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3.11震災に関するテレビ映像資料アーカイヴをめぐって

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3.11震災に関するテレビ映像資料アーカイヴをめぐって
日本大学法学部新聞学研究所シンポジウム
3.11震災に関するテレビ映像資料アーカイヴをめぐって
2014年3月7日(金)開催
於:日本大学法学部1011講堂
主催:日本大学法学部新聞学研究所
後援:日本マス・コミュニケーション学会
予稿集
目次
1 日大版東日本大震災TV映像アーカイヴ計画の現状と課題(基調講演)
大井
眞二(研究プロジェクト代表)
2 3・11震災関連テレビ映像資料アーカイブ」をめぐって
――歴史研究者の立場から――
大岡
聡(日本大学法学部)
3 放送アーカイブの研究活用に向けて
――関連資料のアーカイブとデータ連携――
米倉
律(NHK 放送文化研究所)
4 テレビアーカイブの可能性を拓く研究教育とその課題
小林
直毅(法政大学社会学部)
5 震災に関するテレビ映像資料アーカイブと著作権
早乙女宜宏(日本大学大学院法務研究科)
6 アーカイヴへの法的対応
松嶋
隆弘(日本大学法学部)
日本大学新聞学研究所
-1-
基調報告
日大版東日本大震災TV映像アーカイヴ計画の現状と課題
大井
眞二(研究プロジェクト代表)
1 日大版大震災 TV 映像記録
われわれは、二つの共同研究「メディア秩序の変革期におけるジャーナリズムのパ
ラダイム転換に関する研究」(平成 23 年度・24 年度継続研究
成金[総合研究]=研究代表
大井眞二)及び「公募委託研究
ディアの役割」(平成 23 年 7 月~平成 24 年 6 月
=研究代表
日本大学学術研究助
東日本大震災とマスメ
公益財団法人日本新聞通信調査会
大井眞二)において、研究活動の一部として、東日本大震災に関する報
道の研究を進め、成果の一部は学会誌や報告書において発表した。
この研究の過程で 3 月 11 日の発災から今日に至るまで、東京キー局(6局)の大
震災にかかる TV 映像の記録・保存を進めており、映像資料データ量は 50 テラレベ
ルに到達している。この映像記録は JCC のマックスチャンネル及び外部 HDD に蓄え
られている。共同研究者は映像データについて、その分析に不可欠な二次資料(メタ
データ)の検索(日大検索)などを通じて研究をすすめ、同時にネットワークを介し
て PC を通じて映像資料を教育・研究に役立てている。
しかしながら大量に記録・保存された TV 映像のデジタル・データは、技術の性格
上バックアップだけでなく、バックアップのバックアップを必要とし、それを支える
ための TV 映像記録を記録・保存するシステムとそれに伴うデバイスを別途用意しな
い限り、現状では実現を目指している「日大版震災 TV 映像アーカイヴ」の貴重な映
像資料は維持することすら困難である。この種のシステムとデバイスは個人で所有で
きるものではなく、また組織として強固な基盤を持つにいたっていない本研究所でも
その段階に至っていない。
2 様々なアーカイヴ化計画
東日本大震災については、官民で膨大な記録が生み出された。事実日本に限らず、
政府、自治体、大学・研究機関、新聞やテレビなどのマスメディア、個人などで大量
の記録が作成・保有されている。例えばハーヴァード大は、いち早く東日本大震災に
関するアーカイヴ構築に着手し、デジタル情報の整理、保存と利用を基本として、個
人が情報を共有し、コミュニケートする公共空間や記憶や思いの共有の場の提供を試
みている。
他方日本ではかねてより電子図書館化、デジタルアーカイヴの構築をすすめてきた
国立国会図書館は、情報の収集・保存・アクセスの枠組みを整備し、東日本大震災ア
-2-
ーカイヴを構築する作業を始め、2013 年 NDL 東日本大震災アーカイブ(ひなぎく)
を正式公開した。ひなぎくは、東日本大震災に関する音声・動画、写真、ウェブ情報
等のデジタルデータや、関連する文献情報を一元的に検索・活用できるポータルサイ
トで、検索対象データベース一覧、コンテンツの紹介などを提供している。
この他、TV 放送の映像アーカイヴシステムを構築中の国立情報学研究所では、そ
の映像資料を利用した「東日本大震災の社会的影響の学術的研究」に関する共同研究
を広く募集するなど、アーカイヴの学術的利用をすすめている。いち早く川口を拠点
として TV 映像のアーカイヴ化を進めている NHK をはじめとして、放送業界も各種
アーカイヴ化の事業を推進している。
3 アーカイヴ化計画の意義
周知のように、増加の一途をたどる映像資料は、量的に増加するだけでなく、質的
にも高度化・高質化し、大学・研究機関はグローバルな展望に基づいて、電子化及び
アーカイヴ(まずはアナログそしてデジタルの)構築の事業を急ピッチですすめてい
る。すでに大学・研究機関は、各種のデータベース、電子ジャーナル、オンラインジ
ャーナル、ヴィジュアル情報を提供しており、今後はさらなる電子化だけでなく、ア
ーカイヴのデジタル化を図るべき時期に来ている。印刷物資料に加えて映像資料の収
集・記録・保存・整理及び利用のシステムの整備は、デジタル情報時代の大学・研究
機関の喫緊の課題となっており、そうした体制の早急な整備が求められている。
TV 映像情報の「アーカイヴ化」それ自体は、外部への提供に関わる著作権など、TV
映像情報に固有の様々な問題を解決する必要がある。しかし、これらの時間と労力そ
して何よりも大きな資金拠出を伴う課題の解決をただ拱手傍観するだけであってはな
らない。技術や費用を含め現状を改善する努力を傾ける一方で、たとえ不十分とはい
え、既存の、現状の資源を生かしながらさらに収集、記録、保存をすすめる。また他
の機関との連携、例えばコンソーシアムを形成するなど、さまざまなレベルでネット
ワーク化を図る試みを至る所で、多様かつ多元的に仕掛けることが必要となろう。
こうしたさまざまな仕掛けによって、東日本大震災の記録・情報を内外に発信し続け
ること、さらにその記録を後の世代に継承することはきわめて重要な事業であり、具
体的には被災地の復興事業、今後の防災や減災の対策・事業、様々な学術的研究、教
育などに活用する道をさらに開くことになる。
こうしたパースペクティブに立つと、本学の二つの共同研究の過程で記録・保存さ
れることになった東日本大震災に関する TV 映像資料は、いかなる組織が事業の主体
となるべきかはひとまずおくとしても、「日大版大震災 TV 映像アーカイヴ」事業と
して整備・構築する価値のある事業である。またこの TV 映像資料はアーカイヴ化す
ることで、単独のアーカイヴとしてだけでなく、例えば国会図書館をはじめとした様
々なレベルのアーカイヴ構築事業と連携することで、一組織の枠を超えたネットワー
-3-
ク化を図ることができ、こうして形成されるネットワーク化の社会的公益・便益には
計り知れないものがある。電波という公共的資源を利用して制作された TV 映像記録
資料は、映像それ自体が製作者に帰属するにしても、その性質上公的な機関や制度が
記録・保存し、公共的に利用に供すべきいわば公共財でもある。
4 基調報告について
本基調報告は上記を踏まえて、以下の項目について問題提起をする予定である。
(1)日大版震災 TV 映像のアーカイヴ化の計画の現状と課題
①対象選定、②方法、③維持管理、④権利関係、⑤人材育成
JCC マックスチャンネルの概要、ストレージとアクセスなど
(2)教育と研究のための利用方法
インフラとしての COLNet、VPN など
学部、大学院での授業、ゼミナールなどの演習
(3)Vanderbilt Television News Archive の取り組み:参考例
公共財としての TV 映像の利活用の一つの仕方
Sustainability:①様々な補助・助成、② subscription など
-4-
3・11震災関連テレビ映像資料アーカイブをめぐって
――歴史研究者の立場から――
大岡
聡(日本大学法学部)
「3・11 震災関連テレビ映像資料アーカイブ」を構築し、公開することの公共的意
義について、歴史研究者として思うところを若干述べたい。
1 映像資料と歴史研究
映像資料に関わる機会
1
が若干あったが、映像を歴史史料として使用するには課題
も多く、難しさを実感した。もちろん映画史、メディア史では不可欠の映像資料であ
るが、現代史研究ではほとんど活用されていないといって良い。その理由としては、
①現代史研究が実証主義的な政治史中心であったことや、②文字史料とは異なる映像
資料の特性に歴史研究者が慣れておらず、③研究方法論・史料論が未整備であること
もさることながら、最大の要因は、④映像資料のデータベースや保存・公開の体制が
未整備なため映像資料へのアクセスが困難なことにあると考えられる。
しかし④の問題がクリアされたとき、映像が研究に活用される可能性は十分に考え
られる。第一に日本の公文書は質・量ともに貧弱
2
であるため、現代史研究では新聞
に依存するほか、日記・手記(私文書)の発掘や聞き取りが重要な研究資源となって
きた。映像の利用が容易になれば、ニュース・報道番組、ドキュメンタリー番組、証
言・トーク番組等の映像は、史実の発見や検証において文書史料を補う役割が期待さ
れる。第二に、現代歴史学は文書至上主義ではない。問題関心の変化は映像を含めた
多様な資料の活用を促す。逆に映像の利用が容易になれば、映像がもつ情報を新たな
関心・方法論をもって活用する現代史研究が進められるであろう。第三に歴史博物館
における現代史展示では映像の利用が不可欠である。映像に刻み込まれた情報を通じ
て歴史像を示すだけでなく、映像そのものが 20 世紀の特質を示す展示物として重要
1 ①国立歴史民俗博物館共同研究「ニュース映画の研究資源化ならびに活用方法の確立に
関する研究」(2007 ~ 2009)に参加し、『日本ニュース・戦後版』(1945 ~ 51)通覧、ナ
レーションテキストの作成に関わった。② NHK アーカイブス学術利用トライアル研究
「放送における「空襲」認識の形成と変容に関する歴史学的研究」(2010 ~ 11)に採択さ
れ、空襲関連番組のデータベースを作成した。
2 公文書に関する法制(公文書館法(1988 年施行)、情報公開法(2001 年施行)、公文書
管理法(2011 年施行))がやっと整備されてきたが、施設の拡充や公文書関係職員の増員
が急務であるほか、官僚が文書を作成し残す文化が定着するかどうか、特定秘密保護法の
問題など課題は多い。
-5-
である。
震災関連のテレビ映像資料は将来の歴史研究や展示に不可欠となるはずだ。映像資
料は、メディア学だけでなく、歴史学にとっても学術的重要性が高いことを強調して
おきたい。
2 「証言」としての震災関連テレビ映像
巨大地震・津波という自然の脅威と、そのもとでの人的・物的被害の大きさもさる
ことながら、深刻な核災害が引き起こされたことで、3.11 は間違いなく世界史的な大
事件になった。この複合災害の実態とそのもとでの人間活動の記録は、現在多元的複
合的にアーカイブされつつあるが 3、それは単なる防災的な「教訓」ということにと
どまらない、さまざまな思想的課題を考える際の出発点となるような公共的価値をも
つといえよう。
テレビ映像は 3.11 震災の現場での人間活動の過程で生み出されてくる記録資料一
般のなかでは、相対的に思想性や創作性が高い。震災報道は空間や時間を超えて出来
事の有り様を「伝える」という使命感を帯びた行為であり、現場の「記録」よりは「証
言」と呼ぶにふさわしい。インターネット情報に相対化されるようになっているが、
テレビ放送は視聴者に一定のリアリティや物語性(悲劇性)をもって出来事を伝える
力を持つ。
しかし当然のことながらテレビ映像には、取材者・放送事業者の存在非拘束性や政
治的社会的な力学のもとで歪曲や隠蔽、単純化などが起こっている。震災という出来
事とその体験は地域によって、あるいは個人の属性(職業、階層、年齢、性、民族等
々)によっても多様であるが、それが平板化されて伝えられがちである 4。そもそも
このような巨大な厄災における当事者たちの体験について「証言不可能性」(「表象不
3 公的機関・民間機関の多様なアーカイブを一元的に検索できる「NDL 東日本大震災アー
カイブ・ひなぎく」では、2014 年1月現在 27 のデータベースの約 248 万件のコンテンツ
が検索可能だという。
4「もちろん私たちはあらゆる出来事を記憶することはできない。そこには不可避的に記
憶のエコノミーが働かざるをえない。……その出来事をいっそう忠実に記憶してゆくうえ
での有効性という原理のもとで、零れ落ちてゆくもの、あるいは意図的に排除されてゆく
ものが無数にあるのだ」細見和之「記憶のエコノミーに抗して」笠原一人・寺田匡弘編
『記憶表現論』昭和堂、2009 年、p.29-30。
-6-
可能性」)が指摘されるが 5、にもかかわらずその困難を超えようとするなら、手がか
りは記録・証言・記憶の断片にもとめるにしかない。テレビ映像の「証言」としての
価値と影響力が大きいがゆえに、映像や放送活動がもっていた歪みや限界、そして可
能性を、公共圏において自由に検証・検討することは極めて重要である 6。
3 「震災の記憶」の継承と歴史への向き合い方
「アーカイブズは社会の共同の記憶装置」という言葉がある 7。「震災関連テレビ映
像資料アーカイブ」もまた、震災の記憶を社会の共有財産として未来に引き継いでい
く装置のひとつである。
しかし奥村弘がいうように「災害の記憶を文化に組み込んでいる災害に強い文化」
を作り未来に引き継いでいくことはもちろん重要ではあるが、その前提には「そもそ
も豊かな歴史が総体として過去から未来に引き継がれていく、そのような歴史文化を
大切にする社会でなければ、その形成は難しい」のである 8。いまの日本社会は、は
たして歴史文化を大切にする社会なのだろうか。
3.11 直後、社会に飛び交った言葉に、「想定外」という言葉がある。被害を拡大し
たこの社会の「想定」の貧しさは、どこまで反省されているだろうか。「想定」の貧
しさは過去の災害経験に照らした歴史的想像力の貧しさであり、歴史的想像力の貧し
さは未来を思考しようとして過去に手がかりを求める意識(歴史意識)の弱さの現わ
れではないか。
21 世紀の日本社会では、新自由主義的グローバリゼーション下でのアイデンティ
ティ不安の中で現在主義的な意識が強まり、ますます歴史意識が希薄化しているので
はないか。たとえば古市憲寿は『絶望の国の幸福な若者たち』を次のように描く。
「も
はや今の若者は素朴に『今日よりも明日がよくなる』とは信じることができない。自
5 したがって「証言者(表現者)は「表象の限界」を超える証言(表象)に挑まなければ
ならず、読者はみずからの「想像力の限界」を超える想像力を発揮しようと努めなければ
ならない。きわめて困難なことではあるが、惨劇の再来を防ぐため、この時代が私たちに
そのことを要求しているのである」。徐京植「「証言不可能性」の現在―アウシュヴィッツ
とフクシマを結ぶ想像力」『現代法学』東京経済大学現代法学会、23・24 号、2013 年 2 月、
p.119。
6 すでに「報道は真実をどこまで伝えたのか」という検証は始まっている。高野・吉見・
三浦『311情報学
メディアは何をどう伝えたか』岩波書店、2012 年。
7 保立道久「歴史学とアーカイヴス運動」『アーカイブズ研究』1 号、2004 年 10 月。
8 奥村弘「東日本大震災と歴史学」歴史学研究会編『震災・核災害の時代と歴史学』2012
年 5 月。奥村は阪神・淡路大震災の際に罹災地域の歴史資料のレスキュー活動を率い、そ
の後全国組織の「歴史資料ネットワーク」の中心人物となった。
-7-
分たちの目の前に広がるのは、ただの『終わりなき日常』だ。だからこそ、『今は幸
せだ』と言うことができる。つまり、人は将来に『希望』をなくした時、『幸せ』に
なることができる」。もしそうだとするならば、過去への切実な関心や歴史文化を大
切にしようという意識は生まれようもない。
「記憶の継承」の困難や「証言不可能性」
の問題は、思想的な問題である前に、歴史的な問題である。
「3.11 震災関連テレビ映像資料アーカイブ」は「災害の記憶」を未来に継承するた
めの装置のひとつだが、「記憶」の継承の問題は、研究や手法・技術の洗練だけでは
解決できない、なかなかに困難な問題を含んでいる。アーカイブという「記憶装置」
は、同時にアーカイブすることの意味や「記憶」継承をめぐる歴史的・思想的課題に
ついても、絶えず考え続け、社会に働きかける拠点でもあるべきだろう。
-8-
放送アーカイブの研究活用に向けて
――関連資料のアーカイブとデータ連携――
米倉
律(NHK 放送文化研究所)
はじめに
著作権法改正(「日本版フェアユース」の導入)によって、近い将来、公共的組織や研
究機関などによる放送番組のアーカイブ構築やその利用が可能となる状況を想定すること
は決して困難ではない。しかしそうした場合にも、放送アーカイブを研究や教育で利用・
活用していくうえで考えておくべき論点や課題は多い。
そこで本報告では、①放送番組に関連する各種の資料やデータの扱い方、②関連各機関、
組織によるデータ連携(MLA 連携)という二つの点を中心に、NHK 放送文化研究所が進
めている事例(=「放送文化アーカイブ」)を紹介しながら、整理・検討する。
1
NHK における放送アーカイブの現状・概況
1)「NHK アーカイブス」
NHK では、2003 年に埼玉県川口市に設立した「NHK アーカイブス」において、放
送済み番組の映像・音声を収集・保存している。その目的には「保存」
「公開」
「活用」
という三点が掲げられている。
「NHK アーカイブス」には、これまでにニュース約 180
万本、番組約 67 万本、ニュース原稿約 573 万本、写真約 45 万枚 などが保存されて
いる(2013 年 3 月現在)。
2)「NHK アーカイブス」の公開と利用
保存された放送番組は、番組制作業務の中で日常的に利用されているほか、著作権
処理を行ったうえで、外部利用にも供されている。代表的なものとしては、①番組公
開ライブラリー、② NHK オンデマンド、③ NHK 東日本大震災アーカイブス、④戦
争証言アーカイブス、⑤クリエイティブ・ライブラリー、⑥学術利用トライアル研究、
⑨番組 E テキストシステムトライアルなどがある。
2
放送関連資料のアーカイブ(=「放送文化アーカイブ」)
1)番組自体以外の多様な「放送関連資料」
ただし、放送関連のアーカイブという場合には、放送番組自体以外にも存在する多
様な資料をどう扱うかという問題がある。放送番組は通常、
「取材」→「企画」→「構
-9-
成」→「ロケ」→「編集」→「収録・完成」といったプロセスを経て制作・放送され
るが、その各段階において蓄積される多様な資料がある。取材ノート、企画提案票、
ロケ台本、脚本、美術資料、編成資料、技術関連資料、総務・庶務資料、HP データ
などである。ほかにも、オーラルヒストリー(制作者、出演者、関係者等の証言)や、
放送局や関連機関が行う視聴率調査をはじめとする調査データ、関連の研究結果など
もある。
放送番組が、放送における「生産物(product)」だとするならば、これらの資料は
「副産物(by-product)」ということになる。そして放送番組を研究や教育で利用する
場合、これらの「副産物」は極めて重要な意味を持つはずである。NHK 放送文化研
究所では、こうした多様な資料を統合検索でき、かつ放送番組のアーカイブスとも紐
づけられたデジタルアーカイブ(=放送文化アーカイブ)の開発・構築の試みを、国
立情報学研究所(NII)との共同プロジェクトとして 3 年前から進めてきた。
2)メタデータとしての放送関連資料
多様な種類の「放送関連資料=副産物」のデジタルアーカイブは、放送番組のアー
カイブ(= NHK アーカイブス)と繋がることによって、それ自体が豊富なメタデー
タとしての役割を果たすことが期待される。つまり、通常のメタデータ(制作・放送
年月日、制作者、出演者、著作権情報など)に加えて、当該番組の企画・編成意図や
美術デザイン、視聴者の受けとめられ方など、様々な背景的な情報を一元的に把握し、
制作業務や研究等に利用することが可能となる。
3)「MLA 連携」と新たな公共性
他方で、「放送関連資料」のデジタルアーカイブには、より大きな可能性もある。
それは、知的資源、文化的資源のデジタル化・ネットワーク化を通じた「公共財化」
への可能性である。ここ数年、アーカイブの分野では「MLA(Museum、Library、Achieve)
連携」が世界的な潮流となってきた。その代表例としては、EU 加盟国内の MLA 諸
機関が所有する知的・文化的資源をデジタルネットワークでつなぎ、統合検索するこ
とを可能にした Europeana が挙げられる。
「放送文化アーカイブ」も、隣接諸分野のデジタルアーカイブとデータ連携を進め
ていくことによって、メディア、放送、映像、ジャーナリズム等に関連する情報(資
料、データ)の公共的なネットワーク形成に寄与するリソースとしての意義を持ち得
る。
3
課題と展望
ただし、上記のような方向性を展望する際にも課題は少なくない。
第一に、本格的なネットワーク時代、アーカイブ時代において各種のコンテンツや
- 10 -
データが「知財」として位置づけられ、そのビジネス利用が活発に模索される中で、
「公共性」と「知財化」との間のコンフリクトが先鋭化しつつあるという問題がある。
また、著作権処理の問題がクリアされた場合でも、なお、放送番組における被取材
者の人権・プライバシー保護の問題、制作者の言論・表現の自由に与える影響をどう
考えるかといった問題がある。
いずれにせよ、これらの問題は、19 世紀にその基本的な枠組みが形成された著作
権の法体系と、20 世紀後半以降、急速に発展してきたデジタル技術、メディア技術
との間の相克の必然的な結果として生じているものである。
「放送」は、もはや文字通り「送りっ放し」の一斉同報型メディアではなくなりつつ
ある。そして、"電波の希少性"に立脚した従来の「放送の公共性」にも再定義が迫ら
れている。欧米の一部で言われるように、放送局が「記憶機関(memory institution)」
として社会的記憶・記録を媒介しつつ、「デジタル公共圏(digital public space)」を形
成する役割・機能を担っていくような時代が近づいているのである。
- 11 -
テレビアーカイブの可能性を拓く研究教育とその課題
小林直毅(法政大学社会学部)
1 時間メディア/テクノロジーとしてのテレビアーカイブ
テレビアーカイブを論ずる不可欠の前提として、そもそもテレビがどのようなメデ
ィアで、そのテクノロジーにどのような特徴があるのかを考えておく必要がある。R.
Williams は、テレビは「流れ」であるという。それによれば、時間の経過に沿った無
数の番組の「流れ」、それぞれの番組を構成する無数の出来事の「流れ」、そうした出
来事を表象する無数の映像や音声の「流れ」を作り出す時間メディアにしてテクノロ
ジーがテレビなのだ(Williams 1975: 99)。
このような三つの層をなす「流れ」は時間とともに消え去っていく。しかし、それ
が保存されることで、時間の彼方に消え去った番組、出来事、映像や音声は召喚可能
な状態になる。テレビアーカイブは、消え去った映像や音声を人びとが見聞きするこ
とを可能にする。そのとき、消え去った出来事も召喚され、映像や音声を見聞きする
こととしてその経験が可能になる。さらに、テレビ番組の「流れ」としての時間もま
た召喚され、同じようにして経験することが可能になる。テレビアーカイブは、テレ
ビが描き、語った出来事とその時間の記録である。同時に、それは、人びとがテレビ
を見ることとして経験した出来事の記憶の想起、共有、再構成を可能にする。このよ
うな、時間メディアにしてテクノロジーこそが、テレビアーカイブにほかならない。
3.11 震災関連テレビアーカイブでは、どのような出来事が、どのように記録され、
出来事のどのような記憶が、どのように表象されることが可能なのか。東日本大震災
と福島第一原発危機(以下、両者を統合して「原発震災」という)をめぐる出来事の
記録と記憶の召喚が待望されているのが、3・11 震災関連テレビアーカイブなのだ。
2 原発震災テレビアーカイブによる研究教育
原発震災のテレビアーカイブには、現在どのようなものがありうるのだろうか。大
別すると、①NHKアーカイブス、②放送ライブラリー、③地域局を含めた各放送局
のライブラリー、そして、④大容量のテレビ放送録画装置を利用したその他のさまざ
まなアーカイブが考えられる。さらに、MLA 連携が試みられようとしていることも、
原発震災テレビアーカイブの現状として重要である。オーディオ・ヴィジュアルなア
ーカイブの混在と相互連携が同時進行するする状況においては、上に述べたような、
記録と記憶のメディア/テクノロジーとしてのテレビアーカイブの特性が明確にされ
なければならない。
- 12 -
①②③の利用に制度的な制約が少なくない現状にあっては、④のような原発震災の
記録と記憶としてのテレビアーカイブの可能性と課題の解明が待望されている。ここ
に、大学のような研究教育機関が構築する「原発震災テレビアーカイブ」による研究
成果の輩出と、それに裏付けられた教育利用が強く求められる理由がある。
法政大学サステイナビリティ研究所の環境報道アーカイブにおいても原発震災テレ
ビアーカイブを構築している。ここでは、3.11 以降の毎日の主要なニュース番組だけ
ではなく、「震災」「原発」「津波」「原子力」「復興」「自然エネルギー」「再生可能エ
ネルギー」などのキーワードで検索された番組とシーンが保存されつづけている。そ
のメタデータは、毎週、関係研究者に配信され、必要に応じて番組やシーンの DVD
も提供される。
こうしたテレビアーカイブによって、発災直後の中継映像を中心にした震災報道にか
んする研究やテレビニュース批評のような成果が可能になった(小林
2012、2013、
2014)。また、研究成果に裏付けられた大学教育として、アーカイブに学ぶ講義、実
習、演習をつうじて、原発震災の記録と記憶としてのテレビアーカイブ可能性と課題
が明らかになりつつある。このような研究教育の成果が、MLA 連携や上述のテレビ
アーカイブ間の連携によって、メタデータの豊富化、質的向上に寄与することができ
るだろう。
3 「番組 e テキスト」の試みとその課題
原発震災とテーマは異なるが、NHK アーカイブスとの連携によって進められたテ
レビドキュメンタリー・アーカイブを利用した教育研究の実践も紹介しておこう。そ
れは、筆者が担当した法政大学社会学部 2013 年度秋学期の正規授業における「『水俣』
のテレビアーカイブによるメディア研究」の試みである。
この授業では、NHK が制作した水俣病事件にかんするドキュメンタリー番組を 15
本選定し、それらの権利処理をした上で、専用のサイトにアップした。そして、当該
授業の受講生だけがアクセスできる授業支援システムにそのサイトの入り口を設け
て、授業の期間中、受講生が選定した番組を Web 上で常時視聴できる環境を整備し
た(これを「水俣 e テキスト」とよんでいる)。学生は毎回の授業の事前、事後に指
定したドキュメンタリー番組を視聴し、所定の課題を提出する。
大学教育におけるこうしたテレビアーカイブの利用は、テレビドキュメンタリーの
アーカイブ的研究の成果が可能にするものである。同時にそれは、水俣病事件の記録
と記憶としてのテレビアーカイブの可能性を拓く試みでもありうる。さらに、このよ
うな教育研究が NHK アーカイブスの公共性を高めていくのと同時に、テレビ番組の
知財としての価値を向上させ、商用アーカイブの展開に資することも期待できるだろ
- 13 -
う1 。
たしかに、NHK アーカイブスに保存された番組を利用した「水俣 e テキスト」で
は番組の権利処理が不可欠となる。これにたいして、大学が独自に構築するテレビア
ーカイブの番組やテレビ映像を選定して、大学が教育目的で「原発震災 e テキスト」
を制作、利用しようとするとき、現行法制度の下ではどのような課題があるのだろう
か。
【文献】
小林直毅(2012)「中継映像としての震災報道」『ジャーナリズム & メディア』第 5
号。
――
(2013)「首相のオリンピック"汚染水"公約
空手形になる危機もニュースは
伝える覚悟があるか」『GALAC』2013 年 11 月号。
――
(2014)「原発作業員が語る現実
『ニュースウォッチ9』の語るに落ちた反
省の弁」『GALAC』2014 年 2 月号。
Williams, R. (1975) Television: Technology and cultural form, (Second edition published
1990) Routledge.
1 世界最大の映像アーカイブといわれるフランスの INA(国立視聴覚研究所)は、商用ア
ーカイブの機能も備えている。ケビン・マクドナルド監督のドキュメンタリー映画『敵こ
そ、我が友~戦犯クラウス・バルビーの3つの人生~』では、この商用アーカイブから購
入したこと意味する「INA」のクレジットを付した映像が利用されている。
- 14 -
震災に関するテレビ映像資料アーカイブと著作権
早乙女宜宏(日本大学大学院法務研究科)
1
著作権法
目的:著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこ
れに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等
の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする(著作権法1条、
以下法令名省略)。
著作権法上に登場する文言:著作者(2条1項2号)、共同著作(2 条 1 項 12 号)、著作権者、著作者人格権
2
問題の所在
2.1 著作権とその利用(主に制限規定)
2.2 その他の権利関係
3
映像の著作物
3.1 放送番組
3.2 映画の著作者
全体的形成に創作的に寄与した者、原作者等、監督・製作者等
3.3 視聴者撮影の映像、映像のメタタグ情報
4 放送番組の権利関係
4.1 放送番組と著作権
番組著作権の帰属:テレビ局とプロダクションとの間の製作発注契約(請負)。
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4.1.1 放送事業者における著作物の利用形態
①放送番組の当初放送(最初の放送。生放送と録画放送を含む)→②放送番組の録
音と録画→③放送番組の保存→④放送番組の放送(①の後、録音録画保存した放送番
組のリピート放送)→⑤放送番組の部分使用(④の一部を用いて別の放送番組を制作
する)→⑥放送番組の二次利用(④の後、全部又は一部を用いて DVD やキャラクタ
ーグッズの販売に利用する)
4.1.2 放送事業者における処理すべき権利
4.1.3 権利処理の問題(スタッフ関係)
テレビ局制作番組
29 条 2 項により映画製作者たるテレビ局が著作権者だが、
→
放送権と有線放送権に限定される。
プロダクション制作番組
→
29 条 1 項により、番組制作者(プロダクション)
1
にすべての著作権が帰属 。
4.1.4 権利処理の問題(キャスト関係)
映画(=録画放送)
→
出演約束があれば出演者らの権利は映画製作者との間で
は著作隣接権が働かなくなる。
4.1.5 再放送(リピート放送)
4.1.6 シリーズ物の続編
4.1.7 放送番組の二次利用
4.1.8 肖像権の問題
最高裁昭和 44 年 12 月 24 日刑集 23 巻 12 号 1625 頁
*映り込みの問題
1 外部プロダクション制作の番組は、29 条 2 項の「もっぱら放送事業者が制作する映画の
著作物」にあたらない。
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5 著作権の利用
著作権に抵触する態様での著作物の利用をする場合は、各権利者の許諾を得ること
が原則である。しかし、文化的所産の公正な利用という観点のもとに、公益上の理由
や当該著作物の特性等からみて権利者への影響が少なく、著作物の円滑な利用という
観点から権利を及ぼすことが妥当でないとの理由から、30 条から 49 条までに著作権
の制限規定が置かれている。
5.1 フェア・ユース
5.2 私的使用のための複製(30 条)
5.3 引用(32 条)
①引用目的、②明瞭区分性、③主従関係、④必然性、最小限度、⑤公正な慣行・正
当な範囲
主従関係に関して、東京高裁昭和 60 年 10 月 17 日判時 1176 号 33 頁
必然性、最小限度に関して、東京地裁平成 7 年 12 月 18 日判決判時 1567 号 126 頁
ラストメッセージ IN 最終号
5.3.1 ダイジェスト等の翻案をした上で引用の可否 2
5.4 学校その他の教育機関における複製等(35 条)
5.5 営利を目的としない上映等(38 条)
5.6 時事の事件の報道のための利用(41 条)
大阪地裁平成 5 年 3 月 23 日判決判時 1464 号 139 頁(TBS 事件)
2 ダイジェスト引用を肯定した例として、東京地裁平成 10 年 10 月 30 日判決判時 1674 号
132 頁。
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アーカイヴへの法的対応
松嶋
隆弘(日本大学法学部)
1
本報告は、早乙女報告において法的問題点が整理されたことを受けて、大井基調報
告に示される本件アーカイヴズの具体的利用を具体的に実現するための、法的手段を
考察するものである。
念のため、本件アーカイヴズの具体的利用にあたって利害の対立状況を整理するに、
著作権の絡みでは、「放送事業者等の著作権(著作隣接権も?)
利用」、肖像権の絡みでは、「一般人の肖像権
vs. アーカイヴズの
vs. アーカイヴズの利用」、といった対
立構図があるところ、かかる利害の対立は、憲法上の表現の自由の問題に限らず 、
法的な権利関係調整にはつきものである。
2
この点、著作権法は、かかる利害の調整に関し、著作権の財産権的側面のみにつき
「著作権の制限」として規定を置く(著作権法 30 条以下)。著作者人格権との調整に
関しては、もっぱら解釈論に委ねられざるを得ない
。また、肖像権との調整に関し
ては、著作権法は、全く語るところがなく、これらも判例法をベースにした解釈によ
り決さざるを得ない。特に、後者に関しては、近時、肖像権に限らず、新しい権利が
次々と認められるに至っており 、かかる「権利」のインフレ (?)は、調整を一層困
難とせざるを得ない。
3
そこで検討するに 、もともと「著作権、著作隣接権、著作者人格権」と多元的で
ある上、「種々の支分権の束」を認め、かつ、「権利の併存」(例えば二次著作物の著
作権)を認める著作権法の構造自体が、かかる権利関係の調整を複雑にさせている側
面があり、究極的な解決策としては、アメリカ法における「フェア・ユース」の法理
を取り入れ、これを抗弁として採用することがベストだが、大井報告で提示された本
件アーカイヴズの利用策という「今ここにあるニーズ」を実現するためには、現行著
作権法の「著作権の制限」に関する規定を手がかりに、その解釈を通じ、前記「フェ
ア・ユース」の法理の浸透を図るべきと考える。
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4
具体的には、さしあたり①.「図書館」に関する規定の拡張解釈(著作権法 31 条)、
②.「教育」に関する規定(著作権法 35 条)の拡張解釈が考えられるところ、本報告で
は、米倉報告における現行実務の状況を踏まえつつも、小林報告の提言に示唆を受け、
考えられる「より踏み込んだ、かつもっとも現実的な解決策」として、②の方策によ
る解決を模索してみたいと考えている。
その上で時間が許せば、①.に関連して、大岡報告により提示される「アーカイヴ
ズ」というものに著作権法がどのように向き合っていくかということについても、若
干の立法論的提言を行えたらと考えている。
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