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米国ゼロイングを巡る貿易紛争

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米国ゼロイングを巡る貿易紛争
WTO/FTA
Column
Vol. 046
2006/10/24
Japan External Trade Organization
International Economic Research Division
米国ゼロイング
米国ゼロイングを
ゼロイングを巡る貿易紛争
~ パネルで
パネルで敗訴の
敗訴の日本、
日本、上級委員会へ
上級委員会へ提訴 ~
このほど、
このほど、日本は
日本は米国の
米国の「ゼロイング」
ゼロイング」に関する WTO パネルの
パネルの判断を
判断を不服として
不服として WTO
上級委員会に
上級委員会に上訴した
上訴した。
した。アンチダンピング(
アンチダンピング(AD)税をつり上
つり上げる効果
げる効果をもつ
効果をもつこの
をもつこの「
この「ゼロイ
ング」
ング」は WTO 協定に
協定に違反しない
違反しないと
しないとパネルが
パネルが決定したからだ
決定したからだ。
したからだ。過去に
過去に上級委員会は
上級委員会は EC や
カナダの
カナダの米国に
米国に対する本件
する本件と
本件と似通った
似通った訴
った訴えを指示
えを指示した
指示した経緯
した経緯がある
経緯がある。
がある。WTO 設立以来、
設立以来、AD 調
査、発動件数ともに
発動件数ともにインド
ともにインドに
インドに次いで第
いで第 2 位である米国
である米国。
米国。この最大
この最大の
最大の AD ユーザーの
ユーザーの不公正
な制度に
制度に対しては多
しては多くの国
くの国が是正を
是正を求めており、
めており、一石を
一石を投じたいという日本
じたいという日本の
日本の行動に
行動には多
くの国
くの国が注目しており
注目しており、
しており、勝訴へ
勝訴への期待が
期待が高まる。
<ゼロイングとは>
WTO 協定によると、AD を発動するためには調査段階で輸入製品価額と輸入先国の国内
販売価格を比較し、前者が後者を下回る差額の総計、つまりダンピング・マージンを計算
する必要がある。米国では商務省がこのダンピング・マージンの算出を担当しているが、
従来からゼロイングという計算方法を使い、高いマージンを算出している。長いあいだ
WTO 加盟国が米国にゼロイングの廃止を求めてきた所以である。
ゼロイングは具体的には以下のような計算方法を用いる。米国商務省は AD 発動を決定
するための AD 調査(Initial Investigation)および発動後定期的に AD 税の調整を行うた
めの定期見直し(Administrative Review)においてダンピング・マージンを計算する。ゼ
ロイングとは、ダンピング・マージン計算の際、ダンピングと逆の場合、つまり相手国企
業の輸出価額が輸入先の国内販売価格を上回る差額(ここではマイナス・マージンと呼ぶ)
をマージン全体の総計から除外する計算方法をいう。マイナス・マージンの製品が存在す
れば、総計したときに全体の水準はその製品が存在しない場合よりも低くなるはずである。
しかし、商務省はマイナス・マージンをゼロに置き換えるため、総計に含めた場合よりも
高い数字が算出されてしまう。
例えば、A 国から米国への輸出製品(a、b、c)の輸出価額が下表に示した数値だとする。
ゼロイングを使わない場合、国内販売価格が 50 と仮定すると、ダンピング・マージンの総
計は(50-50)+(50-60)+(50-40)=0 となり、AD 税が賦課されることはない。しかし、ゼロイ
ングを使うと、マイナス・マージンの製品は総計から除外されるため、(50-50)+(50-40)=10
となり、ダンピング認定がなされてしまう。このように、ゼロイングの使用は AD 税をつ
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©JETRO 2006
りき上げる効果がある。したがって、条件は同じでも、ゼロイングを使用している国とし
ていない国ではダンピング認定が異なる場合がある。
輸出製品
輸出価格
a
b
c
50
60
40
<ゼロイングを巡る過去の紛争解決の動向>
多くの WTO 加盟国が公正な比較に違反するとしてゼロイングの撤廃を求めてきた。そし
て、次第にゼロイングが AD 協定もしくは GATT 第 6 条違反として判断される WTO 紛争
案件が増えている。インドが 2001 年 3 月に当時ゼロイングを使用していた EC に対して上
級委員会で勝訴した「EC-ベッドリネン」案件(この敗訴を受けて、EC はゼロイングを廃
止した)や、2004 年 8 月に公表された「米国-軟材 AD 最終決定」案件では、いずれも EC
や米国によるゼロイングの使用は AD 協定違反との判断がなされた。
一方、ゼロイングの違反判断は、AD 調査段階における使用のみの場合に限られていた。
違反の対象となるのが AD 調査でのゼロイングに限られ、定期見直しや、いわゆるサンセ
ット見直し(注 1)には適用されなかった。
実際、EC が 2004 年 2 月に起訴した「米国-EC ゼロイング」案件において、パネルは以
下の理由により定期見直しにおける米国のゼロイングの使用については AD 協定違反では
ないとの判断を下している。輸入価額と国内販売価格の比較方法を規定する AD 協定第
2.4.2 条は次のとおり定めている。
「公正な比較について規律する 2.4 の規定に従うことを条件として、調査
の段階において、ダンピングの価格差の存在については、通常、加重平均
によって定められた正常の価額と比較可能なすべての輸出取引の価格の
加重平均との比較(W-W 比較、Weighted average-to-Weighted average)
を基礎として、又は個々の取引における正常の価額と輸出価格との比較
(T-T 比較、Transaction-to-Transaction)によって認定する。輸出価格
の態様が、購入者、地域又は時期によって著しく異なっていると当局が認
め、かつ、加重平均と加重平均又は個々の取引と取引とを比較することに
よってはこのような輸出価格の相違を適切に考慮することができないこ
とについて説明が行われる場合には、加重平均に基づいて定められた正常
の 価 額 を 個 々 の 輸 出 取 引 の 価 格 と 比 較 ( W-T 比 較 、 Weighted
average-to-Transaction)することができる。
」
パネルによると、同条の「調査の段階において」との文脈から、マイナス・マージンを
含む全ての製品を計算の対象としなければならないのは AD 調査のみに限定され、定期見
直しではこの義務は適用されないという。
また、AD 調査手順を規定する AD 協定第 5 条が「輸出者全体」をマージン算出の対象と
しているのに対し、定期見直し手続きを規定する第 9 条は「輸入ごと」の AD 税賦課・徴
収を義務付けている。米国商務省は AD 調査段階では W-W の比較を、定期見直しでは W-T
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©JETRO 2006
比較を採用している。これに当てはめれば、W-W 比較を用いる AD 調査では「輸出者全体」、
つまりマイナス・マージンについても計算に含めるべきである一方、定期見直しの W-T 比
較では、ダンピングをしている輸入についてのみ考慮に入れればよい、ということになる。
この他、パネルは、AD 協定第 2.4 条(「輸出価格と正常の価額との比較は、公正に行わ
れるものとする。-略-」)で義務付けている公正な比較という文脈に基づき、全ての比較
方法でゼロイングを禁止することは、W-W 比較と W-T 比較によるダンピング・マージンを
同一のものとし、第 2.4.2 条が W-W と W-T を区別している(上記第 2.4.2 条参照)意味が
なくなるとし、W-T 比較を用いる定期見直しでのゼロイングの使用は AD 協定に違反しな
いと結論づけた。
しかし、その後の「米国-EC ゼロイング」案件の上級委員会の判断は、パネルの合法判
断により落胆していたゼロイングの撤廃を求める国にとって突然の朗報となった。上級委
員会は AD 協定第 9.3 条が「ダンピング防止税の額は、第 2 条の規定に基づいて定められる
ダンピングの価格差に相当する額を超えるものであってはならない」と定めていることか
ら、定期見直しにおける米国の W-T 比較によるゼロイングの使用はこれに反するとしてパ
ネルの判断を覆したのである。この判断により、EC とほぼ平行して米国と争っていた日本
はゼロイング撤廃の期待を一気に高めたのである。
<パネルにおける日本の敗訴>
日本は自動車用鋼板やベアリングなど 16 件にのぼる鉄鋼製品に対する米国の AD 措置に
ついて、ゼロイングの使用が AD 協定違反であるとして、2004 年 11 月に二国間協議の場
を WTO 紛争解決機関に要請した。しかし、二国間では意見の折り合いがつかず、日本は翌
年 2 月にパネル設置を要請した。
日本の起訴内容は AD 調査のみならず、定期見直しにおけるゼロイングの採用やサンセ
ット見直しを含むものであった。また、16 件個々の AD 措置だけでなく、米国のゼロイン
グの慣習そのものを審理の対象とした。これは、個々の措置の違反判断だけでは、米国は
対象となる AD 措置を修正するにとどまるため、慣習そのものの違法性を求めることによ
り、今後のゼロイングの一切の使用を防ぐことが目的であった。この日本の起訴は他の加
盟国の注目を集めた(本パネルのオブザーバー国はアルゼンチン、中国、EC、香港、イン
ド、韓国、メキシコ、ニュージーランド、ノルウェイ、タイの 10 カ国)。
日本の主張の核心は以下のようなものであった。米国のゼロイングは:(1)対象製品を
一部除外するものであり、AD 手続き、AD 認定、ダンピング・マージンの計算において「製
品全体」のダンピング・マージンを算出すべきとする AD 協定第 2.4.2 条に違反している、
(2)かたよった計算手法であり、輸出価額と国内販売価格の比較を歪めるため、AD 協定
第 2.4 条の「公正な比較」の義務に違反している。
パネルは 2006 年 9 月 20 日に報告書を公表した。その中で、パネルは「米国-EC ゼロイ
ング」事件と同様に、AD 協定第 2.1 条と第 2.4.2 条に基づき、AD 調査段階での W-W 比較
での計算は「製品全体」を比較しなければならないと述べ、米国のゼロイング慣習は AD 協
定違反とした。しかし、残りの日本の主張については、以下の理由により退ける判断を下
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©JETRO 2006
した。
まず、パネルは、定期見直しでのゼロイングの使用を違法とした EC 事件の上級委員会の
判断やその他の上級委員会でのゼロイング使用の禁止を支持する判断について、全ての比
較手段においてゼロイングが禁止されるという結論を保証するに足る十分な法的分析を行
っていないと結論づけて、本件と切り離した。
その上で、パネルは AD 協定第 2.4.2 条のみに基づきゼロイングの違法性について検討を
行い、全ての比較方法においてゼロイングを禁止することの矛盾(例えば、第 2.4.2 条は
W-T 比較を例外的な扱いをしているため、ゼロイングを一般的禁止とすることで W-W や
T-T と区別している意味を失うなど(上記第 2.4.2 条第 2 文参照)
)が存在すると指摘した。
そして、この矛盾が全ての比較方法を同様に扱わないことから生まれる矛盾を上回ると述
べた。
第 2.4 条は輸出価額と国内販売価格の「公正な比較」を義務付けている。日本はゼロイン
グを使用してはこの公正な比較ができないため、全ての比較方法でのゼロイングを一般的
に禁止すべき旨主張した。しかし、パネルは W-W 比較でのゼロイング使用の禁止が T-T や
W-T 比較の場合に当てはまるわけではないと述べた。その上で、
「公正な比較」が第 2.4.2
条の効果を損なうような解釈はできないと結論付けた。
これらを主な理由として、パネルは T-T 比較、W-T 比較、定期見直し、サンセット見直
しでのゼロイングの使用の慣習そのものは AD 協定、GATT 第 6 条に違反しないと結論づ
けた。これにより、米国にとって W-W 比較でのゼロイングの廃止以外全て現状維持となる。
つまり、米国にとっては:(1)AD 調査段階では禁止された W-W 比較に代えて T-T 比較
でのゼロイング使用、(2)定期見直しでは W-T 比較でのゼロイング使用が引き続き可能と
なったことを意味する。米国は定期見直しの結果変更した AD 税を過去に遡及して輸入業
者から徴収するため、ここでのゼロイングの使用を禁止できなかったことは日本にとって
痛手であった。本件は当初の期待が外れ、日本のおおむね敗訴という結果に終った。
<今後の見通しと日本の勝機>
パネルの判断を受けて、日本は 10 月 11 日に本件について上級委員会に上訴した。パネ
ルでは敗訴したものの、上級委員会では以下の理由から日本政府に有利となる判決が下る
可能性が高い。
まず、「米国-日本ゼロイング」案件のパネルの判断は 2006 年 7 月 21 日に当事国に通報
されたが、これは「米国-軟材 AD 最終決定 21.5 条」案件の上級委員会でカナダの勝訴が同
年 8 月に確定する前であった。同事件で上級委員会は以下の理由により T-T 比較による米
国のゼロイングの使用を違反と判断している。第一に、T-T 比較では、全ての製品の比較
(Multiple Comparison)を総計する必要がある。第二に、「公正な比較」の議論では、第
2.4.2 条の文頭で「公正な比較について規律する第 2.4 条の規定に従うことを条件として」
との文脈があることから、マージンを高める効果をもつゼロイングは公正な比較とはいえ
ない。
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この上級委員会による判断は、T-T 比較におけるゼロイング使用の慣習そのものを違反と
主張している日本にとっては追い風となる。
つぎに、今回のパネルでは「米国-EC ゼロイング」案件の上級委員会の違反判断は取り
入れられなかったが、上級委員会では判断基準となる可能性がある。最も重要となる AD 協
定第 2.4.2 条において、全ての比較でゼロイングを禁止することには矛盾が生じるとして、
それに基づき第 2.4 条の「公正な比較」は第 2.4.2 条を損なうべきではないと判断した本件
のパネルと異なり、これらの上級委員会は第 2.4 条の「公正な比較」や第 9.3 条の文言を前
提として第 2.4.2 条を解釈している。つまり、過去の判例に基づけば、日本の主張は上級委
員会では支持される可能性が高いのである。米国のゼロイング慣習そのものを廃止するこ
とは、AD の標的とされてきた日本企業にとって AD 税の全体水準の引き下げを意味するた
め、上級委員会の判断は注目されるところである。
上級委員会の判断
ベッドリネン
米国-軟材 AD 最終決定
米国-EC ゼロイング
米国-軟材 AD 最終決定 21.5 条
米国-日本ゼロイング(パネル)
注:○はゼロイングの違反判断
(AD 調査)
W-W
EC-
○
○
○
(AD 調査)
T-T
○
○
(定期見直し)
W-T
○
注1. サンセット見直しとは、AD 発動から 5 年経過した時点で行う AD 税の見直しのこ
と。AD 協定によれば、加盟国は発動から 5 年が経過した時点で措置を廃止する必
要がある。ただし、AD 税を廃止すればダンピングが再発するもしくはその恐れが
ある場合に延長することが可能。米国は過去ほとんどの案件を延長している。
参考文献:
経済産業省/経済産業研究所 WTO 国際経済紛争対策に関するメールマガジン
「米国のゼロイング制度~WTO 紛争解決手続による是正を目指して~〔1〕~〔5〕」
外務省経済局監修(1997 年)「世界貿易機関を設立するマラケシュ協定」日本国際問題研究
所
United States – Measures Relating to Zeroing and Sunset Reviews, Final Report of the
Panel, WTO website (www.wto.org)
国際経済研究課 水野亮 (みずの りょう)
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©JETRO 2006
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