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私に何も聞かないでください 通常、普通の人はきれいな女性と知り合いに
イリヤ・プーシキン 私に何も聞かないでください 通常、普通の人はきれいな女性と知り合いにな るためにどんなサイトもインターネットの文通 も必要がない。視線を交わし、点火した熱情が 荒れ狂い、心はもう胸から外に放たれる・・・ そのことについて、小説を書いたり読んだりす るのはあまり面白くない。小説を書く代わりに さっさと家を出て、通りできれいな女性を探し 始める方がいい。 でも、もし自分の小心を克服して長い間文通を し、遠くにいる待望の女性に、真っ先に会いに 行けば、かわいそうなこの小説の読者の心はま ったくとろけるだろう。 でもこの話は少し違うかもしれない。 ある大きな会社で、田中君は一番できるコンピ ューターの専門家だった。彼は他の社員と同じ ように朝早くから夜遅くまで毎日働いたけれ ど、毎日同じ仕事をして田中君は退屈しなか った。どうしてかというと自分の仕事が大好き だったから。 1 ある日、突然部長は田中君を何等かの理由で呼 んだ。 田中君が部長の前に座っていた時、長い間彼の 目を見てから部長は話し出した。「田中君、私 にはとてもデリケートな頼みがある。最後の宴 会の後でお前は信頼できるとわかった。」 (最後の宴会で、部長はすごく酔っ払ってたく さん吐いた。その時、田中君はお手洗いでず っと彼を介抱してから家に連れて帰ったのだ った。) 部長は話し続けた。「一週間前、私のゆみとい う妻がいなくなった。彼女は長い間ロシア語を 勉強して、いろいろなロシア人とインターネ ットで文通をしていたから、多分彼女はロシア に住んでいる誰かに会いに行ったかもしれな い。私たちの関係はしばらく冷たくなっていた から。お前が彼女のコンピューターを調べて、 彼女がどこにいるのかを解明して欲しい。もし かするとメールの中に手がかりがあるかもしれ ない。」 田中君は「すみませんが、私はロシア語ができ ませんので・・・」と言い始めた。 2 「そのお金はロシア語の翻訳者とお前の必要経 費に十分と思う。」部長はそう言って分厚い封 筒を田中君の前のテーブルの上に置いた。 「これが秘密だと言うことは、言うまでもな い。」と部長は終えた。 橋本綱吉という部長は、一度でも彼の妻を愛し たかどうか、自分でもわからなかった。新婚の ほんの少しの間、若い妻を愛したかもしれない けれど、後は出世とキャリアにしか興味がなか った。「綱吉はこの会社と結婚した。」と彼の 同僚は冗談を言った。長い間、一日中仕事場で 妻を思い出さなく、家でも妻に気をかけなか った。 ゆみは夫の長い出張や、度々の単身赴任や、一 人ぼっちでいる夜が重なったせいで、彼がいな いことにもう慣れてしまった。その夫婦は子 供がいなかった。彼女は長い間働いていなか ったので、学生時代に培ったものを忘れてしま った。ゆみはいろいろな趣味のコースを取って 自分独りの寂しさの時を忘れようとした。 彼らの人生は、それぞれまったく違うものにな って行った。彼らは長い時間を経て他人にな った。 3 部長は「冷たい関係」と言ったけれど、本当に その夫婦には関係がほとんどなかった。 毎日彼らはお互いのことをぜんぜん考えなか ったけれど、今は状況がまったく変わった。 最近部長は、いつもいなくなった妻についてば かり思うようになった。突然彼女は彼にとって 一番重要で大切ものになった。彼女の顔は一番 美しく思い出されたし、彼女の姿も一番きれい になった。今の綱吉にとってゆみは一番愛する 者だったと感じた。 そのほかに、彼は自分の祖先が侍だったことを 思い出した。侍は自分の家内を無責任に手放す ことはしなかった。これは自分の尊厳に関わる ことだった。だから、綱吉はその状況を見過ご すことができず、彼女を戻す取り戻すことに懸 命になった。そのことについてたくさん考え、 ようやく彼は妻を探すためにロシアに行く事を 決めた。 田中君と会った一週間後、部長は全ての情報を 受け取った。ゆみは二人の文通相手と親密な関 係にあった。その二人はボブロフ・セルゲイと いう男とマリニナ・ガリナという女性だった。 4 この二人はモスクワに住んでいた。彼らの住所 と電話番号が見つかった。でもメールに彼らの 写真はなかった。 田中君は「そのボブロフ・セルゲイはとても金 持ちです。」と進言した。 本当に田中君は素晴らしい仕事をした。 綱吉は若い時に立派な剣道の専門家になったの で、精神的に鍛錬されていてので、ロシアのよ うな遠い所への一人旅も恐れなかった。 彼は本当の侍のように、全ての危険をものとも しなかった。 何日かの後で、綱吉はモスクワに行く飛行機の ビジネスクラスの席に座っていた。 彼の隣の席の人は、少し日本語ができるロシア のビジネスマンだった。彼らはすぐに打ち解け て、長いフライトの途中いろいろなことについ て話していた。 そのビジネスマンはロシアの状況についてたく さん話した。「今モスクワは危ないと思いま す。モスクワに中国人がたくさんいるのです が、ロシア人は彼らが嫌いです。でもロシア人 は中国人と日本人を区別することができませ ん。だから、モスクワは全てのアジア人にと って危ないでしょう。そのことの他に最近、モ 5 スクワでスキンヘッド達が、黒人とアジア人を 度々襲うと聞きました。ですから十分気をつけ てください。」 でも、綱吉は臆病者じゃなかった。彼は剣道で 体得した眼力で危険を見分けるのに慣れていた から、スキンヘッド達との揉め事も全然怖がら なかった。 綱吉は早朝モスクワに着いた。モスクワは彼を 雪と冷たい風で向かえた。でも暖かい上着とセ ーターは、綱吉を確実にモスクワの寒さから守 っていた。 早い時間だったので、モスクワの地下鉄はほと んど空っぽだった。まず綱吉は予約したホテル を見つけた。本当にきれいな都会だった。彼は モスクワが好きだと思った。ホテルの部屋で少 し休み、綱吉はボブロフ・セルゲイを見つける ために出かけて行った。ゆみはボブロフの所に いると彼は思った。綱吉は英語が下手だったの で、ボブロフと電話で話したくなかった。 でも、彼はゆみを見つけたとしても、どうした らいいかわからなかった。ボブロフとは話すこ となく殴ることができるけれど、何をゆみと話 したらいい全然わからなかった。 6 ようやく、綱吉は「ヂミトロウソコエショセ」 という地下鉄の駅を出た。その辺りにボブロフ が住んでいるらしい。少し暗くなって来た。綱 吉はお腹が空いていると感じた。必要な住所を 見つける前に大きなデパートに入りたかった。 突然デパートの近くで四人のスキンヘッド達が 綱吉の前に現れた。彼らの悪意ある顔に狂暴さ と死が見えた。彼らはナイフと鉄の棒を持ち綱 吉に近寄った。綱吉はひどい一戦を予想し構え た。 突然激しい叫びが聞こえた。拳銃を持った金 持ちらしい男はスキンヘッド達に何かを怒鳴 った。スキンヘッド達は汚い言葉を吐きなが ら、ゆっくりとナイフと鉄の棒を下げて去って 行った。 男は拳銃をポケットに入れて微笑んだ。 日本語で「あなたは大丈夫?」と聞いた。 彼は日本語ができた! 綱吉は「大丈夫。ありがとうございます。」と 答えた。 「びっくりしないでください。私は日本と日 本人が大好きだったから日本語を勉強しまし た。」とその男が言った。彼は話し続けた。 「今晩あなたを私の家に招待してもいいです 7 か?一緒に夕食を食べましょう。私は近くに住 んでいます。今私の家には日本人のお客さんが 泊まっています。多分あなたにとって日本人と 話すのは面白いかもしれません。」 綱吉は「どうもありがとうございます。」と言 った。「もちろん、喜んでご招待をお受けしま す。あなたのお名前は何ですか?」 「私はボブロフ・セルゲイです。」と男は言 った。 綱吉はとてもびっくりしたけれど、自分の驚き を見せなかった。でも、妻を見た時彼女に何を 話したらいい? 彼を助けたボブロフと、とても愛する妻と一緒 に夕食をとるのが可能か? ボブロフの自動車で彼の家に行く道すがら、い ろいろな日本のことについてもボブロフの質問 に答えながら、綱吉はこの変な状況についてず っと考えていた。 ボブロフは大きな三階建の家に住んでいた。車 庫に車を止めて、彼らは家に入った。二人の召 使と頑強な警備員が彼らを出迎えた。 きれいな家具で飾られた広い客間に綱吉は自分 のゆみを見た。彼女は突然夫を見て驚愕した。 8 綱吉は少し微笑んで「こんばんは。」と言 った。 彼女は驚きから返り「こんばんは。」と答え た。彼らは見知らぬ人同士のように振舞った。 もちろん、ボブロフは何も気がつかなかった。 彼らは皆で日本について話しながら、素晴らし い夕食をとった。 食事の後でボブロフは綱吉に「あなたの部屋は 二階にあります。そこにもお手洗いが付いてい ます。」 綱吉は皆に「おやすみなさい。」と言って二階 に上がった。 その夜彼は眠れなかった。いろいろとこの状況 について考えていた。彼は突然夜中に誰かが部 屋に入って来た音を聞いた。 それはゆみだった。 彼女は黙って彼のベッドの近くに跪いた。 綱吉も黙って彼女の手を取り、ベッドに腰掛け させた。 そのまま彼らは長い間座っていた・・・ 朝、綱吉が客間に降りた時、ゆみだけが朝食 のテーブルに座っていた。ボブロフはいなか った。 9 二人は黙ってお互いを見た。 ゆみは「さあ、どうぞ、召し上がれ。」と言 った。「朝ごはんの後、すぐ空港に行きまし ょう。運転手が待っています。チケットも、用 意してあります。」 飛行機の中で綱吉は「彼の人生にとって新し く、大切な部分が突然現れた。」とわかった。 近くに座っているゆみの手を握りながら、彼の 人生の中で初めて泣きそうになった。 もう一度、結婚した時のような自分を感じた。 Jerusalem©Ilya Pushkin, 2012–08–10 10 11