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高校化学教材「光学異性体」の理解の深化について

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高校化学教材「光学異性体」の理解の深化について
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 2(2014)
高校化学教材「光学異性体」の理解の深化について
~視覚をはじめとした体感経験を通して~
Further understanding of enantiomer
in high schoolchemistry ~by the experiences of the senses~
氏家章次
UJIIE,Shouji
福島県立福島西高等学校
Fukushima west senior high school
[要約] 高校の化学(有機化学分野)の授業において、光学異性体についての実験や観察は
旋光度を測定する器具の購入や作製を伴うなど、従来なかなか実施されにくい面があった。
そこで、旋光度測定の実測VTRの観察、有機プラスチックモデルの活用などを行い、
光学異性体の違いによる光の振動面の逆転を視覚的に理解させることができた。また、臭
覚(匂い)や味覚(味)の違いとして体感させることなどにより、ほとんどの生徒に、よ
り深く光学異性体の性質の違い等を理解させることができた。
[キーワード]光学異性体,エナンチオマー,エナンチオマーと匂い,エナンチオマーと味,
旋光度測定器,TLC による光学分割、体感経験
はじめに 化学の教材に光学異性体があるが、多くの 市販のモデルを用い、不斉炭素および立体 生徒では炭素を中心とした立体的な配置の理 配置を理解させる。 解が困難である。4つの置換基(原子や原子 '/乳酸における旋光性の違いの理解 団)のうち、1か所ずつの交換で、同一物に 乳酸の光学異性体の旋光性の違いを理解さ
なることや光学異性体同士の性質の違いを理 せる。 解させることもなかなか困難であった。 旋光度測定を示す装置による旋光性の理解
そこで、今回の授業実践では、体感による 2枚の偏光板を用い、光学異性体による
経験などを通して理解させる努力を行った。 単一振動面の回転を実演で理解させる。 良好と思われる結果を得たので報告する。 リモネンの構造式による不斉炭素の
有機プラモデルの活用、旋光度の測定の原 理解
理を組み立てた装置で説明したこと、旋光度 不斉炭素の存在と、光学活性を結びつける
実測実験のVTRを観察させたこと、また、 ことができるようにする。 光学異性体の性質の違いを、匂いや味などの 実測 975 よりリモネンの旋光度観察 体感経験を通して、さらにはTLCによる光 教師自作による観測 975 から、視覚的に
学分割の結果や薬害の例などを通して光学異 旋光性の違いを体感させる。 性体の理解を深化させることができた。リモネンの違いを臭覚で体感
光学異性体の違いを、臭覚という体感で、
研究の目的 理解させる。
有機プラスチックモデルによる立体配置理解 グルタミン酸の味の違いを味覚で体感 ― 47 ―
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 2(2014)
光学異性体の違いを、味覚の違いで体感さ ・もう一個、同一の配置のモデルを作る。
せる。 (以上の 2 つが重なることを確認させる)
・片方のモデルで、原子1個ずつ位置を交
3.研究の方法 換すると、鏡像関係となることを確認さ 1)実施方法
上記 2. 1)~7)の、光学異性体の理解に せる)
②'/乳酸における旋光性の違いの理解
対する効果の検証を次の方法で行った。 ・一群法で、2 クラスで実験授業(50 分) 授業の終わりに、アンケート法により 行い、選択肢法、または記述式法で各欄 に記入させ、その用紙を回収し分析した。
2) 器具、試薬等
①器具等
・『有機化学学習セット』(生徒各 1 個) (NaRiKa 製) ・『NaRiKa 旋光計』 (教員実測用) 図 乳酸の光学異性体の旋光性
(NaRiKa 製)
・A4 判横書き、左右に両者の構造式が描 ・
『4チャンネルデジタルビデオレコーダー』 かれた用紙に、光の屈折方向の違いが赤
(教員実測用) (アイ・ティー・エス製) ・青色で描かれた透明クリアーシートを上
・『小型52万画素 CCD カメラ』2台 (教員実測用)( ワイケー無線製) ・『ガスレーザーGLG2044』(教員演示用)
( SHIMADZU 製)1 台
から重ね合わせ、両者が光の回転方向が 真逆であることを理解させる(図 2)。
(右に回転させる、つまり時計回り方向
を+ 方向の回転と理解させる)
・『偏光板25x25cm』(教員演示用) ( シータスク 社製)(2 枚) ③旋光度測定を示す装置による旋光性の理解
・デジタルカメラ、三脚、TV、紙コップ ②試薬
・-リモネン和光純薬製溶液原液
・リモネンナカライテスク製溶液原液
・'アスパラギン酸同上製水溶液
・/アスパラギン酸同上製 水溶液
3)具体的な指示、演示、および観察
①プラモデルによる理解(生徒一人1セット)
・炭素原子に、4種類の原子(色別)をつけ る。(このことで、この炭素を不斉炭素
図 2 旋光度測定の原理を示す装置
とすると説明しておく)
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・図 2 のように、赤色レーザー発振器→ ⑤実測 975 よるリモネンの旋光度観察
偏光板 1 → 旋光度測定管(10cm) →
・市販の旋光計に、小型ビデオカメラを片
偏光板 2 → 白色厚手の紙 の順の 方はのぞき口に、他方は分度器部分に向け
配置を理解させる。 てセットする(図 4)。旋光計の、のぞき口
a) はじめに、測定管に水を入れ、白紙に から観える赤色光と偏光板の回転角を示す
分度器の指針を、同時に TV に映し出す
赤色スポットをできることを確認させる。
b) 次に、偏光板 2 を、白紙方向から見て
(図 5)。それをデジタルカメラに録画し、
右に90°回転させると、赤色スポット 各リモネンの旋光度を生徒に観測させる時
が消えることを全生徒に確認させる。 には、デジカメから直接に TV に放映する。
(2 度実施する。単一振動面を持つ光が、
偏光板 2 で遮られたことを理解させる)
c) 偏光板はそのままの状態で、測定管の
溶液を右旋性の物質(ショ糖水溶液)の入っ
た溶液に替えると、白紙に、赤色スポッ
トが観えることを全生徒に確認させる。
d) 偏光板 2 を右にゆっくりと回転させ、
白紙の赤色スポットが消えた時、生徒に
指摘するように指示しておく。 e) c)と d)から原理的には旋光度を測定 できることを全生徒に理解させる。
④ +),-)リモネン中の不斉炭素の確認 ・両者の図を示し、また、両者の発泡スチ
ロール球(炭素原子は直径 10cm,水素は 図 4 旋光度測定の録画撮り
5cm 直径;市販品)による模型を作り、生徒 (2 台の小型カメラで同時撮影)
に、どの炭素原子が不斉炭素であるかを指 示棒で指して示した。(ここでは、プラスチ
ックモデルで提示しておく)
図 5 単振動面光と偏光板回転角度
(TV 画面に同時放映) 図 3 リモネン中の不斉炭素原子(赤玉)
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・授業ではまずその VTR で、純水では 2 枚目 A組 % 組 の偏光板が 90°回転しているので真っ暗で 19 15 とてもよく分った 光は見えないことを示す。次に各リモネン 分った 13 19
を測定管に入れると、赤色光が観えている。 分らなかった 3
1
観えなくなるまでの回転角を記録する。 0
0 全く分らなかった
⑥リモネンの違いを臭覚で体感 ○「分った」以上が $ 組では 、% 組で
それぞれの液体を小瓶(20mL 小瓶)に入れて は となり、立体的な配置が理解できて
各班(4 人)に配布しておき、匂いの違いを記 いると判断した。
録させる。多量に吸引しないよう注意する。 ⑦グルタミン酸の味の違いを味覚で体感 設問 いくつの原子の交換で、同一物となり それぞれの 1.0%水溶液を小瓶に入れておき、 ますか。
A 組 B 組 小片に切ったろ紙に各自染み込ませて、な める。味の違いを記録させる。 1 個同士の交換 32 35
(これは希望者のみ実施するよう指示する) 2 個同士の交換 3 2 (紙コップに水を入れておき、味見の後は ○A組では 89%、B組では 90%が、光学
口をすすぐように予め指示しておく。)
異性体の不斉炭素につく 4 原子(または原
子団)の 1 個同士の交換で、同一物質にな
4) 光学異性体についての理解の深化に対する ることを、プラモデル作業の体験を通し
効果の検証について て理解させることができたと判断した。
~アンケート法による~
設問 3 L-乳酸には不斉炭素がいくつあり
・アンケート項目については、結果の項に 記載することとして、この項では省略す ますか。 る。 A 組 B 組
・アンケート記載には、3 分ほど時間を確 1 個 33 35
保する。また、班内の生徒とも話をせず、 2 個 2 自分で考えて、または思い出して記入す 3 個
るように注意をしておく。
0
1
3 ○A組でも、B組でも不斉炭素について
理解させることができたと判断した。
4. 結果と考察 1)アンケート結果 設問 4L-乳酸は、右旋性か、左旋性か。
・対象クラスと生徒数 A 組 B 組
3 年 A 組( 36 名)、B 組(39 名) 右旋性 35 37
未記載数は、結果に記載していない。 左旋性 0 ○作業により、D-乳酸、およびL-乳
表中の数値は、生徒人数を示す。
1 設問 1 操作 1(有機プラモデル組み立て) 酸の旋光性が真逆であり、乳酸の場合は
で、光学異性体の鏡像関係が分りましたか。 L-乳酸が右旋性と確認できた生徒が多
かった。
少なくとも、視覚的に光学異性体それ
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ぞれにおいて、光を曲げる方向が違うと A 組 はい 34 いうことは理解させることができたと分 析した。
いいえ B 組
37
0 0
○偏光板の性質について、この結果か
設問 5 (旋光性を説明する装置の説明で)
らほとんどの生徒に理解させることが
自然光があらゆる方向に振動面を持って
できたと判断した。
いることが分りましたか。 しかも、自由記述の感想の欄に 2 割
A 組 B 組 ほどの生徒が、2 枚の偏光板を 90°ず
はい 34 38
らした位置にすると、レーザー光の赤
いいえ 0 0
色スポットが、スクリーンとして使用し
○偏光板の性質を理解する前に、自然光
ていた白紙から消えたことに感激した
の性質を理解させるねらいはほぼ達成さ とか、初めて見たとか書いている。本
れていると分析した。 時の主たる教材ではないが、非常に印
象に残る現象として各生徒の記憶に残
設問 6 (記述式・空欄補充) る物の一つとなったことが窺える。
『(a
)炭素原子をもつと、(b
性の相反する 2 つの(c
) 生徒が感激できる場を設定できたとい
)が存在す う面では効果があったと見ることがで
る。』 A 組 a欄
B組
きるかもしれない。(試料管内は純水)
不斉 33 不斉 38 設問 8 (記述式・空欄補充)
b 欄 旋光 20、屈折 2 旋光 26、
偏光 2 偏光 5
『光学異性体は、光の(a
)を回転さ
せ、しかも両者はお互いに(b
)方向
C 欄 光学異性体 20、 光学異性体 17 である。』
異性体 4、旋光性 2 異性体 11 A 組 B 組
○分子内の対称性等の議論を除く初歩の a欄
振動面 12 振動面 12
理解では、不斉炭素をもつ分子は、光学 角度 7 角度 4
異性体が存在することや、表現は十分で 振動方向 1 波 4、方向 3
はないとしても、光に対する性質の違う 2 つの物質が存在することを理解してい 振動 3
b 欄 逆 25、 逆 19、
る生徒が多いという結果であった。 また、適切な用語を記述することに慣 反対 7 反対 8、対称 2
○記述式では、いろいろな表現で書
れさせる指導も必要であると感じた。 かれるが、物理分野のこととはいえ、
「単一振動面をもつ光の振動面が回転
設問 7 (旋光性を説明する装置の説明で) する」とかという表現ができるように
偏光板がほぼ単一振動面をもつ光のみを 指導することが大切である。
通すことが分りましたか。 しかしながら、多くの生徒は、感覚
的には、光学異性体が、光の振動面を
逆方向に回転させていることは理解 ― 51 ―
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していると解釈したい。このことより、
○明らかに、臭覚では、快と不快の匂い
教師は旋光度測定の原理の実演の効果
として強烈に印象づけることができた。
があったと判断した。 特に、レモンの香りから、生ごみ臭を嗅い
だ生徒には、光学異性体の違いを鮮明に
設問 9 ( +),-)リモネンの旋光度測定の 印象付けることができたと判断している。 VTR 観察により ) ・+)リモネンは、右旋性か、左旋性か。 設問 11 L)-、D)-グルタミン酸の味はどうか。
・+)、-)リモネンの旋光度はいくらか。 A 組 A 組 L)-
酸味が強い 20
酸味が強 16 右旋性 32 33 後味は昆布 5 甘味 5
左旋性 2 1 甘味 5 昆布・だしの味 6 +)リモネン +85°31 B 組 B 組 -)リモネン
+85°30 +80°3 +84°5 +90°1 +80°2 -85°34 -85°33
-80° 1 -84° 4 -87° 1 -86° 2 D)-
酸味薄い 20 酸味薄い
18
あまり味しない 6 あまり味しない 7
○どのように閾値の味覚を各生徒が持っ
いるかによって感じ方が変わる。今回の
実験の目的は、両光学異性体に違いを感
じさせることである。味やその濃さが違
○ NaRiKa 社の旋光計での教師実測
うと感じた生徒が多かった。L体では甘
による VTR の TV 画面での観察であっ
味や昆布の味と答えた生徒が 1/3 ほどいた。
たが、赤色光の最も暗くなる角度を生 実験の感想欄(自由記述)割と多い意見より
徒は、極めて正確に、分度器の指針を ・光が波だと知って驚いた。この実験も楽し
読んでいることが分った。 かった。/プラモでイメージ掴んでからの
また、+)リモネンが右旋性を有する 実験だったので、立体配置を思い浮かべて
ことを多くの生徒は理解できていたと 匂いや味を確かめることができた。/偏光
分った。ただし、今回の場合は赤色発 の実験では実際に振動面によって光が通す
光ダイオードによる旋光計であること か否か見ることができ、光学異性体との関
と、原液の(比重 0.84)の関係から今 係が分った。/旋光度・匂い・味などで光
回の実測値は比旋光度 120°の 71%程 学異性体の性質が違うことを体感できた。
度の数値であり、適切な実験と考える。 5.おわりに 設問 10 (記述式) +)、-)リモネンは、 それぞれどんな匂いがするか。 A 組 生徒のアンケート結果からも、所期の
目的は達成できたと考えている。今後さ B 組 らに指導法の改善を進めていきたい。
+)リモネン 柑橘系 15 柑橘系 20 レモン臭 14
レモン臭 13 参考文献: 笠井香代子、紅智尋:
-)リモネン 生ゴミ臭 11 草の臭い 9 宮城教育大学紀要 46,91-96(2011)
タイヤゴム臭 3 青臭い葉臭 7 謝辞:本研究の研究費の一部には、武田
臭い 3 生臭い 6 振興財団の研究助成金が使われています。
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