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利害が対立する問題に正面から 取り組んで、市民と

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利害が対立する問題に正面から 取り組んで、市民と
連載◎
コア人材たる
職員に期待する
青森県八戸市長
小林 眞
第12回
利害が対立する問題に正面から
取り組んで、 市民と厚い信頼関係を
構築できる職員が必要
八戸市は人口23万8,867人(平成25年12月31日現在)の青森県東部の中心都市である。平成17年に市長に
就任し現在3期目の小林眞市長は、就任までに地方公務員、国家公務員として30年のキャリアがあり、一
貫して地方自治に関わってきた。市職員には、市と市民、市民の間の利害関係をうまく調整して納得させら
れる人物像を期待するが、そのためにはまず、自分の専門分野のエキスパートになることが必要だと話す。
大蔵省(現・財務省)とわたりあい、
自治体にも物を言う
るために、地方自治体の側に立って仕事をしてい
ました。
─市長就任まで一貫して公務員として勤務され
─国の省庁で身分は国家公務員でも、地方自治
てきました。その当時を振り返って、ご自身の仕
体の味方だったわけですね。
事ぶりはいかがでしたか。
小林 それでも、放漫な財政運営、問題のある行
小林 旧・自治省は霞が関の中でも野党的な立場
政運営をしている自治体には、きっぱりと「助
の省庁で、財政措置をめぐって関係省庁、特に
言」して是正を求めました。自治体にとっては耳
旧・大蔵省とは徹底的に議論しました。全ての地
の痛いことも言います。大蔵省との折衝で「この
方自治体について翌年度に標準的な行財政運営を
ようなムダなことをしている自治体もある」と例
行った場合に必要な額はいくらであるかを計算し
を挙げて指摘されたら、地方自治体にとって本当
ます。しかし、収入において国の補助金と地方税
に必要なお金も得られなくなる恐れがあるからで
収入を全て足したとしても必要な額にはいきませ
す。
「もっと自主財源を持ってください」
「もっと
ん。そこでその不足分を補うのが地方交付税交付
地域経済を振興させて税収増のために努力してく
金であります。我々としては法律に基づいて、も
ださい」と助言することもありました。
らって当然のお金だと思っていますが、大蔵省は
─地方公務員も国家公務員も経験されています
「自治省の予算要求」と思っている。そこで交渉
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なることもありました。地方財政の財源を確保す
が、仕事をする面ではどこに違いがありましたか。
するわけですが、大蔵省は自治体の仕事を細かく
小林 国家公務員は国を背負っているとよく言わ
挙げて「いらないものもある」と言い、我々は
れますが、国と地方で守備範囲は違っても、公務
「いや、必要です」と説明します。時には激論に
員の「託された職責はきちんと果たす」というモ
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コア人材たる職員に期待する
プロフィール
小林 眞(こばやし・まこと)
昭和25年八戸市生まれ。東北大学法学部を卒業し青森県
庁に入庁。昭和54年に自治省(現・総務省)に入省。平
成3年から埼玉県浦和市の企画部長としてJリーグ浦和
レッズの市民応援組織づくり、大宮市、与野市との合併
推進(現・さいたま市)に携わる。平成17年総務省自治
財政局財務調査官などを経て、同年八戸市長選挙に出馬、
当選して就任し現在3期目。趣味は読書、スポーツ観戦、
カメラ、音楽など。
チベーションに違いはないと思います。ただ、守
自身が言われるような良い地方行政につながって
備範囲に応じて物の見方、考え方の差は当然、出
いましたか。
てきます。国家公務員は計画をつくり、法律をつ
小林 首長の熱意は少なからず職員の士気にも反
くり、予算を配分するという立場ですが、地方公
映していますが、キラリと光る良い職員がいる自
務員は地域の住民の方々と毎日直接、接していま
治体では、首長自身が職員の仕事ぶりを見たり、
す。
「自治体は大局的な見方ができないのか」と
その提案を聞いたりしているうちに啓発される、
言われることもありますが、結果的にそうならざ
言ってみれば首長が職員に磨かれる面は絶対にあ
るを得ないこともあり、批判されるようなことで
ると思います。職員の提案が首長の頭の中に入っ
はないと思います。
て消化されて良い政策になることもあるでしょう。
自治体の首長が
職員に磨かれることもある
職員の力は大きいと思います。
─幹部職員に良い人材が揃っていると、首長と
の二人三脚で良い地方自治が実現できるというこ
─旧・自治省で全国の全ての自治体に対応する
とですか。
のは大変ではなかったですか。
小林 きちんとした人事制度があって、しっかり
小林 全都道府県、その県庁所在地の全てと主要
した人物がしかるべきポストに登用されている組
な市町村は訪問したと思います。正直に言えば職
織であれば、首長は彼らと信頼関係を築いて仕事
員の資質や仕事ぶりに差がないわけではありませ
をすることができます。そこまでできるのなら首
んでした。地方交付税の検査などさまざまな機会
長冥利に尽きるのではないかと、私は思います。
に自治体を訪れましたが、資料の揃え方、説明の
しかた、理解度などに差が見受けられました。住
ふるさとの八戸市長に立候補した理由
民の身近なところでさまざまな仕事をするのが地
方公務員ですから、おそらく住民の福祉やサービ
─中央で地方自治に関わる仕事をする中で、青
スにも差が出て、仕事をよく理解している良い職
森県の自治体についてはどう思われましたか。
員を多く抱え、住民の目線で制度をつくり運用し
小林 青森県はどうしても、産業も、それを支え
ているような自治体は、住民の幸福度も高くなる
るインフラも取り残されている面があり、それは
のではないかと思いました。
自治体の責任というより国の国土形成や産業政策
─エネルギッシュな首長がいる自治体は、市長
に影響された部分も多いのです。
「むつ・小川原
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平成18年度から開催されている住民自治推進懇
談会
総合開発」のような巨大開発が行われましたが、
と思いましたが、おかげさまで八戸駅の新幹線の
うまくいかず、国の政策に翻弄されたという負の
乗降客数はずっと継続して増え、今は開業時の約
側面があります。ただ、農業など第一次産業は非
6割増しです。新幹線の開業効果を一番受けた都
常にすばらしいものがあります。八戸は水産業で
市と言えるのではないかと思います。企業の誘致
は漁獲高が全国第7位に入る全国有数の都市です。
件数も伸びていますが、そのPRの柱は「新幹線で
それをしっかり活かせば良い。また、県民性は非
東京から3時間」で、かなり大きな効果がありま
常にすばらしい。粘り強くて明るくて、津軽の人
した。
は社交的で南部の人は奥ゆかしいけれども人な
つっこいとちょっと違いますが、日本一の県民性
を持っているのではないかと思えます。数字でみ
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8年かけて完成した一般廃棄物最終処分場
利害関係の調整ができる職員を
育てるには
る豊かさとは違った住みよさを備えている県だと
─市長就任前の八戸市政との関わりはどうだっ
思います。
たのでしょうか。
─市長選挙に立候補されたきっかけは何でした
小林 実は、市役所勤務の幹部職員の顔はよく
か。
知っていました。旧・自治省でも総務省でも実務
小林 平成17年9月に立候補を表明して総務省を
研修という形で自治体職員を1年間、受け入れて
退職し、選挙は10月に行われました。当選して就
いましたが、私からも研修に来るように働きかけ
任したのは11月です。八戸は交通インフラが整っ
て、八戸市役所から継続して来ていました。今で
た工業都市で、市の行政がもっとしっかりした政
は総務省だけでなく、内閣府、復興庁や環境省に
策を出して進めていけば発展する可能性は高いと
も研修にいっています。
思っていました。周囲の勧めもありましたが、市
─市長就任にあたり、その幹部職員の皆さんと
政をずっとウォッチしてきましたし、私であれば
の信頼関係はうまく構築できましたか。
かなりのことができるだろうという思いもあって、
小林 私は現職の前市長に対抗して立候補して当
立候補しました。
選しましたので、市職員との軋轢がなかったと言
─市長に就任されたのは東北新幹線の八戸開業
えば嘘になります。でも職員の側も市長が交代す
から3年後ですが、企業誘致、産業振興が小林市
れば、それに合わせようと努力するものです。市
政の大きな柱だと聞いています。
長が交代したら組織がおかしくなった、市政が混
小林 八戸市は昭和39年に新産業都市に指定され
乱したことは全くありませんでした。私が示す方
て以来、臨海部に大手企業の工場が進出し周辺部
針もしっかり理解してくれたと思います。私も市
から人口が集まって発展してきました。東北新幹
の業務内容について徹底したヒアリングを行いま
線が平成14年に八戸まで開通した頃は日本経済は
したが、そこでの意見交換が各部署の職員との融
バブルが崩壊した後のデフレの時期でどうなるか
和を図る一番の方法であったと思います。
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コア人材たる職員に期待する
東日本大震災で大きな被害を受けた港湾施設
復旧後の八戸港
─職員の意識改革の必要はお感じになりました
事をする中では、そうでもないという例もけっこ
か。また、そのために行ったことは何かあります
うあります。ある市民が話していることをその通
か。
りにした場合、八戸市民全体にとっては決してプ
小林 よく「意識改革が必要」という言い方がさ
ラスにならないことも、現実にはあります。職員
れますが、そのような言葉の使い方は、公務員一
はその時にどう判断するかです。
「ゴネ得」とい
般の実態を見ていないのではないかという気がし
う言葉がありますが、大声で物を言う人も市民で
ます。職員は皆、ふだんからしっかり勉強し切磋
すし、本当に困っているけれどもなかなか声をあ
琢磨しています。一部に不心得者がいるかもしれ
げられない人も市民です。両方の声を集めてきて、
ませんが、それはどこの世界も同じです。八戸市
市の政策として何をどう進めていくのがいいのか、
役所だけでなく日本全国の自治体でも、しっかり
冷静に、客観的に判断することが必要です。
勉強しながらがんばっている職員の割合は高いと
─具体的に八戸市政では、どんな難問がありま
思います。ふまじめだからまじめにやれというレ
したか。
ベルの意識改革は必要ないけれども、その中であ
小林 私が市長に就任して最初に行ったのが、廃
えて意識改革と言うのであれば、私が考えている
棄物の最終処分場をどこに建設するか決める仕事
ことと、土木、福祉や教育などそれぞれの行政分
でした。候補地の地元で住民説明会を行って、厳
野で職員が自分なりに考えていることを、同じ思
しい意見もいろいろいただきながらなんとか理解
いで共有できるかどうかでしょう。市長と職員が
していただき着工にこぎつけ、8年かけて昨年、
同じ目線で仕事ができるように私も努力しました。
完成しました。地元住民の皆さんも廃棄物の最終
他の自治体の先進例などをよく勉強している職員
処分場の必要性はわかってくださるのですが、
がいますが、そういう職員と議論すると私も「な
「なぜ、ここなのか」
「そんな話は聞いていない」
るほど」と影響を受けて、新たな視野が開けるこ
と反対される。感情的な方もいらっしゃる。職員
とがあります。
が町内会長のお宅を回って説明して、住民の方の
─職員の意識改革に関して「市民目線を持て」
お話もよく聞いて、施設を焼却灰が飛散せず周辺
と言われることがありますが、これについてどう
環境への影響が小さい「クローズド型」にすると
思われますか。
提案して、実際に建設されているそのタイプの施
小林 政治家の方は「国民目線」
「市民目線」と
設まで一緒に見学に行くなど、理解していただく
よく言われますが、私としてはそれに少しクエス
ための努力を積み重ねていきました。その中で市
チョンマークがあります。
「市民目線」を持つこと
職員と住民の方との人間同士の信頼関係が生まれ
は当然で、総体としての市民のための福祉の向上、
てきました。そんな関係が構築できるような資質
幸福度を上げていくのは職員として当たり前の話
も、特に市町村の公務員には求められるでしょう。
ですが、窓口などの現場で市民と接触しながら仕
─そのように利害関係の調整をして納得してい
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避難所で住民の声を聞く被災世帯応援チーム
三陸復興国立公園に指定された種差海岸
ただくのは本当に大変ですが、それができる人材
役所を設け、当初は村役場で行っていた業務をそ
の育成は、難しくないでしょうか。
のまま引き継ぎました。急に変えるのではなく、
小林 財政面では非常に厳しい情勢でも、そうい
本庁業務と重なるものは順次、時間をかけて統合
う人材は本当に必要だと思います。それにはまず
していきました。ITによる事務の効率化も活用し
豊富な専門的知識が必要で、そのための勉強はま
ながら、旧・南郷村の住民の声も市にしっかり届
さに市町村アカデミーに最も期待する部分です。
くような形をとっています。
この基盤がないと話になりません。その上に経験
を積み重ねたり、諸先輩からアドバイスを受ける
ことで人材は育っていくものであると、私は思っ
ています。
自分の担当地域を持つ
「地域担当職員制度」
─制度として、市職員が地元の住民と密接な関
係を築けるようなしくみはありますか。
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東日本大震災で
職員と市民の絆が深まった
─市長から見て八戸市の職員の皆さんのここが
すばらしいという点と、ここはまだ努力が必要だ
という点を教えてください。
小林 強烈な郷土愛がある点がすばらしいですね。
八戸のことが好きな職員が多く、全国の郷土食の
「B-1グランプリ」で優勝した時のように、市民
小林 当市では「地域担当職員制度」を設けてい
のグループを支えて、職員の立場を超えて八戸を
ます。本来業務が市民課でも介護保険課でも、職
盛り上げようとがんばっている人がたくさんいま
員は市内のどこか1つの「連合町内会」の地域を
す。それとは裏腹に、これはこの地方の人の特性
担当して、その要望を市につなぐ役割を果たしま
でもあるのですが、自己表現がやや控えめです。
す。地域担当職員は町内会と同じ目線、同じスタ
奥ゆかしいというか、あまり自分を前に出さなく
ンスです。道路の補修など大小さまざまな要望を
て、私も、職員はもっと自分を出していいのにと
聞き、町内担当会議で担当地域の立場を代表して
思うことがけっこうあります。自己主張する人が
「何とかならないか」と提案します。その中には
あまり尊敬されない土地柄ではあるのですが、仕
市だけでは解決が難しく、県や国とかけあわなけ
事の上では「私はこう思う」
「それは違うと思う」
ればならない問題もあります。
というやりとりが、もっとあっていいと思います。
─全国的な傾向として「平成の大合併」の後、
─東日本大震災では、八戸市も被害を受けまし
「役所が遠く感じられるようになった」という感
た。それを経験して職員の皆さんにも何か変化が
想を持つ住民が少なくないのですが、そのような
ありましたか。
制度があれば十分補えますね。
小林 69か所の避難所が設けられ1万人近くの方
小林 当市も、私が市長に就任する約半年前の平
が避難しましたが、公営住宅で対応することがで
成17年3月31日に南郷村と合併しました。南郷区
き仮設住宅は必要ありませんでした。あの時は職
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コア人材たる職員に期待する
市民交流施設「八戸ポータルミュージアム・はっち」
「はっち流騎馬打毬トーナメント」でにぎわう八戸ポータ
ルミュージアム・はっち
員のモラールが高かったと思います。八戸市はそ
を展開したいと考えています。中心市街地活性化
れ以前も十勝沖地震、三陸はるか沖地震や大火な
のために建設した市民交流施設「八戸ポータル
ど多くの災害をくぐってきていますので、いざと
ミュージアム・はっち」が全国から注目され、種
いう時には市職員が前面に出て、やらなければな
差海岸が昨年、国立公園に指定されるとともに、
らないという精神が受け継がれてきました。それ
屋内スケート場の建設が本決まりになるなど、新
は東日本大震災でもしっかり発揮されたと思いま
しい動きがいろいろ出ています。
す。
─最後に、市長として市職員の皆さんに何を求
─市職員と市民の絆も深まりましたか。
めているか、お聞きします。
小林 がれきの処理も港湾もほぼ元通りになりま
小林 「先を見通す力」が一番大きいと思います。
したが、復旧・復興では確かに難しい側面もあっ
それには国の政策、経済状況などについてもふだ
たと思います。避難所や復旧工事などで毎日、職
んからしっかり勉強しておく必要があります。そ
員と市民が顔を合わせている中では軋轢や反発も
うした基本的な知識は絶対に欠かせません。毎日
ありましたが、不幸な出来事があったがゆえに絆
のルーティンワークをこなしながら、自分の力で
は深まったと思います。被災者の生活再建の問題
課題を見つけてその解決方法を見出してほしいで
や、災害に強いまちづくりの問題がまだ残ってい
すね。先を見通すだけでなく、地域の実情を常に
て、これから本格的に行わなければなりません。
把握するための努力も必要です。これは本からは
高い専門性があれば、
ゼネラリストになれる
得られません。現場に足を運びそこで吸収するこ
とに尽きると思います。
─特に勉強してほしいことは何ですか。
─八戸市の今後ですが、大きく変わりそうな部
小林 部署に配属されたら、エキスパートになる
分はありますか。
ために必要なことを十二分に頭に叩き込み、完璧
小林 昨年、地方制度調査会の最終答申で大都市
にできるようになる。それが一番求められるもの
制度の見直しとして人口20万人以上の「中核市」
だと思います。その後で、人の上に立って全体を
が盛り込まれました。人口23万人の八戸市はそれ
見ながら適切な判断を行える人材になるための勉
に該当しますので、中核市になることを目指した
強があります。ゼネラリストとは、
「これについて
いと思っています。今年中の地方自治法改正を見
は自分が庁内で一番だ」と言えるようになるまで
越して、中核市にふさわしい組織体制の整備が今
専門性をしっかり積み重ねた上で、なれるもので
後の大きな課題になります。県から2,000近い事務
あると思います。長い公務員生活の中でも、市長
が移管されますが、単に、県の仕事を市が行うこ
になってから知り合った中でも、そのような人が
とになりましたというだけでは意味がないので、
いい仕事をしていました。積極性を持って、いろ
福祉など住民に身近な行政サービスで独自のもの
いろなことにチャレンジしてほしいです。
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