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全文 - 裁判所
主 文 被告人は無罪。 理 第1 由 はじめに 1 本件各公訴事実の要旨は,次のとおりであり,被告人が,15歳の長女に対 し,その抗拒不能に乗じてわいせつな行為をし(第1事実),さらに13歳未 満の次女に対し,わいせつな行為をした(第2事実),というものである。 「被告人は, 第1 平成23年11月下旬頃,横浜市鶴見区所在の当時の被告人方(以下 「自宅」という。)において,就寝中の実子であるA(当時15歳)に対 し,その着用していたブラジャーの中に手を差し入れて胸を手でもむなど し,目を覚ましたAが家庭崩壊等を恐れ,寝たふりをして抗拒不能の状態 にあるのに乗じ,引き続き,Aの着用していたブラジャーの中に手を差し 入れて胸を手でもんだ上,その着用していたパンティーの中に手を差し入 れて陰部を手で触るなどし,もって人の抗拒不能に乗じ,わいせつな行為 をし, 第2 平成24年5月6日頃,上記場所において,実子であるB(当時12 歳)に対し,Bが13歳未満であることを知りながら,その着用していた ブラジャーをずらして胸を手でもむなどし,もって13歳未満の女子に対 し,わいせつな行為をした。」 2 これに対し,弁護人は,被告人が,A及びBのいずれに対しても,わいせつ な行為を行った事実は一切ないから,無罪である旨主張する。 3 当裁判所は,まず,本件の前提となる動かし難い事実を認定し,それらを踏ま えて,本件各公訴事実に沿う直接証拠であるA及びBの各証言の信用性について, 検討することとする。 以下において,甲の数字は検察官請求証拠の,弁の数字は弁護人請求証拠の, それぞれ証拠等関係カードに記載された証拠番号を表す。 第2 前提事実 関係証拠によれば,本件の前提となる動かし難い事実として,以下の事実が 認められる。 1 被告人は,妻であるC(以下「母親」という。)との間に,平成8年に長女 のAを,平成11年に次女のBを,それぞれもうけた。 2 被告人は,平成23年当時,自宅において,母親,A及びBと同居していた。 普段,被告人は,1階の8畳居間のテレビ台の前に置いた座椅子で就寝してお り,母親は,上記居間の洋服タンスの前辺りに置いた座椅子で就寝していた。 AとBは,上記居間の廊下を隔てた向かい側にある8畳寝室で,一組の敷き布 団と掛け布団に二人で一緒に就寝していた。 3 Aは,平成23年12月下旬頃から,自宅と隣接している祖母の家で寝泊ま りすることが多くなった。平成24年4月には遠隔地の高校に進学し,自宅を 出て上記高校の寮に転居した。 なお,Aは,祖母の家で寝泊まりすることが多くなった頃,母親とけんかを しており,高校進学後は母親とけんかが絶えず,不仲であった。 4 母親は,遅くとも平成24年4月頃までには被告人に愛人がいると考え,そ の頃,被告人に対し,子どもたちに対する扶養義務を果たすよう求めるメール を送信した。被告人は,遅くとも同年6月19日頃までには,東京都大田区内 にアパートを借りた。 5 Bは,平成24年春頃以降,うつ病のため家事のできない母親の食事などの 面倒をみなければならなくなった。また,同年6月頃,被告人が母親以外の女 性と交際している事実を明確に知った。 6 Bは,平成24年春頃から,通学していた中学で昼食を摂らなくなり,所属 していた部活動の顧問に対しても食欲不振や不眠を訴えていたばかりか,その 頃から同年7月頃までの間に体重が約6キログラム減るなどした。そのため, 学校カウンセラーを介し,精神科医の診察を受けることとなった。 7 Bは,平成24年7月8日,D病院において,母親も同席の上,精神科医で あるD医師の診察を受け,翌9日から同月11日まで,中学の学校行事に泊ま りがけで参加した。 8 母親は,平成24年7月9日,神奈川県鶴見警察署(以下「鶴見署」とい う。)に赴き,住民相談係相談室の安全相談員であるE警察官に相談をした。 9 Bは,平成24年7月11日頃,母親と共に鶴見署に赴き,事情聴取を受け て,被告人からわいせつな行為をされた旨の被害状況を述べた。 10 母親は,平成24年7月中旬頃,自宅の玄関の内鍵を掛けるなどして,被告 人が自宅に入れないようにした。 11 Aは,平成24年8月9日,部活動で群馬県に来ているとき,母親から,祖 母が倒れたので帰宅するように言われてJR新横浜駅に行くと,母親がBと一 緒に車で迎えに来ており,鶴見署に連れて行かれた。その日に,事情聴取を受 けて被害届を提出し,マネキンをAに見立てて被害状況を再現した(以下,こ の再現を「鶴見署での再現」という。)。 12 被告人は,平成24年9月4日,川崎市内の家電量販店でBと二人で待ち合 わせをし,誕生日プレゼントとして音楽プレーヤーのウォークマンを買い与え, その後,二人で食事をした。 13 Bは,平成24年9月10日,自宅において,鶴見署の捜査官と共にマネキ ンをBに見立てて被害状況を再現した(以下「自宅での再現」という。)。 14 母親は,平成24年10月17日,鶴見署に対し,Bの強制わいせつ被害に ついて,被告人を告訴した。 15 被告人は,平成25年2月18日,Bに対する強制わいせつの被疑事実によ り逮捕された。 16 母親は,平成25年3月7日,鶴見署に対し,Aの準強制わいせつの被害につ いて,被告人を告訴した。 第3 Aの証言の信用性について 1 証言の内容について Aは,被害状況等について,概略,以下のように証言している。 私は,平成23年11月下旬頃,自分の部屋で寝ているときに,いやらし いことをされていることに気付いた。そのとき,一組の同じ布団にBと一緒 に並んで寝ており,肩まで掛け布団を掛け,テレビの方を向き左肩を下にし て横向きに寝ていた。Bは私の右側で寝ていた。そのときの私は,ブラジャ ーとパンティーの下着の上にパジャマの上下を着ていた。犯人にばれないよ うに布団で隠しながら,近くにあった携帯電話のボタンを押して時刻を確認 したところ,午前2時過ぎぐらいだった。私の胸を触っていた犯人は,私の すぐ後ろで,私と同じ方向を向いて横に寝ていて,犯人の頭が近くにある感 じがした。犯人の手は,パジャマの裾から私の右腕の下を通って,胸のとこ ろまで入ってきており,ブラジャーの上から胸を揉んでいた。その後,犯人 の手は,ブラジャーの下の部分から中に入ってきて,直接胸を全体的に軽く 指で揉んできた。犯人は,しばらく胸を触った後,下着の中に手を入れてき て,陰部を直接触ってきた。犯人はしばらくの間,陰部を触っていたが,陰 部の中に指が入ってくることはなかった。その後,犯人は,胸を直接触った り,陰部を直接触ったりして,繰り返し私の体を触ってきた。犯人に体を触 られている間,ずっと目が覚めていたわけではなく,時々うとうとしてしま うことがあった。犯人が私の体を触っている途中で,一旦立ち去ったことは なかったと思う。 ⑵ 私は,自分が寝ていた8畳寝室から,被告人と母親が寝ているはずの8畳 居間を見たら母親の姿しか見えなかったことや,目の前にあったテレビ台の ガラスに反射して映った犯人の姿が被告人に似ていたこと,絡んでくる犯人 の足にすね毛があったことから,犯人は被告人ではないかと思っていた。体 を触られている間,本当に嫌だったが,「やめて」と言ってしまうと,家庭 が崩壊してしまうと思ったので,言えなかった。私をまたいで部屋から出て 行く犯人の後ろ姿を見て,犯人は被告人だと確信した。被告人は部屋を出て 行った後トイレに行った。そのとき携帯電話を見て時刻を確認すると,午前 4時半ぐらいだった。その後も,被告人から同じようなことをされたことが 何度かあった。 2 証言の信用性について ⑴ Aの証言には,その核心的部分において,不自然さを否めない点が散見さ れる。 ア Aは,その証言によると,一組の敷き布団と掛け布団にBと並んで寝て いたとき,気が付くとAとBの間に被告人が入ってきており,約2時間半 にわたり,背後から胸や陰部を触られた,というのである。 しかし,AとBが寝ていた敷布団の横幅は100センチメートルしかな い(甲3添付の現場見取図3)。A(当時15歳)が中学3年生,B(当 時12歳)が小学6年生でいずれも身体がそれほど大きくないことや,左 肩を下にして横向きに寝ていたというAの述べる姿勢を考慮しても,被告 人が,二人が寝ている間に気付かれないように入り込み,横を向いて寝た 体勢をとること自体が相当に困難なはずである。また,Aが被害を打ち明 けた際,Bは非常に驚いていたということについて,AとBの証言は一致 しているから,Bは,被告人の行動に全く気付いていなかったことになる。 んで横になり,同じ掛け布団を掛けて寝ているその間に,二人に気付かれ ることなく入り込んだ上,約2時間半もの間,Bに気付かれずにAの身体 を触り続けていたことになる。このような犯行状況は,不自然さを否めな い。 イ Aは,その証言によると,被告人からわいせつな行為をされている途中 にうとうとしてしまうことがあった,というのである。 しかし,当時,中学3年生であったAにとって,就寝中に胸や陰部を触 られるという体験はかなり衝撃的なものであったはずである。ましてやそ の犯人が父親ではないかと疑っていたというのであれば,なおさら大きく 動揺するはずであるから,眠くなるような精神状態にあったとは考えにく い。うとうとしてしまうことがあった旨のAの証言は,不自然さを拭いき れない。 ウ Aは,その証言によると,被害に遭っていることに気付いたとき,近く に置いてあった携帯電話のボタンを押して時刻を確認した,というのであ る。 しかし,就寝中に何者かからわいせつな行為をされているという異常な 状態に気付いた際,自らの背後には犯人が密着しているにもかかわらず, あえて犯人に気付かれる危険を冒し,携帯電話のライトを灯して時刻を確 認するという行動に出ることは,通常は考え難い。Aは,その証言におい て,時刻を確認した際の携帯電話やAの頭部,掛け布団の位置関係に関し, 「暗かったから,(携帯電話は)どこにあったか分からないから,手探り で探した。」などと曖昧に述べるにとどまっており,具体的な説明をなし 得ていない。携帯電話のボタンを押して時刻を確認した旨のAの証言は, 不自然さを否めない。 Aの証言には,その核心的部分において,内容的に整合性に欠ける点がある。 Aは,「平成23年12月以降,祖母の家で寝泊まりをすることが多くな り,平成24年4月,自宅からは通うことができない遠隔地の高校に進学し たのは,被告人からこれ以上わいせつな行為をされるのが嫌だったからであ る。」旨証言している。しかし,その一方で,「母親とけんかばかりしてい てその許に帰りたくなかったため,平成24年から翌25年の年末年始の休 みの際,母親ではなく被告人の許に帰ることも考えた。」旨の証言もしてい る。 Aは,被告人からのわいせつ被害を避けるために,祖母の家で寝泊まりす ることを多くし,更には遠隔地の高校に進学したというのである。しかも平 成24年8月には,被告人から受けたわいせつ被害を鶴見署に申告し,被害 再現までしていた。そのようなAが,その年の年末に,母親とけんかばかり していてその許に帰りたくないという理由だけで,祖母の家ではなく,わい せつな行為をされた当の相手である被告人の許に帰ることを考えたというの である。Aの証言する上記言動は,内容的に整合性を欠いていると評価せざ るを得ない。 なお,Aは,祖母の家に帰ることを考えなかった理由について,「母親方 の祖母なのに,母親に挨拶もしないで祖母のところにいるのは,けじめとし て違うと思った。」旨証言している。しかし,Aにとってみれば一種の非常 事態に陥っていたのであるから,高校進学前によく泊めてもらっていた祖母 の家に帰ろうと考えるのが通常のはずである。「けじめとして違う」という 理解しにくい理由で祖母の家に帰ることを考えなかった旨の上記証言は,説 得力が乏しいといわざるを得ない。 Aは,その証言において,犯人が被告人であると特定した理由をいくつか 挙げている。しかし,それらには看過し難い疑問がある。 ア Aは,その証言において,Aが寝ていた8畳寝室から被告人と母親が寝 ているはずの8畳居間を見たら,母親の姿しか見えなかったことを,犯人 が被告人ではないかと考えた理由の一つに挙げている。 しかし,8畳居間と8畳寝室は廊下を隔てた向かいに位置し,8畳寝室 側には襖があり,8畳居間側には障子があるため(甲3添付の写真32, 43),これらが開いていなければ,向かいの部屋を見通すことはできな い。のみならず,8畳寝室の襖の脇にはタンスが設置され,付近には衣服 などが散乱しており(Aは,被害当時も写真ほどではないものの荷物が散 乱していた旨証言している。),8畳寝室から8畳居間の間には視界を遮 る物が数多く存在していた。仮に襖や障子が開いていたとしても,8畳居 間の見通し状況は悪かったといえる。さらに,Aの証言によれば,携帯電 話を手探りで探さなければならないほど室内が暗かったというのである。 これらによれば,8畳寝室で横になっているAが,8畳居間で就寝中の母 親の姿などを確認することは困難だったのではないかという疑問を払拭で きない。 イ Aは,その証言において,被害に遭っている最中,目の前にあったテレ ビ台のガラスに映った犯人の姿が被告人に似ていたことを,犯人が被告人 ではないかと考えた理由の一つに挙げている。 しかし,Aは,その証言によると,肩まで掛け布団を掛け,左肩を下に テレビの方を向き横になって寝ており,背後の被告人もAと同じ方向を向 いていたというのであるから,A自身の顔が妨げになって,背後の被告人 の顔はガラスに映らなかったのではないかという疑問を払拭できない。の みならず,携帯電話を手探りで探さなければならないほど8畳寝室は暗か ったというのであるから,ガラスに映った被告人の姿を確認することはで きなかったのではないかという疑問も残る。 ウ Aは,その証言によると,犯人が立ち去る際にその後姿を確認して,そ れが被告人であると確信した,というのである。 しかし,携帯電話を手探りで探さなければならないほど8畳寝室が暗か ったのであれば,立ち上がった犯人の後姿を見て,それが被告人であると 明確には識別できなかったのではないかという疑問を払拭できない。 Aの証言には,鶴見署での再現との食い違いが存在する。 ア Aは,「一組の同じ布団にBと一緒に並び,テレビの方を向き左肩を下 にして横向きに寝ていた。Bは私の右側で寝ていた。」旨証言している。 他方,鶴見署での再現においては,二組の敷き布団と掛け布団が置かれ た状態で,Aに見立てたマネキンとB役の捜査官がそれぞれ別の布団(B 役の捜査官はAの左側の布団)に横になり,マネキンと被告人役の捜査官 がそれぞれ右肩を下にして,密着して寝ている状況,及び被告人役の捜査 官が背後から左手でマネキンの左胸と陰部を触る状況が再現されている (弁10添付の各写真)。 このように,Aの証言は,①Bは,Aと同じ布団に寝ていたのか,別の 布団に寝ていたのか,②Aは,左肩を下にしていたのか,右肩を下にして いたのか,③Bは,Aの右側に寝ていたのか,左側に寝ていたのか,とい う重要な点で,鶴見署での再現と食い違っている。 イ Aは,その証言において,鶴見署での再現との食い違いに関し,「被害再 現の際には,既に布団が敷いてあった。捜査官から,どのようにされたかを やってみてくださいと言われた。体勢は横向きだと答えた。右肩と左肩のど ちらを下にして寝ていたかまでは聞かれなかった。どっち向きに寝ているの か,あまり状況を把握できていなかった。家で寝ていたときにテレビ側を向 いて寝ていたので,左肩を下にしていたことは,今は確かである。」旨説明 している。 ウ 鶴見署での再現は,Aに見立てたマネキン,B役の捜査官及び被告人役の 捜査官がそれぞれ立った状態から開始され(弁10添付の写真1),その後, マネキンと2名の捜査官が横になった状況が再現されている(弁10添付の 写真3,4)ことに照らすと,Aに見立てたマネキンとB役の捜査官が別々 の布団に寝ている状態が当初から準備されていて,その状況から再現が開始 されたのではなく,まず,Aが3人の位置関係等について説明し,それに基 づいてマネキンと二人の捜査官が横になった状態が再現されたとみるのが 自然である。 Aが,どのようにされたかをやってみるように言われ,説明した旨述べて いることも併せみれば,AとBが別々の布団に寝た状況が再現されているの は,Aの説明に基づくものと認めるのが相当である。 AとBが同じ布団に寝ていたのか,それとも別々の布団に寝ていたのかは, 特徴的な事柄であるから,通常は勘違いなどしないはずである。しかも,A は,その証言において,この食い違いに関し,既に布団が敷いてあったなど と曖昧に述べるにとどまっており,具体的な説明をなし得ていない。 被害再現の実況見分は,被害者の指示,説明に基づいて被害状況を物理 的に可能な限り忠実に再現し,そのとおりの犯行が可能であるか否かなどを 検証することを目的の一つとして行われるものである。そうすると,捜査官 から,被害時の体勢について,左と右のどちらの肩が下であったかに関する 質問はなかった旨のAの説明は,不自然さを拭いきれない。 これらによれば,Aは,祖母が倒れたという母親の嘘を信じて帰ったと ころ,急に鶴見署に連れて行かれたため,再現の際に心理的に動揺してい たという事情があったことや,Aの年齢を考慮しても,Aの上記説明は合 理的とは認め難い。Aの証言と鶴見署での再現との食い違いは,Aの証言 の信用性を減殺する事情と評価せざるを得ない。 Aの証言には,信用性を補強する客観的事実が見当たらない。 ア 平成23年12月頃以降のAの行動は,Aの証言の信用性を補強するも のとはいえない。 Aは,平成23年12月以降,祖母の家で寝泊まりをすることが多くな り,平成24年4月には,自宅からは通うことができない遠隔地の高校に 進学した。Aは,その理由について,被告人からこれ以上わいせつな行為 をされるのが嫌だったためであると説明している。 しかし,Aは,祖母の家で寝泊まりすることが多くなった頃,母親とけ んかをしており,高校進学後は母親とけんかが絶えず,不仲であったこと に照らすと,上記行動については,被告人のわいせつな行為がなかったと しても,合理的な説明が可能である。このように多義的な解釈が可能であ る事実を,Aの証言の信用性を補強する事情として評価することは相当で ない。 イ AがB及び母親との間で交わしたメールは,Aの証言の信用性を補強す るものとはいえない。 以下において,引用したメールの文面はいずれも捜査報告書(甲19) による。また,メールの文面を引用する際,表記の統一のため名前表記等 の一部を変更している。 平成24年12月22日,Aは,同月27日に警察に行くことになっ ている旨伝えてきたBに対し,「27は空いてないんだが。」(同月2 2日午後4時20分),「27はガチむり,29とか30にしてよ」(同 日午後4時58分),「いやこっち聞いてないし 行こう 何のために,警察行くの? じゃあ,午前中早く またお姉ちゃんは,嫌な話しなき ゃいけないの?」(同日午後7時22分)と送信している。 平成25年1月26日,Aは,母親からの「それと新子安のBの行っ てる医者は,事件はBの空想,またAも空想と言ってるの。」(同日午 前1時8分)とのメールに対し,「はっ?マジふざけんなよ ほんとに やられたんだよ。子供だから信じれないってか?どんな差別だよ」(同 日午前5時49分)と返信している。 平成25年2月21日から同月27日にかけて,Aは,母親からの「実 は警察から電話があって・・・一,二週間早く一度きてもらいたいって。」 「検察の取り調べか,立件かだから・・・」(同月21日午後10時5 3分)とのメールに対し,「調度テストがあるから無理」(同月22日 午前0時2分)と返信している。なおも捜査に協力するようメールで説 得を続ける母親に対し,「だって,くそ難しいんだよ? ママ =もして学年 ママ 末だし,ゆとり終わって, 2年とは違って, 1年から化学とか物理があ るし。ただでさえ勉強できないのに,そんなハードスケジュールで。睡 眠もとれとか言われたって 時間ないのに無理だし全部徹夜の勢いだよ。 それでも分からないのに,どうやって追いつくんだし,しかも,あっさ り認めるし,こんな面倒な事最初から起こすなよ。めんどくさい。あい つのために,なんでそんな時間とんなきゃなんないんだよ。」(同月2 7日午後11時35分)と送信し,母親からの「あいつの為?何言って んの?あんたの為だから」(同日午後11時36分)との返信に対し, 「あいつがこんな事してなかったら,あっち行ったりこっち行ったりし なくていいのに,こんな時期にさ」(同日午後11時39分)と送信し ている。 AがB及び母親との間で交わした上記メール(以下「本件メール1」 という。)の文面からは,Aが,捜査機関での事情聴取に難色を示し, 拒否している様子や,本件被害が空想だと言われて憤っている様子が窺 われる。その内容は,わいせつ被害を受けたという恥ずかしい話を捜査 官にしなければならないことへの心理的な抵抗感や,被害の訴えに対す る無理解への反発心を率直に露わにしたものと読み取れなくもない。し かし,本件メール1はいずれも,Aが被害を受けたとされる平成23年 11月下旬から1年以上,Aが被告人から受けた被害を鶴見署に初めて 話した平成24年8月9日からでも半年ほどが経過した時点のものであ って,わいせつ被害を受けた直後の被害者の心情を窺わせるものとは性 質を異にしている。Aが,高校進学後は母親とけんかが絶えず,不仲で あったことも併せ考えれば,そのようなメール文面を作成した動機につ いては,例えば母親に対する反発など複数の解釈が可能である。本件メ ール1がAの証言の信用性を補強するものか否かについては,慎重な検 討が必要である。 そこで,Aのメールのやり取りを仔細にみてみると,平成24年12 月5日,Aは,被告人に対し,「あの日に帰ることになったんだけど, 何処に帰ればいいの?」(同日午後1時5分)と送信して,年末年始の 休みの際に母親と被告人のいずれの許に帰るべきかを相談しており,こ れに対し,被告人は「Aは,どっちに帰りたいの?」(同日午後5時1 分)と返信している。同月9日には,Aは,被告人からの「今日母親の ところにいってきた やっぱりAは家に入れないって言ってたよ ママ とにきてゆっくりしなさい」とのメールに対し,「わかった 返事もなかったし こっ あれから もういい」と返信して,被告人の許に帰ることを了 承している(以下,Aと被告人との間で交わされた上記メールを「本件 メール2」という。)。 なお,付言すると,Aは,結局,母親の知人の取り成しにより母親の 許に帰ることとなり,被告人の許には帰らなかった(Aの証言)。 以上によれば,本件メール1がAの証言の信用性を補強するものか否 かについては,慎重な検討が必要であるところ,本件メール1と比較的 近い時期に交わされた本件メール2が存在し,そこでは,Aが,年末年 始の休みの際に母親と被告人のどちらの許に帰るべきかを被告人に相談 し,被告人の許に帰ることを了承する,というやり取りがされているの である。そうすると,本件メール1は,Aの証言の信用性を補強するも のと評価することができないというべきである。 Bの証言は,Aの証言の信用性を補強するものとはいえない。 ア Aは,Bに被害を打ち明けた際の状況について,「被害に遭った日の朝, Bに対し,携帯電話のメールの文面に被害の内容を打ち込んで,その画面 を見せた。その際,被告人にいやらしいことをされたけれど,誰にも絶対 に言わないでということも書いた,Bはそれを見て,驚いていた。」旨証 言している。 他方,Bは,「Aは,平成23年11月下旬頃,『絶対に誰にも言わな いでね。恥ずかしいし,自分の口から言いたくないから打ち込むね。』と 言って,携帯電話のメールを打ち込む画面に被告人からされたことを書き, メールは送信せずにその画面を見せてきた。その画面には,被告人から胸 を触られたと書いてあった。それを読んでも最初は信じられなかったが, Aが涙目になりながら真剣に信じてほしいと言ってきたので,信じた。」 旨証言している。 このように,AとBの証言は,AがBに対して,被告人から受けたわい せつ被害の内容を初めて打ち明けた時期及び方法,その際の二人の会話内 容という点で,概ね符合している。 イ しかし,Bは,打ち明けられた場所が車の中であったと証言するのに対 し,Aは「それは間違いです。」と断言している。また,Bは,2回目以 降の被害についても打ち明けられたと証言するのに対し,Aは,2回目以 降の被害はBにも話していないと証言しており,証言が食い違っている。 実父からわいせつ被害を受けたという事態の深刻さに鑑みれば,打ち明 けた場所や,2回目以降の被害を打ち明けたか否かは,強く記憶に残る事 柄のはずであるから,どちらかの勘違いということは考えにくい。加えて, 後に説示するとおり,Bの証言は,被告人からわいせつな行為をされたと いう核心的部分において,その信用性に疑いを差し挟む余地があることを 併せ勘案すると,Bの証言は,Aの証言の信用性を補強するものとはいえ ない。 まとめ 以上,詳述したように,Aの証言には,その核心的部分において,不自然 さを否めない点が散見され,内容的に整合性を欠く点もある。Aの証言にお いて,犯人を被告人と特定した理由として挙げられている点については,看 過し難い疑問がある。Aの証言には鶴見署での再現との食い違いがあり,こ の食い違いは,Aの証言の信用性を減殺する事情と評価される。Aの証言に は,信用性を補強する客観的事実が見当たらず,Bの証言も,Aの証言の信 用性を補強するものではない。そうすると,Aは,学費の面で被告人を頼り にしており,虚偽の供述をして被告人を陥れる動機が見当たらないこと,A の証言態度をみると,被害に関する質問をされて涙を流すなどしており,殊 更に虚偽の証言をしているとは考えにくいことを考慮してみても,Aの証言 は,被告人からわいせつな行為をされたという核心的部分において,その信 用性に疑いを差し挟む余地が残るといわざるを得ない。 第4 Bの証言の信用性について 1 Bは,被害状況等について,概略,以下のように証言している。 私は,平成23年5月6日頃,自宅で一人で寝ているとき,胸が痛いと思 って目が覚めた。時間は午前3時頃だった。その頃,成長期のためか,何か 物が胸に少し触れたり当たったりするだけで痛みを感じていたが,何も触れ ていないときは痛くなることはなかった。仰向けで寝ていたところ,誰かが 私の上に乗って,ごつい手で私の胸を触っていた。その手は,ブラジャーの 中に入ってきていて,手の平で,胸全体をさすったり,軽く揉むような感じ で触ってきた。犯人は,私のお腹の上にまたがって,体の両脇に膝を立てて 座っており,犯人のお尻がお腹の上の方にあるような感じだった。しかし, 私の体に犯人の体重はかかっていなかったので,重くはなかった。そのとき, 上半身に掛け布団がかかっていたかどうかは覚えていない。 ⑵ 私は,薄目を開けて見たところ,犯人のはいていた赤いパンツが見えた。 犯人の顔は,怖くて見られなかった。胸に当たっている手がごつごつしてい て毛深かったことや,足の毛が毛深かったこと,私が被告人にプレゼントし た赤いパンツをはいていたことから,犯人は被告人だと思った。胸を触られ ている間,目が覚めていたし,被告人の体勢はずっと同じだった。被告人か ら胸を触られて本当に気持ち悪いと思ったが,Aが被告人からいやらしいこ とをされても家族関係を壊さないように我慢していたので,私もそのとき, 被告人に「やめて」と言うことはできなかった。1時間くらい胸を触られて いたと思う。被告人が私の体から離れて部屋を出て行ってから5分後くらい に,ドーンという音が聞こえたので,被告人が玄関を出て会社に行ったと思 った。携帯電話で時刻を確認すると,午前4時頃だった。被告人が部屋を出 て行く時に,後ろ姿を見るなどして犯人が誰か確認することはしていない。 ⑶ 私は,その日のうちに,被告人からいやらしいことをされたことを,親友 に話した。その日以降,食欲がなくなってしまい,1か月ほどで6キロくら い体重が減ってしまったばかりか,全然寝れなくなってしまった。夜に寝て いる際,誰かが自分の部屋に入ってきたときに,すぐに起きて声をかけられ るよう浅い眠りにしていたので,ぐっすり眠ることができなかった。学校の 先生やカウンセラーと面談をしたが,被告人からいやらしいことをされたこ とは,話さなかった。 ⑷ 私は,平成24年7月7日,母親と一緒にテニスの試合の申込みをしに行 ったとき,母親に,Aが被告人からいやらしいことをされたと話した。母親 は,すごく怒っていた。そのとき,母親に,Aが被害に遭ったことは話した が,自分が被害に遭ったことは話していない。被告人にいやらしいことをさ れたことで自分が情けないように感じており,自分のことは言いたくなかっ たので,話さなかった。 ⑸ 私は,平成24年7月8日,母親とD病院に行って,診察を受けた。その 日は,もともと私の体重が減っていることと,夜に眠れないことを相談しに 行く予定になっていた。しかし,病院に行く途中,母親から,Aが被害に遭 ったことを先生にちゃんと説明するように言われた。病院で,D医師に,A が被告人からされたことについて,Aから聞いたとおりに説明した。診察の ときは,母親も同席していた。たまに母親が口を挟むことがあったが,ほと んど私が一人で話した。 ⑹ 私は,平成24年7月9日から11日までの間,中学の学校行事に泊まり がけで参加した。その日以降に,母親と警察に行って,Aが被告人からいや らしいことをされたことを話した。その際,自分のことは話したくなかった が,刑事さんから正直に言わないと後悔すると言われたので,自分も被害に 遭ったことを話した。親友以外の人に被害を打ち明けたのは,このときが初 めてである。 2 証言の信用性について ⑴ Bの証言には,その核心的部分において,不自然さを否めない点がある。 Bは,その証言によると,仰向けに寝ているとき,Bの腹部付近にまたが り,Bの身体に体重をかけることなく座っている被告人から,約1時間にわ たり胸を触られた,というのである。 しかし,たとえBが就寝中であったとはいえ,途中で目が覚める可能性も 当然考えられる。被告人が上記体勢で犯行に及んでいる最中にBが目を覚ま した場合,被告人は真正面からBに顔を見られてしまうし,その体勢からし て,わいせつな行為に及んでいたことについては言い逃れのしようもない。 そうすると,被告人は,犯行が容易に発覚する可能性の高い体勢で,約1時 間もの間わいせつな行為をし続けていたことになるのであって,不自然さを 否めない。さらに,被告人は,Bの体に体重をかけていなかったというので あるから,上記体勢で約1時間もわいせつな行為を続けることは,体力的に 相当に苦しいはずであって,この点でも不自然さを否めない。 Bの証言には,その核心的部分において,内容的に整合性を欠く点がある。 Bは,その証言によると,被害に遭ったその日のうちに,親友にだけ被害 を打ち明けた,というのである。 しかし,Bは,「平成24年12月31日,携帯電話の通信アプリのライ ンでその親友とやり取りをした際,以前に被害の内容を話していることを確 認した。しかし,その親友は,すぐには思い当たらず,改めて被害の内容を 伝えてようやく,『ええっ,やばいじゃん』という反応をした。」旨の証言 もしている。Bとほぼ同じと思われる上記親友の年齢を考えれば,Bがその 実父からわいせつな行為をされたことは衝撃的な出来事であって,強く記憶 に残るはずである。半年余りの間にそれを忘れてしまうということは,通常 は考えにくい。親友にだけ被害を打ち明けたことに関するBの証言は,内容 的に整合性を欠いているといわざるを得ない。 Bは,その証言において,犯人が被告人であると特定した理由をいくつか 挙げている。しかし,それらには看過し難い疑問がある。 ア Bは,その証言において,薄目を開けて見たところ犯人の赤いパンツが 見えたことを,犯人が被告人ではないかと考えた理由の一つに挙げている。 しかし,Aの証言を前提とすると,AとBは,平成23年11月下旬頃, 就寝中に部屋の電気を消していたことになる上,Bが被害に遭ったとされ る平成24年5月6日頃,電気を点けて就寝していたという事情も窺われ ない。しかも,被害時刻は,日の出前の午前3時から午前4時頃とされて いるのであるから,室内は暗かったと考えるのが自然である。そうすると, 暗い室内において薄目を開けて見ただけでは,犯人の下着の色までは識別 できなかったのではないかという疑問を払拭しきれない。 イ Bは,その証言において,自分の身体に触れてくる犯人の足の毛が毛深 かったことを,犯人が被告人ではないかと考えた理由の一つに挙げている。 しかし,Bは,自宅での再現では,Bが掛け布団を腹部付近まで掛けて 仰向けに寝ている状態で,犯人がその掛け布団の上にまたがっている状況 を再現している(甲7添付の写真15,16)。この再現のとおりだとす ると,犯人の足の毛がBの身体に触れることはあり得ないはずである。し かもBは,その証言において,犯行再現との矛盾に関し,何らの説明もし ていない。これらによれば,犯人の足の毛がBの身体に触れることはあり 得ない状況だったのではないか,という強い疑問が残る。 Bの証言には,客観的事実と整合しない点がある。 Bは,「被告人は,犯行に及んだ後の午前4時頃に玄関を出た。会社に行 ったと思った。」旨証言している。 しかし,被告人の勤務先の出勤簿には,平成24年5月6日の被告人の出 勤時刻は午前7時12分と記録されており(弁1),勤務先までの移動時間 等(被告人は,通勤に約40分かかり,会社に着いてから20分ほど仕事の ための準備をする旨供述しており,これに反する証拠はない。)を考慮して も,時間が空きすぎている。犯行を終えた被告人がすぐに外出した上,出勤 まで2時間余りも時間潰しをする合理的な理由も考え難い。このように,被 告人が午前4時頃に家を出て出勤した旨のBの証言は,客観的事実と整合し ていない。 なお,念のため付言すると,前日の同月5日の出勤時刻は午前3時59分, 翌日の同月7日は週休とそれぞれ出勤簿に記録されている(弁1)から,B の証言は,前後両日の出勤簿の記録とも整合していない。 Bの証言には,その後のB自身の行動とも整合しない点がある。 Bは,平成24年9月4日,家電量販店で被告人と二人で待ち合わせをし, 誕生日プレゼントとして音楽プレーヤーのウォークマンを買ってもらい,そ の後,二人で食事をした。 しかし,Bは,被害を受けたとされる当時,12歳の中学1年生であった のであるから,実父である被告人からわいせつな行為をされたという体験は 衝撃的であって,精神的打撃を被ったはずである。しかもBは,同年7月1 1日頃には,被告人から受けたわいせつ被害を鶴見署に申告していた。その ようなBが,被害を受けてから4か月ほど,鶴見署に申告してから2か月足 らず後に,わいせつな行為をされた当の相手である被告人と二人で待ち合わ せをし,誕生日プレゼントを買ってもらったり,食事をしたりするというこ とは,通常は考えにくい。被告人からわいせつな行為をされた旨のBの証言 は,その後のB自身の行動とも整合していない。 Bの証言には,信用性を補強する客観的事実が見当たらない。 Bは,平成24年春頃から心身に不調を来しており,同年7月8日にD医 師の診察を受けた。しかし,Bは,平成24年春頃以降,うつ病のため家事 のできない母親の食事などの面倒をみざるを得なくなっていたばかりか,被 告人と母親が不仲となり,同年6月頃には被告人が母親以外の女性と交際し ている事実を明確に知った。これらのことがBの精神的負担となったために, 心身に不調を来したとみることもできるのであって,Bの心身の不調は,被 告人のわいせつな行為がなかったとしても,合理的な説明が可能である。こ のように多義的な解釈が可能である事実を,Bの証言の信用性を補強する事 情として評価することは相当でない。 Bの証言は,被害申告の経緯に関する点が,他の証拠と矛盾している。 ア Bは,「平成24年7月11日までは中学の学校行事に泊まりがけで参 加しており,同日以降に,母親と共に鶴見署に行って事情聴取を受けた際, 被告人からわいせつ被害を受けたことを初めて親友以外の者に打ち明け た。」旨証言している。 しかし,鶴見署の捜査官が,平成24年7月12日にD医師から聴取し た内容をまとめた捜査報告書(甲13)には,被害者欄にBの氏名を記載 した上で,D医師からの聴取内容として,「母親が『被害者は,朝目が覚 めるとブラジャーがずれたりブラジャーのホックが外れたりしていること がある。父親がやっているのだと思う。』と話した。」旨記載されている。 D医師が,この点について捜査官に虚偽の供述をする動機はないから,上 記記載の信用性は高いというべきである。親友以外の者に初めて被害を打 ち明けたのは同月11日以降である旨のBの証言は,信用性の高い上記記 載と矛盾している。 この点について,検察官は,D医師は,母親がAの被害を訴えているに もかかわらず,B自身の被害を訴えたものと誤解した可能性がある旨主張 する。しかし,Bがその心身の不調について診察を受けているときに,同 席している母親が,関係のないAの被害を医師に訴えるということは,通 常は考えられないし,D医師が誤解したことを窺わせる証拠も何ら存在し ない。検察官の上記主張は採用できない。 なお,上記捜査報告書(甲13)には,「D医師は,Bと母親を引き離 して個別に話をしたかったが,それができずに二人一緒に話を聞くことに なった。母親がほぼ一方的にまくしたてるように話し,Bは,母親から時 折水を向けられるのに頷いているだけという状況であった。」旨の記載も されている。この記載も,ほとんど1人で話した旨のBの証言と矛盾して いる。 イ 平成24年7月9日作成の警察相談受理・処理票(甲21の添付資料2 の2-1。以下「本件相談受理票」という。)には,同日の母親からの相 談要旨(申出内容)として,Bが夜寝ているとき,被告人からいやらしい ことをされる旨記載されている(以下,この記載を「本件相談要旨」とい う。)。親友以外の者に初めて被害を打ち明けたのは同月11日以降であ る旨のBの証言は,本件相談要旨とも矛盾している。 検察官は,本件相談要旨について,相談を受けたEは,BがAの被害を 打ち明けたという母親の話を,Bの被害を打ち明けたという話と誤解して, 記載したものである旨主張する。しかし,Eは,「母親はあくまでBから 聞き取ったAの被害を訴えていた。しかし,長年の刑事の経験に基づいて, B自身も被害に遭っているに違いないと考えた。その際,母親にBも被害 に遭っているのではないかと確認することはしなかった。」旨明確に証言 している。また,Eは,本件相談要旨について,「私自身は,当初,Aと Bの両方の被害を記載した。しかし,上司からの示唆を受けて,Bの被害 のみを記載することにした。」旨証言している。検察官の上記主張は,そ もそもEの証言内容を誤って評価したものであるから,その前提を欠き, 採用できない。 更に進んで,Eの証言の信用性について検討する。Eは,その証言にお いて,Bの被害を母親に確認することなく本件相談要旨を作成した理由に 関し,性犯罪の被害者に対して何度も事情聴取することによる二次被害の おそれや,相談員としての立場の限界などを挙げている。しかし,母親自 身は被害者ではないから,二次被害のおそれは認められない。のみならず, 母親から聞き取ってもいない被害の内容を,公文書である本件相談受理票 に記載するということは,不可解としかいいようがない。上司がそのよう な処理を示唆したということも,通常は考え難い。Eの証言は,合理性を 欠いたものであって,にわかに信用することはできない。 なお,付言すると,検察官は,①平成24年7月10日付けの捜査報告 書(弁11)にBの被害が記載されているのは,上記捜査報告書が真実は 平成25年1月頃に作成されたものであるにもかかわらず,作成者である F警察官が,捜査の端緒を示す資料としての体裁を整えるため,深く考え ることなく作成日を遡らせて作成したからである,②Bに対する強制わい せつの被害届(弁12)の「届出年月日時欄」に「平成24年7月9日午 後3時10分ころ」と記載されているのは,後日,G警察官が,被害届を 代書した際に,本件相談受理票を見て書き写したからである,③したがっ て,これらの記載は,親友以外の者に初めて被害を打ち明けたのは平成2 4年7月11日以降である旨のBの証言と矛盾しない旨主張する。 しかし,一連の捜査の出発点となっている本件相談受理票の作成経緯に 疑問があるばかりか,複数の捜査官が確認を怠ったことなどにより,上記 のような杜撰な捜査経緯に至った旨の検察官の主張には無理があり,容易 に採用できない。 ウ 被害申告の経緯は,被告人からわいせつな行為をされたという衝撃的な 事実を,親友以外の者に初めて打ち明けたのはどの時点か,という特徴的 な事柄であって,Bが勘違いをするとは考えにくい。そうすると,被害申 告の経緯についてBの証言と他の証拠との間で矛盾が生じていることは, これまで指摘した事情と相まって,Bの証言の信用性を損なわせる事情と いうべきである。 Bには,被告人に不利な虚偽の供述をする動機がないとはいえない。 Bは,平成24年7月8日,D医師に対し,「同年4月頃から,両親が離 婚を巡って言い争うことが多くなって落ち着かない。被告人の後をつけて行 って,浮気相手の女性宅まで行ったこともある。被告人に対する嫌悪感が強 い。」旨述べている(甲23)。そのようなBが,心身ともに追い込まれる ことになった原因を被告人の浮気等に求め,それに対する不満から,被告人 に不利な虚偽の供述をする動機を抱いたとしても,あながち不自然ではない。 また,母親は,平成24年4月頃から,被告人が浮気をしていることを妬 ましく思い,被告人に対するメールで,離婚を巡って訴訟をすることを厭わ ない姿勢を明らかにしていたばかりか(甲19),鶴見署に対し,被告人が 不法滞在や不法就労のブローカーであるなどと説明していた(甲21の添付 資料2の2-3)のであって,母親自身には,被告人に不利な虚偽の供述を する動機が認められる。被害を受けたとされる当時は中学1年生であったB が,そのような母親の影響を受けて,虚偽供述の動機を抱いた可能性も否定 できない。 ⑼ まとめ 以上,詳述したように,Bの証言には,その核心的部分において,不自然 さを否めない点が見られ,内容的に整合性を欠く点もある。Bの証言におい て,犯人が被告人であると特定した理由として挙げられている点については, 看過し難い疑問がある。Bの証言には,客観的事実やB自身の行動と矛盾す る点がある。Bの証言には,信用性を補強する客観的事実が見当たらない。 Bの証言は,被害申告の経緯に関する点が他の証拠と矛盾している。Bには, 虚偽供述の動機がないとはいえない。これらによれば,Bの証言は,被告人 からわいせつな行為をされたという核心的部分において,その信用性に疑い を差し挟む余地があるというべきである。 第5 結論 以上の次第で,本件においては,訴因として明示された本件各公訴事実につ いて,いずれも証拠により合理的な疑いを容れない程度までの証明がされたと は認められないから,刑訴法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをす る。 平成26年9月17日 横浜地方裁判所第3刑事部 裁判長裁判官 田 村 眞 裁判官 多 田 裕 裁判官 小 林 真 一 由 美