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要介護高齢者の不適応行動に対する 応用行動分析学的介入の諸相

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要介護高齢者の不適応行動に対する 応用行動分析学的介入の諸相
高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第
宮:要介護高齢者の不適応行動に対する応用行動分析学的介入の諸相
16 巻 PP. 53–63
特別論文
特別論文
要介護高齢者の不適応行動に対する
応用行動分析学的介入の諸相
宮 裕昭* 市立福知山市民病院
要介護高齢者の不適応行動に対する応用行動分析学的介入に関する実践報告をレビューした。この介入方法は
行動分析学の知見に基づく心理学的な行動変容技法であるが,客観的な事実に基づいて不適応行動を理解し,
環境を操作することで行動変容を促すことが特徴である。薬物療法と比較しても,要介護高齢者の容認性は高
い。我が国での実践は極めて乏しいが,理論的根拠が明確であり,種々の不適応行動に対する有効性も高い。
よって,わが国においても有効性と有用性を検討し,積極的に実践されることが求められる。
キーワード ⇒ 不適応行動,要介護高齢者,応用行動分析,レビュー
1. はじめに
我が国は超高齢者社会にあると言われるが,高
齢者人口の増加に伴って介護を要する高齢者数も
動を生じることは,その生活・介護環境に対して
適応的な状況とはいえないだろう。よって,本稿
ではこのような危機的な行動上の問題を不適応行
動と記述して論を進めることとする。
増加している。高齢者介護では行動上の問題への
対応も求められるが,その方法論については身体
介護ほど体系化されていない。このため,介護者
の個人的な経験や知識,勘に基づいて洞察的に行
2. 応用行動分析学的介入の概説
応用行動分析学的介入とは
動上の問題を解釈し,主にその背景因と想定した
応用行動分析学的介入とは,心理学者であるス
身心の状況に試行錯誤的な介入を行うのが対応の
キナー(Skinner, B. F., 1904–1990)によって体系
現状であろう。しかし,行動上の問題は要介護高
化された行動分析学の知見,すなわち人間や動物
齢者自身やその介護関係者などの生活の質をおと
を対象とした種々の実験的研究によって導き出さ
しめることもあるため,早期の改善を確実に行う
れた行動変容の原理や技法を,日常生活場面で問
ことが求められる。このため,本稿では種々の行
題となる行動の改善や,よりよく環境に適応する
動実験的研究によって根拠づけられ,体系化され
ための技能の獲得に応用する心理学的な行動変容
てきた応用行動分析学的介入による不適応行動介
技法である。行動分析学の成果によって行動の予
護の実践状況を概観した。
測や制御が可能となったことから,教育や医療,
なお,行動上の問題は,要介護高齢者自身に健
康被害を生じさせたり,介護者に過度のストレス
介護など多方面にわたって一般的に応用され,大
きな成果をあげている。
を与えることで虐待発生の誘因となり,必要な介
行動分析学の知見によると,行動が増加する原
護の継続性を損なったりすることがある。要介護
理として強化,行動が減少する原理として消去,
高齢者がみずからこのような不利益につながる行
罰といった基本的な行動変容の原理が明らかにさ
れている。例えば,人間や動物が何らかの自発的
[
* 連絡先](勤)〒620–8505 京都府福知山市厚中町231
行動を行った直後に報酬事態が生じると,以降,
53
高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 16 巻
類似の状況下では当該の自発的行動は生じやすく
行動の直前と直後の環境変化を検討することで,
なる。このような行動変容の原理を強化という。
不適応行動の原因である促進因子を同定する。こ
一方,これまで強化されていた行動に対して報酬
の 先 行 条 件(Antecedent events) → 行 動(Be-
事態が生じなくなると,当該の自発的行動は強化
havior)→ 結果事象(Consequences)の行動随伴
される以前の状態にまで減少する。このような行
性に基づく行動分析を,その頭文字から ABC 分
動変容の原理を消去という。そして,自発的な行
析と呼んだり機能分析と呼んだりする。
動の直後に罰事態が生じると,以降,類似の状況
Geiger & Johnson(1974) や Baltes & Zerbe
下では当該の自発的行動は生じにくくなる。この
(1976),Williamson & Ascione(1983)は要介護
ような行動変容の原理を罰という。他にも,事前
高齢者の不適応行動の原因を老化や性格的問題だ
に報酬事態となる環境刺激を飽和化・遮断化され
けに求めず,環境にあると考えたが,例えば介護
ると報酬事態の効力が統制されること(確立操
施設における要介護高齢者の行動と介護士の対応
作)や,報酬や罰事態の随伴と同時に特定の刺激
との関係性を分析した研究(Baltes, Burgess, &
が提示されると,その刺激が以降の自発的行動の
Stewart, 1980)では,要介護高齢者が依存的な行
出現を統制するようになること(弁別刺激)も明
動をとると介護士はそれに応じる対応をし,要介
らかにされている。応用行動分析では,これらの
護高齢者が自立的な行動をとると介護士のかかわ
知見を応用して,不適応行動などの標的とする自
りが乏しくなっていたことが示されている。これ
発的行動の増減を操作する。
らのことを行動随伴性に基づいて分析すると Figure 1 のように記述できる。
応用行動分析学的介入における不適応行動の原因
推定方法の特徴
前者の場合は要介護高齢者の依存的行動に介護
士の関わりが随伴されており,後者の場合は要介
応用行動分析では,不適応行動が直前の誘発刺
護高齢者の自立的行動に介護士の関わりが随伴さ
激によって制御される非随意的な身体反応なのか, れていなかった。これらの結果,要介護高齢者の
それともそれに後続する結果事象によって制御さ
依存的行動が増加し,自立的行動が減少したなら
れる随意的な自発的行動なのかをまず同定する。
ば,前者は依存的行動に対する強化の随伴性,後
多くの場合,不適応行動は観察可能な誘発刺激が
者は自立的行動に対する消去の随伴性であり,結
無くとも繰り返し生じていることから,随意的な
果的に介護士の対応が要介護高齢者の依存的行動
自発的行動である可能性が高い。そこで,不適応
の習慣化要因であると推定されるのである。よっ
先行条件
行
動
介護士の関わり
結果事象
介護士の関わり
依存的行動
なし
先行条件
あり
行
動
介護士の関わり
結果事象
介護士の関わり
自立的行動
なし
なし
Figure1 依存的行動が増加し,自立的行動が減少する随伴性
1 依存的行動が増加し,自立的行動が減少する随伴性
Figure
54
前者の場合は要介護高齢者の依存的行動に介護士の関わりが随伴されており,後者の場合
は要介護高齢者の自立的行動に介護士の関わりが随伴されていなかった。これらの結果,
要介護高齢者の依存的行動が増加し,自立的行動が減少したならば,前者は依存的行動に
対応が要介護高齢者の依存的行動の習慣化要因であると推定されるのである。よって,こ
の依存的行動を減少したい場合には,要介護高齢者が依存的行動を行った際には介護士は
宮:要介護高齢者の不適応行動に対する応用行動分析学的介入の諸相
関わりを控え,逆に少しでも自立的な行動を行った際にこそ介護士は関わりを増すといっ
た対応を行うことで,要介護高齢者の自立的行動の習慣化が期待できる(Figure 2)。
行
動
特別論文
先行条件
結果事象
介護士の関わり
介護士の関わり
依存的行動
なし
先行条件
なし
行
動
結果事象
介護士の関わり
介護士の関わり
自立的行動
なし
あり
Figure2 依存的行動が減少し,自立的行動が増加する随伴性
2 依存的行動が減少し,自立的行動が増加する随伴性
Figure
介護施設における不適応行動が施設環境によって維持されている可能性があるとすれば,
施設環境を整備することによって要介護高齢者の不適応行動を改善し,
生活技能の向上を
症児に対する応用行動分析学的な療育訓練には感
て,この依存的行動を減少したい場合には,要介
情的な批判を受けることが多かったという。例え
護高齢者が依存的行動を行った際には介護士は関
もたらすことが可能であり(芝野,1992),しかも,それは要介護高齢者の福利の追求や
ば,科学性を重視する立場を“非人間的”と決め
わりを控え,逆に少しでも自立的な行動を行った
尊厳を支えることに寄与するだろう。
つけたり,食べ物を使って訓練を行う点を,人間
際にこそ介護士は関わりを増すといった対応を行
うことで,要介護高齢者の自立的行動の習慣化が
期待できる(Figure 2)
。
介護施設における不適応行動が施設環境によっ
を相手に動物の餌付けと同じ方法を用いるのは許
3 せないと言ったり,子どもに賄賂を渡すようなも
のだと批判するといったものである。要介護高齢
て維持されている可能性があるとすれば,施設環
者の不適応行動の改善に適用する場合も同様で,
境を整備することによって要介護高齢者の不適応
例えば,応用行動分析学の基礎理論である行動分
行動を改善し,生活技能の向上をもたらすことが
析学が,動物を対象とした膨大な行動実験的研究
可能であり(芝野,1992)
,しかも,それは要介
による成果をその理論の根拠としているとから,
護高齢者の福利の追求や尊厳を支えることに寄与
するだろう。
「人間を動物扱いしている」といった批判や,応
用行動分析学が環境調整による行動修正の視点を
これらのことから,客観的な実験研究によって
有していることから,
「不幸にも介護される立場
導き出された行動分析学の知見をふまえて,特定
となった高齢者をしつけようとする不遜な介入方
の誘発刺激に基づかない不適応行動は,介護者の
法だ」といった批判を筆者自身も受けたことがあ
対応を含め,その直後に生じた環境変化によって
る。これらの感情的な批判は,人間の行動理解の
増減する自発行動であると考え,実際に観測可能
ための動物実験の趣旨に対する誤解や,賄賂と報
な環境変化の中から不適応行動の促進要因を同定
酬との混同,要介護高齢者が自身の行動変容を望
していくことが,応用行動分析学的介入における
んでいないとする誤った価値観によるものであろ
不適応行動の原因推定方法の特徴であるといえる
う。
だろう。
それでは,介入を受ける側の要介護高齢者は応
用行動分析学的介入をどのようにとらえるのだろ
要介護高齢者の容認性
うか。Burgio & Sinnott(1990)は施設在住の知
応用行動分析学的介入は,主に自閉症児を含む
的に健常な要介護高齢者 148 名に対し,部分的に
発達障害児の養育訓練の手法として盛んに用いら
内容の異なる架空のシナリオを提示した。それは
れてきた。しかし,梅津(1981)によると,自閉
息子家族と一緒に暮らしている高齢女性に関する
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高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 16 巻
ものだが,彼女が知的に健常な場合,知的に障害
る高齢者 1 名に対しても類似の介入を行い,当該
されている場合,家族に暴力を振るう場合,家族
行動の改善が改善したことを報告している。
に暴言を吐く場合,入浴・着衣・食事を拒否する
場合について記されている。そして,そのような
徘徊
彼女に対してどのような介入方法であれば容認さ
Heard & Watson(1999)は施設在住の認知症
れるのかを調査対象の要介護高齢者に問うた。な
高齢者 4 名にみられた徘徊行動に対し,Differen-
お,介入方法の選択肢は,抗精神病薬による薬物
tial Reinforcement of Other behaviors(DRO:他
療法,DRI(Differential Reinforcement of Incom-
行動分化強化)を用いた介入を行った。対象者が
patible Behavior:非両立行動分化強化。不適応
徘徊しても関わりを控え,代わりに徘徊を生じて
行動とは両立しない適応行動を増加する介入)
,
いない時に関わりを増したり,興味を持つものや
タイムアウト(罰の一種。不適応行動を起こせば
甘い好物などを与えた。その結果,介入期間中は
自室に 10 分間隔離される介入)の 3 種類である。
全対象者の徘徊行動が減少したことを報告してい
その結果,いずれの介入方法についても容認性
る。
は高かったが,特に DRI による介入については,
天野・青木・井上(2006)はデイサービス場面
知的障害の有無や不適応行動の種類に関わらず,
で徘徊行動が頻繁にみられた認知症高齢者 1 名に
全般的に容認性が高かった。つまり,要介護高齢
対し,DRI(対立行動分化強化)を用いた介入を
者自身にとって応用行動分析学的介入は,罰手続
行った。徘徊頻発時間の数分前や徘徊の兆候がみ
きを用いるものについては十分に配慮される必要
られた際に静かな落ち着いた環境で 10 分程度,
があるものの,全般的には薬物療法と同等か,そ
個別の関わりを行ったり(介入 B)
,介護実習生
れ以上に受け入れやすいことが示されたのである。 が終日一緒に散歩や会話を行ったりした(介入
C)
。その結果,当該行動は減少したが,介入 B
3. 要介護高齢者の不適応行動に対する
応用行動分析学的介入の実践状況
期がもっとも効果的だったことを報告している。
複数の介護テキストなどでは,介護者が徘徊につ
き合って歩き,落ち着きを取り戻させることが有
要介護高齢者の不適応行動に対する応用行動分
効な対応方法であると記されているが,それより
析学的介入は主に海外で実践され,様々な行動の
も応用行動分析学的な介入のほうが有効性が高い
改善に成果を挙げてきた。その実践のいくつかに
との知見が得られたことは興味深いだろう。
ついて概略を紹介する。
Dwyer–Moor & Dixon(2007)は頻繁に徘徊が
みられた施設在住の認知症高齢者 1 名に対し,
自傷行動
Mishara,Robertson,& Kastenbaum(1973)
Non Contingent Access to attention(NCA: 非
随伴性強化)を用いた介入を行った。対象者が徘
はほぼ終日,無為な入院環境下で自分の腕や頭を
徊しているときには介入者は部屋で待って関わり
掻きむしっていた高齢者 1 名に対して介入を行っ
を控え,代わりに徘徊をしていないときには時間
た。高齢者が体をかきむしると医療処置などの関
に応じて話しかける関わりを行った。また,セッ
わりが行われていたため,代わりに粘土細工に取
ションの開始時には対象者が好む活動をできるよ
り組むことや簡単な病棟清掃を行うよう促し,そ
うに環境を整えた。その結果,当該行動がほとん
れに従事すれば他者との関わりが生じるようにし
ど生じなくなったことを報告している。
た。その結果,当該行動は生じなくなった。また,
心疾患を有しているのに常に病棟内を清掃し続け
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宮:要介護高齢者の不適応行動に対する応用行動分析学的介入の諸相
の浮気を疑って暴言を吐く)
(Green,Linsk, &
Burton & Spall(1981)はデイケアの参加や摂
Pinkston, 1986)に対する実践があり,いずれも
食を拒否する入院中の鬱病高齢者 1 名に対し,ス
改善したことが報告されている。なお,我が国で
タッフが言語的に促し,それに応じたら賞賛や身
は三原(2003)が被害妄想様表現の多い認知症高
体接触を行った。その結果,徐々にデイケアに参
齢者 1 名に対する実践を報告している。
加するようになり,食事も自力摂取するようにな
Buchanan & Fisher(2002)は奇声が多くみら
った。そして,自力摂取行動は介入終了後も維持
れた認知症高齢者 2 名に対し,Non Contingent
されたことを報告している。類似の実践には Gei-
Reinforcement(NCR:非随伴性強化)を用いた
ger & Johnson(1974)による,残食の多い施設
介入を行った。一人の高齢者には関わりや好きな
在住の高齢者 6 名に対する介入があるが,全対象
音楽を単独,あるいは組み合わせて提供し,もう
者ともに食事摂取量の増加がみられたことが報告
一人の高齢者には関わりを行う時間間隔を調整し,
されている。
その介入効果を検討した。その結果,音楽と関わ
宮(2008)は異食が頻繁にみられた認知症高齢
りを強化子に用いた高齢者は継続的に当該行動が
者 1 名に対し,異食対象への接近行動に消去を用
減少し,関わりの時間間隔を調整した高齢者は,
いた介入を行った。異食行動は介護士の目が行き
徐々にその時間間隔をのばしていっても当該行動
届かない食事時間帯に集中していたが,車椅子に
の減少が維持されたことを報告している。
よる自由な移動が容認されていたため,食事時間
Dwyer–Moor & Dixon(2007)は奇声(大声,
内は食卓椅子に着席させることで異食対象への接
場違いな発言,同じことを繰り返し言う,猥褻な
近を困難にした。当初は床を蹴って異食対象に接
発言,暴言)が多くみられた認知症高齢者 2 名に
近しようとする行動がみられたが,それも次第に
対し,DRO,および機能的言語トレーニングを
消失し,異食の頻度が減少したことを報告してい
用いた介入を行った。適切な発言には短時間の会
る。
話に応じ,カードを用いた要求伝達を促した。そ
の結果,両対象者の当該行動が減少したことを報
不適切な言動
告している。
Carstensen & Fremouw(1981)は「殺される」
との被害妄想様言動が頻繁にみられ,服薬や介助
暴力
を拒否した高齢者 1 名に対して介入を行った。本
Vaccaro(1988)は攻撃・暴力行動が頻繁にみ
人には自身が他者に行った援助行動を記録させ,
られた入院中の統合失調症高齢者 1 名に対し,
それをグラフ化してフィードバックした。また,
DRO とタイムアウト(隔離)を用いた介入を行
介護スタッフは対象者の他者援助行動を賞賛した
った。高齢者が 2 時間続けて攻撃・暴力以外の行
り,被害妄想様発言への関わりを控えて話題を転
動を行っていた場合には,希望の菓子などを与え
換したり,被害妄想様発言がみられないときに話
た。一方,攻撃・暴力行動を起こしたら直ちに別
しかけるようにした。その結果,当該行動が減少
室に 10 分間隔離した。その結果,当該行動は減
し,介護スタッフに対して適切に援助を求められ
少し,介入終了後もそれが維持されたことを報告
るようになったことを報告している。類似の報告
している。
には大声の独語(Birchmore & Ciague, 1983)や
Baker,Hanley & Mathews(2006) は 介 護 士
妻への暴言や被害妄想様発言(Pinkston & Linsk
への暴力が頻繁にみられた施設在住の認知症高齢
(1984 浅野・芝野(監訳)1992)
)
,脳卒中によ
る言語障害(質問への誤答・自発発言の減少,妻
者 1 名 に 対 し,Contingent Reinforcement(CR 随伴性強化)と NCR(非随伴性強化)を用いた介
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特別論文
食行動異常(拒食・食事摂取量の低下・異食)
高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 16 巻
入を行った。排泄介助時の暴力行動に対して両対
を拒否していた入院中の高齢者 1 名に対し,2 -
応の効果を比較した結果,NCR 条件で明らかに
3 分着衣をしたら好物のビールを提供する強化を
攻撃行動が減少したことを報告している。
行った。その結果,徐々に着衣する行動がみられ
なお,高齢者の事例ではないが,Lundervold
るようになり,数ヶ月後には強化を行わずとも終
& Jackson(1992)は暴力行動が頻繁にみられた
日着衣するようになったことを報告している。類
ハンチントン病者(軽度認知機能障害)1 名に対
似の報告にはリハビリテーションや身辺介助時に
し,DRI と罰を用いた介入を行った。ハンチン
おけるスタッフへの暴力的抵抗(武捨・寺本・鈴
トン病は認知症を生じる疾患として知られている。 木・卯津,2003)に対する実践があり,段階的な
非暴力的な介護協力行動が生じた場合にはスタッ
促しと散歩による強化を用いたことで当該行動が
フが賞賛したり,好きな喫煙を許可した。一方,
改善したことを報告している。
暴力行動が生じた場合には腕と胸をベッドに抑制
Pinkston & Linsk(1984 浅野・芝野(監訳)
した。その結果,暴力行動は明らかに減少し,抑
1992)は社交的行動や家事行動,セルフケアの乏
制時間も以前の 1%にまで減少したことを報告し
しい,また,促しに対して攻撃的な行動が頻繁に
ている。
みられた鬱病高齢者 1 名に対し,手がかり刺激や
DA を用いた介入を行った。セルフケアについて
放尿
は,高齢者が促しに攻撃的に反発すると家族は反
Burton & Spall(1981)は床やベッド,椅子に
論したり追っ払ったりしていたため,段階的に家
放尿する行動が頻繁にみられた統合失調症高齢者
族がセルフケアを介助し,それに高齢者が応じた
1 名に対し,Differential Attention(DA:デファ
ら優しく声をかけたり食事を提供したりした。も
レンシャルアテンション)を用いた介入を行った。 し敵意を示されたら家族は 5 分ほど退室するよう
それまでスタッフは高齢者がトイレを使用しても
にした。また,寝室から出て過ごしたり,適切な
特に関わりを持たず,放尿すると関わりを増して
会話をしたり,身だしなみを整えるといった好ま
いた。このため,トイレを利用した時や失禁をし
しい行動を誉め,攻撃行動は無視することとした。
ていない時に関わりを増し,放尿しても必要以上
その結果,攻撃行動は減少し,好ましい行動が増
の関わりを行わないようにした。その結果,明ら
加したことを報告している。
かに放尿の頻度が減少したことを報告している。
Narumoto, Miya, Shibata, Nakame, Okamura,
宮(2008)は排泄や入浴介助時に暴力的な介護
抵抗が頻繁にみられた認知症高齢者 1 名に対し,
Matsuoka, Nakamura & Fukui(2009)は散歩の
消去を用いた介入を行った。高齢者が暴力的に抵
途中に特定の路地で放尿を繰り返した在宅介護の
抗すると介護の中断が行われていたことから,高
認知症高齢者 1 名に対し,妻による促しと強化
齢者が暴力的に抵抗しても介助を継続し,必要時
(後をついていって路地に寄りそうになったらコ
には複数の介護士で手早く介助を行うようにした。
ースを修正し,聞き入れるまで促し続ける)を用
その結果,当該行動が減少したことを報告してい
いた介入を行った。その結果,特定の路地に寄ら
る。
ない散歩が習慣となり,当該行動はみられなくな
ったことを報告している。
不穏行動
Bakke, Kvale, Burns, McCarten, Wilson, Mad-
介護拒否・抵抗
dox & Cleary(1994)は共同作業所で簡単な作業
Mishara,Robertson & Kastenbaum(1973)は
に従事している認知症高齢者 1 名が,「自宅の妻
「服を着るな」といった幻聴に従って頑なに着衣
のところへ帰りたい」と騒いで離席する行動が頻
58
宮:要介護高齢者の不適応行動に対する応用行動分析学的介入の諸相
住の認知症高齢者 1 名に対し,刺激統制と DA
介入を行った。きちんと作業ができた場合には賞
を用いた介入を行った。まず,刺激統制では施設
賛や少額の硬貨,肩への愛撫を与えた結果,不穏
内の家具の配置を変更して他者との交流を促した。
行動は減少し,服薬しなくても最後まで作業に従
次に,家具の配置を変更したまま,介護士が高齢
事できるようになったことを報告している。
者の要求行動に関わりを控える一方,要求以外の
好ましい話しかけや他者への援助行動等には笑顔
性行動
や賞賛,身体接触等の関わりを行った。その結果,
宮(2007)は訪問介護場面で女性ホームヘルパ
刺激統制法については対象者が不穏となったこと
ーに対する性行動が頻繁にみられた高齢者 1 名に
から早期に中断され,効果の有無は判断されなか
対し,DRI を用いた介入を行った。高齢者が性
った。DA については好ましい行動は増加しなか
行動を生じると女性ヘルパーから説得が行われて
ったが,要求行動が減少したことを報告している。
いたり,歩行や洗身介助時には結果的に身体接触
なお,高齢者の事例ではないが,Jozsvai, Rich-
が自由に行われたりしていた。このため,無視で
ards & Leach(1996)は他患者の居室に侵入して
きる行動には無視を貫き,即座に身体接触ができ
菓子を探す,無許可で病棟を抜け出すなどの行動
ない距離に避難した。また,それまで依存的だっ
を頻発していた入院中のクロイツフェルトヤコブ
た高齢者に自力での歩行や洗身を促し,それに応
病認知症者 1 名に対し,DRO を用いた介入を行
じたら賞賛したり,性以外の話題や活動には応じ
った。当該行動が一定時間みられなかったら,報
るようにした。その結果,介入以降は当該行動が
酬としてその量に応じた大きさの菓子と交換でき
急激に減少したことを報告している。
るトークンを与えた。その結果,当該行動は減少
し,介入終了後も維持されたことを報告している。
妻の仕事場への侵入
Narumoto et al(2009)は妻の仕事場に頻繁に
4. 考察
侵入し,仕事を妨害した認知症高齢者 1 名に対し,
妻を通じて確立操作による介入を行った。高齢者
我が国における実践状況
は毎日妻の出勤後の昼前に起床し,自宅隣の妻の
要介護高齢者にみられた様々な不適応行動に対
仕事場へ頻繁に侵入した。妻は仕事の内容上,無
する応用行動分析学的介入の実践を紹介した。い
視をすることができなかったため,そのたびに諭
ずれも高齢者介護の現場で遭遇し,対応に苦慮す
し,自宅部分へ連れ帰ることを繰り返さねばなら
ることの多い行動であろう。もちろん,要介護高
なかった。妻との接触時間の短さ(遮断化)が,
齢者にはそれぞれ個人的,環境的な個別性がある
仕事場に侵入した際に生じた妻の関わりの強化力
ため,ただちに上記の知見を一般化できるもので
を増していることが考えられたため,朝は妻と一
はないが,全般的な有効性の高さは示されたもの
緒に起床して朝食を取り,午後には妻と昼食をと
と考える。
った後に散歩に行くことを日課にするなど,共に
芝野(1992)によれば,要介護高齢者に対する
過ごす時間を増加した(飽和化)
。その結果,約
応用行動分析学的介入の実践論文は,1973 年か
2 週間後には当該行動はみられなくなったことを
ら介護施設での取り組みを中心に,海外で多数が
報告している。
発表されるようになった。紙面の都合で割愛した
が,上記に紹介した以外にも,社交性や活動性,
頻回な要求行動
遠藤・芝野(1998)は要求行動が過剰な施設在
発語,セルフケアの乏しさ,食事方法の不良,失
禁などの改善にも盛んに適用され,成果を挙げて
59
特別論文
繁にみられたことに対し,作業への強化を用いた
高齢者のケアと行動科学 特別号 2011 第 16 巻
いる。
一方,我が国では三原(1991)や芝野(1992)
,
と心理学実践者が協同し,実践を通じて有効性を
経験的に検証することや,我が国の高齢者介護の
河合(1996)が海外の実践をレビューしているが, 実状に合った有用性の高い介入手続きを検討する
実践報告としては 1998 年に遠藤・芝野が初めて
ことが必要であろう。
老人保健施設での取り組みを発表したと記憶して
いる。その後,現在までにいくつかの実践報告が
引用文献
散見されるが,諸外国と比べてその数や発表者数
天野玉記・青木雅哉・井上雅彦 2006 デイサー
は極めて少ない。これらのことは,我が国では要
ビスにおける重度認知症高齢者の徘徊行動への
介護高齢者の不適応行動に対する応用行動分析学
アプローチ─ DRI による介入─ 日本行動分
的介入がほとんど行われていないことを示唆して
析学会年次大会発表論文集,24,88.
おり,実際に介護専門誌などをみても,これを主
Baker, J, C., Hanley, G, P., & Mathews, R, M.
旨とする実践報告は皆無に等しく,洞察的な要因
2006 Staff–administered functional analysis
推定とそれに依拠する試行錯誤的な実践が大勢を
and treatment of aggression by elder with de-
占めている。その理由を実証的に検討した資料は
mentia. Journal of Applied Behavior Analysis,
みあたらないが,筆者が複数の介護関係者から訊
39(4),469–474.
いたところでは,その養成過程で当該の教育を受
Bakke, B. L., Kvale, S., Burns, T., McCarten, J. R.,
けた経験がなく,そもそも行動分析という用語す
Wilson, L., Maddox, M., & Cleary, J. 1994 Mul-
ら聞いたことがないとのことであった。つまり,
ticomponent intervention for agitated behavior
介護士が要介護高齢者の不適応行動に対する介入
技法に応用行動分析学的介入という選択肢を有し
in a person with alzheimer’
s disease. Journal
of Applied Behavior Analysis, 27(1),175–176.
ていないことがその理由であろう。また,介護士
Baltes, M, M., & Zerbe, M, B. 1976 Independence
と協同すべき基礎的な実験心理学を学んだ心理学
training in nursing–home residents. The Ger-
実践者が高齢者介護の分野に乏しいことも,その
ontologist, 16, 428–431.
一因であると推察される。
Baltes, M, M., Burgess, R, L., & Stewart, R, B.
1980 Independence and dependence in self–
5. 今後の課題(結語に代えて)
応用行動分析学的介入は理論的根拠が明確であ
り,特に障害児療育の分野では有効性の高さも証
care behaviors in nursing home residents: An
operant–observational study. International
Journal of Behavioral Development, 3, 489–
500.
明されている。また,基本原理が比較的簡単なた
Birchmore, T, & Ciague, S. 1983 A behavioral
めに施設や在宅の介護者にも容易に理解でき,そ
approach to reduce shouting. Nursing Times,
の技術を介護実践に使用できる(三原,2003)と
20, 37–39.
いう利点もある。活用されれば不適応行動に対す
Buchanan, J. A., & Fisher, J. E. 2002 Functional
る事後介入だけでなく,予防的な介入も可能とな
assessment and noncontingent reinforcement
るため,要介護高齢者やその介護関係者の福利の
in the treatment of disruptive vocalization in
追求や尊厳を支えることに大きく貢献することが
elderly dementia patients. Journal of Applied
できるだろう。よって,我が国においても積極的
Behavior Analysis, 35(1),99–103.
に実践されるべきだと考えるが,そのためには諸
Burgio, L, D., & Sinnott, J. 1990 Behavioral treat-
外国の報告から知識を得るだけではなく,介護士
ments and pharmacotherapy: Acceptability
60
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宮:要介護高齢者の不適応行動に対する応用行動分析学的介入の諸相
特別論文
A review of applied behavior analysis interventions for
dysfunctional behaviors of elderly persons under care
This paper is a review of the applied behavior analysis interventions (ABAI) for challenging behaviors
of elderly persons under care. This intervention is a psychological behavior modification technique using
behavior analysis. The features involve understanding based on objective facts and behavior modification
through environmental manipulation. Compared to medication, ABAI is more acceptable to elderly persons under care. In Japan ABAI for dysfunctional behaviors of elderly persons under care is almost never
used, but it should be used because the theoretical grounds are clear and the effectiveness of reducing various dysfunctional behaviors is high. It is necessary to examine its effectiveness and usefulness, and to encourage the practice of ABAI in Japan.
Key words ⇒ challenging behavior, elderly persons under care, applied behavior analysis, review
Author
Miya Hiroaki (Fukuchiyama City Hospital)
63
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