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第3章 ホタル観光の現状について

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第3章 ホタル観光の現状について
第三章 ホタル観光の現状について
本章では先ず,ホタル観光の定義と同観光を実施する意義,文献調査から把握したホタ
ルの種類と生息条件,ホタル観光の形態についてまとめる.次に,文献調査とプレヒアリ
ング調査から明らかになったホタル観光の問題点・課題とその解決のための取り組みにつ
いて述べる.
3-1 ホタル観光の定義
本研究ではホタル観光を「ホタル祭りや鑑賞会などの関連したイベントを開催するとと
もに,同イベント情報を外部に向けて発信すること」と定義する.観光である以上,関連
イベントを地域のために開催しているだけではなく,集客のためにその情報を外部に発信
する必要があると考えるからである.
3-2 ホタル観光を実施する意義
次に,ホタル観光を実施する意義について,地域の活性化とホタルの保全の 2 つの観点
から述べる.
■地域の活性化
ホタル観光は地域の活性化にとって重要である.たとえば同観光を実施することで,地
域内外から多くの人が訪れることにより地域の経済振興につながる.また,ホタル観光の
中には,長野県辰野町の「辰野ほたる祭り」や山口県下関市豊田町の「豊田ほたる祭り」
のように,何十年と継続して実施されているものもある 1).このように何十年と継続して開
催され,地域に根付いているイベント・行事は地域の伝統的な文化の創造にもつながると
考えられる 2).地域内での行事やイベントは一般に,地域住民のコミュニティ活動の場を創
造する役割があるとも言われている 2).
■ホタルの保全
ホタル観光はホタルの保全にとっても重要である.たとえば同観光を実施することは,
地域内外に対して,ホタルが飛翔している地域の自然環境を PR することにつながり,地域
の自然・ホタルが有名となることで,地域住民のホタルに対する保護意識の向上につなが
る 3).また同観光の収益によって,ホタルの保護・飼育活動費を確保している地域もある 1).
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3-3 ホタルの種類と生息条件
次に,ホタルの種類と生息条件,飛翔箇所について述べる.
3-3-1
ホタルの種類
ホタルは世界中で約 2000 種が知られている.そのうち日本には約 50 種が生息している
が,その約半数の成虫は昼行性で光らず,発光するホタルのみが鑑賞の対象となっている
4)
.鑑賞の対象となる主なホタルの種の名称と特徴を表 3-1 に示す.
表 3-1
名称
ゲンジ
ボタル
ヘイケ
ボタル
ヒメ
ボタル
クロマド
ボタル
オバ
ボタル
鑑賞の対象となる主なホタルの種 5)
特徴(成虫)
九州から青森の低地まで,湧水源や用
水路,河川を中心とした流水域に生息
し,国内では成虫が光る最も大型のホ
タルである.
九州から北海道の低地から高知まで,
湿原や水田,池,用水路,河川に生息
する.
九州から青森(小型種は神奈川以西)
まで分布し,山地近くの林緑に生息す
る.
近畿地方以北(東)の本州に分布し,
山林の林緑などに生息する.
九州から北海道,千島,樺太まで分布
し,林緑の草地など湿ったところに生
息する.
特徴(幼虫)
水中(川底など)に生息し,カワニナな
どの淡水巻貝をえさにし,9 ヶ月ほどで
成長すると上陸して土にもぐり,さなぎ
となる.
田んぼの用水路などの水底に生息し,カ
ワニナ・タニシ・シジミ,衰弱した小動
物などを食べる.
地中に生息し,地中性のオカコウジガイ
などの小型巻貝を食べる.
地表に生息し,昼間は岩や落ち葉の下に
潜む.
地中や朽木中に生息し,小型陸生巻貝や
ミミズなどをえさにしていると考えら
れている.
表に示すように,日本の生息する約 50 種のホタルのうち,鑑賞の主な対象となっている
のはゲンジボタルとヘイケボタル,ヒメボタル,クロマドボタル,オバボタルの 5 種であ
る.中でも,ゲンジボタルとヘイケボタル,ヒメボタルの 3 種が成虫となって強く発光し,
一般的に鑑賞の対象とされる.その中でも,大型で発光が強く“見栄えのする”ゲンジボ
タルを鑑賞の対象とする地域が多い.なお少数ではあるが,クロマドボタルやオバボタル
を鑑賞の対象とする地域もある.4)
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3-3-2
ホタルの生息条件
鑑賞対象となるホタルの一例としてゲンジボタルの基本的な生息条件を表 3-2 に示す.な
お,表はゲンジボタルについてまとめたものであるが,これらは鑑賞対象となるホタルに
共通する生息条件である.
表 3-2 ゲンジボタルの基本的生息条件 6)
条件
成虫
卵
幼虫
・飛翔空間がある.
・風当たりが強くない.
・人工照明がない.
・休息場所となる木陰がある.
・水際にコケが生えている.
・水質が安定している.
・溶存酸素量が豊富である.
・農薬・家庭排水が混入しない.
・瀬や淵のある多様な形態の河川である.
・水質全体が長期間安定している.
・カワニナが豊富に生息している.
・カワニナの餌が豊富である.
表に示すように,鑑賞対象となるホタルの成虫にとっては「人工照明がない」必要があ
る.発光するホタルの成虫は発光活動によってコミュニケーションを図るため,人工照明
を設置することでホタルの繁殖を妨害する可能性があるためである.
また,ホタルの成虫には「休息場所となる木陰がある」必要があるため,成虫の飛翔期
間中に草刈りを実施することは,ホタルの休息場所を奪ってしまう可能性がある.一方,
ホタルの産卵には,産卵場所である「水際にコケが生えている」必要がある.そのため,
ホタルの飛翔期間中に川底のゴミや清掃を実施することは,ホタルの産卵を阻害する可能
性がある.
3-3-3
ホタルの飛翔箇所
鑑賞対象となるホタルは,河川や田んぼ周辺,沼地周辺の流水域に飛翔するものもあれ
ば,山間部や林緑部に飛翔するものもある.このため,ホタルの鑑賞会も市街地内,市街
地外の河川や山間部など,様々な場所で開催される.3), 7)
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3-4 ホタル観光の形態
次に,ホタル観光の形態について,鑑賞の方法と関連するイベントの内容に分けて述べ
る.
3-4-1
鑑賞の方法
ホタルの鑑賞の主な方法は,自由散策と鑑賞専用の建物,鑑賞用バス・舟の利用の 3 つ
である 4).それぞれの鑑賞の方法の内容について表 3-3 に示す.
表 3-3
方法
自由散策
鑑賞専用
の建物
バス・舟
の利用
ホタル観光におけるホタルの鑑賞方法 4)
内容
来場者が地域内に飛翔するホタルを自由に鑑賞する.
ホタルドームやホタル館と称されるものでホタルを放した建物内で見物人
が鑑賞する場合やビニールハウス内で発光するホタルを外側から眺める場
合などがある.
バスは無料と有料の場合がある.来場客は,前照灯を消し川岸を低速で走行
するバスの開け放った窓からホタルを眺める.舟はすべて有料で,来場客を
乗せた舟が上り下りしながら,川面から岸辺の草むらのホタルを鑑賞する.
表に示す最初の自由散策は,大半の地域で採用されている鑑賞方法である.しかし,自
由散策には,川岸からの転落や草むらでの怪我,岸辺の踏み荒らし,来場者によるホタル
の捕獲など懸念される事項が多い.鑑賞専用の建物は,自然そのままの状態とは言えない
が,安全に確実に鑑賞できるという点に利点がある.バス・舟の利用は,どちらもホタル
の生息環境を来場者が踏み荒らす心配がないことと,まとまった行動を取らせることがで
きるなどの点で優れた方法である.
3-4-2
ホタルに関連するイベントの内容
近年では,全国各地で「ホタル」と銘うった様々な種類のイベント・催しが開催されて
いる 1).ホタルに関するイベントの主な種類と内容を表 3-4 に示す.
表に示すように,ホタルに関するイベントとしては大きく,観察会と総合学習,コンサ
ート,ホタル祭りの 4 つがあるようである.
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表 3-4
種類
観察会
総合学習
コンサート
ホタル祭り
ホタルに関するイベントの種類と内容 8)
内容
ホタルの飛翔する姿を多くの人に見てもらうために開催する活動である.
ホタルに関する学習会を開催し,地域の自然や環境,文化,歴史を学ぶき
っかけを与えようとする活動である.
ホタルの飛翔する時期に,飛翔地近辺の屋外で音楽の発表会や伝統芸能を
披露し,多くの人にホタルに関心を持ってもらおうとする活動である.
ホタルの飛翔する時期に祭りを開催して,ホタルへの関心を持ってもらお
うとする活動である.
3-5 ホタル観光の主要な問題
最後に,ホタル観光の保全上および一般的な問題点・課題とその対策を,文献調査から
把握した「光害」「ホタル生息地への立ち入りおよび採集」「他地域からの移入による遺伝
子かく乱」
「車での来場者への対応」とプレヒアリング調査から把握した「暗闇の中での来
場者の安全確保」
「人手不足」の 6 つの項目にわけて述べる.
3-5-1
光害(ひかりがい)
本研究では,ホタルにとっての良好な「照明環境」の形成が阻害されている状況,また
はそれによる悪影響を「光害」と定義する.
光害の原因となる光には人工照明や車のヘッドライトなどがある.これらの光がホタル
の成虫の飛翔や発光活動を抑制する,あるいは幼虫の上陸行動を阻害するなど,ホタルの
生息に大きな影響を与える.特にホタル観光を実施している地域では,鑑賞者の安全確保
のために設置されている人工照明や鑑賞者の懐中電灯などによって,ホタルの発光活動が
阻害される可能性がある.3), 6)
そのため地域によってはその対策として,散策コースを設定する 3),あるいは臨時駐車場
を設置してシャトルバス・送迎バスを運行する 3),人工照明をナトリウム灯に交換する 9),
地域住民へライトダウンを呼びかける 3)などを実施している.
3-5-2
ホタル生息地への立ち入りおよび採集
鑑賞者によるホタルの生息地への立ち入りおよび採集がホタルの生息環境を悪化させる
場合がある.たとえば,鑑賞者によるホタルの採集が継続的に行われると,ホタルの個体
数が減少し,極端な場合には絶滅に至る恐れがある.3), 6)
そのため地域によってはその対策として,散策コースを設定する,あるいはホームペー
ジやホタルパトロールによって鑑賞者に鑑賞のマナーの周知を図るなどを実施している 3).
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3-5-3
他地域からの移入による遺伝子かく乱
ホタルには生態的特徴など,それぞれの分布域に応じて生物地理学上生じた「地域固有
性」がある
3), 10)
.ゲンジボタルのハプロタイプ(遺伝子型)を地域ごとに示したものを図
3-1 に示す.
図 3-1
遺伝型から見たゲンジボタルのハプロタイプグループ 6)
図で示すように,ハプロタイプの塩基配列によって,ゲンジボタルは,東日本と西日本,
九州という大きな 3 つの系統と 6 つのハプロタイプグループに分けることができることが
わかっている.遺伝子の違う他地域のホタルが持ちこまれた場合,ホタルの生態型や遺伝
子型の分布状態をかく乱してしまう可能性がある.特にホタル観光に力を入れている地域
の中には,鑑賞者を多く呼び寄せるために,他地域のホタルを持ちこみ,ホタルの数を確
保しているところもある.6), 10)
また,遺伝子かく乱は,ホタルの幼虫の餌となるカワニナについても言える.他の河川
から大量に採取した,あるいは業者より購入したカワニナを放流し続けるなどの遺伝学的
汚染・遺伝子かく乱が進んでいるところもある.6)
そのため一部の地域ではその対策として,ホタルやカワニナの外来種に関する情報を収
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集し,発信している 3).
3-5-4
車での来場者への対応
ホタルは山間部などの都心から離れた地域に飛翔する場合もあるため,ホタル観光を実
施している地域の中には,公共交通機関でのアクセスが極めて悪い地域も多数存在する 3).
このため,車で来る鑑賞者が増加しており,車の不法駐車によって近隣住民の苦情が増加
している地域もある
11)
.また,車のヘッドライトによる光害によって,ホタルの発光活動
が阻害される可能性がある 6).
そのため地域によってはその対策として,臨時駐車場を設置してシャトルバス・送迎バ
スを運行する,あるいは暗幕等によるライトの遮りなどを実施している.3)
またプレヒアリングの結果から次の 2 つの問題点・課題が考えられた.
3-5-5
暗闇の中での来場者の安全確保
人工照明などの光は,ホタルの生態に悪影響を与えるため,守山市と米原市のホタル飛
翔箇所の周辺では,人工照明を遮光する,もしくは点けないようにしていることがわかっ
た 4), 7).しかし,そのためホタル飛翔箇所の周辺が暗くなり,イベント来場者の足元の安全
を確保することが難しく,特に飛翔箇所は河川周辺など流水域が多いため,来場者が河川
へ転落する危険性が考えられる.
そのためプレヒアリング調査の対象地域ではその対策として,散策コースを設定する,
あるいは見廻りなどを実施していた 3), 7).
3-5-6
人手不足
米原市のホタルは都心から離れた農山間地域に飛翔していることがわかった 7).このため,
ホタル観光を実施する地域の中には,地域の高齢化や過疎化により,運営スタッフやボラ
ンティアが不足することが考えられる.また,ホタルの鑑賞は夜間に行われるため,昼間
に実施されるイベントに比べて,市民・住民からのボランティアを確保することが難しく,
イベントの来場者数が多い地域においては,その対応のための人手が不足することも考え
られる.人手が不足すると,光害の対策やホタル鑑賞マナーの周知,来場者の誘導などが
実施できず,ホタルの生態にも悪影響を及ぼす可能性が考えられる.
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3-6 ホタル観光の現状のまとめ
文献調査とプレヒアリング調査の結果,ホタル観光の現状や問題点・課題を部分的にで
はあるが把握することができた.以下,調査の結果,把握できたことを,同観光を実施す
る意義とホタルの種類,飛翔箇所,ホタル観光の形態,同観光が抱える問題点・課題ごと
にまとめる.
ホタル観光を実施する意義
・ 地域内外から来場客が多数訪問することにより,地域の経済振興につながる.
・ 伝統的な文化や地域住民のコミュニティ活動の場を創造することにつながる.
・ 自然環境の PR となり,地域の自然・ホタルが有名となることで地域住民のホタルに対
する保護意識の向上や,ホタルの保護・飼育活動費の確保にもつながり,ホタルの保全
の観点からも重要な役割を担っている.
ホタルの種類と飛翔箇所
・ 主に 5 種のホタルが鑑賞に対象となり,その中でもゲンジボタルやヘイケボタルを鑑賞
の対象とする地域が多い.
・ ホタルの飛翔箇所は,市街地内や市街地外の山間部,河川周辺など様々である.
ホタル観光の形態
・ 主なホタル鑑賞方法としては,自由散策と鑑賞専用の建物,バス・舟の利用の 3 つがあ
る.
・ 実施されている主なイベントとしては,観察会や総合学習,コンサート,ホタル祭りな
どがある.
ホタル観光の問題点・課題
・ 大きな問題点・課題としては「光害」
「ホタル生息地への立ち入りおよび採集」
「他地域
からの移入による遺伝子かく乱」
「車での来場者への対応」などがある.
・ 光害に関しては,人工照明や車のヘッドライトなど光が,ホタルの成虫の飛翔や発光活
動を抑制する.
・ ホタル生息地への立ち入りおよび採集に関しては,鑑賞者によるホタルの生息地への立
ち入りなどがホタルの生息環境を悪化させる.
・ 遺伝子が異なる他地域のホタルが持ちこまれた場合,ホタルの生態型や遺伝子型の分布
状態をかく乱する.
・ 車での来場者への対応に関しては,来場者の不法駐車によって地域住民からの苦情が増
加する.また,車のライトが光害の原因となる.
・ 上記の問題点・課題に加えて,光害を避けるために人工照明を遮光すると,鑑賞場所が
暗くなり,来場者の安全確保が困難となる可能性や,地域によっては運営スタッフやボ
ランティアが不足している可能性がある.
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<参考文献>
1) 福神啓太:地域ぐるみによるホタル保全活動の促進に関する研究-滋賀県守山市を対象
として-,滋賀県立大学環境科学部卒業研究報告書(2008)
2) 成松正規・他:都市における祭り礼及びイベント空間の研究-南関町関を事例として-,
学術講演梗概集 F-1(都市計画,建築経済・住宅問題),pp.719-720(2010)
3) ホタルの森資料館,2010-7-29,私信
4) 梶田博司:全国各地のホタル祭りの分析とポスター等のデザイン的考察,川崎医療短期
大学紀要,17,pp.73-79(1997)
5) 学 研 キ ッ ズ ネ ッ ト : 学 研 ホ タ ル ネ ッ ト < http://kids.gakken.co.jp/hotaru/index.html > ,
2011-11-21
6) 東京ゲンジボタル研究所:ホタル百科事典<http://www.tokyo-hotaru.com/jiten/hotaru.
html>,2010-12-29
7) 米原市役所,2010-12-17,私信
8) 三宅康成・他:農村文化のシンボルとしてのホタル保全活動の展開,農業土木学会誌,
71,pp.237-240(2003)
9) 大場信義:だれにでもできるホタル復活大作戦,合同出版株式会社(2004)
10) 鈴木浩文:ホタル保護・復元における移植の三原則-東京都におけるゲンジボタルの遺
伝子調査の結果を踏まえて-,全国ホタル研究会誌,34,pp.5-9(2001)
11) 中村好夫・他:名水箱島湧水を活用した住民による農村の観光里作り,農業土木学会誌,
72(11),pp.941-944(2004)
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