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居宅訪問型保育を中心に
第2章 子ども・子育て関連3法の成立と保育サービスの新展開: 居宅訪問型保育を中心に(講演録) 網野 武博1 【要旨】 現在、女性の社会進出の増加に伴い、保育の多様化が求められ、保育に対する社会 的関心が急速に高まっている。このような中、2012 年 8 月に子ども・子育て関連 3 法2 が成立した。 子ども・子育て関連 3 法のポイントとしては、①認定こども園、幼稚園、保育所を 通じた共通の給付である「施設型給付」及び小規模保育、家庭的保育、居宅訪問型保 育、事業所内保育への給付である「地域型保育給付」の創設、②認定こども園制度の 改善(幼保連携型認定こども園の改善等)、③地域の実情に応じた子ども・子育て支 援(利用者支援、地域子育て支援拠点、放課後クラブ等の「地域子ども・子育て支援 事業」)の充実があげられる。 子ども・子育て支援法に基づく地域型保育給付並びに地域子ども・子育て支援事業 は、これまで、保育所等の施設型集団保育に高いウエイトがおかれてきた保育制度の 体系に、多様な保育サービスを拡大させる非常に意義あるものである。 特に、ベビーシッターを中心とする居宅訪問型保育は、近年の待機児童の中で極め て高いウエイトを占める 3 歳未満の乳幼児保育システムとして、特に 6 時間以下の短 時間保育を必要とする子どもへの高い保育効果が期待される。 また、居宅訪問型保育は、保育所等の施設型集団保育と比較した場合のコスト面の 優位性等から、これまで、膨大な公費を必要としてきた施設型集団保育を補完・代替 する効率的な政策ツールの一つとして推進していくことが重要である。 1. はじめに 現在、女性の社会進出の増加に伴い、保育の多様化が求められ、保育に対する社会的関 心が急速に高まっている。このような中、保育という専門分野において長年検討されてき た保育システムの在り方についても大きな変革が進んでおり、2012年8月に成立した「子ど も・子育て関連3法」がその集約的な意味での保育改革のポイントとなっている。 1 公益社団法人全国保育サービス協会会長/東京家政大学特任教授 子ども・子育て関連 3 法とは、子ども・子育て支援法(平成 24 年法律第 65 号)、就学前の子どもに関 する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律の一部を改正する法律(平成 24 年法律第 66 号)、 子ども・子育て支援法及び就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律の一 部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成 24 年法律第 67 号)である。 2 ― 35 ― 公益社団法人全国保育サービス協会は、子どもの成長発達の基盤となる家庭養育の支援 を基本理念とし、保護者の委託を受けてその居宅等に訪問して行う保育サービスを中心に 多様な保育サービスを展開することによって、子どもと子育て家庭の良質な生育環境を保 障することのできる社会の実現に寄与することを目的としている。 今回は、子ども・子育て関連 3 法の成立とベビーシッター等による居宅訪問型保育を中 心とした保育サービスの新展開について説明する。 2. 保育の態様と日本の保育制度の特徴 (1) 保育の態様 図表 1 は、日本における保育の態様を示したものである。まず、保育は家庭内保育と家 庭外保育に分類される。家庭内保育には、今回法律で定められた居宅型保育・訪問型保育 がある。具体的には、ベビーシッターによる保育やファミリー・サポート・センター事業 等が該当する。なお、家庭内保育には、集団保育はなく個別保育に限られる。 一方、家庭外保育には、個別保育である保育ママや家庭保育員等の家庭的保育と集団保 育である保育所・幼稚園・認可外保育施設がある。日本の保育においては、あまりにも保 育所・幼稚園の二元性が常識的・普遍的であったため、現在、保育所と幼稚園を一体のも のにするという大きな改革が進んでいる。 図表 1 保育の態様 (出所)網野武博作成 (2) 日本の保育制度の特徴 日本の保育制度の動向には、3 つの特徴がある。まず、1 つ目は、幼保二元性である。1947 年以降、児童福祉法に基づく保育所、学校教育法に基づく幼稚園の二元性を基本として 60 有余年の歴史を辿ってきた。これらは、制度的・実体的にも全く別の仕組みであり、国際 的にみても一般的ではないシステムである。これまで、幾度にもわたり、幼保一元化の議 ― 36 ― 論がなされてきたが、今日に至るまでこの仕組みは堅牢に続いてきている。 2 つ目は、幼保一元性並びに幼保一体化の方向性である。今回、幼保一元性を基本とす る総合こども園法は廃案となったが、公布された子ども・子育て支援法と認定こども園法 の改正により、幼保連携型認定こども園が日本における乳幼児保育・教育の主要な方向と して位置づけられた。幼保連携型認定こども園は、幼保の一元化ではなく、限りなく保育 所と幼稚園を一体化させることを意味している。3 つ目は、今回、新たな保育サービスと して家庭外保育における家庭的保育とともに、家庭内保育における居宅型保育・訪問型保 育が制度化された。これまで、家庭外保育における集団保育である保育所、幼稚園が保育 だと言われてきたが、マイナーとされてきた在宅保育、つまり、保育者がまさに子どもの 生活の本拠である家庭を訪問して保育をする制度が追加されたことになる。 3. 在宅保育とは (1) 在宅保育の定義と歴史 在宅保育は、「子ども自身の居宅あるいは保育者の居宅において、家族関係に近い個別 的な養育環境で行われる保育」と定義される。広い意味の在宅保育としては、家庭外保育 の保育ママ、家庭保育員あるいは家庭福祉員を含むこともある。 一般に保育というと、圧倒的に家庭外での保育がイメージされるが、保育の歴史からみ ると、乳母(うば、めのと)のように、子どもが生活している場、人々が生活している場 に保育者が来て育てることが原点であった。しかし、近代家族、現代家族の登場とともに これが変化していき、いわゆるプライベートな閉ざされた家庭に外部から保育者が入ると いうこと自体が非常に抵抗のあるものとして、在宅保育は子育ての舞台から影を薄くして きた歴史がある。 (2) 在宅保育の再生と公的性格 制度上の保育サービスでは対応できない柔軟で迅速な対応を求める保育ニーズの増加に より、家庭的保育を独自に制度化する地方自治体が見られるようになり、1980 年代前後か ら民間事業者による居宅型保育・訪問型保育が徐々に普及し始めている。今後、現在の保 育システムの中では全くマイナーなものであった在宅保育の再生が進むのではないかと思 われる。 また、これまでは、在宅保育的な機能というのは、自助・共助・公助でいうと自助をサ ポートするシステムであり、公助の機能はほとんどなかったが、1991 年 6 月に厚生省の認 可を得て社団法人全国ベビーシッター協会が設立され、2012 年 4 月には、公益社団法人全 国保育サービス協会3として内閣府の認可を受けている。また、2008 年には、家庭的保育 3 活動状況については、社団法人全国ベビーシッター協会「20 年のあゆみ」(平成 23 年 6 月 1 日発行)、 公益社団法人全国保育サービス協会「平成 24 年度 実態調査報告書 BABY SITTER NOW 2013」を参照。 ― 37 ― の普及・発展のために、NPO 法人家庭的保育全国連絡協議会が設立され、公益性を背景と した活動が進められ、公助の機能を持つようになってきている。 4. 子ども・子育て関連3法に基づく子ども・子育て支援制度 (1) 子ども・子育て関連3法とそのポイント 子ども・子育て関連 3 法とは、①子ども・子育て支援法、②就学前の子どもに関する教 育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律の一部を改正する法律(認定こども園法の 一部を改正する法律)、③子ども・子育て支援法及び就学前の子どもに関する教育、保育 等の総合的な提供の推進に関する法律の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備 等に関する法律の 3 つをいい、自公民 3 党合意を踏まえ、保護者が子育てについての第一 義的責任を有するという基本的認識の下に、幼児期の学校教育・保育、地域の子ども・子 育て支援を総合的に推進することをその趣旨としている。①の子ども・子育て支援法は新 しい法律であり、一番大きな影響を与えるものになっている。 また、そのポイントとしては、①認定こども園、幼稚園、保育所を通じた共通の給付で ある「施設型給付」及び小規模保育、家庭的保育、居宅訪問型保育、事業所内保育への給 付である「地域型保育給付」の創設、②認定こども園制度の改善(幼保連携型認定こども 園の改善等)、③地域の実情に応じた子ども・子育て支援(利用者支援、地域子育て支援 拠点、放課後クラブ等の地域子ども・子育て支援事業)の充実があげられる。 (2) 支援における共通の仕組み 幼児期の学校教育・保育、地域の子ども・子育て支援に共通の仕組みとしては、①基礎 自治体(市町村)が実施主体となり、地域のニーズに基づき計画を策定し、給付・事業を 実施し、これを国や都道府県が重層的に支えていく体制、②消費税率引き上げによる国及 び地方の恒久財源の確保を前提とした社会全体による費用負担、③制度ごとにバラバラな 政府の推進体制を整備するための子ども・子育て本部の設置、④有識者、地方公共団体、 事業主代表、労働者代表、子育て当事者、子育て支援当事者等が、子育て支援の政策プロ グラム等に参画・関与することができる子ども・子育て会議の設置等がある。 (3) 子ども・子育て支援給付と地域子ども・子育て支援事業 子ども・子育て支援法に基づく給付・事業は、子ども・子育て支援給付と地域子ども・ 子育て支援事業から構成される(図表 2)。 子ども・子育て支援給付は、認定こども園・幼稚園・保育所を通じた共通の給付である 施設型給付と、小規模保育・家庭的保育・居宅訪問型保育・事業所内保育である地域型保 育給付及び児童手当から構成される。施設型給付、地域型保育給付は、児童手当を現金給 付と捉えると、いわゆるサービスとしての現物給付という性格を持つ。保護者にサービス ― 38 ― を給付するとともに、さらに保育料の一部について保護者に還元するというのがこの給付 の性格である。保育所を例にとると、従来は莫大な予算がほとんど保育所に補助金として 支給されており、保護者にとっては、このような給付という受けとめ方はしにくい仕組み だった。しかし、これからは、個々の子育て家庭が自分たちの子どもの預け先を判断し、 保護者と施設との契約のもとで入所すると一部保育料が還元される。しかも、施設に給付 されるのではなく、保護者に給付されるという非常に新しい仕組みになる。 但し、運用の合理性や効率を考慮して、実際には施設側が代理受給する仕組みがとられ ることとなっている。 図表 2 子ども・子育て支援法に基づく給付・事業の全体像 (出所)内閣府・文部科学省・厚生労働省「子ども・子育て会議資料」 地域型保育給付の一番のポイントは、現在、社会的問題となっている保育所へ入れない 待機児童対策の柱として考えられている点である。個人的には、保育所数は相対的に見れ ば十分であるが、0~2 歳の段階での保育サービスが行き届いていないということが原因で あると思われる。つまり、乳児保育に対して狭き門であったということである。 制度上、当初から児童福祉法では乳児及び幼児を保育すると定めていたが、乳児保育は 普及せず、特別保育として位置づけられてきた。しかし、1997 年の児童福祉法改正で、当 時の厚生省は乳児保育を一般化することに転換した。それ以降、徐々に増えてきたが、0 ~2 歳の保育サービスの提供が圧倒的に不足してきたというのが現実である。 地域子ども・子育て支援事業は、利用者支援・地域子育て支援拠点事業・一時預かり・ 乳児家庭全戸訪問事業、延長保育事業、病児・病後児保育事業、放課後児童クラブ、妊婦 健診等から構成される。現在、子育て家庭が大変な状況の中で、各自治体に社会的・公的 ― 39 ― 責任をもっと広げる目的で、これらの事業が今回の制度の中にしっかりと組み込まれた点 がポイントである。 (4) 認定こども園法の改正と幼保連携型認定こども園 認定子ども園法の改正により、学校及び児童福祉施設としての法的位置付けを持つ単一 の施設として新たな幼保連携型認定こども園が創設された。学校教育・保育及び家庭にお ける養育支援を一体的に提供する施設であり、設置主体は、国、地方公共団体、学校法人 又は社会福祉法人とされ、株式会社等の参入は認められていない。また、既存の幼稚園及 び保育所からの移行は義務付けずに政策的に促進するものである。財政措置は、認定子ど も園、幼稚園、保育所を通じた共通の施設型給付で一本化されている。 (5) 地域型保育給付の創設について 基本的な制度設計としては、教育・保育施設を対象とする施設型給付に加え、①小規模 保育(利用定員 6 人以上 19 人以下)、②家庭的保育(利用定員 5 人以下)、③居宅訪問型 保育(1 対 1 の保育)、④事業所内保育(主として従業員のほか、地域において保育を必 要とする子どもにも保育を提供)を市町村による認可事業とした上で、地域型保育給付の 対象とし、多様な施設や事業の中から利用者が選択できる仕組みとしている。 待機児童が都市部に集中し、また待機児童の大半が満 3 歳未満の児童であることを踏ま え、小規模保育や家庭的保育などの地域型保育の量的拡充により、都市部の待機児童問題 の解消を図ることを目指している。 なお、各事業の認可基準については、それぞれの特性に応じた客観的な認可基準を設定 し、質の確保を図るとともに、認可の仕組みについては、大都市部の保育需要に対して、 機動的に対応できる仕組みとしている。 (6) 地域子ども・子育て支援事業の対象範囲 地域子ども・子育て支援事業は、子ども・子育て家庭等を対象とする事業として、市町 村が地域の実情に応じて実施するものであり、利用者支援、地域子育て支援拠点事業、一 時預かり、乳児家庭全戸訪問事業、養育支援訪問事業その他要支援児童、要保護児童等の 支援に資する事業、ファミリー・サポート・センター事業、子育て短期支援事業、延長保 育事業、病児・病後児保育事業、放課後児童クラブ、妊婦健診等がある。 5. 今後の居宅型・訪問型保育の課題と展望 (1) 子ども・子育て会議への意見の概要(提言書) 公益社団法人全国保育サービス協会は、協会理事がメンバーとなっている子ども・子育 て会議へ、子ども・子育て支援法に基づき制度化された地域型保育給付並びに地域子ども・ ― 40 ― 子育て支援事業が、保育所を主とする大規模な施設型集団保育と有機的に連携し、多様な 保育ニーズに対応していくための必要な基準や実施上の留意点等について、提言書4を提出 した。 (2) 重要な課題 今後の重要な課題としては、①保育を必要とする乳幼児の地域型保育給付としての居宅 訪問型保育の位置づけ、②地域子ども・子育て支援事業としての訪問型保育事業の位置づ け、③居宅訪問型保育と公定価格、保育経費のメリット・ディメリット、④居宅型・訪問 型保育者の養成と資質の向上等があげられる。 ③の保育経費のメリット、ディメリットに関して、保育所と比較して述べてみたい。仮 に 0 歳児を保育所に預けるとすると、その経費は地方自治体によって異なるが、月 40 万円、 単純に月 25 日で換算すると、1 日 16,000 円保育経費がかかることになる。5 歳、6 歳で月 10 万円程度と考えた場合、その 4 分の 1 なので、1 日約 4,000 円の保育経費となる。ベビ ーシッター等の居宅訪問型保育の場合には、東京では 1 時間当たりおおよそ 1,600 円から 1,700 円が多く、全国では、おおよそ 1,500 円程度が多い(図表 3)。 図表 3 ベビーシッターサービス 基本料金 (出所)公益社団法人全国保育サービス協会「BABY SITTER NOW 2012 データ集」 居宅訪問型保育は施設型のように 8 時間も 9 時間も保育する例は極めて少ない。おおむ ね 2 時間から 6 時間程度となろう。仮に 2 時間という短時間保育を考えると、3,000 円程度 になる。6 時間で 9,000 円程度である。居宅訪問型保育では、基本的に年齢による公定価格 の差は考えられていない。莫大な公費がかかっている施設型集団保育とそれ程大きな違い は出てこない。 コスト面については、施設型集団保育の場合は、法人の立ち上げ・運営・施設・設備・ 4 居宅訪問型保育の展開に関する提言書 公益社団法人全国保育サービス協会理事 坂本秀美(2013 年 10 月 18 日) ― 41 ― 人件費等全ての責任を持つので、負担が大きいが、居宅訪問型保育については、少なくと もイニシャルコスト・ランニングコストは極めて低い。 なお、この保育所における保育経費に対して実際に保護者が負担する保育料は、応能負 担となっており、保育経費に対する保護者負担の割合は非常に低く、如何に巨額の税によ って賄われているかが理解できよう。保育所に入所している子どもとその家庭とそれ以外 の子ども、子育て家庭との公費の恩恵の格差は非常に大きい。このたびの施設型給付や地 域型保育給付の新設はこの面での見直しを図る上でも重要な意味を持っていると考える。 さらに、④の人材育成については、保育士養成校である大学、短大、専門学校で居宅訪 問型保育の資格をとることを希望する学生が増加しており、我々の協会では資格認定のた めの手続について指定校制度を設けている。 6. さいごに 子ども・子育て支援法に基づき制度化された地域型保育給付並びに地域子ども・子育て 支援事業は、保育所等施設型集団保育に高いウエイトがおかれてきたこれまでの保育制度 の体系に、多様な保育サービスを拡大させる上で非常に意義があり、特に、家庭的保育、 居宅訪問型保育、小規模保育、地域子ども・子育て支援事業を多面的に展開することは、 我が国の保育の量的、質的拡充の上で不可欠と考えている。 その中でも、ベビーシッターを中心とする居宅訪問型保育は、近年の待機児童の中で極 めて高いウエイトを占める 3 歳未満の乳幼児保育システムとして、特に 6 時間以下の短時 間保育を必要とする子どもへの高い保育効果が期待されている。また、居宅訪問型保育は、 保育所等の施設型集団保育と比較した場合のコスト面での優位性等から、これまで、膨大 な公費を必要としてきた施設型集団保育を補完・代替する効率的な政策ツールの一つとし て推進していくことが重要である。 (2013年11月時点での報告をもとに編集) ― 42 ―