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ここらぼ版うつ病リワークプログラムのススメ
ここらぼ版うつ病リワークプログラムのススメ -名古屋市精神保健福祉センターの実践から- 名古屋市精神保健福祉センターここらぼ 目次 ここらぼ版うつ病リワークプログラムのススメ -名古屋市精神保健福祉センターここらぼの実践から- はじめに 第1 4年間の実践から見えてきたもの............................................................................................................................................1 1 うつ病ワークデザインコース、及びうつ病ワークステップコースを実施した背景と目的............................. 1 2 デイケアの概要 .............................................................................................................................................................................................. 1 3 プログラムについて .................................................................................................................................................................................... 2 4 デイケアの意義について .......................................................................................................................................................................... 2 5 デイケアの実際の様子 ............................................................................................................................................................................... 4 6 デイケア修了後の様子 ............................................................................................................................................................................... 5 第2 ここらぼでの取り組み...................................................................................................................................................................6 1 再発予防.............................................................................................................................................................................................................. 6 2 作業プログラム ........................................................................................................................................................................................... 11 3 集団認知行動療法 ...................................................................................................................................................................................... 13 4 評価..................................................................................................................................................................................................................... 16 第3 スタッフの関わり方.....................................................................................................................................................................18 1 精神科リハビリテーションであること......................................................................................................................................... 18 2 リワークプログラムであること ........................................................................................................................................................ 18 3 グループワークであること .................................................................................................................................................................. 19 第4 資料集...................................................................................................................................................................................................20 1 疾病管理(ここらぼメンタルクリニック)............................................................................................................................... 20 2 事例検討(M.S.P.) .................................................................................................................................................................................... 22 3 ここらぼ手帳................................................................................................................................................................................................. 24 はじめに 名古屋市精神保健福祉センターでは、さまざまな社会背景や精神保健福祉行政のあり方を踏まえ、平 成20年度から4年間、うつ病で離職(休職)している方を対象とした精神科デイケアを実施いたしまし た。 平成20年度から平成22年度までは、「うつ病ワークデザインコース」として、就労について再考し、 働き方・生き方を設計し直す機会を目的としたデイケアを、平成23年度からは、自己認識を深め再発予 防にも留意し、復職・再就職を目指す「うつ病ワークステップコース」を実施しました。 この冊子では、デイケアのプログラムの目的や内容だけでなく、この4年間の取り組み全体について まとめました。精神医療や精神保健福祉に関わる方だけでなく、より多くの方に知っていただき、また 当センターの取り組みが皆様の業務の一助となれば幸いに存じます。 平成24年3月 名古屋市精神保健福祉センター 所長 新畑 敬子 第1 1 4 年間の実践から見えてきたもの うつ病ワークデザインコース、及びうつ病ワークステップコースを実施した背景と目的 これらのデイケア実施の背景として、まず、幾つかの外的環境があった。1つめは1990年代 半ばから急増し3万人を超えた自殺者数が高止まりしていたこと、2つめは、気分障害圏の疾患 に罹患している患者の増加である。平成19年度、名古屋市健康福祉局で実施した「健康と暮ら しの調査」によれば、精神的健康の悪化は、本市においても20~30歳代の若年層を中心として 顕著であった。3つめは、自殺する人や気分障害に罹患する人の増加の社会的背景として、1990 年代から長期にわたった景気の後退と2000年代に入ってからの労働市場の規制緩和による雇 用の流動化が進んだことである。4つめは、これらの指標が市民の精神的健康が悪化している ことを示唆しているにもかかわらず、名古屋市域では、うつ病に特化したリハビリテーション プログラムを有する施設は稀少であったことである。 一方、本市の内的環境をみると、名古屋市精神保健福祉センター(以下、当センター)で は、就労をテーマとしたデイケアに数年来取り組んでおり、就労に関する支援技術と関係機 関とのネットワークの蓄積があるという強みがあった。また、先駆的内容のデイケアの試行 とそれによって得られた支援方法に関する知識や技術を地域に普及することが当センターの デイケアの役割でもあった。 以上のような外的・内的環境を勘案して、市域におけるうつ病リハビリテーションの推進 のために、平成 20 年度より、冒頭で述べたことを背景として、うつ病の人の再就職(復職) への準備をするプログラムの精神科デイケアを実施することとなった。 2 デイケアの概要 (1)コースの概要 実施年度 名称 平成 20 年度~平成 22 年度 うつ病ワークデザインコース 平成 23 年度 うつ病ワークステップコース (はるなつシーズン、あきふゆシーズ (シーズン1、2、3) ン) 趣旨 就労について再考し、働き方・生き方 自己認識を深めて再発予防に務め、復 を設計し直す機会とする。 職・再就職を目指す。 定員 各シーズン 20 名まで。 各シーズン 15 名まで。 実施期間 各シーズン 20 週 各シーズン 12 週 原則 1 週あたり 3 日(水、木、金曜日)実施。原則 1 日当たり 6 時間(午前 9 時 30 分~午後 3 時 30 分)実施。利用の延長はしない。 プログラム 「第2ここらぼでの取り組み」 (P.6~)参照。家族・事業所を対象とした「うつ 病サポーターズ倶楽部」を実施期間中に数回実施。 従事職員 5 名(精神科医 1 名、保健師 1 名、精神保健福祉相談員 2 名、臨床心理技術者 1 名) その他、外部から講師を招聘してプログラムを運営。 1 (2)対象者について うつ病ワークデザインコース うつ病ワークステップコース ・かつて仕事に就いていたことがある(学生 ・うつ病のため離職して現在も仕事をしていな 時代のアルバイトは除く)が、うつ状態の悪 い、若しくは現在うつ病で休職中である。(学 化のため離職して現在も仕事をしていない、 生時代のアルバイトは除く) 若しくは現在うつ病で休職中である。 ・うつ病と診断され、精神科、神経科または心 ・うつ病に罹患している。 療内科での通院治療を受けている。 ・そのうつ病の治療を担当している精神科、 ・主治医が当コースの趣旨および治療上必要な 神経科または心療内科の主治医がいる。 情報の連携に同意している。 ・その主治医が当コースの利用に賛成してい ・デイケア利用者が復職、再就職する意欲があ る。 る。 ・再び仕事をしたいとデイケア利用者が考え ・3 ヶ月間の安定した参加ができそうな程度に ている。 病状や生活リズムが安定している。 ・このコースに参加できそうな程度に病状や ・デイケア開始時で 40 歳未満。 生活リズムが安定している。 ・40 歳未満。 3 プログラムについて 実施時間:午前9時30分~午後3時30分 実施曜日:原則として、水、木、金曜日の連続3日間 ■ 【 9:30 4 午 前 タ イ ム ス ケ 】 ジ ュ 【 開始、ラジオ体操 (13:00 - 午 ル ■ 後 】 準備) フェイス・ストレッチ、早口言葉 13:15 講義・演習開始 語りたいのコーナー 15:00 講義・演習終了 連絡事項・確認 体操、ふりかえり、いいこと日記 10:00 講義・演習開始 連絡事項・確認 11:45 講義・演習終了 15:30 終了、トワイライト時間 休憩・昼食 16:30 トワイライト時間終了 デイケアの意義について 当センターのデイケアの特徴は、対象者として離職者(職場を辞めている者)も含んでい ることである。既存の職場復帰支援を実施しているデイケアは、休職者のみを対象としてい ることが多い。前頁で述べたような背景から、離職者をメインターゲットとしてデイケアを 実施してみたところ、復職・再就職支援を行うデイケアとしての役割は、次の 3 点に集約さ れると考えられた。 2 (1)総合リハビリテーションの場としてのデイケア デイケア利用を検討する対象者からは「自分には期間(20 週)が長すぎる」、 「グループで何 かをやることは特に望んではいないので・・」という意見も聞かれていたが、実際には、うつ 状態が長期化したり復職・休職(もしくは就職・離職)を繰り返してきた対象者が、腰を据え てこれまでの自分をふりかえるつもりで利用希望される傾向があった。 デイケア開始後 1 ヶ月は、自宅での療養生活から週 3 日連続でデイケアに通うという生活リ ズムの変化に疲労感を感じるデイケア利用者が多かった。一方、プログラムの折に触れて、デ イケアのない残り 4 日間の過ごし方や、どのようにすれば体調を崩さず次週のデイケアに参加 できるかを考えながら自ら健康管理することを実践するように促した。 また、デイケアには、多職種のスタッフや「うつ病」という括りで集った多彩なデイケア通 所仲間がおり、期間途中での新規参加者はいないことからグループとしての凝集性は高く、多 様な人が集った「小さな社会」と捉えることもできる。自宅で療養生活をしていた対象者がデ イケアに参加することで、 「小さな社会」に揉まれて成長していくことが出来るという観点から も、集団のデイケアに参加するという意義は深いと考えられた。 一方、プログラムには、座学的なものと作業的なものがあり、プログラムを通して作業遂行 力や対人関係のパターン等を確認することができ、対象者の新たな側面を、主治医とデイケア 利用者の双方にフィードバックすることができた。このようにデイケアは、投薬等による医療 的アプローチ以外に、職業的、心理社会的な側面にもスポットを当てた、総合的なリハビリテ ーションを行う場であるとも言える。 (2)自他受容の場としてのデイケア 自己認識を深めて再発予防の手がかりを得るべく、うつ状態が悪化した時の自分や職場の状 況に直面化していく過程を経るには、グループそのものがデイケア利用者にとって安心して自 分のことを語れる場であることが不可欠である。気分や意欲が落ち込みがちであった頃をふり かえって当時の自分の様子や変化をグループの中で語ることは、デイケア利用者にとっては苦 しい作業でもあるため、まず、グループの中に自分が受け容れられているという感覚を持つこ とが土台と考えられるからである。その上で、自分と異なる相手の意見を受け容れる準備がで き、多様な考え方に触れ合う中で、集団の中での自分の立場を確認したり、新たな自分のイメ ージ作りをしていく。 見学説明会では、一通りデイケアの概要やプログラム予定を目的別に説明するため、対象者 は当初はプログラム内容そのものをデイケア利用の検討材料としているようであった。しかし、 デイケア開始後は、同じ期間を過ごす仲間(=メンバー)との出会いを取り上げることが増え、 デイケアでの大きな収穫として、 「一言でうつ病と言ってもいろんな人がいる」、 「いろんな考え 方や価値観があることを知れて良かった」等とデイケア修了時にふりかえるデイケア利用者が 多かった。 このような観点から、プログラム自体は自己認識を深めるツールではあったが、それ以上に プログラムの中で休職、離職に至った経過や自分自身について語り合ったり、デイケアを修了 3 したOBの話を聴いて視野を広げていく過程に意味があり、次のステップのイメージを築いて いく場という役割がデイケアにあった、とも捉えられる。また、その延長としてデイケア修了 後も、デイケア利用者自らの発案で連絡を取り合い、近況報告や情報交換の場として定期的に 集うセルフヘルプグループ的な集まりが幾つか自然に誕生したことも特記すべきことである。 (3)再発予防について考えるデイケア うつ状態の悪化によって休職(離職)に至った場合、その後復職(再就職)ができたとして も、再発のリスクは抱えたままであるということをまず認識しておく必要がある。職場でうつ 状態になるきっかけは、環境的要因、対象者自身の個人的要因などが考えられるが、それらに ついて、問題点を整理して環境調整をしたり自ら対処方法を身につけておかないと、再発 → 再休職(再離職)と、以前と同じパターンをたどりかねない。そのためにも、デイケア開始時 には、プログラムの中で、①体調を崩すきっかけ、②崩した時のサイン、③その時の対処方法 等をふりかえって各自でシートを作成し、再発予防の準備具合を初めに確認することで、再発 しないために自分が出来ることを主体的に取り組んでいく意識を身につけてもらえるようにし た。 プログラムの一例としてミーティングや集団認知行動療法、アサーションプログラム等を通 して、自分の考え方のクセや行動パターンに気がついたり、自分のコミュニケーションのあり 方を考え直したりする。これが「うつ状態に陥ることをを防ぐことになる」と知ることが、再 発予防に役立つ。つまり、内面を客観的に見つめ直してセルフモニタリング力を上げることが、 再発のリスクを下げるきっかけとなると考えられた。当初は、グルーピングを意識して、比較 的負荷の軽い協同作業(ちぎり絵)をプログラムの初期に取り入れたこともあったが、あえて そのような設定をしなくてもデイケア利用者同士の交流は自然発生的に行われていた。これも、 期間限定で参加者の途中入れ替わりがないという、デイケアの運営の仕方が功を奏したと考え られる。 また、人によっては得意な作業、苦手な作業がはっきりしており、職種のミスマッチのため に失敗を繰り返してうつ状態に陥るというパターンもあるため、得意なこと(もしくは状況)、 苦手なこと(もしくは状況)を自分自身で把握しておく必要がある。プログラム中の様子でス タッフからデイケア利用者にフィードバックできることもあるが、より詳細な職業的な評価を 受けるのであれば、精神科デイケアという枠組みだけでは難しいかもしれない。 5 デイケアの実際の様子 対象者として休職者と離職者が混在することで心理的摩擦を危惧する声もあったが、表面上 は特に問題はなく、個別の面接でも話題になることはなかった。一方で、参加者自身のうつ病 の捉え方も多岐にわたり、中には人格の未熟さや発達のばらつきをうかがわせる要素を持ち合 わせたケースも見られた。デイケアが始まりグループの凝集性が高まるにつれて、デイケアプ ログラム以外の時間での交流も徐々に増え、社会人経験の乏しい若年者が年長者から経験談や 助言を受けて自分を見つめ直したり、逆に年長者が若年者を前に自分の立場を再確認して自尊 感を取り戻すといったような、相互成長を促し合える側面も認められた。 うつ状態がきっかけで精神科受診後、職場や交友関係から心理的距離を置きながら生活をし 4 てきたデイケア利用者は少なくはなく、デイケアプログラムや他通所者との交流が、復職・再 就職する際に誰にどの程度自分の病気や障害について伝えるのか、職場に配慮を求めたい点が あるのかなど、障害の開示か非開示(open or closed)について改めて考えるきっかけとなっ ていた。彼らは、困った時に誰かに相談することが苦手であったり、没頭しやすく活動のペー ス配分が極端で疲労を溜め込みやすかったりと自ら孤立を招く状況に陥りやすく、セルフマネ ジメント力が脆弱な場合も少なくはなかった。だが、デイケアプログラムを通してそのような 自分に気づきを得るところから、今後自分ができることを具体的に考え実践することで、セル フマネジメント力を上げる意識を持つことができたと思われる。 また、人によっては、大きく体調を崩すことなく働けていたかつての自分のイメージと現在 の自分とのギャップを感じ、 「元の自分の状態に戻る」ことに執着しすぎて、現実的な一歩をな かなか踏み出せないでいるケースもあった。しかし、デイケアに通所して多様な考え方に触れ るうちに、一つの考えに固執しがちなこだわりが柔軟になり、新しい自分のイメージ像を抱け るようになったデイケア利用者がいたように、デイケアでのプログラムや出会いは、新たな自 己のイメージ像を作り上げるきっかけになっていたと考えられる。 6 デイケア修了後の様子 当センターでは、平成 23 年度調査研究としてデイケア修了者の実態等を明らかにし、これま でのデイケアプログラムの評価を行い、うつ病の方の就労支援に関する施策推進の基礎資料と することを目的とした調査を実施した。平成 20 年度から 23 年度までのデイケア利用者総数 120 名中回答 45 名であり、回答率は 37.5%であった。 回答者のうち、その後就労していた者は 30 名(66.7%)(複数回答なし)であった。雇用形 態は正社員 26.2%、 派遣社員、契約社員 23.8%、アルバイト・パートなどが 35.7%、作業所 などのその他の働き方が 14.3%だった。収入は、「減少」または「変わらない」と答えたもの が 57.8%を占め、不景気で雇用が少ない現状の反映もあるが、デイケア利用者のペースや体調 などを加味した働き方として、非正規を選択している場合が考えられる。 デイケア前後での自分自身が感じた変化として、 「 仲間ができたことでの人への信頼感が得ら れた」、 「仕事とプライベートの割り切りをつけるようになった」、 「考え方のクセに気がついた」 等の声があり、彼らにとって再発予防に必要な視点、対処方法が得られた様子が見受けられた。 また、回答者の 86.7%が修了後も「同じ病気を抱える仲間」、 「心のよりどころ」としてデイ ケア利用者との何らかの交流を続けており、デイケアで培われた仲間同士のつながりが、デイ ケア修了後も大きな支えになっていると考えられた。 5 第2 ここらぼでの取り組み 名古屋市精神保健福祉センターここらぼ(以下、ここらぼ)では、平成20年度から22年 度までのうつ病ワークデザインコースの目的を「働くことについて考えて、働き方や生き 方を設計しなおす」、平成23年度うつ病ワークステップコースでは「①自己認識を深め、 再発予防に取り組む。②復職、再就職を目指す。」とした。これらについてプログラムを 遂行することによる、作業遂行能力、集中力、対人交流、体力維持等、復職準備性の向上 および評価をねらった積み上げ型のプログラムを以下のイメージで設定した。それぞれの プログラムは独立しているものではなく、ミルフィーユのように重層的に重なり合い、そ れぞれが互いに作用している。この章では、ここらぼでの特徴的なプログラムについて記 載する。 なお、本文中の「Coco-Loverたちのつぶやき」は、プログラム終了時に作成した卒業文 集より、デイケア利用者了解の上、転載したものである。 当センターで提供しているプログラムの構成イメージ 再発予防 作業・課題遂行 ・疾病管理 ・個人作業 ・ミーティング ・グループ作業 ・事例検討 等 ・模擬就労 共に取り組む仲間づくり 偏愛マップ ちぎり絵制作 自己表現 認知と行動の変容 ・集団認知行動療法 ・アサーション ・SST 等 その他 体力づくり キャリアマネジメント 就労支援施設見学 OB体験談 各セルフチェック、個別面接 6 等 1 再発予防 (1)疾病管理(プログラム名「疾病管理」「ここらぼメンタルクリニック」) (P.20 第4「資料集」1 参照) ここらぼでは従来より職業リハビ リテーションの基本的な考え方に基 づき就労支援を行ってきた。デイケア 利用者が職業準備性の考え方(左図 「働くときの三角形」参照)を知り、 安定して働き続けるためには、周囲の 状況(上司や同僚との相性、物理的環 境等)が整っているだけではなく、そ れらを活かせるよう自己をコントロ ールする能力が必要となることを意 識できるよう、講義や各プログラムを 通じアプローチを図った。 また、疾病管理を考えるにあたり、自分にとっての「うつ病」とは何かを考え、その多 様性、個別性を知ることを目的に「ここらぼメンタルクリニック」と題し、以下のような プログラムを行った。 内容 1 日目 ①「うつ」という言葉は使わず、自分の病名をつけ、無記名で紙に記入し、BOX にいれる。 ②誰がつけた病名か考える。クイズ形式で正解発表後、デイケア利用者がその理由を話す。 2 日目 ①シート「自分の診断書」を記入 ②他デイケア利用者数名から意見を収集し、シート「自分への意見書」を記入 デイケアスタッフから見ると、うつ病の療養期間が長くなるにつれ、デイケア利用者が 他罰的になったり、誰が病気にかかっているのか、誰が治すのか分からなってくる傾向が 見られる。自分にとっての病名をつけることは、今一度、治療への主体性を取り戻すこと に有効であった。また、病名、症状、その理由等を考え、自分が思っている自分の状態と 他者から見える自分を知り、比較する作業を通じ、自分を見直すきっかけとなり、今後自 分が職場で留意する事は何かをつかむヒントを得ることができた。 ※デイケア利用者が実際につけた例 病名 暴走ハリネズミ自滅病 具体的な症状 ・ささいなことでイライラして、近づいたり話しかけると攻撃的な言動を示す。 ・決まった時間に寝起きができず「眠くなったら寝る、起きたくなったら起きる」 7 ・考え出したら止まらず、気になって他のことに集中できなくなる。眠れなくなる。 ・悪い方にばかり考えてしまい気分が落ち込んでしまう。その結果に取る行動は諦めからくる無 謀なあるいは思慮の足りないことが多い。 性格ゆがみ病 ・物事に対して、常に「0か 100 か」で考える。 ・対面した人に対し、何かにつけ勝ちたがる。 ・何事に対しても意地の悪いきつい評価をつけてしまう。 自信喪失症 ・小さな失敗をしたときに自分は何をやってもできない人間だと結論づけて思い込む。 ・何か成功をおさめた場合には、それは健常な人ならばできて当たり前だと思い込み、成功を 評価しない。 傷ついたCD症候群 ・説明時に変なところで言葉が出なくなり、数秒間間がある。 ・聞き手にとっては理解しにくい場合がある。 失敗現実逃避症 ・失敗することを過度に恐れる。 ・何としてでも失敗しないように自分の外堀を固めてしまうか、失敗しても言い訳ができる理由 で自己保身を図る。 (2)ミーティング(プログラム名「M.O.P」) ここらぼではミーティングを、Meeting of Our Problems の頭文字をとった M.O.P.(モ ップ)と称して、さまざまな手法を用いて行った。 ア 模造紙(B 紙)を使った手法 あるテーマについて模造紙に書かれた他のデイケア利用者のコメントを読み、そのコメ ントから触発された考えを線を延ばして書きこんでいく。話すことによるミーティングで はなかなか発言できなかったり、言葉での表現が苦手なデイケア利用者でも、自分のペー スで考え、整理して書き込むことができ、意見を表出できる機会となった。また書き込ま なくとも、他のデイケア利用者の書き込みをじっくり読むことで考えを深めることができ たと思われる。 例 天命 お金を稼ぐこと 働くとは だといいな お金だけじゃない お金は大事 暇つぶし うらやましい やりたいこと をやりたい 8 イ ラジオのDJ形式で行う手法 あるテーマに対しての意見や他のデイケア利用者に聞いてみたいことを各自が匿名で紙 に書き、投書箱さながらにボックスに入れる。進行係の職員(DJ役)がボックスの中か ら、そのうち 1 枚を取り出し読み上げ、それに対してデイケア利用者同士で意見交換して いく。匿名にすることで、自発性を保ちながら、率直な意見を表明したり、普段では聞き づらい質問をしたりすることができた。時には「デイケア一ヶ月が過ぎ改めて気が付いた 復職、再就職するのに身についているもの、身についていないもの」 「怒りを治める方法」 など心理的負荷の高いテーマで取り組むこともあったが、「ラジオに投稿する」「スタッフ はDJ」「ラジオネームを考える」という遊び心のある設定が、その抵抗を低くすることに つながり、活発な意見交換につながったと思われる。 上記のようにさまざまな手法のミーティングをもつことで多種多様な特性を持つデイケ ア利用者、集団に合わせたミーティングを行うことができ、デイケアスタッフ、デイケア 利用者の目的達成につながる機会のひとつになったと考えられる。それぞれのミーティン グの長所を生かすためにもグループの状況や時期に応じて、どの形式が一番効果的なミー ティングとなるか考慮する必要がある。 (3)事例検討(プログラム名「M.S.P.」)(P. 22 第4「資料集」2 参照) Meeting of Someone’s Problems の頭文字をとった「M.S.P.」と称した事例検討を行 う中で、事例中の人物と自分を比較し、自分の状況を客観的に捉え、自身の今後の課題や 対処法を考えた。シートの設問内容を段階的に設定し、それに沿って自分自身の対処法を 具体化して考えられるように考慮したことも、このプログラムの目的達成に有効であった と思われる。対処法に他のプログラムで得たことを挙げるなど、デイケアでの経験を現実 的な場面でどう活かせばいいのかイメージする機会ともなった。また、スタッフとしては デイケア利用者に今後考えてもらうべきことは何かなど、スクリーニング的役割としてこ のプログラムを役立てることができた。 Coco―Lover たちのつぶやき① 過去と向き合ったあと、再発予防が次の課題であった。その後、答えを見つけるきっかけになったのは、 デイケア利用者の1人である M さんが事例検討で発言した「働く前の環境が重要でないか」の一言だった。 それまでは自分の働いている時のことしか考えていなかったが、人間それ以外の時間も重要で病気になり にくい環境は就業していなくても作れるものだと理解した。その後、様々なプログラムで自分を守る手法 を学んだが、環境に対する気づきの方が自分には大きかったと思う。 9 (4)現実検討(プログラム名「Self-Watching」) 社会の中で自分はどのように規定されるのか、総合的な自分の状況を把握すると共に、 今後どのように働きたいのかを考え、現実的な働き方について検討を図ることを目的とし た。 プログラム内容 1 日目 ①病気と障害の違いについて意見交換 ②精神保健福祉行政における「精神障害者」、労働行政における「精神障害者」の説明 ③ミーティング ※課題:自分の希望する働き方、そのメリット、デメリットについてまとめる。 2 日目 ①障害(病気)の開示・非開示と求職登録についての説明 ②ミーティング 自分の生活のしづらさ、働きづらさの背景にあるものを「うつ」という疾患または症状 という視点で捉えるにとどまらず、改めて自分の障害とは何かについて考える機会とした。 漠然とした不安から具体的に自分の困っていることや職場に配慮してほしいことを考え、 再発の不安を抱えながら、今後働くにあたって必要なことを再確認し、現実的な働くイメ ージをつかむことにつながった。 ちぎり絵製作 平成 20 年うつ病ワークデザインコース はるなつシーズン デイケア利用者作 平成 22 年うつ病ワークデザインコース はるなつシーズン 10 デイケア利用者作 2 作業プログラム 作業遂行能力の評価のため、以下の表のように3~4種類の作業プログラムを行った。 表の下部に進むに従い、プログラムが進み負荷が高くなっている。 プログラム名 個人作業 主に確認すること 内容例 集中力の持続 ・現代のうつ病のレポート作成 ・小論文、要約 オフィスここらぼ 指示内容の理解、質問や意思表示 パソコン教室 グループ作業 他者との関係調整力 外部より模擬の仕事を受注 ・防災都市計画の企画 ・ドライミスト販売の新規商圏開拓 模擬就労 職場への抵抗感の程度 一般事業所での1~2週間の体験就労 (平成22年度まで実施) (1)個人作業 作業の遂行において基礎的な要素である集中力の持続について、小論文等の記入作業を 通して確認した。また、作成物を評価される環境を作り、緊張感を持続させることに努め た。また、現代のうつ病のレポート作成ではうつ病にまつわるさまざまな疾患を調べるこ とで自らの疾病管理につながる副次的な効果が得られた。 (2)オフィスここらぼ パソコンのスキルアップのみを目的にしたものではなく、パソコンを使用した課題を遂 行する過程を通じ、与えられた課題を期限内に遂行することができるか、指示内容の理解、 パソコンの操作に関する質問や意思表示ができるかを試す機会とするプログラムである。 上司役に見立てた講師に対して、同じ質問を繰り返す、質問のタイミングを計れない、ま た反応が薄い等の課題が浮き彫りとなった。 (3)グループ作業 他の人と関わりながら仕事を進めていくことは一人で作業に取り組むことよりもストレ スフルな課題と考えられる。グループ作業では模擬の仕事をグループで行い、話し合い、 役割分担等の過程を通し、そのストレスを想起し、どんなことにストレスを感じたのか、 何が課題になりそうかを確認する機会とした。作業の過程で、デイケア利用者の「理解が ずれている」 、 「出席が安定しない」、 「意見を言わない」などの言動をストレスと感じたり、 所内作業であるため、限られた職場環境への不満につながるなど、自分のこれまでの仕事 上でのクセや課題に気づいたり、集団の中での自分を客観的に見つめるきっかけとなった。 また、不向きと感じる仕事であったり、目立つ活躍がなくとも、集団の中で自分ができる 仕事を見つけ、やり遂げることは自己効力感の向上につながった。 11 (4)模擬就労 最終調整として、一般の事業所で模擬的に「働くこと」を体験し、職場への抵抗感の程 度を確認し、復職、再就職へ踏み切るための助走とするプログラムである。短期間の就労 であるため、専門的で複雑な作業はできないものの、所内で他プログラムに問題なく取り 組めているデイケア利用者が、模擬就労になると途端に調子を崩すことが見られたり、さ まざまな理由をつけて参加を回避するなど、一般の事業所で働くことがいかにデイケア利 用者とって精神的負荷が大きいかがうかがえた。また、「どこの職場でもうつは理解しても らえない」「上司は嫌な奴に違いない」と職場に対する固定したネガティブなイメージが修 正できないデイケア利用者、これまでの少ない就労経験から多様な職場・働き方のイメー ジが沸かないデイケア利用者も多いため、一般事業所でうつ病であることをオープンにし て働く経験は職場および就労のイメージの拡大につながった。 基本的な作業遂行能力の評価において、これら段階的な作業プログラムの活用は有益で あったと考えられるが、「デイケア」という限定された環境下での作業には限界があった。 復職、再就職後の職務継続のためには、それぞれの目標に応じて、主治医、企業の人事 担当者、産業保健スタッフなど他機関と連携をとり、継続的に対応するのが望ましいと思 われる。 Coco―Lover たちのつぶやき② 模擬就労は本当に貴重な体験でした。私はずっと「働くことが怖い」という考えを持っていて、プログラ ムをこなしてもその考えがすっと頭を支配していたのですが、たった2週間の体験でしたが「怖くない働 き方が現実にある」という事が発見できました。私はまだ今後どう生きていくか、どう働くかを明確に決 めることができていないのですが選択肢、視野は確実に広がった気がして、とりあえず今は若干の焦りは 感じつつも、妙な安心感をもつことができています。 Coco―Lover たちのつぶやき③ 模擬就労では、朝行きたくないなと会社に行っていた時に感じたことを再度経験できました。その理由を 考え、周りの人によく見せたいと背伸びをしていて疲れたためと分かり、対策として、健康第一に考え、 余計なアクセルは離し、意識的にブレーキを効かすことが重要と学べました。 12 3 集団認知行動療法(Cognitive Behavior Group Therapy) うつ病ワークデザインコースでは、自分の考え方や行動のくせやパターンに気づき、必 要な修正について考える契機にするために、講師を招聘し、試行的に3年間実施した。う つ病ワークステップコースでは新たに講師を招聘し、約 1 週間に 1 回のペースで 6 回にわ たって CBGT を実施し、抑うつ症状の程度を評価するために毎回プログラム開始時に BDIⅡ(ベック抑うつ評価尺度)を参加者に記入してもらった。ここでは、うつ病ワークステ ップコースの 1 年間での取組みについて報告したいと思う。 (1)方法 デイケア 2 週目(シーズン 1 は 3 週目)から、講師(精神科医師)により約週 1 回のペ ースで全 6 回のセッションを行った。講師はパワーポイントを使って説明し、デイケア利 用者は自由に 2 つのグループに分かれて座り、紙資料を見ながら参加した。講師の問いか けにより、行動計画や考え方のパターンの発表等について、全員が何らかの発言をし、お 互いの考え方を傾聴した。デイケアスタッフはグループに参加するのではなく、講師の指 示により必要に応じてシート作成を援助したり、参加者の様子を確認した。6 回のセッショ ン内容の詳細は以下のとおりである。 セッション内容 次回のセッションまでの宿題 1 回目 ①こころの病気(特にうつ病)のお勉強 ①毎日どんな行動をしていますか? ②認知行動療法の基礎になるモデルを説明 → 活動記録表の記入 ②マイナスの気持ちになった状況を、毎日○個 (自分で決めて表明する)、つけてくる 2 回目 ①活動記録表を見てみよう ①今日立てた計画を実行する ②活動を計画しよう ②実行の際、抵抗勢力やマイナスの気持ちが 出てきたら書き留める ③抵抗勢力やマイナスの気持ちが出てきた状況 について、○個をモデルで整理する 3 回目 ①やってみたいけれどしないことはありますか? ②あなたのパターンはありそうですか? ①今日立てた行動計画を実行する ②実行の際、抵抗勢力やマイナスの気持ちが 出てきたら書き留め、認知行動モデルに○個ま とめる ③マイナスの気分になる状況、その時浮かぶ考 え、その時とる行動について、パターンを見つけて くる 13 4 回目 ①行動計画とパターン発表会 ①今日立てた行動計画を実行する ②悪しきパターンの発見 ②実行の際、抵抗勢力やマイナスの気持ちが (特に行動に注目して) 出てきたら書き留めて本当かどうか問いかけてみ ③浮かんできた考えを検討しよう る(「それって本当ですか?」) しばしば浮かんでくる映像(イメージ)を検討し ③マイナスの気分になる状況で、その時浮かぶ よう 考えを深めてパターンを検討する(「○○個深め ます」) 5 回目 ①行動計画発表会 ①今日立てた行動計画を実行する ②捉え方(考え方)のパターンを見つけよう ②マイナスの気分になる状況で、マイナスの気分 ★活動しようとした時の抵抗勢力 にさせている考え方を見つけて、バランス思考に ★マイナス気分の時 書き換えてみよう しばしば浮かんでくる映像(イメージ) ③考え方のクセを知るシートをつけてみよう 6 回目 ①活動計画と考え方のクセ発表会 ②マイナスの気分にさせている考えは『ご尤も』 か ~バランス思考を考えるか、解決に臨むか~ ③当面の生活計画 ~人生で大切にしていることとのすり合わせ~ (2)結果 6 回のセッションを全て出席した 17 人の BDI-Ⅱの平均点の変化は次のとおりである。 うつ病の重症度尺度 13 点以下 ほぼ正常 14~24 点 軽症~中等度 25 点以上 重症 (3)評価 6 回のセッションを全て出席した参加者(17 人)の BDI-Ⅱの平均点は、回を追うごとに 下がる傾向がみられ、参加者の抑うつ症状が軽減していることがわかった。認知行動療法 そのものは、デイケア利用者が自ら学ぶという姿勢がなければ治療の意義は薄れるが、6 回 全て皆勤したデイケア利用者は参加意欲が高く、治療効果も得やすかったと推測される。 すなわち、治療意欲と治療効果との間に相関関係があることが考えられる。抑うつ症状の 14 軽減の要因としては、集団で自分以外のケースをみんなで共有して考えることで、ピアサ ポートの役割を果たしていたことが考えられるが、CBGT 以外でも、 「自己認識を深めて再発 予防に取り組む」ことを促すことを目的としたプログラムが組まれており、デイケアプロ グラム全体をとおして相乗的に抑うつ症状の軽減の効果があった可能性も否めない。一方、 専門講師のユーモアを交えた語り口によるスムーズなセッションの進め方が、治療効果向 上に寄与していたであろう点もここに挙げておきたい。 ここでの認知行動療法の目的は、受講者自身の長所や成功体験を整理しながら、自らの 行動パターンや考え方のクセが抑うつ症状を誘発させる要因になっているということに参 加者自身が気がつき、デイケア終了後も引き続き日常生活の中で実践していくきっかけ作 りとなることを目指している。再発予防の観点では、受講後も、必要に応じて認知行動療 法の手法を取り入れて、一人になっても自らの行動パターンや考え方のクセを修正しよう とする姿勢が求められる。 Coco―Lover たちのつぶやき④ これまでは自分のことを棚に上げ、他人に対して批判的な見方をしがちでしたが、少しずつ“そういう考 え方があるんだ”と一旦は相手の意見や受け入れ、良いと思ったことは試してみるようになりました。デ イケア利用者やスタッフの皆さんから刺激を受けることも多く、視野が広がったのだと思います。 そして何より、同じ悩みを抱えたデイケア利用者が集まり、悩みを共有できたことがとても心強かったで す。ここらぼのデイケア利用者やスタッフの皆様と出会っていなければ、復帰に向けて一歩を踏み出す勇 気を持ち続けることなどできなかったと思います。そのくらい、私にとってここらぼは大きな存在でした。 これからもそれぞれの道を歩むことになりますが、デイケアで学んだことを生かし、自分にとって納得の いく進路を切り拓いていきたいと思っています。 Coco―Lover たちのつぶやき⑤ プログラムでは、CBGT やアサーション、SST など理論だけではなく実践を通した体験できたことが何 よりも良かった。[理屈ではわかる]ことと「体験を通してわかる」ことの違いがはっきりと感じられ、特 に CBGT の方法論は今後も自分を支えてくれるツールになると思える。 (中略) 来週からの生活が「元の生活に戻る」のではなく「新しい生活にスタートする。」と自信を持っては言えな いが、言えるようになりたいと思えるそれだけでも今を肯定できるのは本当にうれしい。 15 4 評価 ここらぼではデイケア通所時の様子からスタッフが職業準備性の身に付き具合をアセス メントし、その結果についてデイケア利用者、支援者、主治医、上司等関係者が共有し、 より良い復職、再就職に結びつくことができるように評価を行った。 (1)評価尺度 前述のとおり、集団認知行動療法ではBDI-Ⅱを使用したが、他のプログラムでは、下記 の尺度を参考にした。 ア セルフチェック 各プログラムごとにセルフチェックを行った。チェックする職業準備性は、仕事の種類 や日常社会生活ともに共通し安定して身についているとよいことであり、個別の職業に必 要な技術などはチェックしていない。デイケア利用者と個別面接等を行う際に、デイケア 利用者のチェックとスタッフ側から見た評価をすり合わせ、ズレがある場合は、記述的か つ適切なタイミングで必要に応じたフィードバックを行い、デイケア利用者が働く上での 課題認識を深めた。 1) 自尊感情尺度・2)自己効力感尺度 イ 自尊感や自己効力感について意識し、プログラム参加による自身の改善を実感する機会 とすることを目的に、各コース開始時及び修了前の計 2 回各尺度を用い評価した。いずれ の結果からも、多くのコースで開始時より修了時で向上が見られ、デイケア通所及び各プ ログラムへの参加が、デイケア利用者の自尊感や自己効力感の向上に寄与していると考え られた。 注) 平均変化率=各コースの修了前の平均点数/開始時の平均点数*100(%) 平均変化率が 100%以上の場合、開始 時と比べ修了前の平均点数が向上したことを意味する。 ウ 体力チェック 復職、再就職する上で体力と身体の健康状態の保持は必須であることから、各コースの 開始時と修了前の計 2 回、7 項目(握力、全身反応、ステッピング、棒反応、肺活量、長座 位体前屈、5 分間走)について体力測定を実施した。その結果、各コース・全 7 項目の測定 結果で開始時より修了前で向上が見られ、中でも肺活量、握力、ステッピング反応での向 16 上がやや大きく、筋力と全身動作反応の向上が予測された。個人差はあったが、デイケア 通所が、デイケア利用者らの体力向上に寄与しているとの考察が得られた。 注)平均変化率=各コースの修了前の測定平均値/開始時の測定平均値*100(%) 平均変化率が 100%以上の場合、開 始時と比べ修了前の平均値が向上したことを意味する。 (2)最終評価 プログラム修了後には、デイケア通所中の活動状況、職業準備性の観点から見たデイケ ア利用者の長所、課題、環境面の利点、課題についてまとめた評価表を作成し、事前にデ イケア利用者とスタッフで共有したうえで、主治医を交えた 3 者で通所者会議の場を持っ た。また、デイケア修了後に他の支援機関を利用する場合は資料を基にした情報提供を行 った。ここらぼでの評価表は復職の可否をスタッフが判断するものではなく、デイケア利 用者や周囲の関係者が評価表を見ることで、職業準備性の観点からデイケア利用者の全体 像を把握し、今後の復職、再就職に向けての判断、調整材料の一つとすることを主眼に置 いた。 Coco―Lover たちのつぶやき⑥ 講習前と講習後で自分がどれだけ変わったか一番具体的に分かったのは体力チェックです。デイケア開始 の 5 月 13 日とデイケア修了の 7 月 8 日ではかなり体力が上がりました。やはり週3日だけでもここら ぼに通うことが社会復帰につながることが実感出来ました。 17 第3 スタッフの関わり方 うつ病リワークプログラムは比較的新しいプログラムであるため、経験の少ないスタッ フが試行錯誤の中でプログラムを実践する場合が多いと予想される。この章では、名古屋 市精神保健福祉センターにおけるデイケアの実践 4 年間から得られたスタッフの関わり方 について述べる。 リワークプログラムを効果的に活用するため、スタッフは以下の点に考慮したプログラ ム運営を行う必要がある。 1 精神科リハビリテーションであること 近年、うつ病の概念の広がりが叫ばれて久しい。当センターでは、休職者、復職者でう つ病と診断された者を対象者として募集したが、実際プログラムが開始されると、デイケ アで 6 時間、集団で過ごす中で診察室の中では見えないと思われる部分が見えてくること があった。当コースでもうつの背景に発達障害、双極性障害、統合失調症(特に陰性症状 の強いタイプ)などが存在する可能性を考え、問題として幾つかの疾患の特徴を見立て、 それぞれの特徴に応じた支援を試みた。 回復途上にあるうつ病の人のリハビリテーションにおいては、本人の持つ特性から、診 断とは別に見立てをすることが本人、デイケアスタッフ双方の理解に役立つことがあり、 適切なリハビリ方針の決定のためには多角的な視点から支援方針を立てる専門性が必要と なる。併せて、職場からのプレッシャー、独居生活など本人の回復の妨げとなっているも のについて、心理社会的な視点で考えることも必要となる。 また、リハビリ中においては、本人の緩やかな回復とは連動せず、休職期限の満了が迫 ったり、雇用状況が悪化したりして本人が絶望しやすい状況が作られやすい。リワークプ ログラムの中では評価の見極めのためにプログラムを通して徐々に負荷をかけることがあ るが、特に統合失調症(特に陰性症状の強いタイプ)においては、それにより生じる自分 の描いているイメージと現実の能力のギャップによる絶望感により自死のリスクがあるこ とを忘れてはならない。特に周囲が動き始め、その差に焦り始める時期はその危険性が最 も高まる。 2 リワークプログラムであること 従来の多くの精神科デイケアは慢性期の統合失調症の患者が多く利用し、無期限の利用 期間の中で、居場所、社会生活能力の回復を目的にしていることも多い。一方、リワーク プログラムは、これまで組織の中で一労働者であった人が気分障害圏を主とした疾患にか かり、復職、再就職を目指すことを目的とした場である。利用者の職歴は一般企業の正社 員、公務員、自営業、パートとさまざまであるが、総じて比較的安定し限定された世界で ある医療、福祉職等とは異なる社会性を身につけていることが多い。当センターは公的機 18 関であり、スタッフの年齢構成も比較的若年者が多かったためか、スタッフの言動によっ ては「民間はそんなに甘くないですよ」と言われたり、面接の際は、 「私より年配のスタッ フに話したい」と自尊感を大切にするメンバーもいた。そのため、リワークプログラムに 従事するスタッフは企業の性質の理解を始めとした、一般の医療職、福祉職にとどまらな い社会人としての姿勢、常識、見識が必要となる。 また、休職中の利用者は休職満了期限があり、離職者においては経済的状況等から早め の再就職を望んでいる場合が多く、有期限の利用の短期決戦となることが多い。そのため、 例えば、面接、ミーティング場面においては肯定的なフィードバック、傾聴を主とし、温 かい眼差しを向けるだけなく、ラポールの構築があった上で、時には本人の避けているこ とに直面させるべく、スタッフから切り込み、問題を整理していく姿勢も必要とされる。 3 グループワークであること 現代のうつ病の発病要因はさまざまであり、その一つとして職場での対人関係の悪化が 背景として挙げられることも少なくない。また、多くの利用者は復職、再就職後、組織の 中で他者と関わりながら業務を遂行することになるだろう。その中で集団療法は基礎的な 対人交流だけでなく、メンバーが人と人との関わり合いの中で相互に自己洞察を促すこと のできる有効なアプローチとなる。そのため、スタッフは集団の力動や治療因子など、グ ループワークの構造と機能について理解し、1 対 1 ではない、グループワーカーとしての専 門技術を発揮し、その効果を最大限に引き出すことが求められる。 以上、3 つの基礎事項を早期に押さえた上で、それぞれの職種のアイデンティティを生かし たチーム医療が重要である。 Coco―Lover たちのつぶやき⑦ メンバーとの交流や衝突が私の考え方や価値観を変えていきました。特に印象深いのは「グループ作業」 のプログラムで私は自分の欠点と向き合う事となったのです。 なぜ「うつ病」になったのかと。苦手な人、苦手な場面がそっくりそのまま、プログラムの中で体験でき たのです。それによって自身がどんな所に弱いのかと理解することができました。またその対応策も考え る事ができました。(継続考え中) 19 20 えてください。(もし診断内容が変わらなければ同じ病名でも可) ●病名 No2・・・他の人の意見を聞いてみて、もう一度自分を診断し、病名を考 ②有効な薬(他の人からみて、よいと思われる対処方法) ①周りから見た自分の病気、症状(他のメンバーから情報収集して下さい) ⑥今後の治療方針 ⑤効果的な薬 入) ④③の具体的な程度、症状を書いてください(どういうときにどうなるのか記 ③現在の病状・状態像(自分流の症状名を書いてください) ②病名 ①名前 自分の診断書 1 自分への意見書 第4 資料集 疾病管理(ここらぼメンタルクリニック)(P.7) 診断書・意見書の作成上の留意事項について ここらぼメンタルクリニック <作成にあたっての一般事項> ○記載に際しては、読みやすい書体でご記入ください。 <自分の診断書> 1.②病名は自分の症状など特徴を考慮した上で、自分独自の病名をつけてください。一 般的にある病名や「うつ」という言葉は使わないようにしてください。 例:空回りスぺ クトラム 2.③症状名は自分の体調が悪化した時の状態に合った自分流の症状名をつけてください。 例:リピート再生状態 3.④具体的な程度、症状は③症状名の詳細について日常生活での様子を踏まえ、ご記入 ください。 例:同じ事柄について、何度もテーマにしているにも関わらず、ずっと考え てしまったり、いろいろな人に確認する行動を取り続ける。 4.⑤効果的な薬には③症状名に対する自分なりの対処方法についてご記入ください。 例:自分の考えを文字に起こして、整理し直す。 5.⑥今後の治療方針には課題と思われる症状や自分の希望する改善後の状態、デイケア で取り組みたいこと、デイケア修了後のプランなどについてご記入ください。 <自分への意見書> 1.周囲の人が自分のことを体調悪そうだなと感じる時はどんな様子か、特徴があるか他 のメンバーに聞き、①にご記入ください。聞かれた方はこれまでのデイケアもしくはその 他の場面で気づいた、ご本人の傾向を伝えてください。 例:口数が減る 2.聞かれた方はご本人が自然と取っている行動で、病気・症状への良い対処方法になっ ていると思った事があれば、伝えてください。ご本人は意識して取っている対処方法があ る場合、そのことを自分から相手に伝えることはしないでください。意見をもらった場合 は②にご記入ください。 例:和室で寝ている 21 2 事 例 検 討 ( M.S.P.) (P.9) <事例1> ここ ら 30 代 の 心 良 たもつ 保 氏 ( 男 性 )、 事 務 職 と し て 大 手 製 造 業 に 勤 務 し 8 年 目 で あ る 。 性格は生真面目だが、融通性に欠けるところがある。両親は隣県に住んでおり、 一人暮らしをしている。 学生のころから他人が気になるため、人混みが苦手であり、頭痛や腹痛がひど いことがあった。友人などと話していても、自分の思いと違う意見が出たりする と 、「 話 が 通 じ な い 」 な ど 感 じ 、 友 人 に 怒 り を ぶ つ け 、 揉 め る こ と が よ く あ っ た 。 大学を卒業後、現在の勤務先である大手製造業に就職。仕事は忙しく、真面目 な性格から残業をしたり、家に仕事を持ち帰るなどし、睡眠時間も十分に取らな い生活になっていった。入社 3 年目ぐらいから人と話していても、内容が頭に入 ってこず、仕事にも集中できなかったり、朝なかなか起床できないなど生活リズ ムも崩れてきた。 そ ん な 時 、心 良 氏 の 様 子 が お か し い と 思 っ た 上 司 か ら 医 療 機 関 受 診 を 勧 め ら れ 、 受診するとうつ病と診断、その後休職することになった。数ヵ月の自宅療養後、 睡 眠 の リ ズ ム が あ る 程 度 整 い 、「 こ の ま ま 休 ん で い る と 仕 事 に つ い て い け な く な る」と不安に感じたため、復職したが、休んでいた分を埋めなければならないと 感じ、残業を繰り返して働く生活が続いた。心良氏は分からないことがあっても 上司や同僚に聞くことなく、1 人で仕事に取り組んでいた。上司から体調のこと を尋ねられても、つい大丈夫だと答えてしまっていた。忙しい生活を送る中で心 良 氏 は「 ど う し て 会 社 は 全 て を 自 分 1 人 に や ら せ る の か 」 「会社は病気に理解がな い」などと会社に怒りを感じるようになった。そして再び体調を崩し、欠勤が多 くなり、2度目の休職をすることになった。 心良氏は2度目の休職をきっかけに自ら調べたデイケアを利用するようになっ た。デイケアでは出席率は高く、与えられた課題は概ねクリアでき、メンバーと 談笑している様子は見られたが、次第に表情が硬くなったり、講師に対して攻撃 的な言動が増えたりするなど、常にイライラしているような様子が見られるよう になった。心良氏は復職まで残り2ヶ月であるが、本人はデイケアに対しては概 ね満足を感じており、スタッフとの面接では本人は復職に向けて特に不安は感じ ていないと言っている。 22 23 M.S.P.シート No.1 ④その他(他に思いつく課題があれば記入してください) ③疾病管理 ②仕事とプライベートのバランス ①生活リズム 課題を改善するための準備としてどのような方法が考えられますか。 2.心良さんが今後復職し、再発せず勤務を続けるには、さまざまな課題が考えられますが、以下のそれぞれの ②自分自身 ①環境面 1.心良さんがうつ病を発症した背景を「環境」「自分自身」の 2 つの面から考えてみましょう。 氏名 「再発予防を考える~事例を通して~」 <方法> 課題に対する 理想像(目標) きることは? ことは? そのためにまず自分がで 他者(企業)が協力できる 3.前回と今回の他のグループのシートを読み、あなたが感じたこと、考えたことを記入しましょう。 課題 題について自分ができること、他者(企業)が協力できることの両面から考えてみましょう。 2.心良さんの事例から自分自身を振り返り、今後課題だと感じたことを記入してみましょう。その課 <気をつける点> 防できると思いますか?また、それができるようになるためにはどのような方法が考えられますか? 1.心良さんが復職を成し遂げた後に、彼は自分自身のどのような点に気をつければ再発、再休職を予 氏名 M.S.P.シート No.2 「再発予防を考える~事例を通して~」 3 ここらぼ手帳 ・活動・睡眠・チェック表 ⇒表にすると、1 ヶ月間の自分の生活リズ ムが一目でわかります。 ・一日の気分チェック表 ⇒表にすると、1 ヶ月間の気分の動きが把 握しやすくなります。 ・内容、気分 どんな出来事があったか、自分が何を感じたのか、ど う考えたのかを記入します。 ⇒自分自身の状態をモニタリングし、自分の考えや 思いをことばにする機会として利用します。 ・食事 毎日の食事とおやつについて記録します。 ⇒心身の健康の鍵の一つが食事です。栄養バラン スに偏りはないか意識するようにしましょう. ・いいこと日記 その日にあったことの「よい面」について記入します(嬉 しかったこと、できたこと、発見など)。 ⇒元気がない時はものごとのよい面に気付きにくいこ とが少なくありません。ここでは、気付かずに過ごして いる「よい面」はないか、確認する機会にします。 24 参考文献 秋山剛ら「うつ病リワークプログラムのはじめ方」弘文堂 2009 堀井清香・岡崎渉・秋山剛「リワーク支援の現状と困難」精神科治療学 26(2);141-147,2011 黒木保博・横山穰・水野良也・岩間伸之「グループワークの専門技術―対人援助のための77の方法」中央 法規出版 2001 門馬朝久「大人の塗り絵 世界遺産編」河出書房新社 2009 南山短期大学人間関係科ら「人間関係トレーニングー私を育てる教育への人間学的アプローチー」ナカニ シヤ出版 1992 野津眞「精神分裂病者におけるワークパーソナリティ障害の評価;医学的リハビリテーションにおける職 業関連評価の試み」『精神神経学雑誌』,97(4),217-238.1995 野中猛・松為信雄「精神障害者のための就労支援ガイドブック」金剛出版 1998 うつ病リワーク研究会「うつ病リワークプログラムの続け方」南山堂 2011 Yalom, Irvin D., Vinogradov, Sophia Concise Guide to Group Psychotherapy, American Psychiatric Press, Inc. (=1991, 川室優訳『グループサイコセラピー』株式会社金剛出版.)1989 1)「自尊感情尺度」(Rosenberg.M が作成した(1965)ものの邦訳版(1982)) 2)「自己効力感尺度」 (特性的自己効力感尺度 Sherer.M.,Maddux,J.E.,Mercandate,B.,Printice-Dunn,S.,Jacobs,B.,&Rogers,R.W.が作成 したものの邦訳版(1982)) お礼 この冊子を発行するにあたり、名古屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学分野 助教 中野由美先生をはじめ多くの方からたくさんのご教唆やご協力をいただきましたことをこの場を借りて お礼申し上げます。 うつ病リワークプログラムのススメ ~名古屋市精神保健福祉センターの実践から~ 発 行 名古屋市 編 集 名古屋市精神保健福祉センターここらぼ 発 行 日 平成24年3月 発行部数 1,500部 印 刷 所 ライトハウス明和寮 この冊子は再生紙を使用しています。 この冊子は当センターのウェブサイト(http://www.city.nagoya.jp/kurashi/category/22-5-3-0-0-0-0-0-0-0.html)からも ダウンロードできます。