都市・農村戸籍の統合とそれによる域内
住民への公共サービス提供上の差別解消などを通じて、農村地域の所得向上や生活改善を図る方針
○ ただし、その実現のためには、「小城鎮」が抱える資金不足問題の解消が不可欠。財政・税制改革、
政策金融制度の見直し、インフラ建設への民間資金の活用などが成否のカギを握る
1.はじめに
2013年11月に開かれた「中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議」(以下、「三中全会」)で「改
革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」(以下「決定」)が発表された。
この「決定」では、大中小都市と農村地域の経済の中心である「小城鎮」の協調的発展を推進するこ
とが都市化政策の目標に据えられた1。そのエッセンスは、農村地域の住民が遠く離れた大都市などに
移住・出稼ぎに出なくとも、できる限り地元で豊かな生活を送れるような環境を整備することにあり、
そのために、「小城鎮」の発展支援策や、「小城鎮」内における都市・農村戸籍の統合などを通じて、
農村地域の住民に対する公共サービス、社会保障の面であらゆる形態の差別を無くすといった施策
(「農村人口の市民化」)が本格的に展開されようとしている。
しかし、「小城鎮」の多くでは、大中小都市と比べて産業発展上の条件に恵まれておらず、社会イン
フラも十分に整っていない。果たして「小城鎮」が十分な就業機会と安心して暮らせる居住環境を提
供し、農村地域の住民を地元で市民化させることができるのだろうか。
そこで、本稿は、まず、「小城鎮」の定義・規模について整理したうえで、「小城鎮」の代表格である
「建制鎮」に焦点を当てて、中国政府が「小城鎮」を重視する理由を説明する。次に、現地の実情を
踏まえた多様な「小城鎮」の都市化の試みが行われていることを、上海市の事例を用いて紹介する。
最後に、2020年までの都市化率の見通しなどを基に、「小城鎮」重視の都市化政策を推進するうえで
の課題を考える。
1
2.「小城鎮」重視の都市化政策
(1)「小城鎮」とは何か
中国の著名な社会人類学者である費孝通教授が 1983 年に「小城鎮、大問題」を発表した。それを契
機に「小城鎮」という言葉が専門用語として普及していった。「小城鎮」の定義は固まっていないが、
学者の間では人口が 20 万人以下の「県級市」と「建制鎮」2を指すことが多い(図表 1)。なかでも
「建制鎮」、すなわち農村地域の中で工商業が一定程度発達し、非農業人口が比較的集中している地
域や行政の中心地となっている末端の行政区画が「小城鎮」としてイメージされることが多い。その
ため、以下では「建制鎮」に分析の焦点を当てることにしたい。
「建制鎮」の数は、2011 年末現在、19,683 あり3、全国人口(13.5 億人)の 64%を占める 8.7 億人
がそこに常住している。「建制鎮」は、さらに非農業人口が集中する「鎮区」と農業人口が集中する
「村区」に分けられている。「鎮区」の常住人口は、2011 年末現在 2.5 億人である。「建制鎮」1 つ
当たりの「鎮区」の平均常住人口は 1.3 万人である。
この「1.3 万人」という人口規模がどの程度かをみるために、日本の「地方自治法」上の「市」の
設立基準と対照させてみよう。「地方自治法」第 8 条の「市」の設立基準には、①「人口 5 万以上を
有すること」、②「中心の市街地を形成している区域内に在る戸数が、全戸数の 6 割以上であること」
という条件がある。そこで単純化して 5 万人×0.6=3 万人を日本の「市」の設立基準とみなすと、中
国の「建制鎮」1 つ当たりの「鎮区」の平均常住人口は、その半分以下ということになる。しかも、
「鎮区」の常住人口が 3 万人以下の「建制鎮」は 2011 年末現在、全体の 92%に達しており、「鎮区」
常住人口が 1,000 人に満たない「建制鎮」も西部を中心に 989 ある。つまり、日本の「市」の設立基
準で見ると、「建制鎮」の 9 割強は人口規模では「市」と見なせない状態にある。
これらの数字がすでに示唆しているように、「鎮区」の人口規模には大きなばらつきがある。工業
化・サービス化がより進んでいる長江デルタや珠江デルタなどでは「鎮区」の常住人口が 20 万人を超
える「建制鎮」も現れており、その数は、2011 年末現在、19 に達している4。各省・直轄市・自治区
の「鎮区」1 つ当たりの平均常住人口をみても地域格差は相当大きく、最多の上海市は 4.3 万人に達
しているが、最少の陜西省は上海市の約 10 分の 1 の 0.4 万人である(図表 2)。
図表 1
省(自治区)
地級市(副省級市を含む)
省級
地級
県級
郷級
自治体
中国の地方行政区画(簡略図)と「小城鎮」
市轄区
街道
建制鎮
県級市
建制鎮
郷
直轄市
県
建制鎮
郷
市轄区
街道
建制鎮
県
建制鎮
郷
居委会 居・村委会 居・村委会 村委会 居・村委会 村委会 居委会 居・村委会 居・村委会 村委会
(注)1.「特別行政区」、地級の「地区」、地級以下の自治地域(例えば自治州・盟、自治県、民族郷)などは省略。
2.綱かけは「小城鎮」が含まれる部分。
「小城鎮」の定義は固まってはいないが、学者の間では人口が 20 万人以下の「県
級市」と「建制鎮」を指すことが多い。2010 年末現在、20 万人以下の「県級市」は全体の 9%を占める 35 である。
3.「地級市」には、南京市、広州市、深圳市等のような「副省級市」が含まれている。
4.「居委会」は居民委員会、「村委会」は村民委員会の略。
(資料)中国国家統計局城市社会経済調査司編『中国城市統計年鑑 2011』中国統計出版社、2011 年、中国民政部編『行
政区劃簡冊 2013』中国地図出版社、2013 年などにより作成。
2
(2)中国政府が「小城鎮」を重視する理由
中国政府が都市化政策において「建制鎮」を中心とする「小城鎮」を重視している理由は、以下の
通りである。
第 1 に、農民が多く住んでいる「小城鎮」の産業発展促進、社会インフラ整備を図ることで、「三
農問題」の解決を促そうという狙いが中国政府にはある。
「三農問題」とは、①「農民」、②「農業」、③「農村」が抱える問題を指す。具体的には、①「農
民」と非農業従業者との所得格差が拡大傾向を辿ってきたうえ、所得向上などを目的として都市に移
住しても現地の都市戸籍保有者と比べて公共サービス、社会保障などにおいて不利な立場に置かれて
いること、②小規模経営主体であることなどにより、「農業」の労働生産性の向上が妨げられている
こと、③社会インフラの整備の遅れなどが原因で、「農村」の生活環境が都市と比べ大きく見劣りす
ること、などを指す。
「建制鎮」は、前述のとおり、農村地域の中で工商業が一定程度発達し、非農業人口が比較的集中
している地域や行政の中心地となっている末端の行政区画である。「建制鎮」のなかの市街地に相当
する「鎮区」の産業がより発展すれば、遠く離れた都市に移らなくとも、農民を主体とする「村区」
の住民は就業機会を得やすくなり、非農業収入の獲得による所得向上も期待できる5。また、その付随
的な効果として、農村の余剰労働力が非農業セクターに吸収されることで、農業の労働生産性も向上
する。加えて、「鎮区」を中心に学校や病院などの社会インフラの整備を進め、かつ、戸籍の統合な
どを通じて「村区」の住民も「鎮区」の住民同様に公共サービスを利用できる環境を整備すれば、農
村の生活環境も大幅に改善される6。
「建制鎮」の「村区」には、農村人口の 94%を占める 6.2 億人(2011 年末)が常住している7。そ
れだけに、彼らが出身地やその近隣の「建制鎮」にとどまったまま、よりよい生活を営めるようにす
ることの意義は大きい。出身地から遠く離れた都市にまで農民が出稼ぎに出ることで、様々な社会問
題が起こっているからである。そうした社会問題の解決が「小城鎮」重視のもう 1 つの理由である。
図表 2
地域別「鎮区」の平均人口規模と「村区」の総常住人口 (2011 年末現在)
(万人)
8
5,951
5,474
「鎮区」の平均常住人口(左目盛)
6
3,817
(万人)
7,000
「村区」常住人口(右目盛)
6,000
5,000
4,378
3,736
4,000
4
4.3
3,000
2,000
2
0 . 4 1,000
陜西
チ ベ ット
青海
新疆
甘粛
遼寧
吉林
天津
貴州
江西
内 モ ンゴ ル
山西
四川
寧夏
湖南
黒竜江
海南
雲南
北京
安徽
福建
河南
河北
広西
重慶
浙江
広東
湖北
山東
江蘇
上海
0
0
(注)「鎮区」の常住人口は中国の常住人口都市化率を算出する際に使われる「城鎮常住人口」の一部とされる。
(資料)中国国家統計局農村社会経済調査司編『中国建制鎮統計年鑑 2012』中国統計出版社、2013 年。
3
例えば、農民が出身地から遠く離れた都市まで出稼ぎに行かなくても、「建制鎮」内の「村区」か
ら「鎮区」に働きに出るだけで、生計を立てられるほどの賃金が得られるようになれば、若年労働者
の大量離村による独居老人のケア問題や、故郷に残された子供たちに対するケア不足によって生じて
いる「留守児童問題」8などの社会問題が緩和される。また、農村から北京市や上海市などの大都市へ
の人口流出が減少すれば、水不足や大気汚染、交通渋滞などの「都市病」の深刻化を食い止めやすく
もなる。
3.現地の実情を踏まえた多様な「小城鎮」の都市化の試み
(1)「重点鎮」を舞台とした「小城鎮」の都市化の実験
「小城鎮」を人々が安心して暮らせ、生計を立てられるだけの職を得られる街に育てるには、政府
の支援が欠かせない。「小城鎮」の多くは、大中小都市と比べて産業発展上の条件に恵まれておらず、
社会インフラを整えられるだけの財力を十分には持たないからである。
しかし、すべての「小城鎮」建設を同じスピード、同じパターンで進めていくことは難しい。なぜ
なら、「小城鎮」が置かれている経済環境、資源・環境制約などが異なるうえ、中央政府にも財政的
制約があるからである。そこで、中国政府は、2004年に約2万の「建制鎮」から1,887を選んで「全国
重点鎮」に指定し、その発展を指導・支援してきた(ちなみに、「全国重点鎮」の地域分布は、数が
多い順に、①四川省(124)、②広東省(119)、③河南省(115)、④河北省、湖南省(ともに98)な
ど、図表3)。
「全国重点鎮」とは、「適正な規模」、「合理的な空間配置」、「清潔な生活環境」、「周辺地域
の経済のけん引力」などを備え、農村地域の経済・文化の中心となることが期待されている「建制鎮」
であり、①産業・人口集積度、②農村地域への経済波及力、③潜在成長性、④社会インフラの整備水
準、⑤行政管理能力、などの基準で選ばれた。その多くは、県・県級市政府が所在している「建制鎮」
図表 3
「建制鎮」・「全国重点鎮」の地域分布(2004 年末現在)
(「建制鎮」の数)
2,500
124
115
2,000
(「全国重点鎮」の数)
140
「建制鎮」の合計:19,883
「全国重点鎮」の合計:1,887
120
119
98
100
98
1,500
80
60
「全国重点鎮」(右目盛)
1,000
40
500
11
チ ベ ット
青海
寧夏
天津
上海
北京
新疆
海南
甘粛
吉林
内 モ ンゴ ル
黒竜江
雲南
重慶
遼寧
広西
山西
貴州
陜西
湖北
福建
江西
浙江
安徽
江蘇
山東
河北
湖南
河南
広東
四川
0
「建制鎮」(左目盛)
20
0
(注)「全国重点鎮」は産業・人口集積度、社会インフラの整備水準、農村地域への経済波及力などで選ばれた「建制鎮」。
(資料)『2005 年中国統計年鑑』中国統計出版社、2006 年、民政部等「全国重点鎮名単」2004 年により作成。
4
である9。「全国重点鎮」に指定された「建制鎮」は、①都市計画、②行政管理、③耕地保護、④社会
インフラ整備などの面で、中央政府の知的支援や財政・金融的支援などを享受してきた。
こうした一連の取り組みにより、「全国重点鎮」は人口集積度の引き上げ、雇用の創出、農村地域
の発展促進といった面で一定の成果をあげたと中国政府は自己評価しており、そこで得られた経験や
教訓をより多くの「建制鎮」に適用していく構えをみせている10。また、各省(直轄市・自治区)政
府も独自に「重点鎮」を指定し、それらをモデル化する試みを行っている。
(2)「小城鎮」での都市化の試み
ただし、
「重点鎮」だからといって、画一的な都市化のモデルが試されてきたわけではない。実際に
は、多様な形態での発展がみられた。ここでは、その実例として、一定の経験を積み重ねてきた上海
市に焦点を当てて、同市所在の「全国重点鎮」11および同市の「モデル鎮」紹介することにしたい。
2011年末現在、上海市には108の「建制鎮」がある。上海市政府は、それぞれの「小城鎮」の特長を
活かす形で「産業強鎮」、「歴史名鎮」、「生態緑鎮」、「農業穏鎮」などといったカテゴリーに分
けて「小城鎮」の都市化を図っている12(次頁、図表4)。以下では、それぞれのモデルケースを現地
でのヒアリングで得られた情報などを基に簡単に紹介する。
a.「産業強鎮」
「産業強鎮」とは、「鎮区」で製造業とそれに関連するサービス業を主体とする産業基盤を形成・
強化し、それを通じて「村区」人口の非農業就業率を高めていくという都市化のモデルを指す。上海
市は、「全国重点鎮」に選ばれた安亭鎮13を「産業強鎮」の代表例の一つとして位置づけている。
安亭鎮の産業基盤の中心は、自動車関連の製造業・サービス業である。上海市政府が2001年に鉄鋼、
自動車など6つの支柱産業を郊外の「建制鎮」に集積させる政策を実施したことにより、特色ある産業
基盤が築かれた「建制鎮」が上海市では少なくないが、安亭鎮もこの政策の恩恵を受ける形で、自動
車関連産業の集積地として発展してきた14。
こうした好機をさらに活かすべく、安亭鎮政府は、「ヒト・モノ」の流れをスムーズにするために
交通インフラや物流関連施設の整備に力を入れる一方で、工場労働者を対象とする商業施設、住宅団
地、学校や病院などの整備も重視している。こうした取り組みにより、安亭鎮の非農業就業者数は、
2011年末現在、鎮の就業者総数の99%を占めている。
b.「歴史名鎮」
しかし当然のことながら、すべての「建制鎮」が産業基盤の強化に適した条件を備えていたり、支
柱産業の移転先になるといった好機に恵まれたりするわけではない。そうした「建制鎮」における都
市化の一方策が「歴史名鎮」である。具体的には、産業基盤が弱く、自ら企業を誘致する能力も低い
「建制鎮」であっても、歴史遺跡がある場合には、その保全を通じて、観光・サービス業を中心とす
る産業基盤を構築し、「村区」人口の非農業就業率を高めていくというモデルである。
上海市の「歴史名鎮」の事例には、「全国重点鎮」に選ばれた朱家角鎮がある。運河が通り「上海
のベニス」と称されることもある朱家角鎮は、2002年から古き良き町並みを保全して観光資源化し、
「鎮区」で観光関連のサービス業を振興することで都市化を進めてきた。他方、「村区」では有機農
5
業や養殖業などの支援の他、農産物加工業の育成に鎮政府は力を入れている。こうした取り組みによ
り、朱家角鎮の非農業就業者数は、2011年末現在、鎮の就業者総数の92%を占めるに至っている。
c.「生態緑鎮」
「生態緑鎮」も工業化の基盤に恵まれない「建制鎮」の都市化のモデルの一つである。「生態緑鎮」
とは、環境保護を最重要課題としつつ、「鎮区」で余暇・娯楽・スポーツ業などのサービス業を中心
とする産業基盤を構築し、「村区」人口の非農業就業率を高めていく都市化のモデルを指す。
上海市には、「全国重点鎮」に選ばれた陳家鎮という「生態緑鎮」がある。長江河口の崇明島にあ
る陳家鎮は、工業化規制地域に指定されており、生態環境を保全しつつ、余暇・娯楽・スポーツ業な
どのサービス業の育成が図られてきた。2009年に「上海長江隧橋(トンネルと橋)」が開通し、上海
図表 4
上海市における「建制鎮」の都市開発パターン(2011 年現在)
所在地
モデル鎮
特色
基本データ・産業基盤・就業構造・社会インフラ・生活環境
上海市嘉定区
安亭鎮(★)
「産業強鎮」
面積:89.34km2 総人口:24.7 万人(鎮区 7.2 万人) 非農業就業者数 15.3 万人(全体の 99%)
産業基盤:自動車産業・自動車業関連のサービス業
就業構造:自動車業関連の製品・サービス業の提供を中心とする
社会インフラ・生活環境:高速道路・鉄道などの交通インフラの整備、病院、学校などの
朱家角鎮(★)
「歴史名鎮」
上海市青浦区
公共施設の充実、住宅団地、大型商業施設、ホテルなどの整備・誘致
面積:138.28km2 総人口:10.2 万人(鎮区:4.3 万人) 非農業就業者数 6.0 万人(全体の 92%)
産業基盤: 観光業・商業・サービス業・有機農業・養殖業・製造業
就業構造:観光業関連サービスの提供、農産物の生産を中心とする
社会インフラ・生活環境:主要道路の整備、観光関連の公共施設の拡充、公共交通手段の
陳家鎮(★)
「生態緑鎮」
上海市崇明県
充実、学校(幼稚園・小中学校・高校)、保養所、公園、住宅団地などの整備
面積:82.31km2 総人口:6.5 万人(鎮区:0.1 万人) 非農業就業者数 0.9 万人(全体の 40%)
産業基盤:有機農業・グリーン・エネルギー関連産業・余暇・スポーツ関連産業
就業構造:有機農産物の生産、観光関連サービス業の提供を中心とする
社会インフラ・生活環境:主要道路の整備、余暇関連の公共施設の拡充、公共交通手段の
充実、学校(幼稚園・小中学校・高校・大学)、保養所、公園、商業施設、住宅団地など
泖港鎮
「農業穏鎮」
上海市松江区
の整備・誘致
面積:57.28km2 総人口:5.0 万人(鎮区:0.5 万人) 非農業就業者数 3.4 万人(全体の 90%)
産業基盤:農業・農産物加工業・農業関連サービス業・製造業
就業構造:農業生産・農産物加工・農業関連サービスの提供を中心とする
社会インフラ・生活環境:主要道路の整備、公共交通手段の充実、学校(幼稚園・小中学校)、
公園、クリニック、老人ホームなどの公共施設の充実、商業施設、住宅団地の整備など
(注)「★」が付いているのは 2004 年に「全国重点鎮」に選ばれた「建制鎮」
。
(資料)呉振興『城鎮化案例』同済大学出版社、2012 年、中国国家統計局農村社会経済調査司編『中国建制鎮統計年鑑 2012』
中国統計出版社、2013 年などにより作成。
6
市中心部からのアクセスが一層便利になったこともあり、陳家鎮は、市民の休養地としての開発がさ
らに進められており、鎮政府が「鎮区」に余暇・娯楽・スポーツ関連の企業を誘致している。その他、
「村区」では有機農産物の栽培・加工などに力が注がれてきた。こうした取り組みにより、陳家鎮の
非農業就業者数は、鎮の就業者総数の4割を占めるようになった。
d.「農業穏鎮」
「農業穏鎮」は、農業の安定化・発展を図りながら、「鎮区」で農産物加工業とそれに関連するサ
ービス業を中心とする産業基盤を構築することで「村区」人口の非農業就業率を高めていく都市化の
モデルを指す。上海市にも「農業穏鎮」を目指す泖港鎮がある。
泖港鎮は上海市の南西にあり、かつては農・水産物の豊かな地区であった。しかし、90年代後半か
ら、「村区」の労働力が周辺地域の第2、3次産業に流出した結果、2006年には「村区」の空き家が世帯
数の3割を占めるほどにまで、農村地域の空洞化が進んだ。当時、出稼ぎ労働者が残した農地は、非地
元農業従事者に貸すことで農業生産が維持されていたが、農産物の生産量拡大を追求する農業請負者
が農地に化学肥料を過度に投入したため、土地の劣化が進み、農業生産の持続性が損なわれた。こう
した事態を教訓に、泖港鎮政府は2007年から「農業穏鎮」としての発展を目指すようになった。その
ための中核的な施策が、「村区」における「家庭農場」の導入である。
ここでいう「家庭農場」とは、家族を単位としつつも、伝統的な小農経営ではなく、大規模化、集
約化、技術化、商品化された高生産性の農業経営を行うことを指す15。中国農村部では、農家が数ム
ー(1ムー=667m2)、多くても十数ムーしか持たない状態にあり、それが農業近代化を妨げる要因の1つ
となっている。そのため、個別の小規模農家が生産請負権を持っている農地を「規模の経済性」を発
揮できる程度にまで集約した後、それを農業生産に対する強い意欲と豊かな経験をもつ地元農家に「家
庭農場」として請け負わせるという試みが一部地域で行われてきた。とりわけ、2000年に江蘇省で始
まった土地の機能別集約化の試み(「三集中」・「双置換」16)が成功例とみなされ、泖港鎮政府も
それをモデルに農地の集約を梃子とした農業近代化に努めてきた。それと同時に、泖港鎮政府は「鎮
区」での農産物加工企業、農業関連サービス企業の育成・誘致にも力を入れてきた17。こうした取り
組みにより、泖港鎮の非農業就業者数は、鎮の就業者総数の9割を占めるに至っている。
「農業穏鎮」という都市化のモデルは、農村を都市に一変させるのではなく、「都市をより都市ら
しくし、農村をより農村らしくする」(中国語では「城市更像城市、農村更像農村」)中で農村地域
の住民の生活を改善していくという中国政府の方針18を体現しているモデルだといえる。「小城鎮」
の多くは、産業基盤が弱く、観光資源も乏しい。「農業穏鎮」という都市化のモデルは、こうした「小
城鎮」に対して、農地を集約することで農業の安定化・発展(農業の近代化)を図り、それを農業用、
農産物加工用機械などを中心とする製造業、農産物加工業、農業関連サービス業などの発展につなげ、
非農業就業率を高めていくという道筋があることを示している。
4.今後の課題
「小城鎮」重視の都市化政策では、農村地域の住民を地元に定着させ、市民化することが企図され
7
「農業穏鎮」に認定されている泖港鎮
~「村区」~
左上:食糧生産のモデル地区に指定されたことを示す看板、右上: 「白」で統一された農家の自宅(「新農村運動」
のシンボル)、左下:家庭農場、右下:家庭養豚場。
~「鎮区」~
左上:鎮のシンボル、右上:鎮の主要道路、左下:鎮の「人口文化街」、右下:「鎮」と「鎮」を結ぶバスの停留所。
(資料)筆者撮影(2013 年 10 月)
。
8
ている。では、2020年までにどの程度のスピードでどれだけの農村地域の住民を定着させ、市民化す
れば良いのだろうか。中国国内のある学者の予測では、2020年末時点の中国の総人口は14億973万人、
都市化率は60.6%に達するとされている19。この予測が正しければ、2020年末の農村人口は、5億5,543
万人となり、2011年末から約1億113万人減少することになる。この減少分を「建制鎮」の「鎮区」で
すべて吸収すると仮定すると、年平均3.9%増のペースで農村地域の住民を「鎮区」に吸収させる必要
がある20。
このようなペースで農村地域の住民の地元定着と市民化を進めていくには、「建制鎮」に代表され
る「小城鎮」が抱えている問題の解決に力を入れる必要がある。なかでも大きな課題が資金不足だ。
「小城鎮」は、大中小都市と比べ、都市化推進のために支出できる自主財源が限られている21。それ
が主な原因で「建制鎮」住民の1人当たり社会インフラ建設費は、都市平均の7.5%にとどまっている
(2007年時点)22。2013年12月に北京で開かれた「新型城鎮化」
(今後本格化させる予定の都市化計画)
に関する中央工作会議でも、主要課題として、①農村流出人口の市民化(「人の都市化」とも言う)、
②土地利用の効率化、③都市空間の最適化、④都市開発の高度化、⑤行政管理の近代化と並び、⑥資
金供給の多様化による都市化推進用資金の確保、が挙げられている(図表5)。
「小城鎮」建設の資金不
足を解決するためには、財政・税制改革、政策金融制度の見直し、インフラ建設への民間資金の活用
のための規制緩和など、資金供給の多様化のための大掛かりな改革が必要だ。他方で「小城鎮」政府
の財政規律も保たねばならない。これらに関わる諸改革を断行できるかが「小城鎮」重視の都市化政
策の成否のカギを握るだろう。
図表 5
「新型城鎮化」が目指す 6 つの目標
農村流出人口の市民化
土地利用の効 率化
「新
資金供 給の多様化
型
城
鎮
都市開発の高 度化
都市空間の最 適化
化」
行政管理の近代化
(資料)「専家解読城鎮化会議十不準:否定人為建城思路」(『人民日報海外版』2013 年 12 月 16 日)により作成。
1
その詳細な内容は、「全国における『新型城鎮化』の健全的な発展を促進する計画(2011~2020 年)」(中国名「全国促進新型
城鎮化健康発展規劃(2011~2020)」)の発表により明らかにされる見込み。
2
「建制鎮」の設置標準は、劉家敏「中国が目指す「都市化」とは何か~「新型城鎮化」に政府が込めた思いと今後の課題」
(みずほ総合研究所『みずほインサイト』2013 年 9 月 30 日)の文末脚注 1 を参照されたい。
3
なお、その 36%、7,089 が西部地域に分布している。ちなみに、2012 年末には「建制鎮」の数は前年比 1%増の 19,881 と
なった(『中国統計年鑑 2013 年』中国統計出版社、2013 年 9 月)
。
4
2011 年末現在、「鎮区」の常住人口が多い「建制鎮」は、順に①広東省東莞市虎門鎮(54.5 万人)、②広東省東莞市塘厦鎮
(48.4 万人)、③上海市宝山区大場鎮(33.5 万人)、④広東省中山市小欖鎮(31.4 万人)、⑤江蘇省呉江市松陵鎮(28.2 万
人)などである(中国国家統計局農村社会経済調査司編『中国建制鎮統計年鑑 2012』中国統計出版社、2013 年)
。
9
5
都市に出稼ぎに行った農村戸籍保有者(
「農民工」)に対して地元都市戸籍保有者と同等の公共サービスを付与することを中
国政府は「人の都市化」と呼び、政策目標に据えているが、不動産価格や人件費など公共サービス提供コストの高い大都
市ではなく、地元ないしは近隣の「小城鎮」での戸籍の統合を先行させ、農村地域の住民をなるべくそれらの「小城鎮」
に定着させるよう誘導できれば、「人の都市化」のコストを相対的に抑えやすくなる可能性がある。
6
「小城鎮」には、農民が利用している学校や病院などの公共施設があり、農民の現在の日常生活に根差した日用品や農業用
資材などを提供する商業施設もある。
「小城鎮」で社会インフラをさらに整備すれば、農民の生活環境の改善が期待できる。
7
ちなみに、
「村区」の常住人口を省(直轄市・自治区)別に見ると、2011 年末時点で多い順に、①山東省(5,951 万人)
、②
広東省(5,474 万人)、③四川省(4,378 万人)
、④江蘇省(3,817 万人)
、⑤安徽省(3,736 万人)などとなっている(3 ペ
ージ、図表 2)。
8
中華全国婦女連合会の調査によれば、農村に残されている「農民工」の子供は、全国の子供の 22%、農村の子供の 38%を
占める 6,103 万人に達している。これらの子供たちの中には、成績低下や不登校など教育面での問題を抱えているケース
が少なくないほか、保護が行き届かず、死亡事故に遭うケースも多く、関心を集めるようになっている(「農村留守児童安
危誰来管?」(『燕趙都市報』2013 年 9 月 11 日))。
9
県政府所在の「建制鎮」は「県城」、「城関鎮」とも呼ばれている。
10
住房和城郷建設部・国家発展和改革委員会・財政部・国土資源部・農業部・民政部・科学技術部「住房城郷建設部等部門
関于開展全国重点鎮増補調整工作的通知」2013 年 7 月 24 日。
11
上海市では、2004 年に 14 の「全国重点鎮」が選ばれた。
12
上海市以外の地域では、
「資源強鎮」
(豊かな資源を強みとする都市化のモデル)、
「旅遊強鎮」
(観光資源を活かす都市化の
モデル)などもある。
13
「上海国際自動車城」内に所在する「建制鎮」である。
「上海国際自動車城」は、①「製造区」、②「競輪区」
(F1レース
場)、③「自動車貿易区」
、④「研究開発区」
、⑤「教育区」
、⑥「新鎮区」
(生活区)で構成されており、製造機能のみなら
ず、商業・社会機能をも備えた総合自動車開発区である(安亭鎮の資料より)。
14
なお、上海市の安亭鎮は、市政府の産業移転策を原動力に産業基盤を構築した事例だが、それとは異なるパターンで産業
基盤を形成してきた「建制鎮」もある。例えば、江蘇省南部の「建制鎮」の多くは、1978 年の改革開放を契機に発展を遂
げた「郷鎮企業」
(郷や鎮を拠点とする集団所有制の中小企業)にルーツをもつ民営企業が産業基盤形成の担い手となった。
江蘇省無錫市所轄の江陰市新橋鎮がその典型例で、2013 年 3 月には李克強首相が「小城鎮」発展のモデルとして同鎮を視
察した(現地でのヒアリングなど、2013 年 10 月)
。一方、珠江デルタ地域の「建制鎮」では、改革開放や WTO(世界貿易
機構)加盟(2001 年)などを追い風に、労働集約型輸出企業が経済のけん引役を果たしているケースが散見される。広東
省東莞市の虎門鎮、塘厦鎮などがその典型例として挙げられる。
15
「滬郊家庭農場建設的三大方向」(『中国金融信息網』2013 年 9 月 6 日)
。
16
「三集中」とは、鎮政府が、行政区域を、①「工業団地」
(あるいは、
「開発区」)、②商業・居住区、③農業園区、に分け、
企業を「工業団地」に、「村区」の農民を「鎮区」の商業・居住区に、農地を農業園区に集中させていくことを指す。
「双置
換」とは、①農民が請負っている農業生産用土地は、鎮政府が土地の効率的な利用を目的に設立した土地経営企業の株式
と「置換」
(交換)できること、②農民が保有する宅地は「鎮区」などで開発された「安置房」などと「置換」できること
を指す(「論農村集約型発展戦略」(『改革与戦略』2008 年 11 月)
)。
17
泖港鎮には、約 400 社が入居している工業団地がある。工業団地には、家電メーカーのほか、農業用・食品加工用機械を
製造する企業や農産物加工、農業関連サービスなどに関わる企業が多い(http://mgz.songjiang.gov.cn/Economy/)。
18
「城鎮化建設:要譲居民見山見水 記得住郷愁」(『上海証券報』2013 年 12 月 16 日)
。
19
王克忠『城鎮化路径』同済大学出版社、2012 年。
20
その場合、
「鎮区」の常住人口は、2011 年末の 2 億 4,653 万人から 2020 年末には 3 億 4,766 万人に増える計算となる。
「建
制鎮」の常住人口の対総人口比が 2011 年末時点と同じであると仮定すれば、
「建制鎮」の総人口は、2020 年末に 8 億 7,210
万人となり、2020 年末時点の「建制鎮」の都市化率(
「鎮区」常住人口が「建制鎮」常住人口に占める割合)は 2011 年か
ら 11 ポイント上昇し 40%となる。
21
2007 年時点の調査では、
「建制鎮」の財政収入の約 54%が上級政府に上納されている(「小城鎮財政和行政体制改革刻不容
緩」(『中国経済時報』2010 年 6 月 9 日)
)。
22
「小城鎮財政和行政体制改革刻不容緩」(『中国経済時報』2010 年 6 月 9 日)
。
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