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第2章 魚のゆりかご水田プロジェクトの概要と全国の

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第2章 魚のゆりかご水田プロジェクトの概要と全国の
第二章 魚のゆりかご水田プロジェクトの概要と全国の類似事例について
本研究では,文献調査によって,ゆりかご水田プロジェクトの概要や沿革,関連する制
度の仕組みなどを把握するとともに,全国で取り組まれている類似の事例とゆりかご水田
プロジェクトとの類似点や相違点を把握した.
本章ではまず,本研究の調査対象となるゆりかご水田プロジェクトの概要について述べ
る.次に,同プロジェクトを支援する補助金制度とゆりかご水田米の認証基準について解
説する.最後に,ゆりかご水田と同様に全国で取り組まれている類似の事例の概要を紹介
する.
2-1 魚のゆりかご水田プロジェクトの概要
本節では,ニゴロブナをはじめとする琵琶湖の在来魚の現状について述べ,魚のゆりか
ご水田プロジェクトが始まった背景や同プロジェクトの現在までの経過,プロジェクトで
用いられる水田魚道についてまとめる.
2-1-1
琵琶湖の在来魚の現状について
琵琶湖にはフナやコイ,ナマズなど多くの種類の魚が生息する.これらの魚を利用して,
琵琶湖周辺に住みついた人たちは古代から,例えば,琵琶湖の固有種であるニゴロブナを
原料とした滋賀県の伝統食品である鮒ずしのように,独自の淡水文化注 1)をつくりだしてき
た 1).また,そのような食文化を生み出せるほど豊富な漁獲量があった.
上記のような琵琶湖に生息する在来魚の一部はかつて,3 月下旬~7 月 2)にかけて岸辺や
内湖,さらに水田にまで遡上して産卵を行っていた.水田は,餌資源となるプランクトン
が豊富であることや水温が高いことに加えて,外敵となる捕食者が少ないなど,在来魚の
生育に適した環境があったためである 2).
しかし,近年,そのような在来魚の漁獲量が減少している 3).その理由としては,琵琶湖
総合開発事業などによって湖岸が人為的に改変されたことや,干拓事業などによる内湖の
減少によって産卵繁殖場となるヨシ帯が減少したこと,外来魚による食害などに加えて,
圃場整備事業の進展が指摘されている.圃場整備事業とは,農地の区画整理を行うことを
目的に,整地工を中心に,用排水路の整備や農道整備など農地の改良のために行われた事
業である.しかし,同事業によって用水路と排水路が分離され,排水路と水田との間に約
50 cm~100 cm もの大きな段差ができたため,魚が排水路から水田に遡上することができな
くなってしまった.この結果,在来魚が産卵することができる水田はほとんど消失した.
5
このため,水田を再び琵琶湖の在来魚の産卵の場とするために開始されたのが,ゆりか
ご水田プロジェクトである.
2-1-2
魚のゆりかご水田プロジェクトの始まりと現在までの経過
次に,ゆりかご水田プロジェクトの始まりと現在までの経過について説明する.
上記のように,琵琶湖における在来魚の漁獲量減少の原因としては,圃場整備事業など
によって,在来魚が水田に遡上し産卵する機会を失ってしまったことが大きいと考えられ
た.そのため,2001 年度から,滋賀県農村振興課と水産試験場,独立行政法人農業工学研
究所が中心となり,水田を再び魚類の繁殖場所として復活させるための方策 4)の検討と実験
が始まった.これらの実験の結果,2005 年度に,水田への魚類の侵入機会の安定的確保と
ともに,県内における普及を視野に入れて開発されたのが排水路堰上式水田魚道である 4).
ここで排水路堰上式水田魚道とは,排水路の水位を堰によって 2~3 m ごとに階段状に 10
cm ずつ上昇させ(これを堰上げと呼ぶ)
,最終的に水田の水面と同水位にする魚道である
5)
(写真 2-1 参照)
.水田への魚の遡上を促す魚道としては,それ以外にも一筆魚道と呼ばれ
る魚道もある.一筆魚道とは,排水路と特定の水田を繋ぐための魚道である 5)(写真 2-2 参
照)
.
排水路堰上式水田魚道は,
下流から約 60 m をかけて少しずつ階段状に堰上げするために,
約 2~3 m の区間で排水路と水田をつなぐ一筆魚道と比べて,排水路と水田部分との間の勾
配が緩やかになる 5).また,一筆魚道とは異なり,水路と水田の水位とほとんど同じになり,
魚にとって水田への入り口となる排水管の出口が水没する.そのため魚にとっては水田へ
の遡上が容易になるという利点がある.さらに,慣行水田に比べて,水田からの濁水流出
の抑制効果や減水深の抑制による用水節減効果が高いことが認められている 6).
ただし,排水路堰上式水田魚道には,1 本の排水路全体を堰上げすることから,水路の水
位調整を自由に行うことができなくなることや,排水路の水位が高くなるため,畔が壊れ
やすくなる,といった欠点もある.これらの理由から,ゆりかご水田を実施するためには,
水路の両脇にある水田を所有するすべての農家が合意しなければ実施できないといった問
題を抱えている.
実施地域の多くでは魚道の設置を 4 月ごろに行う.魚道の設置によって在来魚は 4~6 月
にかけて魚道を通り水田に遡上する.また,水田農業では,水田の水を抜いて水田を乾燥
させる中干しが 6 月の下旬ごろに行われるが,中干しのためには堰板を撤去して,排水路
の水位を下げる必要がある.このため,中干し時には,水田で育った多くの稚魚が排水路
に流下する様子が見られる 5).
6
写真 2-1 排水路堰上式魚道(筆者撮影)
写真 2-2 一筆魚道(筆者撮影)
排水路堰上式水田魚道の開発を受け,翌 2006 年度には滋賀県の勧めで琵琶湖周辺の 12
地域,約 40 ha でゆりかご水田プロジェクトの実施が始まった 7).
プロジェクト実施地域数と面積の 2006 年度から 2012 年度までの推移を図 2-1 に示す.
実施面積ha
実施地域数
150
50
取り組み地域数
実施地域数
実施面積 ha
取り組み面積
120
40
90
30
60
20
30
10
0
0
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
図 2-1 プロジェクト実施の地域数と面積の推移 7)
7
図 2-1 に示すように,当初 12 地域で始まった同プロジェクトは,その後,順調に増え,
現在では,県内の 30 地域程度で実施されている.また,それにつれて,実施面積も 2009
年ごろまでは順調に拡大していた.しかし,2010 年以降は実施面積が伸び悩んでいる.
面積が 2009 年ごろまで順調に拡大した理由には,後述する 2007 年から始まった「世代
をつなぐ農村まるごと保全向上対策」による補助制度を県が PR したことによる成果である
と考えられている 8).しかし,一定の周知が終われば,その先の面積増については,補助制
度だけでは不十分であり,プロジェクトを実施することで,経済的な利点や地域の活性化
への貢献など,地域にとって実施する価値があるかどうかという点が問題となる.しかし
実施地域にとって,そのような価値を見出しにくいことから 2010 年以降は実施面積が伸び
悩んでいるものと考えられる 8).
2-2 魚のゆりかご水田プロジェクトに関する補助金制度について
本節では,ゆりかご水田プロジェクトに関する補助金制度について説明する.
ゆりかご水田の実施を支援する補助金制度には現在,
「大きく世代をつなぐ農村まるごと
保全向上対策」
(以下,まるごと保全対策)と「環境保全型農業直接支払交付金」
(以下,
環境保全直接支払)の 2 つがある 9).ここで,まるごと保全対策とは,地域共同による農地・
農業用水などの資源の保全管理と琵琶湖に配慮した農村環境の保全のための活動を支援す
る対策であり 9),環境保全直接支払とは,環境に配慮した農業の特定の取り組みに対して補
助金を交付する制度である 9).これらの補助金は国と滋賀県,県内の各市町村が負担するこ
とになっており,交付金額の負担比率は原則,国が 50%で,県と市町村が 25%ずつである.
補助の対象は,まるごと保全対策が主に魚道づくりなどの水田の外回りの活動を対象とし
ているのに対して,環境保全直接支払は,稚魚が水田に生息するための水位保持などの水
田の中の活動を対象としている.ただし,過去には,まるごと保全対策の中に環境保全直
接支払による補助が含まれていた期間もある.
同プロジェクトに関する補助金制度の変遷をまとめたものを図 2-2 に示す.図に示すよう
に,プロジェクトに対する補助金制度は,プロジェクトの初年度(2006 年度)には「魚の
ゆりかご水田環境直接支払パイロット事業」として始まった 4).同事業では,ゆりかご水田
の維持や保全活動の実施に対して直接的に補助金(3,500 円/10 a)が支払われた 4).プロ
ジェクトの実施に対して直接的に補助金が支払われたのは同事業のみである.
続いて翌 2007 年度からは,まるごと保全対策の中の活動項目の一部として,プロジェク
トの活動に補助金が交付されることになる.その後,2012 年度にまるごと保全対策の仕組
みが変わり,まるごと保全対策の一部であった環境保全直接支払が切り離され,独立した.
8
2006 年度
2006~2011 年度
2012~2016 年度
魚のゆりかご水田環境直接支払パイロット事業
世代をつなぐ農村まるごと保全向上対策の一部
(協同活動支援,先進的営農活動支援)
世代をつなぐ農村
まるごと保全向上対策の一部
(協同活動支援)
環境保全型農業直接支払交付
金の一部
(先進的営農活動支援)
図 2-2 魚のゆりかご水田プロジェクトに関する補助金制度の変遷 9)
このため同年度から,プロジェクトの実施を支援する補助金制度は現在の 2 つになって
いる.以下の節では,まるごと保全対策と環境保全直接支払の制度の概要について説明し,
それぞれの対策と制度の中でプロジェクトが関係する項目についてより詳しく述べる.
2-2-1
世代をつなぐ農村まるごと保全向上対策について
本項では,世代をつなぐ農村まるごと保全向上対策の概要について説明する.
国と滋賀県,県内の各市町村は,2007 年度から「世代をつなぐ農村まるごと保全向上対
策」10)による助成を行うようになった.なお,まるごと保全対策は,地域住民や自治会,JA
など農業者以外の主体が組織の構成員として参加する活動組織を作ることを助成の要件と
している.まるごと保全対策そのものは,「地域ぐるみで農村をまるごと保全する共同活動
(協同活動支援)
」や,これと一体的に行う「環境こだわり農業(先進的営農活動支援)」
を促進することを目的に,滋賀県によって 2006 年度に試験的に開始された事業である.た
だし,2007 年度からは,農林水産省が同様の趣旨である「農地・水・環境保全向上対策」
事業 11)を実施しはじめたことから,まるごと保全対策は,同年以降,この農林省の事業の
枠組の中で実施されている.まるごと保全対策の構成を図 2-3 に示す.
9
①基礎活動
②農村環境保全活動
③琵琶湖等の公共用水域の水質保全活動
共同活動
支援交付金
世代をつなぐ農村
まるごと保全向上対策
①施設の長寿命化
向上活動
②高度な農地・水の保全活動
支援交付金
③農地・水・環境保全組織の取り組み
図 2-3 まるごと保全対策の構成 12)
図 2-3 に示すように,まるごと保全対策は「共同活動支援交付金」と「向上活動支援交付
金」の 2 つから構成されている.まず,共同活動支援交付金の対象活動と支援単価を表 2-1
に示す.
表 2-1 共同活動支援交付金の対象活動と支援単価 12)
活動区分
基礎活動
農村環境保全活動
琵琶湖等の公共用水域の水質
保全活動
支援単価(水田)
必須の活動
○協定に位置づけた農用地,水路(開水路(排水路・用水路)
・パイプラ
イン)
,ため池,農道を対象にした,
「点検・機能診断」
,
「計画策定」を
毎年実施
○「実践活動」として,協定に位置づけた施設の草刈り,泥上げ,補修な
どの日常的な保全管理の実施
○活動組織の資源保全管理能力の向上のための「技術研修」の受講等
○農村環境保全活動にかかる基本方針,保全方法,活動内容を示した「計
画策定」
○学校等との連携による環境学習など地域住民等に対する「啓発・普及」
○下記の「実践活動」
①「水田からの排水(濁水)管理」の実施:用水の節水管理,濁水流出防
止板設置,畦塗りや止水シート等による排水路溝畔の補強等
②「水質モニタリングの実施・記録管理」の実施:水守当番による排水路
溝畔の漏水の有無の確認・記録および下流域での透視度調査の実施
③ニゴロブナ,蛍,赤トンボ,ドジョウなど水田域を生息地とする在来生
物の保全など生態系保全に資する活動(生き物調査も含む)の実施
次のアまたはイから選択
ア.内湖や水質浄化池,浄化型水路の機能維持増進活動,水質濾過材の清
掃,水生植物の刈取り,内湖・水質浄化池の草刈,取水施設の適正管理
イ.水質保全のための水循環や節水管理循環用ポンプ運転,取水施設の管
理,田越かんがいの設置・管理,節水のための堰の設置・管理,沈殿土
砂の適正処理,水路法面の補強・補修等
3,300 円/10 a
10
共同活動支援交付金の対象活動は,1)基礎活動と 2)農村環境保全活動,3)琵琶湖等の公共
用水域の水質保全活動の 3 つである.ただし,これらのうち基礎活動と農村環境保全活動
は助成のための必須項目となっているが,琵琶湖等の公共用水域の水質保全活動は,地域
の実情に応じた選択性となっている.また,共同活動支援交付金による支援単価は,水田
の場合 3,300 円/10 a である.
ゆりかご水田プロジェクトの実施地域では,生きもの観察会が開催されているが,たと
えば,この活動が共同活動支援交付金の中の農村環境保全活動に関する活動として助成の
対象となっている.なお,共同活動支援交付金によって得られた補助金は,観察会のため
のタモ網の購入や講師の交通費や謝礼の支払いなどに使用されている.
次に,向上活動支援交付金の対象活動と支援単価について表 2-2 に示す.
11
表 2-2 向上活動支援交付金の対象活動と支援単価 12)
支援の対象となる活動
活動の内容
X:水路整備
老朽化が進んだ水路(用水路を最優先)施設の補修・更新等の活動が対象
採択要件:要望地区の中から,下記要件に基づき緊急性の高い地区から順
に採択する.
①重要度→用水路施設を最優先
②老朽度→整備後 30 年以上経過地区を対象とし,経過年数の高い地区を
優先
③劣化度→機能診断により最も劣化度が激しいC評価の施設を対象
④事業規模→3 年間以上の支援交付金に見合う事業量を有するとともに
用水路の機能回復にかかる工事費が全体の 7 割以上あること(例)A:長
寿命化にかかる年当たり交付金,B:長寿命化にかかる全体工事費,C:
用水路の長寿命化にかかる工事費とした場合,3≦B/A かつ C/B≧7
割
施設の長寿命化のための活動
(X,Y のどちらかを選択)
高度な農地・水の保全活動
(共同活動支援に追加)
支援単価(水田)
Y:生物多様性保全水路整備
老朽化が進んだ排水路の補修・更新とあわせて行う魚道など水田と排水路
の連続性を確保するための施設整備が対象
採択要件:要望地区の中から,下記要件を満足する地区を採択する.
①「豊かな生き物を育む水田整備計画」
策定→生き物調査結果等に基づき,
保全対象生物や 5 カ年の整備方法を定めた計画書を策定
②対象施設・活動→整備後 30 年以上経過した排水路を対象に長寿命化の
ための補修・更新とあわせ魚道など水田と水路の連続性を確保する施設
整備を一体的に実施.魚道は,対象路線の概ね 5 割以上が魚類遡上可
能な水田となるよう堰の配置等を検討.
整備後に生態系モニタリングを
実施
③事業規模→3 年間以上の支援交付金に見合う事業量を有すること
(例)A:長寿命化にかかる年当たり交付金,B:生物多様性水路整備に
かかる全体工事費とした場合,3≦B/A
○農業用水の保全
・循環かんがい施設の保全(ポンプの分解点検清掃,循環池のゴミ・土砂
除去)
・浄化水路による水質保全(水路またはため池への木炭,れきや浄化植物
等の設置)
・地下水かん養(冬期湛水のためのポンプ設置)
○農地の保全
・土壌流出防止(グリーンベルト(植栽による緑地帯)の設置,防風林の設置)
・ため池利用による洪水調整(ため池の浚渫等)
○地域環境の保全
・生物多様性の回復(水田魚道,水路魚道,ビオトープや石積み護岸等生
息環境向上施設の設置,スロープ設置等生物移動経路の確保)
・水環境の回復
(排水反復利用ポンプの設置など節水かんがい施設の整備)
・水田貯留(畦畔嵩上げや排水桝改良による水田貯留等)
○高度な農地・水の保全活動に取り組む際は,必ず専門家の技術的指導を
受けるとともに,
活動後は取り組み評価のためのモニタリング調査を実
施.
4,400 円/10 a(高度な農地・水の保全活動 500 円・1,000 円・2,000 円/
10 a 設定単価に農振農用地面積を乗じて交付金額を算出)
12
向上活動支援交付金の対象活動は,1)施設の長寿命化のための活動と 2)高度な農地・水
の保全活動の 2 つである.
まず,1)施設の長寿命化のための活動に関しては,整備後 30 年以上が経過し,老朽化が
進む農地周りの水路等の施設の長寿命化のための補修・更新の活動に対し,対象となる農
振農用地面積に応じて支援が行われている.また,その支援単価は,水田の場合 4,400 円/
10 a である.
ゆりかご水田プロジェクトの実施地域では,魚道の設置を行っているが,たとえば,こ
の活動が,向上活動支援交付金の中の生物多様性保全水路整備に関する活動の一部として
助成の対象となっている.
次に,2)高度な農地・水の保全活動では,水質や土壌,生物多様性等の地域環境の保全に
資する高度な保全活動に対して,取り組み量・内容に応じたポイントによる面積当たりの
単価が算出され,対象となる農振農用地面積に応じて支援が行われている.なお,高度な
農地・水の保全活動に対しては,先の共同活動支援交付金に追加して支援金が交付される
ことになっている.支援単価は,取り組み量・内容に応じて,水田の場合 500 円・1,000 円・
2,000 円/10 a である.
ゆりかご水田プロジェクトの実施地域では,魚道の設置などを行っているが,たとえば,
この活動が,向上活動支援交付金の中の高度な農地・水の保全活動に関する活動として助
成の対象となっている.なお,上記の向上活動支援交付金によって得られた補助金は,魚
道を製作する際の材料費や人件費などに使用されている.
ただし,2012 年度からまるごと保全対策の制度に変更があり,2016 年度までの時限的事
業となるとともに,図 2-2 に示した先進的営農活動支援(環境こだわり農業)に関する補助
金は,環境保全型農業直接支払交付金として,この対策からは切り離され,独立した 12).
環境こだわり農業による同プロジェクトへの支援の仕組みについては次項で説明する.
2-2-2
環境こだわり農産物認証制度と環境保全型農業直接支払交付金について
本項では,環境こだわり農産物認証制度と環境保全型農業直接支払交付金の概要につい
て説明する.
滋賀県では,環境に配慮した農業(環境こだわり農業)を推進している 13).環境こだわ
り農業とは,より安全で安心な農産物を生産し,消費者に供給することと,それに合わせ
て,環境と調和のとれた農業生産を進めることで,滋賀県の農業の健全な発展と琵琶湖な
どの環境保全を図ることを目的とする農業である 13).また,環境こだわり農業によって生
産される環境こだわり農産物とは,化学合成農薬と化学肥料の使用量を通常の 5 割以下に
削減して,琵琶湖などの環境への負荷を削減する技術を用いて生産された農産物のことで
ある 13).滋賀県は,これらの農産物に対して認証制度を設けており,認証された農産物は,
13
図 2-4
環境こだわり農産物認証マーク 13)
図 2-4 に示す滋賀県の認証マークを表示して出荷・販売することができる.
このような環境こだわり農業を支援するために,国と滋賀県,県内の各市町村は「環境
保全型農業直接支払交付金」として特定の取り組みに対して補助金を交付している 13).支
援対象となる取り組みには,水田ビオトープや水田の生態系に配慮した雑草管理,希少性
魚類等保全水田の設置など 16 種類がある 13).これらの取り組みを環境こだわり農業と併せ
て取り組むことで,それぞれの取り組みに定められた交付単価による補助金が支払われる.
ただし環境保全直接支払の補助金は重複して受け取ることができないようになっており,
仮に農地が複数の補助金を受け取ることができる(取り組みの)条件を満たしているとし
ても,直接支払としては,1 つの取り組みに対する補助金しか受け取ることはできないよう
になっている.
ゆりかご水田プロジェクトの実施地域では,魚の遡上時の排水口の堰板操作と飼養時の
適切な水管理,放流時の溝切りなどの活動を行っているが,たとえば,これらの活動が,
環境保全直接支払の中の環境こだわり農産物の生産と希少魚種等保全水田の設置を組み合
わせた活動として助成の対象となっている.なお,環境保全直接支払によって得られた補
助金は,農家が行う放流時の溝切りなどの作業に支払われている.
2-2-3
魚のゆりかご水田プロジェクトに関する補助金制度のまとめ
最後に,まるごと保全対策と環境保全直接支払の中から,ゆりかご水田プロジェクトに
関係する活動項目を抜き出してまとめたものを表 2-3 に示しておく.
14
表 2-3 魚のゆりかご水田プロジェクトに関する補助金制度のまとめ
対策名
支援の対象となる
活動
まるごと保全対策
(共同支援対策)
農村環境保全活動
施設の長寿命化
のための活動
まるごと保全対策
(向上支援対策)
環境保全直接支払
高度な農地・
水の保全活動
(共同活動支援に
追加)
環境こだわり農産
物の生産と希少魚
種等保全水田の設
置を組み合わせた
活動
活動の内容
○学校等との連携による環境学習
など地域住民等に対する「啓発・
普及」
○生物多様性保全水路整備
老朽化が進んだ排水路の補修・更
新とあわせて行う魚道など水田
と排水路の連続性を確保するた
めの施設整備が対象
○地域環境の保全
生物多様性の回復(水田魚道,水
路魚道,ビオトープや石積み護岸
等生息環境向上施設の設置,スロ
ープ設置等生物移動経路の確保)
○水田を魚類等が遡上し繁殖可能
な状態に管理すること.魚の遡上
時の排水口の堰板操作と飼養時
の適切な水管理,放流時の溝切り
等が行われていること
支援単価(水田)
3,300 円/10 a
4,400 円/10 a
500 円・1,000 円・
2,000 円/10 a
(設定単価に農振
農用地面積を乗じ
て金額を算出)
3,000 円/10 a
2-3 魚のゆりかご水田米の認証基準について
本節では,主に,魚のゆりかご水田米の認証基準などについて説明をする.
滋賀県は,ゆりかご水田で収穫された米のブランド化に向けた活動を行っている.この
ブランド米は魚のゆりかご水田米という名称で呼ばれている.同水田米のロゴマークを図
2-5 に示す.同マークは,2007 年に公募によって決定され,2009 年 2 月に商標登録された
14)
.同水田米は,魚が水田に遡上することができるようにするための魚道を設置した水田で
栽培された米であることが前提であり,滋賀県が作成した名称を使用するための基準を満
たさなければならない.この基準は以下のとおりである 14).
(1) 魚毒性の最も低い除草剤の使用
(2) 魚の生息環境に影響を与えない肥培管理の実施
(3) 落水時の稚魚の流下促進
(4) 魚道を利用して遡上した在来魚の繁殖
これらの基準を満たした水田で栽培された米は,魚のゆりかご水田米としての認証を得
るために県に申請することができる 14).申請された県は,水田に魚が 1 匹でもいるかどう
かを確認する.そして,県が承認すれば「魚のゆりかご水田米」として認証される.ただ
し,プロジェクト実施地域の中には,同水田で栽培した米について環境こだわり農産物の
認証は受けているものの魚のゆりかご水田米の認証を受けてはいない地域もある.これは
生産量が少ないため,一般米と区別して乾燥機に入れるだけの量を確保することができな
15
図 2-5
魚のゆりかご水田米認証ロゴマーク
いため(ゆりかご水田米であっても一般米と一緒に乾燥機に入れられてしまい,一般米と
区別できなくなる)といった理由による.
なお,魚のゆりかご水田米の名称の使用基準では,環境こだわり農産物の認証は必須と
していないが,県は「環境こだわり農産物」の認証もできる限り受けるように指導してい
る.その結果,現在販売されている魚のゆりかご水田米については,すべて環境こだわり
農産物の認証も受けている.
一方,ゆりかご水田の活動を実施している地域の中には,魚のゆりかご水田米としての
認証を受けることなく,独自に米をブランド化し(他の名称で)出荷や販売を行っている
地域も存在する.
2-4 全国の類似事例について
本節ではまず,ゆりかご水田と同様に生きものをシンボルに生物多様性に配慮した稲作
を行い,米をブランド化している全国の類似事例(生きものマーク米)の概要を説明する.
次に,その中から先進事例を紹介し,概要や特徴を整理する.最後に,それら事例とゆり
かご水田プロジェクトとの類似点や相違点について述べる.
2-4-1
生きものマーク米について
全国には,生物多様性保全に配慮する農林水産業に取り組んでいる事例が多く存在する.
農林水産省では 2010 年度に,
『生きものマークガイドブック』15)を作成し,農林水産業の営
みを通じて生物多様性を守り育む活動と,その産物等を活用した発信や環境教育などのコ
ミュニケーションを行っている事例を紹介している.その中で,生きものをシンボルとし
て,生きものマーク米として米をブランド化した事例は,ゆりかご水田プロジェクトを含
めて 39 事例見られる 16).39 事例の概要を表 2-4 に示す.39 事例の中には,トキやコウノト
16
リ,マガンのような鳥類をシンボルに米をブランド化した事例や,メダカやドジョウのよ
うな魚類をシンボルとしたもの,あるいは,トンボやホタルのような昆虫をシンボルとし
たものがある.
表 2-4
項目名
類似事例の概要 16)
場所
生きもの
開始時期
メダカ米
岩手県一関市川崎町門崎
メダカ
―
めだかのお米
山形県庄内町栄地区
メダカ
1993
メダカ米
山形県庄内町家根合
メダカ
1999
ふゆみずたんぼ米
ヒクシイ米
宮城県大崎市伸萠
宮城県大崎市三本木・下宿
マガン
ヒクシイ
2004
1997
雁音米
宮城県大崎市加美町など
マガン
1996
ふゆみずたんぼの有機米
シナイモツゴ郷の米
雁の里米
伊豆沼オリザ米
はつかり米
トキひかり
朱鷺と暮らす郷認証米
めだか米
ハッチョウトンボ米
とげそ米
加賀の鴨米ともえ
宮城県大崎市田尻北小塩
宮城県大崎市広長・深谷地区
宮城県栗原市・登米市
宮城県栗原市築館・迫
宮城県登米町南方町
新潟県佐渡市新穂
新潟県佐渡市
新潟県妙高市水原
新潟県柏崎市別俣
新潟県五泉市猿和田
石川県加賀市下福田
トンボ・ホタル
シナイモツゴ
水鳥全般
ハクチョウ
マガン
トキ
トキ
メダカ
ハッチョウトンボ
イバラトミヨ
トモエガモ
2004
2008
1991
2004
1992
2001
2008
2000
2000
2008
1996
コウノトリ呼び戻す農法米
福井県越前市白山・坂口
コウノトリ
2008
さぎ草米
福井県越前市安養寺町
サギゾウ
2007
サシバの里・宍塚米
茨城県土浦市宍塚
サシバ・チョウトンボ
1997
オオヒクシイ米
あいがも米
無耕起メダカ米
育む里のフクロウ米
湘南タゲリ米
桑原めだか米
コウノトリ育むお米
魚のゆりかご水田米
茨城県稲敷市稲波・引船
茨城県つくばみらい市平沼
栃木県小山市など
栃木県宇都宮市逆面
神奈川県茅ケ崎市西久保
神奈川県小田原市桑原
兵庫県豊岡市
滋賀県
オオヒクシイ
あいがも
メダカ
フクロウ
タゲリ
メダカ・デンジソウ
コウノトリ
ニゴロブナなど
1997
2002
1985
2008
2001
2005
2003
2006
たかしま生きもの田んぼ米
滋賀県高島市
田んぼの生きもの全般
2006
源五郎米
みつぎ健康米
ダルマガエル米
広島県尾道市御調町
広島県尾道市御調町
広島県世羅町伊尾・小谷
ゲンゴロウ
田んぼの生きもの全般
ダルマガエル
2003
1988
2006
今摺米
岡山県久米南町北庄中央
田んぼの生きもの全般
1995
どじょう米
島根県安来市能義・宇賀荘
ドジョウなど
2003
つるの里米
山口県周南市八代
ナベヅル
2007
メダカのいる田んぼのお米
高知県日高村鹿児
メダカ
2001
ツシマヤマネコ米
めだかの里米
かんむりわし米
長崎県対馬市佐護
鹿児島県日置市尾木場
沖縄県石垣市
ツシマヤマネコ
メダカ
カンムリワシ
2009
2007
2007
17
事業主体
岩手大学/一関市川崎支所
など
(有)米シスト庄内
NPO 法人家根合生態系保全
活動センター
ふゆみずたんぼ生産組合
雁の里親友の会
雁音農産開発有限公社/自
然環境共生研究会
北小塩自治振興会
NPO 法人シナイモツゴの会
百姓環境フォーラム
ナマズのがっこう
(有)板倉農産
トキ野生復帰連絡協議会
佐渡市/JA 佐渡
水原メダカの楽耕
別俣地区資源保全会
NPO 法人五泉トゲソの会
(財)日本野鳥の会
水辺と生き物を守る農家と
市民の会
しらやま振興会
NPO 法人宍塚の自然と歴史
の会
ヒクシイ保護基金
古瀬の自然と文化を守る会
泉んぼの会
逆面自治会
自然保護団体「三翠会」
桑原めだか米の会
豊岡市
滋賀県
たかしま有機農法研究会/
高島市役所農業振興課など
JA 尾道市環境農業研究会
JA 尾道市環境農業研究会
伊尾・小谷たえクラブ
北庄中央棚田天然米生産組
合/誕生寺小学校
農事組合法人ファーム宇賀
荘
NPO 法人ナベヅル保護環境
協会
日高村グランドワーク推進
協議会
佐護ヤマネコ稲作研究会
尾木場地区自治会
かんむりわし基金
2-4-2
先進事例の紹介
本項では,生きものマーク米の中から,実施面積が広大であることや農薬等を使用せず
米の栽培を行うなどの特徴があり,知名度が高い先進的な事例を選んで紹介する.
なお,魚のゆりかご水田以外にも魚をシンボルに米をブランド化している事例は,表 2-4
に示すように全国に 10 例存在する.シンボルとなっている魚はメダカやドジョウなどであ
る.しかし,いずれも 5~10 ha 程度の小規模なものであり,ゆりかご水田プロジェクトと
対比できるほどの実施規模をもつものは見られない.
全国の類似事例のうち特に先進的な活動を行っている事例の概要や特徴を整理したもの
を表 2-5 に示す.
表 2-5 に示すように,コウノトリ育むお米とはコウノトリをシンボルとした米である.ま
た,朱鷺と暮らす郷認証米はトキを,ふゆみずたんぼ米はマガンをシンボルとしている.
これらの先進事例と比較したとき,ゆりかご水田は,農薬等の使用量を減らして栽培し
ている点や生きもの調査のようなイベントを開催している点で他の事例と類似している.
その一方で,実施できる場所が魚の遡上できる湖岸域に限定される点と活動が県内のほぼ
全域に広がっているという点は他の事例に見られない特徴がある.また,コウノトリ育む
お米などの鳥類をシンボルとしている事例でも水田魚道を設置している事例は見られるが,
ゆりかご水田では,堰上げ式による魚道(排水路堰上式魚道)を設置しており,通常の魚
道(一筆魚道)と比較して自由に水管理ができないという制約がある.
表 2-5
先進事例の比較 16)
場所
生きもの
開始時期
コウノトリ育むお米
兵庫県豊岡市
コウノトリ
2003 年
朱鷺と暮らす郷認証米
新潟県佐渡市
トキ
2005 年
事業主体
兵庫県豊岡市
新潟県佐渡市/JA 佐渡
面積
338 ha (2012)
ふゆみずたんぼ米
宮城県大崎市
マガンなど
2003 年
ふゆみずたんぼ
生産組合
40 ha (2011)
魚のゆりかご水田米
滋賀県湖岸域
ニゴロブナなど
2006 年
滋賀県
1,308 ha (2011)
105.4 ha (2012)
冬季湛水/水田魚道設
中干し延期/堰上げ式
冬季・早期湛水/中干
冬季湛水/田植え/稲
置/水路深水管理/田
の水田魚道設置/観察
し延期/水田魚道設置
刈り体験/観察会/環
内容
んぼとつながるビオト
会/田植え/稲刈り体
/生きもの調査/消費
境教育/グリーン・エ
ープ設置/生きもの調
験/小学校への出張講
者交流
コツーリズム
査
座
価格(60kg)
42,960 円程度
36,000 円程度
24,000 円程度
25,000 円程度
農法
農薬等使用 7 割減以上 農薬等使用 5 割減以上 農薬等は使用しない 農薬等使用 5 割減以上
JA 直売,関東および関 全国(支援団体,JA へ 首都圏及び地場産直所
県内大手スーパー,直
販路
西の米穀店・スーパ
委託販売,産直)
,スー の店舗販売,通販,飲
売所,給食など
ー・生協
パー
食店
18
2-4-3
ゆりかご水田と類似事例の特徴の比較と考察
ゆりかご水田には,他事例と比較して実施できる場所が魚の遡上できる湖岸域に限定さ
れるという制約がある.したがって,実施面積を増やすためには,実施可能な場所での実
施面積を増やすことが有効であると考えられる.また,活動が県内のほぼ全域に広がって
いることから,実施地域同士が物理的に離れており,地域間で活動の特徴に大きな違いが
見られると考えられる.さらに,堰上げ式による魚道を設置することにより自由に水管理
ができないため,関係農家の間での合意形成が必要になると考えられる.
19
[注]
注 1) 食文化
<参考文献>
1) 嘉田由紀子:水辺ぐらしの環境学 琵琶湖と世界の湖から,昭和堂,pp.31-33 (2001)
2) 金尾滋史,大塚泰介,前畑政善,鈴木規慈,沢田裕一:ニゴロブナ Carassius auratus
grandoculis の初期成長の場としての水田の有効性,日本水産学会誌,75(2),pp.191-197
(2009)
3) 滋賀県:琵琶湖漁業魚種別漁獲量<http://www.pref.shiga.lg.jp/g/suisan/toukei/files/gyoshu-g
yokaku23.pdf>,2013-10-29
4) 田中茂穂:魚のゆりかご水田プロジェクト,環境技術,35(11),pp.775-780 (2006)
5) 滋賀県農政水産部農村振興課:魚のゆりかご水田技術指針,pp.53-77 (2006)
6) 硲登志之,堀明弘:魚のゆりかご水田プロジェクトにおける地域活動,水土の知,78(10),
pp.823-826 (2010)
7) 滋賀県:魚のゆりかご水田プロジェクト<http://www.pref.shiga.jp/g/kochi/kikakutyousei/cat
alog_and_map/2012catalog_08_2.pdf>,2012-12-27
8) 滋賀県湖北農業農村振興事務所田園振興課,2014-1-3,私信
9) 滋賀県農政水産部農村振興課:
「豊かな生きものを育む水田づくり」に取り組もう!~人
も生きものも「にぎわう農村」を目指して~ (2013)
10) 滋賀県世代をつなぐ農村まるごと保全地域協議会:世代をつなぐ農村まるごと保全向上
対策概要<http://www.shiga-nouson-marugoto.com/gaiyou/gaiyou.html>,2014‐1‐8
11) 農林水産省:農地・水・環境保全向上対策~ポータルサイト~制度の背景と概要<http:
//www.inakajin.or.jp/midorihozen/seido/>,2014-1-8
12) 滋賀県世代をつなぐ農村まるごと保全地域協議会:新しい世代をつなぐ農村まるごと保
全向上対策~滋賀らしい「農地・水保全管理支払交付金」~ (2012)
13) 滋賀県:環境保全型農業直接支払交付金の概要 (2013)
14) 西村武司:滋賀県の魚のゆりかご水田米に対する消費者の認知度,滋賀大学環境総合研
究センター研究年報,8(1),pp.103-111 (2011)
15) 農林水産省:生きものマークガイドブック<http://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/
s_ikimono/guidebook/pdf/all.pdf>,2013-5-9
16) 農林水産省:生きものマーク米一覧<http://www.maff.go.jp/primaff/meeting/gaiyo/seminar
/2010/pdf/4tanaka220423.pdf>,2013-5-9
20
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