Comments
Description
Transcript
ごあいさつ ファーサイ タイ 旅行記
発行:2011 年 7 月 NPO 法人ファーサイ タイ 日本 会報(第2号) ごあいさつ 今年は5月中に早々と梅雨入りしました。 晴れ間があると一気に真夏を感じさせたりして、皆さまも体調を整えるのに苦労しているので はないでしょうか。「雨季」という堅い言い方ではなく、「梅雨」という情緒ある言葉を創り出し た先人も、苦笑しているかもしれません。暑さに負けず、会報第2号をお届けします。 「ファーサイ タイ・日本」 代表 青木 信雄 ◇ 9月に総会を開催 ◇ さて、NPO法人発足3年目を迎えた私たちの活動ですが、節目になる総会を開きます。今回 は、法人の根幹にもかかわる重要事項として ▽会費の値上げ ▽理事の増員 ▽特別会員制度 の新設 などを審議していただきます。ぜひご出席ください。 ○ 総会の日時 9月17日(土) 午後7時~8時(終了後、交流会) ○ 場 所 ひと・まち交流館(河原町通五条下ル東側) □ ホームページを開設 □ 今年5月に、ホームページを開設しました。「ファーサイタイ日本」で検索できます。 ~ ~ ~ ~ ファーサイ タイ 旅行記 ~ ☆ ~ ~ 6月2日~5日 ~ ~ ☆ 「夢の家」での畑作り、農業支援の現地視察と、教育里親の認定証手渡しなどのため訪れました。 今回は、京都府中丹西農業改良普及センターの前所長の乾多津子さん、宝塚いきいき介護支援セン ター代表の清川ひとみさんに、私、青木が同行して行ってきました。清川さんに感想を書いていた だきました。 北タイの山岳民族(アカ族)の少年少女を訪ねて 頑張る有機農業 6月 2 日朝、関空を出発した機内で、「タイ」の 知識を私達に説明するために青木先生が持参して 下さった「タイ」の案内本を読み続けました。「チ ェンマイ」と「チェンライ」の違いも初めて知りま した。出発前には、タイ往復 10 年の青木先生のき め細かいアドバイスをいただき、トイレットペーパ ー(芯を抜いたもの)、蚊取り線香、虫よけスプレ ー、ウェットティシュ、懐中電灯などをカバンに詰 めておきました。 (裏面へ続く) チェンライには、現地コーディーネーターで、「夢 の家」施設長のアリヤ(Ariya)さん(アカ族 出身)が出迎えに来てくれていました。鹿児島県の 農業研修に 10 カ月程滞在経験があり、日本語を理 解され、青木先生との信頼関係があり、大いに助か りました。 また、ほうれん草、三つ葉、ねぎなどを現地チェ ンライ工場責任者として委託栽培している長瀬一 幸さんと交流。「日本の有機JAS取得は難しいが、 タイ政府の認証は費用や手続きの点で取得率は高 い」などの説明を聞くことができました。青木先生 は「現地の山岳民族の生活向上に結び付かないか …」と考えておられましたが、有機農業は手間がか かり、生産性を上げにくい難点も指摘されました。 日本の農業から、東南アジアへの農業転換、企業と 地消地産など理想と現実のギャップなどについて、 改めて考えさせられました。 少量多品目を目指して 2日目は、北部タイのアカ族の支援団体「アカ協 会」を訪問しました。アカ族の伝統的な栽培方式は 背丈の低いものから順番に 9 段階に分けて行うも ので、食の安 全を目指し、 有機肥料で 多品種の野 菜を混植し たい、という ことでした。 しかし、雨季 には病害虫 が発生して、どうしても農薬を使用する場合がある そうです。できるだけ、少量多品目を目指すにして も、それで生活が成り立つまでには難しい問題があ るようです。そんな現況を、ビデオを観ながら説明 してくれました。化学肥料を現金で買ってトウモロ コシなどの単一大量生産をしながら農閑期には出 稼ぎに出る生活を強いられているアカ族の人たち にとって、理想を求めて実践していこうとすれば、 生活は成り立たない。しかし今のやり方ではいずれ 採れるものも採れなくなる…というジレンマを垣 間見る思いでした。 「夢の家」を訪問する途中には、チェンライ市内 のダムロン高校で日本語を教えているボランティ アの原田さん(この会報創刊号で原田さんの本の紹 介がありました)が合流してくれました。道中の市 場で、夕食用のカレー材料を購入したのですが、豚 肉は 3kgで 450 バーツ(1バーツ=3.19 円)でし た。じゃがいも、玉ねぎ、人参、トマト、さやいん げん、そしてこの時期最も美味しいマンゴー・マン ゴスチン・ドリアンなど果物などをどっさり買い込 みました。 子どもたちの夢は 「夢の家」に到着後、子供たちは二班に分かれ、 一班は乾さんの指導のもと、畑の整地やペーハー (ph)の測定です。もう一班はカレーライスづく りに取りかかりました。手慣れた様子で、じゃがい も・玉ねぎ・人 参などを刻む 手伝いをして くれました。煮 込む間に交流 会を行ない、日 本から持参し た「炭坑節」の テープを流し て『月が出た出たぁ月が出たぁ・・あんまり煙突が 高いのでさぞやお月さん煙たかろう・・』と、なか なか盛り上がりました。この歌にある炭鉱夫は、戦 後の日本の経済復興の中で夜通し働きました。仲間 を支え歌い踊り、盆踊りにして後世に伝える歌だと 知った次第です。 食後、子供たちにヒヤリングを行ないました。 ①生年月日(IDカード=国籍を持たない子供もい る) ②大きくなったら何になりたいかを聞くと、 男子は軍隊・警察官が多く、一人だけサッカーの選 手。女子は小学校の先生が多く、看護師、会計士。 ③好きなことは、男子はサッカー、お絵描き。女子 は(夢の家の仲間や学校の友達と)おしゃべりする こと。 ④好きな食べ物は、みかん・マンゴなど果 物が全員の答えでした。食器も各自が洗い、洗濯も 寮母さんを手伝います。日本の子供たちと違い、見 守りの中で識字率を上げること自体が大変で、日常 生活の教育を受ける場所が「夢の家」には確実にあ る、という実感がわき上がってきました。 教育里親と対面 6 月 4 日(土)には、エム君と教育里親の対面式 を行いました。ちょっとはにかみ屋さんのエム君で したが、2 年前から教育里親の支援を受けている高 校生 4 人を交え、夕食を共にしました。支援してく れる人たちが、日本に確かにいます。NPO法人「フ ァーサイタイ・日本」の活動を長年継続している青 木先生の支援 の輪が着実に ふくらんでい ると思います。 しかし、もっ ともっと社会 的な視線が集 まり、活動支 援が大きくな っていくことが必要だと思いながら、帰途についた のでした。