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道路の役割・物流の視点から
交通工学 2011 年 9 月号掲載 道路の役割・物流の視点から The Functions of Road for Efficient Logistics System 兵 藤 哲 朗* 本稿では,主に物流の視点から「道路の役割」について考察している.まず,物流センサスなど の統計から,アメリカの Freight Analysis Framework (FAF)と同様の Value Flow をわが国で推計した 事例を紹介し,トンキロだけではない,貨物流動の評価可能性を示した.次に,市民生活に密接 な関わりを持つ食品の流通に焦点を当て,道路整備とコールドチェーン技術が相俟って,生鮮食 料品の流通構造が変化した過程を明らかにし,道路の多面的な役割を考察した.最後に,物流の 質を表す一つの指標として,振動をとりあげ,輸送手段により振動を受ける影響の度合いが大き く異なる実験結果を紹介した.その結果は,加速度センサーにより得られた 3 次元合計加速度の 累積分布であり,歩道走行の自転車が最も高い振動影響を受けていることから,一般道における 自転車走行空間整備のあり方についても一定の知見を得ることができた.とりまとめとして,今 後の道路の役割や,その実現方策について簡単な考察を行っている. キーワード 1. 道路の役割 物流 Value Flow 食品流通 振動 荷傷み た平常時の道路の役割について,異なる角度から 新東名高速道路を見て 照射し,その姿を垣間見ることとする. 先日,現在建設中の新東名高速道路を視察する 機会を得た.新東名高速道路は,平成 24 年の早い 時期の開業が見込まれている.静岡県内,総延長 162km の同時供用と,近年にない豪気な道路の登 場が楽しみである. さて,東日本大震災を経て,改めて新東名高速 道路の供用路線図や,実際の橋梁,トンネル,高 幅員道路などを見ると,以前とは違った「道路の 役割」に思いを巡らせることになる.海岸から離 れ,耐震性も高く,従来にない高規格の高速道路. しかもわが国の支柱である東海道を貫く主幹線で ある.その存在意義については,時機を逸するこ となく,正確に世に伝えるべきであろう. とはいえ,災害時の道路の役割については,本 稿では言い尽くせないので,ここでは物流からみ 写真-1 * 正 会 員 工博 整備の進む新東名高速道路 東京海洋大学海洋工学部流通情報工学科教授(TEL: 03-5245-7386, E-mail: [email protected]) 1 交通工学 2011 年 9 月号掲載 2. Framework (FAF)"と名付けられたプロジェクト). Traffic Flow から Value Flow へ 確かに運ばれる貨物は同じ 1 トンでも,バルキー 都市間の物資流動を把握する調査として,わが 貨物と機械製品では大きく価値が異なるし,それ 国では『全国貨物純流動調査(物流センサス)』が が時間価値と相関していることも想像に難くない. 代表的であるが,同様の調査はアメリカでも行わ つまり,単にトンキロだけで道路の価値を判断す れており,それは"Commodity Flow Survey (CFS)" るだけではなく,経済価値に直結する Value Flow と呼ばれる.CFS も数年おきに実施され,物流セ を把握することの意味は小さくない. ンサスの 3 日間調査と同様の詳細な OD を得るこ 数年前に,FAF と同様の試みが,物流センサス とができる.また,CFS は重量のみならず,貨物 や全国輸出入コンテナ貨物流動調査などを用いて の価値(ドル単位の Value)も回答項目に含まれ わが国の道路でも検討されたことがある 1).図-1, る.それを用いて,2000 年代半ばから,アメリカ 2 がその結果である.トンあたりの単価をみると, では"Traffic Flow"に加えて,"Value Flow"を図化す 輸入割合の高い東京港では,関越道貨物の単価が る 試 み も な さ れ て い る ( "The Freight Analysis 関越道 (7542億円) 東名道 (3768億円) 図-1 高い.輸出割合の高い横浜港では,国道 16 号で運 東北道 (5997億円) 関越道 (82.9万円 /トン) 常磐道 (7319億円) 東名道 (67.6万円 /トン) 国道357号 (9917億円) 国道16号 (33719億円) 図-2 常磐道(70.5 万円/トン) 国道357号 (50.6万円/ト ン) 東京港の国際物流で用いられる道路の Value Flow(2003 年の年間輸出入合計値) 東北道 (3038億円) 関越道 (4305億円) 東北道(70.2 万円/トン) 東北道 (56.9万円 /トン) 常磐道 (5071億円) 関越道 (54.1万円 /トン) 国道16号 (102.0万円 /トン) 国道357号 (2496億円) 常磐道 (55.0万円 /トン) 国道357号 (48.2万円 /トン) 横浜港の国際物流で用いられる道路の Value Flow(2003 年の年間輸出入合計値) 1) 2 交通工学 2011 年 9 月号掲載 ばれる貨物の価値が高く,総額も圧倒的に多いこ 3. とが分かる.これらは運送される品物の価値が方 食品流通と道路整備 高速道路ネットワーク拡充効果を分かりやす 面・輸出入別で大きく異なったり,貨物の発着地 く示す方法として,緊急医療範囲の拡大や,野菜 が地域的に偏っていることに起因する. 市場の広域化などがよく用いられる.ここでは国 Value Flow をもって,従来と全く異なる道路評 内物流の一大市場である食品流通を取り上げ,断 価をすべきとまでは考えていないが,物流から見 片的ながら,道路の役割について考察してみよう. た,道路の利用特性の相違の側面を表す指標とし わが国は農水産物の統計が充実しており,例え ては十分な意味を持っていると思われる.また, ば東京中央卸売市場の野菜や水産物・花卉などの Value Flow の推計結果は,道路だけに止まらず, 取扱量や単価データは,間近の 10 年分程度であれ 船舶や鉄道,航空も含めて議論することが望まし ばネットから簡単に入手できる.昭和 30 年代から い.例えば,モーダルシフト施策の効果について のデータも国会図書館などで閲覧できるため,試 も,その実現性の検討については,Value の大小 しに 1965~2009 年の 45 年間に及ぶ,東京中央卸 関係を利した方法論が期待できよう. 売市場のキャベツの取り扱い実績を図にした.図 -3 は,各年の 12 ヶ月データの取扱量と,重量あ たり価格の変動係数(そのサンプル数は各年 12 となる)である.年により,価格の 0.9 0.8 変動は大きいことが分かるが,45 年 取扱量 0.7 間を通 じて徐々に変 動係数は減 少 価格 0.6 傾向にあることが確認できる.これ 0.5 はすなわち,道路ネットワーク拡充 0.4 により,全国から安定的な野菜供給 0.3 が可能 となったこと を裏付けて い 0.2 る. 野 菜 供給 の広 域性 を再 確認す る 0.0 ために,同じく東京中央卸売市場へ 1965 1967 1969 1971 1973 1975 1977 1979 1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 0.1 図-3 東京中央卸売市場のキャベツ取扱量・価格の年間変動係数推移 の産地 別キャベツ供 給データを 用 いて,1965 年から 10 年ごとの月別 平均輸送距離を図-4 に示す.図から, 1980 年代より,特に夏場の平均輸送 400 km 距離が 長くなってい ることが分 か 1965 1975 1985 1995 2005 350 300 250 る.産地の内訳を詳しく見ると,夏 場の岩 手産キャベツ のシェアが 近 年高まっている.これは道路整備と 200 ともに,1970 年代から技術開発が進 150 展している,いわゆるコールドチェ 100 ーンが普及したためである.同技術 により,野菜を予冷して,高温の夏 50 場でも 傷まずに長距 離輸送する こ 0 1 図-4 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 東京中央卸売市場のキャベツ平均輸送距離の推移 3 12 とが可能となった.これは,関連教 科書で必ず解説される,TTT(Time 交通工学 2011 年 9 月号掲載 図-5 は,乗用車や軽貨物車,自転車の荷台の振 Temperature Tolerance:許容温度時間)の限界値が 伸びたことを意味する. 動の度合いを,3 次元(上下・左右・前後)の合 さて,ここで見てきたコールドチェーンの普及 成加速度の出現頻度分布で評価した結果である 2) . は,われわれの安定的で安価,かつ豊かな食生活 ここでは,高速道路ではなく,本学周辺の一般道 を支えてきたし,道路整備がその必要条件であっ を走行し,加速度センサーでデータを得ている. たことも間違いないだろう.反面,地球温暖化ガ 結果から,車体が軽くなるほど,加速度影響が大 ス排出量を増大させることに一役買ってきたこと きいことが分かる.特に歩道を走行する自転車は も事実である.また,保冷も,相当のエネルギー 激しい外力を受け,荷台の貨物も損傷を受ける危 消費を伴う.いい訳じみたことを付記すれば,道 険性が高い.高速道路の話題から逸れてしまうが, 路整備による所要時間安定性や,時間短縮による 一般道では,自転車が車道を安全に走行可能な空 Food Loss の低減効果などは,「役割」の定量評価 間整備の必要性が伺えよう. に加えて良いかと思う. なお,本データは各手段で完全に一致した経路 を走行しているわけではないので,相対比較の結 4. 果は厳密な値ではなく,参考値程度と見なして頂 質の高い物流と道路 きたい. 道路整備が物流に与える影響は,必ずしも時間 や距離短縮だけに限られるわけではない.道路整 5. 備の事業評価マニュアルでも,交通事故減少や環 むすび 境影響低減が掲載されており,それらは道路の質 「道路の役割」について,物流の視点を中心に 的評価と見なせよう.物流においても質の高いサ いくつかの話題提供を試みた.紙面の都合上割愛 ービスを表す代表的な指標として,振動が取り上 せざるを得なかったが,都市内物流の駐停車空間 げられることが多い.大きな振動は,荷崩れを引 としての道路の役割や,海上コンテナ流動に資す き起こしたり,片荷を招いてトラックの安定走行 る道路ネットワークあり方など,重要なテーマも を阻害することもある.細かい振動でも,接触に 他に数多く存在する. よる果物の傷みや,お菓子のトッピング剥落など 少子高齢化や,企業の海外進出という社会条件 を起こすことが考えられる.一般に,新しい道路 の大きなうねりがあり,制約としては,地球温暖 は振動も少なく,それ故,質の高い輸送サービス 化効果ガス削減,そして防災機能の再点検が待ち を提供することができると考えられる. 受けている.明らかに,これからの道路行政は, 1.0 今までのトレンド的な思考では対応で 0.9 きない.まさに課題山積である.本特 0.8 集で網羅された様々な「道路の役割」 0.7 を念頭に,次の一手を考えてみたい. 0.6 乗用車 軽貨物 自転車・車道 自転車・歩道 0.5 0.4 0.3 参 0.2 0.1 0.0 0.0 図-5 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 輸送手段別の 3 次元合成加速度の累積分布(横軸単位[G])2) 4 考 文 献 1) 萩野保克・塚田幸広・皆川武士:「道路上の貨 物流動状況 の推計に 関する研 究」土 木計画学 研 究・講演集,Vol.33,CD-ROM(328),2006. 2) 超小型モビリティの利活用に関する実証実験 (大丸有・神田地区)報告書,(株)エックス都市研 究所,2011 年 3 月