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医療過誤及び熱中症は不慮の事故か
医療過誤及び熱中症は不慮の事故か 東京地判平成 23 年5月 13 日(平 22(ワ)4246 号保険金請求事件) ウエストロー・ジャパン(文献番号 [事実の概要] 1 による事故」をいう(2条7号)。 事案の要旨 エ 「外因による事故」とは、昭和 53 年 12 月 本件は、原告Xが、共済者である被告Yとの間 15 日行政管理庁告示第 73 号所定の分類項目 で、Xの二男亡A(昭和 43 年○月○日生、平成 中本件規約別表2記載のもの(以下の(ア)、 18 年8月 31 日死亡。以下「亡A」という。)を 被共済者とし、Xを共済金受取人とする生命共済 (イ)の各分類項目を含む。)とし、その内容 の基本契約及び災害特約を締結したところ、亡A は「厚生省大臣官房統計情報部編、疾病、傷 害および死因統計分類提要、昭和 54 年版」 (以 が自宅における熱中症及び救急搬送先病院におけ 下「昭和 54 年版分類提要」という。)による る医療過誤という不慮の事故により死亡したと主 ものとする。 張して、災害特約に基づく災害死亡共済金 800 万 (ア) 円及びこれに対する亡Aの死亡日の翌日(同年9 月1日)から支払済みまで民法所定の年5分の割 2 前提事実 ⑴ Yは、会員の組合員の生活の共済を図る事業 分類項目 10(基本分類表番号 E870~ E876) 外科的及び内科的診療上の患者事故。た だし、疾病の診断、治療を目的としたもの 合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 は除外する(以下「分類項目 10」という)。 (イ) 等を目的とする法人である。 分類項目 14(基本分類表番号 E900~ E909) ⑵ Xは、Yとの間で、平成7年2月 22 日、Xを 共済契約者兼共済金受取人、Xの二男である亡 自然及び環境要因による不慮の事故。た Aを被共済者、Yを共済者とする個人定期生命 だし、「過度の高温(E900)中の気象条件 によるもの」、「高圧、低圧及び気圧の変 共済「こくみん共済〈総合2倍タイプ〉」の基 化(E902)」、「旅行及び身体動揺(E903)」 本契約 80 口及び災害特約 80 口を締結し、同契 並びに「飢餓、渇、不良環境曝露及び放置 約は平成 18 年3月1日に最終更新された(以下 (E904)中の飢餓、渇」は除外する(以下 「本件契約」という。) ⑶ 本件契約に適用されるYの個人定期生命共済 「分類項目 14」という)。 事業規約(以下「本件規約」という。)には、 亡Aは、平成 18 年8月 30 日午前 11 時 50 分 ころ、自宅アパートである東京都板橋区〈以下 次の趣旨の条項がある。 省略〉(以下「亡A自室」という。)のロフト ア 被共済者が共済期間中に死亡した場合は、 で倒れているところを発見された。亡Aは、同 Yは、共済受取人に対し、基本契約1口につ 日午後1時ころ、東京都立T病院(以下「T病 き 10 万円に相当する死亡共済金を支払う(46 条1項、2項、45 条1項)。 院」という。)に救急搬送され、診療を受けた イ ⑷ (以下「本件診療」という。)が、同月 31 日午 前3時 35 分ころ、T病院内で死亡した。 被共済者が共済期間中に発生した不慮の事 故等を直接の原因として共済期間中に死亡し ⑸ Yは、Xに対し、平成 19 年5月2日、本件契 た場合は、Yは、共済受取人に対し、災害特 約の基本契約に基づき、死亡共済金 800 万円を 約1口につき 10 万円に相当する災害死亡共 済金を支払う(50 条、51 条) ウ 「不慮の事故等」とは、別表第2「不慮の 10 2011WLJPCA05138009) 支払った。 ⑹ X及びXの妻B(以下「B」という。)は、 事故等の定義とその範囲」(以下「本件規約 平成 20 年1月 15 日、亡Aの法定相続人として、 T病院の医師2名及び運営主体たる東京都を被 別表2」という。)に規定するものをいい、 告とする医療過誤訴訟を提起し、平成 21 年8月 「不慮の事故」とは、「急激かつ偶然な外因 31 日、東京都が、X及びBに対し、損害賠償金 として 2500 万円を支払うなどの和解が成立し ⑹ XとBは、平成 18 年8月 28 日夜以降、亡A た。 ⑺ Xは、Yに対し、平成 21 年9月 15 日、亡A に電話していなかったが、同月 30 日午前 11 時 53 分ころ、亡A自室を訪問し、ロフトの布団上 が不慮の事故により死亡したとして、本件契約 にパジャマ姿で仰向けに横たわっていた亡Aを の災害特約に基づく災害死亡共済金 800 万円の 発見した。当時、亡A自室内は、窓が閉め切ら 支払を請求した。 れ、クーラーもついておらず、むっとする暑さ 3 争点 ⑴ 亡Aは、本件診療上の患者事故という「不慮 の事故」によって死亡したか。 ⑵ が感じられる状態だった。 ⑺ 救急隊員は、亡Aが呼吸困難で動けないなど と 119 番通報を受け、平成 18 年8月 30 日午後 亡Aは、熱中症の発症という「不慮の事故」 12 時 16 分ころ、亡A自室に到着した。救急隊 によって死亡したか。 員到着時、亡Aは、体温 41.0℃、呼吸数毎分 24 回、脈拍毎分 160 回、バイタル2(何らかの刺 [判旨]請求棄却 激で目を開けるが、刺激がなければ目を開けな 1 い状態)の状態で、顔面蒼白、発汗、尿失禁、 痙攣等の症状があり、同日午後1時ころ、救急 事実経過 前記前提事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合す ると、次の事実が認められる。 ⑴ 亡Aは、平成 14 年 10 月末ころから落ち着か 車でT病院に搬送された。 ⑻ 亡Aは、平成 18 年8月 30 日午後1時ころ、 ない様子や不眠が見られ、同年 11 月2日夜に、 T病院救急外来で受診した際、体が小刻みに震 警察官に保護された上、T病院神経科で統合失 調症の診断を受け、同月3日から同月 30 日まで え、早口で「ここはスナック?」「こんばんは、 さっきはどうも」などと話し続けるなど失見当 識、健忘、注意障害がみられ、軽度の意識障害 入院した。 ⑵ が疑われる状態にあり、体温は 40.4℃、脈拍は 毎分 168 回、血圧は毎分 167 ないし 78、動脈酸 ったものの、飲酒して線路上で寝転んで保護さ 素飽和度は 94%であった。そのころ、Bは、看 れたことや、飲酒の上転倒してT病院脳神経外 科で救急受診したことはあった。 護師に対し、同月 28 日夜からの多量の飲酒によ ⑶ 亡Aは、退院後も定期的にT病院に通院して 薬を処方されており、幻覚や妄想の再燃はなか り意識不明と熱中症と思われる症状と脱水が出 たと申告した。 亡Aは、平成 18 年8月 25 日ころ、東京都板 橋区内にある、南向きに傾斜した片屋根付き2 ⑼ T病院では、亡Aに対し、平成 18 年8月 30 階建てアパートの2階 203 号室(亡A自室)に 日午後1時ころ以降、心電図検査、血液検査、 転居した。同室は南向きベランダ付き洋室 4.5 胸部CT撮影、胸部レントゲン撮影、腹部レン 帖のほか、上層部に面積 6.2 ㎡のロフトがあっ た。ロフトは、北向き廊下側に 45cm×45cm の窓 トゲン撮影、頭部CT撮影、心エコー等を実施 するとともに、同日午後1時 25 分ころから同日 午後 7 時ころにかけて、ソルデム3A500ml を ロフト床面から屋根材までの高さは 1.45m ない 継続して点滴(輸液)するなどした。T病院担 し 1.75m であった。 当医師は、同日午後2時 30 分ころ、 亡Aに対し、 ⑷ が1つある以外は、大半を壁に囲まれており、 Bは、平成 18 年8月 28 日午後 10 時ころ、亡 高度の脱水と軽度の肺炎による身体的治療の必 Aに電話した際、亡Aに呂律不良があり、亡A が飲酒していたと推測した。 要性を認めたが、亡Aの現実検討能力が著しく 亡A自室に比較的近い東京都練馬区の観測地 低下していたため、亡Aを医療保護入院として 保護室に移動させ、遅くとも同日午後3時ころ 点における平成 18 年8月 29 日の天候は晴れ又 には亡Aの身体を拘束し、点滴、酸素投与等を は曇であり、気温は午前 10 時に 31.0℃、午後 継続し、同日午後5時ころにはクーリングを交 ⑸ 2時に 33.2℃まで上昇し、午後5時に 30.8℃、 午後9時でも 27.9℃であった。同地点の同月 30 日午前にかけての天候は曇で、気温は午前零時 換した。 ⑽ 亡Aは、平成 18 年8月 30 日午後7時 25 分こ に 26.9℃、午前5時に 25.6℃と、夜間最低気温 ろ、動脈酸素飽和度が 42%、血圧触 62 まで低 下し、同時 30 分ころには、血圧触 56、意識レ が 25℃以上の熱帯夜となり、その後、午前 10 ベル 200 となった。T病院は、同時 52 分ころ、 時に 28℃、正午に 28.9℃まで上昇した。 亡Aを集中治療室に移動させ、経口挿管、サー 11 分類項目 10 本文において「外科的及び内科的診 行った。入室時、亡Aの体温は 40℃以上あり、 脱水、体熱感、発汗、四肢冷感、意識障害等の 療上の患者事故」を外因による事故としつつ、 同ただし書において「疾病の診断、治療を目的 症状が見られた。 とするもの」を除外している。その趣旨は、そ ⑾ ボ装着による呼吸管理開始、プレドバ点滴等を もそも傷害、疾病等に対する診療行為自体が患 ころ、血圧が毎分 40 から 50 台、心拍数が毎分 者の身体への侵襲など高度の危険を伴い得ると 130 台まで低下し、対光反応もみられなくなり、 ころ、特に疾病は外因によらないか外因のみに 翌 31 日午前零時5分には心停止状態となった。 その後、家族立会いの下で心臓マッサージが続 よることが明らかでなく、疾病に対する診療上 の過失による死亡のすべての場合に災害死亡保 行されたが、同日午前3時 35 分に亡Aの死亡が 険金を支払うものとすると、比較的低廉かつ定 確認された。なお、死体検案書上、直接の死因 額の掛金で災害による死亡に対して割増死亡共 は、出血性気管支炎及び肺炎とされたが、その 済金を給付する災害特約制度の維持が困難とな さらなる原因の記載はなく、出血性気管支炎・ るおそれがあることから、疾病を契機とする診 出血性肺炎、横紋筋溶解、脱水を示唆する所見 (皮膚ツルゴール低下等)、循環不全の所見(肝 療上の患者事故については、疾病の診療を目的 とした診療行為とはおよそ評価できないような 中心帯状壊死・腎皮質の蒼白化膨張傾向)、死 診療機関の加害行為があったなどの特段の事情 後の高体温等の解剖所見が認められた。 がない限り、共済事故の対象から除外する趣旨 2 亡Aは、平成 18 年8月 30 日午後 23 時 40 分 争点⑴(本件診療上の「不慮の事故」該当性) について ⑶ 「⑴ 前記前提事実⑶のとおり、本件規約は、被 共済者が「不慮の事故等」、すなわち「急激か 及び事実経過にD教授の意見書及び弁論の全趣 旨を総合すると、亡Aは、最低気温 25℃以上の つ偶然な外因による事故」として本件規約別表 熱帯夜の後の昼ころに、閉め切ってクーラーも 2に該当するものを直接の原因として死亡した 作動していない室内で、41℃の高体温と意識障 場合に災害特約に基づく災害死亡共済金を支払 害の状態で発見されており、救急隊員からの引 うと規定している。したがって、共済金請求者 継状況、亡Aの家族からの申告、初診時の亡A であるXは、少なくとも①事故が本件規約別表 2の分類項目本文のいずれかに該当すること、 の状況等に照らせば、重度熱中症(熱射病)を 筆頭に、悪性高熱症、高度脱水症及びこれらに ②事故から結果発生までに時間的間隔がなく、 対する病態の合併、感染症による発熱と意識障 事故から結果発生を予見・回避できないこと(急 害、薬物中毒と感染症の合併、その他何らかの 激性)、③被共済者の意思に基づかない事故で 意識障害を起こす状況で動けなくなっている熱 あること(偶然性)、④被共済者の身体の外部 中症又は脱水症の併発などの可能性が疑われ、 からの作用による事故であること(外因性)、 ⑤事故と被共済者の死亡との間に相当因果関係 いずれにせよ高度の脱水が予想される状況にあ ったから、T病院としては、初期治療の時点で、 があることにつき主張立証責任を負うと解され 高度の脱水に対するより急速かつ十分な輸液 る(最高裁平成 13 年4月 20 日判決・民集 55 と、緊急に熱を下げるための冷たい輸液、胃内 巻3号 682 頁、最高裁平成 19 年7月6日判決・ クーリング、膀胱内クーリング、クーリングマ 民集 61 巻5号 1955 頁参照)。 ットなどを用いたより積極的な体温冷却措置等 ⑵ Xは、本件診療上、①輸液量の誤り、②冷 却方法の誤り、③ICU 入室及び腎不全・DIC 治療 を検討・実施すべきであった可能性は否定でき ない。そして、X及びBからのT病院の運営主 の遅れ、④肺炎の不治療などの医療過誤があり、 体たる東京都等に対する医療過誤訴訟において これが本件規約別表2分類項目 10 本文所定の 東京都が損害賠償債務として 2500 万円を支払 診療上の患者事故として「不慮の事故」にあた う和解が成立したことも併せ考えれば、T病院 ると主張する。これに対し、Yは、本件診療は が約5時間で 500ml を輸液し、一般的クーリン 同ただし書の「疾病の診断、治療を目的とする もの」であるから除外され、偶然性及び外因性 グ措置をしたことなどが高度の脱水等に対する 十分な診療行為とはいえなかったものとして、 の要件も欠くと主張するので検討する。 本件規約別表2分類項目 10 本文所定の「診療上 前記前提事実のとおり、本件規約別表2は、 12 と解される。 これを本件についてみるに、前記前提事実 の患者事故」に該当し得るとはいえる。 ⑷ しかし、上記のような診療行為は、まさに としての高温、直射日光並びに最低気温 25℃を 高度の脱水等の疾病の治療を目的とするもので あるところ、前記のとおり、T病院医師らが、 超える熱帯夜の気温等により、屋根等を通じて 伝わった熱等で徐々に高温となっていったロフ 毎時 100ml 程度を輸液し、少なくとも一般的ク トにおいて、窓を閉め切った状態で就寝したこ ーリングなど何らかの冷却措置をし、容体が悪 とによるものと推認され、それ自体は昭和 54 化した同日午後7時 55 分ころまでには集中治 年分類提要のいう「日射病の原因となった過度 療室に移動させて診療を継続したことなどに照 の高温」と同様、本件規約中の「過度の高温中 らせば、仮にそれが亡Aの疾病に対する診療行 為の時期・方法・程度として十分ではなかった の気象条件によるもの」といわざるを得ない。 また、前日及び前夜の就寝前の気象条件等に としても、本件全証拠によるも、およそ疾病の 鑑みても、亡Aがロフト内において高度の脱水 診療を目的とした診療行為とは評価できないよ 症状になるまでには相当の時間的経過があった うな診療機関の加害行為があったとは認められ ものと認められ、同人が死亡時 37 歳の壮年であ ない。したがって、本件診療行為は、分類項目 ったことに鑑みれば、就寝前に窓を開け、クー 10 ただし書の「疾病の診断、治療を目的とする もの」に該当し、本件規約上の「不慮の事故等」 ラーを使用するなど回避行為をとり得たことも 十分考えられ、急激性の要件を認めるにも疑問 から除外される場合にあたるといえる。 があるといわざるを得ない。 ⑸ ⑶ そうすると、争点⑴に関するXの主張には 理由がない。」 3 そうすると、仮にXの主張どおり、亡Aが 熱中症の発症により高度の脱水症状となり、こ 争点⑵(「自然及び環境要因による不慮の事 れと死亡との間に相当因果関係が認められると 故」該当性)について 「⑴ ……前記前提事実のとおり、本件規約別表 しても、少なくとも分類項目 14 本文の除外規定 である同ただし書の「過度の高温中の気象条件 2は、分類項目 14 本文において「自然及び環境 によるもの」にあたると認められる。 要因による不慮の事故」を外因による事故とし ⑷ つつ、同ただし書において「過度の高温中の気 由がない。」 したがって、争点⑵に関するXの主張も理 象条件によるもの」を除外しているところ、本 件規約が準拠する昭和 54 年分類提要は「過度の 高温」を「気象条件によるもの」「人為的原因 [研究] によるもの」「原因不明のもの」の3つに細分 基本的には賛成。 化し、「気象条件によるもの」として日射病の 1 本件判旨の理論構成に若干の難は感じるものの 本判決の意義・位置づけについて 原因となった過度の高温を、「人為的原因によ 生命共済契約の被共済者が、熱中症および救急 るもの」としてボイラー室、乾燥室、工場、炉 搬送先の病院における医療過誤によって死亡した として、共済金受取人が、被共済者の死因が分類 室、交通機関の中、台所等の熱を例示している。 その趣旨は、「過度の高温中の気象条件による」 項目 10 の「外科的及び内科的診療上の患者事故」 事故については、人為的原因によるものと異な および分類項目 14 の「自然及び環境要因による不 り、通常、過度の高温になるまでに相当の時間 慮の事故」に該当し、約款所定の不慮の事故によ 的間隔があり、その間に結果発生を予見して回 るものとして、災害特約に基づく災害死亡共済金 避行動をとり得るから急激性を欠く場合が多い の支払を請求した事案において、本判決はそれぞ れの分類項目の除外事由に該当するとして原告の ことなどに鑑み、比較的低廉かつ定額の掛金で 災害による死亡に対して割増死亡共済金を給付 する災害特約制度の制度設計として一律に支払 請求を棄却したものである。 本件事案は、生命共済契約に関するものである 対象から除外する趣旨と解される。 が、本件事案の災害特約では、本件規約別表2で ⑵ 本件では、確かに、前記前提事実、事実経 「急激かつ偶然な外因による事故」として、「不 過、証拠及び弁論の全趣旨からすれば、ロフト 慮の事故等」を直接の原因とした死亡を災害死亡 共済金給付事由とし、また、分類項目 10 および分 において亡Aが発症した熱中症等による高度の 脱水と亡Aの死亡との間に相当因果関係が認め 類項目 14 について「昭和 54 年版分類提要」によ られる可能性はある。しかし、亡Aの熱中症等 るものとしている。このうち、急激性・偶然性・ による高度の脱水は、発見前日からの気象条件 外因性については、生命保険契約における災害関 13 14 係特約(災害割増特約・傷害特約等)で用いられ 提要」によるという形で、外因に限定して依拠し ている約款でも、不慮の事故の要件として、急激・ 偶発・外来という表現で定められており、同じ意 ている点が異なることには注意が必要である。 本判決は、争点1については、亡Aに熱中症の 味と解されるが、生命保険会社の用いる災害関係 可能性が疑われるとして、一般的クーリング措置 特約に関する約款は、かつては分類提要によると が診療行為としては不十分であり、本件規約別表 いう形式をとっていたが、現在では、その形式を 2分類項目 10 本文所定の「診療上の患者事故」に とらずに、急激・偶発・外来の3要件の定義を定 該当し得るとはいえ、およそ疾病の診療を目的と めた上で、該当しないものについて限定的に列挙 する形式をとるものが多くなっている。これは、 した診療行為とは評価できないような診療機関の 加害行為があったとは認められないとして、本件 不慮の事故に該当するか否かが争われた最二小判 診療行為が、分類項目 10 ただし書の 「疾病の診断、 平成 13 年4月 20 日民集 55 巻3号 682 頁が、それ 治療を目的とするもの」に該当すると判示してい までの下級審において、約款で分類提要の「不慮 るが、これは従来の裁判例の傾向と合致するもの か故意か決定されない傷害」が別表から除外され であるといえる。争点2については、本判決が「熱 ていることを証明責任分配の基準としうるかとい う点について見解が分かれていた(肯定するもの 中症の発症による高度の脱水は「過度の高温中の 気象条件によるもの」といわざるを得ず、急激性 として、東京地判平成3年 10 月 30 日判時 1341 の要件を認めるにも疑問があると判示した点にお 号 159 頁、仙台地判平成4年8月 20 日判時 1455 いて、同種の裁判例をみない中で先例としての価 号 155 頁、静岡地判平成7年4月 28 日文研事例研 値を有する」と評価する見解もある(陳亮・事例 レポ 119 号6頁等。否定するものとして、神戸地 研レポ 266 号4頁(2013 年))。このほか、外来 判平成8年7月 18 日判時 1586 号 136 頁(災害死 亡共済金の支払について争われた事案)等)のに 性要件の証明責任についての議論も考えられると ころではあるが、それについては、簡潔に指摘す 対して、分類提要について一切採り上げることな るにとどめ、以下においては、上記2点の争点を く証明責任の帰趨を決したことの影響があるのか 中心に検討を行う。 もしれない。しかし、依然として、本件共済規約 2 医療過誤と不慮の事故の該当性 とほぼ同様に「昭和 54 年版分類提要」によるもの ⑴ 従来の裁判例 としている約款を用いている生命保険会社もある (席上で得た指摘によれば、分類提要に依拠せず 医療過誤事故が災害関係特約における不慮の 事故かどうかが争われたものとしては、時系列 に不慮の事故を定義づけている会社は約 18 社に 的に列挙すると、①東京地判平成9年2月 25 のぼるが、2003 年版 ICD10 に基づく分類提要を使 日判時 1624 号 136 頁、②津地伊勢支判平成9年 用している会社が約8社あり、さらに本件事案と 9月 16 日判タ 1026 号 271 頁、③名古屋高判平 同様の昭和 54 年版分類提要を使用している会社 成 10 年6月 30 日判タ 1026 号 269 頁(②の控訴 もまだ約2社あるとのことである)ことから、本 判決は、そういった災害関係特約についての解釈 審)、④大阪地判平成 11 年4月 30 日平成9年 (ワ)8786 号判例集等未登載、⑤宮崎地判平成 にあたっては今後も十分に参考となり得るため、 12 年1月 27 日生命保険判例集 12 巻 58 頁、⑥ 本稿では、生命保険の災害関係特約、傷害保険、 仙台地判平成 15 年3月 28 日生命保険判例集 15 共済の災害特約とを特に分けずに論じることとす 巻 238 頁、⑦仙台高判平成 15 年9月 10 日生命 る。 保険判例集 15 巻 557 頁(⑥の控訴審)、⑧東京 ただし、本件共済規約における「不慮の事故」 の定義は、生命保険契約における災害関係特約と 地判平成 17 年3月4日判タ 1219 号 292 頁、⑨ 東京高判平成 17 年6月 29 日平成 17 年 (ネ)1833 同様に、急激、偶然(偶発)、外因(外来)とい 号判例集等未登載(⑧の控訴審)、⑩大阪地判 う3要件で共通してはいるものの、昭和 54 年版分 平成 20 年 12 月 17 日平成 20 年(ワ)127 号判 類提要の分類項目による限定の仕方は、生命保険 例集等未登載、⑪大阪高判平成 21 年5月 14 日 契約における災害関係特約が不慮の事故の定義を 平成 21 年(ネ)198 号判例集等未登載(⑩の控 3要件に加えて昭和 54 年版分類提要によるもの として範囲を定めているのに対して、本件共済規 訴審)がある。 これらはすべて、医療過誤について、その不 約は、「外因による事故」を分類項目 10 と分類項 慮の事故には該当しないと結論づけているが、 目 14 とした上で、その内容を「昭和 54 年版分類 その理由については、そもそも医師の診療行為 が急激性、偶発性の要件を満たさないという点 疾病ならば一律対象外という単純・明確な基準 から不慮の事故に該当しないとしたもの(前掲 裁判例①②③)、偶発性の要件は満たすものの、 で区別しようとしたもの」と解している(前掲 裁判例⑤)。そのほか、「疾病の診断・治療を 「疾病」の診断・治療を目的としたものが除外 目的とした医師の診療上の行為から発生した患 されていることから、不慮の事故の該当性を否 者の事故については、その診療行為に患者若し 定したもの(前掲裁判例④⑤⑥⑦)、3要件に くはその親族が同意しており、その発生した結 ついては言及せず、単に除外規定の判断から不 果が当該診療行為に伴う侵襲の危険性の顕在化 慮の事故の該当性を否定したもの(前掲裁判例 ⑧⑨⑩⑪)と、時系列的に変遷が見られるのが した場合であれば,保険事故の要件である外来 性に疑問がある」ことから除外規定に合理性が 興味深い。すなわち、最近の裁判例を見る限り あるとしている(前掲裁判例⑧⑨)が、医師の は、不慮の事故というためには、3要件該当性 診療行為が被保険者の同意の下に行われる点に +分類項目該当性が必要であるという約款構成 おいて、急激性、偶発性を満たさないというも に基づいて、分類項目に該当しない(除外規定 のもあり(前掲裁判例①)、およそ3要件とは に該当する)のであれば、3要件該当性を判断 するまでもないと考えられているように思われ 切り離して考えようとする向きがうかがえる。 る。 ⑵ 除外規定の趣旨解釈 除外規定の趣旨については、前掲裁判例は、 災害関係特約が傷害保険の性質を有するもので あって、疾病は本来的に傷害保険の担保危険の 対象とならないところ、疾病の治療の際に生じ る事故も、相対的に見れば疾病に起因して生じ た結果といえることから、傷害保険の対象から 除外したとか(前掲裁判例④⑥⑦⑩⑪)、「疾 病の治療行為は、たとえ医師が注意義務を尽く して治療に当たったとしても避けられない危険 を伴うことが想定される、本来的に危険を伴う 行為であることから、治療上の事故が生じた場 合に、それが医師の過失によるものか否か判然 としない場合が多い」が、それらを傷害保険の 対象に含めることとすると、疾病を治療する上 で生じた事故のほとんどが保険の対象となって しまい、傷害保険の本質に抵触するから、偶発 性の要件を充たす医師の過失による事故につい ても特別に免責することにしたと解したり(前 掲裁判例⑥⑦)、「医療という日常生活上の危 険とは異なるハイ・リスク領域そのものを保険 から除外したい反面、診療の契機が傷害(…) である場合をも除外すると、傷害後の医療事故 により被保険者が死亡した場合、右死亡原因が 傷害にあるのか医療事故にあるのかの認定作業 が困難となって長期化し、比較的低廉な保険料 で迅速な被害者救済を図るという傷害保険の特 質が失われること、医療事故一般を保険事故か ら除外すると保険契約者側の利益を害すること 等を総合衡量した結果、医療事故の内容如何で はなく、診療の契機が傷害ならば一律対象内、 それゆえ、これらの裁判例を分析すると、医 療過誤を少なくとも3要素のいずれと結びつけ るかは必ずしも一致をみておらず、偶発性につ いて検討するものがやや多いようにも思われる が、手術の過程で通常起こりえないような過誤 が医師にあった場合に偶然性の要件が満たされ ないことになるとはいえないであろう(山下友 信『保険法』451 頁注(13)(有斐閣、2005 年)) から、結果的に、どの要素とも結びつけずに、 不慮の事故の該当性の評価基準として、除外規 定の該当性による判断に裁判例が移行した、そ の方向性は支持できるものといえよう。これら の裁判例に対して学説は、医師の診療行為自体 の適否に関する過失の有無や程度の判断といっ た医療過誤の証明の困難性を理由として、概ね 理解を示しているものと思われる(福地誠「災 害・疾病関係保険の諸問題(下)」インシュア ランス(生保版)3057 号4頁(1982 年)、松本 隆「判批」損保研究 60 巻2号 148 頁(1998 年)、 甘利公人「判批」判時 1640 号 231 頁(1998 年)、 谷村慎哉「判批」文研事例研レポ 141 号9頁 (1999 年)、林卓也「判批」事例研レポ 166 号 8頁(2001 年)、梅津昭彦「判批」事例研レポ 192 号 7 頁(2004 年)、山下友信「コメント」事 例研レポ 192 号8頁(2004 年)、坂本貴俊「判批」 事例研レポ 192 号 15 頁(2004 年)、田中秀明 「判批」事例研レポ 213 号 10 頁(2007 年)、 山下友信「コメント」事例研レポ 213 号 13 頁 (2007 年)、酒井奈穂「災害死亡保険金・災害 高度障害保険金」日生生保研(編)『生命保険 の法務と実務(改訂版)』253 頁(金融財政事 情研究会、2011 年))。除外規定の趣旨解釈と してどのように考えるのが妥当なのかという点 15 を問題視するのであれば、少なくとも医療過誤 を急激・偶発・外来といった3要件と結びつけ るべきではないということから除外規定を判断 基準とする方向性を志向するのであれば、論理 的整合性からそこで除外規定の趣旨解釈を再び 3要件と結びつけるべきではないということは いえる。しかし、それ以上にこれまでに述べら れてきた根拠をとりたてて絞って考えることに 実益があるとは思われない。たとえば疾病診療 上の患者事故の疾病起因性ないし外来性の欠如 をもって除外規定の根拠とするのは困難と指摘 して、医療行為に伴う異常危険の除斥を根拠と すべきだという見解がある(陳・前掲5頁)が、 最二小判平成 19 年7月6日民集 61 巻5号 1955 頁によって確立された抗弁説の立場(なお、最 一小判平成 19 年7月 19 日 LEX/DB28132475、最 二小判平成 19 年 10 月 19 日裁判集民 226 号 155 頁も同旨。学説も賛成するものが多い。学説に ついては、潘阿憲「傷害保険契約における傷害 事故の外来性の要件について」都法 46 巻2号 249 頁(2006 年)および鈴木達次「判批」保険法 判例百選 199 頁(2010 年)に掲げられた文献を 参照)からみたとき、医師の診療行為と被保険 者の身体傷害との間に相当因果関係が認められ れば、疾病と診療行為とが競合原因となって傷 害が発生したとしても、事故の外来性の欠如は 否定され得ないが、疾病診療上の医療過誤の疾 病起因性までも除外規定の趣旨解釈において根 拠として否定することにはつながらないものと 思われる。また、Yの主張を受けてのことだけ でなく、本件共済規約が、「外因による事故」 を分類項目 10 と分類項目 14 とした上で、その 内容を「昭和 54 年版分類提要」によるという形 で、外因に限定して依拠している点を本判決が とらえて外因性について特に判断をしているこ とにも一定の理解が必要であろう。さらに先の 見解は診療行為と身体傷害との間の相当因果関 係についての証明責任が保険金請求者側に課せ られていることから、事故原因特定の困難性な いし立証困難性の回避も除外規定の根拠として は十分ではないとする(陳・前掲6頁)が、前 掲最判が請求原因説ではなく抗弁説を採った背 景から考えれば、保険金請求者側の証明責任の 負担は多少なりとも軽減されているともいえる し、そもそもここでいう証明の困難性というの は、前掲裁判例⑤が、傷害後の医療事故により 被保険者が死亡した場合、右死亡原因が傷害に 16 あるのか医療事故にあるのかの認定作業が困難 というのとは意味合いが異なるのではなかろう か。除外規定の趣旨解釈上の認定・証明の困難 性というのは、あくまでも疾病起因性によるも のかどうか、すなわち、医療事故の内容如何で はなく、診療の契機が傷害ならば一律対象内、 疾病ならば一律対象外という単純・明確な基準 で区別するために論じられていることに注意が 必要であろう。したがって、前掲裁判例の蓄積 によって確立されてきた種々の根拠は、3要件 と結びつけない範囲で、総合的に根拠と考えて よく、本判決がいうところの「疾病に対する診 療上の過失による死亡のすべての場合に災害死 、、 亡保険金(原文ママ)を支払うものとすると、 比較的低廉かつ定額の掛金で災害による死亡に 対して割増死亡共済金を給付する災害特約制度 の維持が困難となるおそれがあることから、疾 病を契機とする診療上の患者事故については、 疾病の診療を目的とした診療行為とはおよそ評 価できないような診療機関の加害行為があった などの特段の事情がない限り、共済事故の対象 から除外する趣旨」というのはそれを端的に示 しているものととらえることができよう。とり たてて医療行為について論理的にどうこうとい うことを突き詰めるのはかなり困難であるし、 保険料を低廉に抑えて普及を図るためにも、む しろ疾病起因性が認められるものについては基 本的に除外しようという趣旨ととらえて差し支 えないと思われる。 ⑶ 除外規定の適用可能性 本判決は、「重度熱中症(熱射病)を筆頭に、 悪性高熱症、高度脱水症及びこれらに対する病 態の合併、感染症による発熱と意識障害、薬物 中毒と感染症の合併、その他何らかの意識障害 を起こす状況で動けなくなっている熱中症又は 脱水症の併発などの可能性が疑われ、いずれに せよ高度の脱水が予想される状況にあった」と 認定した上で、医師のクーリング措置という診 療行為が「高度の脱水等の疾病の治療を目的と するものである」とし、「およそ疾病の診療を 目的とした診療行為とは評価できないような診 療機関の加害行為があったとは認められない」 として、この判示部分で何度も亡Aに対する診 療行為が「疾病」に起因することを認定してお り、このことからすると、除外規定が原則とし て適用されることになるが、その上で、本件事 案での医療過誤が、判旨のいう「疾病の診療を 目的とした診療行為とはおよそ評価できないよ うな診療機関の加害行為があったなどの特段の 事情」に本当に該当しないのかどうかについて の検討が本来はさらなる問題となるはずであ る。しかし、本判決は、「少なくとも一般的ク ーリングなど何らかの冷却措置をし、……集中 治療室に移動させて診療を継続したことなどに 照らせば、仮にそれが亡Aの疾病に対する診療 行為の時期・方法・程度として十分ではなかっ たとしても、……およそ疾病の診療を目的とし た診療行為とは評価できないような診療機関の 加害行為があったとは認められない」として、 診療行為としては不十分とはいえ、亡Aの「疾 病」に対する診療行為であるという価値判断か ら特段の事情には該当しないと結論づけてい る。つまり、本判決ではすべてが事実認定の段 階で亡Aが「疾病」だということから理論構成 が行われているのである。 この点について、 「判 、 旨部分が、高度の脱水等は(原文ママ)疾病で あることを前提としている点」および「判旨部 分が、もっぱら本件診療行為の外形から、それ による結果は『疾病の診断、治療を目的とする もの』に該当すると判示している点」を採り上 げて、まずは熱中症等の発症が疾病に該当する か否かを判断すべきであり、診療過程における 有害結果の防止・回避のための措置の懈怠とい う要素に対する法的評価をも加味して、前掲の 特段の事情への該当性の判断がもっと慎重に行 われるべきであったのではないかとの疑問が提 起されている(陳・前掲7-8頁)。たしかに、 判旨は亡Aが疾病ということを繰り返してはい るが、これは、前掲裁判例①がいうような「被 保険者が身体に傷害を受け、その診療の過程に おいて医師の医療過誤事故が生じたとしても、 その基礎には保険事故としての身体の傷害とい う事実があるからなお保険事故の要件を満たす が、疾病の診断、治療を目的とした医師の診療 上の行為から生じた事故(医療過誤事故を含む) については、疾病を原因とするものとして、傷 害保険の対象から除外することを定めたもの」 として、除外規定の趣旨をとらえていることか ら、熱中症等の発症がそもそも傷害ではないと 判断していることに基づいているものと思われ る。そして多くの保険会社による説明でも、傷 害以外を原因とするものが疾病だとされている 現行実務をも併せると、実は、評価としては先 に、熱中症が傷害ないし不慮の事故に該当しな いという判断から、疾病だと解することになる。 しかし、そのように不慮の事故に該当しないか ら疾病であるというなら、そもそも除外規定へ の該当性如何を検討するということと論理的に 整合性が図れなくなる。したがって、除外規定 に一定の意味を持たせるためには、熱中症が疾 病かどうかを先に検討しておく方が望ましいよ うに思われる。この点につき、わが国は、政令 に基づく総務省告示により、平 18 年1月1日か ら、ICD(疾病及び関連保健問題の国際統計分類) を ICD-10(2003 年版) に準拠して適用していて、 そこでは、T67.0 に熱卒中と熱性発熱がそれぞ れ熱射病および日射病として、また T67.3~5 に日射病が細分化されて分類されており、本件 事案における ICD-9 に準拠している「昭和 54 年版分類提要」でも、E900 に過度の高温という 項目があり、E900.0 に気象条件によるものとし て日射病の外因となった過度の高温という細目 が置かれていることから、医療関係者は熱中症 等の発症が疾病であると判断するのが通常であ り、それに対応すべく行った診療行為を本判決 が疾病に起因した症状の診断・治療を目的とし た行為として、除外規定に該当すると判断した のは無理からぬことであったものと思われる。 それゆえ、熱中症が疾病に該当するかどうかは この判断で十分であったと考えられるのであ り、その検討からもっと慎重に判断をすべきで あったとまではいえないであろう。 3 熱中症と不慮の事故の該当性 本判決は、争点2として、分類項目 14 ただし書 きの過度の高温中の気象条件によるものを除外す る規定の趣旨について、「『過度の高温中の気象 条件による』事故については、人為的原因による ものと異なり、通常、過度の高温になるまでに相 当の時間的間隔があり、その間に結果発生を予見 して回避行動をとり得るから急激性を欠く場合が 多いことなどに鑑み、比較的低廉かつ定額の掛金 で災害による死亡に対して割増死亡共済金を給付 する災害特約制度の制度設計として一律に支払対 象から除外する趣旨と解される」とした上で、亡 Aの熱中症等による高度の脱水が「過度の高温中 の気象条件によるもの」として、除外規定に該当 すると判断し、さらに亡Aが高度の脱水症状にな るまでには相当の時間的経過があったものと認め られること、亡Aが死亡時 37 歳の壮年であったこ とから、熱中症対策のための回避行為をとり得た ことも十分考えられるとして、急激性の要件を認 17 18 めるにも疑問があると判示している。 いる(三浦義道『再訂保険法論』(巌松堂、1930 この点につき、熱中症の発症が過度の高温中の 気象条件によるものと判断を明らかにした初めて 年))。しかし、このようにわが国の保険法学説 において日射病による身体損傷が傷害ないし不慮 の判決として位置付けるものがある(陳・前掲8 の事故に該当しないということは確立されてきた 頁)。従来、日射病については、生命保険契約の 解釈であったにも関わらず、現実には前掲最三小 災害関係特約において自然及び環境要因による不 判平成8年1月 23 日のように日射病が不慮の事 慮の事故から除外されている別表の「過度の高温」 故に該当するかどうかが争われるケースがあるの とは、自然的要因、人為的要因を問わず、何らか の原因で外気又は体温が急激に高温化した場合を は、結局、従来の約款において、「昭和 54 年版分 類提要」によるものとし、分類提要が「過度の高 指すものと解するのが相当であり、「過度の高温」 温」を「気象条件によるもの」「人為的原因によ に該当する場合として、過熱、日射病、熱射病が るもの」「原因不明のもの」の3つに細分化し、 挙げられていることから、不慮の事故の該当性を 約款がそのうちの「気象条件によるもの」を除外 否定した裁判例(大阪地判平成5年8月 30 日判時 していることから、発症したのが日射病であった 1474 号 145 頁)と、過度の高温とは、過度の高温 中の気象条件によるものに限定され、劣悪な作業 としても、それが単純に気象条件のみによって惹 起されたものかどうかが約款解釈上問題となり得 環境と当日の気象条件が相乗した結果、被保険者 るからである。こういった点につき、急激性に関 が日射病によって死亡した場合には、人為的要因 して本判決は疑問を呈して除外規定への該当性を と自然的要因の共働によるものとして、不慮の事 認めたが、すでに医療過誤が不慮の事故に該当す 故に該当するとした裁判例(前掲平成5年大阪地 るか否かについての判断において、本判決は熱中 判の控訴審である大阪高判平成6年4月 22 日判 時 1505 号 146 頁およびその上告審である最三小判 症の発症を認定し、さらにそれを疾病と位置づけ た上で、不慮の事故に該当しないと判示している 平成8年1月 23 日平成6年(オ)1714 号判例集 わけであるから、X側の熱中症に関する主張まで 等未登載)とがある。本件では、Xが、亡Aの熱 別個にわざわざ採り上げて判示する必要性は乏し 中症の発症が気象条件だけでなく、建物の構造に かったのではなかろうか。亡Aの死亡との因果関 よる人為的原因が大きく起因したことによると主 係の濃淡からみても医療過誤について判断するだ 張したこと、および、Yがそれに対して急激性の 要件を満たさないと反論したことから、特に本判 けで十分であったように思われる。むしろ、先に 熱中症について疾病だという判断を示す段階にお 決が踏み込んで判示を行ったというよりは、当事 いて、X側の主張を織り込む形で判断して、それ 者の主張から必然的に急激性の該当性を明確に判 を踏まえて医療過誤についての判断をすれば理路 示せざるをえなかったものとも評価しうるであろ 整然とした判旨になったのではないかと思われ う。 る。その点で、本判決の結論自体は極めて妥当で 過度の高温中の気象条件によるものに関して は、伝統的保険法学においては、主として日射病 あるが、理論構成としてはやや蛇足が多いという か少々雑な感を免れ得ない。また、本件判旨では、 について論じられ、古くは明治期にすでに「災害 亡Aが死亡時 37 歳の壮年であったことから、熱中 保険」の災害の意義として、「外部ヨリ突然發生 症対策のための回避行為をとり得たことも十分考 シタル事故ニ依リ其他落雷、觸電及ヒ爆裂ニ依リ えられるということを急激性の要件を否定する理 被保險者カ其意思ニ因ラスシテ被リタル身體上ノ 由として掲げているが、筆者が複数の医療従事者 傷害ニシテ醫術上之ヲ認識シ得ヘキモノヲ謂フ… …然レトモ普通ノ疾病、傳染病、精神病、卒中、 へのヒアリングで得た回答によれば、亡Aが統合 失調症であることが見落とされている可能性があ 癲癇及ヒ其發作ノ結果、瘰癧及ヒ其ノ結果、感冒、 るとのことであった。というのも、統合失調症の 中毒、凍傷、日射病、其他氣候ノ變化ノ爲メニ受 患者は、体温の感覚が鈍くなっているケースが多 ケタル影響……ノ如キハ此保險ノ意義ニ於ケル災 く、酷暑の中でもセーターを着ていて平然として 害ニアラス」とすでに指摘されており(村上龍吉 いたり、真冬の積雪の中でタンクトップ1枚で過 『最近保険法論(全)』(有斐閣、1908 年))、 それは昭和初期においても「疾病カ傷害ニ非サル ごしても平気だったりするが、それは脳としての 感覚の問題であって、身体的には確実に変調を来 コト勿論ナリ。然レトモ傳染病ニ罹リタルカ如キ、 し、熱中症や凍傷になるため、気候の厳しい場合 日射病ノ如キ亦傷害ニ非スト解セラル」とされて には、体温調節について一定の監視監督が必要な ことが多いからだそうである。したがって、判旨 形式をとるものが多くなっているため、今後争わ のこの部分には医学的には説得力がないようにも 思われる。 れるとしても、そういった約款を用いている場合 には本判決と同様の結論に至るものと考えられる なお、従来から日射病や熱中症等の過度の高温 のであって、訴訟提起以前に未然に淘汰されるも 中の気象条件によるものと急激性との関係に関し のと思われるが、そういった約款を未だに用いず ては、そもそもそれらが疾病として取り扱われて に依然として分類提要に準拠している約款を用い きた(酒井・前掲 253 頁)こと、および、それら ている場合には、無駄に訴訟コストがかかりうる は高温がある程度以上の時間継続しなければ生じ ないことから急激性の要件を欠くと解されてきた 可能性は否定できないであろう。 ことは周知の通りであり、ここではこれ以上深く (竹濵修教授追加説明) は立ち入らない。日常生活の中で日射病等が生じ ⑴ 本判決は、原告Xの主張に対して概ね丁寧に る場合には、被保険者が予測・回避可能であるか 対応しており、別表の分類項目への該当性の判 ら、急激性だけでなく偶然性の要件も欠くと解す 断に際して、いずれも本文と除外事由を含めて、 るのが多数説である(江頭憲治郎「判批」ジュリ 1110 号 169 頁(1997 年)、山下・前掲書 454 頁、 その趣旨から説き起こしている。 分類項目 10「外科的及び内科的診療上の患者 ⑵ 潘阿憲『保険法概説』288 頁(中央経済社、2010 事故」については、 「疾病の診断、治療を目的と 年))。また、急激性そのものの要件性について したものは除外する」と定められており、結局、 もその位置づけをめぐって従来から一定の議論が 判旨は、 「疾病を契機とする診療上の患者事故に あるが、とりあえずは「時間的な間隔があれば結 ついては、疾病の診療を目的とした診療行為と 果としての予知と回避が可能という意味で偶然性 の要件を補完する意味をもつという側面ととも はおよそ評価できないような診療機関の加害行 為があったなどの特段の事情がない限り、共済 に、時間的経過を経て生ずる身体障害が傷害なの 事故の対象から除外する趣旨」であるとしてい か疾病なのかの区別の困難を回避するための要件 るので、これによれば、分類項目 10 で保障対象 で外来性の要件を補完するという側面があるもの となるのは、診療行為とはおよそ評価できない と理解される」という見解(山下・前掲書 450 頁) 診療機関の加害行為などの特別な場合である。 に沿って、かつてはなかった急激性の要件を明記 して、要件を満たさないものを不慮の事故から除 診療行為と見られる範囲に入る限りは、分類項 目 10 の保障対象ではないことになる。 外する方が、契約者・被保険者側との間でのトラ ⑶ 分類項目 14「自然及び環境要因による不慮の ブルを回避・防止するためにも有益である(古瀬 事故」については、 「過度の高温(E900)中の気 政敏「生保の傷害特約における保険事故概念をめ 象条件によるもの」等が保障範囲から除外され ぐる一考察」保雑 496 号 131 頁(1982 年))と解 ている。この除外は、「『過度の高温中の気象条 しておけば十分であろう。 最後に本件事案における2つの争点について 件による』事故については、人為的原因による ものと異なり、通常、過度の高温になるまでに は、「保険者が保険給付責任を負わない事由とし 相当の時間的間隔があり、その間に結果発生を て明示してあり、その文言も特段不明確ともいえ 予見して回避行動をとり得るから急激性を欠く ず、過去の裁判例も保険者の責任を否定している 場合が多いことなどに鑑み、比較的低廉かつ定 が、それにもかかわらず保険者の給付を求めて本 額の掛金で災害による死亡に対して割増死亡共 件のような訴訟が提起されるのは、契約者側にお いてはやはり事故により死亡したという印象を拭 済金を給付する災害特約制度の制度設計として 一律に支払対象から除外する趣旨と解される。」 えず、保険給付がされないということに納得感が という。本件判決は、以上の解釈に基づき、熱 ないという事情があるように思われる」として、 中症により高度の脱水症状となり、被共済者が それぞれの争点について今後とも争われることは 死亡した事案について、時間的な事実経過を追 避けられないという指摘がある(山下友信「コメ って、被共済者が熱中症になるまでに相当に回 ント」事例研レポ 266 号 10 頁(2013 年))が、 現在では、分類提要に準拠する形式をとらずに、 避行動が可能であったことから、 「過度の高温中 の気象条件によるもの」に該当すると判示した。 急激・偶発・外来の3要件の定義を明確に定めた 判旨は、概ね被告Yの主張通りの判断を示して 上で、該当しないものについて限定的に列挙する いる点が特徴的である。 19 (大阪:平成 26 年7月 11 日) 報告:関西大学 教授 笹本 幸祐 氏 座長:立命館大学 教授 竹濵 修 氏 千森 秀郎 氏 (弁)三宅法律事務所 弁護士 20