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障害のある方のための
職業体験フェア2006
事業報告書
結ぶ・輪になる・優しい手
特定非営利活動法人やさしねっと結
■後援団体
千葉県
木更津市
朝日新聞千葉総局
君津市
袖ヶ浦市
富津市
読売新聞千葉支局
毎日新聞千葉支局 東京新聞千葉支局
NPO法人ワークス未来千葉(県就労支援事業受託法人)
スペシャルオリンピックス日本・千葉
(社団法人)日本てんかん協会
中核地域生活支援センター君津ふくしネット
NPO法人ぽぴあ
(社会福祉法人)君津市社会福祉協議会 木更津市手をつなぐ親の会
君津市手をつなぐ親の会
NPO法人たすけあい虹
生活協同組合エル
富津市手をつなぐ育成会 袖ヶ浦市手をつなぐ育成会
NPO法人井戸端介護
生活クラブ生活協同組合
夢の会わくわくクラブ(障害児学童クラブ)
富津市あゆみの会
NPO法人ちばMDエコネット
チャレンジセンターLet'sきさらづ
社会福祉法人わこう村和光保育園
ひまわりの会(ダウン症児親の会)
このゆびとまれコンサート実行委員会
(順不同)
■協力団体
独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター
君津市
(株)エスコアール
(有)シーアイ加工
■支援ボランティア
木更津市立小学校教諭
「異業種体験」
君津養護学校教諭
福祉系大学学生
君津市ボランティアセンター登録ボランティア
コムスン木更津ケアセンター
やさしねっと結会員
他
延べ69人の支援を頂いた。
障害のある方のための
職業体験フェア 2006
「働くってどんなこと?」
第一部
8月6日
◇講演会とシンポジウム
於:木更津市民会館小ホール
第二部
8 月 7 日から 8 月 11 日まで
◇職業体験
於:障害者小規模福祉作業所わーくす結
(株)エスコアール
◇職場体験
於: 君津市立久保保育園
主催:特定非営利活動法人やさしねっと結
-1-
■事業概要
第一部
◇講演会とシンポジウム
於:木更津市民会館小ホール
12:30 ~開場
受付・資料配付
13:00 ~開会式
<式次第>
・開会の言葉:障害者小規模福祉作業所わーくす結
山下実穂
石渡佳祐
上原口寛之
・主催者挨拶:特定非営利活動法人やさしねっと結
重田美幸
・来賓挨拶
千葉県商工労働部産業人材課障害者就労支援室
原田良子さん
木更津市保健福祉部障害福祉課
桑山美佐夫さん
君津市保健福祉部福祉支援課
佐久間敏幸さん
中核地域生活支援センター君津ふくしネット
佐野
・閉会の言葉:障害者小規模福祉作業所わーくす結
石井知徳
毅さん
神田智美
13:30 ~講演会
・講師紹介:理事長
・講
重田美幸
演:特定非営利活動法人ぱれっと理事(元理事長)
ぱれっとインターナショナル・ジャパン代表
谷口奈保子さん
14:30 ~:リラックスタイム
新垣隼人さん
14:35 ~:休憩
14:45 ~:シンポジウム
シンポジスト
特定非営利活動法人ぱれっと理事
ぱれっとインターナショナル・ジャパン代表
谷口奈保子さん
精神障害者小規模共同作業所ひまわり工房所長
会社員
進
行
重田洋平さん
特定非営利活動法人やさしねっと結
筒井啓介さん
富永渉さん
鈴木敏子
15:50:閉会挨拶
特定非営利活動法人やさしねっと結
16:00:閉会
-2-
重田美幸
第二部
◇職業体験
於:障害者小規模福祉作業所わーくす結
(株)エスコアール
参加者:10 名
支
援:わーくす結支援員・NPO法人やさしねっと結理事・ボランティア
8 月 7 日(月)於:わーくす結作業室
1)オリエンテーション
参加者:参加者 10 名、保護者 10 名、スタッフ 4 名、ボランティア 2 名
内
容:主催者挨拶、自己紹介、スケジュール説明、諸注意のあと社内見学を行った。
協力企業である(株)エスコアール鈴木社長からの激励あり。
2)仕
事
関係団体の機関紙発送作業を実施。
(内容と留意点)
1.ラベルシールを貼る→補助具を使いB5判封筒の中心にきれいに貼る。
2.会員種別ごとに(4 種類)発送内容が違うので注意して行う。
3.冊子 2 種類、プリント 3 枚をセットし、封入する。
4.数を数え、発送用のダンボールに入れる。
8 月 8 日(火)於:わーくす結作業室とエスコアール会議室
・
(株)エスコアールの窓掃除の予定だったが雨天のため中止。
・全員でNPO法人ぱれっとのビデオ鑑賞後、わーくす結作業室とエスコアール会議室に分か
れて実施した。
☆作業室:メモリーノートのセット作業と講演会資料整理実施。
(メモリーノートセット作業留意点)
1.レフィルの穴を破かないように、無理に差し込まない。
2.レフィルは1セットごとに帯封が掛けられているが中身がよれないようにする。
3.バインダーに入れる際に前後、上下をしっかり確認する。
(講演会資料整理留意点)
1.講演会の配付資料残部を提供者にお返しするため、丁寧に扱う。
2.他の物と混ざっていないか、重なりはないか気をつける。
☆会議室:トータルパッケージの計量課題実施。
4名1グループで午前・午後に分かれて行い、報告記録をとった。
-3-
8 月 9 日(水)於:わーくす結作業室とエスコアール会議室・廊下
昨日に引き続き、メンバーを交代しながら3か所に分かれて実施した。
☆作業室: 講演会資料整理、プラグタップ課題実施。
資料整理とプラグタップ課題の2グループに分かれて交代で実施。
☆会議室:トータルパッケージ OA ワーク実施。
4 名が一台ずつパソコンを使用して 、「文書入力」「数値入力」や「コピーアンドペースト」
などの OA ワークに取り組んだ。
☆廊下:トータルパッケージピッキング課題実施
指示された物を、沢山の棚の中から正確に選択する「ピッキング課題」に取り組んだ。
仕事の正確さや時間を計測し、記録した。
8 月 10 日(木)於:わーくす結作業室とエスコアール会議室・廊下
昨日に引き続き、メンバーを交代しながら3か所に分かれて実施した。
☆作業室:プラグタップ課題、弁当用アルミカップセット
(アルミカップ作業留意点)
1.食品を入れる物なので、素手で取り扱わない。
2.作業前の手洗い励行、手袋、マスク、エプロン、帽子の着用
☆会議室:OA ワーク、ナプキン折り課題実施。
ナプキン折りは VTR を見ながら指示通りに行う。
☆廊下:ピッキング課題
前日に引き続き、メンバーを交代しながら実施。
8 月 11 日(金)於:わーくす結作業室
体験最終日のため、午前中は会社より借りたトータルパッケージの材料を数量確認した。残り
の時間はアルミカップ作業に全員で取り組んだ。午後は保護者を交えて報告会を行った。
(報告会内容)
参加者、支援員、ボランティアそれぞれが感想を発表しあった。また体験中の写真をスクリー
ンで見ながら 5 日間を振り返り、和気あいあいの中報告会を終了した。
終了後、君津市民文化ホールで行われていた、四市特殊学級設置校主催による「特別支援教育
振興大会」での就労に関する講演会に全員で参加し、全日程を終了した。
◇職場体験
於: 君津市立久保保育園
参加者: 1名
君津市の協力を得て、体験者本人を交えて保育園と事前に打ち合わせを行った。
体験者は、保育士補助として 5 歳児クラスに入り、毎日目標を立てて参加した。
受け入れ側の配慮により、参加者本人は楽しく有意義な5日間を体験することが出来た。
後日、結理事長・副理事長で保育園に出向き、園長から本人への今後の支援のあり方について
助言を頂いた。
-4-
のある方々の就労支援の取り組みをスタート
■来賓祝辞
させたところでございます。
千葉県商工労働部産業人材課
障害者就労支援室
私どもの目標とするところは、「働きたい
原田良子さん
方々の希望を実現させる」ということでござ
皆様こんにちは。県の産業人材課障害者就
るいは「障害者には無理だよね」と、そうい
います。「障害者の方はなかなか難しいよ」あ
労支援室の原田と申します。
った理由から障害のある方を受け入れてこな
本日は私どもまでお声をかけていただきま
かった職域というものは、たくさんございま
して、どうもありがとうございました。
す。
「障害のある方のための職業体験フェア」
それぞれ雇う側にはさまざまな理由があっ
が、今年もこの木更津市で開催されますこと
て、雇っていただけないということなのかも
を心からお祝い申し上げます。
しれませんが、「仕事がない」あるいは「無理
今回は2回目ということでございますが、
だよ」これは既成概念ですね。まだ雇ったこ
会場にお集まりの皆様がたの地域で、障害者
とがないところが、もしかすると「障害者に
の就労を一緒に考えていこうという、強く熱
は無理かもしれない」という形でもう根付い
い思いを、私も感じるところでございます。
ているのかもしれません。
また、このフェアを開催された、「NPO
私どもはそういった既成概念をはずして、
法人やさしねっと結」におかれましては、昨
仕事の仕方ですとか組み合わせとか、そうい
年6月にNPO法人として認可され、今年の
ったことを見直していただき、工夫していた
4月には「小規模福祉作業所わーくす結」の
だこう。そして障害者が 1 人でも多く、働く
オープンと、着実に、地域に根ざした活動を
場で能力を発揮していただけたら。というこ
進めておられますことに対し、深く敬意を表
とで、今後働く場の開拓を進めていきたいと
するとともに、今後のこの取り組みの輪を、
考えています。
地域に広げていく原動力になってくださるよ
「障害があっても働きたい」そういった方
う、期待しております。
々の働く場の拡大、これは行政とそして皆様
さて、千葉県内には就労を希望する障害の
方と一緒に力を合わせて、今後1歩1歩では
ある方で、ハローワークに登録していらっし
ありますが、進めていかなければならないこ
ゃる方が、この3月現在、14,800 人もいらっ
とだと感じております。
しゃいます。そのうち、約 7,800 人の方が就
そして「障害があっても働ける」そういっ
職されていますが、残り約半分の 7,000 人の
た実績をひとつひとつ積み上げて、多くの人
方は、働く希望を持ちながら働けない状況に
々が働ける場、そういったものを作ってまい
あります。
りたいと考えております。
働きたい方々の希望を実現させるために、
一方で障害者の方々が働く、これは職場の
福祉、教育、その他さまざまな分野の方々が、
これは送り出す側と申し上げましょうか、そ
環境だけではございません。
「障害があっても安心して働ける」そうい
の方々が就労支援に大変熱心に取り組んでお
う地域を作っていかなければなりません。
られますけれども、なかなかその道が厳しい
千葉県の方では「障害者就業生活支援セン
というのが現状でございましょう。
ター」これが県内に今三つございますけれど、
千葉県でも、この 4 月に産業人材課の中に
それを各地域に拡大して、行政、関係団体、
障害者就労支援室を設置いたしまして、障害
福祉関係の施設、教育、そういった方々とネ
-5-
ットワークを張り、しっかりと地域で支える
ことでもご相談にのる」という 24 時間 365
仕組み作りを進めてまいりたいと考えており
日体制で支援をするセンターでございます。
ます。
私ども「君津ふくしネット」は、木更津駅
終わりになりましたが、「障害のある方の
西口のアクアビル8階にございます。今回、
ための職業体験フェア」が、実り多いものと
このような体験フェアにお招きいただきまし
なり、多くの障害をお持ちの方々の、働く喜
て、まことにありがとうございます。
びの場を実現するきっかけになることと、主
振り返りますれば、私たち「中核支援セン
催されました「NPO法人やさしねっと結」
ター」は、様々な子どもから高齢者の方、あ
の、ますますの発展をお祈りいたしまして、
るいは障害のある方も含めて、さまざまな相
ご挨拶に代えさせていただきます。
談活動、支援活動をしております。
最近特に、障害のある方で働きたい、障害
があっても働きたい、あるいは働き続けたい
というお悩み・ご相談が日に日に増えてござ
中核地域生活支援センター君津ふくしネット
佐野
います。
私どもには、「就労支援ワーカー」という
毅さん
専門の相談支援員もおります。
皆さんこんにちは。ただいまご紹介いただ
今回のこの体験フェアを通じて、本日いら
きました、「中核地域生活支援センター君津ふ
していただいている千葉県の方、木更津市、
くしネット」のセンター長をしています佐野
君津市、あるいは富津市、袖ヶ浦市という各
と申します。よろしくお願い致します。
医療センターの4市の方、並びにハローワー
本日は職業体験フェアの開催、まことにお
クさん、それからご挨拶にありました千葉障
めでとうございます。一言ご挨拶をさせてい
害者就業支援キャリアセンター、千葉県障害
ただきます。私たち「中核地域生活支援セン
者就労支援事業振興センターもございます。
ター」は、ご案内の通り平成16年10月、
また就労生活支援センター等の関係機関もご
今から約2年前に千葉県独自の制度というこ
ざいます。そういった関係機関の方々と常に
とでスタート致しました。
連絡を取り合い、連携をはかりながら、より
良い地域社会作りに貢献したいと思っており
健康福祉千葉方式に基づき「誰もが、あり
ます。
のままに、その人らしく地域で暮らすことが
本日の体験フェア、まことにおめでとうご
できる」新たな福祉像実現のために、県内1
ざいました。
4箇所で、現在「誰でも、いつでも、どんな
-6-
◇講演「働くってどんなこと?」
しているボランティア活動のプログラムに、
私は地域住民として参加しました。その月 1
ぱれっとインターナショナル・ジャパン代表
回の社会教育がいったい何を意味しているの
特定非営利活動法人ぱれっと理事
か、どんな成果があるのか、という疑問がた
谷口奈保子さん
くさん出てきました。その中から、やはり恒
ご紹介いただきまし
なんの意味もなさない、ということで「ぱれ
常的にそういう社会教育的な場所がなければ
た谷口奈保子です。暑
っと」を作ったのです。
い中、こんなにたくさ
ここでとても大事なことが組織作りです。
んの方に来ていただき
組織を作って人を育てる団体活動に一番大事
まして大変嬉しいで
なことは、その団体が何を目指しているのか
す。手話通訳の方、ど
ということ。これは理念です。私ども NPO
うぞよろしくお願いし
法人は 5 年前からですけれども、その前は任
ます。1 時間ですね。
意の団体だったわけです。もちろん目指すも
大変短いので、どれだけお話できるかわかり
のがあってやってきましたが、NPO 法人を取
ません。かなり早口になるかもしれません。
る時に、それをきっかけにもう一度理念を見
(ビデオとパワーポイントの説明)
直しました。就労・暮らし・余暇・というふ
■「ぱれっと」の歩み
うに、ここに書かれている理念を私どもは目
それでは、パワーポイントで最初にざっと
指して、活動を展開しているところです。
「ぱれっと」の 23 年間の足跡を説明します。
ここに障がいのある人たちというふうに書
今流行りの言葉ですが「誰もが当たり前に
かれていますが、前は知的に障がいのある人
暮らせる社会」という言葉も、皆さんの中で
たちと書いてあったのです。しかし、三障が
浸透してきていると思います。誰もが、とい
い、つまり精神・身体・知的、全部合わせた
うのがミソでして、この中に障がいのある方
どんな障がいを持っている人でも、という意
が本当に入っているのか疑問がありまして、
味で変えました。
これはなんとか社会を変えていかなければ、
「ぱれっと」の歩みですが、親御さんや当
ということで活動が始まったわけです。
事者の方たちのニーズに合わせて活動を進め
「やさしねっと結」というのはずいぶん思い
てきましたら、いつのまにか五つのセクショ
を込めて付けた名前だと、私は想像ができま
ンができてしまったのです。この 23 年間を
す。私どもも「ぱれっと」という名前を付け
振り返ってみますと、あっという間の 23 年
る時にずいぶん考えました。そして絵の道具
間だったなと思っています。
で、絵の具の色を混ぜ合わせて色々な色を生
私は今年の 5 月まで理事長でした。私が 40
み出すというボードですが、色を人に置き換
歳でこの活動を始めた時に、自分に課したわ
えて、誰でもが集って、そしてそこで新しい
けです。60 歳になったら理事長を降りると決
可能性、新しい色を生み出していくという思
めていました。降りるためには、次の人を育
いを込めて「ぱれっと」という名前を付けま
てないと降りられないわけです。ですから 40
した。
歳で始めて 60 歳までに次の人を育てる、そ
この木更津市にもあると思いますが、知的
の大きな目標でずっと来ました。私が始めた
障がい者の社会教育という、行政がお金を出
頃に、たまり場活動でボランティアをやって
-7-
いた学生さんたちが今、私がスタートした時
す。かなり苦しい経済状態ですけれども、私
の年になりました。42 歳になって職員として
はそこに意義があるのだという信念を持って
働いている、立派に後を継げるということで
います。
私は5月の総会で退任したのです。
グループホームを作って6年になります。
1983 年に、集いの場の「たまり場ぱれっと」
今6名の方がいっしょに生活をし、緊急一時
を作り、次に働く場「おかし屋ぱれっと」を
保護事業(ショートステイ)の短期入所の方
作りました。そして、それに満足できずに株
の2名分を入れて、8名の、施設ではない小
式会社を作って、レストランを作りました。
さな拠点である「家」を作りました。駅から
これは店名が途中で変わりましたが 15 年間
5分くらいのところです。そこで皆さんが生
続いています。
活をしています。
何を提供しているかというと、スリランカ
■スリランカの「ぱれっと」
カレーで、コックさんがスリランカ人です。
その後「ぱれっと」自体が発展途上国に何
スリランカに行って「ぱれっと」や障がい者、
か役割を持てないだろうかと思い始め、スリ
活動の社会的意味を説明して、理解をしても
ランカという国につながりが出来たときに、
らった上で採用した方が来ています。コック
スリランカで何かお役にたてないだろうかと
さん・障がいのある方・スタッフ、この三者
いう話がでました。働いている方たちを私ど
で、レストランを経営して 15 年になります。
もは通所員という言い方をしているのですけ
24 席という大変小さな所ですが、赤字を抱え
れども、
「ぱれっと」で働いている方たち、障
ながらも生き生きとみんなが働いています。
がいのある方たちはお金を貯めて、1年おき
「おかし屋ぱれっと」はたった3種類のク
にアジアの国々を訪問して交流を深めてきて
ッキーを作って、6畳2間にコンベック2台
いるんですね。最初の国がスリランカ、そし
で始まりました。いまやかなりの種類のクッ
てインドネシア・マレーシア・シンガポール
キーとケーキ、そして通所員は6人から 11
・韓国・モンゴル、と1年おきに旅行してい
人に増え、職員 3 人のもとで年間2千万円の
ます。そして、現地の障がい者の方たちと交
売り上げを上げています。働く場所を作り、
流をしています。
そうこうしているうちにお父さんお母さんの
私が 15 年前にレストランを作った時に、
年齢が高くなってきたものですから、これか
スリランカに出張する度にいろいろな施設を
らは当事者の方たちは自活しなければならな
訪問し、「ぱれっと」がお役に立てないだろう
いということで、同じ地域にグループホーム
か、というお話をしました。その時に、幼稚
を作りました。
園とか学校とかの施設や物、お金もいいけれ
ご存知のように恵比寿は今とてもトレンデ
ど、一生身につく技術が欲しいと言われたの
ィーな所で、土地がだんだん上がっています。
です。お坊さんが運営している孤児院でした
大変土地の高いところで活動をずっと 20 年
が、立派なお坊さんがそのように訴えてきた
以上続けるということは、かなり苦しいので
のです。それを聞いた時すぐに私は「技術が
す。でも、やはり街のど真ん中に拠点を作っ
あるじゃないか、クッキーを作る技術が」と
て、迷わないで来られること、働いたり、遊
思いました。
んでいる姿が、一般の地域の人たちによく見
そこで、日本で開いた「おかし屋ぱれっと」
えるという場所で彼らが生活するということ
のプロジェクトをそっくりそのままスリラン
が一番だろうということで、一歩も譲らず土
カに持っていって、スリランカの障がい者が
地の一番高いところで 23 年間活動していま
クッキーを作って、スーパーマーケットに卸
-8-
してお給料をもらう、というその仕組みを作
もっとも大事なことは、こういう小さな団
ったわけです。
体はいかに寄付を募るか、それから財団に申
今、障害のある人が 11 人働いていて、日
請して助成金を貰うかです。とにかく資金調
本人のスタッフが一人、それから何人か代が
達が大変なわけです。もし事業収入の2千万
替わりましたが、スリランカ人のスタッフが
円のクッキーの売り上げがなければ運営は大
2人働いています。十分ではありませんがお
変です。この事業収入というのは、ほとんど
給料は最初から出しています。皆さんは、毎
クッキーの売り上げですが、やはり一番多い
日生き生きと5種類のクッキーを作っていま
のは行政から頂いている補助金です。
す。
この補助金を頂いて作業所を始めました。
■「ぱれっと」の組織と財政
行政の補助金だけで、しかも会社の下請けの
このように「ぱれっと」の組織というのは
ピースワークのような仕事ですと、工賃は低
このようなメンバーでやっているわけですが、
いので、おそらく給料は3千円・5千円・1
大変小さなグループです。この 15、6 名のグ
万円いくかどうかという作業所が多いでしょ
ループが一番いいサイズだろうと思います。
う。私どもは、初任給が養護学校の高等部を
職員が 20 名、30 名という大きな施設になり
卒業した人で3万円です。ボーナスも出して
ますと、理念が末端まで行き届かない、浸透
います。最高の方は7万円代ですので、こう
しないので、ここらへんで組織を大きくする
いう作業所は非常に少ないです。ですから自
のはもうやめよう、というふうに思っていま
主事業を持たないと、給料をとても出せない
す。
というのが現状です。
これは 2005 年度の総収入ですが、「ぱれっ
上に財源のことが円グラフで書かれていま
と」全体で約1億のお金が動いています。株
す。会費・寄付・補助金・助成金、そのほか
式会社で運営しているレストランは、この中
の事業収入というのが書かれてありますが、
に入っていません。NPO 法人で1億のお金が
この会費納入率の数字は大事です。427 名、
動くのは、おそらく2万6千の NPO の団体
会費納入状況 93.6 %はかなり高い率です。多
の中でも、何%だろうと思います。この売り
くの団体はだいたい6割です。1年目は会費
上げは純利益ではありません。ですから収支
を入れるかもしれませんが、次からは入れな
を決算すると、とんとんという形になってい
いという方が増えていきます。そこで、何度
ます。
も催促をして3年以上納入しない方は切って
これは公益の法人ですから、私腹を肥やす
いくという形を「ぱれっと」はとっています。
ことはできませんので、利益が上がれば働い
会費を納入して下さる維持会員の方というの
ている障がいのある方に還元してお給料をも
は通信を受け取る権利があります。会費を払
っとアップする、という仕組みになっていま
わない会員に通信を送り続けると、財源がな
す。もしくはスタッフの給料を上げる形にな
くなってしまいます。第三種郵便物の資格を
っていますので、会社組織とは違います。こ
貰いましたので 8 円で送れます。普通ですと
れをご覧になってわかると思いますが、会費
80 円ですよね。それを続けている限りはもう、
が大変少ないです。野鳥の会のような全国的
とても通信費が高くて会費ではまかなえない。
な会ですと何万人という会員がいるでしょう
だから、会員を整理することも大事なことで
が、500 名から 1000 名が普通だと思います。
す。意識のない会員は切る、ということが私
「ぱれっと」は会費収入そのもののパーセン
たちの考えです。ですからこの 93.6 %という
テージは少ないですね。
のはかなり信憑性があるというか、確実なパ
-9-
ーセンテージです。ここまで持っていくのは
■チャリティー活動
それから、チャリティーボックスというの
小さな団体では大変難しいのです。
が書かれていますが、これはスリランカにグ
■企業とのコラボレーション
それから寄付の内訳に、団体・個人・企業
ループホームを作るという案が出て、そのプ
があります。あとで資料を見て頂くとわかり
ロジェクトをスタートさせようとしていた時
ますが、私どもは企業とコラボレーションす
に、スマトラ沖地震でスリランカに津波の被
ることをモットーにしておりますので、その
害が出ました。私がスリランカの出張から帰
企業からお金を貰います。事業としてイベン
った4日後でした。スリランカの事情もわか
トをやった時、例えば今日のようなフェアー
っていましたので、これは大変なことになっ
をする時、財団に申請してお金を頂くなどの
たということで、すぐ緊急職員会議を開きま
作業をします。また、個人も企業も、いわゆ
した。グループホーム作りのための資金調達
るセールスのように「お願いします」と会社
をスタートさせるか、それとも津波の被害を
を訪問したりすると「じゃ考えときましょう」
受けたスリランカの人たちの救済支援のため
という感じで、寄付を頂ける企業もあります。
のチャリティー募金活動をするか、どちらを
企業の中でかなり大きいのは、外資系のリ
優先するのかを話し合い、スリランカで困っ
ーマンブラザーズ証券会社です。資料の中に
ている方たちを先に助けるのが当然だという
冊子が入っています。リーマンブラザーズと
ことになりました。そこで、急きょチャリテ
は4年間のお付き合いをしています。これは
ィーコンサートを開き、更にチャリティーボ
イベントでのお付き合いです。たとえばティ
ックスをお店や銀行など色々な所に置かせて
ーボール大会とか、バザーとかで社員貢献を
頂きました。2ヶ月で集まった 260 万円を私
して頂いています。4年間お付き合いして人
がスリランカに持っていって、被害を受けた
間関係・信頼関係ができました。そして、ニ
団体に寄付をしてきました。そのチャリティ
ューヨークにあるリーマンブラザーズの本部
ーボックスの一部が、まだここに入っている
から「ぱれっと」に寄付をしましょうという
のです。
連絡が入ったのです。びっくりしました。こ
■行政の補助
これをご覧になってもおわかりのように、
れは4年間の企業との信頼関係がなければこ
こまで持ってこられなかったと思うんですね。
行政から頂いている福祉作業所「おかし屋ぱ
申請の書類を書くのは大変でしたけれども、
れっと」に対する約1千7百万円、グループ
それを書いてニューヨークの本部に送りまし
ホーム事業と緊急一時保護事業の二つに出し
た。もちろん六本木ヒルズにある、リーマン
ている4千万ぐらいのお金がほとんどを占め
ブラザーズの日本支社を通して出したのです。
ています。この補助金がないと、やはり運営
審査の結果、400 万円の寄付を頂けることに
が出来ないということも確かですが、一番立
なりました。ということで、そのような結果
派なのはやはりクッキーの売り上げが 89 %
になるには、それはそれは大変な苦労をする
で、これがなければ職員の給料も、通所員の
わけです。それぞれの職員はもともと本来の
給料も十分に出ないということになります。
仕事があります。それぞれのセクションの仕
年間の 6 千万近い補助金にきっとお母さん方
事があります。その上更に資金調達の仕事が
は心の中で驚いているかもしれませんが、物
あるわけですから、職員はかなり時間を割い
価も土地の価格も全然違います。グループホ
て頑張らなければこれだけのお金が貰えない
ーム6名、そしてショートステイの2名が住
ということです。
む半地下、2階建ての 30 坪に建っているグ
- 10 -
ループホームの家賃が1ヶ月 131 万円です。
が、知的障がいのある方たちは表面的にはほ
25 坪の「おかし屋ぱれっと」も、小さいとこ
とんどわからない。どうなっているのだろう
ろですが家賃は 60 万くらいです。行政が出
かととても気になっていました。
す家賃には上限があります。毎月だいたい 20
それは私が子どもを亡くしたという辛い経
万くらい足りないのです。実は、障がいのあ
験があったからです。なんらかの弱いものを
る通所員がクッキーを作ってその売り上げで
持っている人たちはいったいこの社会の中で
まかなっているということですから、彼らは
どうやって生活し、生きていくのだろうかと
立派な働きをしているのです。つまり彼らの
これが私の中に課題として残りましたので、
戦力がないと、家賃も滞るということになり
地域住民として何か役割があるのではないか
かねません。
と思い始めたわけです。そしてそれを言い出
この写真ですが、日本の 24 席の小さな、
したことが「ぱれっと」作りにつながったの
小さなレストランです。右の女性の方はお弁
です。もちろん私一人で作れたのではありま
当を売っています。私どもはその人の障がい
せんし、専門的なことがわかっているわけで
に合わせているので、2時間だけだったり、
もなかったのです。でも周りを見回した時に、
8時間働く人もいれば残業する人もいます。
あまりにも理不尽なことが多かったので、も
この男性の方は、15 年前にお店をオープンし
う手を出さずにはいられない口を出さずには
た時に養護学校を卒業して働き始め、6年前
いられない、というそんな心境で関わり始め
から主任としてお昼のサービスを中心になっ
ました。
てやってくれています。
関わり始めた時に、特に知的に障がいのあ
これはスリランカですね。日本の「おかし
る人たちの置かれた立場の貧しさを感じまし
屋ぱれっと」と同じように、障がい者がクッ
た。お金が無くて貧しいという意味ではなく、
キーを作って売っています。
周りから人間として正しく受け止められてい
■当時の状況
るか、彼らを社会人として、社会が受け止め
今日いらっしゃっている方の層をお訊きし
ているかということをつぶさに見たときに、
たら、障がいのあるお子さんを育てておられ
あまりにも社会のレベルが低くて、こんなこ
るお母さん方が多いと聞きました。ですから、
とがまかり通って良いのかと憤りを感じまし
私はきっと皆さんにもわかって頂けると思う
た。何かをやらなければと決心した時に、私
のですが、実は私自身障がいのある子どもを
は地域の住民を一人でも多く巻き込もうと思
育てたことがないのです。3 人の子どもがお
いました。一人ではなにもできません。私一
りましたが、長女を小児がんで4歳の時に亡
人の知恵や力なんてたいしたことはないので
くしました。大変辛い経験をしていますが、
す。
ハンディを持った子どもを育てた経験はまっ
たくありません。
その当時は、障がいのある子どもを育てて
いるおかあさん方が、一生懸命運動して制度
私が何故このような活動を始めたかといい
を作り、そして作業所を作っていた。これも
ますと、その地域に住んでいたからです。25
立派なことです。ですが、どう考えても皆さ
年前地域の一住民から見て、障がいのある人、
んのお子さんのほうが長生きする。お母さん
特に知的障がいのある人たちとは、いったい
方のほうが早く死ぬ。その後に社会が変わっ
どこに生活していてどこで働いているのか、
ていなかったら、お母さんがたは死ぬに死ね
それがまったく見えなかったのです。目に見
ないというような、悲劇的な話も聞こえてき
える身体障がい者はその障がいがわかります
ました。やはりこの問題は社会の問題である
- 11 -
ということを一般社会に知らしめる、これが
い、補助金は出せないと、とんでもないこと
大事だと思いました。
を言うのです。今日行政の方がいらしていた
■主役は障がい者
らすみません。20 年前の話ですから。前例を
そこで「私がトップになります。やらせて
作るための補助金をくださいと言っているの
ください」と、手を挙げました。そして一般
に貰えないので「あ、そうですか、わかりま
の地域住民をできるだけ巻き込みました。で
した。実績を見てからで結構です。私は唐草
すからお母さん方だけで作ったわけではない
模様の風呂敷に出来上がった製品を包んで、
のです。しかも生意気なことに、私は「お母
ドアからドアへ行商して歩きますから結構で
さん方は主役にならなくてけっこうです」と
す」と言いました。「それが成功するかしない
言いました。
か見届けて頂いてから補助金をお願いします」
「主役は障がい者です。側面的なサポート
と。とにかく「駄目だ、やれっこない、前例
をしてください。表に出なくていいです」と。
がない」ということでは、いっこうに世の中
私が一番若くて 40 歳そこそこでしたから、
は変わらないんですね。
生意気にも 60 歳代のお母さん方に宣言した
だから「やるしかない」というところで始
わけです。つまり「親子で働く作業所を作る
まったわけです。これが私のいつものセリフ
つもりはまったくありません。それから仕事
です。そうやって「やるしかないんだ、やる
は会社の下請けではなく、彼らが作る製品を
しかないんだ」と言っているうちに、五つの
世の中に出します」と言いました。これは大
セクションが出来てしまったのです。
変な挑戦でした。今でしたらそれほどではな
いのですが、25 年前の挑戦ですから。
出来上がって周りを見回したら、いつのま
にか若いスタッフが育っていたので、それで
「何を言っているんだ、ばかばかしい。知
は、次はあなたたちにお願いねと、私が退任
的障がい者が、売れて金になるような商品が
したわけです。「やってみなければわからない
作れるか、しかも食べ物で」と言われました。
じゃないか」と言って始まったのですが、や
一般の人も気持ちが悪くて買わないと言うの
ってみてもわからない、やってみてもできな
です。お母さん方も「自分の子どもが作った
いことはたくさんありました。特にレストラ
クッキーなんかとても売る自信はありません」
ンの事業は大変でした。
と言うわけです。一般人の私から見たら、こ
「おかし屋ぱれっと」は期待される作業所
ういう数々のことがまったく理解できないわ
として時流に乗りました。1年目から 700 万
けです。ちょっと障がいを持っているからと
の売り上げがありました。たった6畳2間、
いって、どうしてそこまで差別されなければ
コンベック2台、クッキー3種類。これで 700
いけないのか。
万の売り上げを上げたわけですから。これは
その時に、いつものことなのですが「やっ
個人的なことですが、私は大学を出て2年間
てみなければわからないじゃないの」とすぐ
セールスウーマンをやりまして、表彰された
私は言うんです。
「やってみて努力して駄目な
くらいですから口は大丈夫。小学校から大学
らそれはその時。やってみもしないでできな
まで演劇部でしたから、これはもう鬼に金棒
い、やれない、という思い込み。その思い込
です。
みは絶対おかしい」と。
自信がありましたので、クッキーを作って
行政から作業所に対する補助金を出してく
いる通所員と一緒にでかけて行きまして「こ
ださいと言った時、前例がないから難しいと
の○○さんが作ったのです。おいしければ買
言われました。前例がないからお金は出せな
ってください」と説明しました。「障がい者が
- 12 -
作ったから買ってください」とは一切言わな
判がよくなかったんです。50 代に入りました
かった。「おいしかったら買ってください」と
ら、説得力が出てきたのか、私どもの事業を
いう売り方は障がい者を売り物にしてないと
真似する人が日本全国に出てきました。その
いうことで、多くの方がとても理解してくれ
うちに逆に、私どもの商売の首が絞まり始め
ました。
ました。たくさんの見学者がクッキーという
このようなチャレンジ精神旺盛でやるのは、
ヒントを持ち帰り、クッキーを作る作業所が
私いっこうに苦じゃないのですけれども、数
次々とできたものですから、パイオニアの「ぱ
々の難しさがありました。完璧に 100 %準備
れっと」の売り上げが下がってきたのです。
をして事業をスタートさせると、もう後戻り
2400 万円を売り上げたのが頂点で、そのうち
できません。70 %くらいで事業を始めるのが
バブルがはじけてだんだん下がってきて、
コツだと学びました。後の 30 %は残してお
1700 万円台まで落ちました。そこで商品に付
くのです。この 30 %は進めながら軌道修正
加価値をつけて数年前からようやく 1900 万
をしていく、これが大事です。100 %のスタ
円、この 2005 年度は 2000 万円余りに戻りま
ートですと、どうしても周りを意識してしま
した。事業は利益を得なければならないので
って、非常に精神的にダメージが大きい。こ
ビジネスです。もちろん利益で私腹を肥やす
こまで準備したのに何故駄目なのかと落ち込
のではなく、皆さんのお子さんたちの給料に
んでしまうのです。
「7割までしか準備をして
なるのです。ですから、まがい物の商品を出
いないので協力してください」と言って回る
すことはできない。おいしい物、一流の物、
と、みんな優しいですから「そこまであなた
市場にのせられる物を出さなければビジネス
たちは努力したのね。なら、私たちも手伝わ
にはならないのです。ですから「障がい者が
なければ」と言ってくれます。そして、時間
作っているから買ってください」とバザーで
のある人には時間を提供していただく。お金
売る程度でしたら、これはビジネスではあり
のある人にはちょっぴり寄付をしていただき、
ません。給料に還元できるほどの金額ではな
知識のある人には知恵をいただく。こういう
いからです。売り上げを上げなければ意味が
やり方で 100 %に持っていくというのが「ぱ
ないんです。売り上げが上がると彼らのお給
れっと」の手法です。
料が上がるのですから。
ですから、後戻りしたり軌道修正したりす
「いいですよ、自分の子供の通うところさ
る勇気がないと事業というのは難しいです。
えあればそれだけで幸せです」というお母さ
「誰がどういう風に思うかしら」とか、メン
んがたくさんいらっしゃると思います。正直
ツにこだわると、事業というのは前に進まな
な気持ちだと思います。でもそれは、お母さ
いんですね。ですから「押して駄目なら引い
ん方の考え方でしょう。本人が同じように思
てみな」ということで、押して駄目だったら
っているかどうかわかりません。そしてお父
いったん引く。その勇気さえあれば、事業を
さんやお母さん方が亡くなった後、どうやっ
進めていかれるということが 23 年間の経験
てそのお金で生活していくのかということを、
でわかりました。
あなたたちは見届けられないのです。だから
確かに私のようなでしゃばり人間は、何を
こそ、今のうちに社会を変革して、彼らの生
言われてもへこたれないのであまり可愛げが
活の保障をしておかなければなりません。
なくて、あの頃の 40 代の 10 年間は陰口をず
■スタッフのあり方
いぶん叩かれました。また、叩かれれば叩か
というわけで、その保障をするために、作
れるほど力が湧くものですから強すぎると評
業所を作る時に実はスタッフの質が問われる
- 13 -
わけです。専門性も追求されますので、誰で
で金を作る、寄付を募るということは罪悪だ
もができるということではないのです。20 年
という傾向が強かったのです。そのような 20
前は、障がいのあるお子さんを育てながら、
年前の福祉に「ビジネス?何っ?」というふ
お母さんが指導員になって作業所を作るとい
うに白い目で見られたわけです。それではま
う所がたくさんありました。私はその作り方
ったく社会は変わりません。そのような時に
には最初から反対をしました。親子で働く作
「知恵が出せないならお金を出してください。
業所は子どもの自立にはつながらないという
それが駄目なら時間を提供してください」と、
ことで反対しましたので、親御さんを指導員
言い続けていたわけです。
には採用しなかったのです。親御さんを採用
このような考えで作業所を運営していく時、
したほうが給料も安く、運営的には助かると
スタッフの質が低いと、障がいのある人たち、
いう話もありましたが、私は最初から若者を
働いている人たちは気の毒です。質の向上を
採用しました。ところが、福祉を勉強してい
はかる、どんどんスタッフが向上するような
るからといって専門性を追及できるとは限ら
周りの環境をお母さん方が育てるという意識
ないですね。逆に「福祉」しかわからない若
が絶対不可欠です。それから前にも話しまし
者もたくさんいます。ですから「ぱれっと」
たように、スタッフには数字に強い人を採用
に色々なカラーを乗せるために、福祉を勉強
して新しい事業を運営していかないと、これ
した人もいれば、経済を勉強した人もいる。
からの社会はおそらく変わっていかないだろ
体育系の人もいれば、音楽を勉強した人もい
うと私は思っています。この 20 年間で「福
るというように、違ったカラーを持った人を
祉」は大きく変わりました。良くも悪くも制
職員として採用しました。そのカラーを混ぜ
度は変わってきていますし、障害者自立支援
合わせておもしろいカラーを作り出すという
法にしても、事業をするという姿勢を持たな
ことに努力したわけです。そのスタッフの中
いと、おそらく行政のお金をあてにすること
に、経営的センス、つまり金勘定のできる人
はできなくなっていくでしょう。一割負担と
がいないと、これからの作業所の運営は難し
いうのはとんでもない法律だと私は思ってい
いと思います。
ますが、その話に時間を割くことはできない
障がい者だからと言って、スタッフは「世
ので、ここではやめておきます。
話をする人」ではないですね。若い指導員が
それから、もうひとつ大事なことです。私
先生なんて呼ばれているところは最近少なく
は「ぱれっと」のスタッフに言い続けてきま
なったはずです。20 年前は、卒業したての 20
した。二つの「そうぞう的センス」がないと
歳や 22 歳の指導員が先生と呼ばれていまし
「ぱれっと」は採用しません。漢字は違いま
た。40 歳、50 歳の障がい者の方からです。
すけれど、二つの「そうぞう性」です。
たった 20 年しか生きてない人が、しかもま
一つは「創造」です。創りあげていくセン
だ人生経験を積んでいない人が、重い障がい
スです。創りあげていくためにはもう一つの
を持ちながらも 50 年も生きている人から、
「想像」する力が必要です。「あれもやってみ
先生と呼ばれるのはおこがましい。働く場で
たい、これもやってみたい」、ふつふつと湧き
は先生ではなくて、何々さん、とお互いに呼
起こるそういう想像的センスがないと、これ
び合い、ニックネームは禁じました。社会人
からの障がい者福祉の分野ではやれません。
としてけじめをつけるためです。
自分の考えで、センスで、アイディアで新し
昔は、「福祉」のお金はお上から貰うのは当
いものを生み出していく。そういうセンスと、
然なことだということでしたから、自分たち
意欲と、チャレンジ精神がなければ、スタッ
- 14 -
フは務まらないと思ってください。「障がい者
人の理由の中で一番多かったのは「ぱれっと」
施設ででも働こうか、働くところがないから」
では障がい者の世話をする職員、そういう役
というのは続きません。障がい者自身が力を
割を持ったスタッフとして雇用されたのだと
つける時がきました。これからは、彼らの可
勘違いをする人です。障がい者の世話なんか
能性を引き出すことのできないスタッフは質
とんでもありません。
「ぱれっと」では、職員
が問われることになります。
が障がい者から、つまりクッキー作りのベテ
作業所の運営に大事なことを今言いました
ランでもう 20 年も働いている通所員から、
が、障がいのある人たちの潜在的にある能力、
大学を卒業したての社会人に「あんた、大学
可能性を引き出す役割をスタッフが持たない
まで出てて、そんなこともできないの」なん
施設は発展性がないと思って頂きたい。その
て言われると、
「生意気な障がい者だ」と、職
ぐらい高度な仕事であるということに誇りを
員のほうがプライドを傷つけられてしまう。
持って携わるということを、もしこの中に施
「もっと障がい者って優しくって、天使だ
設の職員がいらっしゃいましたら、肝に銘じ
っていうじゃないですか」と腹を立てる。む
て頂きたいと思っています。
しろ、そういう考え方が逆差別だと私は思う
私は創立者として「ぱれっと」の本線を敷
のですが。一人の人間、障がいがあろうとな
いてきました。創立者として、理事長として
かろうと、AさんはAさん、BさんはBさん
根幹のレールを敷いてきたのです。「これから
です。谷口奈保子は谷口奈保子なんです。そ
の人は支線を敷いてください。私の後にくっ
れ以外の何者でもない。一人の人間として社
ついて、私に言われたままに動くことはやめ
会で生きていくのですから、障がいを問題に
てください。それぞれが独自の支線を敷いて、
してもあまり意味がないんです。障がいを持
独自のカラーを、今までのぱれっとのカラー
ったAさん自身をどう評価するかということ
に乗せてください。そして、もっと深みのあ
ですから。
るカラーを生み出してください」と日頃から
スタッフに言っています。
「とても彼等の面倒を見ることはできませ
ん」と辞めていく人には「そうですか、障が
ですから「ぱれっと」の職員を採用する時
い者の面倒を見るために採用したのではない
にはとても慎重になります。最初に、スタッ
ですから、辞めていただきます」と言わざる
フを募集しているセクションのトップが応募
を得ません。
者と面接をします。それをパスすると、今度
このように、スタッフの役割はとても大事
は現場で 1 日実習をします。その現場実習の
です。ただこれだけは、職員の方もそうです
後にレポートを書いてもらいます。そのレポ
がお母さん方も意識を持って頂きたいのは、
ートを四つのセクションのトップ、事務局長、
スタッフを安く使おうということは考えるべ
私が読んだ後、全員で二次面接をします。そ
きではないということです。つまり「障害の
して一人を選ぶのです。それでも「しまっ
ある人たちのために、福祉の分野で立派な仕
た!」と思う時があります。育てるのは難し
事、素晴らしい仕事をしている人たちなんだ
いなと思うことが少なくありません。本当に
から、給料が安くても仕方がないわね」とい
「ぱれっと」で働きたいという人を選びたい
うような雇用の仕方とか、働く条件を作るこ
のですが、「ぱれっと」は厳しすぎて続かない
とはしてはいけないと思います。いい仕事を
人も出てきます。
してもらうためには、それなりのお給料をき
今までに辞めていく人もいました。喧嘩別
ちっと払う。保障をする。福祉分野の職員の
れすることはなかったのですが、辞めていく
給料は、一般企業の大卒の職員よりも低いで
- 15 -
す。仕事の中身は大変厳しいのにお給料は低
サービス」
。これを私は今も肝に銘じて仕事を
い。ですから結婚もできない。こういう状況
しています。
の職員はたくさんいます。ですから、十分に
つまり「障がいはそれぞれに違います。A
生活ができ、子どもも産める環境を作ってあ
パターン、Bパターン、Cパターンと、障が
げることで、より素晴らしい働きができ、障
い者を十把一絡げで支援することはできませ
がいのある人たちの能力を引きだす余裕が出
ん。100 人いれば 100 通りの支援が必要です。
てくるのです。
「ぱれっと」の給料も高くあり
ですから、できるだけその人が望んでいるニ
ませんが、低いからといって夜のアルバイト
ーズに合わせた支援を提供してください」と
に精を出す、ということは禁止しています。
言われたのです。これは大変な仕事です。も
■海外で学んだこと
しそれを言われないで日本に戻ってきたら、
さて、残りの時間は 10 分ですね。私は 23
年の間に、欧米やアジアの国々に勉強をしに
その後の私の活動は今とは違っていたのでは
ないかと思います。
行きました。1 年間だったり 3 ヶ月間だった
現地で口々に言われて肝に銘じたことが、
り、また、フィンランドの世界会議で発表さ
実は、その後の 10 年間に色々なところに生
せて頂いたり、外国へ行って新しい福祉を学
かされているわけです。100 通りのニーズで
んで来るということをしてきました。
すが、たとえばニューハンプシャーで会った
10 数年前にアメリカのニューハンプシャー
自閉症のお子さんを例に取りますと、彼はT
州に行きました。大型施設を閉じた初めての
シャツをいつもしゃぶっていて直ぐに穴を開
州です。ニューハンプシャーでは、1600 人の
けてしまうんですね。これは彼の障がいから
入所者が少しずつ地域に出て行き、最後の最
くる癖で、気がつくとしゃぶっている。新品
重度の人が施設を出るのに 10 年もかかった
でもすぐ穴が開いてしまう。お母さんは悲鳴
そうです。今その施設は刑務所に変わってい
をあげてしまいました。
ますが、刑務所にしか使えないような施設だ
ったということですね。
「買っても買っても、もう追いつきません。
間に合わないです。この出費もけっこう大変
3 ヶ月間の滞在中に私は、ジョブコーチ制
です」とそのお母さんが訴えました。すると、
度や、ファミリーサポート制度を学んだので
行政が「わかりました。あなたのニーズに応
すが、帰国前に「谷口さん、日本に帰ったら
えましょう」と言って、Tシャツの購入費を
ここで学んだことをどういうふうに還元しま
支援費の1つとして出すことになったのです。
すか」とお世話になったたくさんのスタッフ
こういう柔軟性のあるサービスを提供ができ
に質問されました。
るところは、アメリカらしいですね。日本で
私はアメリカの福祉の全てが良いとは思い
はまだ無理です。そういう柔軟性を持たせて
ません。ヨーロッパが一番良いとも思いませ
いくのは、制度を変えていくのは、実はあな
ん。日本の土壌は違いますので、欧米からそ
たたちなのです。行政だけでは変えられませ
っくりそのまま持ってきてあてはめるのはと
ん。だから私たちが運動して訴えていくしか
ても難しいことです。ですから「時間がかか
ないのです。
りますけれど、日本に合うような形に変えて
■理念・人権の確立
還元するつもりです」と答えました。すると
さて、あと5分でまとめますが「やさしね
口々に「100 通りのニーズがあるので、100
っと結」さんのような新しい理念の団体もあ
通りのサービスを提供してください」と言わ
れば、社会福祉法人なら 20 年、30 年以上も
れました。「100 通りのニーズに 100 通りの
運営しているところもありますが、社会福祉
- 16 -
法人はこれから問われますね。今までのよう
りの集団の思惑でつぶれてしまうところを、
なわけにはいきません。社会福祉法人の施設
私は数々見てきました。組織作りで私はずい
職員は、これからかなり実力が問われますし、
ぶん呼ばれていますけれども、つぶれてしま
施設のあり方として資金的にも今までのよう
うところは、
「作りましょうよ!」と中心にな
なやり方はでは難しくなってきます。皆さん
っていたお母さん方がつぶしていることが少
の中には、新たに挑戦しようという方がいる
なくないのです。特に資金を拠出するとなる
かもしれません。私が「100 通りのサービス
とお互いに牽制しあって、チームワークが崩
を」と言われたと同じように、一主婦の私が 25
れる。これは非難をしているのではありませ
年近くこういう経験をしてきて、皆さんに提
ん。人間関係とはそういうもので、同じ苦労
供できるとしたら、これからの時代はこうい
をしているからまとまると思いがちですがそ
うことに注意して頭に入れておいたほうがい
うとは限りません。むしろ、第三者を入れる
いですねということを、最後にお話をして終
ことが大事なんです。
わりにしたいと思います。
■第三者評価と中・長期目標
それは、障がい者の人権の確立です。これ
このことにつながりますが、組織作りには
は必ず頭に入れておいてください。働くこと
必ず第三者を巻き込む。地域の人を巻き込む。
だけで彼らの自立にはつながりません。余暇
福祉関係者だけでやらない。これが鉄則です。
の場や生活の場もあれば、働く場もあるわけ
それから、理念を確認し、明確な目標を立て
です。働いて給料を貰ったから自立、という
て活動を始めた5年後には、必ず第三者評価
ことにはなりません。総合的な形で彼らの自
を受けてください。外部のコンサルタントを
立を考えなければなりません。これはAさん
入れるのです。それをしないと団体の自己満
ならAさん、障がいを持ったAさんの人権の
足で終わります。ちょっとうまくいくと「あ
確立につながるのです。一人の人間が社会の
あ、これでいいんだ」とどんどん進めてしま
中でどう生きていくか、その権利です。権利
い、気がつくと方向を見誤って取り残されて
を護る活動ですから、まず団体は、それを訴
いるということがあります。
えながら社会を変革していく運動体であると
10 年間も続けてきて「しまった!」という
いうことを、必ず肝に銘じていてください。
ことにならないために、5.6 年ぐらいたった
ただ漫然と活動しているのではなくて「社会
ら、これで良かったのか悪かったのか、評価
に一石を投じて行政を変えていく、制度を変
をしてもらうのです。NPO 法人の団体にもコ
えていく役割を持っているんだ」という自負
ンサルタントのグループがあります。その他
を、お母さん方やお父さん方、そしてスタッ
にもご存知ですか。専門ボランティアとして
フの方たちが意識して活動を展開していくこ
登録している「ナレッジバンク」は、無料で
とが一つめです。
専門ボランティアを3ヶ月間派遣してくれま
二つめは冒頭に出しましたが、必ず活動す
す。そういう所を大いに活用することです。
る時には、団体の理念をきちっと文章化して
日本でもこのような中間支援団体が増えてき
ください。理念、ミッション・ステートメン
ていますので、自分たちだけで物事を解決す
トです。私たちは何を目指しているのか、そ
べきではないですね。
そして5年たったら中期目標をたてます。
のミッションの確立です。
これが明確でないと、運営をしていて問題
つまり第三者評価を受けた時に、次の5年の
が起きたときに、団体が分裂してしまいます。
中期目標を作るのです。更に 10 年の目標を
障がい者のためと言いながら、最終的には周
作ります。つまり、中・長期の目標を作って
- 17 -
先の 10 年を進めていくこと、ただ漫然と活
ーションを非常に奨励しています。個人では
動を進めないということが大事です。
できない、一つの団体ではできないことが、
■資金・広報活動・企業との関係
企業の社会貢献室の人たちの力を借りるとか
三つめは資金調達です。資金がないから新
なり実現する。
しいことができない、職員も雇えない。よく
例えば「ぱれっと」が創立時期から実施し
わかります。ならば自分たちで資金を作るし
ている福祉バザーです。バザー商品の寄付に
かないんです。自助努力です。ただ待ってい
関して 100 社ぐらいに電話をかけてお願いし
てもお金はできません。実績をあげる活動を
ます。そのうち約 60 社から商品の寄付があ
していたら、必ずや理解者が増えてきます。
ります。その数は 200 箱にもなります。です
そのためには、自分たちの活動を「こういう
からその作業は大変です。バザー当日は朝の
ことをやってる、ああいうこともやっている」
10 時から 3 時までですので、約 130 万円の
と、常に言い続けていなければなりません。
売り上げを目標にして、100 万円の純利益を
だから広報活動がとても大事なのです。定期
あげます。
的な通信を出すということは必要です。
お金だけではなくそういう商品を頂くとか、
広報活動に関しては、20 年前までは考えら
いろんなイベントには企業の社員がボランテ
れないプラスがあります。インターネットで
ィアとして活動に参加し、お互いの交流を深
す。これを活用しない手はないです。必ずホ
めるというような企業との協働をこれから進
ームページを作ってください。インターネッ
めてください。
トで情報を入手し、発信し、お互いに情報を
■さらなる変革を
交換して、刺激を求め合うこと。そうでない
このように活動を続けてきて、運動体とし
と組織は変わりません。パソコンを駆使して
てどのように世の中を変えてきたのだろうか
自分たちの情報を提供する、そして常に外部
と見回した時に、大きな変化があることに気
からの情報を貰うという作業を職員ができな
がつきます。特にスリランカなどは顕著です。
かったら、団体にとってはマイナスです。中
「障がい者は働かなくてもいい、施しの対
古のパソコンを集めて修理をし、それを寄付
象だ」という仏教国のスリランカに「ぱれっ
してくれる NPO 法人もあるんですよ。「ぱれ
と」の理念を持ち込み、現地で実施した「お
っと」にはそういう情報がたくさん入ってき
かし屋ぱれっと」のプロジェクトが、7年た
ますので、重田さん、私にメールで連絡して
って周りを見回すと、まず障がい者自身が変
ください。アドレスなどの情報をさし上げま
わってきていることに気がつきます。教育を
すから。重田さんとはずいぶんこの日のため
まったく受けていない人たちが変わったので
にやりとりをしましたけれど、いまやメール
す。次に、障がいのある自分の子どもが働け
でのやりとりができなかったら大変不便です。
るということを目の当たりにした親御さんの
ただ情報過多になりますとアップアップしま
意識が変わってきました。誇りに思うように
すので、そこらへんはコントロールしてくだ
なったのです。その子どもたちが街へ出てく
さい。
るようになった様子を見て、商店の人たちだ
最後ですが、企業とのコラボレーションの
けでなく地域住民の彼らへの見方が変わって
必要性です。木更津、君津ではどのぐらいの
きた。つまり当事者が変わり、家族が変わり、
企業があるんでしょうか?いまや企業では社
地域が変わっていく。この顕著な7年間の変
会貢献をするところがとても増えました。で
化を、スリランカで私は実際に見ることがで
すから「ぱれっと」では、企業とのコラボレ
きました。
- 18 -
「ぱれっと」の理念に近づくためには 23
新しい「ぱれっと」を作っていくという展開
年かかりました。これから更に社会の変革の
が、5月の総会を経て始まったところです。
ために、今度は若いスタッフが中心になって、
これで私の話は終わります。ありがとうござ
私が作ってきたものに更に新しい色を加えて、
いました。
◇ シンポジウム
長の筒井啓介さんです。
続きまして、谷口さんの御主人が経営され
ている「東京木工所」というのが木更津にご
ざいまして、そこにお勤めになっている、袖
ヶ浦市にお住まいの富永渉さん。続きまして
木更津市にお住まいで、市原市にあるクリー
ニング会社にお勤めになっている重田洋平さ
んです。これから一時間ちょっと、宜しくお
願い致します。
私たち「NPO 法人やさしねっと結」では、
就労支援をしたいという思いが非常に強くあ
ります。
■シンポジスト
ぱれっとインターナショナル・ジャパン代表
もう一つは地域の中で生きていくというこ
特定非営利活動法人ぱれっと理事
とで、そういう部分では谷口さんがお書きに
谷口奈保子さん
精神障害者小規模共同作業所ひまわり工房所長
筒井啓介さん
会社員
富永
渉さん
会社員
重田洋平さん
司会 特定非営利活動法人やさしねっと結理事
鈴木敏子
なっている本「福祉に、発想の転換を! NPO
法人ぱれっとの挑戦」ということで25年間
されてきた活動の本を読ませて頂いて、自分
たちが同じ様な思いで NPO 法人を立ち上げ
ましたので、是非お願いしたいということで
来て頂きました。講演で立ちっぱなしのとこ
ろ恐縮ですが、引き続き宜しくお願いいたし
ます。
木更津駅前の「アクア木更津」8階で、先
■司会
ほど共同作業所ということでご紹介しました
はじめに、シンポジストのご紹介をさせて
頂きます。
けれど、実は筒井さんは「有限会社ネットビ
ジネス」という会社も経営されています。会
今、ご講演頂いた「特定非営利活動法人ぱ
れっと」の理事で、
「ぱれっとインターナショ
社の社長さんであって、共同作業所の所長さ
んということでもあります。
ナル・ジャパン」の代表の谷口奈保子さん。
その筒井さんと、それから今まで障がいの
続きましてそのお隣にいらっしゃる方が、「精
ある方と 25 年間おつきあいされてきた谷口
神障害者小規模共同作業所ひまわり工房」所
さんのほうから、ひと言ずつお願いしたいと
- 19 -
思います。
同士がどこまで話し合って接点を見出してい
まず谷口さんに伺いたいと思います。25 年
間障がいのある方たちが地域で生きることに
かれるのか、それが今の会の作業ですよ。活
動のやり方ですよ」
お力を注がれてきたわけですが、その中でい
接点を見出して、より良いものを作り出し
ろいろな困難や、それから挑戦してきた思い
ていく作業をやっているんですから、障がい
などは先程お話して頂きました。それからご
があるとかないとかという比較論で話をする
本にもかなり詳しくお書きになっています。
と会議にならないのです。すると大方のお母
実際に先程ちらっとお話にありましたけれど、
さんは泣きだしてしまいます。自分の子ども
「ぱれっと」の活動を続けてこられた中で、
のことと重ねて、
「私の子どもは、あなたの子
障がいのあるお子さんを育ててこられた親御
どもより障がいが重いから…」と。これがだ
さんたちとの間で、迷ったり揺れることもあ
いたい約2年続きました。
ったのではないかと思います。そういう部分
「もっと客観的に突き放して物事を見てく
で、お互いどのように意見を交換したり助け
ださい。考えてください」とお伝えするんで
合ったりしながら進めてこられたのか、その
すけれど、お互いにどうしても気持ちのほう
へんのところをお願いしたいと思います。
が高ぶってしまってだめなんですね。それが
■谷口
超えられたのは3年目です。そういう葛藤の
「ぱれっと」は、地域住民として、しかも
障がい者を育てたことのない私がスタートさ
中で、ずいぶん喧嘩をしました。言いたいこ
とも言いました。
せました。これはこれでよかったのですが、
「我慢をしないで何でも言おうよ、言い合
辛かったのはお母さん方との葛藤だったんで
おうよ」これはスタッフに対してもそうです。
すね。
とにかく、黙らないこと。「言わなきゃ損々」
お母さん方にはとてもかなわなかったんで
というのが「ぱれっと」なんです。お母さん
す。40 歳の一番年下で、みなさん年上の方ば
方は大きな役割を持っているのです。言葉に
かりが大変辛い経験をしてこられて、今も経
出して、そこからどうするかというヒントを
験していらっしゃるという方々にどんな風に
与えるのがお母さんたちの責任なのです。
話をしようともやっぱりなかなか通じ合えな
かった。一番辛かったのは、
とにかく、喧嘩をしてでも話し合うという
のが私のやり方でした。これはかなり厳しい
「谷口さんはそういう経験をしていないか
し、昨日の国分寺の講演でもその話をしたら、
ら私たちの気持ちがわからないのよね」これ
「ええ?
が切り札で喧嘩になりました。それを出され
それは一つのたとえですけれど。やはり、激
るともう、私は返す言葉がないわけです。心
論を戦わすぐらいの意気込みがなければ、物
の中では、それなら4歳半の子どもを亡くし
事は先へ進みません。新しいものも生み出せ
た親の気持ちがわかるのかと言い返したいの
ないのです。だから我慢をしない、
「ぱれっと」
ですが、売り言葉に買い言葉になります。で
に関わる時は我慢をしないことが鉄則でした。
すから、そのように言われると、いつも私は
それからもう一つ、「ぱれっと」ではお母
「わからない」と、はっきり言いました。変
さん方には側面的な役割があったのです。バ
に同情的に「わかるわかる」と私は一切言わ
ザーの値付けだとか、ケーキなどお歳暮用に
なかった。
なん百本もの注文があり、忙しくて間に合わ
喧嘩ですか?」と言われました。
「わからない、だから今話し合っているの
ない時には別の部屋で数多くの仕事がありま
でしょう。わからないから、わからない者同
す。それから、
「ぱれっと通信」を出すときに
- 20 -
手伝いに来て頂くこともあります。
「ぱれっと」
別に私は精神障がい者に関するプロフェッ
には「ぱれっと親の会」というのがあります。
ショナルでもありませんし、これまで福祉系
その会は歓迎会や送別会などのための寄付を
の大学であったり専門学校、そういった現場
下さったり、それはそれはいろいろな役割を
で働いてきた人間でもありません。会社を立
お持ちになっているので、お母さん方の協力
ち上げたのが 2000 年の時でしたので、6年
がなかったら、今の「ぱれっと」はなかった
間自分で事業をさせて頂いています。
だろうとさえ思っています。
パワーポイントで説明いたします。先程申
最初は葛藤がありましたが、今は歳を取っ
し上げたとおり、2000 年から IT 関係の仕事、
たのでみんな丸くなったと言うと、「谷口さん
具体的に言うと、パソコンスクールの講師で
が一番そうじゃないですか」と言い返すぐら
あったり、ホームページの製作などをしてい
い強くなりました。我慢しないでとことん意
ます。また、今学校ではパソコンが完備され
見を戦わすということ。これは日本人の最も
ていますので、袖ヶ浦市の小中学校で、IT コ
苦手な部分ですが、とても必要なことなので
ーディネーターという、小学 1 年生から中学 3
す。
年生まで総合学習の時間等を使って、そこで
■司会
授業補助をしたりする仕事をしています。
ありがとうございました。なかなかこれが
一方では、ただの IT 関係の企業にはした
出来ないんですよね。この辺のテーマでちょ
くありませんでした。木更津市内の起業家、
っと進んで行きたいところなんですけれども。
市民起業家、あるいはこの「やさしねっと結」
もうひとかたシンポジストとして来て頂い
のような NPO 団体の支援という、もともと
た筒井さんは、
「ぱれっと」とは違った色で作
したかった事業も、木更津市と協働でやって
業所を立ち上げていらっしゃいます。
おります。木更津市の担当が経済振興部でご
今回、利用者の一人がコーヒーショップを
ざいまして、まったく福祉とは関係ない部署
立ち上げられ開店しました。どんなことから、
なんですけれども、当然 NPO 支援や企業支
このような形での支援をお考えになったのか、
援をしていますと、多かれ少なかれ福祉事業
また開店などのご苦労などをお話して頂けれ
・福祉の分野で何かを立ち上げたいという方
ば嬉しいなと思います。何かうかがい知ると
々や団体に出会うことがありました。
ころによれば、店長のお給料は売り上げの何
もちろんこれまでの仕事の中で、環境であ
割かで、プラス自己評価・自己申告制という
ったり、教育であったり、若年者層の就労、
スタイルをとられているそうです。そしてま
ニート問題であったり、それらを解決したい
た、自己申告に対して評価会議で最終決定を
という NPO や起業家の支援をさせて頂いて
されるということなんですが、その辺のとこ
きました。私も福祉分野の NPO 支援に関わ
ろも含めてお話をお願いします。
る中で、何か自分の会社で出来ることはない
■筒井
だろかということを考え、2004 年、ちょうど
どうも改めまして、筒井です。私はこうい
2年前になりますけれども、自分の有限会社
う所でお話をさせて頂くのは非常に場違いな
の方で、精神障がい者の方の雇用をスタート
んだろうなと思いつつも、お願いをされて、
させました。
もし皆さんの何かの一つの参考になればと思
って、引き受けさせて頂きました。
そしていろいろやっていく中で、やはりも
っとたくさんの人を、と思うようになりまし
私は今ご紹介頂いたとおり、障がい者の小
た。働きたい障がい者の方がたくさんいらっ
規模作業所の代表をさせて頂いております。
しゃるので、何とか仕事の場を提供したいと
- 21 -
思いつつも、自分の一営利企業で雇って、社
るいはインターネットカフェやコーヒーショ
会保険などの体制を整えるとなると、様々な
ップなどの運営をさせて頂いております。
困難があることが、私の現実でした。それで、
今日お話しする「フェアトレードカフェ
専門的に障がい者への就労支援を行うために、
andante」というところですが、今日の資料
福祉作業所を同年4月に立ち上げました。
の中にチラシと新聞記事をお配りさせて頂い
本年4月に NPO 法人を、有限会社とは別
に立ち上げを行いまして、まったく事業を切
ておりますので、後ほどご覧頂きたいと思い
ます。
り離して、木更津市の認可を受け「ひまわり
障がい者施設を退所した 24 歳のてんかん
工房」という精神障がい者の小規模共同作業
発作のある男性です。その後2年間、パソコ
所を作らせて頂きました。精神障がい者とい
ンの入力の仕事をやってもらってきたんです
うふうに頭にはついているんですが、市のほ
が、そこで教えられることは、まあ、全て教
うで認定されるのが精神障がいというだけで
えてきただろうということになりました。そ
あって、今現在、知的障がいの方が1名、精
こで、次のステップとして何が出来るのかと
神障がいの方が2名、知的と精神の重複障が
いうことで、本人がコーヒーが好きだという
いの方が1名と、計4名の方が私どもの作業
話の中で、
「じゃあ、カフェをやってみるか」
所に通所しております。
と。
目的・ミッションなんですけれども、一つ
さっきの谷口さんの話じゃないですが、
「や
は就労をしたいという目標に向けて私どもの
ってみなきゃ、わからない」わけです。スタ
作業所に毎日来るというところからスタート
ッフは「どうなの、それは?」みたいな話に
して、仕事上のマナーであったり、いろんな
なったんですが、やってみなきゃわからない
コミュニケーションであったりということを
ということで、本人やご家族とも相談のうえ、
学んで頂く場にしています。
やってみようということで本年3月にオープ
それともう一つの目的は、就労だけではな
ンしました。オープンしたといっても、決し
くて、その人個人個人に応じた仕事というも
てお金をかけられる訳でもありません。ほぼ
のを創り出すということです。具体的に言え
自分で作ってきたというのが現実です。
ば、今回お話する実例ですが、起業でその人
場所ですが、私どもがアクア木更津8階に
に合った仕事を創り、その人に合った仕事の
場所がありましたので、そこの一角を使って
ペースで、そしてその人に合った場所で事業
やっております。本人がこういう壁を作りま
を展開していくこと。仕事に人を当てはめる
してですね。本人がペンキを頑張って塗り、
のではなくて、人に仕事を当てはめていくと
意外にスタッフは薄情ですね、あまり手伝わ
いうやり方をして行う、ということです。も
ない。本人が頑張って一人でやるということ
ともと私が市の事業で起業支援などしていた
です。こういう風に床が張られ、スタッフが
関係もありまして、こんなことも一つの目的
手伝ったりもしましたが、こういった什器と
でスタートしました。具体的には、もともと
かも頂き物とか、いろんな所から調達した物、
母体の有限会社が IT 関係事業ですので、パ
そしてこういったシンクとか調理器具なんか
ソコンを使った入力作業であったり、あるい
も自分で用意して、徐々に準備して、だいた
は「フェアトレード」というアジアやアフリ
い2ヶ月かかったんですかね、看板もスタッ
カの商品を扱う、私どもの母体組織、「第三世
フに書いてもらったりして、だんだん格好が
界ショップ」というところがございまして、
つくようになってきました。本人が、ちょう
そことの提携で商品を仕入れ販売したり、あ
つがいを使ってドアを作ったりもしました。
- 22 -
場所が出来たものの、じゃあ、実際のコー
そして「給料評価会議」というのがありま
ヒーを入れる腕はどうなんだというところで、
して、通所者・障がいのある人も、ないスタ
これもうちの目黒の「第三世界ショップ」の
ッフも一緒に一つのところで「給料評価会議」
フェアトレードのお店の横にカフェがありま
というものをします。そこで申告しあったも
すので、そこに派遣・修行に行かせてですね、
のをみんな出し合って、
「ちょっとそれは、あ
本人が勉強してきました。3月に一応こんな、
なた給料もらいすぎじゃない」などというこ
現状とほぼ変わらない形ですがオープンをさ
とでお互い評価しあうという仕組みを、それ
せて頂いております。
は障がいのあるなしに関わらず作っています。
アイスティーなんかも結構大変で、何回も
まあ、そんな訳で「給料評価会議」でプラ
練習し努力訓練させたりしまして、ディスプ
スアルファ、増減、プラスがあったりマイナ
レーも自分でして、あくまで自分で考え、イ
スがあったりして、本人の給料が決められる
ベントなんかもやったりしながら進めていま
という仕組みをうちではとっているというこ
す。
とです。
こちらに今日配布されている新聞記事にも
■司会
ありますが、こんな感じで、今こういった取
ありがとうございました。谷口さんのとこ
り組みというものが徐々に注目されつつある
ろの「ぱれっと」の様子というのは、先程の
のかなという気がします。
講演の中で皆さん、だいたいイメージが湧か
こちらは、先程谷口先生が情報発信が重要
れたと思います。
今まで年齢制限で、何歳になったら課長、
だという風におっしゃっていましたけれども、
本人が業務日誌を作る代わりに、ブログ、イ
とか昇給していく定期昇給というのがあった
ンターネット上の日記ですね、
「今日こういう
んですが、最近の企業なんかでも、その人の
ことがありました、考えました、こういうイ
働きぶりに応じて給料を、という会社もずい
ベントがあるので来てください」ということ
ぶん増えてきているようです。
今の谷口さんのお話や筒井さんのお話に対
を本人の言葉で、本人の文字で情報発信を現
して、ご質問とかご意見がありましたらお聞
在やってもらっています。
質問にあった店長の手取りについてですが、
きしたいと思いますが、会場の皆様いかがで
これは月々いくらという形ではなくて売り上
しょうか?例えば、自分のお子さんを
げの何割を基本給。今は売り上げの3割を基
「andante」のような会社でやらせてみよう
本給としています。これは当然基本給ですか
かしら、とか。
ら、上がる可能性もあります。プラス自己申
谷口さんのお話の中で、親御さんと意見を
告。うちは障がいのある人に限らず、健常…
戦わせて、その中で理解し合うという事なん
僕らのような普通の一般スタッフも申告制で
ですが「そんなこと言ったって」みたいなご
す。毎月その月が終わって翌月の頭に、その
意見でもよろしいんですがいかがでしょう。
月の給料を自分で申告します。基本給はみん
■谷口
お給料のことでいいですか。
な違いますが、基本給に対して、今月自分が
頑張ったと思えば、プラスアルファの理由を
■司会
お願いします。
添えて申告します。もし自分がミスが多かっ
たり、あるいは周りに迷惑をかけた、お客様
■谷口
筒井さんのお話を伺っていて、似てるなと
に迷惑をかけたという場合は、マイナスにし
て申告します。
思ったのは、表現はちょっと違いますけれど
- 23 -
も、「ぱれっと」も自己評価、他己評価という
んですね。
ものを最初から設けたことです。出だしは少
一生懸命頑張って3個出来る人、軽々とや
し違っていましたが、だんだん安定してきた
っても 10 個出来る人、その中でその違いを
ら、通所員も交えた、いわゆるメンバー会議
どう工賃として評価するのか、その頑張り具
を定期的に持ちました。
合と出来高の関係ですよね。
職員の評価だけで給料のアップ、ダウンを
障がいの種類が違えば、その方の特性に合
決めない。職員の評価に加えて本人の自己評
った仕事をこちら側で用意する必要がありま
価を出す。自己評価を出しながら他の人が、
すが、現実問題として限界があります。「結」
筒井さんがさっきおっしゃったように「いや、
として、今はまだスタートしたばかりという
君は頑張っていたかなあ。そうじゃないんじ
こともありますし、どうしても限界があると
ゃないの」というように意見交換をしながら
いうところで、理事のみんなで話し合ったと
成績を決めていって、そしてアップ率を決め
きに、3ヶ月は一律でいこう、1年ぐらい一
るというやり方をやっています。ですから、
律でやっていこう、また半年は一律でやって
職員だけの一方的な判断で給料を決めてしま
いこう、色々な意見が出ました。
うということは一切ありません。
そして結局、半年は一律でやって行こうと
初任給は誰でも3万円位というのは決まっ
いう事をみんなで決めたわけです。スタート
ていますが、給料があがる者、ぐーんと上が
して半年経った時にどのような評価をして、
る者、少ししか上がらない者、もしくは下が
それを工賃として考えて行くかという事は理
りはしないけれど上がらない者とというよう
事全員が真剣に考えています。
に別れてしまいます。これはその人の障がい
今、谷口さんや筒井さんの意見を聞いて、
の程度に関係ありません。
「ぱれっと」では、
やっぱりそこに私達だけではなく利用者さん
働くということは一律の給料ではないのだと
本人の意見というものを取り入れていくべき
考えています。
なんだなということを、改めて考えていると
■司会
ころです。
ありがとうございます。皆さんこの辺関心
また、みんなで言わなきゃ損々という事。
が高いところだと思いますが、皆様から手が
結の中でも、親である立場の人、そうでない
挙がりませんので…結の理事長の重田は、今
立場の人。色々な想い、立場の違いや障がい
どこに座っていますか?。
の違いからなかなか意見が言い合えない、と
最初 NPO 法人「やさしねっと結」を立ち
いうことで、私自身を含めてとてもはがゆい
上げて、福祉作業所をこれからやって行くこ
思いをしているところがあります。みんなが
とになり、利用者さんの工賃をどうしましょ
言い合える場になるように、結も頑張って行
うという時に、私達は色々と意見を戦わせま
きたいなと思っています。
した。その辺の事で何かあったら、重田の方
■司会
ありがとうございます。会場の中に実は養
からお願いします。
護学校の進路担当の先生がみえているんです。
■重田
利用者さんの工賃に関しては色々な所に聞
いたんです。一律だという所と能率給と二通
先程、舞台の上に上がって下さいとお願いし
たんですが…
りありました。作業の出来高という事を考え
卒業生の中には、やはり作業所に行かれる
た時に、出来高と本人の頑張り具合は、それ
方、それから会社の方にお勤めになる方とか、
はまた別のものではないかという話を聞いた
たくさんいらっしゃると思うんですが、工賃
- 24 -
のことでご存知のことや、情報がありました
実は昨日、お二方の時間の都合と「あまり
ら少しお話頂けますか。2,3 分でお願いしま
早いと忘れちゃうから」と言われまして、夕
す。
方6時半から保護者の方を交えまして、「こん
■佐生
なことを質問するから用意しておいて」とい
すみません。今日はこちらでゆっくりとお
う事で質問の答えを考えてもらって来ました。
話をと思っていたんですが…。
私の方から一つ一つ質問したいと思いま
やはり、「結」さんの方がリサーチされて
いるように、能率給という名称で、子どもさ
す。二人とも答えて下さいね。よろしくお願
いします。
んの仕事量に合わせて支給されている所、そ
最初の質問です。「どんなお仕事をしてい
れから、働く意欲とか態度もそこに加味して
ますか?」では、となりの重田洋平さん、お
工賃が払われている所、そのところでは両者
願いします。
が明確になっております。
■重田
クリーニング工場でリネンの下請け、洗濯、
働く子ども達も、こうだったから今月はお
給料が少ない。ちゃんとわかっていて、基準
乾燥などの仕事をしています。
が一律になって自分に返って来るということ
■司会
ありがとうございます。ではお隣りの富永
で、働くということと、賃金という部分の関
連性で、意欲であるとか、そういうところに
渉さん、どんなお仕事をしていますか?
つながっているのかなというように感じます。
■富永
「東京木工所」で、金物とプラスチックを
やはり利用者側、卒業生共々なんですけれ
ども、一律という所には、どこか潜在的な不
分ける仕事を頑張っています。
公平感っていうのはどうしてもあるんだなと
■司会
ありがとうございます。頑張っているとい
いうのは強く感じています。
「どこそこに行くとみんなが 3000 円なん
う事ですね。今の話だけだと、どんな仕事な
だよ」とか、「うちの子はもっと働けるんだっ
のかよくわからないと思いますけれども、結
たらもっと貰える所に」と、どうしてもそっ
構二人ともお仕事が忙しいみたいなんですよ
ちにつながってしまうのかな、と思います。
ね。それでは、質問の2番目です。
色々な形で、形として見えるところで評価が
「一週間のうち、お休みは何日くらいあるん
なされていくというか、自分に跳ね返って来
ですか?」それでは、重田さん、お願いしま
るもので、本人の意欲も含めて自分の存在を
す。
評価して頂けるといいのかなと思います。
■重田
夏休み、お盆、正月、ゴールデンウィーク
■司会
ありがとうございます。工賃とかそういう
など、行楽シーズンは日曜日の1日だけです。
方に話が流れて来たんですけれども、今、上
それ以外は、隔週土曜日と日曜日だけです。
の方で「僕達いつ喋ったらいいの」と緊張し
■司会
ながらカチンコチンになって二人が待ってい
ありがとうございます。皆さんがゴールデ
るんですね。この二人は、ほんとにまだ最近
ンウィークといってワイワイ騒いでいる時に、
会社に勤め始めたばかりです。それでいろい
重田さんは一生懸命にクリーニング工場でお
ろ、周りの方にご迷惑をかけご心配をかけな
仕事をしているって事ですね。
では富永さん、よろしくお願いします。
がら、なんとか頑張って会社に勤めている人
達です。
■富永
- 25 -
平日が勤務で、休みは土曜、日曜、祝日、
■司会
では、富永さん。
振り替え休日が休みです。
■富永
■司会
片道約 15 km位で 35 分位です。
はい、ありがとうございます。二人だけを
比較すると、富永さんの方がいいなあという
■司会
片道 35 分、袖ヶ浦市から木更津にある「東
感じですね。
それでは通勤。これは皆さんがとっても関
京木工所」まで、自分が自転車に乗ったら2
心のあるところだと思うんですが、「どんな風
時間以上かかるんじゃないかと思うんですが、
に通勤されていますか?」たとえば、電車を
すごい馬力で通っていると思います。
利用してだとか、バスに乗ってだとか、そう
次は、先程講演の中で谷口さんがおっしゃ
いう事を答えて頂きたいと思います。重田さ
っていましたけれども、
「仕事をしてお給料を
んお願いします。
貰うようになっただけでは、自立したという
■重田
ことではない」という事にちょっと触れてい
ましたが、休日の過ごし方、余暇活動につい
電車とバスで通っています。
て伺いたいと思います。
■司会
はい。ありがとうございます。木更津駅か
「お休みの日はどんなことをして過ごして
ら電車に乗って行きまして、五井駅で降りる
いるんですか?」では、重田さん。
んですね。五井駅で降りて、そこから路線バ
■重田
スに乗って会社まで行くそうです。では、富
休みの日は友達と遊んだりしています。
永さんお願いします。
スペシャルオリンピックスに参加したり、
ボウリングをやっています。
■富永
通勤は何を利用しているかというと、電車
■司会
はい。ありがとうございます。では、富永
には乗らないで自宅から職場まで自転車で通
さん。
勤しています。
■富永
■司会
休みの日は気分転換に自転車でサイクリン
そうなんです。千葉に「キャリアセンター」
という所がありまして、彼は実は「東京木工
グをしています。
所」さんにお世話になる前には、ご存知の方
■司会
サイクリングがとてもお好きなんですけ
も多いと思うんですけれども、千葉港まで自
れども、何か他にもやっていますよね。土
転車で往復通勤していました。
実はうちの理事長が、八幡宿で彼が自転車
日お休みがありますから…他に何かやって
に乗って突風のごとく走っているところを見
いますか?
かけまして「大丈夫かしら、事故に遭わない
■富永
自転車のサイクリングの他にSOの方の
かしら…」と、とっても心配していたんです
が、今も会社の方に毎日自転車で通っていま
陸上をやっています。
す。
■司会
はい。ありがとうございます。彼はSOと
次の質問です。「通勤にどの位の時間がか
かっているんですか?」重田さん。
いう風に表現しました。スペシャルオリンピ
■重田
ックスという障がいのある方達のスポーツを
1時間位です。
ご存知でしょうか。今日、皆さんにお配りし
- 26 -
た資料の中にスペシャルオリンピックスのご
問です。これは、二人がなかなか答えてくれ
案内が入っていますが、お戻りになりました
なかったんですけれども、「お仕事をしていて
らよく見て頂きたいんですが、このお二人は
困った事は何かありましたか?」重田さん。
共通する事がほとんどないんですけれども、
■重田
特にありません。
唯一余暇活動をSO、スペシャルオリンピッ
■司会
クスで非常に充実した活動をしています。
特にないですか。じゃあ、富永さん。簡単
重田さんは、今うつむいて緊張して下を向
いていますけれども、ボウリングでかなりト
にお願いします。
ロフィーをとっています。マイボール、マイ
■富永
今年の6月に一度、ちょっと興奮して寝れ
シューズ、そして、ユニフォームもプロ並み
ない事があって、お仕事について困った事が
の物を持参で練習もバッチリです。
彼は「小さい子どもたちにボウリングを教
ありましたが、今年7月からは困った事がな
えるのが夢です」と語っています。将来、ス
く安心して寝る事ができました。
ペシャルオリンピックスの方でコーチになる
■司会
彼もとても個性的な方ですので色々あるよ
んじゃないかと期待しています。
富永さんの方は、実はお父様がスペシャル
うで、上司の方からちょっと言われちゃった
オリンピックスのコーチをされています。富
ら、それで眠れなくなってですね、焼酎をが
永さんご本人をご覧になるとわかると思うん
ぶ飲みして、次の日起きられないとかいうこ
ですけれども、暑い中でも、近くにあります
ともたまにはあるようです。
槙の実養護学校という所をお借りしてやって
先程、工賃ということでですね、筒井さん
いて、そこで走っていたりします。また、千
のお話や谷口さんのお話の中にも出て来まし
葉県はマラソン大会が非常に多いんですけれ
たけれども、お給料はいくら貰っているんで
ども、若潮マラソンとかそういう所に出掛け
すかっていうのは、ちょっと聞きづらいので、
て行って大会に参加したりしています。間違
「お給料を貰って良かったなと思った事はど
いないですね。
んな事ですか?」
重田さん、お願いします。
■富永
■重田
間違いはひとつもありません。
自分で働いたお金で洋服や好きな物を買え
■司会
ありがとうございます。スペシャルオリン
て嬉しいです。家族を外食に招待した時が一
ピックスについて今、ボウリングと陸上を紹
番、頭に浮かんできて良かったです。
介しましたけれども、その他にも卓球もこの
■司会
ありがとうございます。本人が「おごるよ」
辺では行われています。興味のある方は、是
って言ったわけではなくて、どこかで見てい
非参加して頂きたいと思います。
スペシャルオリンピックスSOのいいとこ
るお母さんがですね、
「お給料を貰ったら、ど
ろは、競わない。競わないと言うと変ですけ
の人も必ず家族にご馳走しなくちゃいけない」
れども…競うんですが、優劣を付けないんで
と、あらかじめ言っていたようで、彼は本当
すね。参加した人どの人も大事な役割を持っ
に「おごるよ」と気前よく家族をお寿司屋さ
ているという事で、とってもいい団体だと思
んに連れって行ったりですね、レストランで
います。
ご馳走したりしているようです。
だいぶ話が膨らみましたけれども、次の質
- 27 -
では、富永さんお願いします。
■富永
「大変ハラハラドキドキの毎日を過ごして
自分で稼いだ給料では、好きな物を買えて
とても嬉しいです。
おります。実は、息子は谷口さんのご主人が
社長を務めておられる「東京木工所」に勤務
■司会
しております。就労支援ではいろいろな方の
ありがとうございます。先程ですね、重田
お世話になっております。「やさしねっと結」
さんは家族を食事に連れて行く、という話が
の重田さんをはじめ、「キャリアセンター」の
ありましたけれども、富永さんの場合には、
職員の方、「君津ふくしネット」の方、それか
生活維持費ということでですね、私達も子ど
ら今日講演して頂いた谷口さんもその一人で
もと同居していると「少し家に入れなさい」
す。どうしても息子の場合、社会的マナーや
と、お給料をとるようになった子ども達に言
状況を理解するのに大変時間を要するので、
うわけです。
家族以外の方に助言して頂くのが一番だと思
彼もご多分に漏れず、お給料の中のいくら
っています。少しずつ「報告、連絡、相談」
かを生活維持費という事で、アパート暮らし
が出来るようになってきました。大変ありが
をしたらアパート代を払い、光熱費を払わな
たいと思っています。長い目で助言をお願い
ければいけない。その分ですね、一緒に暮ら
したいと思います。
している家族の一人として維持費を、毎月入
れているということを伺いました。
本人の独特の感覚があって、それを理解し
て頂くのに時間がかかると思います。職場の
質問については、こんなところだったんで
皆さんにとってこのことが大変だと思います
すけれども、実は保護者の方に「何かエピソ
が、両親にとって働く場所があるということ、
ードがあったら、ちょっとお話頂けますか?」
いろいろマナーを教えて頂ける機会が多くあ
という事で伺っています。まず、重田さんの
るということに感謝しています」というメッ
方ですけれども、
「彼が働くようになって、職
セージを伺っています。
場の同僚に認められて、元気に毎日、家を出
今日は、「働くってどんなこと」というテ
る姿を見る。その事が親としては大変嬉しい。
ーマで講演を頂き、それからシンポジストと
今までは学生という事で、学校とは違った充
して筒井さんにお話を頂き、谷口さんにお話
実感を感じているように思います。それから、
を頂き、実際に会社で働いている富永さん、
社会人になって働きに行くということの充実
重田さんから色々な話を伺いました。
感、それから職場で認められるということ、
この中で色々なことが見えてきたと思うん
そういうことが生まれて来るんだろうと思い
ですね。働くってことは、ただ家を出て行っ
ます。
て、それで言われた事をやって、そしたらち
それから今までは、重田家の子どもという
ゃんとお給料を貰えるのかな?という「?マ
見方を家族がしていたんですけれども、働く
ーク」ですね。やっぱりお給料を貰うために
ようになって子どもという見方よりも、大人
は、それなりの本人の努力もいるし、それを
として家族の一員になってきたように思える
受け入れる経営する側の方の思いというのも
ということで、そういう部分では保護してい
見えてきたと思います。
たということから、共に一人の大人として、
この辺の今までの話の流れの中から、最後
家族として意見を言い合えるということで、
に谷口さん、筒井さんからもう一度お話を伺
大変頼もしいなという風に思っている」とい
いたいと思います。
う事です。これはお母様の談話です。
それから、富永さんの方ですけれども、
では、筒井さんの方からすみません。お願
いします。
- 28 -
■筒井
何を話そうかと思っていたら、先に振られ
てしまいました。渉君も洋平君も、実習して
いる時とか、同じ地域に住んでいますので、
何度か顔を見たり話したりしたことがあって、
本当に二人がすごい、いかにも仕事をしてい
るな、頼もしいなと思って聞いていました。
彼らは、とても地域の資源だなと思います。
地域の資源とは、観光資源であったり、お金
であったり、社会的資産であったり、あとい
ろんな物があると思うんですが、私はそこに
住んでいる一人一人が大きな資源だと思って
います。この二人のとても大きな資源があっ
て、これからの仕事をするということ、余暇
活動も含めて二人の力がどう地域に還元され
たり役に立てるかということを引き出して行
くことが、周囲には求められるんではないの
かなと思っています。
うちに来ているスタッフも、本当に一人一
人個性的でとてもよく働いてくれるスタッフ
が多いわけで、それは障がいがあるなしに関
わらず、若い彼等を、どうこれから引き出し
てあげられるかというのが、実は経営をして
いる私に一番求められていることなんだろう
なと思います。
それは金勘定よりじつは大変なことで、金
は後からなんとかついてくるもので、ぎりぎ
り何とかなります。その人の可能性を切り開
いたり、あるいはその人の良さを引き出して、
そして仕事を作っていくということは本当に
難しい。難しいというか、ものすごく大変な
ことで、でもそれをやっていかなければ、や
はりこれからの障がい者就労であったり、障
がいのある方が地域の中で自立していくこと
というのは、なかなか難しいんじゃないかな
という風に思いながら、一つ一つ事例を作っ
ていきたいなあ、という風に思って話を聞い
ていました。
その経営者側として、働く方に伝えたいこ
とというのは特にないんですが、とにかく一
生懸命であるということだけですね。何が足
りて何が足りないということではなくて、仕
事に必要なスキルというのは会社で教えるも
ので、別にそれがないから働けないのではな
くて、そのスキルというものは、会社が教え
るべきことであり、それが習得が出来ないと
いうのは、会社の教え方が悪いと私はそう思
います。スタッフにもそう伝えています。
だからそういう意味でも評価というのはオ
ープンにすべきだと思います。うちの会社だ
けじゃなくて、私は行政も議員もどんどん評
価はオープンにすべきだと思います。周りが
評価することによって給料を決めていくシス
テムというのは、会社、作業所だけでなくて、
世の中社会一般がそうなっていくべきもので
あるという風に思っています。そういう事例
を私はこの小さい中から作っていけたらいい
なと思って、今日話を聞いていました。
皆さん同じ地域に住む方ですし、私は事業
家ですので、どんどんこれから事業を作って
いきたいと思っています。とても小さな会社
で、息でプッと吹けば飛んでしまいそうな会
社なんですが、それでもやはり谷口さんのお
っしゃっていたように、このままの社会では
いけないなと思っていますし、どんどん出来
ることをして、これから社会を変えていかな
ければ、日本の未来はないと思っています。
アジアの中で、中国や韓国がどんどん元気
になっていく中で、日本はどんどん沈み、そ
して今は国として援助している側ですが、こ
のままいくと将来援助される側になると私は
思っています。そういう意味でも、これから
日本がどんどん元気になっていくためには、
地域の中から一つ一つ、小さくてもいいから
こういう事例を展開していくことが、私は重
要であると思います。その事例を作る現場の
プレーヤーの一人として、障がいのあるなし
に関わらず、スタッフと一緒に一つ一つ作っ
ていきたいと思っています。
- 29 -
最後にこのカフェをやっているスタッフが
会場に来ていると思います。もし顔を見たら、
■谷口
筒井さんは本当に頼もしい方ですね。感心
声をかけてやって欲しいと思います。インタ
ーネットのブログで情報も発信しています。
ぜひ、書き込みなどして頂けたら、また、お
店にもぜひ来て頂けたら嬉しく思います。今
して聞いていました。筒井さんのような若者
がこれからどんどん活躍してくださると日本
も捨てたものじゃないですね。
筒井さんのおっしゃったことは、すべて私
日はどうもありがとうございました。
も同じように考えていて共鳴するばかりです。
■司会
ありがとうございます。力強いメッセージ
筒井さんの話に出てきた「第三世界ショッ
です。しかも、まだ 20 歳代の若さです。こ
プ」というのは、東京の恵比寿と目黒の間の
れからが楽しみです。今お話に出ました「フ
私の家から歩いて 10 分の地域にあります。
ェアトレードカフェ andante」の店長は、実
「ぱれっと」をオープンした時から私は知っ
は今会場にいます。先程、ちょっと皆さんの
ていた店で、世の中狭いなあと思いました。
前で紹介したいと言ったら「勘弁してくださ
働くときにはコミュニケーションがとても
いよ」と言われたんですが、もう社長からこ
大事です。それは健常者でも同じです。その
こまで言われたら立たないわけにはいきませ
コミュニケーションがなかなかうまくとれな
んね。末廣さん、お願いします。
い人がたくさんいるわけです。ですが、今も
■筒井
続けて働いていらっしゃるお二人は、それを
自己紹介してください。皆さんにひと言。
乗り越えられたのだと思います。
■末廣
「フェアトレードカフェ andante」の店長
の末廣卓典です。カフェがオープンしてまだ 5
ヶ月に満たないんですが、これからどんどん
自分のカフェを発展させて、リピーター客な
ど作っていきたいと思います。宜しくお願い
それから、社会に出ると厳しいですから、
体力があったほうがいいですね。もちろん、
あいさつや返事は、働くときの条件なんです
が、障がいのない若者でも返事が出来ない人
がたくさんいます。ですから障がい者だけに、
返事をしなさいと学校で教育して返事できて
します。
も、社会に出ると厳しさが違うので返事が出
■筒井
カフェに本人がいるのが、平日の朝 10 時
から午後 5 時までです。土日を休日に当てて
来なくなってしまうことがあります。先生方
はご存知かなと思うんですけれども。
いますので、お越し頂ける方は、平日にお越
とにかく、社会は厳しいですから、当然社
し頂ければと思います。ありがとうございま
会の厳しさの中でうまくやっていくというこ
す。
とは、筒井さんがおっしゃったとおりそれを
■司会
取り巻く周りの同僚の力が必要です。この理
ありがとうございます。さすが店長ですね。
解がなければ、彼等はなかなかうまく働けな
ここでお店の紹介をしないわけにはいきませ
い。ですから、むしろ力をつけなければいけ
んよね。今日、会場にお越しの方は必ず一度
ない、学ばなければいけないのは、私どもや
は「アクア木更津」8 階、「フェアトレードカ
会社側だろうと思っています。言い換えれば、
フェ andante」に行っておいしいコーヒーを
施設側、作業所側の職員です。そのあり方に、
飲まれると思いますので、これで売り上げは
私は全面的に筒井さんに賛成です。
だいぶ伸びるんじゃないかと思います。よろ
しくお願いします。
それでは、谷口さんお願いします。
個人的なことになりますけれども、うちは
富永さんだけではなくてもう一人安田さんと
いう方が働いています。二人いらっしゃいま
- 30 -
す。先日、見学させてもらいました。本社が
くんだよ」ということを伝え伝え、今育てて
恵比寿なものですから、木更津まで来て働く
いるところですが、働くことを継続していく、
様子を見せてもらいました。大変真面目に働
本人が働き続けていくその意欲を持ち続ける
いていらっしゃいました。それからあいさつ
というのをどういう風に周囲の方は助けてく
もきちんとしてくださいました。私は大変立
ださるのか、親ももちろん一生懸命言ってい
派だと思いました。実は私どもも、今日は「東
くのですが、働き続ける意欲を持ち続けるこ
京木工所」のほうから部長をはじめ4人が来
とについて、何か教えて頂けることがあれば
ております。
お願いします。
すみません、立って頂けますか。本社の部
■司会
では、筒井さんからお願いします。
長、木更津の三人、部長、工場長、係長です。
今日は「様子を見に来るのではなくて、勉強
しに来てください」とお願いしたのです。富
永さんが立派に答えてすばらしいですね。あ
りがとうございます。着席下さい。
私はここへ来る前に、部長に「富永さんど
うですか?どんな様子ですか?」とメールで
尋ねましたら、
「途中少し休んだものの、非常
に黙々と仕事をこなしていて、周囲の同僚か
ら注意や激励されながら、無難に職務をこな
しています」と返事が来ました。
それからもう一人、富永さんより先に入社
の安田さん、ちょっと立ってください。あり
がとう。安田さんはあと少しで一年ですね。
当社のマテリアルリサイクルの事業の中で、
導入する原材料の分別は大事な仕事です。
「二人とも共に自主性・持続性を持ち合わ
せており、雇用については今後も継続してい
きたいと思っております」というのが、今の
部長の返信です。それをちょっと読ませて頂
きました。安田さん、久しぶりに会えてよか
ったです。ありがとう。
■筒井
はい、これは誰しも同じことですね。「障
がいを持っているから働き続けられるか?」
ということではなく。施設の職員は働き続け
られるかというと、辞める人多いですよね。
私も今 26 歳で、皆大学を卒業して 2 年 3 年
ぐらいですね。
「筒井、自分で仕事をして大変
だな」と言われていますけれども、みんな企
業に勤めて、1 年 2 年 3 年、いろいろ大変な
んですよね。結構辞めているわけです。
働き続けられる。そこに意欲が、意欲とい
うか、なんですかね。私は、重要なのはどう
社会や地域とつながっているかというのを、
実感できるか出来ないかで、続けられるか続
けられないかというのが、非常に大きく分か
れていくと思います。
おそらく、単調な作業を、健常者であって
もずっと続けていたら「何のために自分は仕
事をやっているのだろう」、給料も上がらなか
ったら「何のために仕事を続けているんだろ
う、この先未来があるのだろうか」ときっと
思うでしょう。それは、障がいがあってもな
■司会
ありがとうございました。今までのシンポ
くても同じ疑問が続くと思います。
ジストの話で、ちょっとこんなことを、とい
そういう意味で一つは「給料評価会議」と
うご質問や、何でも結構なんですが、いらっ
いう周りの評価と、お金というところの継続
しゃいますか。はい、お願いします。
性でしょうか。
もう一つは、社会とどうつながれるか、ど
■石川
「手をつなぐ親の会」の会員の石川と言いま
す。一つ教えてください。
私の子ども、次男が今中学校で特殊学級に
通っています。本人に「これからあなたは働
う接点を持てるか、だと思います。自分も社
会や地域に役立てるんだと感じたり、誰かか
ら期待されると、人は成長したりもっと頑張
- 31 -
ろうかなと思えたりする、というのを、私は
ックス」や「東急ストア」などの企業や、郵
自分の経験からそう思うわけです。
便局に就職している人もいます。ずっと「お
そういう訳で、ただ障がい者だけを囲って
しまうのではなくて、私は常にオープンな場
かし屋」で働きたいという人もいます。それ
はそれでいいのです。
で障がいのあるスタッフが働くこと、彼だか
「おかし屋」は選択肢を増やすために作っ
らこそ社会に役に立っている、貢献できてい
たのです。
「おかし屋」の仕事はお客様の反応
るんだという部分が少なからずあるというこ
がよくわかります。お客さまのリピーターか
とを、私は常々話をしています。彼が理解し
ら「おいしい」と言われれば、「また、がんば
ているかどうか、まだちょっとわからないで
ろう!」という気になり仕事に誇りがもてる
すが、でも私はそれはとても重要なことだと
のです。
思うんですね。
ですから、選択が増えれば、もっと広がり
そういう意味でお金だけではない、ただ自
が出て障がいのある人たちも仕事がしやすく
分が作業するだけではない。そうじゃなくて、
なるのではないかと私は思っています。まず
社会や地域とのつながりをどう実感できて、
社会が選択肢を増やすこと。そして障がい者
「ああ自分もこうやって社会や地域に貢献で
が選べる環境を作ること。それが私はとても
きるんだ」という気持ちを持ち続けることが、
大事だと思っていますし、自分のしたい職業
私は労働意欲というものを継続できる一つの
を選ぶことが出来たら、その時は考えられな
要因だと、それは私自身もそうですが、そう
いような力を発揮し、ずっと続くのではない
いう風に思っています。
かと確信しています。
ただ、彼らが働く意味を追求していくとい
■司会
ありがとうございます。谷口さん、お願い
うのはとても難しいです。働くってどういう
します。
いうことと言っても、言葉では言い表せない。
■谷口
抽象的でわかりにくいので体で覚えないとい
ほんとにそのとおりですね。ただ、筒井さ
けません。そのときには彼らだけではとても
んとは親子ほど違うので、もう少し付け加え
無理です。同僚、周りの者の理解が必要です。
させて頂くと、人間というのは好きな仕事に
ですから、お母さんがご自分のお子さんの
就くときが一番力が湧くのです。だから続く
責任にして、
「続かないわねえ」と言うことは
のです。残念ながら障がいのある人の職業に
決して言うべきではないですね。「仕事が合わ
は、選択肢がないんですね。ウエイトレスに
なかったんだな、また他に選べるかしら」と
なりたい、ウエイターになりたいと、選ぶこ
考えるぐらいの余裕を持たないと、障がい者
とが出来ないんです。あてがわれてしまうの
が社会で働くのは難しいですね。
です。そういう時代がずっと続いてようやく、
■司会
少し選べるようになったでしょうか。
ありがとうございます。それでは時間も来
例えば、「ぱれっと」の場合でも一種の通
過施設だと思っています。ですから、3 年ぐ
ましたので、この辺でシンポジウムを閉じさ
せて頂きます。
らい働いて、僕は企業に勤めたいという人が
今日、この会場にいらっしゃった方はすご
出てきたら、そこへ押し出すように私どもは
くラッキーだったと思うんですね。私は、谷
努力をするわけです。ジョブコーチ的なこと
口さんの朝日新聞の「人」欄というところを
をします。就職の説明会に連れて行ったりも
切り抜いて、いつかこの方のお話を聞きたい
します。「おかし屋ぱれっと」から「スターバ
と思っていたんですが、本当に早い時期にチ
- 32 -
ャンスがやってきました。
んがおっしゃったように「100 通りのニーズ
そして、筒井さんも「やさしねっと結」が
には 100 通りのサービス」だと思います。
NPO 法人になる前に随分お世話になっている
たくさん、たくさんお土産を貰ったと思い
んです。「やさしねっと結」の理事でも個人的
ますので、ぜひお宝でどこかにしまい込まな
にお付き合いのある者もおり、そういう関係
いで力にして、それこそ谷口さんのご本のテ
で今日来て頂き、いろいろお話を伺って本当
ーマになっています、
「挑戦」できるチャンス
に良かったなと思います。
をいろいろ作って頂けると、この会を催した
今日いったいどんな考えを皆さんがお持ち
になっているのか、それは本当に先程谷口さ
「やさしねっと結」としても大変嬉しいこと
だと思います。
■補記
特定非営利活動法人やさしねっと結は、皆様からのご支援ご協力を頂き、就労支援事業として
の、「日本財団助成事業・障害のある方のための職業体験フェア 2006」を盛大に執り行うことが
出来ました。ここに、お礼の気持ちを込めてご報告申し上げます。
2007 年 2 月1日
特定非営利活動法人やさしねっと結
障害のある方のための
職業体験フェア 2006 事業報告書
平成 19 年2月1日
特定非営利活動法人やさしねっと結
千葉県木更津市畑沢 2-36-3
電話
- 33 -
0438-36-0292
この事業は日本財団の助成金によって実施しました。
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