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「もしドラ」でギリシャを「企業再建」するとしたら

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「もしドラ」でギリシャを「企業再建」するとしたら
リサーチ TODAY
2011 年 10 月 28 日
「もしドラ」でギリシャを「企業再建」するとしたら
常務執行役員 チーフエコノミスト 高田 創
筆者が1990年代の半ばにかけて銀行の審査部でクレジットアナリストとして行っていた業務は、債務過
多になった企業の存続を見極め、同時に、その企業の再建シナリオを策定することだった。そこでのプロ
セスは
①資産査定で実態バランスシートの策定
②本業の収益力の把握
③債権者の協力による企業の債務軽減の可能性の把握
④企業のリストラ(経費削減、収益分野への特化)への見極め
⑤経営者のやる気の確認
であった。本日は「もしドラ」のノリで、仮に筆者がギリシャを企業にみたてて再建する場合、そこ
で考えうる論点を考えることにする。以下で、先の5点について考えよう。
①資産査定が十分に把握されているのか、については大変心もとない。そもそも、一連のギリシャ危機
は今から2年前にギリシャの財政赤字の実態が明らかになり、ギリシャの政府会計への不信が生じたこと
から始まった。いまだに市場関係者にギリシャに対する不信は強いだろう。
②本業の収益力だが、そもそも主要な産業基盤に乏しいギリシャは観光の収入に大きく依存していた。
しかし、最大の産業の観光がデモで機能しにくくなっており、最大の観光資源であるアテネのアクロポリス
も閉鎖中という。また、海運業も存在するが世界的景気減速の影響を受けやすい。
③の債務が軽くなることはいいことだ。しかし、今回、実質的に債務カットになるなか、その後に新たな借
入れが可能となるのかがポイントだ。さもなくば、ゴーイング・コンサーンとして国家が維持できなくなる。
④のリストラ策の展望が最も問題と筆者は考えている。リストラには2つの側面、すなわち、経費削減
(守り)と売上拡大(攻め)の2方向が存在する。そもそも、経費削減としてあげられる財政赤字に関し国民
がデモを行っているようでは、その実現は容易でない。国民とすれば、失うものが少ないなか、海外の債
権者に抵抗して少しでも有利な条件を引き出すようなインセンティブを働かせやすいだろう。
一方、攻めの収支拡大策は、ソブリン危機では通常、自国通貨を切り下げて外需に依存する形になる
ことが多い。しかし、ギリシャはユーロという共通通貨のなかでその策をとりにくい。また、世界の景気環境
が減速するなかで外需依存も容易でない。もとより、ギリシャのように産業基盤が乏しい産業構造では通
貨の下落は輸入品の価格上昇等のネガティブな面を生じさせうる。
一般的な企業再建では③債務減免と④リストラはパッケージで議論される。すなわち、③債務減免措
置は、④リストラが前提になる。そうでないと一旦、③債務が減免されてもリストラが十分でないと、また再
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2011 年 10 月 28 日
び債務が拡大し、新たな再建策が必要になるからである。今回のギリシャの場合は、リストラ策に対する
信頼性が極めて低い中で見切り発車により債務減免が行われている状況で、これは我々金融関係者か
らは「ありえない」状態に見える。少なくとも単年度の収支が均衡するフレームワークを他国からのトランス
ファースキームも含めて策定する必要があるだろう。
最後に、⑥の経営者のやる気は、企業再建では実は実務家が最も重視する項目である。筆者も振り
返れば、経営者、そして従業員のリストラへの協力状況に注目してきた。一方、今回のギリシャを見ると、
「経営者」のやる気が伺われない。そもそもアテネで財務省の職員が財務省を占拠してデモを行っている
状況にあるなか、当事者意識があるのかと疑ってしまう。
以上を総括すれば、最初に挙げた5つの論点から、ギリシャという「企業」の再生は極めて困難にみえ
る。また、そもそもの問題に、国家に関する倒産法制等の法的な仕組みが整備されていないことがある。
にもかかわらず、国家のクレジットに対するクレジット・デフォルト・スワップや格付けが存在し、市場の動き
だけは国境を越えて先行していることが本源的な矛盾を引き起こしている。
しかし、今日のあらゆる制度は過去の長い政治過程や仕組みの積み重ねに基づく「経路依存性
(path dependency)」を背負っている。なかでもユーロという共通通貨はその歴史的重みが大きいだけに、
一旦、作り上げてしまったユーロのフレームワークを変えるのは極めて困難であろう。たとえユーロそのも
のが見切り発車による本源的に欠陥を抱えた制度であるとしても、その欠陥状況を所与に対応せざるを
えないところに関係者のつらさがある。今日、欧州問題に対処する政府当局の方々は、誰しも足元議論
されるギリシャへの支援対応を十分とは思っていないだろう。しかし、欧州の政策当局者は実務家として
「経路依存性 (path dependency)」を背負った制度のなかで、当面はこのような対応しかとれないとの意
識で今日の欧州問題にあたっていると考えられる。しかも、その困難さの真実を正面切って表明すること
ができないつらさがあるだろう。それだけに、彼らの「本音」での危機意識は、部外者である日本の関係
者の意識をはるかに上回るという印象を最近、欧州の方々と話していて筆者は感じている。
当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき
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