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堀越 葵
日本の子どもの貧困 ~教育分野に及ぼす影響~ リベラルアーツ学群 国際協力専攻 牧田東一ゼミ 学籍番号:207D0868 堀越 葵 2011/1/18 1 目次 序章 ...................................................................................................................................... 3 第1章 子どもの貧困の概要............................................................................................. 6 1.「子どもの貧困」とは ........................................................................................ 6 2. 日本の子どもの貧困率 .................................................................................... 7 3. 政府のこれまでの対策とこれからの対策 .................................................... 11 第2章 教育分野における格差 ..................................................................................... 14 1. 社会構造がもたらす格差 .................................................................................. 14 2. 学歴分断社会 ..................................................................................................... 15 3. 貧困と学力 ......................................................................................................... 17 第3章 母子世帯のおかれている現状と教育への意識 ................................................. 18 1. シングルマザーの現状 .................................................................................. 18 2. NPO へのインタビューと考察 ..................................................................... 22 3. インタビューから見えてきたこと ............................................................... 25 終章 .................................................................................................................................... 28 参考文献............................................................................................................................. 29 2 日本の子どもの貧困 ~教育分野に及ぶ影響~ 序章 「貧困」という言葉を聞いて多くの人々が思い浮かべるのは、飢餓・難民・ストリート チルドレン…などといった途上国における問題ばかりだろう。また、マスメディアにおい てクローズアップされているのはこうした問題や、途上国の国々ばかりだ。 あるとき書店で『子どもの貧困-日本の不公平を考える』 (阿部彩、岩波書店、2008 年) というタイトルの本が目に入った。筆者の日本における貧困問題のイメージは、ホームレ スや、つい最近話題になった派遣村などぐらいであったため、「子どもの貧困」と聞いても いまいちピンとこなかった。 日本には貧困基準そのものがなく、これまで貧困率は計算されていなかった。それに対 し欧州連合(EU)では、その国の平均的な所得の 60%以下を貧困ラインとして設定し、随 時公表し、貧困対策の基礎資料にしている[YOMIURI ONLINE HP 2009,10.28]という。 OECD(経済協力開発機構)やEU(欧州連合)などの国際機関が使う貧困基準も、日本の 生活保護基準も、「相対的貧困 1 」の概念が用いられている。 この相対的貧困の基準を使って日本の子ども(ここでいう子どもの定義は、20 歳未満の 非婚者)の貧困率を出してみると、最新の 2004 年のデータでは 14.7%、約 7 人に 1 人は 貧困状態にある。さらに、ルクセンブルク・インカム・スタディ(LIS)という国際機関に よる国際比較から日本の子どもの貧困率を見てみると、アメリカ約 23%、イギリス約 17%、 カナダ約 16%に比べると低いものの、スウェーデン、ノルウェーなどの北欧諸国は約 2% ~5%、ドイツ、フランスなど大陸ヨーロッパ諸国は約 8~10%、日本以外の唯一のアジア 諸国・台湾は約 8%などと比較すると、 高い水準であることがうかがえる[阿部 2008:53-54]。 2009 年 10 月 20 日にようやく、長妻昭厚生労働相によって 2006 年時点での子どもの「相 対的貧困率 2 」が 14.2%であったと発表された。同年の子ども(17 歳以下)の貧困率は 14.2% で、2003 年のOECDのデータである 13.7%(30 カ国中 19 位)と比較すると状況は悪化し ていることが分かる[毎日.jp HP 2009,11.11]。 そして、なぜ貧困であることは問題なのか。上記の著書によると、貧困家庭に育つ子ど もとそうでない家庭に育つ子どもが、「温かい」「幸せな」家庭に恵まれたり、経済的に成 1 OECD では、 「相対的貧困」を手取りの世帯所得(税金や社会保険料を払い、年金や児童手当などの政 府から給付される金額を足したもの)が中央値(平均ではなく、上から数えても下から数えても真ん中) の半分以下、つまり、ある社会で生活するときに、その社会における「通常」の生活レベル以下にあたる 人々のことを指す。 2 国民の貧困層の割合を示す指標。 3 功する確率に違いがあるのか、また、どれほど違うのか。こうした視点に立ったとき、多 くのデータでは貧しい子どもがそうでない子どもと比較して「不利」な立場に置かれてい る確率が高いと示している[阿部 2008:2]と述べている。 その中でも筆者は、父親・母親の学歴が子どもの学力に関係してくるといった興味深い データや、「貧困」を論じるとき着目されるのは「低学歴」であるとの指摘が同著書の中で あったことをきっかけに、家庭の貧困が教育分野に及ぼす諸影響についてみていきたいと 思った。また、政権交代によって、 「子ども手当て」や「高校無償化」などの政策が政府に よって打ち出されているものの、私たち一般市民の意識は遅れているように思える。以上 のことを踏まえ、他の先進国との状況と比較していきつつ、私たち一般市民はどのように 意識を向けていくべきか考察していく。 4 日本の子どもの貧困~教育分野に及ぶ影響~ 第1章 子どもの貧困の概要 第 1 章では、子どもの貧困とは何かを取り上げ、そこに付随する問題点を述べる。日本 と諸外国との子どもの貧困率を比較してみると、日本は決して低い位置にいるとはいえな い。また、家族構成別に子どもの貧困をみてみると母子世帯の貧困率が突出して高いこと から、母子世帯を取り巻く問題にふれていく(より詳しい内容は第 3 章で述べる)。政府の これまでの政策とともに、民主党政権の目玉政策と注目された「子ども手当」についても みていく。 第 1 節「子どもの貧困とは」 子どもの貧困の定義 まず、子どもの貧困を定義する。「子どもの貧困」とは、子どもが経済的困難にあり、社 会生活に必要なものの欠乏状態におかれ、発達の諸段階におけるさまざまな機会が奪われ ていること、またその結果、人生全体に影響を与えるほどの多くの不利を負ってしまうこ と[子どもの貧困白書編集委員会 2009:10]である。 貧困の中心は経済的困難であり、「生活資源の欠乏(モノがない)」=「お金がない」と いう経済的困難が重要な位置を占めている。貧困概念は多面性を持っているため、容易に 定義することは難しいが、やはりその核にあるのは「お金の問題」なのである。基本的な 生活基盤である衣食住をまかない、いのち・健康を守るための医療、余暇活動・遊び、日 常的な養育・学習環境、学校教育などの様々な局面においても家庭の経済状況が大きく関 係してくる。こうした不利は連鎖・複合化してしまい、子どもの能力を伸ばすことを阻害 し、低い自己評価をもたらすだけでなく、人や社会との関係性を断ち切ることにもつなが ってしまう。また、それらの不利は子どものこれからの可能性と選択肢を制約してしまう。 貧困状態にある子どもは、「高校進学」「大学進学」「正社員としての就職」などの道が閉ざ されることが多く、その結果、不安定な労働・生活に陥り、大人になってからも継続して 貧困状態におかれる可能性が大きい。つまり、子ども時代の貧困は、長期に亘って固定化 し、次の世代へと引き継がれる可能性(貧困の世代間連鎖)を含んでいるのである[子ども の貧困白書編集委員会 2009:10]。 日本の貧困問題の第一人者である岩田正美氏(『現代の貧困―ワーキングプア/ホームレ ス/生活保護』ちくま新書)が言うように、「貧困は貧困で終わらない」のであり、特に、 子どもたちはその成長の可能性の裏返しとして、身体やメンタル面に脆弱さを抱えており、 大人以上に影響を受けてしまう存在である[山野 2008:9]。 5 「子どもの貧困」は誰にとっての問題か もっと重要なことは、貧困は神や自然が作り出したものではないということである。一 見、子どもの貧困は、貧困な子どもたちや彼らの家族の問題と見てしまいがちだが、実は 現代日本やアメリカ社会が抱えている大きな社会経済的問題、政治的問題、社会資源の寡 少さなどと、直接的・間接的につながっている[山野 2008:9]という。 子どもの貧困とは誰にとっての問題か。貧困な状況を生きる子どもたち自身、あるいは その家族にとって深刻な問題であることは言うまでもない。しかしそれだけでなく、彼ら を追い込むような政策、言説、実践をつかさどる人々の問題であるのと同時に、そのよう な政策、言説、実践を放置する人々の問題でもある。つまり、貧困に追い込まれる人々・ 貧困に追い込む人々・貧困を見過ごす人々、これら三者、すなわちこの社会を構成するす べての人々の問題である[子どもの貧困白書委員会 2009:14]という。 子どもの貧困と自己責任論 だが、私たちの国では、 「子どもの育ちは家族の責任」=「自分の子どもの面倒は自分で みる」という意識が違和感なく受け入れられている。それは、OECD の各調査が示すように、 日本は GDP(国内総生産)に占める公的社会支出(所得保障・年金・医療・福祉等の社会保 険給付)や家族政策にかかる財政支出(児童手当・育児休暇手当の現金給付と保育所等サ ービス)の割合が国際的に低くなっており、家族が家族の責任を負うように政策的に想定 されている傾向が強い[子どもの貧困白書委員会 2009:38]。 このような政策は、「家族責任」という感覚を当然視している私たちの意識に支えられて おり、子どもの育ちを左右する要素の大部分は家族に任されている。また、困難を抱えた 家庭状況にある人々の中に「自分の努力が足りないから…」と受け止めてしまう構図が存 在する。しかしそこには、子どもの生活を保障していく手段・選択がないこと、それを支 えるべき政策的対応の欠如があることが見落とされてしまっている[子どもの貧困白書委 員会 2009:39]と指摘されている。 第2節 日本の子どもの貧困率 日本の子どもの貧困率はどのくらいなのであろうか。序章でも少し触れたように、これ まで日本には、政府による公式な貧困基準(貧困線)が存在していなかった。それに対し、 すでに諸外国では公式な貧困基準を設定し、その基準以下の人の割合を減らすことを公約 としている政府もある[阿部 2009:40]という。日本では 2009 年 10 月 20 日にようやく、厚 生労働省によって 2006 年時点での「相対的貧困率」が 14.2%であったと発表されたばかり である。日本政府のこれまでとこれからの取り組みや、諸外国政府の取り組みについては、 第 3 節で詳しく述べることにする。ここでは、OECD が共通の定義を用いて計った子どもの 貧困率の国際比較に少し触れ、家族構成別に見た子どもの貧困率から突出して割合が高い 6 母子世帯に焦点を当てて問題を見ていくことにする。 上昇傾向の日本の貧困率 2008 年の OECD の統計によると、1990 年代半ば~2000 年代半ばにかけて 12.0%から 14.3% に上昇している。また、2004 年に若干減少し 13.7%となっている。1980 年代~2000 年代 にかけて見てみると 10~15%もの上昇である。データの古い国や再分配前のデータのない 国を除く OECD22 ヵ国中、上から 8 番目だという。それに対し、デンマーク、スウェーデン、 フィンランド、ノルウェーといった北欧諸国の貧困率は 5%と低く、イギリス、韓国などは 10%前後となっている。アメリカ、ポーランドと比較すると日本はそれほど高くはないも のの、2 番目に高いグループ(日本のほかに、ニュージーランド、カナダなど)に入る[子 どもの貧困白書委員会 2009:19]こととなっている。図1は 2000 年代中期の各国の子ども の貧困率を示したものである。 図 1.子どもの貧困率(2000 年代中期) 出所)[子供の貧困白書 2009:19]より筆者作成 家族構成別に貧困率を比較して見ると(図 2 参照)、母子世帯の貧困率は 66%(3 世帯に 2 世帯)と突出して高い。この数値は OECD 諸国の中でも 2 番目に高いという[子どもの貧困 白書委員会 2009:21]。父子世帯も 19%(5 世帯に 1 世帯)と見逃せない高さであるため、 子どもの貧困対策を考える上では、母子世帯・父子世帯の問題は非常に重要であることが うかがえる。 7 図 2.日本の子どもの貧困率:家族構成別 出所)[子どもの貧困白書 2009:21]より筆者作成 母子世帯の経済状況 日本では、ひとり親家庭の中で母子世帯に限っても就労率は 83%にも上る。就労率の高 さは、イギリス(約 40%)、イタリア(約 70%) 、アメリカ(約 70%)、と比べても高く、 スウェーデンと同様の率を示している。しかし、スウェーデンの場合は 3 分の 2 強が正規 雇用で働いているのに対し、日本の場合は「平成 15 年全国母子世帯等調査」が示すように、 正規雇用は 40%以下でしかなく、日本のひとり親家庭の母親が非正規雇用者としてワーキ ング・プアの状態にいるのがわかる[山野 2008:43]。 図 3.母子世帯の母親の就労状況 出所)[阿部 2009:114]より筆者作成 8 注:「派遣」は 2003 年以降のみ 図 3 をみてみると、93 年から 03 年にかけて、常用雇用の割合は 46.3%から 32.5%まで 減少している。この数値は 2006 年には若干増加しているものの、2008 年末から深刻化した 経済危機によって、ますます悪化していることは疑いの余地はない。そして、母子世帯の 母親の約 5 人に 1 人は、ダブルワーク・トリプルワーク(2 つ・3 つ仕事をかけもちするこ と)をしており、生活のために子どもとの時間を犠牲にしている。母子世帯は「経済的な 貧困」だけでなく、「時間の貧困」にもあえいでいる[子どもの貧困白書委員会 2009:24]の である。 厚生労働省「国民生活基礎調査」(2008 年)によると、2006 年における母子世帯(母親 とその子のみ)の平均年間所得金額は 211.9 万円、世帯員一人当たりで 81.3 万円であった。 これは、児童のいる世帯の平均年間所得金額(718 万円)と比較すると、約 3 割にしかすぎ ない。また、より広い定義の母子世帯(母親の親=子どもから見ると祖父母、と同居して いる場合など)をも含む厚生労働省「平成 18 年度全国母子世帯等実態調査」においても、 平均年間収入は 212 万円であった[阿部 2009:111]。 不安定な養育費 離婚母子世帯においては、子どもの父親からの養育費は非常に重要である。たとえ妻と 別れても、父親には子どもに対しての扶養義務があり、その子の健全な発育に必要な経費 を負担する責任もある。しかし、日本においては離婚をする際に養育費の取り決めをして いるのは全体の 3 分の 1 ほどであり、若干の増加傾向にあるものの、まだまだ少数派だと いう。また、取り決めをしても仕送りが続くとは限らない。実際に、現時点において養育 費を受け取っているのは母子世帯の 19%と、約 5 分の 1 にすぎない[阿部 2009:116-117]。 養育費の支払いの国際比較を見ると、アメリカ、イギリス、スウェーデンなどの多くの 先進国では、養育費徴収の公的整備がなされており、父親は税金を払うのと同じ感覚で養 育費を支払っている。たとえば、アメリカでは「ひとり親世帯(うち、85%程度は母子世 帯)の 5~6 割(離婚の場合 64.6%、別居の場合 49.8%、未婚の場合 47.8%)が養育費の 取り決めをしており」、そのうち「5~6 割のひとり親世帯は取り決めた養育費を全額受給し ており、全く養育費を払っていない世帯は全体の 2 割にすぎない」という。日本と比較し、 アメリカのほうが離婚率が高いために、所得が高い層の割合が比較的に多いとも考えられ るが、この差はあまりにも大きい[阿部 2009:119]。 母子世帯に対する公的支援 このような母子世帯の状況に対し、どのような政策がとられてきたのだろうか。 父親の死別によって母子世帯になった場合には(夫が厚生年金、国民年金に加入してい 9 ることが前提)遺族年金 3 が支払われる。母子世帯が利用することができる主立った制度は 以下のものである。 ・母子生活支援施設(旧母子寮)、母子アパート、公営住宅への優先入居など住宅を無料ま たは低賃金で提供するもの ・児童扶養手当 4 ・ひとり親家庭医療費助成金などの生活費の一部を助成する現金給付 ・母子寡婦 5 福祉貸付金などの貸付金 ・保育所の優先入所、ひとり親家庭ホームヘルプサービスなどの育児支援 ・母子家庭等就業・自立支援センターや自立支援教育訓練給付金などの就業支援 これらの多くは自治体によって内容や対象者が異なり、東京都の児童育成手当など自治 体独自が行っている制度、生活保護や国民年金保険料の減免制度など、低所得者一般に対 する制度も存在する。しかしながら、急増する母子世帯の需要に、量的にも質的にも一部 しか対応できていない[阿部 2009:129-130]。 第3節 政府のこれまでの対策とこれからの対策 a.子どもの貧困に関するこれまでの政策 日本の家族政策(児童手当や保育所など)の多くは、子どもの貧困削減を目的としてい ない。その理由として、日本は長い間、欧米諸国に比べて低い失業率を保っており、「国民 総中流」などといったキャッチフレーズが浸透していたこともあって、貧困そのもの、ま してや子どもの貧困は政策課題の対象外であったからである。それに対し、長年にわたっ て子どもの貧困が政策課題として論じられてきた欧米諸国においては、家族政策に子ども の貧困の視点が盛り込まれている。一方で、日本においては「少子高齢化」が急速に進展 したことにより、「家族政策」=「少子化対策」という図式が出来上がり、仕事と育児を両 立させる支援を行う制度や、精神的な育児ストレスを軽減するといった制度が整備されて きた。子どもの貧困に対処しているのは、著しく生活困難をかかえる人を救済する生活保 護制度、親の経済状況を直接改善するための雇用政策、子どもの医療をカバーする公的医 療保険や自治体による医療費扶助の政策である[阿部 2009:74-75]。 3 国民年金の場合、年に約 80 万円+子ども数に応じた加算額(第 1 子・2 子各 227,900 円、第 3 子 75,900 円)、厚生年金の場合、夫が被保険者であった期間と所得額によって決定される。 4 子どもについては、18 歳到達年度の末日(3/31)を経過していない者、または 20 未満で法令が定める程 度の障害を持つ者が対象。 5 配偶者のない女子であり、かつて配偶者のない女子として民法の規定により児童を扶養していた経験が ある者。 10 a-1.子どもに対する社会支出 日本の子どもに対する社会支出は、他国に比べて非常に少ないのが現状である。GDP 比で 見ると、日本の家族関連の給付は 0.75%、スウェーデン 3.54%、フランス 3.02%、イギリ ス 2.93%である。子どもが人口に占める割合は国によって差はあるとはいえ、大きく見劣 りしている。また、教育に対する日本の社会支出は GDP の約 3.5%であり、OECD 平均 5%を 下回る。OECD30 カ国のうち 15 カ国は大学教育が無償である。高校教育が無償でないのは日 本、韓国、イタリア、ポルトガルのたった 4 カ国だ[子どもの貧困白書委員会 2009:29]。 図 4.教育関連の公的支出 出所)[阿部 2009:78]より筆者作成 図 4 の国際比較からもわかるように、日本の教育支出も最低レベルである。スウェーデ ンやフィンランドなどの北欧諸国は GDP の 5~7%を教育につぎ込んでおり、アメリカでさ えも 4.5%である。教育の部門別で見ても、日本は初等・中等教育で 2.6%、高等教育では 0.5%とどちらも最低である。日本における学生に対する金銭的補助のほとんどは貸付(学 生ローン)であり、利子の肩代わりや利子率の軽減といった若干の公的負担はあるものの、 ほとんどは学生本人が卒業後に返済する義務を負っている。欧米諸国の多くは、保育所か ら高等教育まで基本的に授業料が無料であり、在学中の生活費・教科書費なども奨学金や 貸付で補助している[阿部 2009:78-79]。 11 b.政府のこれからの対策 b-1.民主党の目玉政策「子ども手当」 政権交代をきっかけに、話題となっている政策の概要について触れる。 <子ども手当> この法律は子ども手当法案第一条において「子どもを養育しているものに子ども手当を 支給することにより、次代の社会を担う子どもの成長及び発達に資すること」を目的とし ている。対象となるのは、15 歳に達する日以後の最初の 3 月1日までの間にあるものであ り、支給額はひと月につき 2 万 6 千円である。2010 年 6 月からスタートし、初年度は半額 の 1 万 3 千円からで、1 回目の支給は中学生以下の子ども 1 人に対し 4、5 月分の計 2 万 6 千円であるという。支給は現行の児童手当と同じく 6、10、2 月の年 3 回とし、2 回目の支 給となる 10 月は 6~9 月分の、来年 2 月は 10~1 月分の各計 5 万 2 千円が振り込まれる。 児童手当制度に新制度を上乗せする形式であるため、すでに児童手当を受けている世帯は 新規の届け出は必要ない[YOMIURI ONLINE HP 2010,1.19]ということである。 しかしながら、元厚生労働大臣・長妻氏は 2010 年 6 月の記者会見において「2011 年以降 の満額支給は財政上の制約により非常に難しい」と、月額 2 万 6 千円の現金支給を事実上、 断念する考えを示したのである。子ども手当をめぐっては、2010 年度の 1 万 3 千円からの 上積み分を保育所整備などサービス給付に充てる案も浮上しているが、長妻氏はその場合 でも 2 万 6 千円相当の財源を確保するのは難しいとの見解を表明[47NEWS HP 2010.12.29] した。 12 月 24 日に閣議決定した 2011 年度予算案では、2 年目となる子ども手当の支給額が決 定した。3 歳未満の子がいる世帯では来年 4 月から現行より月額 7 千円増の月 2 万円、3 歳 から中学生までは現行の月額 1 万 3 千円が支給される。一方、来年 1 月からは年少扶養控 除 6 が廃止され、所得税は増額になる。せっかくの手当も増税で一部相殺されるとは知らな い人も多く、子育て世代からは不満の声も出ている[信濃毎日新聞web HP 2010.12.29]。 所得制限については 2009 年 12 月 18 日の時点で、鳩山内閣は「年収 2 千万円」で最終調 整を行ったが、与党内には財源確保の観点から所得制限を低く設定すべきという意見があ った。一方で長妻厚労相は所得制限を設けるべきでないと主張し[asahi.com HP 2010,1.19]、 最終的には 2010 年度については所得制限は設けられなかった。 2011 年に関しては、財務省などの政府内の一部からは、高所得層への支給制限の導入を 主張する意見もあるが、民主党の子ども・男女共同参画調査会などは、2011 年度以降の子 ども手当に関する提言案に所得制限を明記しない方向で調整に入っている[四国新聞社 SHIKOKU NEWS HP 2010,12.29]。 6 0~15 歳までに適用される控除(控除額は、所得税 38 万、住民税 33 万)。 12 第 1 章では、 「子どもの貧困」の概要から、日本の子どもの貧困が上昇傾向にあることを 述べた。また、その中でも著しく貧困率の高い母子家庭の状況を中心として政府の公的支 援はどのようなものかを見てきた。そして、「子どもの貧困」に対する政府のこれまでとこ らからの政策についても触れた。 第 2 章では、「学歴」「学力」を軸とした、教育分野における格差と貧困の関係について 見ていく。 第 2 章 教育分野における格差 第 2 章ではまず、学校教育や新自由主義的経済システムや自己責任論という固定概念か ら生み出される格差についてふれる。続いて、親の学歴観が子の進学へ影響を与える(特 に母親の学歴)点や貧困と学歴との関係について述べていく。 第 1 節 社会構造がもたらす格差 学校教育の目的 本来、学校教育とは国民の豊かさの水準を向上することを目的としている。義務教育に よって身につける知識・技能は国民生活の礎をなしており、これと並行し、社会的地位の 世代間連鎖を断ち切る装置としての役割を担っている。そうすることで、出自による地位 の振り分けではなく、一人ひとりの努力と能力に基づくものに変わっていくと考えられた からである。しかしながら、現実には世代間関係の不平等はほとんど解消されていない。 社会の下層に目を向けると、平等化をもたらすための「装置」であるはずの学校が、貧困 連鎖の「温床」となり、貧困の最も下層の人々が人生の早い段階で低学歴という不利な「切 符」を手にしてしまう[子どもの貧困白書委員会 2009:47]のである。 新自由主義的経済システムの出現 「新自由主義」の政策は、新たな「自由」を広げる政策ではなく、「国家からの自由」は じめとする「規制からの自由」という 18 世紀的な「自由権」の発想である。そこには、自 由を実現するための基盤そのものを公的に保障しようとする 20 世紀的な「社会権」の発想 はないために、所得・社会資源の格差が拡大し、一方ではマネーゲームを制し巨額の富を 独占した企業や富裕層を生み、他方では低所得や不安定層の増大を招いた[子どもの貧困白 書委員会 2009:45,63]。 13 自己責任論 先述の低所得・不安定層の増大により、貧困が社会問題の中心的な課題となり、その中 で貧困家族の問題がクローズアップされることとなった。これに関連して、社会福祉の「改 革」が貧困や社会的不利の解決を政府の公的責任としてではなく、社会連帯や自己責任に よって解決を目指す方向へとシフトしていった。そのために、貧困家族の問題は個人責任 や自助努力の問題にすり替えられ、その改善や解決がますます困難になるとともに顕在化 していった[子どもの貧困白書委員会 2009:45]のである。 特に、義務教育以降の問題については、家族の教育を保障する手段や選択肢のなさが見 えにくくなり、自己責任として扱われやすくなる。高校からの教育に関しては、すべて家 族責任として受益者(家族)が授業料を負担するように求められているが、義務教育かど うかで費用負担を求める線引きをすることは、国際的にはあたりまえのことではない。ま た、教育は受益者負担を強調するほど公共性を失っていく。親が教育ローンを借りたり、 自分で貸与奨学金を借りたりと、苦労して学費を工面することで、教育で得られた利益を 社会へ還元しようとするより、自己投資だという感覚が強くなるかもしれない。しかし、 教育ローンを含めて、家族が学費を負担できる子どもは教育を負債なしで享受でき、そう でない子どもは借金をしなくてはならないのなら、それは子ども世代への不平等の先送り である。教育は本来公共的な意味を持っており、教育機会の平等を図ることは、政策が対 応すべきことである[子どもの貧困白書委員会 2009:39-40]。 第 2 節 学歴分断社会 現代日本社会は学歴社会であると言われる。戦後日本の高学歴化は 25 年ほどで終息し、 1970 年代中盤以降は高校全入(進学率 90%以上)、大学進学率 40~50%という高水準が続 いている。そして、学歴分断社会とは、大卒層と非大卒層をほぼ半々の比率で切り分ける 学歴分断線がはっきりしてくることである。一方では人々のチャンスやリスクに乗り越え がたい格差が表れ、他方では格差の世代を越えた受け渡しが明瞭化することになる状況を さす言葉である。大卒か非大卒かという 18 歳で選択する学歴に不平等の芽が受け継がれて いれば、その後の人生においても学歴を起点とした格差は増幅され、子世代でも親世代と 同じような形で再現されることになる。そのように考えると、貧困層に対して日々の暮ら しを経済的に支援・救済することはあくまで「対症療法」に過ぎず、人生に不利をもたら す根源を断ちきることにはならない[子どもの貧困白書委員会 2009:48]。 学歴観による地位の受け渡し 学歴構成が世代を越えて繰り返されることの背景には、お金を注ぎ込んで私立学校へ進 学させたり、塾や習い事をさせるというような経済的な問題のみならず、家庭ごとの学歴 観の格差がある。 現在、人口のおおよそ半数を占める大卒層の親の家庭では、子どもが親より低い学歴に 14 とどまってしまうことを避けるため、早くから大学進学を目指す傾向が強く表れるように なっている。残りの非大卒層の親たちは、それとは反対である。それが、高い学歴をもは や求めようとはしない子どもたちの背後にある要因の一つである。このように、親の学歴 に基づいて分断される学歴観の温度差もまた、学歴が世代を越えて同じ形で受け渡されて いく傾向をもたらしているのである[子どもの貧困白書委員会 2009:49]。 学歴の 2 つの働き 教育社会学では、学歴には 2 つの働きがあるといわれてきた。1 つは、豊かで安定した生 活をするために高い学歴が役立つということである。学歴によって職業的地位が決まると いう学歴主義や資格主義も、学歴は賃金に基づいて決められるとみる労働経済学の理論も、 この考え方に従っている。そして 2 つめに、学歴が切符やパスポートのように実際に使う ためのものではなく、努力や能力の指標、身につけた教養のシンボル、社会的地位の上下 を示すラベルとしての意味を持っているということである。具体的にいうのであれば、〇 〇大学卒という学歴それ自体が、高いステイタスであるとみなされるということである。 この働きは学歴の象徴的価値(あるいは地位表示機能)といわれる[吉川 2009:140-141]。 母親の学歴 このような学歴の象徴的価値の作用の 1 つとして、子育てを担っている母親の学歴が、 子どもの教育の出発点として大きな力を発揮しているということがある。父親が一流とい われる大学を出ていても、年収 350 万円のサラリーマンであった場合、学歴よりも経済力 のほうが切実な問題であると子どもは捉え、父親の人生の「途中経過」である学歴の意味 は霞みがちである。しかし、母親の最終学歴は、受験競争という男女平等なルールのもと で、努力と能力を競った結果であり、その後の彼女に人生の多様なあゆみによって色褪せ ることはない、と中高生たちは考えている。そのため、子どもからすれば、父母が同じラ ンクの大学を出ていれば、母も父と同じ程度の仕事上の成果を上げることができたはずだ と想像される。このとき母親の学歴は、強力な象徴的価値を発揮している[吉川 2009:143-146]。 教育社会学者の本田由紀は、「家庭教育」における母親の役割と心情についての聞き取り 事例を紹介している。その中で、仕事をもっている場合であれ、専業主婦であれ、母親が 大卒であるかどうかがきわめて明瞭に「家庭教育」の質を左右していると指摘している。 大卒の母親たちは学力、情操、しつけなどあらゆる面で、高卒の母親たちより熱心に「家 庭教育」に取り組もうとする傾向にある。要するに、子どもの学歴を高める方向へ働きか けており、自らの学歴を大切なアイデンティティとみて、それにふさわしい子育てに駆り 立てられるというわけである[吉川 2009:147-148]。 15 第3節 貧困と学力 学力と経済力 最近、子どもたちの学力格差をめぐって、家庭の経済基盤などが影響を与えているので はないかという議論がされるようになってきた。07 年に実施された文部科学省による全国 一斉学力テストや、それ以前に行われた東京都独自の学力テストの結果に、地域間・学校 間での学力の差が見られ、そうした差が家庭の経済力の差によってもたらされているので はないかという議論である。そこでは、文房具や給食費などを補助する「就学援助制度」 が利用されている割合が高い学校が、割合の低い学校より平均正答率が低い傾向が示され ている[山野 2008:88-89]。 文部科学省は経済困窮と平均正答率(学力)との相関関係があることを認めている一方、 「就学援助を受けている割合が高い学校は、各学校の平均正答率のばらつきが大きい。そ の中には平均正答率が高い学校も存在する」と上記の相関関係を打ち消そうとしている。 しかし、就学援助率 30%以上の中学校 894 校のうち、全テスト科目の平均正答率が全国平 均以上だったのは 80 校にすぎず、全国平均未満が 481 校もあった。そのため、家庭の経済 的困窮と平均正答率の関係は否定できない。さらに、各紙が伝えるところによると、年収 1200 万円以上の世帯の子どもは、正答率が平均より 8~10%高く、逆に年収 200 万円以下 の子どもは平均より 10 以上低かったという[子どもの貧困白書委員会 2009:55-56]。 また、07 年度の学力テストにおいて、最上位の秋田県と最下位の沖縄県で大きく差が出 ていることも示されている。沖縄県の結果が低かったことについて沖縄大の川井勇教授(教 育学)は「本土と比べ、経済的に余裕のない世帯が多い。教育にお金を使えないうえ、親 が十分に勉強に気を配れない家庭環境が背景にあるのでは[山野 2008:89]」とコメントして いる。 専門家は、 「年収が高いほど教育費に多く投資するため学力差が生じた」と分析する一方、 読書やテレビの視聴についての親の接し方や普段の行動、学校の取り組みも学力に影響を 与えていると分析している。それが事実だとしても、力点の置き方次第では経済的支援の 充実にはつながらず、「学力は家庭の責任」「親が駄目だから子どもの学力が低い」という 風潮を強めるだけに終わってしまうかもしれない。学力問題の社会経済的背景を切り捨て ることで、国・地方公共団体に課せられた「教育を受ける権利」(日本国憲法第 26 条)の 平等保障義務を放棄する一方、学業不振は当事者の努力不足や保護者の能力や心構えの問 題に変換されてしまう。この底流には学力と貧困を自己責任と捉える思想が流れているか らであろう[子どもの貧困白書委員会 2009:56]と述べられている。 固定化される習熟度別授業 経済的に困難な家庭に生まれれば、通塾していないために学力に遅れが生じ、小学校の 低・中学年段階から習熟度別授業における「ゆっくりコース」に入らざるをえない。「ゆっ 16 くりコース」でやっとわかるように、できるようになっても、その時点で「スピードコー ス」の子たちはもっと先へ進んでしまっている。つまずきを解消するために「ゆっくり」 の習熟度別授業を臨機応変に組み込み、全員を同じようにレベルアップしていくのなら「ゆ っくり」の子も「スピード」コースに入ることが可能になる。しかしながら、「学力差も個 性」と見なされている現在ではそうはいかなくなってしまう。したがって、02 年度 4 月か ら実施されている現行の学習指導要領では、どの子にも一定の学力を保障するという考え には立っていないのである。できない子をどうするか、平均の子をいかにできるようにす るか、というより、できる子だけを早く選り分け、どこまでも伸ばしていこうとするシス テムとなっている。経済的に困難な家庭の子どもは、公立中学校に進むことが多く、そこ で落ちこぼれとなれば、学力格差によって分別された高校へと送り込まれることになる。 しかも、原則的には保健体育以外はすべて選択制になった今日の高校の授業は、きわめて 生徒好みのカリキュラム編成が行われ、21 世紀を生きるにふさわしい基礎教養さえ身に付 かない高校生が量産される構造となっている[尾木 2007:45-46]。親が教育費につぎ込むお 金の差だけでなく、学校自体のシステムにも問題がある。 第 2 章では、社会構造や親の学歴、貧困と学力の関係をみてきた。第 3 章では、第 1 章 で焦点をあてた貧困率が最も高い「母子世帯」の現状について、インタビュー結果を交え て述べ、一般社会が母子世帯に対し、どのような理解を持つべきか考察していく。 第3章 母子世帯のおかれている現状と教育への意識 第 1 章・第 2 節ですでにふれたように、世帯別にみた子どもの貧困率は母子世帯が突出 して高い。第 3 章では、その母子世帯の現状や教育に関する実態を NPO 法人 しんぐるま ざあず・ふぉーらむが行ったアンケート調査の結果を元に述べていく。また、しんぐるま ざあず・ふぉーらむの理事・赤石千衣子氏と、シングルマザー支援・子どもの貧困啓発を 行っている特定非営利活動法人リトルワンズの代表理事・小山訓久氏へのインタビューか ら、一般市民や社会が理解すべきことを考えてみたい。 第1節 シングルマザーの現状 NPO 法人しんぐるまざあず・ふぉーらむが、中学 1 年生から高校 3 年生の子を持つ母子 家庭(当団体の会員と元会員、しんぐるまざあず・ふぉーらむ連絡会会員、NPO 法人 WINK の会員)233 人(中学生がいる家庭 111 人、高校生がいる家庭 122 人)へ行った調査によ ると、母子家庭の年間就労収入は、全体「200 万円未満」37.5%、 「200-300 万円未満」27.7% で、平均金額は 2,660,395 円である。中学生「200 万円未満」34.9%、 「200-300 万円未満」 27.9%で、平均金額は 2,719,036 円である。高校生「200 万円未満」39.8%、「200-300 万 円未満」27.6%で、平均金額は 2,608,617 円である。 「300 万円未満」を合計すると 65.2% 17 となり、約 3 分の 2 が低所得家庭である[しんぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:11]。理事の 赤石千衣子の話によると、母子世帯の平均年収は 213 万円、そのうち就労による収入は 171 万円程度だそうだ。第 2 章でも触れたように、就労しているにもかかわらず、パートや派 遣といった非正規雇用によってワーキングプアの状態に陥っていることが、ここにも表れ ている。図 5 で示したように、収入源をみてみると、約 8 割の母親たちが就労収入に頼っ て生活していることがうかがえる。養育費や親族などからの援助に頼れるのはごく少数の ようだ。親族からの援助への期待は中高生の母親全体でみると、 「期待できる」が 17.2%で、 期待できる金額は月額平均 45,484 円である。親族からの援助を期待できる割合は 2 割以下 と少ない[しんぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:35]。赤石によると、養育費を受け取ってい る割合は 19%程度にとどまっているとのことである。 また、近年の大不況による影響も大きい。リーマン・ショック後の 1 年間で「仕事を失 ったり会社が倒産した」母親は 13.7%、「給料が 1 割以上減った」母親は 10.3%、「生活の ため副業を始めた(増やした)」母親は 9.0%[しんぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:12]と、 約 3 割の母親たちが大不況の影響を受けている。元来、経済的弱者である母子家庭がさら なる困窮状況に陥っているのである。以上のような生活状況から、家計の状態についても 「どちらかといえば苦しい」(48.1%)「かなり苦しい」(39.5%) [しんぐるまざあず・ふ ぉーらむ 2010:12] と感じている母親が約 9 割にも達している。 図 5.母親の収入源 出所)[しんぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:9]より筆者作成 教育費の支払い状況 教育費に対する負担感は大きい。教育費の支払いが「どちらかというと困難である」 (47.6%) 「困難である」 (28.8%)と全体の約 8 割の母親たちが負担感を持っている。奨学 18 金を借りている場合にも負担感はあり、さらに、奨学金を借りているケースはトータルで 3 分の 1 程度である。教育費の支払いに負担感を持っている母親が大部分なことを考慮する と、奨学金制度が十分に機能していないこともうかがわせる[しんぐるまざあず・ふぉーら む 2010:79]。 ここでは、中学生の子どもを持つ親たちのほう(87.4%)が、高校生の子どもを持つ親 (66.4%)よりも負担感が高い。この調査に関わった、立教大学コミュニティ福祉学部教授・ 湯澤直美と神奈川県厚木児童相談所職員・山野良一は、「中学生の場合は、高校入学後の不 安感が強いからではないか?[しんぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:79]」と推測している。 また、生活保護を受給している母親は「どちらかといえば困難である」 (37.5%) 「困難で ある」(60%)の合計で 97.5%にも及ぶ[しんぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:13]。 家庭の経済状況と希望進路の関連性 まず、養育費が支払われているかが進路に及ぼす影響については、養育費が「定期的に 支払われている」場合と「不定期に支払われている」場合、親が大学進学を希望する割合 が 7 割前後となるが、 「一度も支払われていない」場合であると 37%にまで落ち込んでしま う。就職に関しては前者の場合は 3%にすぎないものの、後者の場合は 22%になる[しんぐ るまざあず・ふぉーらむ 2010:38]。 高校卒業後の進路(最も望ましいと思うもの)に関して親族からの援助が「期待できる」 場合、大学進学が 72.5%、短大・専門学校が 17.5%と合計 90%が進学を希望している。就 職はわずか 2.5%。一方、「期待できない」場合、親が大学進学を希望するのは 52.0%、他 短大・専門学校が 19.1%と 71.1%が進学である。この場合の就職希望は 13.9%となる[しん ぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:35]。ここから、親族からの援助が期待できることと、大 学へ進学させたいということの関連性がうかがえる。 しかし、この研究では、親族からの援助を期待できるケースは決して多くないことから、 親族の援助と進学格差のつながりを実証するためには今後も研究が必要なようだ。 母親の収入階層・学歴と希望進路の関連性 表 6.親の年間収入と希望する進路(上段:人、下段:%) 短大・専門 合計 就職 学校への 進学 全体 150 万円未満 大学への 進学 233 33 41 125 100.0 14.2 17.6 53.6 45 11 9 18 100.0 24.4 20.0 40.0 19 150-250 万円未満 250-350 万円未満 350 万円以上 働いていない 不明 55 5 9 33.0 100.0 9.1 16.4 60.0 40 3 7 29.0 100.0 7.5 17.5 72.5 37 0 5 27.0 100.0 0.0 13.5 73.0 46 12 10 14.0 100.0 26.1 21.7 30.4 10 2 1 4.0 100.0 20.0 10.0 40.0 出所)[しんぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:26]より筆者作成 「150 万円未満」の親は、最も望ましい進路として、 「就職」が 24.4%、 「大学への進学」 が 40.0%、「350 万円以上」の親は就職がまったくなく、「大学への進学」が 73.0%にも及 ぶ。収入階層によって母親が大学に進学させようとする傾向に格差が生じている。逆に、 収入が減るにつれて、就職を希望する親の割合が増加している[しんぐるまざあず・ふぉー らむ 2010:26]。 表 7.親の学歴と希望する進路(上段:人、下段:%) 短大・専門 合計 就職 学校への進 学 全体 中学校 高校 短大・高専・専門学校 大学・大学院 不明 大学へ の進学 233 33 41 125 100.0 14.2 17.6 53.6 20 7 6 2 100.0 35.0 30.0 10.0 80 19 14 34 100.0 23.8 17.5 42.5 68 5 10 45 100.0 7.4 14.7 66.2 61 1 11 44 100.0 1.6 18 72.1 4 1 0 0 100.0 25.0 0.0 0.0 出所)[しんぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:26]より筆者作成 20 「中学校卒業」の親は、最も望ましい進路として「就職」35.0%、 「大学への進学」10.0%。 「高校卒業」の親は、「就職」23.8%、「大学への進学」42.5%。「大学・大学院卒業」の親 は、 「就職」1.6%、 「大学へ進学」が 72.1%となっている。ここでは、親の学歴によって子 どもを大学へ進学させようとする意識に格差が表れている。また、学歴が上がるにつれ、 就職を希望する親の割合は減少している。収入と同様かまたはそれ以上に、学歴との関連 性の深さがうかがえる[しんぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:26]。 塾や習い事にかける費用 第 2 章では、親の年収や学歴が高いほど子どもにより多くの教育費をかける傾向にある、 という点にふれた。では、母子家庭の場合はどうなのであろうか。 母子家庭の中学生・高校生を対象として、中学生はこれまで、高校生には中学 3 年生の 時点で「塾や習い事に半年以上通ったか」というアンケート結果(複数回答)では、全体で「あ る」は 70.8%(中学生 79.3%、高校生 63.1%)である。内訳をみてみると、「学習塾・進 学塾」が 51.1%(中学生 51.4%、高校生 50.8%)、 「お稽古事・習い事」では全体で 21.0% (中学生 33.3%、高校生は 9.8%と非常に少ない) 、高校生は学習塾・進学塾に通った経験 に次いで「通信教育・通信添削」が 11.5%である[しんぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:17]。 多くの母親が生活に困窮を感じ、教育費の支払いにも困難を感じていると先のデータに 表れていただけに、意外にも半数以上の母親が学習塾・進学塾に子どもを通わせていると いうことになるのだから、驚きだ。 さらに、 「学習塾・進学塾」に通った経験に注目し、母親の学歴との関連性をみてみると、 中学校・高校卒業の母親は約 40%だが、短大や大学卒業の母親は 60%となっている。「通 わなかった」についても、中学校・高校卒業の場合は約 4 割だが、短大・大学卒業の場合 は 20%前後と少なくなる。母親の学歴による違いと、母親の学歴が高くなるほどに、学習 塾に通う割合が高くなる[しんぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:18]ことが示されている。 塾や習い事にかける 1 ヵ月あたりの費用では、全体でみると「2~3 万円未満」が 24.2% で最多である。次いで「1 万円未満」が 21.2%で、1 ヵ月の平均額は 22,392 円。中学生と 高校生を比較してみてみると、中学生は「1 万円未満」が 26.1%で最多、次いで「2~3 万 円未満」が 21.6%で、1 ヵ月の平均額は 21,305 円。高校生(中学 3 年生の時)は「2~3 万円未満」が「27.3%で最多、次いで「3~4 万円未満」が 20.8%。1 ヵ月の平均額は 23,578 円である。母子家庭の平均所得金額は約 260 万円であるが、1 ヵ月で平均 2 万 2000 円以上 (年間 26 万円以上)の費用をかけていることになる。これは就労収入の 1 割にも及んでい る[しんぐるまざあず・ふぉーらむ 2010:19]。 第2節 NPO へのインタビューと考察 「子ども手当」は当事者たちにとってどのような効果と課題をもたらしているのだろう か。そして、母子家庭をとりまく人々はどのように理解を示し、環境改善に取り組んでい 21 くべきなのか。当事者団体へのインタビューを通じて、この疑問への答えを探った。 インタビュー(2010 年 12 月 26 日、12 月 28 日、団体の事務所、都内某所で実施)にあ たり、 NPO 法人しんぐるまざあず・フォーラムの理事、赤石千衣子氏、特定非営利活動 法人リトルワンズの代表理事、小山訓久(くにひさ)氏のご協力をいただいた。 ◎NPO 法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ <団体概要> シングルマザーが子どもと一緒に生き生きと楽しく生きられるように、情報提供や交流 の場(ニュースレターの発行や各種イベント、相談会など)をつくっている。また、調査 や提言をし、行政に働きかけている。 ① 「子ども手当」は教育費に関して有効に使われ、役割を果たしていると思うか? まず、“子どものため”だけに使うもの・使われるものではない。生活費(衣食住)に回 っていたとしても、それは子どもを育てていくために必要なことなのだから。「何に使って いるか」を問う社会が問題であるし、用途を問うということの発想が貧困だと思う。 ② 3 歳未満は子ども手当支給額を 7,000 円増額、という政策については? 学費や部活動費など、一番お金がかかるのは中高生。小さな子を対象に手厚くお金を出 すということは、少子化対策にほかならない。子が小さな時は、経済的貧困より時間の貧 困にあえいでいる。 ③ 母子家庭の現状について 正社員で就職したとしても、結婚してやめてしまえば再就職の際には、パート・非正規 という雇用形態になりやすい。昼間の仕事では安い稼ぎにしかならないため、夜の仕事に 流れて行ってしまうこともある。夜のキャバクラでは保育所やマンション付きで働くこと ができるし、給料もいい。そのほうがワークライフバランスがよい、ということになって しまうかもしれない。戦後すぐの、児童扶養手当などの手当や遺族年金がなかった頃の時 代に回帰しつつある。 親族とのつながりがあれば援助を期待できるが、親族がいない場合や、親族との縁が何 らかの理由によって絶たれてしまっていることも少なくない。 また、手当(児童扶養手当、生活保護など)を必要としているにもかかわらず、申請し ても資格条件(例えば児童扶養手当なら、夫婦が別居状態の場合はハードルが非常に高く なる。母が子を連れて出た場合ではもらいにくい、性格の不一致で別れた場合はもらえな い、父の酒乱・暴力・サラ金借金など、やむをえない理由ならもらいやすい…など)に引 っかかってしまえば支給されない。 「資格条件」というボーダーラインによって、受給でき 22 ないのはおかしいのではないだろうか。 ④ 教育に関して 『階層化日本と教育危機』(苅谷剛彦・著)という文献には、経済的困窮によって、進学 の選択肢が狭まる(例えば、医者になりたい場合など多額の費用がかかるので)と、子ど もの将来への希望が低下してしまう…と言っていたが、母子家庭の子どもへのインタビュ ー調査からはそう表れてはいなかったことが不思議。 ⑤ 一般社会に理解してほしいことは? シングルマザー(離婚、非婚の母)に対して、「ふしだら」「不道徳」などのレッテルを 貼らないでほしい。そういった偏見が、母子家庭の実態を見えにくくするのではないか。 ◎特定非営利活動法人 リトルワンズ <団体概要> シングルマザーを支援し、子どもたちを貧困から救う活動をおこなっている。具体的に は、子どもの貧困啓発セミナー(貧困問題の研究家を招いた講演会など)、お母さんのため のセミナーや講座(就職に役立つ講座、メンタルケアやマネー講座) 、ファンドレイジング (子どもとお母さんの教育支援のための寄付を集める)などである。 ① 子ども手当についてどう考えているか? 継続性がない。遠足・修学旅行(積立金)、給食費といった継続的費用に払う余裕がない 家庭もある。貧困対策にも少子化対策にもなっていないのではないか。 ② 政府に対して求めることは? ・貧困率のデータを正確に出してほしい ・母子寮、自立支援施設などに住む母子家庭の実態調査 (NPO では資金不足や踏み込める術がないため) ・NPO との連携 (例として DV 被害者支援について言えば、行政ではノウハウがないために当事者の話 を聞くだけに留まってしまい、問題の解決にはつながりにくい。NPO は当事者により 近いところで関わっているし、様々な事例についてのデータをもっているので、アド バイスを行うことができる) ③ 教育面に出ている影響について 中高生になればアルバイトも可能になってくるので、団体はアルバイトを紹介すること 23 もできる。小学生に関しては、自宅に文房具がなく、家で勉強できずほかにやることもな いためにゲームばかりしてしまうということもある。母親は仕事に出かけているので「勉 強しなさい」という人もおらず、意欲低下につながっている…という例もある。 ④ 一般社会に理解してほしいことは? 母子家庭は、一般的に人が持っているもの・持たなければならいものが通常より少ない (=貧困)だけであって、決して“かわいそうな母・子”という目で見ないでほしい。困 っていたり大変なだけであって、こうした偏見を持つと上下関係ができてしまう。そのた め、一般家庭の母を含めた一般の人々や企業に対しては、子ども支援のために“一緒に” 何かしましょう、というスタンスで働きかけている。 ⑤ そのために、具体的にどのようなことをしているか? 一般家庭(シングルでない)のお母さんとシングルのお母さんは、子を持つ一人の“母”と いうことに変わりはない。通常はそういった母親同士は分断されていることが多いので、 交流の場を設け、相互理解の機会をつくっている。 また、ソーシャルアクションミーティング(子どもたちのために何かしたい!と考える各 分野の先生、若い先生、社会人などが集まる)によって、 「大人として子どもに何ができるか」 を考え、行動していこうという取り組みも行っている。 これらは相互理解のきっかけづくりや情報共有の場になるし、シングルのお母さんには、 社会との接点を持つことによって、「家の外にも味方がいる」「みんな頑張っているんだ」 と感じてもらえる場にもなる。 第3節 インタビューを通して見えてきたこと 子ども手当の課題と効果 厚生労働省の HP について見てみると、子ども手当を創設した趣旨について「次代を担 う子どもの育ちを社会全体で応援する[厚生労働省 HP 2011.1.16]」という目的となってい る。そこには「少子化」 「少子高齢化」という言葉がはっきりと明記されている。そして所 得制限は設けられていないことから、子ども手当は貧困対策が目的ではないということが わかる。3 歳未満には 7,000 円増額という点については、NPO 法人しんぐるまざあず・ふ ぉーらむの赤石が言うように、子が小さなうちに手厚くお金を出すことによって子を産み やすくする=少子化対策にすぎない。一方で、特定非営利活動法人リトルワンズの小山は 「子ども手当には継続性がないため、少子化対策にもなっていない」と話した。確かに、 昨今では子ども手当の財源を問うニュースをよく見かけるため、受給者の中にも手当が支 給され続けていくのかという不安感はあるだろう。 そして、子ども手当は効果をもたらしているのかという点ついては、どういった観点か 24 ら見るかによって変わってくるということを感じた。子どもの健やかな成長のためならば、 衣食住に使われていれば良い。子どもの教育のためならば、学校教育や塾などに使用され るべきである、ということになる。筆者自身は論文を執筆するにあたり、教育分野に焦点 を当てたため、教育に使われることが有意義だといつの間にか思い込んでいた。しかし、 子どもを持つ家庭が各々の家計全体の中で不足し、かつ必要とする部分に手当を充ててい るならば直接的にでも間接的にでも子どもへとつながっていくのではないだろうか。 母子家庭の現状 NPO 法人しんぐるまざあず・ふぉーらむが母子家庭を対象として行ったアンケート調査 から、第 1 章・第 2 節でも述べたように就労率が高いにもかかわらずパート・非正規雇用 によってワーキングプアであることや、夫からの養育費の支払い率が低いことが表れてい た。また、第 2 章・第 2 節(表 6・7 参照)で述べたように、母親の学歴・経済状況による 希望進路の関連性(学歴が上がるにつれ、子が就職することを希望する割合が減少する、 経済状況が苦しいほど子が就職することを希望する割合が増加する)とともに、収入が多 いほど、教育への投資が多くなるということがデータによって示されていた。意外であっ たのは、教育費に対する負担を約 8 割の母親が感じているというのに「塾へ通わせていた ことがあるか」という質問に半数以上が「ある」と答えたことだ。しかも、母子家庭の平 均所得金額は約 260 万円であるが、1 ヵ月で平均 2 万 2000 円以上(年間 26 万円以上)を 教育費にかけていることになる。それが少ない就労収入の 1 割にも及んでいるという。経 済状況によって希望進路に格差が出ていても、子どもに「教育を受けさせてやりたい」と 想う母親の気持ちには差がないということを感じた。そして、同調査の中の子どもへのイ ンタビューでは、母子家庭だから…という目で見られたくないとアルバイトをしたり、奨 学金を受けながら大学へ進学し、きちんと就職できている例や、福祉関係の道へ進み自分 と同じような境遇におかれた人々の手助けをしたいと夢を持っている例がある。将来に対 して、決して絶望しているわけではない、むしろ希望を持って自分の道を進んでいるとい うことがうかがえる。 ただ、両団体の会員はある程度の経済的負担を感じているが、団体への会費(約 3,000 円ほど)を払うぐらいの余裕はある層である。特定非営利活動法人リトルワンズの小山に よると、母子家庭の階層は大きく分けて 3 つに分かれているという。最上層は意志があっ て夫と離別し、金銭的には十分な余裕がある(いわゆるセレブやお金持ちと呼ばれる人々) が子どもの教育方法や接し方への情報が乏しい(お金で解決できてしまうが)家庭である。 中間層はインタビュー調査した両団体のようなレベルの家庭(生活や教育費の支払いなど に十分な余裕があるわけではないが、なんとかやりくりしている)、最下層は重度の精神的 な病気や障がいを持ち、働くことが難しく非常に生活に困窮している家庭である。 一般社会に理解してほしいこととして、両団体はともに「偏見の目で見ないでほしい」 と挙げていた。確かに、シングルマザーと聞いていいイメージよりは悪いイメージ(子ども 25 のためではない、かわいそう)のほうを想像しがちかもしれない。同時に、自分には無関係、 あるいは、知らず知らずのうちに上からの立場でみてしまうことにつながりかねないだろ う。インタビューでも指摘されていたように、子どもを持つ家庭であればシングルマザー でもそうではなくても、子どもの幸せや健やかな育ちを願う“ひとりの母”という点では 何も変わりがない。だが、話を聞くだけでは偏見はなくならない。そのため、シングル家 庭の母と一般家庭の母が出会う場が必要になってくる。 特定非営利活動法人リトルワンズでは、相互理解や情報交換の場をイベントを通じて提 供している。一般の人々への参加呼びかけは HP 上で行っているが、それでは興味を持っ た一部の人々しかみないであろう。そこで他の方法を尋ねたところ“口コミ”だと言って いた。口コミがどれほどの効果を発揮しているのかは疑問が残るところである。 こうした取り組みが少しでも多くの母子家庭に広まること、そのための方法はこれから も模索していかなければならない。そして、行政は NPO との連携を強め、よりリアルな実 態を知りノウハウを身につけ、母子家庭の諸問題に対して実践的な対処(話を聞くだけに とどまらず)を可能にしていくことを検討していく必要がある。外での味方が増えていく ことは、母親の精神的負担の軽減にもつながるし、何より心の支えになっていくだろう。 26 終章 筆者は本論文を執筆するにあたり『子どもの貧困』と題し、教育分野において子どもに どのような影響が及ぶかを調べてきた。他の先進国との比較を通して、一般市民が子ども の貧困に対しどのような意識を持つべきかを問題意識としていたが、母子家庭に焦点をし ぼり込みすぎたあまり、そのゴールからは少しそれてしまったように感じている。第 3 章 での母子家庭に関する調査については、第 1 章でふれた母子世帯のデータと比例した実態 が見えた。また、当事者団体へのインタビューからは一般社会が理解すべきことや行政の 課題が見えてきたこと、経済的に不利があっても母親は子どもにしっかりと教育を受けさ せたいと考えていること、子どもの将来への希望は意外にも薄れていないことがわかった ことを考えれば、調査の意義があったように思う。 一方、達成できなかったこともいくつかある。第 1 に、他の先進国との比較調査が足り ていないことである。第 1 章で少しふれただけに留まってしまい、諸外国の教育に対する 考え方が日本とはどう違うのか、そこから日本が学ぶべき点は何なのかを知れば、政府へ の提言が出来たであろう。諸外国の母子家庭の状況についても調べていれば、日本政府が 行っている母子家庭への支援制度の効果や改善点をより浮き彫りにすることが可能であっ たかもしれない。 第 2 に、インタビュー調査の方法に不手際が多かったことだ。各団体の状況をきちんと 把握していないことに加え、年末というただでさえ忙しい時期に調査依頼をしてしまった ことはとても失礼な行為であったと反省している。このような無理なお願いを依頼してし まったにもかかわらず、調査協力をしてくださった NPO 法人しんぐるまざあず・ふぉーら むの理事、赤石千衣子氏ならびに、特定非営利活動法人リトルワンズの代表理事、小山訓 久氏には厚くお礼を申し上げたい。そして、筆者には取材経験がなかったため、効果的な インタビューが出来たかどうかについては自信がない。事前に質問内容をしっかり練って おく必要があったことは確かである。取材慣れしていないことで、両団体にご迷惑をおか けしたことは言うまでもない。 以上のことを踏まえ、明らかに出来なかったことや課題となっていることについては今 後も個人的に調べていきたい。もし、本論文に続く研究がなされる場合には(そうでない 場合にも言えることだが)、ベースとなる基礎知識をきちんと自分の中に落とし込むことは もちろん、調査対象となるものの状況を事前にしっかりと調べ上げること、取材内容を十 分に練っておくことを怠らないでほしいと思う。そうすれば、より有意義で完成度の高い 論文に仕上がるであろう。 筆者も高校生の頃から母子家庭で育ってきたということもあり、本調査を通して母親の 苦労を知ることとなった。ここまで育ててきてくれた母にも、この場をかりて感謝したい。 そして、どんな家庭環境におかれていても母子がいきいきと暮らし、希望に満ちた人生を 歩めるような社会になっていくことを願う。 27 <参考文献> 阿部彩(2008)『子どもの貧困-日本の不公平を考える』岩波新書 岩川直樹・伊田広行編著(2007)『貧困と学力』明石書店 尾木直樹(2007)『新・学歴社会がはじまる ~分断される子どもたち』青灯社 吉川徹(2006)『学歴と格差・不平等-成熟する日本型学歴社会』東京大学出版会 吉川徹(2009)『学歴分断社会』筑摩書房 子どもの貧困白書編集委員会(2009)『子どもの貧困白書』明石書店 高橋重広・才村純(2003)『子ども家庭福祉論』建帛社 山野良一(2008) 『子どもの最貧国・日本-学力・心身・社会におよぶ諸影響』光文社新書 NPO 法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ(2010) 『母子家庭の子どもと教育 母子家庭の子どもの教育実態と調査とインタビュー 書』 <参考 HP> asahi.com HP (2010,1.26) http://www.asahi.com/politics/update/1218/TKY200912170488.html 社会保険庁 HP(2010,1.26) http://www.sia.go.jp/seido/nenkin/shikumi/shikumi04.htm 衆議院 HP(2010,1.19) http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g16902013.htm 毎日.jp HP(2009,11.11) http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091020k0000e040071000c.html YOMIURI ONLINE HP(2009,10.28) http://www.yomiuri.co.jp/iryou/kyousei/security/20071107-OYT8T00205.htm YOMIURI ONLINE HP(2009,1.19) http://osaka.yomiuri.co.jp/mama/society/ms20100119kk02.htm?from=ichioshi 47NEWS(2010,12.29) http://www.47news.jp/CN/201006/CN2010060801001014.html 信毎(信濃毎日新聞)web(2010,12.29) http://www.shinmai.co.jp/news/20101225/KT101224FTI090018000022.htm 四国新聞社 SHIKOKU NEWS(2010,12.29) http://www.shikoku-np.co.jp/national/political/article.aspx?id=20101118000494 厚生労働省 HP(2011,1.16) http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/osirase/100407-1.html 28 報告