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平成 22 年 3 月 23 日 一橋大学博士学位申請論文審査報告書

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平成 22 年 3 月 23 日 一橋大学博士学位申請論文審査報告書
平成 22 年 3 月 23 日
一橋大学博士学位申請論文審査報告書
申請者 冨永千里
論文題目 「英国 M&A 法制における株主保護∼史的展開の考察を中心に∼」
審査委員 布井千博、宍戸善一、岩倉正和
本論文は、英国の M&A に関する法的規制(以下、M&A 法制という)の史的展開の考察
を通じ、英国 M&A 法制が対象会社株主の立場から解決が求められる諸課題、すなわち、①
支配株主による会社及び少数株主からの不適切な富の移転防止、②支配権の移転における
機会や対価に関する株主平等の取扱い、③支配権移転手続きや条件の公正性、④支配権の
移転に係る株主の意思決定機会の確保等に、どのように対処しているかについて解明した
ものである。今日、各国の M&A 法制は米国型と EU 型に大別されるが、わが国において
は近時、会社法が米国流会社支配市場法制に向かう一方、金融商品取引法の公開買付制度
においては欧州型への接近が認められ、今後、どのような理念の下にいかなる道を歩むべ
きかが問われる。本論文では、日本の M&A における株主保護のあり方や法的施策を検討す
る上での立法上の示唆を得るべく、英国が係る法制を採るに至った経緯や規制目的、その
根底をなす法的理念等を明らかにするとともに、日英の M&A 法制における株主保護措置の
特徴や意義等に関する比較検討を行い、わが国の M&A 法制における株主保護の課題の課題
について立法提言を行っている。
本論文は序章、第一部、第二部、第三部、第四部、結語により構成される。
序章で本論文の目的や問題意識、考察の範囲や論文構成を示した後、第一部では英国
M&A 法制の史的展開の検討に先立ち、現行の英国 M&A 法制を概観している。今日、英国
の M&A 法制は 2006 年総括会社法と、2000 年金融サービス市場法に基づき、英国規制市
場に上場する証券の上場審査や上場企業への規制を行っている金融サービス機構(FSA)
の規則によって担われており、第 1 章では 2006 年総括会社法第 26 部の「整理及び再建」、
第 27 部「公募会社の合併及び会社分割」、第 28 部「買収等」の規定や株主の新株引受権等
を中心に、第 2 章では FSA の規則のうち、上場企業による資産や株式等の取得ないし譲渡
に係る規則や、議決権所有状況の開示制度他について概説している。
第二部では英国 M&A 法制の史的展開を考察するとともに、英国が係る法制を採るに至っ
た背景や M&A 法制における株主保護措置の変遷及びその意義について分析している。
第 1 章では、1929 年総括会社法に初めて創設された「整理及び再建」の規定とその起源
について明らかにするとともに、当該規定が法認される以前の英国企業の M&A 実施方法を
紹介している。第 2 章では、1929 年総括会社法に上記の制度が採用された所以として、英
国近代会社法の成立過程におけるジョイント・ストック・カンパニーの法人格及び株主有
限責任制度獲得の歴史と社団内部の契約理論的性質、これらが当時の M&A に与えた影響に
ついて考察している。
第 3 章から第 7 章にかけては、1929 年総括会社法以降の英国 M&A 法制発展の過程を明
らかにしている。第 3 章では 1960 年代までの M&A に係る制定法の展開として、1948 年
総括会社法に新設された少数株主の株式買取請求権規定や取締役の株式保有状況の開示制
度、証券規制である 1958 年詐欺防止(投資)法及び 1960 年認可証券取引事業者(業務)
規則による株式取得申込文書等に対する規制について取り上げている。第 4 章では、1950
年代から 1980 年代にかけての M&A に関する英国の自主規制の進展について概観している。
1959 年 10 月末にシティ作業部会が公表したシティ・ノートは 1968 年にシティ・コードに
発展し、その管理運営及び M&A の監督を行う機関としてパネルが発足した。また、英国・
アイルランド証券取引所連合は 1966 年有価証券上場規則において、上場企業による一定規
模の「資産の取得及び換金」取引や第三者割当増資に対し、所定の要請を行っていた。本
章ではこれら自主規制が制定法に代わり、M&A 過程における株主保護に一定の役割を果た
すに至った経過や規制内容の変遷について紹介している。
第 5 章では 1970 年代以降 2000 年までの英国会社法の M&A 法制に影響を及ぼした EC
及び EU 指令と会社法改正の内容を概説しており、現行法第 27 部に連なる規定が、会社法
第三指令及び第六指令を履行に伴い、1985 年総括会社法に整備されたことを明らかにして
いる。続く第 6 章では 1970 年代から 2000 年にかけての英国証券規制の展開と M&A 法制
への影響について述べている。金融・証券市場分野において採択された EC 指令の国内法化
に伴い、シティの自主規制機関であったロンドン証券取引所は証券の上場許可に関する監
督官庁に指定され、上場規則は制定法の枠組みにおける自主規制として新たな位置付けを
得ることとなった。この規制体制は 1986 年金融サービス法を経て、FSA に規制権限を一元
化する 2000 年金融サービス市場法に取り込まれた際、上場審査や上場企業への規制機能が
FSA に移管され、今日に至っている。第 7 章では 2004 年に採択された株式公開買付けに
関する指令と英国の M&A 規制体制の変化を中心に紹介している。英国政府は同指令の履行
に当たり、パネルに法的権限を付与する旨を決し、パネルは 2006 年総括会社法において買
収全般を規制する監督機関に位置付けられた。これにより英国は 40 年に亘る自主規制に基
づく買収規制の伝統を転換し、制定法に基づく規制体制に移行した。
第 8 章では、以上の史的展開を踏まえ、時代を 1929 年会社法以前、1929 年法以降、1960
年代以降、1980 年代以降の 4 つに区分し、判例法や制定法、自主規制による M&A に関す
る株主保護措置の変遷や意義等について考察している。
第三部では、わが国の M&A 法制とこれに係る株主保護措置の展開を概観している。第 1
章では商法に合併規定が整備される以前から第二次世界大戦までの M&A の実際や制度創
設の経緯を中心に取り上げ、この間、わが国の M&A 法制には株主総会決議を除き、特段の
株主保護措置が設けられていなかった事実を明らかにしている。続く第 2 章では第二次世
界大戦後から今日までの M&A 法制の変遷に関し、商法並びに会社法については反対株主の
株式買取請求権と取締役会の新株発行権限、証券取引法並びに金融商品取引法については
公開買付制度と大量保有報告制度の展開を軸に紹介している。
第四部では、日英両国の M&A 法制における株主保護措置の比較分析を行うとともに、英
国 M&A 法制の分析から得られた示唆に基づき、わが国の M&A に係る株主保護の課題につ
いていくつかの立法提言を試みている。
第 1 章では、英国 M&A 法制における株主保護措置の特徴や目的、理念等を分析した上
で、先の課題に英国 M&A 法制がどのように対処しているかを明らかにしている。英国会社
法の M&A 規定は、会社や事業の売却等に伴い、既存株主や債権者の権利を変容するに当た
り、裁判所に管轄権を与え、譲渡会社関係者の権利保護を図るとともに、当該行為の組織
的拘束力を認めてその確実な履行を期したことに由来しており、以来、英国 M&A 法制は、
会社支配権の移転に際し、株主が自らの意思でその帰趨を決定し得る機会の確保や、全対
象株主への平等の取扱いを機軸にその保護を図ってきた。係る機会への希求は、英国会社
法に受け継がれてきた会社法観、すなわち、会社と株主及び株主間の関係を契約と見做す
契約理論的性質に由来するものと考えられるが、英国 M&A 法制はこれを実現させるべく、
株主の会社からの平等な退出機会を重畳的に用意するのみならず、強圧性を排除し、手続
き並びに条件の公正性を図るため、M&A の意思決定プロセスに裁判所やパネルを関与せし
めてこれに対処している。
一方、英国 M&A 法制は多様な M&A を可能にし、少数株主を締め出して支配権を完全な
ものと為し得る措置をも備えているが、これは英国 M&A 法制の根底に流れる理念−私的利
益の追求が国家資源の最善の活用につながるとの哲学の下、対象株主に不公正な取扱いの
ない限り、経済的発展に資する支配権取引が許容されるべきとの考え−に基づくものと思
料される。英国 M&A 法制は係る理念の下、公平な競争条件の下に支配権取引が行われる環
境と支配権を完全なものと為し得る規制整備を通じ、支配権の移転を促進するとともに、
対象株主に不当な M&A が強要されない監督体制の構築と、株主が公正な条件の下、平等に
退出し得る機会の確保等により、支配株主による他の株主からの不当な富の収奪を未然に
防ぐよう努めていると考えられる。
第 2 章では日本の M&A 法制における株主保護措置の特徴を分析するとともに、直面す
る課題に対処するための立法措置について提言を行っている。英国法との比較において、
わが国の M&A 法制における株主保護措置は、支配権の移転における株主保護の理念が明ら
かでなく、会社支配権の帰趨を決する株主の権利保護を図る上で十分な措置が講じられて
いないとの課題が浮き彫りにされた他、M&A に係る株主の意思決定機会が必ずしも確保さ
れておらず、対価の公正性や平等性を担保する措置に不備があり、公開買付けの強圧性を
低減する措置や株主の平等な会社退出機会が講じられていない現状が指摘されている。
英国 M&A 法制からの示唆として、支配権の移転に係る法制度や株主保護に対する理念確
立の必要性と、これと一貫性ある施策の重要性が説くとともに、組織再編条件の公正性を
担保する措置として、株主の請求に基づき、裁判所が選任する検査役ないしは独立鑑定人
等による組織再編条件の検査を可能とする立法や、少数株主排除に係る株主保護や対象株
主間の公正を図る観点から、支配株主が少数株主から株式を強制的に取得し得る制度を会
社法に導入し、他の手法を含め、その要件を横断的に規制すること等を提案している。
結語では以上の研究結果を総括するとともに、今後の課題として、今日、わが国の M&A 法
制が多くを参照する米国法の研究を踏まえた上で、日本の M&A 法制や株主保護のあり方に
ついて、総合的な結論や立法提案を提示する必要性を挙げ、結びとしている。
本論文は主に以下の点において評価することができる。第一は、本論文が英国および日
本の合併・買収(M&A)法制のきわめて詳細な歴史的研究を行った点である。1990 年代の
後半から、わが国における M&A 法制は、公開買付規制を含め規制緩和を推し進め、米国の
M&A 法制に大きく接近した。しかし、近時は行き過ぎた米国化に対する反省もあり、欧州、
とりわけ英国を範にして M&A 法制を再構築しようとする機運も窺える。本研究は、英国と
わが国の M&A 法制の源流にさかのぼり、両者の異同を解明しようとした点において独創的
であり、我が国の M&A 法制が取るべき今後の方向を考える上で、基礎的資料を提供するも
のである。第二は、本論文は、英国の M&A 法制において特徴的な支配権の移転に付随する
買収者の権利および買収対象企業の少数株主の権利に焦点を当て、かかる特徴を有する英
国の法制が採用されるに至った経緯・規制目的・法的理念の解明に努めている点である。
とくに、株主保護において公的機関である裁判所や、自主規制機関であるパネルの存在は
大きく、本論文はこれら両者が株主保護に果たす役割を詳細に分析する。本論文において
獲得された知見は、わが国の今後の M&A 法制や株主保護のあり方を検討する上で重要な示
唆を与えるものである。
本論文において惜しまれるのは、英国法が日本法に与える示唆の分析がやや技術的な面
に偏っている点である。英国と日本とでは歴史的背景が異なり、裁判所や自主規制機関の
役割が異なっていることから、英国法で得られた示唆を直接日本に移植できないことは当
然である。しかし、より大きな展望において日本法への示唆を行うというチャレンジも現
下の状況においては意味のあることであり、今後のさらなる考究が期待されるところであ
る。とはいえ、これらの点は本論文の水準および評価を損なうものとまではいえない。
以上のような論文の評価と最終試験の結果とに基づいて、審査委員一同は、申請者冨永
千里氏に一橋大学博士(経営法)の学位を授与することが適当であると判断する。
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