Comments
Description
Transcript
博 士 論 文 概 要
早稲田大学大学院理工学研究科 博 士 論 文 概 要 論 文 題 目 Radical Polymers and their Application to Organic Memory Devices ラジカルポリマーと有機メモリ素子への展開 申 米久田 氏 名 専攻・研究指導 (課程内のみ) Yasunori 請 者 康智 Yonekuta 応用化学専攻 高分子化学研究 2007 年 5月 有機物を用いたメモリ素子は次世代の記憶媒体として注目されている。印加電 圧の変化によって電気伝導率の急激な変化を生じうる有機物、例えばアミノイミ ダゾールジカルボニトリル、テトラシアノキノンジメタン銅錯体を挟んで成るス イッチング素子が最近報告されている。これらの素子は、有機層内または、電極 層と有機層間に酸化アルミニウムなどの絶縁層を有し、ある閾値以上の電圧印加 により高抵抗から低抵抗状態へ変化し、ほぼ永続的に低抵抗状態が維持される。 さらにこの低抵抗状態で、逆方向に電圧を印加すると、再び所定の閾値において 高抵抗状態が復帰するスイッチング素子となる。これら低分子有機物は、いずれ も真空蒸着法や電子ビーム法、スパッタリング法などの超高真空を要とする作製 工程により薄膜として形成されるが、繁雑なプロセスであるとともに製品の歩留 まりが低く、より簡便な工程から作製される素子が強く望まれている。一方、有 機高分子を用いた電子デバイスの作製工程は湿式法が主であり、歩留まり高く量 産 性 に 適 し 、溶 解 性 の 違 い を 利 用 す れ ば 積 層 素 子 も 可 能 と な る 。さ ら に 、透 明 性 、 フィルム成膜性など高分子の性質をあわせもった強靭かつフレキシブルな素子が 得られると期待される。 不対電子をもつラジカル分子には、ニトロキシドやガルビノキシルラジカルの ように室温大気下でも安定に取り扱えるものが存在する。これらのラジカル分子 はスピンラベル、スピントラップ、酸化防止剤として利用されている一方、極め て迅速かつ可逆的な酸化還元に基づきメタルフリーな酸化還元触媒や二次電池の 電極活物質として研究されている。このような背景をもとに、高い溶媒溶解性、 フィルム成膜性および電荷輸送能をあわせもつラジカルポリマーに着目し、それ らの薄膜から成る素子を湿式法により作製し、その電気化学的およびメモリ特性 をはじめて明らかにすることを本研究は目指した。 本論文は 6 章から構成されており、1 章は序論、2 章ではラジカル分子として 2,2,6,6-テ ト ラ メ チ ル ピ ペ リ ジ ン -1-オ キ シ ル (TEMPO)と そ の 酸 化 物 の オ キ ソ ア ン モニウム塩を単離して、その酸化還元挙動を立体構造との相関から検証した。3 章 で は p 型 酸 化 還 元 能 を 有 す る TEMPO 分 子 お よ び n 型 酸 化 還 元 能 を 有 す る 2,6ジ -tert- ブ チ ル -(3,5- ジ -tert- ブ チ ル -4- オ キ ソ -2,5- シ ク ロ ヘ キ サ ジ エ ン -1- イ リ ジ ン )-p-ト リ ロ キ シ (ガ ル ビ ノ キ シ ル )ラ ジ カ ル 分 子 を 汎 用 高 分 子 中 に 均 一 分 散 さ せ た薄膜から成る素子およびそれらに対応するラジカルポリマーから成る薄膜素子 の 作 製 と メ モ リ 特 性 に つ い て ま と め た 。4 章 で は T E M P O ラ ジ カ ル ポ リ マ ー 層 内 に n 型 酸 化 還 元 物 質 と し て 金 コ ロ イ ド を 分 散 さ せ た 単 層 型 素 子 お よ び TEMPO ラ ジ カルポリマーと n 型酸化還元能を有する銀イオンをポリメチルメタクリレート ( P M M A ) 層 内 に 分 散 さ せ た 積 層 型 薄 膜 素 子 の メ モ リ 特 性 に つ い て 議 論 し た 。5 章 で は高誘電体層を有する単層型、p および n 型ラジカルポリマーの積層型の薄膜素 子の作製とメモリ特性について記述した。6 章では成果を取りまとめ、この分野 の今後を展望した。各章の概要は以下の通りである。 1 第 1 章では、有機発光ダイオード、有機薄膜トランジスタなどに代表される有 機デバイス分野の進展と有機メモリさらにはポリマーメモリに要求される事象に ついて整理しながら、本論文の位置づけと目的を明記した。有機メモリ分野では 有機半導体、電荷移動錯体、酸化還元活性物質などの低分子有機化合物および導 電性高分子やホール輸送性高分子などが選択され研究がされている。各有機薄膜 から成る素子の特徴、ならびにそれぞれのメモリ挙動と想定・議論されている動 作原理について整理した。本研究で取り上げたラジカルポリマーについても、化 学構造と電気化学的性質の相関を上記の化合物と対比しながらまとめた。 第 2 章 で は 、 本 研 究 で 主 対 象 分 子 と な る TEMPO ラ ジ カ ル 分 子 の 酸 化 還 元 挙 動 を分子の立体構造と関連づけ、対応するオキソアンモニウム塩との比較からはじ め て 議 論 し た 。 カ チ オ ン 塩 は 熱 分 解 温 度 が 180℃ と 高 く 、 高 い 熱 的 安 定 性 を 示 し た 。 昇 華 性 を 有 す る TEMPO ラ ジ カ ル お よ び そ の カ チ オ ン 塩 の 単 結 晶 構 造 解 析 の 報 告 例 は な く 、 そ の 立 体 構 造 を は じ め て 明 ら か に し た 。 TEMPO 分 子 お よ び ア セ ト ア ミ ド TEMPO 分 子 で は N–O 結 合 距 離 1.28 Ǻ で あ る の に 対 し 、 そ れ ら に 対 応 す る カ チ オ ン 塩 で は N–O 結 合 距 離 が 1.18 Ǻ と な り 、 N=O の 二 重 結 合 性 が 増 し 、 ピペリジン環に対して平面構造を有した。カチオン塩の電気化学計測から Nicholson 法 よ り 求 め た 一 電 子 授 受 の 反 応 速 度 定 数 は 0.8 cm/s 前 後 と な り 、迅 速 な 酸 化 還 元 能 を 示 し た 。 さ ら に 回 転 電 極 法 を 用 い た Levich プ ロ ッ ト か ら 求 め た 拡 散 移 動 係 数 は 10-5 cm2/s 桁 で あ っ た 。 以 上 の よ う に 、 ニ ト ロ キ シ ド ラ ジ カ ル 部 位 の sp3 お よ び sp2 分 子 軌 道 構 造 を 変 化 し な が ら 迅 速 に 酸 化 還 元 す る こ と を は じ めて議論した。 第 3 章 で は p お よ び n 型 酸 化 還 元 活 性 を 示 す ラ ジ カ ル 分 子 と し て TEMPO ラ ジ カ ル お よ び ガ ル ビ ノ キ シ ル ラ ジ カ ル 分 子 を 選 択 し 、 そ れ ら を PMMA 薄 膜 内 に 分 散 さ せ た 素 子 を 作 製 し 、 そ の メ モ リ 特 性 を -10 – 5V の 範 囲 に お け る 電 圧 –電 流 測 定およびパルス電圧印加による電流測定から評価した。下部電極としてインジウ ム –ス ズ 酸 化 物 ガ ラ ス 基 板 上 に ス ピ ン コ ー ト す る こ と に よ り PMMA ポ リ マ ー 層 を 100 nm の 平 滑 、 均 質 な 薄 膜 と し て 成 膜 し た 。 上 部 電 極 と し て ア ル ミ ニ ウ ム を 蒸 着 し 素 子 を 作 製 し た 。 TEMPO ラ ジ カ ル を 導 入 し て い な い ポ リ ス チ レ ン や PMMA 膜 か ら 成 る 同 構 造 の 素 子 で は 絶 縁 体 様 の I-V 曲 線 を 与 え た 。 TEMPO も し く は ガ ル ビ ノ キ シ ル ラ ジ カ ル 分 子 分 散 層 か ら 成 る 素 子 で は 、例 え ば -5 V 印 加 下 で 、電 流 値 は ナ ノ A か ら 数 十 µA へ と 急 激 に 増 加 し (ON–OFF 比 は 104 桁 )、 数 百 秒 以 上 そ の 状 態 保 持 し た 。作 製 し た 素 子 は W O R M ( w r i t e o n c e r e a d m a n y ) 型 の 挙 動 を 示 し 、 ラジカル分子が素子のメモリ特性に寄与することをはじめて示した。上記ラジカ ル 分 子 を 側 鎖 に 有 す る ポ リ (2,2,6,6-テ ト ラ メ チ ル ピ ペ リ ジ ン -1-オ キ シ ル メ タ ク リ レ ー ト ) (PTMA)お よ び ポ リ (4-(2,6-ジ -tert-ブ チ ル -(3,5-ジ -tert-ブ チ ル -4-オ キ ソ -2,5-シ ク ロ ヘ キ サ ジ エ ン -1-イ リ ジ ン )-p-ト リ ロ キ シ ) ス チ レ ン ) (PGSt)を 合 成 し た。ラジカルポリマーから成る素子では、熱的安定性、成膜性が向上し歩留り高 2 い素子作製が可能となったばかりでなく、薄膜内におけるラジカル部の濃度が高 ま り 、 ON–OFF 比 が 向 上 し た 。 第 4 章 で は 、P T M A 層 に 金 コ ロ イ ド を 均 一 分 散 さ せ た 単 層 型 素 子 お よ び P T M A と 銀 イ オ ン を 分 散 さ せ た PMMA か ら 成 る 積 層 型 メ モ リ 素 子 に つ い て 検 討 し た 。 金コロイドおよび銀イオンは電圧印加により電子注入・輸送サイト(n 型)とし て 機 能 す る こ と か ら 、 ホ ー ル 輸 送 サ イ ト ( p 型 ) と し て 機 能 す る PTMA と 組 み 合 わせることにより繰り返し耐久性を期待した。金コロイド分散単層型素子、銀イ オ ン 分 散 積 層 型 素 子 と も に 、O N – O F F 比 ( 1 0 4 桁 ) 、状 態 保 持 力 ( 数 千 秒 以 上 ) お よ び 繰 り 返 し 耐 久 性 (素 子 各 々 で 数 千 サ イ ク ル 以 上 、 数 百 サ イ ク ル 以 上 )に お い て 高 い メモリ特性を示した。 第 5 章 で は p 型 お よ び n 型 酸 化 還 元 活 性 を 示 す ラ ジ カ ル ポ リ マ ー と し て PTMA お よ び PGSt を 選 択 し 、 そ れ ら を 高 誘 電 体 層 と 組 み 合 わ せ る こ と に よ り ON–OFF 比 、 状 態 保 持 力 、 繰 り 返 し 耐 久 性 の 向 上 を 試 み た 。 PTMA と PGSt 層 間 に 高 誘 電 体 ポ リ マ ー と し て ポ リ フ ッ 化 ビ ニ リ デ ン (PVDF) を 成 膜 し た 積 層 型 素 子 で は 、 O N – O F F 比 が 1 0 5 桁 、状 態 保 持 力 は 数 千 秒 以 上 、繰 り 返 し 耐 久 性 は 数 千 回 以 上 と 、 メモリ特性はさらに向上した。ラジカルポリマー層に注入された電荷はラジカル 分 子 の 酸 化 還 元 に よ り 分 極 し た 中 間 PVDF 層 界 面 に 到 達 、蓄 積 し 、開 回 路 で も 安 定に保存されたものと考えた。この素子は、逆電圧印加により蓄積された電荷を 初 期 状 態 へ と 容 易 に 戻 す こ と が で き る た め 、高 い 繰 り 返 し 安 定 性 を 示 し た 。ま た 、 PTMA を 高 誘 電 体 で あ る ア ル ミ ナ 基 板 上 に 成 膜 す る こ と に よ り 、 極 性 転 換 型 メ モ リ特性を有機物から成る素子としてははじめて観測した。この極性転換型メモリ 素 子 は 従 来 の ON–OFF 状 態 を 抵 抗 値 で 区 別 す る タ イ プ と は 異 な り 、 電 流 値 の 正 、 負 (極 性 )に よ り 区 別 可 能 で あ る こ と が 新 し い 。 低 電 圧 領 域 で も 明 確 な ON お よ び OFF 状 態 が 存 在 す る こ と か ら 、低 電 圧 駆 動 、素 子 に 対 す る 負 荷 軽 く 高 寿 命 な 素 子 に発展可能であることを議論した。 第 6 章では有機ラジカルポリマーがメモリ特性に寄与することを明らかにした 本研究成果を総括した。有機ラジカルポリマーの次世代有機メモリ素子としての 位置づけと将来展望について言及した。 3 研 究 業 績 種 類 別 1. 論文 ○ 題名、 発表・発行掲載誌名、 発表・発行年月、 連名者(申請者含む) 1. (報文) The First Polarity-Switching Organic Memory Device Based on a Radical Polymer Advanced Materials (投稿中) Yasunori Yonekuta, Kenji Honda, Kenichi Oyaizu, Hiroyuki Nishide 2. (速報) Battery-Inspired Non-volatile and Rewritable Memory Architecture: a Radical Polymer-Based Organic Device Journal of American Chemical Society (投稿中) Yasunori Yonekuta, Kentaro Susuki, Kenichi Oyaizu, Kenji Honda, Hiroyuki Nishide ○ 3. (速報) Structural Implication of Oxoammonium Cations for Reversible Organic One-Electron Redox Reaction to Nitroxide Radicals Chemistry Letters (印刷中) Yasunori Yonekuta, Kenichi Oyaizu, Hiroyuki Nishide ○ 4. (報文) A Non-volatile, Bistable and Rewritable Memory Device Prepared with Poly(nitroxide Radical) and Silver Salt Layers Polymers for Advanced Technologies (投稿中) Yasunori Yonekuta, Kenji Honda, Hiroyuki Nishide ○ 5. (報文) Radical Polymer and Its Nano-Sized Thin Film Device Journal of Photopolymer Science and Technology 18, 39-40 (2005). Yasunori Yonekuta, Takashi Kurata, Hiroyuki Nishide 6. (速報) Dentron-combined Poly(4-diphenylaminium-1,2-phenylenevinylene): Multiplet Molecule Organic Letters 6, 4889-4892 (2004) Hidenori Murata, Yasunori Yonekuta, Hiroyuki Nishide 2. 講演 An Isolated 有機ラジカルポリマーからなる不揮発性ポリマーメモリ 第 56 回高分子学会年次大会 (2007. 5, 京都) 米久田 康智, 薄 健太郎, 本田 憲治, 西出 宏之 Rewritable and Non-volatile Polymer Memory Composed of Organic Radical Polymers 2nd International Plastic Electronics Conference and Showcase (2006. 10, Frankfurt, Germany) 米久田 康智, 本田 憲治, 西出 宏之 4 ラジカルポリマーからなる薄膜素子のメモリ特性 第 55 回高分子討論会(2006. 9, 富山) 米久田 康智, 本田 憲治, 西出 宏之 A New Type of Non-volatile Memory Using Organic Radical Polymers 2006 MRS Spring Meeting (2006. 4, San Francisco, USA) Yasunori Yonekuta, Kenji Honda, Hiroyuki Nishide Radical Polymer and Its Application to a Polymer Memory Pacifichem 2005 (2005. 12, Hawaii, USA) Yasunori Yonekuta, Takashi Kurata, Hiroyuki Nishide ラジカルポリマーの合成とその薄膜素子の I-V 特性 第 54 回高分子討論会 (2005. 9, 山形) 米久田 康智, 倉田 崇, 本田 憲治, 西出 宏之 Nano-Sized Thin Film Device with Radical Polymers and Its I-V Characteristics The 8th SPSJ International Polymer Conference (2005. 7, Fukuoka) Yasunori Yonekuta, Takashi Kurata, Hiroyuki Nishide ラジカルポリマーを用いたナノ寸法薄膜素子の作製とその I-V 特性 第 22 回フォトポリマーコンファレンス (2005. 6, 千葉) 米久田 康智, 倉田 崇, 西出 宏之 ラジカルポリマーを用いた薄膜素子の作製とその I-V 特性 第 54 回高分子学会年次大会 (2005. 5, 横浜) 米久田 康智, 倉田 崇, 安部 滋幹, 西出 宏之 ラジカルポリマーを用いたナノ寸法薄膜の作製とその I-V 特性 日本膜学会第 27 年会 (2005. 5, 東京) 米久田 康智, 倉田 崇, 西出 宏之 Synthesis of G1 and G2 Dendrons-Combined Poly(4-diphenylaminium radical-1,2-phenylenevinylene)s and their Magnetic Properties IUPAC Polymer Conference on the Mission and Challeges of Polymer Science and Technology (2002. 12, 京都) Yasunori Yonekuta, Hidenori Murata, Hiroyuki Nishide ビス(ベンジルオキシ)ベンジルオキシ基を導入したポリ(4-ジフェニルアミノ-1,2-フェ ニレンビニレン)の合成とその磁性 第 51 回高分子年次大会 (2002. 5, 横浜) 米久田 康智, 村田 英則, 西出 宏之 デンドロン被覆したポリ(4-ジフェニルアミニウムラジカル-1,2-フェニレンビニレン) の合成 日本化学会第 79 回春季年会(2001. 3, 神戸) 米久田 康智, 高橋 正洋, 西出 宏之, 土田 英俊 5 3. その他 (特許) メモリー素子及びその製造方法 特願 2004-324380, 国際出願 PCT/JP2005/020320, 国際公開 WO2006/049261 西出 宏之, 本田 憲治, 米久田 康智, 倉田 崇, 安部 滋幹 6