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脳梗塞に対する再生治療

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脳梗塞に対する再生治療
臨 床 評 価 36 巻 別冊 2009
第Ⅱ部 実用段階に入る再生医療
中枢神経再生臨床試験の黎明
脳梗塞に対する再生治療
A cell therapy for stroke
本望 修
Osamu Honmou
札幌医科大学神経再生医学講座
Neural Repair and Therapeutics, Sapporo Medical University
はじめに
1.骨髄幹細胞を用いた脳梗塞治療
われわれは,自分の骨髄の幹細胞を使った脳梗
われわれが使っている細胞は,自分の骨髄の中
塞治療といったことを開始しています.いままで
の間葉系幹細胞です.実はこれは概念的にはある
のところ 12 例行っていますが,まだまだきちんと
細胞ですが,本当の意味できちんとキャラクタリ
ものが言える状況ではありません.ただ,目の前
ゼーションされていないということは,世界的に
に実際に起こっている現実から,それをどのよう
も言われています.こういうきちんとしたマーカー
に解釈して,どのように次につなげていくか.今
が出ていればこの細胞であるということは,世界
日はその一部をご紹介して,考えていきたいと思
的にもまだファジーな状態にありますが,限られ
います.われわれがいま行っているのは,いちお
た条件の中でもある程度の性質を保った細胞とい
う安全性チェックということですが,副項目とし
うことになります(Fig. 2)
.
て治療効果も判定しています(Fig. 1)
.
脳梗塞の患者の腸骨から数十 cc 取って,それを
CPC で増やしていったん凍らせます.それに対し
Fig. 1 臨床研究のポスター
て,安全性チェック,品質チェックを行って,患
者に戻します.実際に脳に直接打つのではなくて,
静脈内に打つということが特徴的です.実際に患
者から取るのは 10 分か 15 分ぐらいで,局所麻酔
でできます.増やすほうはだいたい 2 週間ぐらい
かかります.投与のほうは 30 分から 1 時間弱にな
ります.実際に細胞の培養を行っているのは,北
海道大学の創成研というところで,GMP 準拠の
CPC で行っています(Fig. 3)
.
一,二分だけちょっと余談をさせていただきた
いと思います.神経再生というのは,最近は「本
当かな」と皆さん思いはじめていると思いますが,
実は 5 年とか 10 年,15 年前ぐらいまでは,本当か
どうかわからないというのが本音だったと思いま
− 132 −
Clin Eval 36 Suppl XXVI 2009
す.そもそも神経再生というのは,90 年代前はブ
ています.特に神経系の細胞とか幹細胞の培養と
ロックで移植していましたが,失敗の連続でした.
いうのは非常に難しいことでした.ぼくも一番最
ところが,米国でニューロサイエンスが非常に
初にやったのが,ラットのシュワン細胞を培養し
高まってきて,神経科学といったことがバックグ
て,ラットの脊髄の脱髄領域に移植したという仕
ラウンドとして膨らんできました.そこで,細胞
事です.これで,もしかしたら培養細胞の移植で
の培養技術,それから遺伝子組み換え技術が普及
神経の病気に効くのかもしれないという感触を
したことが,再生医療の発展につながったと考え
持ったのが,この研究でした.その後,いろいろ
Fig. 2 骨髄間葉系幹細胞
血球
血小板
赤血球
血小板
血小板
血小板
サポート
血小板
白血球
ストローマ
細胞
血小板
白血球
造血幹細胞
白血球
白血球
白血球
赤血球
血小板
血小板
赤血球
赤血球
血小板
白血球
1/1000個
赤血球
白血球
血小板
内臓
間葉系幹細胞
血小板
白血球
血小板
血小板
赤血球
血小板
赤血球
白血球
赤血球
赤血球
血小板
血小板
白血球
赤血球
赤血球
赤血球
白血球
白血球
白血球
血管系
白血球
赤血球
骨,軟骨
脂肪
筋肉
神経
Fig. 3 骨髄幹細胞を用いた脳梗塞治療
病院
病院
静脈内投与
骨髄細胞の採取
(局所麻酔)
細胞培養センター
骨髄幹細胞
分離
大量培養
品質検査
照合
解凍
増殖培養
凍結
約1ヶ月
− 133 −
保存
臨 床 評 価 36 巻 別冊 2009
な細胞を試しました.ヒトのオリゴデンドロサイ
キンソン病モデルかプリオン病モデルとか,いろ
トなどの細胞です.ラットの細胞を使ってうまく
いろなものに移植してきました.
いったからといって,ヒトの細胞でうまくいくと
最近は遺伝子を組み換えた細胞のほうもやって
は限らないということで,ヒト細胞もドナーとし
いますが,サルの実験を組んで,やっと今回の臨
た実験を行いました.
床研究ということになりました.細胞,もしくは
その後,ラットの OEC 細胞,ヒトの OEC 細胞,
プレカーサ,stem cell をいろいろなモデルに移植
そして神経幹細胞をドナーとして試しました.ま
すると,共通した性質,個々の細胞の特徴的な性
た,脊髄損傷ばかりではなくて,脳梗塞などにも
質がだんだん見えてきます.現段階で一番現実化
適応を拡大してきました.それと同時に,マウス
というか,実用化に近いと思われているのが,こ
の ES 細胞等々,いろいろな細胞もドナーとして
の細胞です.
試しています.そして,成人の神経幹細胞も試し
2.治療効果のメカニズム
ましたが,このときはサルの実験までやりました.
その後,やはり実際の医療ということを考える
と,先行して進んでいる骨髄の細胞を何とか使い
この細胞は,いろいろなメカニズムがあります
たいと考えたのが,だいたい 90 年の中ぐらいでし
が,強調したいのは静脈内投与ができるというこ
た.これで,脊髄損傷モデルとのほう,脳梗塞モ
とです.もう一つは,サイトカインの神経栄養作
デルでうまくいきました.ただし,骨髄の細胞の
用です.そして血管新生,神経再生,その他と分
中で何が本当に神経再生にいいのかということが
かれます(Table 1)
.
わからなかったので,いろいろな分画を試して,
時間がないので少し省略しますが,治療を行っ
この骨髄幹細胞,mesenchymal stem cell というも
てすぐに効いてくるのが,この液性因子を介した
のが一番よさそうであるという結論に達しました.
神経栄養作用(neuroprotection)です(Fig. 4)
.
このころ局所投与から静脈内投与にシフトして
きました.今日は時間がなくて詳しい話ができま
Table 1 hMSC の治療効果のメカニズム
せんが,およそ 100 倍移植すれば静脈内投与でも
大丈夫ということが,このころわかってきました.
1.Homing 作用,遊走能
2.サイトカインを介した神経栄養作用
3.血管新生作用(脳血流改善作用)
4.神経再生
5.その他(抗炎症作用)
ラットの骨髄幹細胞を静脈内投与,もしくはヒト
の骨髄幹細胞を静脈内投与という実験を繰り返し
ます.さらに,いろいろな臓器オリジンの MSC
を移植するとか,一部は他のモデルマウス,パー
Fig. 4 Cytokine Levels
BDNF
20
10
Normal
Medium
hMSC
30
20
10
0
Normal
Medium
− 134 −
PLGF
40
Production (pg/mg)
30
0
GDNF
40
Production (pg/mg)
Production (pg/mg)
40
hMSC
30
20
10
0
Normal
Medium
hMSC
Clin Eval 36 Suppl XXVI 2009
そして,1 週間以内に血管新生が始まって,ずっ
早く起こってくる神経再生は remyelination です.
と続きます(Fig. 5)
.1 週間を超えると,神経再
脱髄した領域が再髄鞘化されるのがだいたい 1 週
生が始まってきます.神経再生は二つ意味があっ
間ぐらいから起こってきます.これが一番早く始
て, 移 植 し た 細 胞 が 神 経 系 の 細 胞 に 分 化 す る
まります.こういうことを考えると,再生医療と
(Fig. 6)
.もう一つは,移植した細胞から何らか
いうよりは,細胞治療と言ったほうが正しいので
はないかと考えています(Fig. 7)
.
の因子が出て,ホスト側の neurogenesis を活性化
失われた脳の組織を完璧に再構築しなくても,
する.この二つの意味があります.この中で一番
非治療群
Fig. 5 Angiogenesis
治療群
6h
正常群
24h
非治療群
3d
治療群
7d
Fig. 6 骨髄幹細胞から神経幹細胞や神経細胞への誘導
神経細胞
骨髄幹細胞
神経幹細胞
グリア細胞
Fig. 7 作用機序
サイトカインを介した神経保護
抗炎症
血管新生
神経再生
*神経細胞へ分化
*ホストの神経幹細胞を活性化
0日
数日
1週間
2週間
− 135 −
数ヶ月
臨 床 評 価 36 巻 別冊 2009
患者に少しでもいいことができる可能性があると
たことをおっしゃっています.
2 週間たつと,どんどんよくなってきて,こう
いう意味で,たくさんのメカニズムで治療効果を
出すというのが,この幹細胞を使った治療の特徴
いった運動もできるようになってきます.
肩のほうもかなりよくなってきて,肘も動くよ
ではないかと考えます.
うになります.特に脳梗塞の方は,関節が固まっ
3.症例の紹介
てしまうんですね.それがきちんと伸ばせるよう
になる.手首も非常に動きが出てきて,これもだ
症例を 1 例だけ提示させていただきます.この
んだんよくなってきます.力強くなってきて,こ
患者は,もうすでにご存じの方もいるかと思いま
ういうコップも持てるようになります.このとき
すが,NHK でも放送されました.自分の結果を世
の握力はまだ 10kg ぐらいでしたが,いまは 20kg
のため人のために役立ててほしいということで,
ぐらいあって,完全に社会復帰をしています.
このように症状が変化していきましたが,MRI
顔も出して NHK の番組に出られていますので,
で見ると,この白いところが脳梗塞でやられてい
この場でも顔を隠したりしていません.
この患者さんは 52 歳で,右の内頚動脈の完全狭
るところと考えられます.朝に撮った MRI,細胞
窄です.したがって,右脳半球の血流が落ちてい
を投与した日の夕方に撮った MRI,1週間後に撮っ
る.この白く見えるところが,脳梗塞の領域です.
た MRI です.普通はこんなかたちで白いところが
症状としては,左の上肢に強い麻痺があります.
消えていくことはありません.いままでの臨床経
これは,脳梗塞になって 1.5 カ月たっています.6
験ではあまり見たことがないような変化を示して
週間です.ですから,ほぼ急性期の治療を終わっ
います.さらに血流も,だいたい 1 週間ぐらいで
てリハビリテーションをしている段階です.
10 ∼ 20%ぐらい血流が上がります.
このように,肘から先がまったく動かない状態
これは神経症状の脳卒中スコアです.神経の状
です.肩は少し動きますが,肘から先がまったく
態をプロットしたものですが,3 種類の指標でプ
動かない.このままだと,手が日常生活で使えな
ロットしています.やはり治療を契機に少しよく
い状況です.大きく分けて廃用手と補助手と実用
なるということが確認されています.
手というのがありますが,廃用手というのがなか
4.まとめと今後の展望
なか使えない.補助手というのは,いいほうの手
の作業を何らかのかたちで補助する.例えばコッ
プをつかんでふたを開ける.
いまの経過をざっくりまとめてみると,脳梗塞
これが実際に投与しているところです.だいた
になって 1 カ月,2 カ月,3 カ月ですが,症状の軽
い 50cc の中に 1 億個の細胞が入っていて,それを
いものから重いものまであります.脳梗塞になる
30 分から 1 時間弱ぐらいで普通の点滴の要領で注
といったんグーッと悪くなります.そして,急性
入します.これが特徴的ですが,きわめてレスポ
期の通常の治療で少しよくなります.ただ,数週
ンスが早く出ます.程度の差はありますが,12 例
間たつと,あとはリハビリで少しよくなるだけで
の方々に共通して見られました.
す.この方は 6 週間の状態で治療をして,このよ
この患者は翌日,手が動きはじめました.まだ
うなかたちでプラスアルファ効果があったのかも
ちょっとたどたどしいんですが,時間がたつに
しれないと考えています.メカニズムとしては,
従って,だんだんよくなってきます.一番早い方
この栄養作用,そして血管新生,そして neuro-
では,打った日の夜中に足の指が動くというよう
genesis というようなことが考えられます(Fig. 7)
.
なことがありました.一番遅い方でも 2 日後に手
これはきわめて学問的に勉強になるところでは
が動くようになった.患者さんがたは,そういっ
ないかと考えています.すなわち 3 時間とか 6 時
− 136 −
Clin Eval 36 Suppl XXVI 2009
間たったあとでは,われわれは脳梗塞を治療でき
いう報告が出はじめていますので,今後こういっ
ないと断言しているのが現代医療です.ところが,
たことを含めて,基礎研究からきちんとやってい
何週間,何カ月たっても,まだまだ治療の可能性
く必要があると考えています(Table 2)
.
実はこの細胞は自分の体のものです.ES や iPS
が開けてきたということ自体が,きわめて発展性
みたいな非常に強い再生能力はありませんが,
の高いことではないかと考えています.
いままで 12 例をやっていますが,運動麻痺の軽
ちょっとメカニズムを増強すると,例えばこの
いものから重たいものまで,さらに例えば失語症,
BDNF 遺伝子を組み込んだ細胞を使うと,細胞治
高次機能障害など,非常に重症な脳梗塞等も含ま
療だけよりもいい(Fig. 8)
.
同じように GDNF の遺伝子を組み込むと,プラ
れています.
しかも,実は,この治療メカニズムを考えると,
ス効果がある(Fig. 9)
.
angiopoietin という血管新生の遺伝子,PIGF と
ほかにもいろいろな適応が考えられるのではない
かと考えています.もちろん脳梗塞のこの研究も,
いう血管新生の遺伝子を入れると,プラスアル
本当に治療効果があるかどうかはまだわかりませ
ファ効果がある.IL2 遺伝子を入れると抗腫瘍効
ん.それは今後きちんとやっていかなければいけ
果が出てくる.このように,工夫を積み重ねるこ
ませんが,それと同時に,いろいろな神経の病気
とよって,患者にとって,今よりプラスアルファ
があります.脳卒中,神経変性疾患といろいろあ
を何かできる可能性は開けてくるのではないかと
りますが,少なくともこの赤で書いている病気に
考えています(Fig. 10 ∼ 12)
.
関しては,基礎研究で何らかいいかもしれないと
Table 2 適応拡大
1.自己の骨髄幹細胞は静脈内注射で治療効果が期待でき,自分の細胞を病棟のベットで
通常の点滴や輸血の要領で 30 分程度で投与できるため,患者の負担は極めて少ない.
2.骨髄幹細胞は多彩な作用メカニズムが時間的にも空間的にも多段階的に作用するため,
脳梗塞以外の脳神経疾患にも効果が期待され,実際,その一部は既に動物実験で検証
されつつある.
3.既に臨床応用されている細胞であり,医学的にも社会的にも早急な実用化することへ
の期待が高い.
Fig. 8 神経保護作用の増強 BDNF
No treatment
300
hMSC
BDNF-hMSC
Volume (mm3)
250
200
150
100
50
0
No treatment
hMSC
BDNF-hMSC
− 137 −
臨 床 評 価 36 巻 別冊 2009
Fig. 9 神経保護作用の増強 GDNF
Cont.
GDNF-hMSC
hMSC
A-1
B-1
C-1
B-2
C-2
6h
R
L
A-2
1day
D
(mm3)
A-3
B-3
C-3
A-4
B-4
C-4
A-5
B-5
C-5
A-6
B-6
C-6
400
Control
hMSC
GDNF-hMSC
3day
300
7day
200
14day
100
28day
0
6h
1day
3day
7Day
14Day 28Day
Fig. 10 血管新生作用の増強 Angiopoietin-1
Control
Normal
hMSC
Ang hMSC
A
Ang-hMSC
Medium
6h
hMSC
3day
Ang-hMSC
7dayy
Fig. 11 脳保護作用と血管新生作用の増強 PIGF
βgal
Normal
Medium
hMSC
hMSC-PLGF
vWF
βgal/vWF
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Clin Eval 36 Suppl XXVI 2009
Fig. 12 脳腫瘍への治療効果
Non-treated
hMSC
IL2-MSC
7
14
21
Days after tumor inoculation
* * *
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