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東京タワーのランドマークとしての性質に関する一考察

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東京タワーのランドマークとしての性質に関する一考察
東京タワーのランドマークとしての性質に関する一考察
―象徴性・場所性・視認性に潜む「日本的なるもの」―
おだわら
たろう
建設工学専攻(修士課程)
505019 小田原太郎
環境設計研究
指導教員 中野恒明
序章 はじめに
0.1. 研究の背景・目的
技術の発達は人々の生活に様々なインパクトを与えてきた.
1958 年に建設された東京タワーもその1つである.そして技
術の進歩と社会状況の変化はその周辺に新たな構造物を
生み出し,半世紀の時を経て地域景観を変貌させてきた.そ
れに伴った超高層建築の密集は,東京タワーのアイストップと
しての機能と存在感を奪いさった様に感じる.それは鉄塔建
設において最も代表的なパリのエッフェル塔と比較しても,都
市計画の違いなどから確認することができる.
だがそこに現在でも東京のランドマークとして在り続け,年
間およそ 250 万人もの人々が訪れるほど,多くの人に受け入
れられてきた特性が存在しているのではないだろうか.
本研究ではその特性を何等かの「日本的なるもの」と仮説
を立てた上で考察することにより,東京タワーに潜むランドマ
ークとしての性質を模索する.
0.2. 研究構成
本研究は主に文献研究と環境変化の分析及びそれに伴う
歴史的背景の考察より行っている.以下にその構成を示す.
図 1 論文の構成
第1章 ランドマークについて
1.1. これまでの既往研究
ランドマークという言葉の意味は,陸地の目印・陸標を指し,
その成立条件は人間があらゆる意味での空間行動を基本と
して生きる限り,様々な要素が成りうるといえる.近年ではラン
ドマークという言葉は,横浜のランドマークタワーやカーナビゲ
ーションなどに代表されるように定着してきた.
都市計画や都市論の分野では,ケビン・リンチの「都市のイ
メージ」に関する研究をきっかけによく使われるようになる.し
かしながら,これまでランドマークがもつ特性に言及する説明
や定義がなされた例は必ずしも多くない.
1.2. 本研究におけるランドマークの定義
エジプトの金字塔から東京タワーまで,これまで人々は塔
にシンボル性を求めてきた.谷口吉郎は「塔は太古以来,人
間の築きあげた時代の祈りであり,当時の建設力を示す記念
碑である」と説明し,塔はランドマークの代表的な例として位
置付けることができる.本研究ではこれまでの研究より導き出
した近代における塔の特性を元に考察を行っていく.
図 2 近代における塔の特性
第2章 仮説の設定
フランスの思想家で記号学者のロラン・バルトが,西欧との
比較に逆説的位置付けで日本を取り上げているように,日本
という国は特異であるといえる.
本章では歴史的背景から「日本的なるもの」の存在を明ら
かにし,それに伴う文献研究を行うと共に,本研究における
仮説を設定する.
2.1. 歴史的背景からの考察
日本の都市のように,西洋の都市とまったく違った考え方に
基づいて出来た都市には,特異な象徴性を読み取ることが
できる.エッフェル塔があるパリと,近世における封建制のもと
で生また城下町の都市形成の比較の中にもそれを顕著に見
出すことができる.
図 3 都市とランドマークの関係の違い
さらに皇居に関してバルトは,「いかにもこの都市は中心を
持っている.だがその中心は空虚である」と記号論から説明し,
西欧と日本における都市の中心と象徴性の違いを説明して
いる.また,槇文彦は西欧の教会と神社を取り上げることで,
中心の違いを説明し,「奥の思想」を展開している.
つまり日本の都市の中心・象徴性には,何等かの「日本的
なるもの」が存在しているといえる.
2.2. 日本的なるもの
これまで「日本的なるもの」を題材として,建築界では様々
な人が論じていることを確認できる.その中でもブルーノ・タウ
トが「全世界で最も偉大な独創的建築」としてあげた伊勢神
宮は,伊藤忠太・堀口捨己・丹下健三など数多くの建築家が
論じている.近年では磯崎新がイセを,「イセにおいては,実
はなかったはずの起源が《隠されている》からこそ誘惑が発生
するのだ.建築物,祭祀,歴史的成立の事実すべてが《隠さ
れている》ことこそがイセという問題構制の基本となるべきな
のである」と説明している.つまり,磯崎新はイセを通して「日
本的なるもの」を隠されていることで論じている.
また,堀口捨己は「日本的なるもの」を隣接国の影響を受
けながらも,その受け入れ方・改変して行く中に確認すること
が出来るとしている.
このように「日本的なるもの」はあらゆる思想の元で論考さ
れ,その存在を否定することはできない.
2.3. 仮説の設定
これまでの考察より,もともと塔の文化を持たない国,日本
における東京タワーには,その受け入れ方・建設経緯,周辺
環境との関係の中に十分「日本的なるもの」を見出すことが
出来るのではないだろうか.
これらのことから,『東京タワーには何等かの「日本的なる
もの」が存在する』という本論における仮説を設定する.
第3章 東京タワーの分析
前章の仮説を実証する手段として,本章では主に塔の建設
経緯・地域景観の変貌を超高層建築の建設に視点を当て
分析し,当時と現在のランドマークとしての特性を導き出すこ
とを目的とする.
3.1. 当時のランドマーク性
関東一円にテレビ電波を送信するという機能を目的に建設
された東京タワーは,その敷地選定に都市計画的な意図を
確認することはできない.それはパリ万博を背景(現在ではシ
ャイヨ宮,セーヌ川を挟み,塔とシャン・ド・マルス公園への連
続的な万博後の都市空間を生み出している)に,機能を持た
ないものとして建設されたエッフェル塔とは大きく異なる.
しかし,そこに当時のランドマーク性を見いだすことができる.
エッフェル塔を凌ぐ世界一高い塔を目指して建設された東京
タワーは,まさに機能というものを塔に付け加えることによって,
当時の人々にとってテレビ時代の象徴として,受け入れられ
たといえるのではないだろうか.
つまり,「機能」という象徴性と展望・外観にいたる技術的
な場所性・視認性をもって建設当時の東京タワーはランドマ
ークとして成立していたといえる.
3.2. 現在のランドマーク性
半世紀の時を経て,東京という都市は大きく変貌した.そこ
では当時の「機能」としての象徴性は薄れ,技術面でも当時
のランドマーク性を失いつつあるといえ,現在におけるランドマ
ーク性は当時と異なることが予想できる.ここではそれを明ら
かにする.
3.2.1. 周辺環境の変化分析
バルトが「視線であり,事物であり,象徴である」と説明する
エッフェル塔の立つパリと東京では,周辺環境に明確な違い
を確認できる.
パリでは戦後,都市の成長をどうしていくのかという問題に
対して早くからその提案がなされてきた.実際外部への無秩
序な成長を制御する為,パリの南北東西に伸びる帯を設定し,
その上に合計5つの新都市を建設している.パリへの集中を
なくすことで,パリという都市の設備を真っ当に行い,120 年
近く経つ現在においてその場所性を維持してきたといえる.
図 4 周辺(エッフェル塔より半径 5km圏内)の超高層建築に対する分析と考察
一方東京では,東京海上ビルの建設をきっかけに,高さ制
限の撤廃によって巨大な高層建築が密集することにより,あ
たかも都市計画不在の都市ができあがった.
図 5 周辺(東京タワーより半径 5km圏内)の超高層建築に対する分析と考察
3.2.2. 考察
これまでの分析より,現在の東京タワーには次の特性を導
き出すことが出来る.
象徴性: 建築技術とテレビ時代の象徴性の希薄.
場所性: そこは特別な場所ではなく,展望という点において
も周辺の超高層建築にその機能が付属されること
により特別なものではなくなった.また,それらは塔
を少しずつ囲んでいることを確認することができる.
視認性: 超高層建築の密集により高さという特異性はなくな
り,「見える場所」と「見えない場所」が生まれた.
第 4 章 考察
前章で導き出したランドマークの特性には如何なる「日本的
なるもの」が隠されていたのだろうか.それは建設当時から現
在に至る周辺環境の変化・過程から導き出すことが出来る.
超高層建築の建設は塔を囲み,技術的・精神的な象徴性を
希薄させ,象徴性・場所性・視認性という要素に対して「見え
ない」という概念を生み出した.これは槇文彦の「奥の思想」
で説明される「奥―包む」という日本的な領域構築,磯崎新
の「イセ」,バルトの記号論で説明される「空虚」の概念といっ
たものに近いといえるのではないだろうか.
これまでの考察より,次の結論を導き出す.東京タワーのラ
ンドマークとしての性質は,「東京という垂直性を持った都市
の中で,日本的なバランスを与える目印」である.
終章 おわりに
本研究では東京タワーのランドマークとしての性質に関して,
主に周辺環境の変化という観点からそこに潜む「日本的なる
もの」を見いだしている.しかし,そこに至るまでの論考はまだ
まだ不十分な点も多く脆弱であるが, 東京タワーのもつ何等
かのランドマークとしての性質が,日本の人々に親しみを与え
ていることは紛れもない事実ではないだろうか.
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