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『源氏物語』 に見られる日本伝統的遊戯文化の起源
r源 氏物 語』 に見 られ る 日本伝統 的遊戯文化の起源 VoYTIsHEKEIena Nbvo5∫ わ'z8ん8翩 ε 砺 ∫yθ 厂吻 ノ 紫 式 部 の 『源 氏 物 語 』 は 日本 文 化 を 代 表 し、 日本 文 学 の最 高 峰 を 占 め る。 さま ざ ま な 恋 愛 運 命 的 な 人 生 の うち に 、 貴 族 社 会 の 苦 悩 を 摘 出 した と こ ろ に価 値 が あ り、 現 代 で は 、 世 界 的 な 文 学 と して 広 く受 け入 れ られ て い る 。 日本 で は2008年 、 文 化 面 に お い て 大 イ ベ ン トが 行 わ れ る 予 定 で あ る。 「 源 氏 物語 千 年 紀 」が 祝 わ れ 、 マ ス メ デ ィ ア に よ り数 多 くの 特 集 が 企 画 され 、 お そ ら く源 氏 ブ ー ム の年 に な る だ ろ う。 私 も 自身 の 研 究 成 果 で 、 こ の イ ベ ン トに い さ さ か 貢 献 で き れ ば と考 え る。 とい う の も 、 あ る研 究 者 の 見 解 に よ れ ば 、 日本 で は 「 源 氏 カ ル チ ャ」が 形 成 され た の は 江 戸 時 代 だ と言 わ れ て い る か ら で あ る 。 「源 氏 カ ル チ ャ 」は 江 戸 時 代 の 日本 に お い て 、 木 版 印 刷 に よ っ て 、 本 だ け で な く 、 浮 世 絵 や か る た 、 す ご ろ く な ど印 刷 物 の 形 で も広 く愛 好 され 、 文 字 文 化 の範 囲 を こ え て 、 着 物 の模 様 、 お 菓 子 の名 称 か ら遊 女 の名 前 ま で 、 近 世 日本 の 全 期 に わ た っ て 人 々 に 親 し ま れ て き た1。 「 源 氏 物 語 」に 関す る 娯 楽 の 具 体 的 な 分 析 に 移 る前 に 、 まず は い くつ か の ポ イ ン ト につ い て 確 認 して お き た い 。 そ れ ぞ れ の 国 の 文 化 に 、裏 づ けされ た さま ざまな祝 日や 遊 戯 は そ の 国 の 国 民 の 精 神 構 造 の 特 徴 を再 確 認 させ て くれ る。東 ア ジア に 関 して言 え ば 、遊 戯 行 動 は そ の文 化 の 中で 一 番 最 初 に 生 まれ る特 色 だ とい うの が 、研 究 者 の 間 で の 一 般 的 な 意 見 であ る。 私 の 研 究 目的 は 、東 アジ ア の 国 の 伝 統 的 な 無 形 文 化 に お け る、遊 戯 行 動 と知 的 な 遊 び の 意 義 と役 割 を定 義 す ることで あ る。似 た 性 格 を持 つ 中 国 と 日本 の 文 献 や 資 料 を比 較 分 析 し東 洋 人 の 精 神 構 造 の特 徴 を研 究 した 結 果 、歴 史 民 俗 学 的 に、そ して 民 族 言 語 学 的 に も 、遊 び と知 的 な娯 楽 を独 立 した 分 野 として研 究 す ることが で きるの で は な い か とい う意 見 に 至 る。 集 め られ た 資 料 を 分 析 、 解 釈 す る た め に は 歴 史 学 的 、 比 較 歴 史 学 的 な 手 法 、 民 族 言 語 学 的 な 見 地 か らの 手 法 な ど を 必 要 とす る。 そ れ ら の 手 法 を 用 い て 、任 意 の 時 代 の 民 俗 学 的 な 物 事 の 起 源 、 発 達 、 ど うや っ て 発 展 して き た か 、 そ して こ れ か ら ど う な る か を 理 解 す る こ と が で き る。 私 の 研 究 の 課 題 は 、ゲ ー ム理 論 に 従 って 知 的 な娯 楽 を調 べ て 、そ の 中 で 競 争 的 な性 格 を持 っ ゲ ー ムと芝 居 の 要 素 を持 っ ゲ ー ム に分 類 す ることで あ る。中 世 時 代 に お け る 中 国 と 日本 の 伝 統 的 な 文 化 交 流 は 歴 史 文 学 の 側 面 、 特 に 伝 統 、 習 慣 、 そ れ ぞ れ の 国 の 精 神 構 造 の 特 徴 に反 映 され る 知 的 な 遊 び で 理 解 す る こ と が で き る か らで あ る。 詳 細 な 分 類 をす るた め に 、中 国 で の 「求 法 」と 日本 で の 「伝 法 」の 強 い 関 係 を調 べ て い る。これ か ら 私 が 述 べ ることは 、文 学 カル タや 茶 道 や 香 道 や 投 扇 興 な どの 知 的 な 遊 び に 関 す る研 究 の 領 域 の 話 で ある。 399 VbYTIsHEKEIena 蛤 、源氏 合わ せ、 源氏 歌か るた 日本 の 知 的 な 遊 び の 特 徴 を理 解 す ることが で きる、特 に 、古 い カ ー ド・ゲ ー ム の 起 源 の 問 題 を少 し述 べ て み た い 。これ まで 、多 くの 研 究 者 が この 点 に 触 れ て いる。そ の 意 味 で 、物 合 わせ の 多 くの 種 類 が 調 べ られ て 、特 に 蛤 合 わ せ が 、そ の後 な ど発 展 の きっか け とな った。 歌 か るた や 、源 氏 歌 か るた そ の 物 合 わ せ の 一 つ として は 、貝 合 わ せ(貝 覆)と い う典 雅 な 遊 び が あ った。平 安 時 代 の 公 家 たち が お 互 い に貝 を持 ち よって 、優 秀 を競 うゲ ー ム で あった。そ の 大 きさや 形 態 、文 様 な どが合 う対 もの を探 す とい う遊 び で あった 。一 対 の 貝 殻 の 内 側 に 同 じ絵 を描 い てい た(図 1)。 図1.貝 覆. 図2.源 氏 貝. 室 町 時 代 に なると立 派 なもの に な り、 『源 氏 物 語 』54巻 の 名 前 の 情 景 を 書 き 出 した 豪 華 な も の が 現 れ て き た 。 し ば ら く して 、 貝 覆 の 蛤 貝 の 内 側 に 絵 の 代 わ りに 和 歌 一 首 を書 く 「 歌 貝 」 が で き た(図2)。 日本 の カル タの 歴 史 は 、16世 紀 の 末 ご ろスペ イン ・ポ ル トガル か ら初 め て 日本 に 渡 来 し た 「天 正 か るた 」と「うん す ん か るた」とともに 、蛤 貝 か ら紙 製 のカル タに 変 化 す る試 み が 始 ま っ た。カル タは 、絵 柄 の 美 しさや 遊 び の 面 白さな どもあ って 、す ぐに 日本 全 国 に 広 まり、人 々 の 心 を とらえ た。江 戸 時 代 にな ると「百 人 一 首 歌 カ ル タ」、「い ろは か るた 」など 、世 界 で は 例 の ない ほど素 晴 らしい カル タが 次 々 と創 造 され 、人 々 に愛 され つ づ け てきた。この 貴 重 な 日本 の 文 化 に 光 を 当 て 、次 世 代 へ 正 しく伝 えて い くことは 、意 義 の あ る大 切 な 役 割 で あ ろう と思 う。 合 わ せ か る た 好 き の 日本 で は 、 歌 合 せ 以 外 に も 多 く の も の が 題 材 と な っ た 。 文 字 で 合 わ せ る も の の他 に 、 絵 で 合 わせ る か るた も盛 ん に 作 り出 され た 。 能 や 狂 言 の 演 目、 鳥 、 花 な ど 自然 物 、 船 や 武 具 旗 等 の 器 材 、 そ の 他 さま ざ ま な 絵 合 わ せ か る た が 残 っ て い る 。 以 前 か ら存 在 した 貝 覆 を応 用 して 、 和 歌 の 上 の 句 と下 の 句 を分 け て 書 い た2枚 の 札 を 合 せ 取 る歌 か る た が で き た。 こ の か る た は 形 も 自 由 奔 放 で 、 と く に 上 流階級 向け の もの に、 貝型 、将棋 駒 型 、扇型 な どの佳 品 がお おい。 そ の なか で も 貝 型 か る た は 貝 覆 の イ メー ジ が 強 く残 る初 期 の 合 わ せ か る た で 資 料 的 価 値 が 高 い 。 ま た 、 上 流 階 級 の 女 性 が 愛 好 した か る た は 贅 を 尽 く して 華 美 で あ る2(図3)。 そ の 中 に 、 源 氏 物 語 に 関 す る絵 合 わ せ か る た が 多 い 。 厂 源 氏 物 語 」を 題 材 と した か る た(源 氏 合 せ か る た)と して、源 氏物 語 の各 帖 の名 に因 んだ和 歌 の上 の句 に下の 句 を 合 せ て 置 き 並 べ る遊 戯 で あ る。 源 氏54帖 の 絵 を描 き 並 べ た 紙 面 に 各 帖 の 名 を 記 し た か る た を合 せ 置 き 並 べ る遊 戯 と も い う。 400 『源 氏物 語』 に見 られ る 日本伝 統 的遊戯 文化 の起 源 源 氏 カル タは 、 この 長 編 の 各 部 分 か ら、 物 語 の展 開 に重 要 な場 面 の選択 法 や表 現 が平安 時 代 の 伝 統 を よ く伝 え て い る。 江 戸 時 代 に入 る と、 か る た や 扇 面 や 色 紙 の セ ッ ト と して 「 源 氏 物 語 」各 帖 の 場 面 を描 き 、 画 帖 や 屏 風 に 仕 立て て鑑 賞す るこ と が 多 くな った。 江戸 時 代 に は源 氏 絵 の 主 題 が 蒔 絵 友 禅 染 な どの 工 芸 図3.貝 形 源 氏 歌 カ ル タ. 品 、浮 世絵 の見 立絵 な ど に も 広 く応 用 さ れ 、 王 朝 の 伝 統 を 民 衆 の な か に ま で伝 え た 。 そ の 意 味 で 、源 氏 歌 カ ル タ は こ の 中 間 に あ り、 小 型 の源 氏 絵 の よ うな 効 果 を発 揮 して い た 。 江 戸 後 期 に な る と、 宮 廷 文 化 の イ メ ー ジ を 普 及 させ る源 氏 カ ル タ と し て 広 が る よ う に な っ た の が 、 葛 飾 北 斎 の 「風 流 源 氏 歌 カ ル タ 」で あ る。 明 治 時 代 に 、 こ の カ ル タ は 社 会 の 変 化 の た め 、 消 滅 し て い っ た 。 そ の か わ り、 「百 人 一 首 か る た 」 が 登 場 して 、 再 び 興 隆 の 時 期 を 迎 え る こ とが で き た 。 日本 カ ル タ の 発 展 に つ い て 、 貝 合 わ せ か ら西 洋 カ ル タ の 影 響 を 受 け た 紙 カ ル タ に 至 る ま で の 進 化 を 語 る 際 、 ア ジ ア 諸 国 の 主 要 な 文 化 起 源 として 中 国 で は 古 来 か ら 文 学 カ ル タ が 存 在 して い た こ と を 忘 れ て は な らな い 。 中 国 で は 出版 技 術 の 発 展 と とも に 宋 朝 時 代(13世 紀)に 様 々 な カ ル タ が 作 られ た が 、そ の 中 に文 学 カル タ も 含 ま れ て い た 。 中 世 近 世(日 本 では 江 戸 時 代 の 頃)を 通 じ て 文 学 名 作 が 生 み 出 され る と 、 有 名 な 作 品 に 関 す る カ ル タ が 数 多 く作 られ る よ うに な った 。 例 え ば 、 中 国 の 「水 滸 伝 」 、 『三 国 志 演 義 』 、 『西 遊 記 』 、 『紅 楼 夢 』 な どの 長 編 小 説 に関 す る文 学 か る た(「 朴 克 牌 」)で あ る 。 そ し て 、 こ の 考 え 方 が 日本 に も 良 く知 ら れ る よ うに な り、 次 第 に 取 り入 れ ら れ 、 洗 練 さ れ て い っ た と思 わ れ る 。 (図4) 図4.現 代 の 源 氏 カ ー ド. 401 VbYTIsHEKEIena 茶 道 に お け る 源 氏 式 と い う 遊 び 、 「源 氏 香 之 図 」 茶 の 湯 に よ っ て 精 神 を 修 養 し、 交 際 礼 法 を 究 め る道 で あ る。 同 じよ うに 、 も と も と は 古 代 中 国 の 闘 茶 と関 係 が あ る3。 闘 茶 とい え ば 中 国 で は 宋 代 に行 わ れ て い た 遊 び として知 られ て い る。茗 戦 と呼 ば れ 歴 史 は 古 く、産 地 や 茶 を点 て るの に 使 った 水 の 種 類 を判 別 し合 っ て勝 負 を決 めるもの と「 湯色」 と「 湯 花 」に よって 勝 負 を競 った もの な どが あった とい わ れ てい る。 日本 で 、 南 北 朝 時 代 か ら室 町 時 代 中期 に か け て 、 武 家 、 公 家 、 僧 侶 問 で 流 行 した 飲 茶 競 技 で あ る 。 そ の 茶 会 で 、 各 産 地 の 茶 を 飲 み 、 本 茶 ・非 茶 な ど を判 別 し 、 茶 の 品 質 の優 劣 を競 っ た 遊 戯 で あ る4。 代 表 的 な 闘 茶 の 一 つ と して 、 茶 道 の 源 氏 式 を 紹 介 し て み た い 。 「源 氏 式 」は 、5つ の お 茶 を 順 番 に飲 ん で 、そ の 内 の どれ とどれ が 同 じだ った か を 、源 氏 香 の 模 様 で 答 えるとい うもの で 、要 す る に 舌 の 記 憶 力 が ポ イン トで あ る。問 題 は 、飲 み 比 べ が 出 来 ない とい うことで 、1つ飲 ん だ ら、次 と、順 番 に飲 ん で い く(図5)。 源 氏 式5つ のお茶 を組 み 合 わ せ て 淹 れ 、香 道 の 「 源氏香之 図 」 を 利 用 して テ イ ス テ ィ ン グ を す る も の で あ る 。 「源 氏 香 之 図 」 は 、 『源 氏 物 語 』 の う ち 「桐 壺 」 、 「夢 浮 橋 」 を 除 い た52帖 を 図 示 し た も の で 、 記 号化 され た そ れ は 、 ち ょっ と見 に は 易 者 の 占い の よ うで あ る(図6)。 手 順 は 以 下 の 通 りで あ る。 15種 類 の お 茶 を用 意 し、 厂花 ・鳥 ・風 ・ 月 ・客 」と分 けて お く。 図5.源 氏 式5っ お茶 を組 み 合 わせ る. 2各 々 の お 茶 を5煎(ま た は 3煎)分 包 して お く。(亭 主 は 名 前 が 分 か るようにして お く) 3参 加 者 に は 名 前 を伏 せ て お き、亭 主 は 任 意 に 取 り出 した お 茶 を順 に 包 茶 す る。 4参 加 者 は お 茶 を飲 み 終 わ った とき に 、どれ とどれ が 同 じで ど れ が 違 うお 茶 か 、判 断 す る。 5全 て 飲 み 終 わ っ た ら、結 果 を 「源 氏 香 之 図 」か ら選 び 、紙 に書 い て 亭 主 に提 出 す る。 6亭 主 は 結 果 を集 計 し、点 をつ ける。 7こ れ を5(3)回 図6.源 402 氏 香 之 図. 繰 り返 し、 合 計 点 の 高 い 人 が勝 つ 。 『源 氏物 語』 に見 られ る 日本伝 統的 遊戯 文化 の起 源 一 般 的 な意 見 か らみ ると 、香 道 と茶 道 は密 接 な つ な が りが ある。 そ の 意 味 で 、「源 氏 カル チ ャ」に お い て は 、源 氏 物 語 の各 巻 の 題 名 が 、重 要 な キ ー となっ て い る。最 近 、巻 名 の コー ドは 広 く使 わ れ るように な った。巻 名 の 活 用 をさらに活 発 に した の が 、茶 道 の源 氏 式 、香 道 の 源 氏 香 に お けるデ ザイン の 開 発 で あ る。 香 道 に お け る 源 氏 香 と い う遊 び 、 「 源 氏香 之 図」 香 道 は 香 りを た い て 楽 しむ 芸 道 で あ る 。 香 合 、 薫 物 合 、 組 香 な ど の 香 遊 び は 、 室 町 末 期 か ら茶 道 の創 成 と重 な りな が ら 、 芸 術 や 文 学 と結 び つ い た 組 香 中 心 の 香 道 に 成 長 した 。 香 道 の 進 化 の 過 程 に お い て 、 日本 古 典 文 学 や 歴 史 物 語 との 密 接 な 関係 を 表 して い る数 々 の 優 雅 な 遊 び が 考 え 出 され た 。 そ の 中 に は 『源 氏 物 語 』 に 関 す る多 く の 遊 戯 が あ り、 そ れ は 日本 文 化 に お け る この 作 品 の 大 き な 役 割 を証 明 して い る5。 こ こで 『源 氏 物 語 』 に 関す る組 香 の1つ を 紹 介 しよ う。 源 氏 香 は組 香 の 一 つ と して 、 源 氏 香 の 遊 び で は 、 香5種 を 、1種5包 ず つ 合 計2 5包 を打 ち 混 ぜ 、 そ の 中 の5包 を 取 っ て 焚 き 、 香 の 異 同 を 判 別 す る(図7)。 縦 に5本 の 線 を並 べ て 書 き 、 右 よ り1炉 こ と に よ っ て52の 図 を つ く る 。 源 か ら5炉 ま で と し、 同 香 の 頭 を横 に 結 ぶ 氏54帖 の 初 帖 「桐 壺 」 と終 わ りの 帖「 夢 浮 橋 」と を 除 い た52帖 に 当 て た 図 で 回 答 す る。 5本 の 縦 線 と そ の 上 部 を 結 ぶ 横 線 とに よっ て描 かれ る図 は、 「 源 氏 香 之 図 」 と呼 ば れ る。 各 巻 に ふ さ わ しい 和 歌 が 添 え られ て い る。 こ の源 氏 香 は 、 香席 にお い て は記紙 を用 い て各 人 の 聞 き を 前 記 の よ うな 図 で 書 き 、 記 録 上 で は 当 た りに は 合 点 を 付 け 、 全 部 当 た りは 書 く(角 「玉 」 と 図7.源 氏 香 の 始 め. 川 茶 道 大 辞 典 、445頁) (図8)。 江 橋 崇 な ど 日本 の研 究 者 の 考 えで は、 このデ ザイ ンがで きあ が っ た の は 、 遅 くて も享 保 年 間 (1716∼1736)ま で で あ る。 意 匠 と して も 優 れ て い る の で 、 香 道 を離 れ た 、様 々 の娯 楽及 び衣 装 や 調 度 や イ ンテ リア な ど の他 の 分 野 に お い て も 図 案 と して 多 用 さ れ て い る。 源 氏 香 デ ザイ ンのア イデ ィ ア を 有 効 に使 った の が、以 下 の投扇 興 の 遊 び で あ る。 図8.香 を 考 え る 前 に. 403 VbYTIsHEKEIena 投 扇 興 に お け る 『源 氏 物 語 』 に 関 す る 遊 び 、 「源 氏 香 之 図 」 の 投 扇 興 は 、 「投 扇 」 と も い い 、 「扇 落 し 」 「投 扇 戯 」 な ど と呼 ば れ て い る。 中 国 「 投 壺 」 を模 倣 して 考 案 され た と され 、 江 戸 時 代 後 期 に 始 ま っ た とい うの が 、 一 応 の 定 説 で あ る。 投 壺 の 競 戯 の 方 法 は 、 壺 を 挟 ん で ふ た り相 対 し、 そ れ ぞ れ12本 矢 を 投 げ 、 投 げ た 矢 が 壺 の 口 に入 る か 、 耳 の 穴 に 通 る か 、 ま た 口や 耳 に ど の よ うな 形 で 掛 か る か に よ っ て 採 点 した(図9)。 投 壺 とい う遊 び は 、 奈 良 時 代 に 中 国 か ら伝 来 した 競 戯 で 「つ ぼ な げ 」 「っ ぼ う ち 」 と称 さ れ た 。 中 国 で は周 の 時 代 か ら行 わ れ 、 「礼 記 」 に そ の 礼 式 が 記 述 され て お り、 上 流 階 層 の 宴 席 な どで の 遊 び で あ っ た 。 日本 へ は7世 紀まで に 伝 え られ 、 東 大 寺 正 倉 院 に 、 唐 時 代 の 中国製 の 壺 、矢 が現 存 して い る。 そ の 他 に も 、 現 在 は 京 都 の 霊 鑑寺 や 、東 京 の浅 草 寺 の収蔵 庫 に 国 宝 と して 納 め られ て い る。 図9.伝 平安 時代 に貴族 階 層 が 中国 の礼 法 投 壷 道 具. 式 に倣 っ て 遊 び 、 南 北 朝 時 代 ま で は 行 わ れ て い た よ うで あ る。 そ の 後 廃 れ た が 、 江 戸 中期 に 文 人 や 上 流 町 人 の 間 に行 わ れ る よ うに な り、 明 治 以 後 は衰 退 した6。 江 戸 時 代 安 永2(1773)年 には、 そ の 代 わ りに 、室 内 遊 戯 として 投 扇 図10.投 扇 興 源 氏 香 之 図. 興 が 、中 国 か ら伝 え られ た 投 壷 に ヒ ン トを得 て案 出 され た とい わ れ る。寛 永 通 宝12個 を蝶 形 に 包 ん で 金 紙 や 銀 紙 で 裏 打 ち し、 金 銀 の 水 引 を 掛 け た も の(的 玉)を 、 蒔 絵 の 枕 台(的 台)の 上に 載 せ る 。 そ れ に12本 骨 の 扇 を投 げ て 的 の 落 ち 具 合 や 扇 の 開 き 具 合 に よ っ て 勝 敗 を競 う。 投 扇 者 は扇 の4倍 の 長 さ の 距 離(約1m)に あ る投 席 に 正 座 して 、 右 手 で 扇 の か な め を 先 に して 投 げ る。 扇 の 落 ち た 形 に は 「 源 氏 物 語 」54帖の 題 に ち な む 呼 称 と点 数 が 決 め られ て お り、 客 人12回 ず つ 投 げて そ の合 計点 で順 位 を決 め る。 明治 時代 中期 頃 ま で は 広 く行 わ れ て い た が 、 そ の 後 す た れ 、 現 在 で は 京 都 、祇 園 な ど花 街 で わ ず か に行 わ れ て い るに す ぎな いが 、伝 統 遊 戯 の 体 験 クラブ な どで も行 われ てい る(図10)。 投 扇 興 の 魅 力 の 一 つ に 、扇 が 落 とした 的(蝶)と 扇 自身 、そ して 的 台(枕)の 位 置 関係 を 、 い ろ い ろな物 に 見 立 てて 名 前 と点 数 を与 えるとい う風 流 さが ある。浅 草 の 其 扇 流 で は 、『源 氏 物 語 』54帖の 巻 名 か ら名 前 を付 け てい る。そ の 中か ら、分 か りや す い 例 をい くつ か 挙 げ て み よう。 1点 の 「花 散 里 」の 場 面 の 写 真 を 紹 介 しよう。扇 を蝶 に 当 て て 落 とす ことが で きると嬉 しい も の だ が 、落 ち た 形 を 見 た 時 に 、扇 ・蝶 ・枕 の3つ が バ ラバ ラで 位 置 関 係 に 美 しさ 404 『 源 氏 物語 』 に見 られ る 日本伝 統 的遊戯 文化 の起源 が 見 られ な い 時 は 、花 が 咲 き 終 わ っ て 散 っ て しま っ た 形 に 見 立 て て 厂花 散 里 」と 呼 ぶ 。こ れ は 『源 氏 物 語 』の 第11帖 の名 前 か ら来 て い る 。非 常 に よ く現 わ れ る 形 で 、 せ っか く当 た っても1点 しか 取 れ な い 。 な お 、「 花 散 里 」とい うの は 『源 氏 物 語 』に数 多 く 登 場 す る女 性 の 中 でも最 も平 凡 な 女 性 の名 前 な の で 、そ うい う意 味 もこめ られ て い るようで あ る(図11)。 20点 の 「浮 船 」は 、宇 治 十 帖 に 登 場 す る女 性 で あ る。薫 大 将(か お るの たい しょう)、匂 宮 (に お うの み や)の2人 か ら愛 され 、悩 ん で 入 水 自 殺 を は か るが 、横 川 の 僧 都 に助 け られ 、出 家 して 俗 世 の 愛 を拒 む 。地 に 落 ちた 扇 の 地 紙 の 上 で 蝶 が 立 った 形 を 、船 の 帆 に 見 立 て て い る(図12)。 これ らの ように 、分 か りや す く見 た 形 の ままか ら見 立 て る場 合 もあ れ ば 、『源 氏 物 語 』の 該 当 す る巻 の 内 容 か ら見 立 てる場 合 もある。こうした 「見 立 ての 心 」を一 つ 一 つ 理 解 してい くと、投 扇 図11.「 花 散 里 」、『源 氏 物 語 』の11帖. 図12.「 浮 船 」、『源 氏 物 語 』の51帖. 興 とい う遊 び をさらに楽 しむ ことが で きる。茶 道 や 香 道 に ように 「 源 氏 香 之 図 」もよく使 わ れ て い る。 「源 氏 香 之 図 」は 、蒔 絵 や 着 物 、建 築 、菓 子 、家 紋 などの デ ザ インとして 、現 在 でも広 く使 用 され て い る。「源 氏 香 之 図 」が さりげ な くあ しら わ れ て い る例 は 浮 世 絵 等 にも数 多 く見 られ 、香 分 化 か ら生 まれ た この 優 れ た 意 匠 が い か に 親 しまれ 、色 あせ ることなく今 日まで 伝 えられ て き た か を 物 語 っ てい る7(図13)。 源 氏 歌 か るた の 消 滅 に か か わ らず 、か るた 以 外 の 文 化 の 世 界 を 見 れ ば 、茶 道 、香 道 、投 扇 興 な どの 日本 遊 戯 文 化 で は 、「源 氏 カル チ ャ」が 立 派 に 生 き残 っ てい る。 これ まで の研 究 成 果 か ら、東 洋 文 化 に 関 す る 多 くの 知 的 な遊 び は 複 合 的 な性 格 を 持 っ て い る。つ まり、負 けるリスク、競 技 的 性 質 や 芝 居 の 要 素 、「美 」の 鑑 賞 や イメー ジ に よる創 造 の 楽 しみ を 同 時 に含 ん で い るとい う結 論 を 出 す に 至 った 。 まとめてとしては、知 的な遊び の大 部分 の起 源 は古 今 集 や 和 歌や 『源 氏 物 語 』などの 古典 405 VbYTIsHEKEIena 図13.多 種 香 炉. 文 学 と関 係 が あるの が 日本 文 化 の 特 徴 だ と思 わ れ る。そ の 意 味 で 、「 教 育 玩 具 」として 、今 後 も文 学 と香 道 や 茶 道 な どの知 的 な 遊 び の 関 わ りを 調 べ てい きた い。 注 ・参 考 文 献 1江 橋 崇 「 源 氏 カル チ ャ」 と 「百 人 一 首 カ ル チ ャ 」 『国 文 学 』 第52巻16号(2007年) 、35∼45頁 。 2江 橋 崇 、 横 山 恵 一 『カ ル タ の 世 界 』 大 牟 田市 立 三 池 カ ル タ記 念 館 、2002、12∼17頁 。 3井 口海 仙 、 永 島 福 太 郎 監 修 『茶 道 辞 典 』 淡 交 社 、1974、548∼549頁 4林 屋 辰 三 郎 他 編 『角 川 茶 道 大 辞 典 』 角 川 書 店 、1991、876∼877頁 。 。 5畑 正 高 『香 三 才 ・香 と 日本 人 の も の が た り』 東 京 書 籍 、2004。 6日 本 ク リエ ー シ ョン 協 会 編 『遊 び の 大 辞 典 』 東 京 書 籍 、1989、184∼187頁 7『 源 氏 の意 匠 』 小 学 館 、1998。 406 。